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記事 423件
  • 「ただいまとおかえりと」

    2022-07-11 07:00  
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     ただいま、と言える誰かがいる。おかえり、と言ってくれる誰かがいる。ただそれだけのことがどれほど心の安寧を保ってくれているかをこの2年半しみじみと実感している。
     

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  • 「東京が遠かった」

    2022-07-01 07:00  
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     逗子駅から湘南新宿ラインに乗った。初夏の午後だった。湘南特有の陽射しが大きな窓越しに降り注いでいる。Tシャツに短パン、ビーサンの乗客も少なくない。誰もがマスクをしている以外は夏らしい解放感に満ち溢れていた。去年と一昨年とは違う夏。と言っても去年の夏と一昨年の夏、車内がどんな光景だったのか。どんな空気が漂っていたのかを、ぼくは知らない。新幹線以外の電車に乗るのは、実に2年3ヶ月振りだった。
     

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  • 「正五角形を追いかけて」

    2022-06-27 07:00  
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     如何にして手を抜くか。それが物事を持続させるコツだと言う話がある。理解はできるし、共感もできる。が、手を抜くかのって言うほど簡単じゃない。たとえば、畑だ。特に夏のこの時期は手を抜いたことが如実に表面化する。トマトは忙しさにかまけて剪定を先延ばしにするとあっという間にジャングルになる。キュウリは朝収穫しないと夕方にはヘチマくらいまで大きくなる。生命を育む太陽と雨の力を痛感する。
     

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  • 「人は海辺での暮らしにどんな理想を描くのだろう」

    2022-06-03 07:00  
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     人は海辺での暮らしにどんな理想を描くのだろう。朝、仕事の前にマリンスポーツを満喫したい。或いは夕暮れの浜辺をビール片手に散歩したい。どちらも暮らしという日常の中に海があるからこそ可能なことだ。が、暮らしは海辺でも仕事が都会にあるとそうは行かない。通勤に1時間半から2時間を要するからだ。仕事は日中だけでも朝と夕方は移動で潰れてしまう。
     

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  • 「寂寞の季節」

    2022-05-27 07:00  
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     所用で近くまで来た折、思い立って大和市まで足を伸ばしていた。18歳まで暮らした街だ。桜ヶ丘から国道467号線を上和田方面に向かった。平日の正午前。白い社用車やトラックで遅々として進まない国道を左に折れて曲がりくねった坂道を下っていく。通学路の表示の向こうに色褪せた校舎が見えた。大和市立上和田小学校。ぼくの母校だ。開校は昭和47年。薄橙色だった校舎も今は白く塗り替えられ、当時の面影は微塵もなかった。周囲に建っていた家々もひとつ残らず建て変わっていた。道がとても狭く感じられた。登校のたびに息が上がっていた坂道もあの頃よりずっと緩やかに感じた。坂を下り切ると団地群が見えてきた。公団住宅上和田団地。ぼくが18歳まで暮らしていたマンモス団地だ。子どもの頃はコンクリートの森のようだった団地が、2階建ての寂れたアパートみたいに小さく見窄らしく感じられた。団地を左手に見ながら再び国道に出る道を走る。ここでも道があの頃よりずっと狭く感じられた。子どもの頃コロッケを買い食いした精肉店も駄菓子や漫画を買った文房具店も通り沿いの店はどこもシャッターを降ろしていて、もはやどれがどの店だったか判別すらできなかった。
     

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  • 「2022年5月2日」

    2022-05-04 07:00  
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     母を秋谷に連れてきた。久し振りだった。前に来てくれたのがいつだったか忘れてしまうくらい。大型連休の中日だった。平日朝の誰もいない渚。雨上がりの太陽を独占して光と戯れるたったひとりの孫を目を細めて見つめていた。 「五十年前に会社の仲間とこの海岸に来たのよ」 母はここに来るといつもその話をする。
     

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  • 「春眠暁を覚えず」

    2022-05-02 07:00  
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     睡眠が愉楽だ。単なる習慣を通り越して快楽になりつつある。朝起きた瞬間から夜眠るのが待ち遠しい。これが眠りではなく酒の話だったら完全にアル中だ。
     

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  • 「水墨画の海」

    2022-04-22 07:00  
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     窓越しに見える海が水墨画みたいだった。空にはコンクリートのような雲が立ち込めている。海は見る者の心を映す鏡だ。窓辺に立って水平線を眺めているぼくの心も渇き切っていた。海辺で暮らしているからといって毎日が「湘南スタイル」のグラビアみたいな青天白日というわけではない。誰もいない浜辺は時に独房のように殺風景で気が紛れるものがない分、追い詰められると逃げ場がない。正確に言えばこの海辺自体が逃げ場なのでその世界が色を失ってしまうと他に行きようがない。旋回する鳶。屋根の上で獲物を狙っている烏。彼らが屍となったぼくを啄むのを待ち構えているように感じられる。
     

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  • 「愛を与える人」

    2022-03-28 07:00  
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     国道16号線は渋滞していた。予想通りといえば予想通りだった。もっとも予想したのはぼくではなく、土地勘のある母であり、宇宙からの電波を受信しているカーナビなのだけれど。 今にも激しく降り出しそうな曇天。遅々として進まない車列。ハンドルを握っているぼくだけが無性に苛立っていた。目の前の渋滞にではない。慢性的な渋滞を放置しているこの町に対してだった。沿道沿いには大型駐車場を備えたショッピングモールやらファミレスやら量販店、カーディーラーが巨大な看板とともに幾つも立ち並んでいる。スーパー銭湯なんてのもある。その入り口に差し掛かるたびに入り待ちの車列が一車線を塞いでいる。
     道は増えないのに駐車場を増やせば交通量がどうなるかくらい想像できなかったのだろうか。それどころか「なんでもあって便利だね」と笑って暮らしている人も大勢いるのだろう。故郷がベッドタウンと呼ばれる一大消費地として捕食されている空気に耐えられず、ぼくは18歳のときにこの町を捨てた。
     

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  • 「推しの力」

    2022-02-07 07:00  
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     叔母が他界した。母の妹で、74歳だった。二人の息子を女手ひとつで育て上げた人だった。「私、ミーハーなのよ」と「8時だよ全員集合」の公開生放送に子ども連れで何度も通っていた。森高千里の「ミーハー」という歌を聞いたとき、真っ先に思い出したのも叔母のことだった。
     

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