• このエントリーをはてなブックマークに追加

チャンネルと同時入会でプレミアムが初月無料!(0円)

記事 13件
  • 「一進一退」

    2020-07-31 07:00  
    110pt
     幕が上がるかどうか分からない舞台の稽古をしている人たちがいる。公開日が決まらない映画の仕上げをしている人たちがいる。ぼくも似たようなものだ。一進一退。すべてが感染状況と二転三転する国家権力の対応に振り回されている。ぼくらの自由や基本的人権、そしてひとり一人の命の重さとそれを命駆けで守ってくれている人たちのことなど彼らの目には見えていないのではないだろうか。感染収束と経済復興という大命題。その難局を乗り越えるという大義名分の下ではすべてが許されると思っているような気がしてならない。
     

    記事を読む»

  • 「不服」

    2020-07-29 07:00  
    110pt
     保育園に迎えに行くと、娘が口を尖らせていた。「どうしてはやくおむかえにこなかったの?」 園舎の壁時計の針は夕方の五時前。約束通りの時間だ。なんならいつもより十五分ほど早いくらいだった。  理由が訊けたのは翌朝のことだ。
     

    記事を読む»

  • 「旅するように暮らす」

    2020-07-27 07:00  
    110pt
     ここではないどこかへ―――。 なんて魅惑的な響きなんだろう。三十代まではいつもその甘美な影を切実に希求していた。その影を追い掛けるように移動していた。ときにはオートバイで、そしてときには自分の足で。さすらうことに憧れていたんだと思う。「さすらう」という言葉を実感を込めて使ってみたくて。たぶん、小さな子供が「冒険」という言葉を使いたがるのと同じように。
     

    記事を読む»

  • 「Secret」

    2020-07-24 07:00  
    110pt
     相手の耳元に口を近づけて小さな声で告げる秘密。それが一般的な内緒話の定義だろう。ところが娘のそれは少し違う。ねえねえ、ちょっとないしょにしてほしいことがあるんだけど、と相手の耳に自分の耳をくっつけて、小さな声で話す。しかも他に誰の耳を気にしなくていい場ですることもあるし、何より伝える内容があえて秘密にすることもないようなものでもないよなと首を傾げたくなることばかりなのだ。それでも「わかった? だれにも言っちゃだめだよ」と念押しする彼女にとっては胸に秘めておいて欲しいことなのだろう。だから当然このような公の場では書かないし、妻にさえ話さずにいる。
     

    記事を読む»

  • 「HOME TOWN」

    2020-07-22 07:00  
    110pt
    「きょうはなんのひ?」 手を繋いで保育園に続く海辺の小径を歩いていた朝、娘がぼくを見上げて訊いた。自分には知らないことばかりだということに気づいた娘が毎日のようにする質問のひとつだった。
     

    記事を読む»

  • 「きょう、いきたくない」

    2020-07-17 07:00  
    110pt
     朝ごはんの進みが悪い娘がぽつりと「きょう、ほいくえん、いきたくない」と言った。体調は悪くないようだ。それ以上にまだ何か言いたげな顔をしているのが気にかかった。その表情に一瞬、子供の頃の自分が重なっていた。直感を信じ、詮索を避けて別の話をしながら待つ。不自然なまでの空々しさが功を奏したのかやがて彼女が胸の奥につかえていたことを話し始めた。
     

    記事を読む»

  • 「非日常下で元気に生きるコツ」

    2020-07-15 07:00  
    110pt
     不安な夜が何日か続いた。感染しているんじゃないか。感染させてしまったんじゃないだろうか。疑ぐり深い性格のおかげで、どれだけ対策を徹底していても外で人と接触するたびにいつも最悪の事態を想定してしまい、浅い眠りが続いた。あることがきっかけだったとはいえ、遅かれ早かれそうなっていたのだろう。週に何日かしかないとはいえ外で人と会う活動をしている限りこの恐怖から解放されることはないのだろう。それがウィズコロナという言葉の本質のような気がした。
     

    記事を読む»

  • 「夏のベランダで、娘が小さなくしゃみをした。」

    2020-07-13 07:00  
    110pt
     久し振りの夏日だった。浜辺はこの陽気を待ち望んでいたと思しき海水浴客で賑わっている。例年と変わらない夏の光景だ。なのにどうしてだろう。目に映る空は晴れ渡っているのに心は昨日までの厚い雲に覆われたままだ。去年まではなかったものがあって、去年まではあったものがないからだろうか。去年までの夏と今年の夏を間違い探しをするみたいに心の中で見比べてみる。神社の境内のお囃子の練習。宵祭りの提灯の下を駆け回る子供たちの笑顔。神輿とともに海に入っていく担ぎ手たちの威勢の良い声。季節感を彩る地元の風流なものはすべて影を潜め、東京のビーチハウスが提供するバーベキューやジェットスキーに興じる観光客というどこか味気ない経済の賑わいだけがある。春に失われたものを取り戻そうと人々が必死になればなるほど、何か大切なものが置き去りにされているようなセンチメンタルな気分になる。遅れた勉強を取り戻す為に夏休みも返上して授業に取り組んでいる教室でも似たような光景が繰り広げられているのだろうか。
     

    記事を読む»

  • 「うずうず」

    2020-07-10 07:00  
    110pt
    「ねえ、ゆびのうずうずみせて」とぼくや妻の指先をまじまじと見つめては「ぐるぐるしてるね」と挿絵の指紋とを見比べている。最近、体についての絵本を読んでいる娘は指紋に夢中なのだ。保育園から帰ってうがいと手洗いを済ませると、洗ったばかりの指を赤い朱肉につけて紙の上にぺたぺた、ぺたぺたとひたすら指紋を押し続けている。
     

    記事を読む»

  • 「みんながげんきにだいかつやく」

    2020-07-08 07:00  
    110pt
     七月七日。灰色の厚い雲が海原を覆い尽くしていた。連日の雨で走るのは一週間振りだった。海からの強い風が陸に向かって吹きつけていた。高い波頭の上をロングボードと一体化したサーファーが滑り降りて来る。あんな風に自然と歩調を合わせることができたら、少しはこの陰鬱な気持ちも晴れるのだろうか。去年亡くなった父の故郷である九州を思った。ぼくを大人へと育ててくれた東京の街を思った。思えば思うほど心が目の前に広がる灰色の雲と歩調を合わせていくような気がした。
     

    記事を読む»