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記事 5件
  • 田中紀子氏:若年化するギャンブル依存症問題を放っておいていいのか

    2024-05-29 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2024年5月29日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1207回)
    若年化するギャンブル依存症問題を放っておいていいのか
    ゲスト:田中紀子氏(ギャンブル依存症問題を考える会代表)
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     大リーグ大谷翔平選手の通訳を務めていた水原一平氏のスポーツ賭博問題で、あらためて注目を集めているギャンブル依存症。賭けた金額の大きさや大谷翔平という希代のスーパースターの預貯金を引き出すことが可能だった水原氏の特殊な立場から、メディアはこれを特別な事例として扱っているが、果たしてそうだろうか。
     今やギャンブルは誰もがスマホで簡単に参加できる時代だ。公営競技として日本で法律で認められている競馬、競輪、競艇、オートレースの4つのギャンブル(賭博)も実際に競技場に行く必要はなく、手元のスマホ一つで何度でも賭けることができる。しかも支払いはクレジットで後払いが可能なものもあり、中にはカードに付帯するポイントでベット(賭け)ができるものまであるという。
    これは合法的なギャンブルの話だが、より深刻なことに、日本では違法となるスポーツ賭博やオンラインカジノなども、ネット経由で誰もが簡単に手を出せる状態になっているのだ。もちろんこれは違法だが、それを取り締まることは容易ではない。また、警察も真面目に取り締まろうとしているようには見えない。
     実は今の日本では、水原氏と同様の、いやもしかするとそれ以上に深刻な問題を抱えるギャンブル依存症の人が大勢いたとしても、まったく不思議ではないのだ。
     自身がギャンブル依存症に苦しんだ経験を持ち、自らが代表を務める「ギャンブル依存症問題を考える会」を通じて依存症者の相談に乗ったり、啓発活動を行っている田中紀子氏によれば、会に相談に来る人の8割近くが20代、30代の若者だという。ことにコロナ禍以降、ギャンブルにはまる人の若年化の傾向が顕著だそうだ。ここ数年の変化は、10年前に会を立ち上げた田中氏にとっても驚くほど急激だという。
    特に仮想的に行われるオンラインカジノは、海外の事業者が規制の緩い日本をターゲットにしているため、これにはまる人が急増していると田中氏は指摘する。
     ギャンブル依存症は治療が必要な病気だ。自分はそんなものに罹るはずはないと思っている人が、ちょっとしたきっかけでやめられない状態となり、負けをギャンブルで取り返そうとしている間に雪だるま式に借金が膨れ上がる。そして早晩、生活に支障をきたすようになるが、その問題を誰にも相談できないで、一人で抱えている場合が多い。そもそも自分自身がギャンブル依存症であることを認識できない場合が多いのだという。
    借金で追い込まれた挙げ句、犯罪に手を染め、それが表沙汰になった時、初めてその人がギャンブル依存症に苦しんでいたことが表面化する。アメリカ精神医学会の診断基準DSM5では「ギャンブル障害」、WHOが出している国際疾病分類ICD10では「病的賭博」という用語が使われる。
     政府は2016年に成立させた統合型リゾート推進法によるカジノ解禁に合わせ2018年にギャンブル等依存症対策基本法を制定しているが、同法は毎年5月14日から20日までの1週間を「ギャンブル等依存症問題啓発週間」と定めている。しかし、つい最近、水原氏のギャンブル横領事件があれだけ大きく報道されたにもかかわらず、恐らく先週1週間が法が定めるギャンブル依存症の啓発週間だったことを知る人はほとんどいないだろう。
    啓発週間の存在を伝える報道や、実際に啓発を目的とする報道は数少なかった。田中氏は政府のギャンブル依存症対策は予算も不十分で、とても本気で取り組んでいるとは思えないと、怒りを露わにする。
     そもそもギャンブルは公営競技だけで関係する省庁が農水省、経産省、国交省と複数にまたがり、さらにスポーツくじtotoは文科省、パチンコ・パチスロは風営法の警察庁と多岐にわたり、それぞれが縄張り化しているため、政府としての一体的な取り組みが行われにくい。現状では日本政府がオンラインカジノに対する規制を強化する方向性はまったく見られず、逆にスポーツベットという名の新たなスポーツ賭博を推進する団体が活動を活発化させているのが実情だ。
     田中氏は近年、若者の人口が減っているとか、若者の貧困化が問題視されているにもかかわらず、若者をより貧困にさせ社会から排除することにつながるギャンブルが完全に野放しになっている日本の状況は、どう考えてもおかしいと語る。若者をギャンブル依存症から守るために今こそ対策が必要だと訴える田中紀子氏と、社会学者の宮台真司とジャーナリストの迫田朋子が議論した。
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    今週の論点
    ・誰でもなりうるギャンブル依存症
    ・対策を本気でやろうとしない政府
    ・どのようにして自助グループにつなげるか
    ・当事者が当事者を救うことで救われる
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    ■ 誰でもなりうるギャンブル依存症
    迫田: 今日は2024年5月24日の金曜日です。今回は、ギャンブル依存症問題を取り上げます。水原一平通訳のことで大きく報道され、アメリカのスポーツ賭博問題はいまだにニュースになっていて裁判の行方が議論されています。
    宮台: どういう角度から取り上げられているのかが問題ですよね。ある種のスキャンダリズムになってしまっていますが、それはどうでも良いことです。
    迫田: 一度無罪を主張した後、治療を受けるといった条件の司法取引で裁判がこの先どうなるのかということが特殊な例のように報道されていますが、特殊ではなく、実は日本にも繋がっている問題なのではないかというのが今回のテーマです。
    実は5月14日から20日まで、ギャンブル依存症についての問題を啓発する週間でしたが、あまり知られていません。今日はギャンブル依存症問題を考える会の代表でいらっしゃる田中紀子さんにお越しいただきました。田中さんご自身がギャンブル依存症の当事者でいらっしゃいます。
    田中: 離婚した父と母方のおじいさんがギャンブル依存症でした。親のようになりたくないとは思っていたのですが、結局はよくある話で、親のような人と結婚して自分もはまっていってしまいました。
    迫田: 今回の水原一平さんの問題を聞いた時にどんなふうに思いましたか。
    田中: 最初は非常に驚きましたが、報道を見ていくうちにこれは普通のギャンブル依存症だと思いました。
    迫田: 水原さんは銀行詐欺という形で罪に問われていますが、ああいうところまでいかないとギャンブル依存症は分からないのでしょうか。
    田中: そんなことはありません。たまたま自分の手に入る抜け穴のような口座を見つけてしまったことが被害を大きくしたと思います。それと家族が気付かなかった可能性があります。家族が気付いていて、今までも散々尻ぬぐいをしているということであればもっと早く何とかなったかもしれません。
    迫田: 始まりは2021年くらいだということで、結構短い間にあっという間に行われたということですよね。
    田中: それはオンラインギャンブルの特徴で、2~3年でにっちもさっちもいかなくなってしまいます。私は20年前にギャンブル依存症に気が付き、夫と一緒にクリニックに行き自助グループに繋がって回復していったのですが、当時そこにいたのはギャンブルをやり始めて10年くらいの40代くらいの人が多かった。しかし今は20代の人が2~3年でどうにもならなくなってしまい、家族が駆け込んでくるというパターンが多く、時代が一変しています。 

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  • 村上誠一郎氏:ここまで劣化してしまった自民党にはもはや日本を任せられない

    2024-05-22 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2024年5月22日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1206回)
    ここまで劣化してしまった自民党にはもはや日本を任せられない
    ゲスト:村上誠一郎氏(自民党衆院議員)
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     自民党内で最後に残った『良識派』を自認する村上誠一郎衆院議員がずっと恐れていたことが、今自民党に、そして日本の政治に起きている。
     村上氏はこれまで派閥文化を壊滅させた小選挙区制の導入や集団的自衛権の行使を可能にする安保法制、特定秘密保護法、そしてアベノミクスなど、その時々の政権の目玉政策にことごとく反対してきた。非業の死を遂げた安倍元首相の国葬にも反対し、同氏を「財政、金融、外交をボロボロにし、官僚機構まで壊して、旧統一教会に選挙まで手伝わせた国賊」とまで酷評して、党の執行部から厳しい懲戒処分を受けたこともある。
    しかし、村上氏は持論を曲げなかった。それはそれらの政策に代表される政策路線が、保守政党としての自民党にとって明らかに間違ったものであることを確信していたからだ。
     その村上氏は、自民党は今なお間違った方向に進んでいると嘆く。
     今回、裏金問題や巨額の政策活動費の使途不明問題、そして事もあろうに官房機密費まで選挙資金に転用していたとの指摘まで出始め、補欠選挙の結果を見るまでもなく自民党政治に対する国民の不信感がピークに達している。にもかかわらず岸田政権はどこ吹く風といった体で、国民の神経をさらに逆撫でしている体たらくだ。
     自民党は17日、政治資金規正法の改正案を単独で国会に提出した。より厳しい規制強化を求める公明党との協議が決裂した結果、自民党は「大甘」の改正案を単独で提出せざるを得なかった。その自民党案は一見、公開基準の厳格化やデジタル化など「やっている感」を出すための文言が並ぶが、中身は事実上ゼロ回答に近い。
    裏金の温床となった複数の政治団体間の資金移動も禁止されず、二階幹事長が5年間で50億円近い党費を受け取りながら何に使ったかがまったくわからない政策活動費問題もほぼ手つかずのままだ。デジタル化も、ウェブ上で公開される政治資金収支報告書が検索やソート(並び替え)が可能なデータ化を意味しているのかどうか不明で、単にウェブ公開を義務づけるというお茶濁しに終わる可能性も排除できない。
     これは政治資金の出先や使途を不透明なままにしておくことが自民党政治にとっては命綱となるため、それを断ち切ることは不可能ということなのか。それとも、自民党の「与党ぼけ」が行くところまで行ってしまった結果、もはや国民の怒りをまともに感じ取ることができなくなってしまった結果なのか。
     村上氏は、かつて自民党は党内に様々な意見があり、党幹部に異論を唱えることも許されていたが、今は党幹部の方針に異を唱えることができなくなってしまったという。その理由として、党の執行部に権限を集中させることになった小選挙区制の導入、執行部に逆らった議員は平気で落選させられることを目の当たりにした郵政選挙、そして政策の議論の場を提供し、若い議員の教育の場としても機能していた派閥の弱体化の3つを挙げる。
     小選挙区なら政治家本人に実力がなくても党の支持率が高ければ容易に当選することができる。そうして自身の政治信条や信念を持たず、党幹部の意向だけ気にする政治家がたくさん当選するようになり、更に党幹部に権力が集中していった。
     また、郵政選挙で小泉首相が党の方針に反対する議員に公認を与えず、刺客まで放った結果、多くの議員が落選の辛酸を舐めた。それ以来、党の方針にあからさまに異論を唱える議員がいなくなった。村上氏は例外中の例外と言っていい。
     かつて三角大福中と言われる5派閥が鎬を削っていた時代、派閥は候補者のリクルートの場でもあり、議員の教育の場でもあり、また政策論争の場でもあった。それは中選挙区制の下では自民党議員同士が競争しなければならないためで、党内には緊張感がみなぎっていた。しかし小選挙区制になると自民党同士で競わなくていいため、党内野党の役割を果たしていた派閥は意味をなさなくなってしまった。
     中選挙区制については、政策上の差異のない同じ政党の候補者が互いに競わなければならなくなるため、政策論争ではなくサービス合戦が横行することになり、それが腐敗や癒着の温床となるとして、選挙制度が現在の小選挙区制を中心とした制度に変更になった。しかし、そもそもアングロサクソンの国々が歴史的な伝統の上に作り出した小選挙区という選挙制度が本当に日本に合っているのか、小選挙区制に変えることで、それまで大切にしてきた選挙や政治に関わる日本の財産が失われたりはしないのかといった議論は明らかに不十分だった。
    現に、小選挙区制になるまで衆院選の投票率は常に60%を超えていたが、小選挙区の導入以来、民主党が政権を取った2009年の衆院選以外はすべて投票率は50%台の前半に沈んでいる。短絡的な考えで選挙制度を変更したことで、日本の政治は明らかに劣化してしまった。
     また、派閥制度を壊すのであれば、それまで派閥が担ってきた機能の中で必要なものを誰がどう代替するのかも考えておく必要があったが、その議論も明らかに不十分だった。
     結果として劣化に次ぐ劣化によって、もはや自浄能力さえも失った自民党には、今日の日本が直面する喫緊の課題の解決は到底期待できそうもない。しかし、現状で野党にその役割を期待できるかと問われれば甚だ心許ないところがあることも否定できない。そもそも野党は、日本がこのような大きな国難に直面するのをよそ目に、一枚岩になる交渉すら難航している有り様だ。
     村上氏は戦後、吉田茂首相が石橋湛山などの民間人を大臣に起用した例などを引き合いに出した上で、日本は今、与野党や議員籍の有無を問わずに政策に通じた優秀な人材を集めて挙国一致の救国内閣を作らなければならない状況を迎えているのではないかと問う。
     国民政党だったはずの自民党はなぜこうも変質してしまったのか、どこに分岐点があったのか、地に落ちた国民の信頼を回復し、日本の政治を立て直すために今、何をしなければならないのかなどについて、衆院議員の村上誠一郎氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・今の自民党はもはやかつての自民党ではない
    ・日本の政治家はガラス張りにするとお金を集められない?
    ・民主主義という脆い制度を守り続けていくために
    ・批判もなしに重要法案が次々と通っている今国会
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    ■ 今の自民党はもはやかつての自民党ではない
    神保: 今日は2024年5月17日の金曜日です。今回も政治の話をせざるを得ない状況で、自民党がいよいよ終わりそうになってきました。今日、政治資金規正法の改正案が提出されたのですが、あれだけのことが起きたのにほとんど中身がない改正案しか出せませんでした。その理由は、出してしまったら議員を続けられなくなる人がたくさんいるからなのか、これくらいの改正でそのうち忘れられるだろうと思っているのか、どちらなのでしょうか。
    宮台: 両方あると思います。改正案についてはほとんど何も改正されておらず、基準額は5万円だろうが10万円だろうが手下を使って小口に分割すればどうにでもなります。個人への企業献金はだめだけれど党には認めるというマネーロンダリングが問題なので、この仕組みを何とかできていないのであれば何も変えていないことと同じです。基準額を変えるといったことが目くらましです。
    神保: 基準額を下げ、問題の政策活動費も報告しなければならない項目を少し増やしましたが実際に何に使ったのかという明細は出さなくても良いことになっています。デジタル化問題についても、収支報告書のオンライン提出とネット公開を義務化しましたが、これが検索やソートが可能になるというデータ化を意味しているのかどうかは分かりません。
     これだけ支持率が下がり、補選も3つ負けても、これくらいの改正案しか出せないということが何を意味しているのかを伺いたいと思い、私が自民党の中の最後の良識派と考える自民党衆院議員の村上誠一郎さんにお越しいただきました。
    村上さんは2020年の総裁選の直前に、「108万人の党員の意見を反映させない総裁選は問題だ」ということでインタビューを行いました。2016年には『自民党ひとり良識派』という本を書かれましたが、2016年の段階ではこのタイトルがまだ恥ずかしいという感じがあったのでしょうか。 

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  • 松永和紀氏:人を不健康にする健康食品のリスクをそろそろ真剣に考えませんか

    2024-05-15 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2024年5月15日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1205回)
    人を不健康にする健康食品のリスクをそろそろ真剣に考えませんか
    ゲスト:松永和紀氏(科学ジャーナリスト)
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     そもそも健康食品とは何なのか。実はこの問いには誰も答えられない。なぜならば、そもそも健康食品には法的な定義など存在しないからだ。
     その一方で、ほとんど効果がないばかりか実際には人体に有害になり得る商品が、「健康食品」の名で日々、大量に売られている。
     紅麹を使ったサプリメントによる中毒は、これまでに5人が死亡し270人もの入院者を出す、未曽有の食害事件となっている。医療機関の受診者も1,541人にのぼり、海外でも影響が出ているという。
     小林製薬の紅麹コレステヘルプの中毒については、現時点ではまだ原因が特定されていない。しかし、食品安全に詳しい識者の多くが、健康食品産業が野放図に膨張する中で、今回のような事故が起きるのは時間の問題だったと口を揃える。
     繰り返すが、そもそも「健康食品」には法律上の定義がない。人が口から摂取するものとしては医薬品と食品があるが、両者は異なる法律によって厳格に区別されていて、認可の基準も大きく異なる。薬機法(旧薬事法)によって厳しく管理されている医薬品と異なり、食品は法的には認可を必要としない。
    錠剤のサプリメントなどは素人目には限りなく薬に近い存在に見えるかもしれないが、法的にはあくまで食品だ。今回問題となっている小林製薬の紅麹を使ったサプリメントも、医薬品ではなく食品だ。なので今回の事故は薬害ではなく、食害もしくは食中毒ということになる。
     食品を売るためには認可などを必要としないが、その分、通常の食品は健康効果を謳うことが薬機法によって禁じられている。ところが1980年代以降の世界的な健康ブームの高まりの中、日本でも特定の食品に健康上の効果を表示して売り出したいという業界からの強い要請があがるようになった。それを受けて政府はまず1991年に食品の中に「特定保健用食品」というカテゴリーを設け、一定の基準を満たした食品については、健康上の効果を謳うことができるようになった。いわゆるトクホである。
     トクホというカテゴリーが設けられたことで、許可を得た食品は健康上の効果を謳うことが可能になったが、トクホの認定を受けるためには通常10年の年月と億単位のコストがかかるとされ、そのハードルは決して低いものではなかった。現実的には大手企業でなければトクホの認定を取得することは困難だった。
     しかし、2015年に規制緩和を旗印に掲げる安倍政権の下、アベノミクスの一環として新たな食品のカテゴリーとして「機能性表示食品」というものが導入された。これはトクホよりも遥かに簡単な手続きでメーカーが健康食品の効果を謳うことを可能にする制度で、企業がガイドラインに則って効果や安全性を確認し、書類を消費者庁に提出すれば、機能性表示食品となり製品の健康上の効果を謳えるというもの。届け出された書類については消費者庁は形式的な確認しか行わず、よってその内容にも責任を負わない。
     機能性表示食品制度の導入によって、国の審査を通過する必要があるトクホに比べて企業は遥かに簡単に商品の健康上の効果を謳えるようになり、これによって売り上げも爆発的に伸びたため、機能性表示食品が市場に溢れるようになった。1991年に導入されたトクホが33年間で1,054件しか認められていないのに対し、機能性表示食品の件数は導入から僅か9年間で6,752件にのぼっている。機能性表示食品制度の導入によって、トクホではとても手が届かなかった中小企業でも健康食品市場への参入が可能になったのだ。
     小林製薬の紅麹コレステヘルプもラベルで大きく「悪玉コレステロールを下げる」「L/H比を下げる」と謳っているが、これはこの商品が機能性表示食品としての届け出をしているから許されたものだった。
     しかし、機能性表示食品の制度が導入された当初から、科学的な根拠のない健康効果を謳う商品が乱造され、いずれはそれが健康被害を生む可能性があることが懸念されていた。機能性表示食品の届け出をするためには、一応その効果の根拠となる論文を添付しなければならないことになっているが、何とその論文がどの程度権威や信頼性のあるものなのかは問われていないのだ。
     科学的な根拠が希薄で、生産管理についても国は一切関与していないが、それでも商品のラベルには大々的に健康上の効果を謳うことができる。多くの消費者は当然それを信じ込み、中には毎日その「食品」を一生懸命に摂り続ける人もいるだろう。今回の紅麹食害はそうした中で起きた、いわば起きるべくして起きた健康食品の食害事件だったのだ。
     科学ジャーナリストの松永和紀氏は、食品の特定の成分を抽出してそれをサプリメントの形で摂ることのリスクを強調する。栄養は食品として他のものと一緒にバランスよく摂ることによって効果が生まれるものが多い。食品の特定の成分を抽出・濃縮して摂取すれば、より高い効果が期待できるという性格のものではない。ましてやサプリメントは毎日摂取されることが多いため、特定の物質だけを過剰摂取することになりやすく、健康上のリスクが懸念されると言う。
     紅麹コレステヘルプによる食害が起きるべくして起きた事件だと言われる理由は何なのか。そもそも健康食品とは何で、なぜ十分な科学的エビデンスに基づかない効果を謳った商品がこれだけ大量に売られているのか。健康食品ブームを引き起こした健康に対する不安はどこから来ているのかなどについて、松永和紀氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
    (松永氏より、今回の番組内の氏の発言は所属する組織の見解を示すものではなく松永氏のジャーナリストとしての見解であることを付記してほしい旨の申し入れがありましたので、ここに追記いたします。)
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    今週の論点
    ・起こるべくして起きた機能性表示食品の事故
    ・機能性表示食品は誰のための制度なのか
    ・食品の過剰摂取のリスク
    ・バランス良く食べるという一番つまらなくて一番健康的なこと
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    ■ 起こるべくして起きた機能性表示食品の事故
    神保: 今日は2024年5月10日の金曜日です。紅麹の問題は、原因がいまだによく分かっていないということもありなかなかやりにくかったのですが、今日は健康食品問題を取り上げます。ゲストは科学ジャーナリストの松永和紀さんです。松永さんは元々毎日新聞に長くおられて食品問題に関わっていました。現在、食品安全委員会の委員でもいらっしゃいますが、今日はジャーナリストとして来ていただきました。
    皆サプリメントなどをたくさん摂っているのにもかかわらず、なぜそれについてはほとんど知らないのかということがテーマになるかもしれません。
    宮台: 日米構造協議が本当は日米構造障壁協議のインチキ役だったことと同じように言葉のマジックに騙されるという問題がありますよね。松永さんの記事を読むと、紅麹は医薬品のような成分が入っているものであり、麹のようなものではないということが書いてあり衝撃的でした。
    神保: 小林製薬は紅麹が入った健康食品をいくつか作っていたのですが、「紅麹コレステヘルプ」という商品は機能性表示食品で、これは薬ではなく食べ物です。機能性表示食品は実際に政府が何かを認めたわけではなく、届け出だけで名乗って良いものであるにもかかわらず、パッケージには「悪玉コレステロールを下げる、L/H比を下げる」と表示されています。ただ「高血圧を下げる」という言い方はだめなんですよね。
    松永: 高血圧は疾患名なのでだめです。
    神保: ただ「悪玉コレステロールを下げる」、「L/H比を下げる」という言い方が許されていると完全に騙されてしまいますよね。
    宮台: 僕なら騙されます。 

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  • 吉見俊哉氏:今こそ日本を立て直すための「プランB」を実現しよう

    2024-05-08 20:00  
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    マル激!メールマガジン 2024年5月8日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1204回)
    今こそ日本を立て直すための「プランB」を実現しよう
    ゲスト:吉見俊哉氏(国学院大学観光まちづくり学部教授、東京大学名誉教授)
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     日本では戦後一貫して自民党が「プランA」の担い手だった。そして自民党政治が限界を迎えた今、日本を立て直すための「プランB」を実現するための好機が訪れているのではないか。
     衆院の補選で自民党が3連敗した。裏金スキャンダルの影響が指摘されるが、そもそも今回の裏金問題は日本における過去十数年の政治の実態が、党の支持基盤が細る一方の自民党が億単位の裏金を駆使して辛うじて選挙に勝利し権力を維持してきた歴史だったことを露わにしていると見るべきだろう。
    ゴールデンウィーク明けから本格化する政治資金規正法改正案の審議でも、自民党は何があっても億単位のおカネを選挙や政治活動に自由に使える裏金を作れる仕組みや、内訳を一切明らかにしなくてもいい、事実上の政党の「官房機密費」の役割を果たしている政策活動費だけは、決して手放そうとしない。裏金なくして自民党政治は成り立たないからだ。
     今回の補選の結果が自民党政治の終焉を意味するのか、あるいはこれまでのように自民党に一時的に「お灸をすえる」程度のもので終わるのかは、未知数だ。しかし、仮に何らかの方法で自民党が党勢を回復させたとしても、それだけでは日本が抱える大問題には何の解決策にもならない。
     日本がかつて戦後の焼け野原からの奇跡的な復興を果たし、ほんの短い間とは言え世界に冠たる経済大国になることを可能にした「プランA」に代わる「プランB」を打ち出せない限り、30年を超える日本の低迷は今後も続くことが不可避だ。ある意味で、日本のプランAと自民党政治は表裏一体の関係にあった。だから、自民党政治が続く限り日本はプランAからプランBへの転換は困難だった。
    しかし、自民党政治が限界を露呈している今、プランAと決別し政治、経済、社会のあらゆる分野における国の運営を新しいプランに基づくものに転換するチャンスが訪れている。
     しかし、日本にとってのプランBとは何なのかを考えるためには、まずそもそも日本が今まだその線上に乗っているプランAとは何だったのか、そしてなぜある時期までプランAは機能し、いつ頃からどのような理由でプランAは機能しなくなったのか。そして、何よりもなぜ日本はここまでプランBを打ち出すことができないのかを、まずは厳しく検証しなければならない。
     その検証と反省の上に立ち、21世紀の日本にとってのプランBとはどのようなものでなければならないのか、そしてそれを実現するために、われわれは何をどう変えなければならないのかなどを考える必要があるだろう。
     はっきりしていることは、プランAが一時期非常にうまく機能し、世界から「エコノミック・ミラクル」とまで称賛されるような復興と高度経済成長を果たせた最大の理由は、空前の人口ボーナスと内政と経済活動に集中することが許される特殊な国際情勢があったからだ。そして、その前提がほぼすべて崩れている今、プランAがうまくいかないのは当たり前のことだった。
     社会学者でまちづくりの専門家でもある吉見俊哉・国学院大学教授は、戦後復興のプランAは1980年代の中曽根民活あたりから始まった新自由主義路線により、プランA1からプランA2へと表面的には姿を変えたが、いずれもその核心は量的な成長・拡大を志向した途上国モデルに過ぎなかったと言う。それを前提に吉見氏は、プランBの核心は自ずと成長・拡大モデルを捨てることになると指摘する。
    そしてその象徴として吉見氏は東京一極集中を挙げる。すべてを東京に集中させれば効率はよくなるが、満員電車や住宅事情や空洞化した人間関係を見るまでもなく、その分、人々の生活から豊かさや人間性は失われる。そして、その東京の出生率が極端に低いため、東京に人が集まれば集まるほど人口減少に拍車がかかる。効率を追求する中で、社会全体を高速化しなければならないという強迫観念から脱却することが、プランBの中で重要なウエイトを占めることになると吉見氏は言う。
     また、日本にとってのプランBは、プランAのように霞が関のエリート官僚が勝手に作成し、それを上意下達していくものでは機能しない。社会が複雑化し、利害関係が複雑に絡み合う今日、意思決定の方向性を上意下達型から内発型にしない限り、プランBがどんなに立派な内容であったとしても、それが心情的に市民から受け入れられることはないだろう。つまりプランBはその中身の妥当性も問われるが、同時にその決め方や政策が実行される際のベクトルが重要な要素を占めることになる。
     そうして考えていくと、まだまだお上意識が強く、変に国や社会の意思決定に参加するよりも、「任せてブーたれる」方が楽だと考える人が多数を占める今日の日本で、プランBを策定し実行することは決して容易ではないかもしれない。しかし、それなくして日本の再興があり得ない以上、どこかでわれわれは必ずその問題と向き合わなければならなくなる。そして、それが早ければ早いほど、痛みが少なくて済むことは言うまでもない。
     日本はなぜプランBを打ち出せないのか、そもそもプランAとは何だったのか、プランAを支えていた前提条件とは何か、それがなくなった今、日本に必要なプランBとはどのようなものなのかなどについて、国学院大学観光まちづくり学部教授の吉見俊哉氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・コロンビア大学への警官隊突入に見るアメリカの若い世代の変化
    ・プランAとは何だったのか
    ・プランAの成功を支えた前提条件
    ・プランBは市民社会から内発的に出てくるものでなければ成功しない
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    ■ コロンビア大学への警官隊突入に見るアメリカの若い世代の変化
    神保: 今日は2024年5月1日の水曜日です。今、大きなテーマとしてプランBという企画を考えています。プランBにシフトしなければならないのに、なかなかできないのはなぜなのか、そもそもプランAとは何で、なぜ機能しなくなってしまったのかということを考えていきたいと思います。ゲストは国学院大学観光まちづくり学部教授で東京大学名誉教授の吉見俊哉さんです。
     昨日、アメリカ時間で火曜の夜にコロンビア大学に警官隊が突入しました。ベトナム反戦運動が広がった時、コロンビア大学では1968年の夏に学生運動が起き、警察隊が入っているので56年ぶりの事態になっています。1968年も今回も、デモ隊がハミルトンホールという建物を占拠していて、それを解くために警官が建物を取り囲み、最後には突入し抵抗した人間を逮捕していきました。ハーバード大学でもケンブリッジ・スクエアはデモをさせないよう封鎖されていて、全米の大学にこれが飛び火しつつあります。 

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  • 孫斉庸氏:本来は厳格なはずの日本の政治資金規正法の下で政治とカネの問題が後を絶たない理由

    2024-05-01 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2024年5月1日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1203回)
    本来は厳格なはずの日本の政治資金規正法の下で政治とカネの問題が後を絶たない理由
    ゲスト:孫斉庸氏(立教大学法学部准教授)
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     問題は法律そのものではなく、法の運用と意図的に作られた抜け穴にある。
     未曾有の政治不信を引き起こしている裏金問題を受けて、国会で政治資金規正法の改正審議が始まった。しかし、残念ながら不祥事の当事者である自民党は、本気で実効性のある改正を行う気はさらさらないようだ。
     そもそもここまで自民党から出てきている案は、おおよそ政治不信を払拭できるような踏み込んだものではない。しかも、与党内で公明党と調整した上で提出することになる与党案をゴールデンウィーク明けまで引き延ばしてしまった。これは4月28日の3補選の前に法案を出し渋ったからだろう。これでは、有権者を納得させられるような厳しい改正案を出す気がさらさらないことを、法案提出の前に宣言しているようなものだ。
     政治とカネの問題は日本のみならず、多くの国が頭を悩ませてきた問題だ。政治活動が選挙運動や政策立案などに一定の資金を必要とする一方で、一歩まちがえば、カネは政治腐敗を生んだり、政策を歪めるような癒着といった、民主主義の屋台骨を揺るがすような問題を引き起こす可能性を孕んでいるからだ。かと思えばアメリカのように、政党や政治家に寄付をすることは国民の「政治意思の表明」という意味で表現の自由という憲法上の権利として保護されなければならないと考えられている国もある。
     日本は今国会で政治資金規正法の改正を審議することになる。何ら実効性のない自民党案は論外としても、この審議は有権者として注視する必要がある。それは、いたずらに政治資金に対する規制を厳しくしても、政治とカネの問題の根本的な解決方法にならないことが明らかだからだ。
     政治学者で立教大学法学部准教授の孫斉庸氏は各国の政治資金規制を、企業献金が認められているか、どこまで報告・公開を課しているかなど40以上のカテゴリーで詳細に比較した上で、それぞれの国の政治資金規制の厳格さをランク付けしている。それによると、実は日本の政治資金規正法は国際的に見ても厳しい部類に入るのだという。例えば、スイスやスウェーデンなど民主主義が成熟していると見られる国の多くでは、政治家個人への企業・団体献金が認められていたり、収支報告の公開義務さえない国もある。
     興味深いのは、日本よりも政治資金に対する規制が厳しい国はメキシコやチリ、ポーランドなど過去に政治腐敗が指摘されたり汚職事件が多く起きている、いわばまだ民主主義が成熟していない国が多い。孫氏は政治資金規制が厳しいということは、法律を厳しくしなければ有権者の政治不信を払拭することができないような政治が行われていたり、過去に汚職や疑獄などが頻発していることの反映であり、これは必ずしも誇れることではないと指摘する。
     確かに日本では政治家個人への企業・団体献金は禁止されているし、一定額以上の寄付に対しては寄付者の公開義務も課されている。民主政の国々、とりわけ北ヨーロッパの国々の中には、この程度の制限すらない国が多い。どうやら日本の政治とカネ問題の本質は法律の条文にあるのではなく、本来は制限されているはずの政治資金に多くの抜け穴があったり、実際にカネが物を言う選挙や政治が行われているところに根本的な問題があると言えそうだ。
     日本の政治資金規正法は1948年の制定以来、過去に主に9回の改正を繰り返してきた。孫氏はそのたびにほぼ今回と同じような問題が指摘されてきたが、結果的に自民党は本質的な問題を解決せずに、弥縫策で切り抜けてきたと語る。
     例えば、企業献金は仮に認めるにしてもその出と入をガラス張りにしなければ、経済政策が歪められる恐れがあることは誰にでもわかることだ。しかし、過去の自民党の政治とカネ問題はほぼ例外なく企業や業界団体からの違法献金だった。今回のパーティ券裏金問題も、そもそも政治資金パーティ自体が企業献金の抜け穴として作用しているものだ。
    自民党は企業献金が問題になるたびに、これを「企業・団体献金」などと呼ぶことで労働組合などからの献金と並立させたり、「赤旗」のような政党の機関誌からの収入もその範疇に入れるべきなどと主張することによって、野党や世論を揺さぶることで結果的に企業献金を生き残らせることに成功してきた。
     国際的には日本は政治家個人への企業や団体からの献金は禁止されているため、OECD加盟国の中でも政治資金規制が「厳しい国」に分類されているが、実際は政党や政党支部への企業献金は1億円まで認められていることに加え、政治資金パーティのパーティ券購入という、一見最もらしいが明らかに脱法的な寄付行為によって、企業献金が政党のみならず政治家個人にも渡っていたことが、今回の裏金スキャンダルで白日の下に晒された。
    二階幹事長に党から5年間で50億円近い資金が流れていたことが明らかになっているが、政党から政治家個人への寄付や政治団体間の資金移動に制限はなく、しかもその資金が「政策活動費」の名目で全く使途を明らかにされないまま闇から闇へ消えている。このようなことが許されている国が、先進国の中でも政治資金規制が「厳しい部類に入る」などということがあり得るわけがない。
     つまり、今日本が集中すべきは、いたずらに政治資金規正法を厳格化するのではなく、今ある制度の下で多くの政治家が当たり前のように使っている「抜け穴」を一つ一つしっかりと埋めていくことだ。さもなくば、このままでは日本は、「世界で最も厳しい政治資金規制がありながら、もっとも政治が腐敗している国」という不名誉な称号が与えられることになりかねない。
     抜け穴については、先週のマル激でもご紹介している通り、上脇博之・神戸学院大学教授が理事を務める政治資金センターと、ビデオニュース・ドットコムで「ディスクロージャー・アンド・ディスカバリー」の司会を務める三木由希子氏の情報公開クリアリングハウスが共同で提出した意見書にある17項目の改正・修正が最低でも必要だ。
    これはいずれも制度そのものの改正ではなく、現行法の運用の改善やより高度な透明化(ガラス張り化)を求めるもので、仮にこの改正をすべて行っても、日本の政治資金規制の厳しさランキングが今よりあがることはないだろう。
     有権者は形ばかりの厳格化に騙されてはならない。繰り返すが、必要なのは厳格化ではなく、今ある制度の下で堂々とまかり通っている抜け穴を一つ一つ埋めていくことなのだ。
     孫氏は今の政治不信は日本にとっては大きなチャンスにもなり得ると、期待を込めて指摘する。日本、とりわけ万年与党たる自民党は、ここまで政治資金スキャンダルが起きるたびに意図的に抜け穴を残したまま弥縫策で誤魔化してきたが、ここにきていよいよそれが誤魔化しきれなくなっている。これを奇貨とすることで日本が、例えばAIを活用した政治資金収支報告書のデジタルデータ化を導入するなどして、世界の各国の模範となるような優れた、そして透明性の担保された政治資金規制を確立することは十分に可能だと孫氏は言う。
    そして、その成否はわれわれ有権者にかかっている。
     国際的に見て政治資金規制が厳しいはずの日本で政治腐敗が止まらないのはなぜなのか、なぜあからさまな抜け穴が放置され続けてきたのか、誰が政治資金の透明化を阻んできたのか、日本の政治が有権者の信頼を取り戻すためにはどのような政治資金制度の改正が求められているのかなどについて、立教大学法学部准教授の孫斉庸氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・規制のメニューは揃っている日本の政治資金規正法
    ・政治資金規制は一度厳しくすると元には戻せない
    ・なぜ厳しい規正法の下で政治不信が収まらないのか
    ・これから目指すべき制度改革の方向性
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    ■ 規制のメニューは揃っている日本の政治資金規正法
    神保: 今日は2024年4月26日の金曜日です。先週も郷原さん、上脇さん、宮台さんと政治とカネの問題について議論しましたが、珍しく2週連続で同じテーマを扱います。今日は国際比較などもしながら、先週とは違うアングルから日本の政治資金規正法の問題点を考えたいと思います。
    ゲストは立教大学法学部准教授の孫斉庸さんです。孫さんは2013年に書かれた東大の博士論文『政党間競争における政策差別化と政治資金制度』の中で政治資金規正制度の国際比較をして、とても大事な指摘をされています。意外だったのは、日本の政治資金規正法は世界全体で見ればかなり厳しい部類であり、OECDの中だけで見ても厳しい部類に入るということです。非常に厳しい政治資金規正法があるのにもかかわらず、なぜ日本ではこれだけ疑獄事件が繰り返され、政治不信が高いのかということに興味をもって論文を拝見しました。 

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