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  • 小泉昭夫氏:「永遠の化学物質」汚染の拡大を止めよ

    2021-12-29 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2021年12月29日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1081回)
    「永遠の化学物質」汚染の拡大を止めよ
    ゲスト:小泉昭夫氏(京都大学名誉教授・社会健康医学福祉研究所所長)
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     コロナ禍で見過ごされてきた問題の中に環境問題がある。特に日本では目の前にコロナのような切迫した問題があると、環境問題は後回しにされる傾向があるようだ。
     そこで2021年最後のマル激となる今週は、「永遠の化学物質」の異名を取るPFASによる環境汚染と健康被害の問題を取り上げる。
     PFASは人工的に製造され、非常に安定していてほとんど破壊されないために「forever chemical(永遠の化学物質)」の異名を取る「パーフルオロアルキル化合物、ポリフルオロアルキル化合物及びこれらの塩類」と呼ばれる化学物質の総称で、現在4730種類ほどが存在する。このうち、特に代表的なものとして、PFOA(ピーフォア=パーフルオロオクタン酸)とPFOS(ピーフォス=パーフルオロオクタンスルホン酸)の2つの化学物質が、様々なルートから生態系に放出され、それが体内に蓄積されることで深刻な健康被害をもたらしていることがわかってきた。世界では2021年に入ってから一斉にPFASに対する問題意識が高まりを見せ、アメリカやEUが規制に乗り出しているのに対し、日本ではほとんどこれが話題にさえなっていない状況だ。
     なぜここに来て、PFASがそれほど大きな問題になっているのか。それは、第一義的にはPFASが、焦げ付かないフライパンや炊飯器、消火器、撥水加工された紙や繊維(スキー用具や雨具)、化粧品など、われわれの日常生活とは切っても切れないほど密接な繋がりを持つ化学物質でありながら、実はそれが深刻な健康被害をもたらしていることが明らかになってきたからだ。また、この人工物質が「永遠の化学物質」の異名を取るように、一度製造され生態系に放出されると、容易には分解されず、生態系の中をほぼエンドレスに循環し続けることになるからだ。それは土壌、農産物、地下水、水道水、魚など、人間が口にするものを全て汚染していく。
     現時点で日本で基準を超えるレベルのPFOA、PFOS汚染が確認されているのが、沖縄の米軍基地周辺と、大阪のダイキン工業の摂津工場周辺、そして東京の横田基地周辺だ。ただし、もちろんこれから他にもいろいろ出てくる可能性はある。
     大阪の摂津市と沖縄の宜野湾市で住民の血液検査を実施した小泉昭夫・京都大学名誉教授は、両市で住民の間に高いPFOA、PFOS濃度が確認されたと語る。
     米軍基地の周辺では、消防訓練に用いられる消火器の泡消化剤にPFOAやPFOSが使われていることがわかっており、それが地下水などを通じて漏れ出して近隣の水源を汚染した可能性が高いが、今のところ米軍が汚染の事実を認めていないため、現時点では汚染源については仮説の域を出ない状況だ。
     この問題を取材してきたジャーナリストのジョン・ミッチェル氏によると、米軍は米国内の米軍基地(主に空軍基地)と韓国、ホンデュラス、ドイツなどの米軍基地では泡消火剤によるPFAS汚染があったことを認めた上で、その利用を中止するなどの措置を取ったことを公表しているが、日米地位協定によって米軍の権利が手厚く守られている日本では、まだ汚染の事実はおろか、PFOAやPFOSを使った消火剤を使ってきたことすら認めていないという。ただし、ミッチェル氏が米・情報自由法に基づいてPFASに関連した公文書を開示させた結果、米軍は1990年にはPFASの有害性にも、消火剤による基地内の汚染にも気づいていたことがわかっているという。
     小泉氏によると、PFOAやPFOSは現在、消火器やフライパン、撥水加工繊維などの民生品だけでなく、半導体製造装置など工業的な用途でも広範に利用されているため、有害性が明らかになっても政府は直ちに全面禁止などの措置は取りにくいだろうと指摘する。ということは、われわれは一人ひとりが賢い消費者となり、自分の身は自分で守らなければならないということだ。
     今年最後のマル激は、小泉昭夫氏に「永遠の化学物質」PFASの歴史や用途、毒性などをイロハのイから聞いた上で、こうした汚染から身を守るために何をしなければならないかなどを、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・壊れず、排出されづらい「forever chemical」による健康被害
    ・日常にあふれている、曝露の経路
    ・汚染源となる米軍基地を調査もできない状況
    ・日本の悲惨な現状と、今後への期待
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    ■壊れず、排出されづらい「forever chemical」による健康被害
    神保: 今回のテーマは、少なくとも主要メディアではほとんど報道されておらず、2021年の最後を飾るにふさわしいものだと考えています。「永遠の化学物質」問題ということで、ゲストには京都大学の名誉教授で現在社会健康医学福祉研究所の所長を務めておられます、小泉昭夫さんをお迎えしました。
     さっそくですが、今日の主役である「forever chemical」についてご説明いただけますか。
    小泉: まず、何がフォーエバーなのかということですが、これはものすごく壊れにくいということです。代表的なものと構造式を見ると、PFOA(ピーフォア=パーフルオロオクタン酸)とPFOS(ピーフォス=パーフルオロオクタンスルホン酸)。両方とも「オクタン」がつき、これはCが8個あるという意味なんです。
     

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  • 中島淳一氏:地震活動期に入ったとみられる日本列島の下でいま起きていること

    2021-12-22 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2021年12月22日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1080回)
    地震活動期に入ったとみられる日本列島の下でいま起きていること
    ゲスト:中島淳一氏(東京工業大学理学院地球惑星科学系教授)
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     最近やや大きな地震が増えていると感じている方も多いのではないか。
     今年に入ってから震度5以上を記録した地震が既に10回発生している。うち6回は震度5強だった。直近では12月9日にトカラ列島近海を震源とする震度5強・M6.1(マグニチュード6.1)の地震が、12月3日には富士山麓の山梨県富士五湖地方と紀伊水道地方でそれぞれ震度5弱・M4.8、震度5弱・M5.4が、10月6日~7日には岩手県沖と千葉県北西部でいずれも震度5強・M5.9の地震が発生している。
     世界地図と地震の発生図を重ね合わせて見たとき、国土の全体が地震多発地帯に入っているのは世界でも日本くらいだ。日本列島が、太平洋プレート、オホーツクプレート、ユーラシア(アムール)プレート、フィリピン海プレートの4つのプレートが重なり合う、まさにプレートのスクランブル交差点のような位置にあり、それぞれのプレート間の沈み込みによって発生する地震が多発するのは、どうあがいても避けられないことだが、そんな日本に住んでいる以上、地震について最低限のことは知っておく必要があるだろう。
     地震大国の日本では約100年周期で地震活動期と静穏期が繰り返されてきた。地震学者の中島淳一・東京工業大学理学院地球惑星科学系教授によると、一旦大きな地震が起きると、そこで大量のエネルギーが放出されるため、暫くその地域は地震の静穏期に入る。しかし、静穏期が100年ほど続くと、プレートの移動によって少しずつ地盤に歪みがたまり、そのエネルギーが断層のずれという形で放出され始めることで、再び地震の活動期に入る。
     地震学に基づく観測が実際に行われるようになったのは明治に入ってからだが、それ以前の地震についても古文書などを通じてある程度の年代、震源域、規模などは推定できているという。それによると、まず関東地方では推定マグニチュード8を越える元禄関東地震が1703年に発生し、その後日本は地震静穏期に入ったとみられる。そして、1800年頃から再び活動期に入り、1923年の大正関東地震(いわゆる関東大震災)で大量のエネルギーを放出したことで、再び静穏期に入ったと考えられている。
     これは関東地方に限ったことではないが、日本の地域の多くでは、概ね100年に1回のペースで大きな地震に見舞われ、それによって大きなエネルギーが一旦放出されると次の100年は一旦、静穏期に入る。そしてまた100年程で活動期が始まり、次の大きな地震まで活動期が続く。そんなことが繰り返されているのだという。
     そうした中、今日本で一番懸念されているのが、ひと頃はテレビなどでも随分と特集が組まれたりしていたのに、最近とんと耳にしなくなった感のある南海トラフ地震だ。しかし、これが起きる確率は依然として非常に高いと中島氏は言う。
     伊豆半島の西から紀伊半島沖を通って四国の高知県沖から玄界灘、そして九州東岸にいたる「南海トラフ」は、フィリピン海プレート(海洋プレート)とユーラシア・プレート(大陸プレート)がぶつかり合う場所で、ここで海洋プレートが大陸プレートの下に年間数cmから10cm程度のゆっくりとしたペースで沈み込んでいる。ここで引きずりこまれた大陸プレートの先端部にひずみがたまり、それが100年~200年ぐらいの周期で跳ね返る現象によって引き起こされるのが「海溝型地震」というもので、これは非常に大きな地震になる可能性が高い上、大津波を発生させる恐れがあるため、南海トラフ地震では大きな被害が出る可能性が懸念されている。
     古文書などの解析を通じた推定では、南海トラフでは紀元684年の白鳳地震(推定M8.3)からマグニチュード8を越える地震がほぼ200年おきに発生しており、その周期は紀元1300年以降はほぼ100年ごとに短縮されている。1605年に慶長地震(M7.9)、1707年に宝永地震(M8.6)、1854年に安政南海地震(M8.4)、1946年に昭和南海地震(M8.0)と言った具合だ。国土交通省の地震調査研究推進本部地震調査委員会では南海トラフで過去1,400年の間に約90~150年の間隔で大地震が発生しているため、次の地震までの間隔を88.2年と予測した上で、南海トラフを震源とするマグニチュード8~9クラスの地震が30年以内に発生する確率を70~80%(2020年1月24日時点で)としている。これは、かなり高い確率だ。
     東日本大震災から10年が経ち、コロナ禍のせいもあってか、最近は大地震のリスクはあまり話題にならなくなっているが、依然として南海トラフに相模トラフを加えた東南海地震のリスクが非常に高いことは、しっかりと認識しておく必要があるだろう。
     地震への備えを怠らないためにも、また地震を正しく恐れそのリスクを正しく見積もるためにも、中島氏に地震のメカニズムの基本から、最近の地震はどのくらい懸念すべきものなのか、今日本列島の下で何が起きているのかなどについて、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が聞いた。
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    今週の論点
    ・断層、プレート、マントル・・・・地震に関する基礎知識
    ・“プレートのスクランブル交差点”に存在する日本
    ・「水」が地震に与える意外な影響
    ・今後30年で、震度6強の揺れに見舞われる確率は
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    ■断層、プレート、マントル・・・・地震に関する基礎知識
    神保: 今回はブルーバックス少年だった宮台さん的には興味深い、地震という自然科学系のテーマでお送りします。
    宮台: テレビに関して言うと、以前と比べて地震についての番組が少なくなったような気がします。
    神保: 記憶が薄れてきた、ということでしょうか。
    宮台: そうですね。東日本大震災の後しばらく経って、皆さんあまり聞きたくないのかもしれませんが、南海トラフ大地震が30年以内に起こる確率が8割、などの話もほとんど聞かなくなりました。日本の財政が破綻するのとどちらが早いか、という話があって、明日起きても不思議ではないと。 

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  • 佐藤拓代氏:子育てを「自己責任」にしてはならない

    2021-12-15 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2021年12月15日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1079回)
    子育てを「自己責任」にしてはならない
    ゲスト:佐藤拓代氏(医師、全国妊娠SOSネットワーク代表理事)
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     18歳以下への10万円の給付金をめぐり、混乱が続いている。そもそも、こどものための対策なのか、生活困窮対策なのか景気刺激策なのか、今回の給付金にはその理念がない。これでは来年の参院選を意識した単なる集票対策だと言われても仕方がないだろう。
     その一方で、「こども庁」をめぐる議論も活発に行われている。岸田政権は12月2日にまとめた「こども政策の新たな推進体制に関する基本方針」の中で、2023年度のできるだけ早い時期に「こども庁」を創設する方針を明らかにしている。岸田首相自身も所信表明演説で「こども中心の行政を確立するための新たな行政組織の設置に取り組んでいく」と述べるなど、長年の課題である縦割りをなくしたこども政策が確立できるのかどうかが、ここにきて大きな正念場を迎えている。
     これまでも政府は、いわゆる「こども政策」と言われる施策をいろいろと行ってきた。エンゼルプラン、待機児童ゼロ作戦、少子化対策基本法、子ども・子育てビジョン、子育て安心プラン等々。それでも日本の少子化に歯止めは掛からず、去年の出生数は約84万人と過去最少を更新している。内閣府が行っている国際比較では、「子供を生み育てやすい国だと思うか」という質問に、スウェーデンは97%が”そう思う”と答えているのに対し、日本は”そう思わない”が6割を超えている。
     子育てにかかわる市民団体の集まりである「子どもと家族のための緊急提言プロジェクト」の共同代表で、全国妊娠SOSネットワーク代表理事の佐藤拓代氏は、すべてのひとに妊娠・出産から育児までの伴走型支援を保障する「皆支援」と、すべての子どもに発達と成長の環境を保障し家族を孤立から守る「皆保育」が重要だと語る。 
     妊娠・出産が医療保険でカバーされていない日本では、妊娠したかどうかの診療を受ける瞬間から自己負担が発生する。妊婦が負担する出産費用の平均額は52万4000円(2019年度)で、保険から支払われる出産育児一時金の42万円を超えている。若い世代にとって妊娠、出産は経済的に大きな負担になっているのだ。
     婦人科や小児科の臨床医の経験を持ち、「にんしんSOS」事業の起ち上げにもかかわった佐藤氏は、子どもの虐待のなかでも、出産した日に子供の命を奪う「ゼロ日死亡」が、日本で突出していることを指摘する。「ゼロ日死亡」は、報告されているだけでこの17年で165例あるが、これはほんの氷山の一角かもしれないと佐藤氏はいう。多くの女性たちが、実家や親との緊張関係の中で、誰にも相談できないまま追い詰められている。実家のサポートをあてにしないでも、妊娠から切れ目のない支援が提供される仕組みを作る必要があると佐藤氏は訴える。フィンランドのネウボラ(相談の場)を参考に、子育て世代包括支援センターの仕組みが日本にもあるが、市町村によって取り組み状況も異なり、課題も多い。          
     子育て支援や子供への支援が叫ばれて久しいが、依然として日本の家族関係社会支出の対GDP比は1.73%と、先進国としては極めて低水準にとどまっている。まずこども政策にきちんと予算を割かなければ、小手先の対策にしかならない。子育てを自己責任から社会でささえる仕組みに変えられるのか、こども庁の議論が始まった今こそ、根本からこども政策を改革するチャンスだと語る佐藤拓代氏と、社会学者・宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。
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    今週の論点
    ・全体像が見えないこども政策
    ・日本の現実が表れた「ゼロ日死亡」という悲劇
    ・子育てを「自己責任」=「自業自得」にするな
    ・幸福感なく育った子どもが、どんな親になるのか
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    ■全体像が見えないこども政策
    迫田: ちょうど「こども庁」の議論が活発化してきており、今回は子ども政策をテーマにお送りします。現在、18歳以下の給付金についても議論されていますが、これが本当に子ども政策なのか、親のためなのか、経済効果を狙ったのか、理念がわからないところがあります。
    宮台: 日本の政治は事実上、社会指標の好転、つまり社会を健全にするということをほとんど考えたことがなく、経済政策、あるいは集票対策という発想しかないはずです。とにかく日本の子ども政策、家族政策は極めてお粗末で、さまざまなデータにおいて、両親は愛より金で、子どもは親を尊敬しておらず、家族と一緒にいても幸せでない、ということがわかっている。例えば、「親の死に目に会いたい」と答える子どもの割合は、アメリカや中国の半分しかいません。
    迫田: 流行語大賞に「親ガチャ」というのも相当驚きました。今日は子ども政策についてきちんと考えたいのですが、その都度いろんなことが言われるものの、全体が見えていないし、明確な理念が通っているのかということも検証しなければなりません。今回はこのテーマにふさわしいゲストとして、医師で全国妊娠SOSネットワーク代表理事の佐藤拓代さんをお迎えしました。佐藤さんは小児科産婦人科で臨床をされた後、保健所で勤務をされた母子保健のスペシャリストです。現在はこども庁に対する議論のなかで、緊急提言プロジェクトの共同代表をされています。冒頭にお話しした18歳以下への給付金について、どうご覧になっていますか?
    佐藤: 根本のところをどうしていこうということが見えてこず、非常に付け焼刃だと思います。家族自体が安定して、先に不安がなければ、子どもを持ちたいというのは本来の欲求のようなところもありますし、それに寄り添った方向を選べるような世の中になったらいいと思うのですが、やはり先行きが不安で、夢が持てない、という状況が続いてきたのが我が国ではないかと。第二次世界大戦後に、男性たちが帰ってきて、黙っていても子どもがたくさん生まれて育っていきましたが、それがずっと続くと思っているのはまったく間違いだということです。 

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  • 桜井昌司氏:布川”冤罪”事件の悲劇を繰り返さないために

    2021-12-08 20:00  
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    マル激!メールマガジン 2021年12月8日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1078回)
    布川”冤罪”事件の悲劇を繰り返さないために
    ゲスト:桜井昌司氏(布川事件元被告人・冤罪被害者)
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     冤罪事件というのは、最終的に再審などで無罪が証明されたとしても、その間に失われた時間は二度と取り戻せない。
     桜井昌司氏はまさに画に描いたような冤罪事件の被害者だ。
    齢74歳になる桜井氏は1967年、彼が20歳の時に突如逮捕され、捜査当局による嘘や改ざん、隠蔽などによって茨城県の布川で起きた殺人の自白に追い込まれた結果、20歳から49歳までの29年間、刑務所に入れられ自由を奪われることとなった。 いわゆる布川事件だ。
     桜井氏は当初窃盗の容疑で逮捕された。本人の弁を借りれば、実際に窃盗には身に覚えがあったので、警察に逮捕された時は罪を認める覚悟をしていたが、殺人については桜井氏にはアリバイがあった。被害者が殺害されたとされる時刻、彼は東京の兄の家にいたのだ。
    しかし、警察は桜井氏の兄が、「その日は弟は来ていないと言っているぞ」という嘘の供述を桜井氏に示した上で、警察署内の代用監獄における長時間の厳しい取り調べと、ありとあらゆる嘘や強要、誤導の限りを尽くし、共犯者と見做された杉山卓男氏とともに、桜井氏をやってもいない罪の自白に追い込んでしまう。無論、桜井氏は公判で否認に転じたが、裁判では捜査段階での自白の任意性や具体性、信頼性などが認められ、桜井氏は杉山氏とともに無期懲役の判決を受けた。
     警察、検察は自分たちが描いたストーリーに沿って桜井、杉山両氏を自白させた上で、そのストーリーに沿った目撃証言などを用意したが、最終的にはこの事件では両氏の犯行を裏付ける物証は何もなく、事実上捜査段階での自白だけが有罪の決め手となった。いや、実際には数々の物証は存在したが、いずれの物証も両氏の犯行を裏付けていなかった。
     結局、桜井氏は杉山氏とともに最初の逮捕から29年間、服役した後、模範囚ということで1996年に仮釈放された。しかし、氏は自身の潔白を訴え服役中も支援者に手紙を書き続けた結果、徐々に支援者の輪が拡がり、氏の釈放から5年後の2001年、遂に2度目の再審請求でこの事件の再審が認められる。
     再審の決め手となったのは、桜井氏を支援する弁護団が検察にこれまで開示されていない証拠の開示を求め続けた結果、いくつかの決定的な証拠が新たに開示されたことだった。新たに開示された桜井氏の自白を録音したテープを鑑定した結果、13箇所の編集・改ざんの痕跡があることがわかったほか、自白内容と検死報告書では殺害方法が異なっているなど、実に初歩的なレベルで両氏の犯行を否定する証拠が次々と見つかった。警察と検察は、それを何十年もの間、隠していたのだ。
     そもそも唯一の証拠となった自白の任意性が揺らぎ、その他の間接的な証拠も嘘や偽計に基づいて得られたものであることが明らかになったのだから、両氏が無罪になるのは当たり前だった。桜井・杉山両氏の犯行を裏付ける証拠など最初から存在しなかったのだ。
     桜井氏が受けた不当な逮捕と強要された自白や捏造された証拠に基づく有罪判決、そしてその後の29年に及ぶ懲役に対しては、金銭的には補償が行われることになった。しかし、桜井氏が失った29年間の自由と、桜井氏やその家族が44年間背負い続けた「殺人犯」というレッテルの重荷は、いかなる形でも取り戻すことはできない。服役中だった桜井氏は両親を看取ることもできなかった。
     布川事件の再審無罪決定と相前後して、足利事件、氷見事件、志布志事件、そして村木厚子さんの郵便不正事件などで次々と衝撃的な冤罪が明らかになったことを受けて、公訴権を独占する上に、密室の取り調べが許される検察の暴走が冤罪を生んでいるとの批判が起こり、2009年に民主党政権下で刑事訴訟制度の改正論議が始まった。しかしその後、政権が自民党に戻る中、一連の制度改正論議の結果として行われた2016年の刑事訴訟法の改正では、むしろ検察の権限が大幅に拡大されるという信じられないような展開を見せている。
     冤罪事件の直後にはメディア上でも刑事訴訟制度への批判的な論説が多少は散見されるが、捜査機関から日々リーク情報をもらわなければ仕事が成り立たない記者クラブメディアは、基本的には警察、検察とは共犯関係にある。メディアが冤罪と隣り合わせにある自白偏重の人質司法制度にぶら下がっている限り、この問題が良い方向へ向かう可能性はほとんど期待できない。
     今週は戦後の冤罪事件史の中でも最悪の部類に数えられる布川”冤罪”事件の当事者である桜井昌司氏に、なぜやってもいない犯行を自白してしまったのか、その自白の結果、自身のその後の人生がどのようなものになってしまったのか、44年もの間、諦めることなく自身の潔白を訴え続ける力はどこから湧いてきたのかなどについて、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が聞いた。
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    今週の論点
    ・「正義が守られている」という錯覚への怒り
    ・拷問というべき取り調べの実態
    ・冤罪の可能性を手元に置いておきたい、日本の司法
    ・お笑いでしかない、刑事訴訟法の改正
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    ■「正義が守られている」という錯覚への怒り
    神保: 今回は我々が何度も取り上げてきたテーマの一環ですが、相変わらずの司法の問題を真正面から取り上げたいと考えています。冒頭で、宮台さんの方から何かありますか?
    宮台: この後は『水俣曼荼羅』という映画についてのトークをするのですが、司法の問題も基本構造はよく似ています。昔の厚生省、あるいはある時期以降の環境庁、あるいは熊本大学の医学部の医者たちも、基本的に一度踏み込んだ道は戻れず、無謬原則で前に進む。水俣の場合は、そのもとで何万人という規模の人が苦しむような状態になりました。
    それでもメンツ、あるいは組織のなかのポジションにこだわり、後に引き返せないんです。これは日本人の劣等性と言ってもいいかもしれないが、他の国では考えられないような組織へのしがみつきや依存が起こり、その結果、正義や真実は徹底的に蔑ろにされる。あらゆる場面でそれが繰り返されるのは、日本人には、どんな問題があっても貫徹する規範、価値観がないからです。だから、その場の状況に適応してしまう。
    神保: その結果として、例えば実際に罪を犯していない人が何十年も懲役を受け、場合によっては処刑されてしまっているケースもあるかもしれず、その状況はいまも続いています。今回はそうしたなかで実際に起きた冤罪事件の当事者、本当に大変な思いをされたご本人にお越しいただきました。布川冤罪事件の元被告人、桜井昌司さんです。 

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  • 岡田憲治氏:リベラルが勝つためにまずやらなくてはならないこと

    2021-12-01 20:00  
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    マル激!メールマガジン 2021年12月1日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1077回)
    リベラルが勝つためにまずやらなくてはならないこと
    ゲスト:岡田憲治氏(専修大学法学部政治学科教授・政治学者)
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     今、日本の政治は、立憲民主党の枝野幸男代表が総選挙敗北の責任を取り辞任を表明したことを受け、その後任を選ぶための選挙戦のただ中にある。しかし、最大野党の党首を選ぶ選挙が行われているにもかかわらず、世の中の関心はいたって低いようだ。
     最大野党とは言っても、最新の世論調査によると、立憲民主党の支持率は日本維新の会にも大きく引き離されている状況で、日本におけるリベラル勢力の先行きはかなり厳しそうだ。実際、2012年の総選挙で政権から転落して以来、日本のリベラルはとにかくひたすら選挙に負け続けているのが実情なのだ。
     リベラルを自任し、著書『なぜリベラルは敗け続けるのか』などを通じて、日本におけるリベラル勢力の問題点を厳しく指摘してきた政治学者の岡田憲治・専修大学法学部教授は、今回の選挙でも当初追い風だと言われていた立憲民主党は、負けるべくして負けたのだと語る。いや、2012年以来、リベラル勢力がことごとく選挙で負け続けているのは、負けるに相応の理由があるからだと岡田氏は言うのだ。
     政治学者であり、自身も積極的に政治活動に関与することで、実際の政治の現場の実態をよく知る岡田氏は、リベラルが負け続ける理由として、「政治決断ができず、ためにする議論ばかりしている」、「経済より理念上の平和と人権を重視している」、「正しさを振り回すことで仲間を遠ざける」、「内向きで内部抗争を繰り返している」、「綱領と公約の区別がついていない」などを挙げる。そして、そうした批判は単にリベラル派の政治家だけでなく、リベラル勢力を支持する「自称リベラル」の有権者にも向けられている。
     自民党は政策的には民主党に負けないほど多岐に渡るさまざまな考え方の政治家を内包しているし、公約や政策の整合性などもでたらめだが、いざ選挙となると実に統制が取れた一枚岩となって戦うことができる政党だ。それと比べて民主党は、まったく政治の本質を理解していない子供の政治をやっていると岡田氏は言う。
     岡田氏はリベラルが今の負け癖を返上し、勝ちパターンに転じるためには、まず何よりも自分たちが「大人」になることで、政治というものが議論のための議論をしたり、正論で相手を言い負かすことが目的なのではなく、法律を作って国民にそれに従ってもらうことこそが政治の本質であることを理解しなければならないと説く。それは何も難しいことを要求しているのではなく、例えば、どうすれば仲間を増やせるかとか、自分自身の正しさに酔わないこととか、小異を捨てて大同につくことを覚えることなどの、むしろ基本的な人間力と言ってもいいようなことだが、得てしてリベラル派の人間はそれができていない人が多いのだと岡田氏は言う。
     「綱領」と「公約」の区別がつかないことも、リベラルの大きな足枷になっている。次の選挙までに実現すべき「公約」で合意できれば十分に共闘を張れるはずなのに、綱領や公約にしていない政策での差異にこだわる人がリベラルの政治家にも、また有権者にも多い。原発政策での不一致が、遂に民主党勢力の再分裂まで引き起こしてしまったが、原発政策で次の4年間にできることなど、どこの政党がやってもほとんど変わらない。それを、20年先の原発政策を巡る考え方の違いゆえにリベラル勢力を分裂させてしまうのは愚かでしかない。
     現行の選挙制度の下では、野党も常に次の選挙までに何をするかについて「公約」で合意できる集団が協力して選挙戦を戦わなければ勝負にならない。そこには立憲も国民民主も社民も共産もないのだ。
     岡田氏の指摘するリベラルの問題点を改めれば、直ちにリベラル勢力が有権者の支持を伸ばせるというほど、事態は簡単ではない。しかし、ここで指摘されている問題点を改めずして、リベラルに対する支持が大幅に拡がることはまず考えにくい。つまりここに示されている諸条件は、リベラルが勢力を伸ばし、再び政権を勝ち取るための十分条件ではないが、少なくともこれが最低限の必要条件であることを心得る必要があるだろう。
     今週はなぜリベラルは負け続けるのか、どうすればリベラル勢力は支持を拡げることができるのか、このままリベラルが党勢を回復できなければ日本はどうなっていくのかなどについて、政治学者の岡田憲治氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・リベラルが負け続ける、これだけの理由
    ・そもそも国民は「正しさ」を求めていない
    ・リベラルが内部抗争と分裂を繰り返す理由
    ・すべては国民が政治を「自分ごと」にするしかない
    ・2021年12月4日(土) 年末恒例マル激ライブ開催!
     https://www.videonews.com/year-end-live2021
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    ■リベラルが負け続ける、これだけの理由
    神保: 今回は「リベラル」がテーマです。権力闘争ということになると思いますが、宮台さん、それに関連して触れておきたいニュースはありますか?
    宮台: 何かあったかな。立憲民主党代表選の話が全く盛り上がってない、というのがニュースですね。
    神保: 最大野党の代表を決めようという選挙が行われていて、自民党と同じような形で政策討論会のようなことをやっていますが、メディアには扱われない。
    宮台: それはそうで、衆院選の戦い方を間違ってしまった。ヨーロッパでもどこでもそうですが、誰もがプライオリティを上に置いているのは雇用と所得であり、それに関する政策で信頼を獲得できなければ、残念ながら勝つことはできない。岩盤層に向けて夫婦別姓だなんだと言っている時点で終わったなと思っていました。
     

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