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山田健太氏:どうするNHK。これからも公共放送を続けたいのなら統治体制を根本から変えるしかない
2023-07-26 20:00550ptマル激!メールマガジン 2023年7月26日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1163回)
どうするNHK。これからも公共放送を続けたいのなら統治体制を根本から変えるしかない
ゲスト:山田健太氏(専修大学ジャーナリズム学科教授)
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こんなNHKならいらない。
NHKの受信料をスマホユーザーからも徴収できるようにする案が検討されているという。NHKは念願だったネットの同時配信を2020年に実現しているが、受信料の徴収対象はあくまでテレビユーザーに限定されていた。受信料の対象をネットユーザーやスマホユーザーにまで広げることで、NHKはテレビ番組を放送しているだけの「公共放送」から、ネットでも自由に番組を配信する「公共メディア」に変身を遂げたいのだそうだ。
確かにBBCを始めとする欧米諸国の公共放送の多くが、既にネットの同時配信を行っている。ネットで配信されれば、スマホでも視聴が可能になる。今日、テレビを保有しない世帯も増えているし、まったくテレビを見なくなったという人も珍しくない中で、ネットでテレビ番組が見られれば多くの人にとって便利だろうし、何よりも災害時の情報収集に役立つに違いない。
しかし、それは同時にNHKの事業の大幅な拡大を意味する。果たして今のNHKにそれだけの力を与えることが、市民社会にとって本当に妥当なことなのかどうかを、今われわれは真剣に考える必要がある。なぜならば、今のNHKは特に報道機関として真に公共放送の役割を果たせる体制ができているとはとても思えないからだ。
NHKでは2001年に大きな政治介入事件があり、それが最終的には最高裁まで争われる裁判に発展した。その時の反省もあり、多少状況は改善されたのかと思いきや、ここに来てむしろもっと悪くなっていることが最近明らかになった。
NHKは2018年4月、クローズアップ現代がかんぽ生命の不正販売をスクープした。その後、この問題は他社も後追いをした結果、大きな社会問題となった。しかし、NHKは最初のスクープ報道の後、日本郵政から圧力がかかると、続報を断念し、その後も番組内容を改変することで事実上かんぽ生命の不正販売の報道から撤退してしまった。しかも、この圧力は政治部OBの幹部を経由した従来の介入回路ではなく、かんぽ生命保険を販売する日本郵政の副社長で元総務事務次官だった鈴木康雄氏による経営委員会を経由したものだった。
NHKの経営委員会の委員の任免は国会の同意を必要としている。いわゆる「国会の同意人事」と呼ばれるものだ。この「同意人事」は、かつては「全会一致が望ましいが、それがダメな場合、少なくとも最大野党の賛成は取り付ける」ことを意味していた。広く国民に影響を与える決定を下す機関の委員は、与党だけでなく野党に投票した人にも影響を与えるため、与党の賛成多数だけで押し切ることは不適切だと考えられてきたからだ。しかし、それはあくまで不文律という位置づけであり、全会一致や最大野党の賛成が求められる明確な法的根拠はなかった。
そのため2000年代に入り民主党が勢力を伸ばし与野党の力が拮抗してくると、国会同意人事とされる機関の委員や委員長の任免も与党の賛成多数だけで押し切る事例が増えてきた。この中にはNHKの経営委員のほか、公正取引委員会や原子力規制委員会、日銀なども含まれる。
事実上与党が単独で選んだ経営委員なら、自ずと与党寄りの人選となる。その経営委員会から会長や幹部に直接圧力をかけるようなことが常態化すれば、NHKは与党に不都合な報道は一切できなくなってしまう。
もし今後NHKの業態を拡大し、受信料の徴収対象も大幅に広げることでNHKを「公共放送」から「公共メディア」に格上げするのであれば、その前に万難を排してでも実行されなければならないことがある。それはNHKに権力が容易に介入できるようになっている現在のNHKの統治体制を根本的に改めることだ。
そのためには、まずは放送免許が政府から直接付与されるという、先進国ではあり得ないような免許制度を改めると同時に、経営委員会の任免方法もガラス張りにした上で、野党や市民の意見も取り入れられるような新たな仕組みを導入することで、政府や与党からの介入に抗えるような体制を作ることだ。
また、ここまではNHKが今後も受信料をベースとする公共放送の地位を維持させることを前提とした議論だが、もしそれが実現できないのであれば、そもそも日本は中立・公正な公共放送を維持するだけの民度が備わっていないことになるので、受信料制度を廃止してNHKを民営化するか、もしくははなから報道機能など期待しない国営放送局になってもらうかのいずれかしかない。
いずれにしても時の政権や与党がこだわりを持つ高度に政治性の高いテーマや国論を二分するデリケートなテーマはほとんど中立的な報道ができないような組織に報道機関を名乗る資格はない。今のままのNHKに事業内容や収入ベースを拡大させることは決して国益に資さないし、倫理的にも許されない。BBCなどを参考に、現行の欠陥だらけのNHKのガバナンスの体制を根本から改めるか、もしくは民営化か国営化の二択のいずれかを選ぶか。
これからもNHKが簡単に政治からの介入を許す体制でい続けるつもりなら、公共放送の看板を下ろして国営放送になった方がまだいいだろう。当たり障りのないテーマに限って報道機関の顔をされるのは欺瞞以外の何物でもないし、そのような存在は市民社会にとっても害悪でしかない。もし、今後も受信料という事実上の税金を受け取りながら「公共」の看板を掲げ続けたいのであれば、そしてさらにネットにまで事業範囲を拡大しようというのであれば、透明性のあるより独立した報道機関に生まれ変わらなければならない。
NHKはなぜ未だに権力の介入を許してしまうのかや、報道機関としての独立性を守れないNHKが業態を拡大することの危険性などについて、『放送法と権力』の著者で専修大学ジャーナリズム学科教授の山田健太氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・岐路に立つNHK
・今のままではNHKが公共放送の役割を果たすことは難しい
・かんぽ問題報道への介入―あまりにひどいNHK経営委の態度
・NHKが変われば他のメディアも変わる
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■ 岐路に立つNHK
神保: 今日は2023年7月21日の金曜日で、1163回目のマル激となります。今日はNHKの問題を取り上げようと思います。最近NHKで何かあったんですか、と言われるかもしれませんが、僕はものすごく重大な局面を迎えていると思います。単にNHKがどうとか放送がどうとかというレベルを超えて、日本の民主主義の根幹に関わる問題になるのではないかと考えています。
2001年のETV問題の時は、安倍晋三氏と中川昭一氏の介入により放送内容が180度変わりました。2023年になった今も、政府によるグリップは何も変わっていないどころか、むしろさらに強化されました。安倍晋三氏は官房副長官としてETV問題に関わりましたが、その後8年間安倍政権が続き、その間に経営委員会までもが完全に植民地化されてしまいました。かつては政治部OBの幹部を経由して政治の意向を反映させるというやり方でしたが、今では包囲網ができています。
その中で、NHKのネット同時配信やスマホの受信料徴収によって、NHKが強化・拡大される可能性も出てきています。例えば台湾有事が起きた時に、NHKが政府に対して批判的な報道ができるはずがないと思っていても、災害や有事の時にはみんなNHKを見るんですね。もう少し危機感を持った方がいいかと思い、今回の企画を考えました。 -
結城康博氏:少子化対策と医療・介護をバーターにしてはいけない
2023-07-19 20:00550ptマル激!メールマガジン 2023年7月19日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1162回)
少子化対策と医療・介護をバーターにしてはいけない
ゲスト:結城康博氏(淑徳大学総合福祉学部教授)
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「次元の異なる少子化対策」をスローガンに掲げる岸田政権は、少子化対策の財源にこれまで高齢者にかけてきた医療・介護予算を回すつもりのようだ。しかし、それは本当に可能なのか。
今国会でも「次元の異なる少子化対策」は中心的な議題となったが、結局財源問題は年末まで棚上げされた。
先月、政府が決定した「こども未来戦略方針」は、年間3兆円半ばの安定財源を確保するとしたうえで、財源確保を目的とした増税は行わないことを明記している。財源は、社会保障の制度改革や歳出の見直し、企業を含めた社会・経済の参加者全員が連帯し公平な立場で広く負担するとして、年末に結論を出すとなっている。これを翻訳すると、医療・介護給付を抑制することで公費負担を減らし、税金ではなく社会保険から捻出した財源を少子化対策に回そうという考えのようだ。
しかし、日本の社会保障負担と税金を合わせた国民負担率はすでに50%近い。2020年の段階で日本の国民負担率の47.9%は、高福祉高負担と言われる北欧諸国のスウェーデンの54.5%と大きく変わらないレベルまで上がってきている。その一方で、昨年度の税収は過去最高の71兆円となったが、内訳を見ると所得税と消費税がそれぞれ1兆円増えている。ここでも国民負担が増えていることが見て取れる。
介護保険についても、年末の取りまとめに向けた議論が始まっている。利用者自己負担2割の年収ラインの引き下げや高所得者の介護保険料の増額が検討される。来年は診療報酬・介護報酬の改定も行われる。利用者の負担が増えれば利用控えが起こり、医療・介護給付の抑制が見込まれる。今後も高齢者人口が増え続けるなかで持続可能な制度設計は重要だ。しかし、ここから少子化対策の財源まで捻出することが本当に可能なのか。
介護保険制度に詳しい淑徳大学総合福祉学部の結城康博教授は、このままだと医療も介護も使いにくいものになるだろうと懸念を表す。特に、今の70歳代半ばの団塊の世代が85歳になる2035年ごろ、団塊ジュニア世代が親の介護に直面するときにサービスが使えないという事態が起きることは容易に予測できると結城氏は語る。
社会保障制度は複雑で分かり難い。財源についての議論が年末までに先送りされているのは、解散総選挙が意識されているからだろう。どうしても目先の利益で判断しがちになる。ことに給与から税や保険料が天引きされているサラリーマンは負担額を認識するのがそもそも難しい。このままでは、いざ医療や介護が必要となったときには遅すぎるということが起こりかねない。
全世代型社会保障というなら介護離職を防ぎ多くの人が働きつづけられる制度設計こそが重要で、今がラストチャンスだと語る結城氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。
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今週の論点
・少子化対策の財源は、高齢者政策を犠牲にすることで捻出されるのか
・あと10年で限界を迎える医療・介護制度は、ますます深刻さの度合いを増している
・国民全員に関わる福祉部門は公共事業として産業化されなければならない
・一人ひとりが助ける経験と助けられる経験を持たなければ世論は変わらない
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■ 少子化対策の財源は、高齢者政策を犠牲にすることで捻出されるのか
迫田: 今日は7月12日の水曜日で、第1162回のマル激トーク・オン・ディマンドになります。今日は、高齢者対策を少子化対策と合わせて見てみようというテーマです。
前の通常国会で異次元の少子化対策と言われたものの、財源が決まらないまま年末を迎えます。また、年末に向けて高齢者に関わるものも色々と始まります。介護保険部会で止まっていた議論が再開し、年末に向けて介護保険の改革をどうするのかなど、医療と介護の報酬の同時改定が来年に控えているという中で財源問題が議論になっています。
宮台: この国はいろいろなところで腐っているので、財源を確保すればうまくいくというわけではないです。予算が決まると税金が投入されますが、中抜きで末端には二割しかいかないといったことがあります。マイナンバーカードのデジタル化でも、青息吐息の日本のダメな電話産業に権益を配分するための公共事業という色彩が強いです。
迫田: 財源が決まっていてもそうだということですよね。 -
三木義一氏:小規模事業者やフリーランスを軒並み廃業に追い込むインボイス制度に正当性はあるのか
2023-07-12 20:00550ptマル激!メールマガジン 2023年7月12日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1161回)
小規模事業者やフリーランスを軒並み廃業に追い込むインボイス制度に正当性はあるのか
ゲスト:三木義一氏(弁護士、青山学院大学名誉教授)
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これは単なる小規模事業者・フリーランス潰しなのか。それとも何か別の意図があるのか。
日本では今年10月1日からインボイス制度が導入される。これはもう確定事項だ。しかし、その影響は決して小さくない。多くの小規模事業者が廃業に追い込まれる可能性がある。また、一部では激しい反対運動も起きている。にもかかわらず、野 -
松谷創一郎氏:ジャニーズを「サンクチュアリ」(聖域)化し、ジャニー喜多川を「怪物」にしたものとは
2023-07-05 20:00550ptマル激!メールマガジン 2023年7月5日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1160回)
ジャニーズを「サンクチュアリ」(聖域)化し、ジャニー喜多川を「怪物」にしたものとは
ゲスト:松谷創一郎氏(ジャーナリスト)
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その月の5回目の金曜日に特別企画を無料でお送りする5金スペシャル。
3月以来3ヶ月ぶりとなる今回は、映画や芸能に詳しいジャーナリストの松谷創一郎氏をゲストに招き、5金恒例となった映画特集とジャニーズ性加害問題のダブルタイトルをお送りする。
取り上げる映画はずばり、現在ネットフリックスで配信中の『サンクチュアリ-聖域-』とカンヌでも話題となった是枝作品『怪物』の2つ。そして、それと同時に、ジャニーズ事務所の性加害問題とその背景にある日本の芸能界やスポーツ界に蔓延る人権無視の前時代的な風土とそれに平然と乗っかって商売をし続けるメディアの責任などを議論した。
BBCのドキュメンタリーをきっかけに表面化したジャニーズ事務所の性加害問題は、元ジャニーズ事務所社長の故ジャニー喜多川氏(本名・喜多川擴=2019年7月9日死去)が長年にわたりデビュー前の所属レッスン生(ジャニーズジュニア)に性的行為を繰り返していたというもの。本人が亡くなっていることもあり、また事件の内容から被害者にとっても被害を名乗り出ることに相当なリスクが伴うことから、未だ全貌は明らかになっていないが、被害者は数百人単位にのぼるともいわれ、しかもその大半が未成年だったという、前代未聞のセクハラ事件だ。
それにしてもなぜジャニーズ事務所が芸能界の中で「最大手にして異端」(松谷氏)という特異な地位を維持し、その中でジャニー氏による性加害が何十年にもわたり放置されてきたのだろうか。ジャニー氏によるセクハラ行為の噂はかなり以前から芸能界はもとよりその外にも漏れ伝わっており、ジャニーズ事務所と週刊文春との間で争われた名誉毀損裁判では、2004年に最高裁までがジャニー氏による性加害報道の「真実性」を認定していた。
松谷氏はジャニーズ事務所は時にはタレント引き上げや共演NGなどの間接的手法を使い、また時にはジャニー氏の姉でジャニーズ事務所名誉会長だった故メリー喜多川氏(本名・藤島メリー泰子=2021年8月14日死去)による強権的な手法を使ってメディアに圧力をかけることにより、ジャニーズ事務所を退所したタレントが芸能活動を継続することが困難になるような状況を作り出していたと指摘する。
実際、2016年のSMAPの解散・独立騒ぎの後、ジャニーズ事務所を退所した香取慎吾、草なぎ剛、稲垣吾郎の3人は、それまで毎日のように出ていたテレビへの出演がぱったりなくなっていた。これは最終的には2019年にジャニーズ事務所が公正取引委員会から注意を受けている。
実はジャニーズ事務所は単に事務所を退所したタレントに対してだけでなく、ジャニーズ所属のタレントと競合する他事務所のタレントに対しても、同様の手法を使ってメディアに圧力をかけていたという。松谷氏によると、例えば沖縄出身のダンス・ボーカルグループDA PUMPはそれが理由で長らくテレビの音楽番組には出られない状況が続いていたそうだ。
公取から注意が出されたように、事務所をやめた人間がその業界で働けなくなるように圧力をかけるような行為は品位に欠けるばかりでなく、公正な競争を阻害するとして独占禁止法にも触れる。特にジャニーズ事務所は自らの影響力をそのような形であからさまに行使してきたとみられるが、ジャニーズ事務所以外でも芸能界では事務所を抜けたタレントがその後、長らく干されるというようなことは、これまで幾度となく繰り返されてきた。
時にそれは露骨な圧力であったかもしれないし、また時にそれはメディア側の忖度によるものだったかもしれないが、いずれにしても事務所をやめたらその業界にいられなくなるというような慣習が放置されれば、事務所から嫌な行為を強要されたり無理難題をふっかけられても、タレントはそれを甘受せざるを得なくなる。
いやこのような慣習は芸能界だけでなく、スポーツ界にも蔓延る。ラグビーのトップリーグではつい数年前まで、選手の引き抜きを防ぐために、所属チームの承諾なくチームを移籍した選手は新しいチームで1年間試合に出さないというカルテルが存在していたし、プロ野球界にも日本でドラフトを拒否して他国に渡った選手は日本帰国後一定期間プレーできなくする「田沢ルール」なるものが存在していた。
これらはそもそも職業選択の自由を奪う制度であると同時に、いずれも公正な競争を阻害するカルテルとして他の業界では禁止された独禁法違反に問われるものだが、日本では芸能やスポーツは社会的にも特別視されていたり、メディアと業界が一体化しているためにそうした問題が十分に批判に晒されなかったりしたために、そのような前時代的な制度や慣習が当たり前のように続いていた。
結局、昨今のジャニーズ問題も、そもそも社内で絶対的な権力を持つジャニー氏の逆鱗に触れれば、タレントとしてデビューするチャンスが潰えてしまうという恐れがあり、また性加害行為を嫌悪して事務所を退所しようものなら、少なくとも日本の芸能界で生きていくことがほとんど不可能になるという状況の下で、日々被害に晒されてきた練習生たちにとっての選択肢はジャニー氏のセクハラ行為を甘受するか、もしくはタレントになる夢を諦めるかの二択だったことになる。
その意味で今回の事件はまず事実関係を明らかにすることが必要だが、その上で、加害者側のジャニーズ事務所に然るべき責任を取らせると同時に、そのような事態を招いた業界の体質などにもきちんとメスを入れ、うみを出すことが必要ではないか。
日本の芸能界を長く取材し、日本の音楽産業や映画産業が直面する課題などを指摘している松谷創一郎氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
また、番組の後半では、前半のジャニーズ問題を引き継ぐ形で、映画『怪物』と『サンクチュアリ』を取り上げ、われわれの社会が共通のプラットフォームを失ったことにより、見る者の視座によって普通の人間が怪物に見えてしまう社会の構造の変化や、法と掟の違い、掟の世界が消えることでわれわれの社会の何が変わるのかなどを議論した。
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今週の論点
・芸能界の「掟」はますます曖昧になってきている
・ジャニーズ事務所を巨悪の組織だと思うと問題の本質を見誤る
・落としどころはどこにあるのか
・お互いが怪物に見えてしまう現代社会
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■ 芸能界の「掟」はますます曖昧になってきている
神保: 今日は2023年6月30日の金曜日で、これが1160回目のマル激です。今日は5金で、映画を扱おうと思いますが、ジャニーズ問題についても扱います。ジャニーズの問題はもっとはやく断罪されなければならなかったのですが、それぞれの視座から見れば、批判する側が相手から怪物に見えていることもあります。そう考えると、一方的に断罪をすることに若干躊躇します。この整合をどのように考えれば良いのでしょうか。最初にヒントがあれば教えていただけますか。
宮台: 今日は『怪物』という映画を扱いますよね。社会の外側にいるやつが怪物なのか、あるいは社会の外側にいるやつにとって社会が怪物なのかという対立軸です。これは白黒どちらかということを単純に言うことができません。これはもともと日本社会がどのように回ってきたのかということに関係があり、空気の支配、郷に入っては郷に従え、物言えば唇寒しなどのことわざに示されています。
芸能の界隈は特殊な「掟」の界隈として存在し、その掟の界隈に入るのかどうかという加入儀礼がいたるところにあります。その問題を最初に指摘したのは丸山眞男で、「抑圧の移譲」という先輩から後輩へのものすごいしごきがあるんですね。これはジェネレーションが更新されていくと、自分が抑圧する側に回ります。なぜかと言えば加入儀礼だからです。加入儀礼というものはある職能集団に相応しい人間かどうかを判別し、法ではない掟に従うことを迫るものです。
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