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記事 13件
  • 「12月」

    2019-12-30 07:00  
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     やりたかったことの純粋さをやるべきことで何度希釈してしまっただろう。
     

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  • 「だいじょうぶ?」

    2019-12-27 07:00  
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     台所で揚げ物をしていた妻が「わー」と声を上げた。別の部屋でワープロに向かっていたぼくも手を止めて立ち上がるほどの声だった。すかさず「大丈夫?」と喉まで出掛かったときだ。一瞬早く「だいじょうぶ?」という娘の声が聞こえた。
     

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  • 「カメラ」

    2019-12-25 07:00  
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     いつも海がある。日々写真に焼き付けたくなる瞬間がある。ここで暮らし始めてからの10年で撮り続けた海辺の風景写真を見返してみる。同じように見えても、少しずつ違う。空の色。雲の形。光の入り方。波の表情。砂の隆起。海鳥の羽ばたき。何よりそれを撮ったときのぼく自身の揺れ動く心のようなものが一緒に映り込んでいるような気がしてならない。
     

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  • 「人はどのようにして字が読めるようになるのだろう」

    2019-12-23 07:00  
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     ぼくは今書いている文字をいつどのようにして獲得したのだろう。それを知る機会が訪れた。娘が突然文字を読み始めたのだ。
     

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  • 「海辺の光景」

    2019-12-20 07:00  
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     人は満潮とともに生まれ、干潮とともに亡くなる。という言い伝えは真実なのだろうか。医学的には何も証明されていないそうだが、人間の臓器がすべて「月」偏の漢字なのを思うと、満更無関係ではないのかもしれないと思えてしまう。
     年の始めに読もうと思って手に入れた途端、父の容体が芳しくないという報せが届いた為、なんとなく読めなかった本を年末になってようやく読むことができた。
     

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  • 「ママはサンタにキスをするのか」

    2019-12-18 07:00  
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     物欲を満たすことでしか幸福感を得られない人間は不幸とまでは言わずとも、どこか淋しい気がする。あくまで自身の経験による偏った考えなのだけれど、できれば娘にはそういう人間に育って欲しくないと考えているみたいだ。みたいだ、としたのは「どうやらそうらしい」と薄々気がついただけであって、それを押しつけようというほどの強い意志があるわけではないということだ。
     

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  • 「次の波を探している」

    2019-12-16 07:00  
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     ぼくは浜辺でサーフィンを見ている。波間に浮かぶ誰もが次の波を待っている。低いうねりだ。皆で申し合わせたように見送る。そしてまた次の波を待つ。より良い波を待ち続ける。でも、全員が同じ波に乗ることはできない。
      目から入って来るその映像に脳内ではこんなナレーションが重なっていた。
     

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  • 「ONE TEAM(ワンチーム)」

    2019-12-13 07:00  
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     流行り言葉なんて仕事の原稿以外では滅多に使わないけれど、最近はなんだかこの言葉がしっくりくるような日々だ。仕事ではなく、プライベートの話なのが淋しいと言えば淋しいのだけれど、そこは色々なチームに属していてもどこか個人競技のような職業柄、仕方ないのだろう。でも、淋しくはない。むしろたまには淋しさを味わいたいほど騒がしい日々だ。
     

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  • 「生まれて初めて髪を切るということ」

    2019-12-11 07:00  
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     生まれてから死ぬまでに、人は何度髪を切るんだろう。その髪に最初に鋏を入れるのは、入れられるのはどんな気持ちなんだろう。
     

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  • 「身を美しく」

    2019-12-09 07:00  
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     身を美しくすると書いて「躾(しつけ)」とした先人の思いは昨今言われている「しつけ」とは大きく乖離しているような気がしてならない。世間で「あの子は親の躾がなっていない」と言われるのは大抵集団生活の輪を乱したり、迷惑を掛ける子供のことのような気がする。本来の躾(しつけ)は文字から類推するに姿勢とか礼儀のような身心一体となった人間としての折り目正しさ、美しさではないだろうか。今や剣道や書道、茶道といった「道」にのみ息づいている封建日本の感覚なのかもしれないけれど。
     

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