-
「おばあちゃんの空豆」
2022-05-13 07:00110pt南房総にあるおばあちゃんの畑から空豆が届いた。
おばあちゃんというのは、ぼくの農作の師匠だ。70年以上、農業とともに生きてきた人。彼女が耕してきた土で育った空豆は数ある野菜の中でもファンの多い極上の逸品だ。豆を包む白い綿が羽毛布団のようにふかふかで豆自体もとても甘い。旬も短く、5月の二週間だけしか食べることができない。顧客の中には注文を忘れ「今年はもう終わっちゃったよ」と言われる人も少なくないという。
-
「春の解放感」
2022-04-04 07:00110pt窓越しの赤い屋根でウグイスが囀っている。リズムも音程もウグイスの手本のようなホーホケキョ。今年初めて耳にする囀りだった。その向こうには煌めく海が広がっている。海辺には満開の桜。富士山を覆う春霞。窓辺にいるだけで汗が吹き出してくる陽射しの眩しさに耐えかねてベランダに出ると、そこには花冷えの冷気が漂っていた。冬の冷たさと夏の陽射しのアンサンブルが春を奏でているのを実感する。そろそろベランダで夕暮れの海を眺めながらの食事が気持ち良い季節だ。
-
「本当に贅沢なのはどっちなんだろう」
2022-03-23 07:00110ptスーパーマーケットで刺身の盛り合わせを買わなくなって久しい。スーパーの刺盛りは世界の漁業の縮図だ。モーリタニアの蛸。ロシアの鮭。インド洋のまぐろ。フィリピンのイカ。日本のイナダ。そういった世界の海産物が三切れずつくらい盛られている。この一皿のために何人の漁師が汗を流しているのか。この一皿のためにどのくらいの燃料が消費されたのか。世界を旅して同じものを食べ歩くことを想像すると鮮度はともかくそれが一皿千円前後で手に入るのはどういうことなのかと思慮してしまう。
-
「夏の予感」
2022-03-16 07:00110pt強い陽射し。潮の匂い。ゆるやかな小径をビーサンで駆け下りた娘は砂浜に降りた途端裸足になった。ぼくもスニーカーを脱いで裸足になる。ほんのりあたたかい砂に太陽の温もりを感じながら、砂を巻き上げないようゆっくりと歩き出す。すぐに背中が汗ばんできてパーカーを脱ぐ。娘はとっくにTシャツ一枚になって波打ち際で波と戯れていた。
-
「春霞」
2022-03-14 07:00110pt春は霞む。 秋には高かった空も、冬にはくっきりと見えていた富士山も、何もかもが霞む。今年初の20℃越え。太陽に温められた海が水蒸気となり、上昇気流で舞い上がった空で冷やされ、水の粒が空を白くする。
-
「海辺の日常」
2022-03-09 07:00110pt -
「うみのかいしゃ」
2022-03-07 07:00110ptやわらかな春の陽射しが降り注ぐ日曜の午後だった。妻とビーチクリーンを兼ねた散歩に行った娘が帰ってくるなり僕に言った。「つむちゃん、夢が見つかったよ」「どんな夢?」「あのね、つむちゃんね、海の会社を作るの。そして、海をキレイにするの」 昨晩の大時化で浜辺にはいつも以上の漂着ゴミが打ち上げられていたそうだ。拾っても拾い切れないゴミをなんとかしなければという思いが会社を作るという考えに繋がったのだろう。「それは、すばらしい考えだと思うよ」 僕は言った。そして感謝した。人類が直面している環境問題を子どもたちが自然と学ぶことのできるこの海辺の暮らしに。同時に反省した。子どもたちにそんなことを背負わせなければならないことを。「会社って誰でも作れるんだよ。子どもでも作れる」「そうなの?」 彼女の言っていることは単なる夢物語ではない。さらに時代の潮流とも合致している。
-
「2022年3月3日」
2022-03-04 07:00110pt海沿いの道を娘と手を繋いで歩いていく。朝の9時を過ぎていた。通勤通学も一段落したのか、車の往来も少ない。人もほとんど歩いていない。同じように登園を自粛している友達とばったり会えるのではないかと目を光らせている娘の姿に胸が痛む。「あ!」 葉を揺らして木から降りて来た小動物に娘が声を上げた。その声に気づいたのか、大きな尻尾をくねらせ、黒い瞳で僕らを見ている。
-
「世界が終わった後の夜に」
2022-02-25 07:00110pt静かな夜だ。吹きすさぶ海風しか聞こえない。冷気が窓越しに伝わってくる。電気膝掛けの温度レベルをひとつ上げる。妻と娘が作ってくれたバナナナッツブラウニーを食べ、ウイスキーを舐めながら、一日を振り返る。
-
「花を咲かせるんだよ」
2022-02-23 07:00110pt菜花を食べるたびに思い出す言葉がある。「食べたあんたが代わりに花を咲かせるんだよ」 農業歴80年を越えるかしこおばあちゃん。僕の畑の師匠の言葉だ。菜花は二月のこの時期に花を咲かせる直前の蕾を食べる。花を咲かせるために充填したエネルギーを橫から掻っ攫って食べてしまうのだ。人間の営みの何たる残酷なことか。
1 / 3