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記事 13件
  • 「冬の透明」

    2016-01-29 07:00  
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     透明というのは見えないものだとばかり思っていた。だけどどうやら、そうじゃないらしい。 

     一週間ぶりに走り始めた日のことだ。太陽が一番高いところに到達した時間だった。海沿いの134号線。あたたかな陽光と冷たい外気の隙間に身体をもぐりこませるように走り始めた瞬間、僕の目の前に透明がはっきりとした輪郭を伴って出現した。まるで登場人物の目には見えない透明人間が観客にはしっかりと存在しているSF映画みたいに。
     

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  • 「ある晴れた日曜の午後」

    2016-01-27 07:00  
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     思えば去年の今頃は、福井とか仙台とかもっとずっと寒い雪の降る街を旅していた。見知らぬ街の灰色の空。真っ白な雪。骨身に凍みる空気の冷たさ。そんな印象が強過ぎるせいで、この海辺の町の冬がどんな風だったか霞んでしまっているというのが正直なところだ。
     去年の今頃も毎日のように強風波浪警報が出ていたのだろうか。 

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  • 「持続可能な生き方について」

    2016-01-25 07:00  
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     オリーブの木は生きている限り、百年でも二百年でも、或いは千年でも実をつけてくれるそうだ。先日取材させて頂いた神奈川県二宮町「ユニバーサル農場」の濱田さんが教えてくれた。濱田さんは200本近くのオリーブの木を生育し、収穫した実でオリーブオイルを搾油している。200本と聞くととても多く感じるけれど、西欧の一般的なオリーブ農家からすればむしろ少な過ぎる方だ。
     かつて生産量世界一を誇るスペインの田舎町を旅したとき、車窓越しに見たオリーブ畑は永遠に続いているのではないかと錯覚するほど広大だった。
     

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  • 「寒の水」

    2016-01-22 07:00  
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     湧き水を汲みに行った。家から10分ほど歩いた里山の麓にある「関根御滝不動尊の霊水」だ。二十四節気のひとつ、大寒だった。大寒の水は水質がもっとも良く長期保存に向いている「寒の水」として昔から大切にされて来た。厳しい寒さのおかげで雑菌の繁殖が抑えられるからだそうだ。その為、酒や醤油、味噌などの仕込み水にも使われている。いわゆる「寒仕込み」と呼ばれているものだ。
     湧き出る寒の水を手で掬って飲んでみる。
     

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  • 「月光道」

    2016-01-20 07:00  
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     漆黒の闇で激しい風が唸っていた。脆弱な首都圏を混乱に陥れた雪の夜、この海辺の町には「強風波浪警報」が発令され続けていた。凪いでいることが多い海もひっきりなしのうねりで身震いするほど荒れているのだろう。真っ暗で何も見えないけれど、見えないことがかえって怖さを増長させていた。こんな日は夢の世界で嵐が通り過ぎるのを待つしかない。僕らはいつもより早い時間に毛布に潜り込んだ。
     久し振りに疲れていた。雪でダイヤが大幅に乱れていた中、打ち合わせで東京に行かざるを得なかった。
     

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  • 「アリとキリギリス」

    2016-01-18 07:00  
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    「畑にホウレンソウ採りに行かない?」
     夕食の支度をしていた奥さんが言った。今夜は寒いので牡蠣グラタンを作ろうとしたが、野菜室にあった葉物が白菜とキャベツだけだったのだそうだ。
    「やっぱり牡蠣グラタンならホウレンソウだよね」
     海も空も黄昏に染まっていた。もう10分もすればすべてが薄青色に塗り替えられてしまうだろう。すぐさまダウンジャケットを着込み、5分ばかり行ったところにある畑へと急いだ。夕闇の中、やや育ち過ぎたホウレンソウの根元を掴んで次々に引っこ抜く。土を払い落として袋に入れる。ものの数分で持って来た袋が一杯になった。ここ数日の寒さのおかげでようやく甘味も乗り始めてくれただろうか。畑を出るときは夜が始まっていた。
    「なんか畑泥棒みたいだね」
     白い息を吐きながら僕らは笑った。手は凍えそうに冷たくなっていたけれど。
     21年前には想像もしていなかった今だった。
     

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  • 「海鳥の羽根」

    2016-01-15 07:00  
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     まるでスペインのシエスタみたいに人の気配がなかった。午後1時ちょっと過ぎ。もっとも陽射しが強くなる時間帯だ。ここが夏のスペインなら灼熱の太陽を避け屋内に籠もって冷えた白ワインでも飲みたいところだけれど、今僕がいるのは冬の日本だ。ようやく本格的な寒さが訪れた今の季節には、この陽射しが凍えそうな海沿いへと走り出す力をくれる。
     1ヶ月以上、アルコールを摂取していないせいか
     

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  • 「永遠の空に送り火が舞い上がる」

    2016-01-13 07:00  
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     永遠に続く青空だった。砂浜に聳え立つ歳徳神を送る為の櫓。水平線の向こうには高嶺に雪の降り積もった富士山が見える。波打ち際ではしゃぐ裸足の子供たちがまさしく神の使いのようだった。
     

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  • 「消えゆく砂浜」

    2016-01-11 07:00  
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     茜さす夕照の浜でおじいさんがひとり凧揚げをしていた。
     僕は砂浜から海抜15メートルほどまで坂道を昇ったところにある西海岸通りからその姿を見ていた。いつものランニングの途中だった。冷たい潮風が凧を空へと引っ張り上げてゆく。おじいさんは
     

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  • 「I Am The Walrus」

    2016-01-08 07:00  
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     冬の寒さは必然的に読書量を多くさせる。窓辺まで雪が降り積もった書斎に籠もって、と「冬夜読書」という有名な漢詩に描かれているような風情ある文章でも書いてみたいところだけれど、今年は暖冬だし、そもそも僕が暮らしているのは冬でもあたたかい陽射しが降り注ぐ浜をビーサンで散歩する人もいるような海辺の町だ。雪など滅多に積もらない。
     それでも読書量が増えるのは朝晩湯船に浸かっている間ずっと紙の本を読んでいるからだ。あえて「紙の本」と書いたのには理由がある。数年前に荷物をトランクひとつ分にまで削ぎ落とした際、
     

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