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河野有理氏:自民党総裁選から読み解く日本の現在地とその選択肢
2024-09-25 20:00550ptマル激!メールマガジン 2024年9月25日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1224回)
自民党総裁選から読み解く日本の現在地とその選択肢
ゲスト:河野有理氏(法政大学法学部教授)
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事実上、次の日本の首位を選ぶ自民党総裁選まで1週間を切った。9人もの候補者が乱立している割には、各論の政策論争はあるものの、その選択が大局的な観点から日本という国の針路にどのような影響を与えるかについては、ほとんど議論も論評も見られないのが残念だ。
この総裁選は実は過去10年にわたり日本の政治を牽引してきた安倍政治継承の是非が問われている選挙でもあり、さらに遡れば小泉政権による構造改革路線以降、推進されてきた新自由主義的な改革を方向転換するのかどうかが問われている重要な選挙でもある。
総裁選そのものに一般有権者の投票権はないが、そこで自民党の党員と国会議員がどのような選択を下すかは、今後の国政選挙における投票行動の重要な指針となるはずだ。
自民党は2009年の総選挙で大敗を喫し野党に転落したが、その選挙の当選者は民主党の308に対し119という自民党にとっては正に壊滅的な敗北だった。しかし、その後、民主党政権の失敗などもあり、安倍新総裁の下で衆院の議席が300近くになるまで党勢を回復させた。その意味で、今日の自民党は正に安倍自民党と言っても過言ではない状態にあった。
岸田政権が発足した際、宮沢喜一首相以来の宏池会出身の首相となった岸田氏は政権発足当初は「新しい資本主義」などを政策の旗印に掲げ、アベノミクスから決別する意思を明確に示していた。しかし、岸田政権も所詮は党内力学的には安倍政権と同じ安倍、麻生、茂木派ら自民党主流派の後押しで成立した政権だった。厳しい言い方をすれば、安倍傀儡政権だったのだ。岸田首相個人の思いはそうした党内力学の前に無視され、岸田政権では路線転換につながる政策はほとんど何も実現できなかった。
しかし、その後、安倍氏が凶弾に倒れ、統一教会問題や裏金問題の発覚で党内最大を誇った安倍派が崩壊状態に陥る中で、自民党は今回の総裁選を迎えている。その意味でこの総裁選で誰が次の総裁=首相になるかは、自民党の、ひいては日本の今後の針路を左右する重大な選択になる。
アベノミクスの下で円安が進み、株価は上がり大企業は史上最高益を毎年塗り替えた。しかし、その間、賃金は上がらず国民負担率も上昇を続けた。さらにここにきて物価が高騰し、国民生活は苦しくなる一方だ。相変わらず教育支出も子育て支援も限られている中で、少子化はさらに進んでいる。そうした中で格差は広がり社会の分断が進んだ。
今日本が問われているのは、このアベノミクス路線をこれからも続けるのか。引き続き市場を重視し、格差と分断を容認するのか、再配分重視へシフトすることで格差を是正し社会の連帯の再構築を図るのか。自己責任に重きを置くのか、リスクを社会に分散させるのか。この総裁選はその選択を問うものでなければならないはずだ。
政治思想史が専門の河野有理・法政大学法学部教授は、特に決選投票が石破対高市になった場合、安倍路線継承の是非が問われることになると指摘する。実際、高市氏の推薦人は大半を安倍派の議員が占め、支援者にもアベノミクスを推進した学者らが多く参集している。
これに対して、田中角栄氏を政治的な父と仰ぐ石破氏は、高市氏や他の候補と比べると、再分配志向が強く、たびたび格差の是正の必要性を訴えている。そこでいう格差とは所得格差であり、東京などの都市部と取り残された地方との格差でもある。田中政権の日本列島改造論当時、日本は右肩上がりの高度経済成長期にあり、再配分するための新たな財源が毎年生まれていた。しかし今日本は人口も減り、経済も縮小する中で、再分配する財源がそもそも細ってきている。
格差を解消する方法が再配分だけでは足りない場合、それに代わる概念として例えば小さな経済圏を作ってそれを連携させる「自治」が考えられるが、果たして鳥取出身の石破氏はそれを理解できているか。
河野有理氏は、石破氏は政治改革や安全保障など自分が得意とする抽象的なテーマを好んで論じる傾向があり、財政や金融といった経済政策にはこれまであまり具体的にコミットしてこなかったことを指摘する。これまで党や内閣の要職を歴任してきた石破氏ではあるが、財務相や経産相の経験はない。現実的に石破政権というものを考えなければならないとなると、首相を支える経済チームがどのような布陣になるかが重要になる。
一方、高市氏はこの総裁選を保守対リベラルの戦いと捉え、その認識を明確に打ち出すことで、岩盤保守の支持をしっかりと掴んでいると河野氏は語る。しかし、高市氏に靖国神社に参拝し、夫婦別姓に反対し、女系天皇に反対するといった岩盤保守層が好む政策以外にどのような政策があるのか、とりわけ経済政策については未知数のところがあると指摘する。
この総裁選は日本に何を問うているのか。日本には今どのような選択肢があるのか。自己責任論に下支えされた新自由主義路線を今後も続けるのか、新たな道は存在するのかなどについて、法政大学法学部政治学科教授の河野有理氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・今後も安倍自民党が維持されるのか
・石破対高市という構図が持つ意味
・自民党が右に寄れば寄るほど政権交代の可能性が上がる矛盾
・派閥解消がもたらしたもの
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■ 今後も安倍自民党が維持されるのか
神保: 今日は政治思想というアングルから、今の自民党が何を選ぼうとしているのかを見ていきたいと思います。自民党の総裁は総理大臣なので、これは残念ながらわれわれに投票権がない大統領選挙のようなものです。メディア報道では基本的に政策の各論ばかりで、マクロ的な視座が得にくいと思ったのでこのテーマにしました。
本日のゲストは法政大学法学部教授の河野有理さんです。河野さんは政治思想史の専門家ということで、日本がここまで辿ってきた道と現在地、これから何を選ぼうとしているのかということを政治思想のアングルから伺いたいと思います。
自民党総裁選は折り返しに来ていて、来週の金曜日が総裁選の本番です。世論調査などはいろいろ出ていますが、選挙期間を長くしたことによってニュース自体は若干中だるみしているかなと思います。まず今回の総裁選を総体としてどう見ていますか。
河野: まず何よりも候補が9人出たということが従来の自民党総裁選との明らかな違いで、その理由は派閥がなくなったことです。今までの総裁選は派閥の中でなんとなく談合をしてこの人を推そうということを決めてから3~4人が出るということが通常でしたが、9人も出てきたので、ある意味でアメリカ予備選挙のように一気に候補者が出ていくということになったのかなと思います。
しかしアメリカの場合は期間を長く取り、その間にふるい落とされていくのですが、日本の場合は期間が短いのでどういう展開になるのかが見通せません。また公職選挙法の縛りがないのでPR会社を入れても良いですし、ある意味何をしても大丈夫です。
神保: 現在小泉進次郎さんは後ろに森喜朗さんや菅さんが控えているということがバレバレになっているので、本人の理念や思想を問題にしてもしょうがないのかなと思うのですが、小泉さんが失速してきた結果、このままいくと石破さんと高市さんの決選投票になる可能性が出てきます。他の候補は脱落した感がありますが、石破対高市の意味ということについてお伺いしたいと思います。 -
大沢真理氏:日本の次の総理を決める選挙でアベノミクス継承の是非を問わずにどうする
2024-09-18 20:00550ptマル激!メールマガジン 2024年9月18日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1223回)
日本の次の総理を決める選挙でアベノミクス継承の是非を問わずにどうする
ゲスト:大沢真理氏(東京大学名誉教授)
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岸田首相の後継を決める自民党の総裁選が9月12日に告示され、27日の投開票に向けて選挙戦が始まった。15日間という異例の長い選挙期間が設けられ、その間9人の候補者が討論会や立会演説会などで盛んに政策論争を交わす設定になっているが、ここまでの政策には疑問を禁じ得ない。それは、誰もアベノミクスの検証の必要性を口にしないまま、それぞれに勝手な経済政策を主張しているからだ。
今の日本にとって最大の懸案事項は、世界の先進国で唯一30年間、まったくといっていいほど経済成長ができず、生産性の向上も実現できなかったために、日本の国際的な地位がつるべ落としのように低下していることだ。しかも、最新の政府調査では生活が苦しいと感じている人の割合が半数を超えている。自民党はこの先もアベノミクス路線、すなわち新自由主義路線を継続するのか、それとも岸田首相が提唱はしたものの結局実現できなかった再分配路線に舵を切るのかは、この先の日本の針路を占う上でも最も重要な選択肢になるはずだ。
今年7月に公表された最新の国民生活基礎調査では、「生活が苦しい」と答える人の割合が59.6%に上った。国民の生活苦の原因は、賃金が上がらないことと物価の上昇が止まらないことだ。この30年間、アベノミクスによる円安のおかげで大企業は空前の利益を記録してきたが、その果実の大半は株主配当や内部留保に消え、労働者には還元されずに来た。しかも、その間も非正規雇用の割合が増え続けたため、実質賃金は低下し続けてきた。
東京大学名誉教授の大沢真理氏は、2016年以降の実質賃金の低下は消費税増税や円安の影響で物価が上がったことによるものだが、デフレだった2016年くらいまで、本来は上がるはずの実質賃金が下がってきたのは、雇用が非正規化したことが大きいと指摘する。ここ数年はアベノミクスによる円安で、輸入に頼っている食料品やエネルギーの価格はますます高騰し、国民の6割もが生活困窮を訴える状況になった。
そもそもアベノミクスとは「大胆な金融政策・機動的な財政政策・民間投資を喚起する成長戦略」の3本の矢から成るものだと喧伝されてきた。しかし大沢氏はこのスローガンには偽りがあると指摘する。
大沢氏の考えるアベノミクスの正体とは、雇用の非正規化の拡大や消費税増税、円安によるインフレで賃金を低下させた一方で、国民負担の逆進性を強める低所得層や中間層に対する「負担増と給付減」、とりわけ社会保障費の給付減に力点が置かれていた。
第二次安倍内閣の最初の骨太の方針にある、「健康長寿、生涯現役、頑張る者が報われる社会の構築」、「社会保障に過度に依存しなくて済む社会」とは、「病気になるな」、「要介護になるな」、「頑張らない者は見捨てる」と宣言したものだったと大沢氏は言う。そして、実際に安倍政権はそれをことごとく実現した。
第一の標的に上がったのが、セーフティネットの中でも最後の砦ともいうべき生活保護だった。安倍政権は「生活保護費の1割削減」をスローガンに掲げ、生活保護の受給の手助けをする市民団体には警察の捜査を入れてまで、生活保護の削減に取り組んだ。
地域保健体制の脆弱化の加速もアベノミクスの一環で推進された。コロナ禍で日本のPCR検査数が一向に増えないことが度々問題視されたが、これは地域衛生研究所の職員数が削減される中で起きるべくして起きたことだった。
そうした中で、日本の中間層は没落し生活困窮者が急増した。
そうした国民生活の現状に目を向け、これまでの「アベノミクス」路線を継承するのか修正するのか、修正するとすればどのように修正するのかが、自民党の総裁選で最も先に問われるべきことではないか。小泉構造改革に始まりアベノミクスでとどめを刺した感のある新自由主義的な切り捨て経済政策が、失われた30年の間に日本に何をもたらしたのか、それをふまえて日本は今どのような選択をするべきなのかなどについて、東京大学名誉教授の大沢真理氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・政治改革を謳えば国会議員票が逃げる自民党総裁選のからくり
・総裁選のもう1つの争点としてのアベノミクス継承の是非
・アベノミクスは日本社会をどう変えたか
・格差を是正する政策を打ち出している候補は誰か
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■ 政治改革を謳えば国会議員票が逃げる自民党総裁選のからくり
神保: 9月12日に自民党の総裁選が始まり、候補者が9人もいて色々なテレビなどに出ています。岸田さんの思いとしては、自分では選挙に勝てないので引きずり降ろされる前に辞めるということもあるのですが、自分が何かをしようとしても自由にすることができないという長老支配のような三頭政治に嫌気がさしていました。
特に政治資金規正法に関しては国民の期待値と党内の期待値が180度違い、国民から見れば0点のようなことしかできていなくても党内ではやりすぎだと言われました。自分から率先して派閥を解消することで派閥の勢いを削ごうとしたというところまでは良いのですが、それによって派閥をベースとしないもう1人の実力者である菅義偉さんの力がものすごく強くなってしまいました。派閥として動くと怒られるのですが、派閥にいない人を束ねること自体には問題ありません。
今回のメンバーを紹介しますが、まず菅さんが本命として小泉進次郎を推しています。国民的人気があるので本命として使いたいということですが、決選投票に持ち込みその時に他の候補についた票をコントロールできれば勝つことができます。今は石破さんが党員の支持を二分していますが、ここにきてトーンダウンしていることに僕は若干いらいらしていて、改革的なことを言いすぎると彼を支援している20人の推薦人や彼についていっている人がうるさいんです。
ただ、トーンダウンはしているのですが、石破さん、小泉さん、高市早苗さんでトップ3はだいたい決まっています。
上川陽子さんはなかなか20人にいかなかったところで菅さんが人を出してあげたので、菅さんの息がかかっている候補だと言えると思います。加藤勝信さんもまったく同じ立場です。小林鷹之さんには事実上甘利さんがついています。林芳正さんはほとんどの推薦人が宏池会で、宏池会の正規候補として出ている状態です。したがって菅さんや甘利さんといった実力者の息がかかっていない存在は石破さんと林さんくらいです。河野太郎さんは神奈川のよしみということで小泉さんにつく可能性が高く、林さんは決選投票で石破さんにつくかもしれません。
あとは全て小泉さんについています。すごいのは、小泉さんが老人ホームでおばあさんと談笑したり子どもと野球をする映像などをPR会社などを入れて撮ったりしている一方で、菅さんがポストなどをたくさんオファーしていることです。菅さんのところで政治家とのやり取りがあり、官僚も小泉政権ができる前提で進めています。しかしこれは事実上、小泉政権ではなく菅政権なんです。 -
内尾公治氏:なぜか「高規格」救急車事業が食い物にされるおかしすぎるからくり
2024-09-11 20:00550ptマル激!メールマガジン 2024年9月11日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1222回)
なぜか「高規格」救急車事業が食い物にされるおかしすぎるからくり
ゲスト:内尾公治氏(株式会社「赤尾」特需部救急担当)
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救急車事業をめぐって、福島県の小さな自治体が揺れている。
人口8,000人という福島県国見町。ここで12台の高規格救急車の開発・製造をして近隣自治体にリースするという事業が2022年9月、町議会で承認された。大手企業による企業版ふるさと納税を原資にするため、町からの予算の持ち出しはないという、当初は国見町にとってもいい話のように見えた。ところがその後、この事業を町と一緒に進めていた会社社長の「超絶いいマネーロンダリング」、「自治体を分捕る」といった発言が報道されたため、契約は解除され、官製談合防止法違反の疑いで百条委員会が設置されることになった。
7月に公表された百条委員会の報告書によると、議会で事業が承認される半年前に、ある大手企業から匿名の企業版ふるさと納税があり、その希望分野が「災害・救急車両の研究開発・製造を通じた地域の防災力向上に向けた取り組みに関すること」と指定されていた。町議会で予算が確定したあと、その大手企業と関連する救急車ベンチャー企業が、先述の「高規格」救急車の開発・製造、及びリース事業を一社のみの競争入札で落札しており、そこに官製談合があった疑いが持たれているのだ。
企業版ふるさと納税とは、正式には「地方創生応援税制」と呼ばれるもので、国が認定した地方公共団体の地方創生の取り組みに対して企業が寄付を行った場合に、法人税などから最大で寄付金額の9割までが軽減されるという制度。内閣府のサイトでは企業側には各地域の取り組みに貢献しながら税の軽減効果が得られるというメリットがあることが謳われている。制度は2016年に内閣府主導で創設され、2023年度の寄付総額は前年度比約1.4倍の約470億円まで膨れ上がっている。
特定の自治体にふるさと納税を行うことで、その企業は税額控除などによって寄付金額の9割までを回収できることに加え、国見町のように見返りに事業を請け負うことができれば、いわば2度おいしい思いができることになる。まさにそこが事業者にとって「超絶いいマネーロンダリング」たる所以だ。その一方で、寄付を受けた自治体側は新たな財源を得ることができる。
それだけ聞くとwinwinの関係のようにも聞こえるが、国見町のように寄付した企業に事業の発注という形で還元されてしまえば、本来は法人税として納付されるべき税金が、最終的には寄付した企業の売り上げに化けるものであり、また寄付した事業者が無競争で事業を請け負う「官製談合」や「癒着」の温床ともなり得る危うい制度でもある。
人口減少自治体、ふるさと創生、地域の防災力、レジリエンス、官民共創…。今、注目されている用語が飛び交う中で国見町という小さな自治体で起きたできごとは、一自治体だけの問題では収まらない重大な事態となる恐れがある。いや、既に全国で同じようなことが起きている可能性も否定できない。
しかし、そもそもなぜ救急車なのか。
その背景には、救急車には国の規格がなく、自治体任せになっていることがあると、救急車製造に携わって30年になるという内尾公治氏は指摘する。大学卒業後トヨタの関連会社で救急車の製造に関わってきた内尾氏は、大手メーカーの限界を感じ現在の会社で、要望に応じたカスタムメイドの救急車作りを続けている。
総務省消防庁が高規格救急車と呼んでいるものは、救急救命士が活動している救急車のことで、その意味ではすでに自治体所属の救急車のほとんどが高規格救急車だ。しかし、車自体に「高規格」の基準はなく、現在は認定制度もなくなったため、カタログなどでは「高規格準拠」という定義のないあいまいな表現が使われている。広域事業組合も含め現時点では全国で700あまりの自治体が競争入札で高規格救急車を購入しているが、特に基準がないために車両の質は問われず、価格のみの競争になっているのが実情だと内尾氏はいう。
国見町の場合は、高規格救急車の規格がないことを逆手に取り、そのあいまいさをつく形で12台もの高規格救急車の開発・製造、そしてそのリースを新規事業として持ち込んできた事業者の話に簡単に乗ってしまったのかもしれないと、河北新報のスクープ記事でこの事態を知った内尾氏は語る。その意味では国見町も食い物にされた被害者だったのかもしれないが、同時に美味い話にはもっと気を付けるべきだった。
海外では救急車は安全性や換気、室内温度などの基準が数値で決められているほか、メーカー間の競争もあるため、救急車自体が大きく進化しているが、日本ではそもそも基準がなく、市場もトヨタと日産の独占となっていて競争がないことで、日本の救急車は海外で通用しない質の低いものになっているのが実情だそうだ。
今日、救急車はかつてのように事故や急病の患者を搬送するだけでなく、車内で救急救命士による応急処置を受けたり、医師が同乗して長時間搬送するなど多様な目的がある。新型コロナの感染が拡大する中で活躍したECMO(エクモ)カーもその1つだ。救急車自体も状況の変化に合わせて工夫が重ねられ、より安全により確実に患者の命を救うものになっていかなくてはならないと内尾氏はいう。
われわれの誰もがいつ救急車のお世話にならないとも限らない。その時に救急車のスペックによって助かる命が助からなくなる可能性だって大いにある。今も医師や救急救命士の要望を聞きながら、手作りでカスタム救急車の製造に取り組む内尾公治氏と、社会学者の宮台真司とジャーナリストの迫田朋子が、そもそも救急車に今何が起きているのかや、救急車行政の問題点、企業版ふるさと納税の危うい点などについて議論した。
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今週の論点
・「高規格」救急車とは何か
・日本の高規格救急車の品質は大丈夫なのか
・救急車リース事業に揺れる福島県国見町
・人の命を救う救急車の研究開発を進めていくために
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■ 「高規格」救急車とは何か
迫田: 9月9日は救急の日ということで、救急車の話をしようと思っています。宮台さんも救急車に乗られましたね。
宮台: 襲撃された時にも乗りましたし、その他にも2回くらい乗ったことがあります。子どもたちが乗った時に同乗したこともあるので、合計で5回か6回は乗っています。
迫田: 私も急性心筋梗塞の身内が乗った時や母親が倒れた時に同乗したことがありますが、今回、救急車のことを調べて初めて分かったこともありました。そして今日、救急車の話をするもう1つの理由は、福島県で救急車事業について百条委員会が開かれていることです。福島県の国見町というところで、救急車事業をめぐる様々な問題が起こっています。
今日は救急車を作りその道30年、救急車づくりのプロの方に来ていただきました。ゲストは株式会社「赤尾」特需部救急担当の内尾公治さんです。
内尾: 大学卒業後、トヨタ系の救急車を作っている会社に入りそこで24年ほど働き、その後から今の会社で救急車を作っています。今は車種を問わず救急車に関わることをしています。直近でいうとコロナの時にECMOカーという車が話題になりましたが、あれはほとんど私1人でやっていました。
迫田: 作るとはいっても車そのものを作るのではなく、既にある車を艤装するということですよね。
内尾: 両方あります。ECMOカーはトラックのタイヤと運転席が付いたものに対して箱から作っていくので艤装になるのですが、一般的な救急車は形ができている中に作っていくので架装という言い方をします。
迫田: それも医療機器をただ載せれば良いというだけではないんですよね。
内尾: そうですね。患者さんの頭、胸、腰、脚で何が使われるのかを考えながら作ります。頭や胸のあたりに医療機器を集中させたくなってしまいますが、それについては使用者によって意見が分かれることもあります。また成人であれば問題ないのですが、赤ちゃんについては人工呼吸器があれば良いということだけではなく、加温、加湿したものを使わなければ肺が乾燥してしまうので、それを付随したものを備えなければならないという難しさもあります。
迫田: 一口に救急車といっても自治体に所属している119番で呼ばれる救急車と、病院に所属しているようなドクターカーがあるんですよね。 -
5金スペシャル映画特集:映画が描く「つまらない社会」とその処方箋、そしてつまらなそうな自民党総裁選が問うもの
2024-09-04 20:00550ptマル激!メールマガジン 2024年9月4日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1221回)
5金スペシャル映画特集
映画が描く「つまらない社会」とその処方箋、そしてつまらなそうな自民党総裁選が問うもの
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月の5回目の金曜日に特別企画を無料放送でお届けする5金スペシャル。今回は久しぶりに映画特集をお送りする。
今回取り上げた映画やドラマは「地面師たち」(大根仁監督)、「Chime」(黒沢清監督)、「マミー」(二村真弘監督)、「無言歌」(ふるいちやすし監督)、「転校生」(金井純一監督)、「そうして私たちはプールに金魚を、」(長久允監督)の6作品。いずれも社会のつまらなさや異常さ、理不尽さが隠れたテーマになっている作品だ。
「地面師たち」は土地をめぐる実在する詐欺事件をモデルにした小説を原作としたネットフリックスのドラマシリーズで、われわれがいかに土地所有という概念に取り憑かれ、振り回されているかを物語る作品だ。昨今の都内で所狭しと高層ビルの乱開発が進む背景が垣間見えるところも興味深い。
「Chime」は、何の変哲もない日常を送っていた料理教室の講師が、不審な行動を取る生徒との出会いをきっかけに、日常のつまらなさを痛感させられるとともに、非日常の危ない世界へと誘われていく様が描かれている。
「マミー」はこの番組でも繰り返し取り上げてきた和歌山カレー事件を扱ったドキュメンタリー作品で、警察や検察、メディアをはじめとする社会の総意が働いた結果、無罪の可能性が非常に高い林眞須美氏が犯人に仕立て上げられていった経緯が検証されている。警察に検察、メディア、そして裁判所などそれぞれが自分の立場からは合理的と思われる行動を取った結果、明らかに不合理な結論に達してしまう合成の誤謬が巧みに描かれている。
「無言歌」、「転校生」、「そうして私たちはプールに金魚を、」の3作品はいずれも女子中学生や女子高生が主人公の短編映画で、つまらない社会から抜け出したいと願う若者たちの希望や絶望が描かれている。
どの作品も現実の社会のつまらなさが描かれているとともに、社会をつまらなくしている原因やそこから抜け出すための処方箋のヒントが鏤められているようにも見える。
なお、番組の冒頭では、現在の政局を「長老支配」と「安倍(清和会)政治」を終わらせようとする岸田首相の目論見という視点から、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・人はいかに鈍感なまま社会に組み込まれているか―「地面師たち」、「Chime」
・和歌山カレー事件に象徴される失われた日本の正義
・ここではないどこかを求める若者たち
・「正しく生きる=わくわく生きる」であるために
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■ 人はいかに鈍感なまま社会に組み込まれているか―「地面師たち」、「Chime」
神保: 今日は8月の5回目の金曜日ということで、5金と称して特別な企画を無料放送します。普段はニュースに寄ったテーマを選ぶのですが、5金では映画評論など普段はやらないテーマを扱います。今日は「地面師たち」、「Chime」、「マミー」、「無言歌」、「転校生」、「そうして私たちはプールに金魚を、」といった邦画がテーマです。「地面師たち」は7回のドラマシリーズで、Netflixで公開されています。
宮台: 「VIVANT」という作品も有名になりましたが、世界的には全然見られていませんでした。しかし「地面師たち」はアジアでは1位を独占しています。
神保: 私たちの事務所は目黒にあるのですが、この作品は隣の五反田駅前に実際にあった海喜館という旅館の土地を舞台にしています。ただ、映画では寺として描かれていました。600坪くらいの一等地にもかかわらず有効活用されていないので、そこの土地を買いたい人が客を装い泊まりにくるため旅館は嫌になってしまい、最終的には関係者しか泊まっていないような状態になってしまったという実話があります。
地面師という言葉は実際にニュースで使われた言葉ですが、彼らは自分たちが持っていない土地を、あらゆる文書を偽造したりオーナーになりすましたりすることで売ろうとします。綾野剛、豊川悦司、ピエール瀧などが出演しています。
宮台: 実際に騙された積水ハウスが石洋ハウスとして出てきたり、実名で出てくる企業もあったり、民放では絶対に作れないということで話題になりました。実際に起こった事件の概要を踏まえて作られているので、そういうことがあったというのが分かるという点も重要です。
80年代はバブルの時代でもありましたが、地上げの時代でもありました。再開発に伴う地上げ屋がいて、文筆家の宮崎学さんもその前は地上げ屋をやっていましたよね。このドラマシリーズでは豊川悦司が地面師たちのトップを演じていますが、元は地上げ屋でした。
神保: 元々は暴力団に入っていたという設定でしたよね。
宮台: 地上げ屋が暴力団ということは昔は定番の設定でした。しかし地上げは高度に頭を使わなければならないので、普通のやくざではできないようなことをする知能犯という設定で、現実にもそうだったと思います。暴対法や暴排条例など抜け穴がない色々な法的規制がある中でも、合法性を紛議するというやり方をしてたくさんのお金を動かしていて、非常に面白い時代的設定です。今でいえば広域強盗や特殊詐欺の上にいる連中も同じように知能犯です。
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