• このエントリーをはてなブックマークに追加

記事 5件
  • 高橋和夫氏:カショギ殺害事件に投影された中東政治力学の変動と歴史の終わり

    2018-10-31 22:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2018年10月31日号(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )──────────────────────────────────────マル激トーク・オン・ディマンド 第916回(2018年10月27日)カショギ殺害事件に投影された中東政治力学の変動と歴史の終わりゲスト:高橋和夫氏(国際政治学者)────────────────────────────────────── 現在の世界地図の原型が形成された第一次世界大戦の終戦からちょうど100年目に当たる今年、中東を発火点として新しい世界史が始まりそうな予感を感じさせる事態が起きている。直接のきっかけは、トルコを拠点に政府批判を展開していたサウジアラビア人ジャーナリストのジャマル・カショギ氏が、婚姻届を出すために訪れたイスタンブール市内のサウジアラビア総領事館内でサウジアラビア政府関係者の手で殺害されたことだった。 確かにカショギ氏はサウジアラビアでは有数の有力者の一族ではある。しかし、カショギ氏の殺害自体が、第一次世界大戦の発端となったセルビア皇太子の暗殺に匹敵するような大きな歴史的な意味を持っているわけではない。むしろこの事件は、現在、サウジアラビアの実権を握り、女性に自動車の運転を認めたり、新しいビジネスの誘致を推進するなど改革派のイメージで売り出し中だったムハンマド・ビン・サルマン(MBS)皇太子が、自分に刃向かう者はジャーナリストであろうが何であろうが、暗殺チームを海外にまで派遣して有無も言わせずに殺害することを厭わない、前時代的な人権感覚しか持ち合わせていない粗野な人物であり、そのような人物がサウジアラビアという国家の実権を握っているという事実が満天下に晒されたことに大きな意味がある。 中東に詳しい国際政治学者の高橋和夫・放送大学名誉教授は、カショギ氏の殺害がこれだけ大きく報じられた事で、サウジアラビアの他の悪行が注目され、サウジアラビアの国際社会における地位が更に低下する可能性があると指摘する。他の悪行にはイエメンへの軍事介入や国内の人権弾圧などが含まれる。 高橋氏は、長期的にはサウジアラビアが現在のような王政を維持できなくなる可能性が高いと指摘する。サウジアラビアの王政が倒れれば、それを後ろ盾としているバーレーンやアラブ首長国連邦など周辺の王国も崩壊するのは必至だ。 ところが、第一次大戦から100年が経ち、戦勝国のイギリスやアメリカがご都合主義的に支えてきた中東の王政が終わりに近づいた今、もう一方の西側諸国では、民主主義が崩壊の縁にある。ロシアは形式的には民主的な選挙を実施しているが、政権に逆らうビジネスマンやジャーナリストは当たり前のように殺害されたり失脚させられている。中国は未だに共産党の一党独裁だ。そして、肝心のアメリカでは、トランプ大統領が民主主義を否定するような発言や行動を繰り返している。 カショギ氏の殺害を機に露わになった中東の政治力学の変化と、100年前と比べた時、明らかに民主主義が衰退している世界の現状と今後について、高橋氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
    ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今週の論点・トルコとサウジでは、国家としてプロ野球と高校野球ほどの差がある・統治能力もないサウジを、なぜトルコはここまで追い込むのか・権力を掌握する皇太子「MBS」とはどんな人物か・王家が倒れても、民主化は望めそうにない+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
    ■トルコとサウジでは、国家としてプロ野球と高校野球ほどの差がある
    神保: 今回は中東について考えてみたいと思いますが、収録の直前にシリア内戦の取材中に拘束されていた、ジャーナリストの安田純平さんが帰国するという大きなニュースがありました。今日は深追いしませんが、例によってネット上では自己責任論が吹き荒れているようです。
    宮台: 何度もいうように、ネトウヨ、ウヨ豚にオピニオンはなく、あるのはただの憂さ晴らし、不全感の埋め合わせです。もう何も気にする必要はなく、小川榮太郎などもクズだということで一蹴すればいい。
    神保: 東京新聞に取材を受け、僕が一言いったのは、「なぜあんなに危ないところだとわかっていて行ったんだ」というが、なぜ「危ないところだ」と知っているのか、それに尽きるということです。それは誰かが行ったからわかることで、その情報だけいただき、しかし捕まったら「けしからん」という話になります。
    宮台: いいとこ取りのフリーライダー、タダ乗り屋のクズということです。
    神保: 誰も行かなければ、危ないかどうかもわからないし、何が起きているかもまったく伝わりません。その方がよかったのか、ということですね。なんと言っても3年3ヶ月、期せずして普通の取材ではできない、いろんなものを見てきたでしょうから、ぜひ一度、安田さんにも番組に来ていただきたいですね。
    神保: さて、現在また、中東情勢波高しです。そのせいで、今回のゲストの先生をテレビで1日5回くらい見ています。放送大学名誉教授で国際政治学者の高橋和夫さんです。
    高橋: 私がテレビに出るときはろくなことがないのですが、今回は安田さん解放のいいニュースでうれしかったですね。
    神保: 今回はトルコを拠点に政府批判を行なっていた、サウジアラビア人ジャーナリストのジャマル・カショギ氏が、サウジアラビア領事館内で同政府関係者に殺害された事件を取り上げます。ただ、ワイドショーレベルでもディテールが出ているので、高橋先生にはあえて、歴史の話を伺いたいと思います。壮大な話になりますが、1918年の11月11日が第一次世界大戦の事実上の停戦日で、オスマントルコがそこで崩壊し、中東の地図は、西側がさまざまな形で手を突っ込むような形になりました。そんななかで、今回の事件は歴史的な変わり目を感じさせるものがありました。 まずは一応、今回の事件を振り返りたいと思います。ジャマル・カショギ氏はトルコにある領事館に入ったまま出てこず、指を切り落とされるなどして亡くなった事件です。先生、指を切り落とされたのは、ものを書くジャーナリストだから、という理解でいいのでしょうか?
     

    記事を読む»

  • サンドラ・ヘフェリン氏:日本が「ハーフ」にとって生きづらい国だって知ってました?

    2018-10-24 23:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2018年10月24日号(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/ )──────────────────────────────────────マル激トーク・オン・ディマンド 第915回(2018年10月20日)日本が「ハーフ」にとって生きづらい国だって知ってました?ゲスト:サンドラ・ヘフェリン氏(コラムニスト)────────────────────────────────────── 日本人と外国人の両親を持つ、いわゆる「ハーフ」が頻繁にメディアに登場する昨今。日本人と外国人の間に生まれる子どもの数が、毎年概ね2%程度に過ぎないことを考えると、確かに日本のメディアにおけるハーフの露出度は異常に高いと言えるだろう。 しかも、テレビに出ているハーフの多くが、得てして美男、美女でバイリンガルでお金持ちという話になっていることもあり、日本ではハーフに対してそういう先入観を持つ人が多い。しかし、『ハーフが美人なんて妄想ですから』の著者で自身も日本人とドイツ人を両親に持つコラムニストのサンドラ・ヘフェリン氏は、ハーフは誰もが美人でバイリンガルという先入観が、多くのハーフを苦しめているという。 ヘフェリン氏は著書の中で、批判を覚悟の上で、あるマトリックスを作成して紹介している。それは、美人度と語学力を縦軸と横軸に取り、ハーフを4象限に分けた上で、美人でバイリンガルのハーフを「理想ハーフ」、美人だがバイリンガルではないハーフを「顔だけハーフ」、言葉はできるが美人ではないハーフを「語学だけハーフ」、美人度も低く語学もできないハーフを「残念ハーフ」と名付けたものだ。 その上でヘフェリン氏は、メディアに出ているハーフのほとんどが「理想ハーフ」のカテゴリーに入るため、純ジャパ(純粋ジャパニーズ。ハーフではない日本人の意)はハーフといえば皆美人で外国語ができるという思い込みがあるが、実際のハーフの大半は、その象限には入らないのだと指摘する。つまり、いわゆる美男、美女ではなく、言葉も日本語しかできないハーフの方が、実際は遙かに多いということだ。 例えば就職でも、純ジャパにとっては外国語を喋れることは大きなプラスの評価対象になるのに、ハーフは外国語が喋れて当然と思われているため、逆に外国語が喋れないハーフは「ハーフなのに外国語ができない」ということで、むしろマイナス評価になる場合が多いのだという。それ以外にも、外見がハーフというだけで、初対面の人に親の国籍だの両親の馴れ初めだの、自分は親のどっちに似ているかなどのプライベートな事をあれこれ聞かれるのが定番になっている。英語ができないハーフが、レストランやファーストフード店で英語のメニューを見せられて当惑する事も日常茶飯事だそうだ。 実際は日本生まれ、日本育ちのハーフの多くが、自分はただの日本人だと思っている。にもかかわらず、そのような特別な扱いを受けることで、日本を自分の「故郷」とは思いにくい。しかし、かといって、もう一つの母国には住んだこともないし、言葉もできなければ、友達もいない。そんな国を自分の故郷と思うことは難しい。日本生まれ、日本育ちで、日本語しかできなくでも、外国人の血が混じっているというだけで、普通の日本人として扱ってもらえない疎外感を感じているハーフは多いのだという。 結局のところハーフの生きにくさの問題は、日本人が「何が日本人なのか」と考えているかの問題に帰結すると語るヘフェリン氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が、ハーフの視点から見た日本人論を議論した。
    ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今週の論点・「ハーフ」が置かれる立場と、二重国籍への拒絶反応・理想ハーフから残念ハーフまで「ハーフの四象限」・普通の日本人=できの悪いハーフ、という苦悩・行き着くのは「日本人とは何なのか」という問い+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
    ■「ハーフ」が置かれる立場と、二重国籍への拒絶反応
    神保: 今回のテーマは、マル激的には初めてです。
    宮台: これまで似たようなテーマもまったくありませんでした。
    神保: マル激どころか、ほとんど見ないのが問題だと思います。ハーフの方は日常的に見るのに、それをテーマにした学問もほとんどありません。戦後の混血児、のような話はけっこう研究がありますが、今のハーフとは何なのでしょうか。実はそのことを発信されている方がいて、ぜひそちら側の話も聞きたいと考えてゲストにお呼びしました。ドイツ人のお父様と日本人のお母様を持つ、いわゆるハーフのサンドラ・ヘフェリンさんです。今回参考にさせていただいた本、まずタイトルが面白いですね。
     

    記事を読む»

  • 山崎哲也氏:トミー・ジョン手術の多発を進化と倫理の視点から考える

    2018-10-17 23:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2018年10月17日号(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/ )──────────────────────────────────────マル激トーク・オン・ディマンド 第914回(2018年10月13日)トミー・ジョン手術の多発を進化と倫理の視点から考えるゲスト:山崎哲也氏(横浜南共済病院スポーツ整形外科部長)────────────────────────────────────── 今週のテーマは野球。しかし、野球というスポーツの話というよりも、どちらかというと人類の進化の話であり、ビジネス倫理の話になる。 野球、とりわけその頂点にあるアメリカのMLB(メジャーリーグ・ベースボール)は目下、空前の繁栄を謳歌している。MLBは今や年間興行収入が100億ドル(1兆円)を超え、1年あたりの契約金が30億円を超える選手がゾロゾロいる、巨大ビジネスだ。 しかし、その繁栄の陰で、とんでもない医学的かつ倫理的な問題が生じている。それはMLBの投手の約3割が、キャリア中に最低一度はトミー・ジョン手術と呼ばれる肘の靱帯の移植手術を受けなければならない状態に追い込まれているということだ。MLBという巨大ビジネスが、一握りの恵まれたアスリートの肘の靱帯の犠牲の上に成り立っている状態、と言っても過言ではないかもしれない。 この手術は正式には「肘内側側副靱帯再建術」と呼ばれ、最初の成功例となったスター選手の名前を冠して「トミー・ジョン手術」の愛称で呼ばれているが、その実は全身麻酔の上、断裂した肘の靱帯を取り除き、代わりに手首などから除去しても影響がないとされる腱を取ってきて、肘の骨にドリルで穴を開けて縫い付けるという、大がかりな外科手術だ。医療技術が進歩したおかげで、1年から1年半のリハビリに耐えれば、9割が元通りのピッチングができるようになるというが、それでも1割の選手は選手生命を失う危険な手術でもある。 スピードガンで表示される「160キロの剛速球」は、今や野球の最大の魅力の一つとなっているが、人間がこのような速い球を投げるためには、肘にかなりの無理がかかる。スポーツ整形が専門でNPB(日本プロ野球)球団横浜DeNAベイスターズのチームドクターを務める山崎哲也・横浜南共済病院整形外科部長は、そもそも人間の肘の靱帯はそれだけの衝撃に耐えられるようにはできていないため、このような運動を繰り返すたびに、肘の靱帯に小さな断裂が起きるのだという。 MLBの年間のトミー・ジョン手術の施術数は毎年上昇傾向にあり、そのカーブは投手の速球の平均速度の上昇カーブとほぼ比例している。このままでは、類い希な優れた身体能力を持って生まれ、野球選手としては最高峰のプロ投手に登り詰めた「選ばれし若者」の大半が、肘にトミー・ジョン手術の手術痕をつけているというような、異様な状況になりかねない。いや、既にそのような状態になりつつある。 トミー・ジョンの多発に衝撃を受けたアメリカでは、リトルリーグから大学まで、一人のピッチャーが1日に投げていい球数や、何球以上投げた場合は、最低何日は空けなければならないなど細かい投球制限がルール化されるようになっている。日本でもリトルリーグやシニアリーグにはその基準があるが、なぜか高校野球だけは投球制限の導入を頑なに拒んでいる。確かに、準決勝で完投した剛速球のエースが翌日の決勝では投げられないようなことになれば、興行としての甲子園の盛り上がりに水を差すことになるかもしれない。しかし、高校生に投球数の制限を設けずに投げさせている現状は異常としかいいようがない。 山崎氏は今後、トミー・ジョン手術が増え続けるような状態に陥るのを避けるためには、投球フォームの改善や怪我を防止するトレーニングの研究、投球数に応じて必要となる休息の期間、球種による肘の靱帯への負担の違いの解析等々、まだまだやるべきことはいろいろあるが、まずは練習段階から投球制限を設定し、それが遵守される体制を作る必要があるのではないかと語る。一部のアスリートが文字通り「身を削りながら」支えている現在の状態を放置していいのだろうか。また、こうした構造的な問題に対して、野球界やスポーツ界、またそこから大きな恩恵を受けているメディアに自浄能力は期待できるのだろうか。山崎氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
    ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今週の論点・メジャーで増加の一途をたどるトミー・ジョン手術とは・選手たちが手術を選択する理由・アメリカの投球数制限と、それがまったく進まない日本・高校生に連投を強いる、甲子園の闇+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
    ■メジャーで増加の一途をたどるトミー・ジョン手術とは
    神保: 今回のテーマは「野球」ですが、単にスポーツの話題ではなく、社会問題であり、人権問題であり、人類の進化にもかかわる問題だと考えています。
    宮台: 野球に限らず、例えば受験勉強のような知的な訓練を含めて、何かを獲得するために何かを失うということは普通ありますよね。よく神保さんとお話しているように、やはりいいとこ取りはできません。何かを獲得しようとすると、何かを失うので、全体のバランスを絶えず考える癖をつけておかないといけません。
    神保: 誰かが何かを得るために起きていることですが、その正体が明かされていない場合がけっこうあります。例えば、大人は「子供たちが自分でやりたいと言った」と言いますが、「やるか?」と言われれば、子供は「やります」と言うでしょう。そこでやらせる、というのが許される場合と、そうではない場合があるじゃないですか。「まだいけるか?」と聞かれて「もうダメです」という選手は、おそらくそこまで来ていないし、とっくに早い段階で休んでいるはずでしょう。
     

    記事を読む»

  • 溝上慎一氏:日本の大学が人材を育てられない理由がわかってきた

    2018-10-10 23:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2018年10月10日号(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/ )──────────────────────────────────────マル激トーク・オン・ディマンド 第913回(2018年10月6日)日本の大学が人材を育てられない理由がわかってきたゲスト:溝上慎一氏(桐蔭学園理事長代理)────────────────────────────────────── 日本の大学生があまり勉強しないことは昔からよく知られている。 最近ではひと頃のように授業をサボって雀荘やゲーセンに入り浸る学生はほとんどいないようだが、それでもあまり勉強をしないところは、今も昔とほとんど変わっていないようだ。2007年から3年ごとに全国の大学生約2,000人に「大学生のキャリア意識調査」を実施し、その結果をこのほど『2018年大学生白書』にまとめた溝上慎一氏によると、日本の学生は平均すると授業時間以外に週5時間足らずしか勉強をしていないのだという。アメリカでは日本の短大に当たるコミュニティ・カレッジでも平均で週12時間程度、アイビーリーグの名門校など上位校になると授業以外に週30~40時間は勉強をしなければ授業についていけないのが当たり前だというから、日本の学生が勉強しない説は、かなりデータによっても裏付けられていると言わざるを得ない。 無論、ただ勉強時間が長ければいいという話ではない。実は日本では大学生活においてリーダーシップ力やコミュニケーション力、問題解決力などの能力がどの程度身についたかを大学生自身に質問した結果、大半の学生が、特にそうした能力が向上したとは感じていないことが明らかになっている。しかも、その数値は2007年からほとんど変化していない。 この調査結果が深刻なのは、実はこの10年、日本では様々な大学の改革が行われてきたにもかかわらず、成果が上がっていないことを示しているからだ。 実際、日本では1991年の大学設置基準の大綱化を受けて、2004年の国立大学の独法化や大学の認証評価の導入など、数多くの改革が実施されてきた。特にこの10年は、2008年の「学士課程答申」を皮切りに2012年の「質的転換答申」、2014年の「高大接続答申」といった、重要な改革が実施されるなど、一連の大学改革の「仕上げの期間」だったと溝上氏は言う。しかし、学生の学習時間はほとんど延びず、自己評価を見る限り学生も大学から受けた恩恵は少ないと感じていることが、明らかになってしまった。 まだまだ日本では大学は学問を探究する場所ではなく、就職するための踏み台程度にしか考えていない人が多いのが現実なのかもしれない。ところが、実はその点でも日本の大学はむしろ後退している。大学生に「自分の将来について見通しを持っているか」を聞いたところ、見通しがあり、何をすべきか理解し、実行していると答えた人は2010年の28.4%から2016年には22.7%に下がっている。溝上氏は、このデータからは、「今の大学教育では日本の学生は変えられない」との結論を導き出さざるを得ないと語る。 実は溝上氏はこの9月、長年在籍した京都大学を去り桐蔭学園に転身した。神奈川県横浜市にある私立の中高6年一貫校だ。その理由が、大学だけをあれこれ変えてみても学生は変わらないことを痛感したからだという。中学、高校時代にある程度学生の基礎的な資質を育てておかなければ、どんなに大学で制度改革を行おうが教育の成果はあがらないだろうと、溝上氏は語る。 「大学生のキャリア意識調査」を実施した溝上氏と、調査の結果明らかになった日本の大学生の実態や、そこから見てきた日本の大学教育の問題点、そしてその処方箋などについて、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
    ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今週の論点・「授業外学習」が少なすぎる、日本の大学生・社会に対する理解がなく、将来の見通しも立たない現状・教育現場では、どのような改革が行なわれてきたか・“受験収容所”から、その後の人生を支えるものに変わりゆく桐蔭学園+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
    ■「授業外学習」が少なすぎる、日本の大学生
    神保: 前回は英語入試について取り上げましたが、教育の問題をしっかり見ていかなければなりません。実は大学をいじっても教育はなかなか変わらず、中高くらいから見ていかなければならない、というのが今日の話なのですが、冒頭に宮台さんからなにかありますか。
    宮台: 僕は過去25年間くらい、学生たちに自分で問題を作り、答えてもらうというテストをやってきましたが、答案のレベルがどんどん落ちています。文章が書けない人が増えているだけでなく、基本的にテンションが低いです。だから、インターネットで適当な素材を見つけてきて書いている、ということがバレバレな答案だらけです。システムの改革が学生たちの熱き心を奮い立たせる、というふうにはまったくなっていないどころが、逆効果になっています。もっとも、大学だけのせいではないと思いますが。
    神保: どこに問題があって、どう対処すればいいのでしょうか。さっそくゲストをご紹介します。プロフィールをご紹介すると、皆さん「え?」と思われるはずですが、学校法人桐蔭学園理事長代理、同学園トランジションセンター所長であり、教授である溝上慎一さんです。私の母校でもあるところの偉い先生ですね。もともと京都大学で長く教育学をやっておられたところが、なぜ桐蔭学園にいらっしゃるのでしょうか?
     

    記事を読む»

  • 前嶋和弘氏:トランプ政権下で起きている2つの異常事態の意味するもの

    2018-10-03 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2018年10月3日号(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/ )──────────────────────────────────────マル激トーク・オン・ディマンド 第912回(2018年9月29日)トランプ政権下で起きている2つの異常事態の意味するものゲスト:前嶋和弘氏(上智大学総合グローバル学部教授)────────────────────────────────────── これを異常と呼ばずに何と呼ぼうか。かねてより前例のない異例続きだったトランプ政権だが、11月の中間選挙を前に、いよいよその異常さに拍車が掛かっている。今回の異常事態は最高裁判事候補の性的暴行疑惑と、司法省高官による政府転覆の2つだ。トランプ大統領が最高裁の判事に指名したブレット・カバノー氏は、輝かしい経歴に加え、上院で過半数を占める与党共和党の手厚い支持を受け、難なく承認される見通しだった。ところが、承認の直前になって、突如としてそのカバノー氏に36年前の性的暴行疑惑が持ち上がった。被害を名乗り出たクリスティン・ブラジー・フォード氏は9月27日、上院司法委員会の公聴会に証人として呼ばれ、36年前の暴行を受けた際の状況を生々しく説明。その後、彼女と入れ替わりで証言台に座ったカバノー氏が、涙ながらに自らの潔白を訴えるという、映画さながらの劇的なシーンが展開された。 今回の最高裁人事は、唯一の中道派として最高裁で長年キャスティング・ボートを握っていたケネディ判事の引退を受けたもので、保守派のカバノー氏が承認されると、向こう30年にわたり保守派が最高裁の多数派を握ることになる。トランプ大統領が全幅の信頼を寄せるカバノー氏の承認が頓挫するようなことがあれば、政権の大きな失速原因となるばかりか、11月6日の中間選挙への影響も避けられないだろう。 もう一つの異常事態は先週、司法省のナンバー2で、同省でトランプ大統領の「ロシア疑惑」を指揮する最高責任者を務めるロッド・ローゼンスタイン司法副長官が昨年5月、大統領の解任要件を定めた憲法第25修正条項に則り、トランプ大統領の解任を企てていたというスクープ記事がニューヨーク・タイムズに掲載されたことを受けたもの。 ローゼンスタイン氏は昨年5月にコミー長官が事実上罷免された後、トランプが大統領に不適格であることを証明するために、大統領との会話を盗聴することなどを政権幹部に提案したとされる。今のところローゼンスタイン氏は、ニューヨーク・タイムズの記事は不正確としながらも、記事の趣旨は全否定していない。 普通であれば、もし報道内容が概ね事実だとすれば、政権幹部が事実上のクーデターを企てたに等しく、トランプ大統領は直ちにローゼンスタイン氏を解任したいところだろう。しかし、ローゼンスタイン氏がトランプ大統領を捜査する立場にあるため、これを解任することが「司法妨害」にあたる可能性があり、事はそう簡単にいきそうもない。 トランプ政権は満を持して指名した保守派の判事の承認を得ることに失敗する可能性が濃厚になってきた上に、政権内には抵抗勢力やクーデター未遂をした幹部が、トランプ政権の命脈を左右する疑惑を捜査しているというこの異常事態を、われわれはどう捉えればいいか。日本はそのような状態にあるアメリカと、新たな自由貿易交渉など始めて大丈夫なのか。これもまた民主主義の新しい形なのかなどを、希代のアメリカウオッチャーである前嶋氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
    ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今週の論点・アメリカで「最高裁の判事」が注目される理由・“トランプワールド”では「陰謀論」で終わる・“トランプ政権内の抵抗勢力”はいかに報じられたか・アメリカのほころびが、世界に与える影響+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
    ■アメリカで「最高裁の判事」が注目される理由
    神保: 今回はアメリカの話をどうしてもしたいと考えました。状況が面白すぎるので、少しアメリカオタクが入っているような話になるかもしれません。朝まで歴史的な公聴会があり、アメリカ関係者は眠い目をこすりながら1日を過ごしたと思います。ゲストは、上智大学総合グローバル学部教授の前島和弘さんにおいでいただきました。 日本では相変わらず、日米関係やトランプが金正恩の手紙を受けてどう言った、というようなニュースが出てきますが、政権の足元が揺らぐような異常事態になっています。3大ネットワークが朝からぶち抜きでずっと報じているという、9.11以来初めてじゃないか、というくらいの問題になっていますが、日本ではほとんど報じられておらず、この温度差はなんなのかと思いました。
    前嶋: 最高裁判事に指名されたブレット・カバノー氏にまつわる問題ですが、日本の場合、司法消極主義なので、最高裁がそれほどモノを言うことはありません。アメリカの場合は、最高裁が社会を変えてしまいます。
     

    記事を読む»