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記事 4件
  • 前嶋和弘氏:バイデンは何をしに日本にやってくるのか

    2022-05-25 22:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2022年5月25日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1102回)
    バイデンは何をしに日本にやってくるのか
    ゲスト:前嶋和弘氏(上智大学総合グローバル学部教授)
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     アメリカのバイデン大統領が日本にやってくる。アメリカ大統領としては2019年のトランプ以来、バイデン自身にとっては大統領就任後初の訪日となる。
     5月22日から24日までの訪日中、バイデンはQUAD(日米豪印)首脳会談で対中軍事的包囲網を確認・強化するほか、新たに発足するIPEF(インド太平洋経済枠組み)を通じて対中経済的包囲網を形成することなどが予定されている。また、ロシアのウクライナ侵攻を受け、対露制裁などで連携の強化を図るとされている。
     無論、そうした表向きの「外交」も大切なのだろう。しかし、今アメリカで起きていることや、半年後に中間選挙を控えた政治状況を見ると、今のバイデンにはとてもではないがそんな悠長なことをやっている余裕がないことは明らかだ。
     元々指導力に難があると言われてきたバイデン政権の下で、アメリカは今、40年来の激しいインフレに見舞われ、州によってはガソリン価格が日本のそれを上回るところまで物価高が進んでいる。これはコロナが下火となり経済活動が活性化したことに加え、ロシアのウクライナ侵攻により穀物価格や石油価格が急騰した結果とされているが、理由は何であれこのインフレが多くのアメリカ国民の生活を直撃していることは間違いない。
     また、国内的には先週、ニューヨーク州バッファローで人種差別主義者による銃の乱射事件で10人が殺害されるなど、依然としてアメリカでは銃犯罪やヘイトクライムが頻発しているが、バイデン政権には銃規制の強化などの対策を実行する気概も指導力もまったく期待されていない。加えて5月2日には、アメリカで長年政治的論争の焦点だった人工妊娠中絶をめぐり、約50年ぶりにこれを非合法化する最高裁多数派の意見がリークされたことで、政治的に大論争が巻き起こるなど、アメリカでは今や国内政局が大荒れ状態にある。
     更に、ロシアによるウクライナへの武力侵攻を受け、バイデン政権は表面的には経済制裁や軍事援助などを通じて厳しい姿勢で臨む素振りを見せているが、その裏でウクライナ支援を口実に防衛産業に対する前代未聞の大盤振る舞いを続けている。既にウクライナに38億ドル(約4500億円)の軍事援助を表明しているが、さらに第二次世界大戦以来となる武器貸与法まで通し、大統領権限でさらに数百億ドル(数兆円)単位の追加軍事援助を行う姿勢を見せている。これは表面的にはロシアに対し厳しい態度を取っているように見えるが、その実は、バイデン政権の外交政策が、防衛産業から手厚い支援を受けた「ネオコン」と呼ばれる政治勢力に牛耳られた結果に過ぎないとの批判も根強い。
     そして何よりもバイデン政権にとって重大なことは、そうした国内の政治状況の原因の一端にバイデン大統領の指導力の欠如があると見る向きが多いことだ。結果的に、就任直後は50%台を維持していたバイデン大統領の支持率も、今や40%台前半から30%台まで急落している。このまま11月の中間選挙に突入し、現在上下両院で優位に立つ与党民主党が過半数を失えば、大統領就任2年目にしてバイデン政権がレームダック化するのは必至な情勢だ。
     今週は週明けにバイデン大統領を迎えるにあたり、今アメリカで何が起きていて、バイデン政権が置かれている政治的状況がどのようなものなのか、そうした状況は日米関係にどのように影響してくるのかなどについて、希代のアメリカウオッチャーの前嶋和弘氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・不人気のバイデン政権が抱える問題
    ・銃規制/人種問題も解決が難しい状況に
    ・ゾーニングの問題と、それでも多様な方向性のあるアメリカ
    ・「同盟関係の強さを確認したバイデン訪日」で終わらせないために
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    ■不人気のバイデン政権が抱える問題
    神保: 本日は5月20日。22日から24日まで、米バイデン大統領が来日します。一応、何のために日本に来るのか、ということが外務省のサイトに出ているし、日本の主要メディアはそれをそのまま垂れ流している状況。しかし、トランプのときは面白かったから、僕らもアメリカの話をよくしましたが、いま起きていることについてはあまりきちんと伝わっていません。例えば、最近のニュースで驚いたのは、アメリカの一部地域で、ガソリン価格が日本を抜いたんです。
    宮台: 本当ですか。信じられないですね。
    神保: アメリカで一番売れているのはピックアップトラックで、リッター5kmも走らない。さらに走る距離も日本に比べて半端ではないんです。日本はかなり税金が乗っていて、アメリカの方が税金が安いことを踏まえると、とてつもない価格になっていて。今年は選挙があり、これが影響しないわけがない。
    宮台: こちらも大事なことだと思いますが、トランプ以降、アメリカの陰謀説、Qアノンが台頭しています。地球平面説のブームもネットフリックスがドキュメンタリーを作って紹介しており、さらにいまブームになっているのは、同じような連中が言っている「鳩はドローンだ」という説。その証拠はというと、「みんな鳩の死骸を見たことがないだろう」と。さらに、「鳩が電線に止まっているのは、電力をチャージしているのだ」とも言われていて、発信源はすべてネタだと思うのですが、アメリカにはそれを信じている人がたくさんいるんです。トランプ以降のアメリカはインターネット上でほとんど面白ネタになっており、これは少し前には考えられなかった。
    神保: さらにとてつもないインフレが起きていて、2022年の4月で7.68%と、40年ぶりくらいの水準になっています。今度はガソリン価格が高騰しており、おそらくバイデンさんも呑気にQUADだなんだと言っている場合ではない立場です。中間選挙は絶望的で、再選さえ厳しいのではないか、という観測も出始めている。
    宮台: これはユルゲン・ハーバマスがかつて言った、正統性の危機が完全に露呈しているということです。つまり、グローバルなコンテクストでほとんどカオス的な状態になり、誰が何をコントロールできるのかがよくわからなくなっている。
     

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  • 西山太吉氏:偽りの沖縄返還を暴いた伝説の記者・西山太吉の遺言

    2022-05-18 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2022年5月18日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1101回)
    偽りの沖縄返還を暴いた伝説の記者・西山太吉の遺言
    ゲスト:西山太吉氏(元毎日新聞記者)
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     この5月15日で沖縄は本土返還50周年を迎える。終戦と同時に始まった米軍の4半世紀にわたる占領が解かれ、沖縄の施政権が日本に返還された記念日は、本来であれば日本にとっても沖縄にとっても祝うべきおめでたい日なのかもしれない。
     しかし、実は50年前、沖縄は完全に日本に返されたわけではなかった。それは沖縄の施政権を返還するにあたり、当時の日米政府間では米軍が沖縄の基地を自由に使用し続けることを認めるという密約が存在していたからだ。にもかかわらず当時の佐藤政権は「核抜き、本土なみ」などというスローガンであたかも沖縄が無条件で日本に返還され、これから沖縄は日本の他の都道府県と同様の地位を得るかのような幻想をしきりと喧伝した。もちろん核兵器もないし、基地負担も他県と同等程度になるはずだった。
     ところが、これがとんでもない嘘だった。そして、沖縄はその後も基地負担に喘ぎ続けることになるが、それが沖縄返還時の両国が密かに合意した条件だったのだ。
     その偽りの日米関係、偽りの沖縄返還の尻尾を捕まえて、これをすっぱ抜いた伝説の記者がいる。元毎日新聞記者の西山太吉氏だ。今年、齢91歳となる西山氏は、日米間で沖縄返還を巡る交渉が大詰めを迎えていた1971年6月、日米間の機密電文を入手し、両国の間には国民に説明されていない密約が存在することを暴く記事を書いたのだ。
     これだけの大ニュースだ。本来であれば、この記事を発端に、偽りの日米関係の実態が次々と明らかになり、アメリカに隷属することで日本国内で安定的な権力が確保できるという現在の日本の国辱的な属国体質は、もっと早くに改善されるはずだった。
     実はアメリカでもほぼ同時期に有名な機密暴露報道があった。西山氏が密約をすっぱ抜いた2日後の1971年6月13日、機密指定されていた国防総省の内部文書「ペンタゴンペーパー」が、内部告発者ダニエル・エルズバーグ博士によって持ち出され、これを入手したニューヨークタイムズがスクープしたことをきっかけに、それまでのアメリカ政府によるベトナム戦争に関する嘘が次々と明らかになっていた。
     アメリカではペンタゴンペーパー報道の結果、アメリカ国民がベトナム戦争の実態を知ることとなり、ニクソン政権がベトナム戦争に対する国民の支持を失った結果、4年後のアメリカによるベトナムからの撤退につながっている。そして、これを報じたニューヨークタイムズのニール・シーハン記者はジャーナリズム界最高の栄誉とされるピュリッツァー賞を受賞する一方で、支持率が低迷したニクソン政権はその後、ウォーターゲート事件を引き起こし、アメリカ史上初の現職大統領の辞任へとつながっていった。ところが、同じく政府の壮大な嘘がばれた日本はどうなっただろうか。
     まず、当時、西山記者のすっぱ抜きを後追いする社は一つも無かった。記者会見で密約の存在を質したりする記者もまったくいなかったと西山氏は言う。結果的に、国家機密を暴いた毎日新聞、とりわけ当時、同社の外務省記者クラブのキャップだった西山氏だけが矢面に立つこととなった。ペンタゴンペーパーをスクープしたニューヨークタイムズも、ニクソン政権が取った法的措置によって発行が差し止められていたが、ペンタゴンペーパーはワシントン・ポストを始めとする全米の新聞が後追いで内容を報じ続けたために、政府は嘘を隠し通すことができなくなっていた。強面のニクソン政権と言えども、アメリカ中の新聞をすべて差し止めることなどできるはずもなかった。
     なぜあの時日本は西山氏を見殺しにしたのか。西山氏の取材手法を非難したとしても、なぜ同時にそこで暴かれた密約をきちんと追求できなかったのか。その結果として、その後の日米関係はどのような「隷属の道」を辿ることになったのか。これは決して過去の話ではなく、今もわれわれ一人ひとりの喉元に突きつけられた匕首なのではないか。
     沖縄が返還50周年を迎える今週、マル激はジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が福岡県の小倉に西山太吉氏を訪ね、西山氏とともに当時の日米関係と、その後、日本が歩んだ道をどう考えるかなどについて議論した。
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    今週の論点
    ・密約の暴露における、日米のあまりに大きな違い
    ・日本を事実上アメリカの属国にした密約はなぜ成立したか
    ・政治記者の矜持はどこに行ったのか
    ・日本人の沖縄差別/アメリカの“ケツ舐め”はいつまで続くのか
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    ■密約の暴露における、日米のあまりに大きな違い
    神保: 5月15日が沖縄の返還からちょうど50年目にあたり、本日は小倉に来ています。宮台さん、最初に何かありますか。
    宮台: 返還協定の日ですが、かなり風化しているなという感じがします。というのは毎年恒例、しかも今年は50年ということで、NHKや民放が沖縄の問題を扱っていますが、内容は単純で、沖縄は基地があることで困っている、辺野古の問題もまったく解決に向かっていない、と。はっきり言えば、浅すぎる。どうしていまこういう状態になっているのか、そもそもその背後にある日米関係の問題などについては、一切触れていない。本当にデタラメな報道のオンパレードです。
    神保: 第二次大戦後に占領されていたわけですから、本土復帰というのは喜ばしい日ではあるのでしょうが、同時に、今回の重要なテーマとなる「偽りの歴史」の始まりだった。当時使われていた「核抜き本土並み」という言葉はまったく空疎な絵空事であったにもかかわらず、その道をきちんと進んできたかのように伝えられています。実際に見てみれば、基地の状況、辺野古を見ても、いまの沖縄はそうなっていない。
    宮台: 皮肉ですよね。1952年のサンフランシスコ講和から考えれば70年。その後、沖縄返還協定までの20年、日本は主権国家になったかと思いきや、実は沖縄返還協定の裏にあった密約を見ると、主権を放棄したことがわかる。これは沖縄問題というより、沖縄を含んだ日本の主権問題なんです。
     

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  • 大澤真幸氏:われわれ一人ひとりが翼を持てば自由を手放さずとも社会を変えることはできる

    2022-05-11 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2022年5月11日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1100回)
    見田宗介(=真木悠介)教授追悼特別番組
    われわれ一人ひとりが翼を持てば自由を手放さずとも社会を変えることはできる
    ゲスト:大澤真幸氏(社会学者、元京都大学大学院教授)
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     本番組の司会を務める宮台真司氏の大学時代からの師匠である社会学者の見田宗介元東京大学教授が、この4月にご逝去された。
    見田氏は必ずしもお茶の間に広く知られたタイプの学者ではなかったが、その世界では知る人ぞ知る、「知の巨人」として不動の地位を築いた存在で、「見田なくして現在の社会学は存在しない」とまで言われるほど、社会学の発展に寄与し、また独自の分野を切り開いてきた。いや、そればかりか見田氏の研究や評論活動は、既存の社会学の枠を大きく踏み越え、今日われわれの社会が抱える様々な問題の本質をいち早く見抜くとともに、早くから誰もが思いつかないような見事な処方箋を提供していた。
     そこで今回のマル激では宮台氏と、宮台氏にとって東大の見田ゼミで1学年兄弟子にあたる元京都大学大学院教授の大澤真幸氏に、見田教授の人物像や功績を振り返ってもらい、社会学関係者や学究関係者は言うに及ばず、社会学の門外漢のわれわれに見田教授が残してくれたものが何だったのかなどを、恩師を偲びつつ語ってもらった。
     大澤氏も宮台氏も、一般人が読むべき「見田学」への入門書として、まず『気流の鳴る音』を推す。この本は見田教授が東京大学の助教授時代に4年間、中南米やインドなどを放浪した後、1年間メキシコ大学院大学で客員教授を務めた都合約5年間の経験を1冊の本にまとめたもので、見田教授の本名ではなく、教授が時折使ってきたペンネーム「真木悠介」の著者名で出されている。社会学者が書いた紀行文ではあるが、その中身は人間の生き方や幸福とは何かといった根源的な問いの連続で、今日のわれわれの日々の生活に対する本質的な問いかけや疑問が次々と投げかけられる。例えば、本文中に紹介されているヤキ族というインディオの教えとして、こんなものが紹介されている。われわれは「美しい道を静かに歩む」だけでいい。「心のある道をゆき、美しい道を静かに歩む人々にとって、蓄財や地位や名声のために道を貧しく急ぐことほどいとわしいことはないだろう。市民社会の存立原理としての利害の普遍的相克性は、欲求の禁欲と制約によってではなく、欲求の解放と豊富化によってはじめて原理的にのりかえられうる」などだ。
     見田教授の根源的なメッセージを代表するキーワードを一つ選ぶとすれば何になるか、との問いに対し、大澤氏は「根をもつことと翼をもつこと」、宮台氏は「テレオノミーとランナウェイ」とそれぞれ答えた。その意味はそれぞれ社会学的な説明を要するとのことなので、そこは番組内の両氏の説明に譲りたいが、それを素人言葉に置き換えると、こんな感じになるらしい。要するに見田氏は、現在人類が直面する地球温暖化や大量消費・大量廃棄に起因する地球環境問題、社会の空洞化や分断などがもたらす様々な社会問題を解決するためには、とかく提唱されがちな我慢や抑制、禁欲を強いるのではなく、これまでわれわれが勝ち取ってきた自由を手放すことなく解決する必要がある。それを実現するために見田氏は問題に対する視点を変えることで、その処方箋を見事に描いて見せた。そこに見田氏の、余人を持って代えがたいすごさがあるのだと、大澤氏も宮台氏も口を揃えて語る。
     今回のマル激は見田教授の追悼番組として、著作を紹介しつつ、見田氏の功績とその理論の卓越性をジャーナリストの神保哲生とともに振り返った。
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    今週の論点
    ・大澤真幸と宮台真司、それぞれの見田宗介との出会い
    ・あらゆる問題に通底する「まなざしの地獄」
    ・根をもつことと、翼をもつこと
    ・現在の合理性の延長線上に、オルタナティブな方向性を見出す
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    ■大澤真幸と宮台真司、それぞれの見田宗介との出会い
    神保: 宮台さんの師匠でもある見田宗介さんがお亡くなりになり、その追悼もかねて先生の功績を振り返り、学び直す機会を作りたいと考えていました。ゲストはどなたがいいか、と宮台さんに聞いたところ、「この人しかいない」ということで、社会学者の大澤真幸さんをお迎えしました。おふたりとも、見田先生の愛弟子ということになりますか。
    大澤: そうですね。偉い先生がいると、「誰が一番、先生に愛されているか」のような競争が起きやすく、弟子の間で激しい確執にまで発展することがあるのですが、見田先生の場合それがないのが特徴です。誰もが、自分が一番愛されていると思うことができる。 

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  • 伊藤雄馬氏:「森のムラブリ」に見る人間のモラルの根源と他者を恐れる習性

    2022-05-04 20:00  
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    マル激!メールマガジン 2022年5月4日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1099回)
    5金スペシャル映画特集
    「森のムラブリ」に見る人間のモラルの根源と他者を恐れる習性
    ゲスト:伊藤雄馬氏(言語学者、横浜市立大学客員研究員)
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     月の5回目の金曜日に普段のマル激とはひと味違う特別な企画をお送りする5金スペシャル。今回は『森のムラブリ』、『アネット』、『ベルファスト』の3本の映画を取り上げた。
     1本目はタイとラオスの国境沿いで狩猟採集生活を送りながら、他の部族との接触を避けてひっそりと暮らす遊動民ムラブリ族を取り上げた出色のドキュメンタリー映画『森のムラブリ』。
     ムラブリ族は世界に400人ほどしかいない超のつく少数民族で、1930年代にオーストリア人人類学者のフーゴー・ベルナツィークが初めて接触に成功して以来、その存在自体は西洋でも知られてきた。タイ国境側では今、約400人のムラブリがタイ政府の庇護の下で定住生活を送っているが、ごく少数が残っていると考えられているラオス側のムラブリ族の実態は未知のままだった。
     現地を調査中に偶然、運命的な出会いを果たした同作品監督の金子遊と言語学者の伊藤雄馬は、ラオス側で今も昔ながらのノマド生活を送っているとされる十数名のムラブリを探しに、伊藤の案内でタイ国境を越えて、ラオスの森の中へ入っていく。そこで2人は山奥からたまたま下りてきたムラブリの一人と偶然出くわしたところから物語が始まる。
     このドキュメンタリーでは世界で初めて、ラオス国内で今もノマド(遊動民)として狩猟採集生活を送るムラブリと接触しその暮らしぶりの撮影に成功している。国際的にも、また歴史的にも画期的な作品と言っていいだろう。その映像そのものや、そこに描かれているムラブリ族の人々の暮らしぶり、ムラブリ語を習得した伊藤とムラブリ族の人々との間で交わされる会話の一つひとつには自然と引き込まれるものがあるが、中でも一番驚かされたのが、ノマド生活を送るムラブリが3つの村に分かれて暮らしていて、その3者はお互いのことを「入れ墨をした人食い族」や「人殺し」などと考え、恐怖の対象として、ずっと接触を避けてきたことだった。
     そして映画の中で伊藤は、これまで接触がなく、相手を恐れていた3つのムラブリ族の人々を互いに引き合わせ、その通訳を買って出る。同じムラブリ族でもお互いに接触がなかったため、言葉は微妙に異なっていて、通訳なしではコミュニケーションを取ることが難しいことがわかったからだ。同じ種族ながらこれまで人食い族として恐れ、接触を避けてきた別のムラブリ族と初めて会った時、彼らは意外なまでに積極的、かつ友好的に振る舞ったと伊藤は言う。実際に会って話してみた他のムラブリは、少なくとも恐怖の対象となるような人々ではなかった。
     文字を持たないムラブリだが、それでも彼らの中には「嘘をつかない」、「物を盗まない」、「人を殺さない」などの戒律が厳然と存在することもわかったと伊藤は言う。
     森で自然に生えている芋を掘り、木の実を取り、小動物を捕まえて食べて生きているムラブリが、なぜ他の部族を恐怖の対象と見たり、われわれが「モラル」や「倫理」と考えるような規範を持つようになったのか。文字を持たず、目の前にあるものを食べて生きている彼らの思考は、物へのこだわりや将来不安で雁字搦めになっているわれわれの思考とどう違っているのか。繰り返し現地に通いつめることで、ムラブリ語をマスターし、ムラブリ語の辞書を作りたいというまで現地に溶け込んだ異色の言語学者伊藤雄馬と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司がムラブリから学ぶ人間にとっての本質的な価値について議論した。
     その他、今回は、レオス・カラックス監督の話題作『アネット』とケネス・ブラナー監督の『ベルファスト』の2作品(いずれも現在劇場公開中)を取り上げた。
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    今週の論点
    ・『森のムラブリ』という奇跡的な映画
    ・自己表出=エクスプロージョンとしての言語
    ・人形・歌というモチーフが活きた『アネット』
    ・街は身体である――『ベルファスト』が描いたもの
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    ■『森のムラブリ』という奇跡的な映画
    神保: 本日は2022年4月29日金曜日。5回目の金曜日「5金」ということで、普段とは違う、宮台さんがやりたいことを取り上げます。恒例の映画特集になりますが、サンフランシスコ講和条約、沖縄返還から50周年ということで、特別企画も行おうと考えています。
    宮台: 実はそのお話に繋がるのが、今回の前半に議論したいと考えている、素晴らしい映画です。
    神保: これまで取り上げてきたものとはまた違う、特別な映画ですね。
    宮台: そうですね。僕たちは国民国家を営むようになってから、長くとって200年。主権国家というものを知ったのも1648年のウエストファリアからだから、それから数えてもまだ400年経っていない。そのなかで、言葉と法と損得の奴隷になりきって戦争をしていて、プロパガンダによってインチキの物語を刷り込まれている。そういうときに、皆さんに観ていただきたい自由への映画です。
     

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