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記事 13件
  • 「無力な私に出来るのは、ただ祈ることだけだった」

    2022-03-30 07:00  
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     悪い夢だった。 核攻撃で滅びるか、原発のメルトダウンで滅びるか。二者択一だったらどちらを選ぶという究極の選択を迫られていた。ぼくは薄暗い投票所で白紙の投票用紙を前にどちらを選ぶか苦悩していた。
     

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  • 「愛を与える人」

    2022-03-28 07:00  
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     国道16号線は渋滞していた。予想通りといえば予想通りだった。もっとも予想したのはぼくではなく、土地勘のある母であり、宇宙からの電波を受信しているカーナビなのだけれど。 今にも激しく降り出しそうな曇天。遅々として進まない車列。ハンドルを握っているぼくだけが無性に苛立っていた。目の前の渋滞にではない。慢性的な渋滞を放置しているこの町に対してだった。沿道沿いには大型駐車場を備えたショッピングモールやらファミレスやら量販店、カーディーラーが巨大な看板とともに幾つも立ち並んでいる。スーパー銭湯なんてのもある。その入り口に差し掛かるたびに入り待ちの車列が一車線を塞いでいる。
     道は増えないのに駐車場を増やせば交通量がどうなるかくらい想像できなかったのだろうか。それどころか「なんでもあって便利だね」と笑って暮らしている人も大勢いるのだろう。故郷がベッドタウンと呼ばれる一大消費地として捕食されている空気に耐えられず、ぼくは18歳のときにこの町を捨てた。
     

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  • 「憂鬱な月曜の朝は映画館へいこう」

    2022-03-25 07:00  
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     相模湾沿いの国道を左に折れ、長いトンネルを抜けると曲がりくねった道の両側に白いコブシの花が咲き誇っていた。「コブシっていうんだよ」 後部座席の娘に伝える。「コブシトンネルだね」 娘がうれしそうに言った。 山越えの有料道路を使うと、僅か十分で半島の向こう側に出る。軍港が広がっている。横須賀の町だ。灰色の戦艦群。平和を維持するための戦争の道具。その存在と意味をまだ娘に伝えることはできていない。ぼく自身が納得できていないからだろう。戦争の道具があるから戦争になるんじゃないの、と聞かれたら返す言葉がない。なるべく視界に入れないように注意を逸らしながら素通りする。
     

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  • 「本当に贅沢なのはどっちなんだろう」

    2022-03-23 07:00  
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     スーパーマーケットで刺身の盛り合わせを買わなくなって久しい。スーパーの刺盛りは世界の漁業の縮図だ。モーリタニアの蛸。ロシアの鮭。インド洋のまぐろ。フィリピンのイカ。日本のイナダ。そういった世界の海産物が三切れずつくらい盛られている。この一皿のために何人の漁師が汗を流しているのか。この一皿のためにどのくらいの燃料が消費されたのか。世界を旅して同じものを食べ歩くことを想像すると鮮度はともかくそれが一皿千円前後で手に入るのはどういうことなのかと思慮してしまう。
     

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  • 「アナキストが父親になるということ」

    2022-03-21 07:00  
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     物心ついた頃から既存の社会秩序やルールに漫然と従わされることが嫌いだった。ひとつ一つ自分で精査して必要だと納得すればむしろ率先してやるし、必要性を感じなければ放り出したり、逃げ出したりする。既製品の服が身体にフィットしないと感じたときは抗いたくなる性分だった。自主性こそがすべての行動の源だった。
     それが「アナキズム」という思想であることを知ったのは大人になった後のことだ。そして、そういう人間がそういう人間のまま父親になることがとても厄介であるという壁に今ぼくは直面している。
     

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  • 「夕焼けに感傷を抱くのは先天的なものか後天的なものか」

    2022-03-18 07:00  
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     夕焼けに感傷を抱くのはどうしてなんだろう。
     日没とともに命の危険を伴う闇が訪れていた時代の名残りだという人がいる。世界を飲み込むような山火事を連想するからだという人がいる。太古のDNAが脈々と受け継がれているからだと。  自身の青春期の記憶が呼び覚まされるからだという人もいる。
     一方で、平安時代に「もののあわれ」という言葉で明文化された無常観という文化を植え付けられて来たからだという人もいる。
     夕陽を見て感傷的になるのは先天的なものか後天的なものか。あるいはそのどちらもなのか。
     何の知識も先入観もなく生まれてきた娘は「もののあわれ」をまだ知らない。思い出すような青春期の記憶もない。その彼女は5歳の今、夕陽を見て何を感じているのだろう。生まれたばかりの頃には「黄昏泣き」と言われている生理現象があった。夕方になると決まって泣く。お腹が空いているわけでもない。おむつが濡れているわけでも

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  • 「夏の予感」

    2022-03-16 07:00  
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      強い陽射し。潮の匂い。ゆるやかな小径をビーサンで駆け下りた娘は砂浜に降りた途端裸足になった。ぼくもスニーカーを脱いで裸足になる。ほんのりあたたかい砂に太陽の温もりを感じながら、砂を巻き上げないようゆっくりと歩き出す。すぐに背中が汗ばんできてパーカーを脱ぐ。娘はとっくにTシャツ一枚になって波打ち際で波と戯れていた。
     

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  • 「春霞」

    2022-03-14 07:00  
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     春は霞む。 秋には高かった空も、冬にはくっきりと見えていた富士山も、何もかもが霞む。今年初の20℃越え。太陽に温められた海が水蒸気となり、上昇気流で舞い上がった空で冷やされ、水の粒が空を白くする。
     

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  • 「話し合いで解決できない大人たちへの伝言」

    2022-03-11 07:00  
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    「あのね、ケンカしているのはロシアとウクライナだって先生が言ってたよ」
     娘が保育園から帰るなり言った。ぼくは言葉を失った。すぐには何も答えられそうになかった。目眩がして、吐きそうになった。この二週間飲み込んだものの消化できていなかった感情が娘の言葉で一気に込み上げてきた。 
     

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  • 「海辺の日常」

    2022-03-09 07:00  
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     朝は五時に起きる。曙の海では漁が始まっている。湯を沸かす。その間に歯を磨く。白湯を飲みながら仕事をする。結局の起き抜けの二時間がもっとも執筆に向いている。
     

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