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「おぞましい二人」
2024-03-29 07:00110pt -
「小さな芽」
2024-03-27 07:00110pt -
「なんてことない夕暮れの」
2024-03-25 07:00110pt秒速30㎞で公転している地球の上を秒速3mでランニングしているかのような気分だった。どれだけスピードを上げても後ろに下がっていくような感覚。地球の公転スピードに勝てる速さで前に移動できる手段を人間は持っていない。音ですらかなわない。地球の公転スピードを追い抜くことができるのは光だけだ。この地球で前に進もうとすること自体が無駄な抵抗なのかもしれないという徒労感。それでも公転し続ける地球の上を秒速3mで粛々と走り続ける。走った距離と後戻りさせられた距離を見比べて虚無感に苛まれる。そんな日もあるのがぼくの仕事だ。
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「サイドゴアブーツ」
2024-03-22 07:00110pt伊集院静氏の偲ぶ会に参列した大友康平さんが「平服っていうからジーンズに革ジャンで行ったら浮いてしまった」という話をされていた。 この話を聞いて「そうそう」と思った日本人はどのくらいいるだろう。ぼくもそのひとりだ。
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「YとIの棒」
2024-03-20 07:00110ptいつだったか、娘がうれしそうに両手に木の枝を持ってスキップしながら帰ってきた。通学路で拾ったという。「YとIの棒だよ」 確かにそれぞれYとIに見えなくもない。何に使うつもりなの、という質問が喉元まで出掛かったがすぐに飲み込んだ。YとIの棒は娘にとってYとIの棒という存在がすべてなのであって、大人にとって役に立つとか立たないとか意味があるとかないとかでその価値が決められるものではない。
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「おばあちゃん子」
2024-03-18 07:00110pt一年生も終わりに近づいた頃、娘が急におばあちゃん子になった。毎日顔を合わせている親に飽きたんだろうか。親離れの第一歩なんだろうか。いや、先日義母の四十九日を終えたところでひとりだけになってしまった祖母を大切にしなければと思ったのかもしれない。
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「2024年3月12日」
2024-03-15 07:00110pt渋谷に降り立ったのは、夜だった。 春の嵐に傘やコートの裾を巻き上げられながら夜の街を歩いていく大勢の人々。前日に東日本大震災から13年を迎えた中で胸に去来したのは「それでも東京の夜は明るいんだな」ということだった。
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「それは謎だね」
2024-03-13 07:00110pt娘は妻に憧れている。「ママみたいになりたい」といつも口癖のように言っている。 今朝も「いってらっしゃい」と妻に手を振られて家を出たところでぼくを見上げ「ママ、かわいいよね」とうれしそうに言った。「かわいいよね」とぼくも頷く。そもそも娘の前で「ママかわいいよね」と口癖のように言っていたのはぼくだ。なので娘の「ママかわいいよね」という言葉の半分にはぼく自身の思いが入っていると言えなくもない。
そんな娘に「パパがどうしてママと結婚したかわかる?」と質問してみた。
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「2024年3月11日」
2024-03-11 07:00110pt -
「街の書店」
2024-03-08 07:00110ptグローバルとローカルの二極化が進んでいる。
町の精肉店で肉を買う生活を始めて14年になる。近所にスーパーがないわけではない。でも、大量生産でパック詰めされた肉と精肉店の肉とでは圧倒的に鮮度が違う。たとえば豚肉。パック詰めされたものが酸化で暗い赤に変色しているのと比べて精肉店のものは薄紅色だ。それは注文してから目の前で指定の厚さにカットしてくれるからでもある。かといって価格が格段に高いわけでもない。「おまけね」と端物を入れてくれたり、閉店間際には「コロッケとメンチカツおまけね」と惣菜をつけてくれたりすることを思うとむしろ割安だと思う。付け加えるなら、包装にプラスチックを使ってもいないので環境にもいい。
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