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記事 4件
  • 橳島次郎氏:死は自分で選ぶことができるものなのか

    2020-08-26 20:00  
    550pt

    マル激!メールマガジン 2020年8月26日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド 第1011回(2020年8月22日)
    死は自分で選ぶことができるものなのか
    ゲスト:橳島次郎氏(生命倫理政策研究会共同代表)
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     ALS(筋委縮性側索硬化症)で闘病中の京都の女性を「安楽死」させたとして、二人の医師が嘱託殺人容疑で7月23日に逮捕され、先週起訴された。
     本人から依頼されたとはいえ、主治医でもなかった二人の医師が、終末期ともいえない段階で女性を死に至らしめた行為が、医師として重大な倫理的問題を孕んでいることは言うまでもない。その意味では、この事件を端緒に安楽死や尊厳死の議論をすることは必ずしも適当ではないのかもしれない。
     しかし、とは言え、女性が死を望む気持ちに対して周囲がどのように対応していたのかや、女性と二人の医師との間でどのようなやりとりがあったかなどが、今後の裁判の過程で明らかになるにつれ、尊厳死や安楽死を巡る論争に火が付くことは避けられないだろう。ならばこの問題について基本的な論点は押さえておく必要がある。
     死を免れない病気や耐え難い苦痛のなかで、死を望む患者やその家族と医療現場との葛藤は、これまでもいくつも事件が起き、そのたびに安楽死や尊厳死のあり方が議論されてきた。海外でも同様の事件は繰り返し起きており、国によってさまざまな法整備が進められてきたが、日本ではまだ明確な基準やルールが確立されるまでには至っていない。
     生命倫理の立場から生と死の問題について研究を続け、海外の状況にも詳しい生命倫理政策研究会共同代表の橳島次郎氏は、「安楽死」や「尊厳死」といった言葉には使う人やその文脈によって特定の価値観や時代状況が潜り込みやすいので、現時点では安直に使わない方がいいのではないかと指摘する。
     安楽死(euthanasia)という言葉は欧米ではナチスを連想させる言葉とされ、本人にとっての「安楽」を意味するものとはされていない。尊厳死(death with dignity)についても、医療費を抑制する必要性から入院期間が短縮され、有効でないとされる医療行為が行われなくなっている現状では、「医療措置の中止」という言い方のほうが適当ではないかと橳島氏は語る。
     安楽死が認められている国として知られるオランダでも、正式には「要請による生命の終結および自死の援助審査法」という法律によって、事前の審査や事後のチェック体制が細かく法律で定められており、一つ一つの事例が詳細に検討された上で実行されている。また「安楽死」を行うことができるのは長年患者とのつきあいがあるかかりつけ医のみで、それとて医師本人が拒否することができるようになっている。一方、医療措置の中止については、通常の医療行為の範囲内で認められており、特に法律は作られていない。そうした基準はいずれもこれまで様々な議論を経て、現在に至っているものだと橳島氏は言う。
     橳島氏はまた、生命の終結にいたる医療行為を、医療措置の中止または不開始という段階から、医師による致死薬の投与まできちんと区分けしたうえで議論することが重要だと指摘する。そして、法整備などという前に、まず医療措置中止について医学界の総意による容認と社会的合意を形成すべきだと語る。
     そもそも、死の自己決定とは何を指すのか。死を望むのは個人の自由かもしれないが、実際の死は自分一人のものではなく、家族や友人、医療者、ケアスタッフなど周囲の人々に大きく影響を与えるもので、そうした人々との関係性の中で考えられるべきものだ。尊厳死や安楽死といった言葉のイメージだけで安易な結論に逃げ込むのではなく、海外の事例も含めた現場の現実を直視した上で、真摯な議論を積み上げていくことが求められる。
     自ら望む死をどう考えたらよいのか。30年にわたって生命倫理の専門家として発言を続けてきた橳島氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。
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    今週の論点
    ・「安楽死」という言葉を使うべきでない理由
    ・生命の終わりにつながる医療行為の4段階
    ・「どんな状態でも生きていかなければならない」という決めつけ
    ・死を望む「自由」と、それを拒否する「権利」
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    ■「安楽死」という言葉を使うべきでない理由
    迫田: 今回はALSで闘病中だった京都の女性の死ついて、2人の医師が嘱託殺人罪で起訴されたことを受けて、生と死、特に死をめぐる問題をテーマに議論したいと思います。宮台さん、今回の事件を聞いてどう感じましたか?
    宮台: 過去30年くらい同じような事件が世界中で起こり続けており、「またか」という感じです。アメリカではジャック・ケヴォーキアン(1928 - 2011)という自殺幇助マニアの医師がいて、百数十人を自殺幇助で殺しており、最終的には刑法に触れることになりましたが、その頃を境に、世界中で安楽死、尊厳死、自殺をめぐる法制度をどうするか、ということが議論されるようになりました。しかし、みなさんもご存知の通り、「安楽死法制」は各国で違い、国際的な合意はありません。そのくらい微妙な問題です。
    迫田: 国だけでなく個々人でも、自分だったらどうか、親だったらどうかなど、場合によってもさまざまなお考えがあるのではと思います。今回は生命倫理の専門家である、橳島次郎・生命倫理政策研究会共同代表をゲストにお招きしました。 

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  • 有馬哲夫氏:この戦争観はアメリカに押しつけられたものだったのか、日本人が自ら選んだものだったのか

    2020-08-19 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2020年8月19日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド 第1010回(2020年8月15日)
    この戦争観はアメリカに押しつけられたものだったのか、日本人が自ら選んだものだったのか
    ゲスト:有馬哲夫氏(早稲田大学社会科学総合学術院教授)
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     毎年この時期になると、先の戦争についてメデイア上で様々な特集が組まれる。特に今年は終戦75周年ということもあり、テレビは映画を含め普段よりも多くの関連番組を放送しているようだ。
     しかし、公文書研究を続けてきた早稲田大学教授の有馬哲夫氏と話をすると、戦争や原爆についてこんなにも多くの情報が溢れているにもかかわらず、われわれが本当に重要な情報をことごとく知らされていないことを痛感させられる。そして、そのかなりの部分が、残念ながら意図的にそうなるように仕向けられているようなのだ。
     中でもなぜアメリカが広島と長崎に原爆を落とさなければならなかったのかという疑問については、日本は被害当事国でありながら、一番重要な点がほとんど問題にされていないように思える。
     一般的にはアメリカは日本に降伏を促し戦争を一刻も早く終結させるために、やむなく原爆の使用に踏み切ったという説明が日本でもアメリカでも広く信じられているようだ。 そうすることで両国の戦争の犠牲者を最小限に抑えることが目的だったというのが、それを正当化する理由となる。しかし、その説はとうの昔に否定されていて、アメリカでもABCテレビがその説を覆すドキュメンタリーを放送しているほどだ。
     アメリカが日本の占領に際して当初から積極的に実施したのが、WGIP(War Guilt Information Program=戦争責任広報計画)と呼ばれる広報政策だった。広報政策といっても、占領軍が軍事力を背景に日本中のあらゆるメディアを掌握して実施する情報統制なので、早い話が力によるプロバガンダ以外の何物でもない。
     アメリカは特に原爆と東京裁判に対してWGIPをフルに使い、日本人に対する情報操作を徹底させた。逆の見方をすれば、その2つは常識ではどうにも正当化できないことを知っていたことになる。その結果、日頃の新聞・ラジオ報道はもとより、多くの映画やニュース映画がWGIPの監督の下に作成され、それが日本人の戦争観に決定的な影響を与えた。
     WGIPはGHQによる7年間の統治の間に実行されたものだが、その間に形成された日本人の思考回路や教育を含むさまざまな制度、マスコミのマインドセット(物事を考える基本的な姿勢)などは占領が終わった後も日本人の原爆や東京裁判のみならず、先の大戦に対する考え方に大きな影響を与え続けたと考えられると有馬氏は指摘する。
     今日の日本人の戦争観や歴史観が、実際にどの程度のWGIPの影響を受けているかを正確に推し量ることは難しい。しかし、WGIPがどれほど優れた洗脳プログラムであったとしても、7年間の検閲と情報統制だけで一国一億の国民の戦争観や歴史観を完全に塗り替えることなどできようはずもない。そこには何か日本側にもWGIP的な歴史の上書きを容易に受け入れてしまう、あるいはそれを待ち望んでいた何かがあったとしか思えない。
     だとすれば、まずはWGIPの実態を知りその効果を検証すると同時に、それをいとも簡単に受け入れ、その効果を倍増、三倍増させてしまう日本側の要因についても考えておく必要があるだろう。そして原因がWGIPであろうが何であろうが、75年経った今日まで向き合ってこなかった様々な不都合な歴史の真実についても、あらためて向き合う必要があるのではないか。
     75回目の終戦記念日を迎える今回は、原爆投下に際してアメリカにはどのような選択肢があり、なぜアメリカはそれでもどうしても原爆を落とさなければならなかったのか、その歴史の汚点を書き換えるためにアメリカが行ったWGIPとはどのようなものだったのか、特に原爆について被害当時国の日本、そして日本人がWGIPの情報操作をいとも簡単に受け入れてしまったのはなぜだったのかなどについて、公文書研究者の有馬氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・多くの日本人が認識していない、WGIPによる戦後の“心理戦”
    ・新聞連載から黒澤映画まで、WGIPのプロパガンダとその目的
    ・「原爆の使用は正しかったか」という日米調査が示すもの
    ・WGIPの効果はなぜ日本でいまも続いているのか
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    ■多くの日本人が認識していない、WGIPによる戦後の“心理戦”
    神保: 今日は2020年8月14日金曜日、番組の更新は15日になります。宮台さん、冒頭に何かありますか。
    宮台: 僕のゼミは夏休み期間も継続しているのですが、そこでたまたま吉本隆明氏の『共同幻想論』を読む、ということをやっていました。それは、今回のマル激の主題と密接にかかわっています。 

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  • 福島香織氏:世界は香港をこのまま見殺しにするのか

    2020-08-12 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2020年8月12日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド 第1009回(2020年8月8日)
    世界は香港をこのまま見殺しにするのか
    ゲスト:福島香織氏(ジャーナリスト)
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     中国政府が6月30日に香港を対象とする国家安全維持法を制定したことを受けて、香港では早くも言論を含む多方面で甚大な影響が出始めている。
     国家安全維持法は「国家分裂」や「政権転覆」、「テロ活動」、「外国勢力と結託して国家の安全に危害を加える行為」などを罰することを定めた法律で、最高刑として終身刑までが科せられる。問題はこの法律の条文が非常に広く解釈が可能な曖昧な文言になっているため、統治権力側が言論や市民運動などの弾圧にいくらでも恣意的に利用することが可能になっていることだ。
     法律施行の初日となった7月1日は、300人を超える平和的な民主化デモの参加者が逮捕され、そのうち少なくとも9人が新たに制定された国安法違反容疑だった。
     既に多くの出版物で自主規制が行われており、香港の独立や民主化運動に関連した著書や、中国政府や中国共産党を批判したり風刺する書籍や漫画などは一様に書店や図書館から取り除かれている状態だ。
     元々香港は1997年の返還時に50年間は一国二制度の下で市民的自由が保障されることになっていたが、23年目にしてその約束が一気に反故にされた格好となっている。
     中国情勢に詳しいジャーナリストの福島香織氏は、中国政府がここに来て強行策に出た背景には、昨年の香港の民主化デモの盛り上がりに対して習近平政権が対応に失敗したことのリベンジとしての意味合いと、中国の武漢に端を発する新型コロナウイルスを世界に拡散してしまったことに対する国際的な批判の高まりをかわす目的、そして新型コロナのパンデミックによって米中関係が急激に悪化し、米中貿易交渉で妥協が成立する見通しが立たなくなったことから、もはやアメリカに配慮する必要がなくなったことの3点をあげる。
     香港情勢を受けた中国政府に対する対応には、既に国によってかなりの温度差が出てきている。元々香港に対して宗主国的な責任を負うイギリスが、香港の人口の約4割に当たる300万人の香港市民のイギリスへの移民受け入れを表明した他、オーストラリアも香港市民の受け入れの意向を明らかにしている。また、アメリカを始め欧米各国が香港に対する様々な制裁の準備を進める中、今のところ日本の対応はかなり腰が引けたものになっているという印象だ。
     今、アメリカは中国に対する外交政策を根本的に変更しつつある。7月23日、ニクソン博物館の中庭で記者会見を行ったポンペオ国務長官は「もはやわれわれは両国間の根本的な政治的イデオロギーの違いを無視することはできない」と語り、1972年のニクソンによる電撃訪中以来、包摂することで中国をより民主的な国家に変えていこうというこれまでの「関与政策」が過ちだったことを認め、本格的な対立の時代に入ることを宣言している。
     南シナ海の緊張、貿易交渉の頓挫と報復関税の応酬、ファーウェイのボイコット、コロナをめぐる中傷合戦、ヒューストンと成都領事館の閉鎖、香港の国家安全維持法、TikTokのボイコット、米政府閣僚の台湾訪問等々、いずれも前代未聞のできごとが相次ぎ、今や米中関係は何が起きてもおかしくない危険なフェーズに入っていると福島氏は語る。そうした緊迫した情勢の下、国会一つまともに開けない日本はこの状況に果たして対応していくことができるのだろうか。
     香港の現状と習近平政権が香港に対する強権発動を急いだ理由、そして今後の米中関係と世界の行方、さらに香港に対してわれわれは今、何ができるのかなどについて、福島氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・恐るべき国家安全維持法
    ・“尊敬される中国”路線からアクセルを逆踏みした習近平
    ・コロナの責任から目をそらすための香港問題
    ・米中関係は新たなフェーズへ
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    ■恐るべき国家安全維持法
    神保: これは日本に限ったことではありませんが、それぞれの国がコロナの問題にかかりっきりになっているなかで、実はいろんなことが起きています。とはいえ、感染が拡大しているときになかなかそれ以外のことに対して、政治にしても、あるいはメディアにしても時間を割くのが難しいですよね。それが、中国が香港に対してある程度、やりたい放題できる状況が生まれているひとつの原因になっているのではないか、というのが本日の命題です。本当は7月に取り上げなければならないテーマだったと思いますが、遅くてもやらないよりやったほうがいいだろうということで取り上げようと思います。
     そこで、ゲストにジャーナリストで中国や香港の問題に詳しい福島香織さんをお招きしました。さっそくですが、5月に『新型コロナ、香港、台湾、世界は習近平を許さない』、『コロナ大戦争でついに自滅する習近平』という2冊を上梓されていて、すごい勢いで本を書いていらっしゃいますね。
    福島: そうですね。香港の話は『習近平を許さない』の方に入れていますが、そのうちにコロナが始まって、いろんな本が重なってしまったという感じです。
    神保: また、『ウイグル人に何が起きているのか 民族迫害の起源と現在』という本も読ませていただき、こちらもやはり大きな問題だと思いました。
    福島: これを書くと中国に取材に行きにくくなるからか、他の人も書きたがらないテーマです。誰も書かないのだったら、背景がわかるものを一冊書いておく必要があると思いました。香港人は、昨日のウイグル、今日の香港、明日の台湾というスローガンを使っています。
    神保: さて、中国政府が6月30日に香港を対象とする国家安全維持法を可決しました。こちらについてご説明ください。 

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  • 郷原信郎氏:「法外の正義」どころか日本はまず「正義のイロハ」からやり直せ

    2020-08-05 20:00  
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    マル激!メールマガジン 2020年8月5日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド 第1008回(2020年8月1日)
    5金映画スペシャル+α
    「法外の正義」どころか日本はまず「正義のイロハ」からやり直せ
    ゲスト:郷原信郎氏(弁護士)
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     5回目の金曜日に普段とはちょっと違う特別企画をお送りする「5金スペシャル」。今回は5金ではお馴染みとなった映画特集にプラスαとして映画のテーマに関連した日本のニュースを一つ取り上げる。
     まず、日本のニュースとしては郷原信郎弁護士をゲストに、菅原一秀前経産相の起訴猶予事件のその後の新たな展開を取り上げた。菅原経産相(当時)が自身の選挙区の有権者に3年間で300万円にのぼる香典などを送っていたことが公選法違反にあたるとして昨年10月に刑事告発されていた事件は6月25日、菅原氏が大臣を辞任するなどして反省しているなどを理由に東京地検特捜部は異例の起訴猶予処分として幕引きを図った。
     犯罪事実を認めながら立件しない大甘の措置自体が、何らかの政治取引の臭いがプンプンするもので大いに物議を醸したが、東京地検はその裏でもっとひどいことをしていた。実は東京地検は菅原氏を告発した一般市民に対して6月15日に告発状に不備があったとの理由で告発状を返戻(へんれい)、つまり差し戻していたのだ。そしてその10日後に起訴猶予処分を決めた。
     何のために東京地検はこんなことをしたのか。それは告発者が起訴猶予処分を不服として検察審査会に申し立てができないようにするためだった。検察審査会法2条2項には、検察審査会への申し立ては告発者しかできないと書かれている。6月15日に告発者の下に告発状が返戻されているため、6月25日に起訴猶予が決まった時点でその市民は告発者ではなかったとことになり、検察審査会に申し立てをする資格を有さないと解することが可能になるからだ。
     それにしても10月に告発状を受け取っておきながら、これまでそれを「受理」とせずに「あずかり」状態にしておいて、処分を決める直前に「返戻」して起訴猶予処分として、検審への申し立ての道を塞いでおくというのは、何と姑息なやり方だろうか。10月に告発を受けてから東京地検特捜部はこの事件を捜査しているが、その捜査は告発に基づくものではなく、あくまで独自捜査だったということになる。何せ、告発状は受理されていなかったのだから。
    しかし、その検察審査会法の一方的な解釈は覆せると考えた郷原弁護士がその告発者と連絡をとり、このたびその代理人として検察審査会への申し立てを行ったところ、無事に受理されたという。
     「検察はいつも自分の都合のいいように法を解釈し、自分たちの解釈こそが正しいという主張がまかり通ることに慣れているため、今回もその通りになると思い込んでいたようだが、そうはいかない」と郷原氏は語る。
     実際、郷原氏が事前に検察審査会事務局に問い合わせたところ、今回のように告発状が返戻された場合でも、告発者の告発に十分な妥当性があれば告発者として認定されるので、検察審査会へ不服申し立てをする資格は認められるとの回答を得たという。これで一旦は幕引きが決まったかに見えた菅原氏の事件が、まずは検察審査会の審査を受けることになる。
     それにしても東京地検特捜部はなぜそうまでして、菅原氏を不起訴にしなければならなかったのだろうか。検察審査会に諮られることがそこまでいやだということは、起訴されるべき事件であることを検察が一番わかっていたのではないか。黒川氏の退任と稲田検事総長の勇退、そして林真琴検事総長の就任をめぐる駆け引きのさなかで、検察と官邸の間に一体どのような取引が行われたのか、真相はまだ何も明らかになっていない。
     郷原氏と日本の検察に正義はあるのかを問うた上で、今回の5金映画スペシャルでは真の正義とは何かを問う2本のドイツ映画マルコ・クロイツパイントナー監督による作品『コリーニ事件』(2019年)とファティ・アキン監督による『女は二度決断する』(2017年)に描かれた、法外の正義とは何かを議論した。
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    今週の論点
    ・郷原信郎弁護士に聞く、菅原事件の酷さと進展
    ・『コリーニ事件』が描く法外の正義
    ・『女は二度決断する』と『銀河鉄道の夜』
    ・名作ジャパニーズホラーに通底するモチーフ
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    ■郷原信郎弁護士に聞く、菅原事件の酷さと進展
    神保: 本日は2020年7月31日の5金で、普段の番組では僕が決めたテーマに付き合ってもらっている感じなので、宮台さんの扱いたい映画を扱います。宮台さんが選んだ映画を観ていたら、ちょうど日本でもっとしょぼいレベルで、そのテーマに関連した出来事がありました。
    宮台: 映画と対比すると、そのしょぼさが際立って滑稽でいいですね。
    神保: そこで冒頭、おなじみの郷原信郎さんをゲストにお招きしました。いつにもましてひどい話で、どういう風にお話を振ったらいいのかと思いますが。
    郷原: そのひどい話になんとかリベンジできて、第一関門をとっぱしたというところで、非常にいい月曜日から始まりました。
    神保: 郷原さんが月曜日、司法記者クラブで記者会見を開きました。菅原一秀衆議院議員が地元で香典や枕花を配っていた件で、「謝ったから」不起訴になったと。それに対して検察審査会に申し立てをしたということで、これはニュースでも伝えられていますが、これでは問題の1割程しか報じられていないのではないでしょうか。まず、なぜ申し立てを行ったことが本来であれば重要なニュースなのか、というところから聞かせてください。 

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