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沼野恭子氏:今、ロシアの心あるひとたちのことを想う
2022-04-27 20:00550ptマル激!メールマガジン 2022年4月27日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1098回)
今、ロシアの心あるひとたちのことを想う
ゲスト:沼野恭子氏(東京外国語大学大学院教授)
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ロシアによるウクライナ侵攻は、日々戦況が報じられる中、ロシア軍による残虐行為が伝えられるなど、事態の深刻さは日に日に度合いを増すばかりだ。
いきおい、世界各地でロシア人やロシア語に対する反発は強まる一方で、誹謗中傷やいわれ無き差別なども各地で始まっているようだ。JR恵比寿駅で乗客からの苦情を受けてロシア語の案内表示が撤去されたり、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場のスターでロシア人のアンナ・ネトレプコが舞台から降板させられたことなどは、ほんの一例だろう。
しかし、ウクライナへの軍事侵攻を主導する独裁者のプーチン大統領やそれを支えるプーチン政権と、ロシアの市井の人々が、必ずしも一心同体ではないことを、われわれは心しておく必要があるだろう。2月24日のウクライナ侵攻直後はロシア国内の方々で反戦デモが起き、作家やジャーナリストたちが次々と声をあげていたが、3月4日にフェイク法なるものが制定されると、ロシア国内の言論状況は一変してしまった。
ロシア人とて、一方的な軍事侵攻が国際法違反であり、到底許されない行為であることは、重々承知している。そのためプーチン大統領は今回のウクライナへの侵攻はあくまで軍事作戦であり、これを「戦争」と呼ばせないために、フェイク法なる法律を定め、これによって、今回の軍事侵攻を「戦争」と呼ぶことはフェイク情報を拡散することになるとして、これを厳しく取り締まり始めたのだ。
ロシアでは中学校の授業でウクライナ侵攻に疑問を呈した教師の発言を生徒が録音して告発した結果、教師が警察から取り調べを受けた後に解雇されるなどの事件も起きている。東京外国語大学教授でロシアの近現代文学が専門の沼野恭子氏は、ロシアが再びスターリン時代を彷彿とさせる言論統制と密告社会になってしまうことを危惧しているという。
既報のようにロシア人の多くがプーチン政権を支持していることは事実なのだろう。ロシアの独立系世論調査機関が行った面接調査でも81%が軍事作戦を支持しているという。ただし、それは強力な情報統制の下で何が起きているかを知らされず、しかも表立って反対意見が表明できない状況下での調査結果に過ぎない。
そうした状況を受けて、ロシアの文化人たちの多くが迫害を恐れて国外に逃れている。沼野氏が翻訳を手掛けたロシアの著名な作家リュドミラ・ウリツカヤ氏は、直後はロシア国内から発信していたが、その後身に危険を感じ、ドイツに逃れたという。また日本文学研究者で推理小説家でもあるボリス・アクーニン氏は、プーチン政権の強権支配から逃れてイギリスに移り、「本当のロシア」というサイトを通じて、海外に逃れた著名なロシア人たちとウクライナ避難民への支援を行っている。迫害を逃れてロシアを脱出したロシア人を支援する「箱舟」というプロジェクトも立ち上がっている。
市民が正しい情報を得ることが難しく、政府と異なる意見を表明すれば、身に危険が及ぶという状況の下で、われわれはいかにしてロシアの心あるひとたちと連帯し、ロシア国内の反戦機運をいかに盛り上げていくか考えていく必要があるだろう。沼野氏は「兵士の母の会」の動きにも注目したいと語る。そもそもロシア人の中にはウクライナ出身だったり、親戚がウクライナとロシア双方にいたりする人も多い。母語がロシア語であっても出身地はウクライナという場合もある。ウクライナを善、ロシアを悪ととらえる安易な二項対立図式に囚われずに、現状を正しく見つめることの重要性を沼野氏は強く訴える。
国の指導者が暴走し、正しい情報を得ることも、本音で意見表明をすることも困難な状況に置かれた時、私たちは何ができるのか。今ロシアの人々が置かれている状況は、一歩間違えば、いつどこの国に起きてもおかしくないものではないのか。多くのロシアやウクライナ人作家や文化人との交流がある沼野恭子氏と、社会学者・宮台真司とジャーナリスト迫田朋子が議論した。
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今週の論点
・「フェイク法」により、戦争という言葉が使えないロシアの事情
・母国を離れ、ロシアを批判する文化人たち
・スターリンの再評価という文脈にある「ウクライナの解放」
・ロシア人差別を引きずらず、良心的な声に耳を澄ませる
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■「フェイク法」により、戦争という言葉が使えないロシアの事情
迫田: ロシアによる軍事侵攻のニュースが連日報じられていますが、どういう立場で見ればいいのか、と考えてしまいます。
宮台: 問題はプーチン、あるいはロシアが悪、ゼレンスキー、あるいはウクライナが善という図式になっていることです。日本の戦後復興を考えていただきたいが、極東国際軍事裁判以降、悪かったのは戦争指導者であって国民ではないとして、それゆえに二国間講和だったにもかかわらず、他の国々も日本に戦時賠償を請求しなかった。パブリック・ディプロマシーと言いますが、民意を背景とした外交という概念を使う場合には、必ず統治権力と民衆を分けるんです。
だから、ロシアについても戦争指導者と国民を分ける。理由は簡単で、日本もそうだったが、統治権力はメディアと教育を牛耳ることができて、デマゴギーで国民を騙すこともできるのだから、国民を責めるのは筋違い。ところが先日、恵比寿でロシア語のサインボードを駅長の判断で撤去する案件が起こり、それは「ロシアに加担するのか」というクレームが殺到したからだという。本当のクルクルパーで、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」のような発想をする、劣化した日本人の一部の層を代表しています。
それをベースにしていうと、国際世論の分布も、対ロシア制裁についてはG20で半々に分かれています。アメリカのヘゲモニー、あるいは情報や権益のネットワークが及んでいるところが、G7とEUと韓国であるということがわかる。不参加の国々は、すべてそのように理解しています。 -
長有紀枝氏:未曾有の大量避難者を生んでいるウクライナ危機に日本の難民政策は対応できているか
2022-04-20 21:30550ptマル激!メールマガジン 2022年4月20日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1097回)
未曾有の大量避難者を生んでいるウクライナ危機に日本の難民政策は対応できているか
ゲスト:長有紀枝氏(難民を助ける会会長・立教大学教授)
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日本は世界中でもっともウクライナに強いシンパシーを感じているというデータが最近発表された。
イギリスのブランドファイナンス社が、2022年版の「グローバル・ソフトパワー・インデックス」の中で、調査対象となった世界120か国で「ウクライナ紛争は誰に責任があると思うか?」を質問したところ、「ロシアが悪い」と答えた人の割合が世界でもっとも高かったのが日本だった。その割合は81%だった。これにイギリスの74%、ドイツの67%、フランスの64%、ブラジルの63%が続いた。メディア報道の影響があるのだろう。元々ウクライナという国は多くの日本人にとってそれほど馴染みの深い国ではなかったと思われるが、こと今回の戦争に関しては、日本がウクライナとの連帯感を強く抱いていることが、今回の調査によって数字として明らかになった形だ。
しかし、紛争当事国に対して日本が行える支援は限られている。基本的に武器の供与はできないし、派兵ももちろん無理だ。そこで日本ができる最大の支援が人道的支援だ。中でも今回のウクライナ戦争で発生している未曾有の避難民の受け入れは、日本が行うことができる最大の人道的支援となり得る。逆に言えば、それ以外はあまり日本にできることはない。
ロシアによる武力侵攻によって既に500万人ものウクライナ人が国外への避難を余儀なくされているが、今のところその大半は、250万人を受け入れているポーランドを筆頭に、ルーマニア、ハンガリーなどの周辺国に避難している。(それに加えてさらに500万人あまりが国内で避難を強いられている。)しかし、難民問題に詳しいNGO難民を助ける会の会長で立教大学教授の長有紀枝氏によると、周辺の受け入れ国では一般家庭が自主的に避難者を受け入れている場合が多く、紛争が長期化した場合、受け入れ家庭の負担が大きな問題になってくることが懸念されるという。
さて、問題は日本だ。4月5日、ポーランドを訪問していた林芳正外相が、ウクライナからの避難者20人とともに帰国したことが大きく報道された。この20人を含め、日本政府は今回、ウクライナからの避難者を400人あまり受け入れている。しかし、それはあくまで特例措置としての一時受け入れであり、難民条約や入管法に基づく正規の難民ではない。知る人ぞ知るところだが、日本は国際的には「難民鎖国」で知られており、1951年の難民条約の締約国として難民の受け入れが条約上義務づけられているものの、難民を極端に狭く定義することで、ほとんどの難民を拒絶してきた。難民申請をした人に対して難民として受け入れられる人の割合を示す「難民庇護申請認定率」というものがあるが、2020年の日本の認定率は0.7%だった。これはカナダの75%、ドイツの52%、イギリスの22%、フランスの13%と比較した時にあまりにも低い。
今週はNGOの立場から長年難民問題に取り組み、また近年はジェノサイドや戦争犯罪についても研究領域を拡げている長有紀枝氏と、ウクライナからの避難民受け入れで露呈した日本の難民政策の弱点や問題点は何だったのか、なぜ日本は難民を受け入れようとしてないのか、世界はロシアの戦争犯罪をジェノサイドとして裁くことができるのかなどについて、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・近隣国で広がるウクライナ難民受け入れとその背景
・日本が難民を受け入れない理由
・ロシアの戦争犯罪はどのようにして裁けるのか
・不十分すぎる国際的な立て付け 第三次大戦は起こってしまうのか
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■近隣国で広がるウクライナ難民受け入れとその背景
神保: 今回はウクライナに関連した人道問題をきちんと取り上げたいと思います。端的に言えば難民/避難民問題と、もう一つは人道に対する罪、戦争犯罪あるいはジェノサイドと言われているものがテーマになりますが、これは一筋縄ではいかない。ただ、日本としては自分の問題として考えなければいけないことが、実はたくさんあります。
宮台: そうですね。導入的な話ですが、先日、恵比寿駅でロシア語のサインボードが撤去されたということがありました。しかしそこで、僕も含めて多くの人が馬鹿げていると批判すると、炎上する。僕らが言っているのは、もし皆さんにロシア人の友人がいたら、サインボードの撤去に合意できるのか。ロジカルな判断の問題ではなく、友人にとって不利益になるような政策に合意できないのは当然でしょう。つまり、それが実はわれわれのゲノミックな傾向なんです。
神保: それにロシア語はウクライナ人も使っているんですよ。そして恵比寿駅は、ロシア大使館に行く人がたくさん使う。
宮台: これはまさに言葉の自動機械的な、神経症的な言葉への固執であって「世界中がロシアに対して圧力を強めようとしているときに、なんで利敵行為をするんだ」と。僕のいうクズが湧いています。
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春名幹男氏:核戦争と第三次世界大戦の可能性が高まっていると考えられるこれだけの理由
2022-04-13 20:00550ptマル激!メールマガジン 2022年4月13日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1095回)
核戦争と第三次世界大戦の可能性が高まっていると考えられるこれだけの理由
ゲスト:春名幹男氏(ジャーナリスト)
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ロシアのウクライナ侵攻の出口が見えなくなっている。
和平交渉の進展とロシア軍の首都キーウからの撤退で、事態が収束に向かい始めたかもしれないとの淡い期待を抱いたのも束の間、ロシア軍によるものと見られる民間人に対する数々の殺戮行為が明らかになり、また首都周辺からの撤退もどうやら単なる部隊の再配置だったことが明らかになってきたことで、2月24日の軍事侵攻から1か月半を超えたウクライナ戦争は長期化の様相を呈し始めている。
既にウクライナ各地では一般市民に甚大な被害が発生しており、それだけでもロシアによる軍事侵攻は許されざる国際法違反だが、戦況がプーチン大統領が当初、期待したような短期で決着が付くものにならなかったことで、新たな、そしてより重大な懸念が現実のものとなってきている。ロシアによる核兵器の使用と、それが第三次世界大戦を引き起こしかねない可能性だ。
CIAなどによるインテリジェンス(諜報活動)に詳しいジャーナリストの春名幹男氏は、バイデン政権はプーチン大統領が核兵器の先制使用に踏みきる可能性を真剣に警戒しているという。アメリカがロシアの核使用を懸念するのにはそれなりの根拠がある。それはロシアがソビエト連邦の崩壊後、NATOの東方拡大に対抗して「使える核兵器」の開発を進めてきたからだ。そして、ロシアがそのような兵器を開発してきた最大の理由は、ロシアの周辺国でNATOとの間で紛争が発生した時のためだった。まさに今回のような事態を想定して、ロシアは使える核兵器の開発を進めてきたのだ。
もう一つ懸念されるのが、現在のロシアの核ドクトリンが、核の先制使用を否定していないことだ。皮肉なことにソ連解体前、通常兵力でワルシャワ条約機構がNATOを大きく上回っていた時代は、当時のソ連は核の先制使用を否定していた。逆に兵力の劣るNATOが、核の先制使用の権利を留保していたのだ。
しかし1991年のソ連崩壊以降、ポーランド、チェコ、ハンガリーなどの旧東欧圏が相次いで加盟するなどしてNATOが東方に拡大していくと、東西のパワーバランスが明らかに崩れる。それに対抗してロシアは核ドクトリンを変更し、核兵器を先制使用する戦略を採用するようになった。ロシアの核ドクトリンは1993年以降、順次強化され、2020年に更新された最新のドクトリンでは、ロシアが核攻撃を受けた場合やロシアの国家としての存続が危ぶまれるような事態を迎えた場合に加え、ロシアが弾道ミサイルの攻撃を受ける恐れがある場合やロシアの核攻撃能力が影響を受けるような攻撃にあった場合に、ロシアは核の先制使用をする用意があることが記されている。
現在のウクライナ情勢では他国に軍事侵攻したのがロシア側なので、ロシアに有利な戦況にならないと中々和平交渉は進展しないと見られている。もしくはロシア軍が完全に敗北し、逃げ帰るパターンしかない。しかし、それでは恐らくプーチン体制は持たないと考えられており、プーチン大統領がそのような形での撤退を認めるとは考えにくい。
戦況がいよいよロシアにとって不利になった時、プーチン大統領が撤退か核兵器の使用の二択を迫られる可能性は十分にあり得る。これまでロシアがまさに今回のような事態を想定して威力を抑えた非戦略核の開発を進めてきたことや、核攻撃を受けていなくても核兵器を先制使用する核ドクトリンを練り上げてきたことを考え合わせると、その場合にプーチンが最悪の選択を下す可能性は十分想定しておかなければならないというのが、現時点での多くのインテリジェンス・コミュニティや軍関係の専門家の意見だというのだ。
ロシアのウクライナ侵攻を許したのはアメリカのインテリジェンス戦略の失敗の結果だったと指摘する春名氏と、ロシアの核戦略の現状と核先制使用の可能性などについて、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・現実味を帯びていく、ロシアの核兵器使用
・アメリカがロシアを追い詰めた果てのウクライナ侵攻
・政治家から失われた「懐の深さ」
・ここでも見えてくる民主主義の凋落
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■現実味を帯びていく、ロシアの核兵器使用
神保: なぜか日本もウクライナ情勢に一喜一憂している状況で、経済安全保障の法案がサラッと通っていたり、IPCCの新しい報告書が出たりと他にも重要な問題がありますが、ほとんど報じられず、注目もされていません。
宮台: ウクライナのニュース自体は報じてくれて構いませんが、中身がダメで、ほとんど役に立たない。プロレスの試合を見ているように、善玉と悪玉の戦いで、ハラハラしながら悪玉が早くやっつけられないか、という気分で見ているだけでしょう。
神保: ただ、そのシナリオで人々が動員されてしまっていて、やはり引き込まれてしまいますね。
宮台: そうですね。もちろんそこにはゼレンスキーというか、ウクライナの非常に巧妙な情報戦もあります。
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中田考氏:ロシアのウクライナ侵攻と世界の反応に対するイスラム的視点
2022-04-06 20:00550ptマル激!メールマガジン 2022年4月6日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/)
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1095回)
ロシアのウクライナ侵攻と世界の反応に対するイスラム的視点
ゲスト:中田考氏(イブン・ハルドゥーン大学(トルコ)客員教授・イスラム学者)
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ロシアによるウクライナへの武力侵攻は多くの国々を驚愕させた。それがロシアのプーチン大統領による現在の国際秩序に対するあからさまな挑戦であることが、誰の目にも明らかだったからだ。今回の侵攻が到底許されざる行為であることは言うまでもない。
しかし、それが現在の国際秩序を揺るがす行為であるから許されないかどうかという点については、実は異なる視点を持つ国々が少なからず存在する。現在の「国際秩序」は西側の一握りの先進国によって都合よく作られたもので、それ自体は絶対的なものでもなければ、必ずしも正当性があるものとはいえないとする考え方を持つ国々が多く存在するのだ。
その片鱗が見えたのが、2月24日に始まったロシアの軍事侵攻を受けて行われた国連総会におけるロシア非難決議の採決だった。ロシアの軍事侵攻を非難し、武力行使の即時停止を求めるこの決議の採決では、現在国連に加盟する193か国のうち、141か国が賛成する一方で、52の国が決議に反対、もしくは棄権、無投票などの形で賛成しなかった。他国へのあからさまな軍事侵攻を非難する決議に、全世界の4分の1が賛成を見送ったという事実は重い。世界が一丸となってアメリカ主導のロシア包囲網を形成しているかのような印象を受けがちだが、もしかするとそれは少々楽観的、かつ一方的な見方なのかもしれない。
それにしても、他国に軍事力を持って侵攻し、多くの市民を巻き添えにする行為を真っ向から批判したり糾弾しないというのは、どういう考え方に基づくものなのだろうか。イスラム法学者で自身もイスラム教徒としてイスラムの視点から世界情勢や社会問題などについてさまざまな発信を行っている、トルコのイブン・ハルドゥーン大学客員教授の中田考氏は、軍事侵攻そのものは否定しながらも、ロシアが1994年にチェチェンに軍事侵攻しそのあと15年にわたり武力行使を続けた結果20万人もの犠牲者(しかもその大半は一般の市民だった)を出したとき、世界も日本もほとんどロシアを糾弾しなかったことを指摘した上で、現在のウクライナ情勢に対する西側世界のダブルスタンダードへの違和感を隠さない。
そのうえで中田氏は現在、われわれが「国際秩序」と呼んでいるものは、17世紀以降、西欧を中心に白人にとって都合のいい理屈をいいとこ取りして作られたものに過ぎず、そのベースとなるウェストファリア体制下の主権国家という考え方も、それを支える「自由」や「民主」、「平等」などの概念も、あくまで白人が非白人を支配するために都合よく考え出された概念に過ぎないと、これを一蹴する。
イスラムの立場から、西欧が普遍的としている自由や平等などの考え方が本当に普遍的なものなのか、またそれを体現している現在の国際法に真の正当性があると言えるのかを、今一度再考する必要があるのではないかと問う中田氏は、イスラムが現代に提供できる知恵は「客観的な善悪の基準など存在しないことを認め、理解も共感もできない他者との間で敵対的な共存の作法を見つけること」であり、イスラムは「真の裁きは最後の審判まで棚上げし、他者との共存の作法を練り上げてきた」と語る。
一刻も早く軍事侵攻を終わらせるためには、まずは停戦合意、そして和平合意を成立させなければならない。その際、正当性の有無にかかわらず、ロシア側の考え方の背後にある様々な世界観を知っておくことが不可欠となる。
今回はイスラム法学者の中田氏に、イスラムの視点からロシアのウクライナ侵攻と現在の世界秩序に対する認識を聞いた上で、西側の社会では無条件で普遍的と考えられているさまざまな価値観が、世界では必ずしも絶対的なものではないこと、そしてそのギャップをいかに埋めていくことが可能か、そもそも欧米の白人国家ではない日本が、ほぼ無批判に西側の論理を絶対的なものと受け止めていることをどう考えればいいのかなどを、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・世界が一丸となってロシアを非難している状況ではない
・押しつけ全体主義の西欧と、対照的なイスラムの世界
・イスラムに学ぶ「敵対的共存」とは
・まずは敵と味方に分ける馬鹿げた発想をやめるべき
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■世界が一丸となってロシアを非難している状況ではない
神保: 今回は大事なテーマで長くお話を伺いたい方にきていただいていますので、さっそく本題にいきたいと思います。ゲストは、トルコのイブン・ハルドゥーン大学客員教授で、イスラム学者の中田考さんです。中田さんは23歳のとき、東大在学中にイスラム教に入信されたんですよね。
中田: そうですね。イスラムの専門で勉強をして1年経ってからですので、ほぼイスラム研究の歴史とイスラム教徒としての歴史が重なります。もう40年間、ずっとやってきました。
神保: 語り始めたら一回の番組では終わらないと思いますが、ズバリいうと何がきっかけで入信されたのですか?
中田: もともと子どものころからキリスト教の教会に通っていました。イスラムの場合、戒律が表に出ますが、基本的には神の信仰ですから、思い返せばずっと信じていたという感じで。いまにして思うと、ずっとそういう考えで生きてきました。
神保: このお話も別途じっくりお伺いしたいのですが、今回はイスラム的な視点から、ロシアのウクライナ侵攻やそれに対する“国際社会”の反応がどう見えるのか、ということを伺っていきたいと思います。
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