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記事 14件
  • 「完成披露試写会」

    2020-01-31 07:00  
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     気が早いと笑わないで欲しい。前時代的だと責めないで欲しい。娘の日々の成長を感じるたびに、揺れるカーテンの隙間から射し込んでくる眩しい陽射しのように頭を過る情景がある。妻とテーブルの下でしわくちゃの手を握り合って「赤ちゃんだったのにね」「私たちがんばったよね、よくやったよね」と涙ぐむシーンだ。おそらく娘の結婚披露宴なのだろうと思われるが、そこに娘の姿は出て来ない。
     

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  • 「アンモナイトの夢」

    2020-01-29 07:00  
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     海辺の町で生まれ育った娘が最初に覚えた浜辺での楽しみは貝殻を拾うことだ。
     

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  • 「彼女の世界は自分という地球を中心に回り続けている」

    2020-01-27 07:00  
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    「ほら見て、ママがあがっていくよ」 降下するエレベーターに乗っていた娘がUFOでも見ているような顔で言った。登場階で手を振る妻の笑顔が小さなガラス窓の向こうに遠のきながら消えていく。3歳の娘はエレベーターが上下移動することを知らなかった。自分が下がっていることに気づいていなかった。それで見送った妻が上がって行ったように感じたのだろう。なんて面白い発想なのだろうと感心した。
     

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  • 「この広い世界のどこかに 死ぬまでずっと 君を想っている人がいる」

    2020-01-24 07:00  
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     中山美穂主演の『ラブレター』が公開されたのは1995年3月25日。阪神淡路大震災が起きた2ヶ月後のことだった。震災に遭った神戸も舞台だった(撮影は小樽で行われたのだけれど)。それでも公開時に「神戸」というテロップとともにスクリーンで見た夜景は震災が起きていなかったら、という「もしも」を想起させるものだったと記憶している。
     

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  • 「波長」

    2020-01-22 07:00  
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     浜辺で暮らすには海と波長が合っていないといけない。少なくともぼくはそうみたいだ。非常に抽象的かつ感覚的な話で申し訳ないのだけれど、水辺で暮らしたことのある人、もしくは水辺によく足を運ぶ人には理解して貰えると思う。海の律動と自分が醸し出す波長がシンクロしていないと、サイズ違いの服を着ているような、なんとも落ち着かない気分になるのである。
     

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  • 「非日常がどれだけ続いても日常になることはないのだけれど」

    2020-01-20 07:00  
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     25年か、と溜め息をついた。25年前、ぼくは25歳だった。
     

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  • 「愛というのは、互いに相手の顔を眺め合っていることなのではなくて、同じ方向に二人で一緒に眼を向けることなのである」

    2020-01-17 07:00  
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     ぼくと妻は大きな鏡の前に坐っている娘を後ろから見ていた。鏡に映る娘は神妙な顔をしている。中腰になった美容師さんが髪に櫛を入れている。やさしく、丁寧に、細くて長い髪を解いていく。生まれて以来一度も切ることのなかった後ろ髪は腰の上辺りまであった。娘がこの世界で呼吸し始めてからの歳月そのものだった。ぼくらが娘とともに過ごした季節そのものだった。ぼくらは海から歩いて5分くらいのところにある美容室を訪れていた。ガラス張りの店内にやさしい冬の陽光が降り注いでいた。「ゆきちゃん(Eテレの子供番組に出ている小学生のお姉さんだ)みたいにしてください」 たどたどしくも意志のはっきりした娘の注文を理解した美容師さんは「はい、お客様」と笑いかけ、後ろ髪をゴムで結んで三本の毛束にした。振り返ってぼくらを見ると、ひと呼吸ついてから、毛束一本ずつにゆっくりと鋏を入れた。「こちら、持ち帰られますか?」 三本の毛束がぼく

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  • 「お帰り寅さん」

    2020-01-15 07:00  
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     「男はつらいよ」が嫌いだった。
     

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  • 「育てるってなんだろう」

    2020-01-13 07:00  
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     かつてダイナマイトで破壊し、造成した里山をバブル崩壊で開発が頓挫したことにより再び豊かな里山に戻そうと取り組んでいる県有地が地元にある。樹木を育てているグループもあれば、外から腐葉土を大量に入れて有機栽培で作物を育てている人たちもいる。
     

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  • 「失われた虚栄心」

    2020-01-10 07:00  
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     都会で暮らしていた頃は欲望と虚栄心の塊だった。セレクトショップで買った何十万円もする服を着て、ポルシェに乗り、キャビアとフォアグラの違いも分からないまま数万円のディナーに舌鼓を打っていた。30代の頃の話だ。それが10代の頃に思い描いていた自由だと思っていた。いや、確かにそれはそれで自由だったんだと思う。でも、所詮は人工的に造られた箱庭の中の自由だった。バイクに乗って日本の、そして自分の足で世界のあちこちを旅するうちにもっと大きな自由を知った。 
     

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