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  • 高橋和夫氏:日本人はまずパレスチナで何が起きてきたかを知らなければならない

    2023-10-25 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2023年10月25日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1176回)
    日本人はまずパレスチナで何が起きてきたかを知らなければならない
    ゲスト:高橋和夫氏(国際政治学者、放送大学名誉教授)
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     パレスチナ情勢が緊迫の度合いを増している。日本にも大きな影響が及ぶ恐れのある大事だが、日本の報道がやや場当たり的に見えるのが気になる。
     今回、1,000人を超える自国民を殺されたイスラエルとしては、国民の怒りを鎮めるためにも激しい報復をしないわけにはいかないのだろう。しかし、もしそうなれば、長さ50キロ、幅5~8キロしかない、総面積にして東京23区の6割にも満たない狭い地域に220万人の人がひしめき合って暮らしているガザ地区に、世界屈指のイスラエル軍が一斉になだれ込むことになる。既に空爆によってパレスチナ側の犠牲者の数は4,500人に及ぼうとしているが、もし市街地で掃討作戦が実行されれば、人的被害は想像を絶するものになるだろう。
     パレスチナはなぜこのような事態に陥ってしまったのか。
     10月7日のハマスによる対イスラエル奇襲攻撃は民間人を多く巻き込み、200人の人質を取るなど、人道的にも国際法上も到底許される行為ではない。しかし、パレスチナの武装組織であるハマスがなぜそのような暴挙に出たのかを理解するためには、これまでパレスチナで何が起きてきたかを知ることが不可欠だ。
     パレスチナを含む中東情勢全般に詳しい国際政治学者の高橋和夫氏は、パレスチナでは1948年のイスラエルの独立以来75年もの間、自分たちから土地を奪い、圧倒的な軍事力を背景に抑圧を強いてきたイスラエルに対する不満と怨念が積もりに積もっていたと指摘する。それはあたかも圧力鍋にこれでもかこれでもかと言わんばかりに圧力を加え続けるようなもので、それがいつかは爆発することは誰もがわかっていた。
     日本ではあまり大きくは報道されてこなかったため、恐らくあの地でパレスチナ人たちがどれほどまでに辛く苦しい目にあってきたのかを知る日本人は多くはないかもしれないが、それを知らずに現在のパレスチナ情勢を正しく理解することは不可能だ。
     イスラエルという国の起源は19世紀末にヨーロッパで民族主義が隆盛し、ユダヤ人が迫害を受けるようになったことに遡る。そして、1世紀にユダヤ帝国がローマ帝国によって滅ぼされ世界中に散らばったユダヤ人たちの間で、自分たち自身の国を持ちたいという機運が高まった。これをシオニズム運動と呼ぶ。彼らは建国するための地を見つけるためにアフリカや南米などを物色したが、最終的にはユダヤ人の発祥の地であるパレスチナを選び、その地域への入植を始めた。
     ただ、新しい国を作ると言っても、そこには元々住んでいる人たちがいる。当然、先住民と入植者の間で摩擦が生じる。そのため、1914年の第一次世界大戦頃までは、ユダヤ人のパレスチナへの入植者は非常に少なく、民族間の摩擦も大きな民族紛争に発展する規模にはならなかった。
     その後、第二次世界大戦下でナチスドイツからひどい迫害を受けたユダヤ人たちのパレスチナへの入植が進んだ結果、1947年、国連はパレスチナの地をパレスチナ人とイスラエルの間で分割する決議を採択してしまう。この背景にはホロコーストなどを経験し、ヨーロッパでひどい迫害を受けたユダヤ人に対する欧米諸国の同情と、彼らを助けられなかったことに対する罪悪感があったと高橋氏は言う。それが1948年のイスラエル建国につながっていった。
     パレスチナ人から見れば、元々自分たちが住んでいる地に、欧米列強を後ろ盾にイスラエルという国が人為的に作られ、ユダヤ人たちが次々と入植してきた。そして、独立当初は自分たちの土地の数パーセントが奪われただけだったものが、イスラエルの国力が大きくなるにつれて欧米の後ろ盾に加え、イスラエル独自の軍事力も強くなり、それを背景とするパレスチナ人の土地の収奪が進んでいった。その結果、今やパレスチナの地の92%がイスラエルに占領されてしまった。
     土地を奪われ行き場を失ったパレスチナ人たちの多くは、難民として周辺国に流出し、パレスチナに残った約550万人のパレスチナ人は、ガザ地区とヨルダン川西岸地区の狭い土地に押し込まれ、政治的にも経済的にも苦しい立場を日々甘受させられてきた。しかも、その間、国際社会はあからさまな「力による国境の変更」を指を咥えて傍観していたのだ。
     実はイスラエルが軍事力を背景に土地の収奪を続ける中、国連ではイスラエルを非難する決議が何度となく提案されてきた。しかし、そのたびに安保理常任理事国のアメリカが拒否権を発動し、イスラエル非難決議は毎回否決されてきた。アメリカには570万人のユダヤ人が住む。これはイスラエルのユダヤ人人口の630万人に匹敵する数だ。
     しかもアメリカでは、ユダヤ人はユダヤロビーを通じた強い政治への影響力を持ち、大統領も連邦議員もユダヤ人を敵に回したら選挙には勝てないと言われる。またアメリカのユダヤ人は法曹界、アカデミア、メディアなどでも枢要な地位を占める。
     日本ではあまり知られていないが、アメリカにはイスラエルを非難する目的でイスラエル企業やイスラエルと関係の深い企業の商品に対する不買運動を禁止する法律や政令を持つ州が50州中34もの州に存在する。自由人権協会などはこれが表現の自由を定めた憲法第一修正条項に違反すると主張しているが、憲法審査権を持つ最高裁は頑としてこの問題を取り上げようとしない。この法律はアメリカでビジネスを行っている日本企業もその対象となるため、日本にも少なからず影響が出ている。
     こうした背景の中で、10月7日、パレスチナの圧力釜の圧力が頂点に達し爆発した。10月21日の時点でイスラエル側で少なくとも1,400人が、パレスチナ側では少なくとも4,137人が亡くなっている。もし、イスラエル軍のガザ掃討作戦が始まれば、犠牲者の数はこの何倍、何十倍にも達するだろう。
     今回も国際社会はパレスチナの惨劇を黙って見過ごすのだろうか。ウクライナではロシアの「力による現状変更」をあれほど厳しく糾弾し、戦争の道義的な正当性を主張したアメリカを始めとする西側諸国は、なぜパレスチナでは皆口をつぐむのか。このダブルスタンダードはあまりにも醜悪ではないか。
     そして問題は日本だ。第一次石油危機の時には70%台だった日本の原油の中東への依存度は、現在91.9%にまで上がっている。一体全体この50年間、日本は何をやっていたのだと言いたくもなるが、今はそんなことを言っている場合ではない。もしイスラエルとハマスの戦闘にハマスと関係が深くイランを後ろ盾とするレバノンの武装組織ヒズボラが参戦すれば、たちまち中東全体に戦火が広がる恐れも現実的なものとなっている。
     そうなれば、石油価格が跳ね上がるばかりか、下手をすると中東からの石油が届かなくなる恐れもある。いずれにしても日本の経済が壊滅的な打撃を受けることが必至だ。にもかかわらず、暢気な日本の政治指導者たちは解散総選挙のことで頭がいっぱいのようで、中東で戦火が拡大しないように日本が積極的に停戦に向けた努力に関与する姿勢などは微塵も見られない。
     今回のハマスとイスラエルの戦闘の背景に何があるのか、イスラエルのパレスチナ入植を国際社会はなぜ止められなかったのか、パレスチナ問題の出口はどこにあるのか、日本はただ傍観しているだけでいいのかなどについて、国際政治学者の高橋和夫氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・ハマスによる攻撃の背景
    ・他人事ではいられないはずの日本
    ・パレスチナ問題の出口はどこに
    ・イスラエルとアメリカ
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    ■ ハマスによる攻撃の背景
    神保: 今日は2023年10月19日の木曜日で、1176回目のマル激となります。今日はパレスチナ問題をきちんとやりたいと思います。10月7日にパレスチナ側のハマスがイスラエルに侵入し攻撃をしたというところから始まり、今は下手をすると全面紛争に発展するのではないかという瀬戸際のところにいます。
    宮台: 一般にこういう紛争では怨念の連鎖が起こるので、たくさん殺せばたくさん殺し返されますし、特にアメリカは9・11のテロを経験していて、その前まで遡ればイラン・イラク戦争などがあります。しかし結局、怨念を蓄積すれば跳ね返るということがあるので、どちらに肩入れしても怨念の連鎖を止める方向に機能しないのであれば墓穴を掘ることになります。それを皆どれくらい分かっているのかなと思います。
     特にムスリムには宗教的に連帯する人たちがたくさんいる上に、昔と違って宗教指導者に皆が従うといった形ではないのでまずい展開だと思います。イスラエルがやりすぎれば必ずイスラエルとその支援国家にリベンジがなされると思います。
    神保: しかしイスラエルは国内の政治状況から見てやりすぎないわけにはいかないですよね。確かに今回、最初に問題が起きた時イスラエル側の死者の数はホロコースト以降最多だということで、彼らからしたら大変な出来事でした。しかし一方でこれまでパレスチナ人が何人殺されてきて、どれほどの迫害があったのかということを全く無視して10月7日以後のことだけを見るというのはあまりにも視野狭窄です。
     日本ではパレスチナがどういう状況なのかといったことや、なぜそういうことになっているのかということが必ずしも広く伝えられていないような気がします。
    宮台: ガザ地区を除く周辺のイスラム国家とは国交を回復したり、良い関係になったりしているところ、ガザ地区だけがいろいろな意味でひどい状況です。すごく狭い地域にあり得ないくらいの人々が押し込められていて、移動の自由が存在しません。
    神保: なぜガザ地区に追いやられているのかという問題がもともとあるわけですね。2000年遡るかは分かりませんが、少なくともイスラエル建国の時点から何が起きているのかということを踏まえなければ、なぜ今回このようなことが起きたのかということを歴史の文脈から正しく見ることはできません。今回のゲストは国際政治学者で放送大学名誉教授の高橋和夫さんです。高橋さんはパレスチナの方にも同情的で、イスラエルとパレスチナの関係においてイスラエルが酷いということも言われてきた方です。 

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  • 中森明夫氏:アイドル論から見たジャニーズ問題

    2023-10-18 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2023年10月18日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1175回)
    アイドル論から見たジャニーズ問題
    ゲスト:中森明夫氏(コラムニスト)
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     かつてアイドル批評家として一世を風靡した中森明夫氏は昨今のジャニーズ問題をどう見ているのか。
     故ジャニー喜多川氏(本名・喜多川擴=2019年7月9日死去)による性加害問題をめぐっては、記者会見におけるNGリスト問題や、NHKの局内で性加害が行なわれていたことが報道されるなど、今なお新たな問題が次々と噴出している。ジャニーズ事務所としては反省と謝罪の意を示しつつも、別会社を設立してみたり、記者会見の質問の操縦を試みたりと、何とかこの急場を凌ぎ、帝国の完全崩壊を未然に防ごうと必死のようだが、そもそも資産1,000億を超える巨大企業を経営の素人の東山紀之氏に委ねるなど、どだい無理な話。
    記者会見では誤魔化せても、結局のところ弥縫策は早晩馬脚を現すことになる。事件の規模や深刻さを考えれば、どう転んでもジャニーズ時代の終焉は避けられない状況だろう。
     しかし、半世紀あまりの長きにわたり日本の男性アイドル文化を独占し牽引してきたジャニーズ時代の終焉は、日本の芸能・アイドル史から見ても、とてつもなく大きな出来事だと、アイドル批評家でコラムニストの中森明夫氏は言う。中森氏は「アイドルは時代の反映ではなく、時代がアイドルを模倣するのだ」と言うが、もしそうだとすると男性アイドル界を席巻してきたジャニーズ時代の終焉は日本社会にとってどのような意味を持つのだろうか。
     中森氏は何を措いてもまず今は、被害者の救済が喫緊の課題であることを強調した上で、評論家としてはジャニーズという1つの帝国の崩壊に際して、ジャニーズをめぐる批評がほとんど出ていないことに不満を感じるという。ジャニーズについては過去にも元フォーリーブスの北公次氏による『光GENJIへ』などでスキャンダルが暴露されることはあったし、もとよりファンのためのファンブックなどは無数に出版されている。
    また、ここに来て、BBCの報道をきっかけにジャニー氏による性加害問題の実態や、芸能界全体が抱えるハラスメント体質や人権無視などにも目が向きつつある。しかし、その一方で、ジャニーズをめぐる批評というものがほとんど存在しないのは確かに不自然だ。中森氏は、この時期にこそジャニーズ文化とは何だったのかについて批評を加えることが批評家としての自らの役割だと考えていると言う。
     ジャニー氏による性加害が表面化したことでジャニーズ時代が終焉を迎えた形になっているが、中森氏は実際のジャニーズ時代の終わりは2016年のSMAP解散騒動の時に始まっていたと言う。1980年代末は、『ザ・ベストテン』や『夜のヒットスタジオ』などのレギュラーで放送されていた歌番組が次々と終了し、90年代はアイドル冬の時代と言われた。
    元々アメリカのミュージカルのような煌びやかなショーの実現を目指していたジャニー氏の芸能プロデューサーとしての野望は、華やかな衣装に身を包んだ少年隊や光GENJIの曲がヒットし、光GENJIが1988年にレコード大賞を受賞した段階で、ほぼ達成されていたのではないかと中森氏は言う。
     そして、歌番組のなくなったアイドル冬の時代に、普段着のような平易な服装でバラエティ番組にも嫌がらずに出演することで国民的アイドルになっていったのがSMAPだった。
    彼らはお世辞にもジャニーズの専売特許である歌や踊りが上手いとは言えない、新しいタイプのジャニーズアイドルだったが、そのSMAPが2016年、事務所の退所を巡るトラブルに巻き込まれ、看板番組『スマスマ』内で公開処刑のような形で謝罪をさせられた上に、解散ライブや記者会見もないまま解散に追い込まれ、解散後は事務所を去ったメンバーがあからさまにテレビから干されるなどの憂き目にあった。
    あの時のSMAPの扱われ方を見て、ジャニーズの若手タレントたちは相当に絶望したはずだと中森氏は言う。あれこそが、飛ぶ鳥を落とす勢いで芸能界を席巻してきたジャニーズ事務所の力にこれまでになかった翳りが見えた瞬間だった。
     しかし、中森氏は帝国が崩壊するときには必ず物語が生まれ、その時こそ帝国の真価が問われると語る。アイドル論としてのジャニーズ問題の意味とその先に来るもの、また70年代のスター誕生から始まる数多のアイドルの隆盛とその社会的な意味などについて、アイドル批評家でコラムニストの中森明夫氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・ジャニーズ文化の終焉
    ・アイドルの歴史は社会の歴史
    ・人間の根源的な営みとしての芸能
    ・これからもアイドルは時代に模倣され続ける
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    ■ ジャニーズ文化の終焉
    神保: 今日は2023年10月13日の金曜日、1175回目のマル激です。今日のゲストは16年ぶりの出演になる、コラムニストの中森明夫さんです。中森さんは日本で唯一といってもいいアイドルの評論家で、お名前はもちろん中森明菜からとっています。
    宮台: 中森さんはアイドル評論家を名乗っていますが、実際には小説も読みまくり、時事的な問題も色々フォローアップしているので色々なことが書けると思います。それでいてアイドルという切り口に限定していることがすごいと思います。
    神保: 11月に新著『推す力 人生を賭けたアイドル論』を出されますね。
    中森: 今では推し活という言葉が一般化していますが、推すとは何かということから始まり、アイドルというものは日本にとってどのようなものかということを書きました。自分でも乗りまくって書いたので面白く読んでいただければと思います。今の形のアイドルは1971年から始まるとされていますが、われわれの世代は、一番初めから今に繋がる流れを記憶している最後の世代だと思います。
    神保: 世代的に違う方も中森さんが本で書かれたことを知ってほしいですね。
    中森: アイドルは時代の反映ではない、時代こそがアイドルを模倣するということですね。美空ひばりは戦後復興の先ぶれとして出てきましたし、山口百恵はオイルショック以降の70年代の停滞期の先ぶれ、松田聖子は80年代のバブル景気の先ぶれとして出てきたので、時代がアイドルを模倣したと言っています。
    神保: アイドル論イコール時代論だと思いますが、今このタイミングで出ていただいた理由の1つにジャニーズ問題があります。芸能界ではジャニーズ問題が席巻していますが、今の状況をどのように見ていますか。
    中森: 僕は女性アイドルを専門にしてきましたが、BBCの放送の前に編集者からジャニーズを論じてみないかと言われ、今はフライデーデジタルで連載しているのですが、まさかこういうことになってしまったので内容を大幅に変えました。その前からジャニーズに対する興味はありましたし、いつか取り組んでみたいテーマでした。 

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  • 中北浩爾氏:連合は決して自民党に取り込まれてはならない

    2023-10-11 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2023年10月11日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1174回)
    連合は決して自民党に取り込まれてはならない
    ゲスト:中北浩爾氏(中央大学法学部教授)
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     もはや蜜月などと暢気なことを言っていられる状況ではなさそうだ。日本から労働運動が消えたとき、市民生活にどれだけ大きな影響が及ぶかをよくよく考えておいた方がいいのではないか。
     労働組合の全国組織である連合の定期大会が都内で10月5日から2日間にわたって行われ、岸田首相自身が出席した。1年おきに開かれる連合の定期大会については、連合とは友好関係にあった民主党政権下では歴代首相が出席しているものの、自民党の首相が出席するのは2007年の福田康夫首相以来のこととなる。それに先だって岸田首相は国民民主党の元参議院議員の矢田稚子氏を首相補佐官に任命しているほか、連合の支援を受ける国民民主党は政権入りを虎視眈々と狙っているようだ。
     これまで日本の労働運動は一貫して労働者の代表として野党を応援し、政府とは対決的な立場をとってきたが、ここにきて自民党はいよいよ連合の抱き込みを本気で図ろうとしているかに見える。そしてあろうことか連合の方も、その状況を「満更でもない」と受け止めているように見える。
     政治学者で連合の歴史にも詳しい中央大学法学部の中北浩爾教授は、自民党は労働組合の票を狙っていると言う。医師会、農協、宗教団体などほとんど全ての団体が与党に寄っていく中、連合だけはこれまで一貫して野党勢力を応援してきた。加入者数は減少傾向にあるとはいえ、700万人の組合員を抱える連合が、創価学会と並ぶ日本最大の組織票であることは間違いない。
    しかし、ここにきて高齢化による支持母体の先細りに直面する自民党は、いよいよ労働組合にもちょっかいを出してきた。自民党から見れば、そこに手を出さざるを得なくなってきたという面もあるが、その一方で、労働組合の側も自民党の取り込みに抗いきれなくなってきているようだ。
     しかし、もし労働組合が部分的にでも自民党支持に回ることになれば、日本には与党に太刀打ちする勢力が無くなってしまう。連合票だけでは選挙には勝てないと言われるが、無党派層の票だけで戦えるほど小選挙区制の選挙は甘くない。中北氏も組織票というベースの上に無党派層の票をどれだけ上乗せできるかが日本の選挙の戦い方だと指摘する。
     その意味で55年体制の発足以来、一貫して野党勢力の後ろ盾となることで日本の政治に一定の緊張感をもたらしてきた与野党対立の構図が、今ここに来ていよいよ崩壊しかねない最終局面を迎えていると考えるべきだと中北氏は言う。
     今回の定期大会では、現職の芳野友子氏がシャンシャンで会長に再選された。中北氏は、かつての連合や前身の総評や同盟などでは熾烈な主導権争いがあったことに触れた上で、他に会長に立候補する人が誰もいなかったことは、連合の弱体化のみならず現在の日本の労働運動の劣化ぶりをまさに象徴していると言う。
     日本の労働組合の組織率(労働者で労働組合に加入している人の割合)は、70年代半ばまで35%前後を推移していたが、現在は16%台まで落ち込んでいる。8割を超える労働者にとって、もはや労働組合は遠い存在になっているということだ。労働組合の組織率の低下は世界的なトレンドであり日本固有の現象ではないが、その一方で今、世界では一部の国で労働運動が活性化している。
    アメリカでは、これまで労働組合が存在しなかったグーグルやアマゾン、スターバックスなどで、会社側の激しい組合潰し策を乗り越えて、相次いで労働組合が結成されたほか、現在デトロイトの3大自動車メーカーも足並みを揃えてストを決行している。他にもフランス、ドイツ、カナダ、韓国をはじめ各地で大規模なストライキが行われるなど、他の国では労働運動が下火になっているわけではない。
     言うまでもないが労働組合の第一の役割は、賃上げなどで労働者の労働条件を改善することだ。労働者というとやや口幅ったい言い方になるが、要するに働く人の賃金や労働条件が向上しなければ、人々の生活は楽にならないし、一人一人が豊かな人生を送ることはできない。しかし、現在日本の労働者が置かれている環境は日に日に厳しくなっている。
    財界にとって有利な税制や制度が維持されていることもあり、企業の内部留保は膨らみ続け、高齢の社員の賃金や退職金はしっかり守られる一方で、若年層の賃金は上昇せず、非正規雇用の割合も上昇し続けている。これは日本の労働運動が本来の機能を果たせていないことの証と言わざるをえない。このままでは連合は労働組合というよりも、今や昭和のレガシーとなりつつある正社員という既得権益を守るための利益団体に成り下がってしまう。それが自民党と組むことになれば、もはやそれは日本の労働運動の死を意味することになる。
    今こそ日本の労働運動の建て直しを真剣に考えなければ、国家100年の計を過つことになるのではないか。
     野党が頼りないから与党に擦り寄った方がかえって自分たちの利益が守られるのでないか。働く人の中にはそのように考える向きもあるようだが、それは自民党という政党を、そしてひいては政治という権力闘争を甘く見過ぎだと中北氏は言う。自民党としては野党の票田であり後ろ盾である連合を切り崩したいとは考えているが、いざ連合が自民党に取り込まれれば、自民党政権が連合の主張する労働者の権利の向上などに真剣に取り組むわけがない。
    それはこれまでもそしてこれからも自民党の最大の後ろ盾が財界であることに変わりはないからだ。90年代に自民党と組んで自社さ政権を成立させた社会党は、いいように自民党に利用された挙げ句にポイと捨てられ、事実上党が消えてなくなる憂き目にあっているのをわれわれは目撃しているはずだ。野党も連合も道を見誤ってはならない。
     日本の労働運動に今何が起きているのか、それが政治やわれわれの生活にもたらす影響などについて、中央大学法学部教授の中北浩爾氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・連合の抱き込みを図る自民党
    ・立憲/国民への分裂が連合に与えた影響
    ・活発化する世界の労働運動
    ・労働運動の衰退とその先に来るもの
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    ■ 連合の抱き込みを図る自民党
    神保: 今日は2023年10月6日の金曜日で、1174回目のマル激です。今日は日本の労働組合運動の死をテーマに話していきます。また、それ自体が政治のみならず市民生活にどういう影響があるのかということについて考えたいと思います。ゲストは中央大学法学部教授の中北浩爾さんです。
    中北: 連合が1989年にできてからもう30年以上経ち、組織の劣化が起きていると思います。それまでは労働運動という戦いをやっていたのですが、その中で鍛えられた世代がもう終わりかけている中で労働運動も劣化してきていて、連合の会長に手を挙げる人が前回も今回もいなかったということがそれを表していると思います。昔は皆、自分がやりたいと思っていたのですが、それがなくなりました。
     結局、戦いがあって鍛えられる世界でやってこなかったツケが労働運動に来ているのだと思います。昔が良かったのかどうかは分かりませんが、それに代わる人材育成やシステムが組織内部で生まれないとこうなっていくんだなと思いますし、労働運動の使命を連合が果たし得ているのかということに繋がると思います。
    神保: ジャニーズ問題にしても、あらゆるところでこういう劣化が起きていますね。昨日と今日で連合の定期大会がありましたが、誰も手を挙げなかったので芳野会長が再選されました。そしてそこに福田首相以来の自民党の首相として岸田さんが出席されましたが、それもただ原稿を読んでいるだけでした。
    中北: 労働運動は本来幅広い人に訴えなければなりません。もちろん会場の人たちに向けて間違いないように話すことも大切でしょうが、その域に留まっているということは悲しいです。労働運動は幅広い組合員だけではなく、非組合員や働いている労働者以外にもアピールをしてその正当性の下で力を発揮する運動だと思います。狭いインサイダー戦略をとるのではなく、正しさの感覚に支えられなければなりません。 

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  • 5金スペシャル映画特集:映画が警告する相互不信が生む暴力

    2023-10-04 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2023年10月4日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1173回)
    5金スペシャル映画特集 
    映画が警告する相互不信が生む暴力
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     月の5回目の金曜日に神保哲生と宮台真司が特別企画を無料放送でお届けする5金スペシャル。今回も恒例となった映画特集をお送りする。
     今回取り上げたのは、『福田村事件』(森達也監督)、『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』(デビッド・ミデル監督)、『サタデー・フィクション』(ロウ・イエ監督)の3作品。それに加えて、最近話題となったTBSドラマの『VIVANT』も論評した。
     『福田村事件』は、関東大震災から100年の節目となる今年公開された、1923年9月6日に千葉県福田村で実際に起こった虐殺事件を描いたもので、マル激ではお馴染みのドキュメンタリスト森達也氏による初の劇映画。事件そのものは香川から来た行商人9人が村人によって虐殺された事件だが、関東大震災の混乱の中では、井戸に毒を入れたのではないかなどのデマによって数千人の朝鮮人が虐殺された。その中で、福田村のように朝鮮人と間違われて殺された日本人もいた。
    大震災によって秩序が崩壊した地域に住む日本人の間では、朝鮮併合以降朝鮮人たちを侮蔑し差別してきたことの仕返しに、震災の混乱の中で朝鮮人が日本人を攻撃してくるのではないかというパラノイアが蔓延したという。この映画では集団的パラノイアが暴走し始めたとき、どのような悲惨なことが起き得るかが克明に描かれている。
     『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』も、実際に2011年に起きた白人警察官による黒人殺害事件を描いた作品だ。心臓病と双極性障害をもつケネス・チェンバレンは、医療用の通報装置を誤作動させてしまう。安否確認にやってきた警官に間違いだと伝えても信じてもらえず、不信感を抱いた警官がついにアパートのドアを壊してまで突入し、その勢いでケネスを射殺してしまうという悲惨な事件だ。黒人のケネスはドア越しに複数の白人警官の姿を見たとき、白人に対する不信感から何があっても彼らをアパートに入れてはならないと考えた。
    その一方で、黒人といえば犯罪に関わっているに違いないという先入観に強く毒されている白人警官たちは、頑なにドアを開けようとしないケネスに対して、誰か監禁しているのではないかとか、違法な物を隠し持っているのではないかといった不信感を抱く。ドア越しにお互いに対する不信感が増幅する中で、最後は警察官の実力行使が悲劇的な結末を迎える。
    心に闇を持つケネスが感じた恐怖と次第に行動をエスカレートさせていく警官側の行動の異常さが、息つく暇もないほどの緊迫感で描かれているが、やはりこの作品でも集団的パラノイアの怖さが強調されている。
     『サタデー・フィクション』はロウ・イエによる2019年の作品。日本による真珠湾攻撃の1週間前、当時「魔都」と呼ばれた上海の外国人租界を舞台に、日本の攻撃目標を探り当てたい連合国側の諜報員と、むしろ日本がアメリカの奇襲攻撃に成功することでアメリカを戦争に引っ張り込みたい中国の国民党、共産党両政府のスパイ、そして高度な暗号を使って日本軍の計画を軍関係者に周知させようとする日本軍の情報将校との間で繰り広げられる謀略が巧みに描かれている。
    昔からの仲間たちがそれぞれ異なる勢力によってリクルーティングされた結果、誰が誰のために働いているのかが誰にもわからないという異常な空気感の中、お互いに対する疑心暗鬼はやはりこの映画でも悲惨な結末を迎える。女優にしてフランスのスパイ役を演じたコン・リーの熱演が光る。日本では11月3日から公開予定だ。
     番組の最後に、番外編としてTBSドラマ『VIVANT』を取り上げた。ドラマでは、警視庁公安部と陸上自衛隊の秘密組織とされる「別班」が、人知れずテロから国を守るために活動しているというストーリーで、国家への忠誠心と使命感に溢れる自衛隊の別班メンバーと公安警察が歴史の裏側で大活躍をしているという設定になっている。ドラマ自体は面白く、非常に完成度も高いものだが、現実の社会では真反対のことが起きている点が少し気がかりだ。
     現実の社会では、公安警察は活躍の場面がなく予算や人員を減らされることへの焦りから、中国への輸出が禁止されている機械を販売したとの嫌疑を無理やり作り上げ、大川原化工機の社長らを逮捕した。そこから先はいつもの人質司法によって被疑者を長期勾留することで無理やり自白に追い込み、実際にはありもしない事件をでっち上げようとしたが失敗。最後は起訴の取り下げに追い込まれるという醜態を演じたばかりだ。
     また、一方の自衛隊は入隊希望者が集まらず定員割れが続く中、女性自衛官に対するセクハラ裁判が世間の耳目を集めるという体たらくだ。そうした現実を前に、自衛隊の秘密部隊や公安警察のエリートたちが陰ながら日本を支えているという舞台設定は、「こうであったらいいのに」という希望や期待を描いたものと見ることもできなくはないが、それにしてもあまりにも大きな現実とのギャップはブラックユーモアの感さえ否めない。
    むしろ日本の問題は、実際に日本が直面している問題は山積していながら、それをテーマにしたドラマがほとんど見当たらないところではないか。現実とは真反対といっていい設定のドラマが人気を博することこそが、今の日本のやばさを反映しているのかもしれない。
     なお、番組冒頭では、日本代表が10月8日に決勝ラウンド進出をかけてアルゼンチンとの決戦にのぞむラグビーワールドカップの見どころと、10月1日から始まるインボイス制度の問題点についても触れた。インボイス制度については、制度の妥当性を論じる前に、まずは嘘に嘘を塗り重ねてきた消費税という制度の本質を理解することが何よりも重要なのではないだろうか。
    中曽根政権下の1987年、売上税とともに税額が明記された「税額票」制度の導入に失敗して以来、税額票が名前を変えただけの「インボイス」の導入は財務省にとっては36年来の野望だった。そもそも売上税を消費税と名前を変えるだけでその導入に成功し、今また税額票をインボイスと名称変更することで、制度化を強行しようとしている。制度自体に賛成でも反対でも、言霊を利用したその騙しのテクニックだけは、市民一人ひとりが正しく受け止めておく必要があるだろう。
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    今週の論点
    ・『福田村事件』が語るもの
    ・『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』―相互不信が引き起こす悲劇
    ・『サタデー・フィクション』が描く暗い社会で輝く恋
    ・自分たちの問題を直視できない日本社会の病理
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    ■ 『福田村事件』が語るもの
    神保: 今日は2023年9月29日の金曜日です。これが1173回目のマル激となります。今回は5金になるので、『福田村事件』、『キリング・オブ・ケネス・チェンバレン』、『サタデー・フィクション』、『VIVIANT』の4つの作品をテーマに話していきたいと思います。
     福田村事件は、事件そのものについてご存じの方もいるかもしれませんが、千葉県の福田村という場所で、朝鮮人と間違えられた被差別部落出身の薬売りの行商人集団が虐殺されました。当時は朝鮮人かどうかを確認するために「15円50銭」と言わせていましたが、彼らは四国出身でなまりがあったので自警団の暴走によって間違われてしまいました。朝鮮人虐殺については色々なデータがあり、数百人から数千人まで、本当に何人が死んだのかは分かりません。
    しかし吉野作造が在日朝鮮同胞慰問会の調査を基にして打ち出した数字は2,613人で、当時は朝鮮人が東京に1万人前後しかいなかったので、そのうちの4分の1が殺されたということになります。
     今回は映画批評ということで、監督の森達也さんはわれわれの親しい友人ですが、できは悪かったと思います。
    宮台: 僕の評価は最悪に近いです。森さんはその前に『FAKE』というドキュメンタリーを作っていて、また彼のドキュメンタリーの出発点は『職業欄はエスパー』という23分くらいの作品です。これらは全て善は善、悪は悪といったトートロジーを疑うものです。それだけではなく、善は実は悪だったとか、悪は実は善だったという、プロパガンダでよく使われる手法も使いません。よく見れば見るほどよく分からなくなるという点で、ある時期以降の鈴木邦男さんとよく似ていて、そういう観点から言うと『福田村事件』はすごく単純な図式になっています。
     普段はこんなに良い人が、パニックになると暴走してしまうという描写があります。また、良い人であるという描き方が、全て人間関係なんです。脚本は荒井晴彦さんですが、彼の脚本で良かったものはほとんど見つけられません。荒井さんには悪いですが、図式化すると、この映画は天下国家のことを論じる前に性愛を考えろという図式なんです。宮台と同じじゃないかという人もいるかもしれませんが、全然違います。 

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