-
西川伸一氏:コロナワクチン徹底解説
2021-03-31 20:00550ptマル激!メールマガジン 2021年3月31日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
──────────────────────────────────────
マル激トーク・オン・ディマンド (第1042回)
コロナワクチン徹底解説
ゲスト:西川伸一氏(医師、オール・アバウト・サイエンス・ジャパン代表理事)
──────────────────────────────────────
世界的に新型コロナウイルスのワクチン接種が始まっている。このワクチンが新型コロナウイルスに対して変異種も含めて一定の予防効果があり、大きな副反応を引き起こさないことが確認され、保存や輸送などのロジスティックの問題さえ解決できれば、人類は恐らく21世紀最大のピンチといっても過言ではない新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)を克服し、コロナ以前の日常を取り戻せるかもしれないとあって、ワクチンに対する期待はことのほか大きい。
しかし、その一方で、通常のワクチンであれば安全が確認され承認を得るまでに優に10年の年月を要するのに対し、今回の新型コロナワクチンは非常時とはいえ1年にも満たない短期間で承認を得たこともあり、ワクチンに対してそこはかとない不安を抱いている人が少なからずいるのも事実だろう。
特にピーク時には毎月万人単位で死者が続出していた欧米諸国と比べ、感染者数も死亡者数もはるかに少ない日本で、仮にワクチンが普及したとしても、急いで接種を受けるべきかどうかを逡巡している人が一定数いることも理解できるところだ。
メディアはコロナワクチン接種の実施状況については毎日のようにあれこれ報じているが、一般の市民がワクチン自体をどう評価すべきかを考える上で必要な情報が圧倒的に不足しているように感じられる。メディアの立場としては、必要以上にワクチン接種を推奨して、後に深刻な副反応などが明らかになった時に責任を問われることを懸念する一方で、ワクチンに対する否定的な情報を報じることによって結果的に不安が煽られ、接種を拒否する人が増えても困るので、中々ワクチンの中身には踏み込みにくいという判断が働いているのかもしれない。
そこで今週のマル激では、難しい科学をわかりやすく解説することで定評のあるウェブサイト『オール・アバウト・サイエンス・ジャパン』の主宰者で自身も医師であると同時に長年、理化学研究所 発生・再生科学総合研究センターで幹細胞の研究に携わってきた同研究センターの元副センター長・西川伸一氏に、現在流通している数種類のワクチンについてそれぞれの仕組みや、日本が現在医療関係者から接種を始めているファイザー社とビオンテック社が共同開発したmRNA(メッセンジャーRNA)ワクチンが作用する仕組み、現在流通しているワクチンの長所と弱点、今後期待されるユニバーサルワクチン(一度打てばすべてのコロナウイルスに対して予防効果があり、長期間効果が持続するワクチン)開発のカギ、人類がコロナを克服する上でワクチンが決め手となると考えられる理由などについて、徹底的に解説してもらった。
西川氏は今回の一部のコロナウイルスのワクチンで使われているmRNAワクチンという技術自体は、コロナが流行する遙か以前からガンやその他の治療薬として研究が進められてきたもので、決して今回コロナのために拙速に導入されたものではないと指摘する。また、アストラゼネカ社のウイルスベクター型ワクチンとファイザー社やモデルナ社のmRNA型ワクチンとでは変異種に対する効果が期待できるという点ではmRNAワクチンが有利だが、その効果がいつまで持続するかはまだわかっていないと語る。
いずれにしても現在流通しているワクチンでは、毎年2回予防接種を打ち続けなければ効果が持続しない可能性もあることから、効果の点と身体への負担という点からまだまだ課題は多い。その上で西川氏は、コロナのワクチン開発ではスタートで大きく出遅れた日本は、長期にわたり効果が期待でき、変異種も含めた全てのコロナに効果のある「ユニバーサルワクチン」の開発に力を注ぐべきだと語る。
現時点ではワクチン以外に人類が新型コロナウイルスを克服する手段が見えていない以上、ワクチンに救世主役を期待するのは当然のことと語る西川氏に、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が、ワクチンについてわからないことのすべてを聞いた。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今週の論点
・自然免疫を誘導する「mRNAワクチン」の仕組みとは?
・開発を遅らせる「治験」の問題
・出遅れている日本は「ユニバーサルワクチン」に注力すべし
・コロナは1年で沈静化の予測も、求められるシンクタンクの存在
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
■自然免疫を誘導する「mRNAワクチン」の仕組みとは?
神保: 今回は僕も非常に楽しみにしていた回で、新型コロナウイルスのワクチンについて取り上げます。ワクチンについてはメディアの扱いも難しいところがあり、つまりあまり推奨して万が一のことがあった場合に責任も生じるし、慎重になりすぎればみんな打たなくなってしまい、それもまた問題になる。だから、ワクチンに関する情報が非常に不足していると感じていたんです。
そのなかで、実はある勉強会で今日のゲストの先生にお話を伺い、それが眼から鱗で、絶対に皆さんにも聞いてもらわなければと思い、番組にお招きしました。医師でNPO法人「オール・アバウト・サイエンス・ジャパン」代表理事の西川伸一さんです。
これまで伺ってきたワクチンに関する解説で、これほどわかりやすくて驚いたものはありませんでした。まず自分自身の反省も含めていうと、最も基本的なことも理解できていなかった。例えば、薬というのは普通10年くらいかけて承認されるのに、コロナについてはこの短期間に承認されており、その事実だけを考えると、危険なのではないかと考える人がいてもおかしくありません。
しかし、メッセンジャーRNA(mRNA)という技術はずいぶん前から研究されており、だから絶対安全だと申し上げるわけではありませんが、拙速に導入されたわけではないという前提を知らないと正しい理解ができない。最終的に自分で考えて判断するためには、きちんとした情報がなければいけません。
-
牧原出氏:何が日本のエリート官僚をここまで劣化させたのか
2021-03-24 22:00550ptマル激!メールマガジン 2021年3月24日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
──────────────────────────────────────
マル激トーク・オン・ディマンド (第1041回)
何が日本のエリート官僚をここまで劣化させたのか
ゲスト:牧原出氏(東京大学先端科学技術研究センター教授)
──────────────────────────────────────
かつて日本は、政治は二流でも中央官僚が飛び抜けて優秀だから持っていると言われた時代が長らくあった。実際、霞ヶ関の高級官僚の枢要なポストは大半を東大法学部卒のスーパーエリート官僚が占めてきたし、それは今も大きくは変わっていない。
しかし、昨今の国会などを見るにつけ、その超エリート官僚たちが、耳を塞ぎたくなるような恥ずべき答弁を真顔で繰り返している。その厚顔無恥ぶりからは、焼け野原から世界有数の経済大国に至る戦後の日本を率いてきたエリート官僚の矜持や面影といったものは微塵も感じられない。
それが強く印象付けられたのは、安倍政権下で表面化した「モリ・カケ・サクラ」(森友・加計学園、桜を見る会)問題をめぐり、各省の高級官僚たちが政権を守るために公文書の破棄や隠蔽、虚偽答弁などを平然と繰り返す様を見せつけられた時だった。
菅政権下で広がり続ける総務省の接待スキャンダルでは、官僚たちは当然のように「記憶にございません」などという答弁をと繰り返すまでになっている。これを劣化と呼ばずして何と呼ぼうか。
日本は古くはロッキード事件、そしてリクルート事件や佐川急便事件などの数々の「政治とカネ」をめぐる疑獄事件を経て、1993年以降約四半世紀をかけて、いわゆる「政治改革」と呼ばれる制度改革を行ってきた。その一連の「改革」により利権政治を終わらせ、党と首相に権限を集中させることで、より政策中心の政治が実現し、意思決定のスピードも早まるといった考えが強調されてきた。
そして2014年の内閣人事局の設置によって、首相が中央官僚の幹部クラスの人事権を掌握したことに加え、内閣府機能が大幅に強化されたことで、首相への権力の一極集中はほぼ現在の形となった。
行政学が専門の牧原出・東京大学先端科学技術研究センター教授は現行の日本の政と官の関係を定義付けている政治・行政制度をめぐる諸改革は、橋本龍太郎首相や小泉純一郎首相が在任時に、「彼らのような強いリーダーがいることを前提」に策定されたものが多いことを指摘する。
強い政治のリーダーシップがあれば、官邸への一極集中は迅速な意思決定などの利点が前面に出てきやすい。しかし、首相にリーダーの資質が欠けた場合は、権力集中がかえって徒となり、悲惨な結果を生みかねない。
幹部官僚の人事を掌握したことで、首相は自分のお眼鏡に適う官僚を各省から内閣府や官邸に引っ張ってきて、自分の意に沿う形で手足として使うことで、自らが掲げる理念や政策を実現しやすくはなった。
しかし、資質に欠けた首相が推進する軽佻浮薄な理念や政策では、超エリートが居並ぶ各省庁の次官以下の中枢は言うことを聞かない。
その結果、首相は、役所の中枢から外れた、必ずしも能力が高くはないが政権の命令には忠実に従うようなヒラメタイプの官僚を官邸内のポストや内閣府に登用する場合が多くなる。
そうして一本釣りされ、脇道から表舞台に引き上げてもらった官僚は、一度は外れた出世街道に復帰することが可能になるとあれば、如何に官邸からの指示が理不尽で馬鹿げたものであっても、それを愚直に遂行することになる。
つまり、昨今、われわれが目撃している霞ヶ関官僚の劣化というのは、必ずしも霞ヶ関そのものが劣化したことの反映ではなく、時々の政権がそのような官僚に権限を与え、そのような行動を取らせている結果だというのだ。そしてその最大の責任は政治、とりわけ官邸への一極集中によって絶大な権力を手中に収めている首相にあるというのが、牧原氏の見立てなのだ。
今週は行政学が専門の牧原氏と、昨今の官僚の劣化の背後にある政治と行政の機能不全の実態とその原因、そしてわれわれはその現状をどう受け止めるべきか、その問題の解決のためにわれわれには何ができるのかなどを、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今週の論点
・官邸への権力集中で高まる“自壊のリスク”
・橋本龍太郎、小泉純一郎らがトップである前提の改革
・傍流の官僚が官邸に引き立てられる
・自民党はこのまま崩壊するか、そのポイントは
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
■官邸への権力集中で高まる“自壊のリスク”
神保: 今回は政と官の関係がただならぬ状況になっているのではないか、ということで、その道の専門の方と議論しようと思います。ただアホだバカだと言って問題にしても、なぜそうなっているのかを見ないと直しようがない。そこで、今回は行政学がご専門で、「どこがなぜ壊れているのか」について発言されてきた東京大学先端科学技術研究センター教授の牧原出さんをゲストにお招きしました。
牧原さんには昨年5月、モリカケの話をまとめて、官僚が壊れているという話をしていただきましたが、まだあれから一年しか経っていません。モリカケが終わったかと思ったら、コロナ対策についても、誰が出てきてももう変わらないような状況で、特に菅政権になってからは総務省接待スキャンダルともいうべきものが出てきている。専門家の目からは、総論的にどうご覧になっていますか。
牧原: 安倍政権においては、官邸官僚のなかに仕切る人が何人かいて、そこでグリップすることでギリギリ壊れる寸前で止めていたようなところがありましたが、いまはそういう方たちがほとんどおらず、いったんボロが出ると本当に壊れたままになってしまう、という状況です。誰もそれを修復しようとしない。
ですから、総務省の問題も非常に根が深く、大臣が国会で何を言っているのか自分でもわからないようなことになっている。総理大臣や大臣の知力や洞察力が下がったままでは、官僚も共に下がっていく、という状態になっています。
神保: 宮台さんはどう見ていますか。 -
柴山哲也氏:総務省接待スキャンダルの根底にある、政府による放送免許の許認可という大問題
2021-03-17 20:00550ptマル激!メールマガジン 2021年3月17日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
──────────────────────────────────────
マル激トーク・オン・ディマンド (第1040回)
総務省接待スキャンダルの根底にある、政府による放送免許の許認可という大問題
ゲスト:柴山哲也氏(ジャーナリスト、メディア研究者)
──────────────────────────────────────
総務省の接待スキャンダルが底なしの様相を呈している。
菅首相の長男が幹部を務める衛星放送事業者の東北新社による総務省の幹部クラスに対する大規模な接待攻勢はその後、接待の主体がNTTに、接待対象が野田聖子、高市早苗両総務大臣経験者へと燎原の火のごとき広がりを見せるにいたり、いよいよ腐敗の深刻さを印象付けている。
しかし、今回一連の接待の主体が放送事業者とNTTという日本最大の通信事業者だったことは、決して偶然ではない。なぜならば、総務省が管轄する放送と通信の2分野は、日本の数ある産業の中でももっとも既得権益企業による寡占状態が維持されている分野であり、利権としての性格が強いものだからだ。今回は放送、通信という総務省が持つ2つの巨大利権のうち、特に放送利権について取り上げる。
日本の放送行政は異常だ。日本は先進国では異例中の異例とも言うべき、政府が放送事業者に直接放送免許を付与する権限を持つ。これでは政府から免許を頂戴する立場にある事業者に政府を監視したり権力の暴走をチェックする報道本来の機能を果たせるはずがない。今回の接待スキャンダルの背景を考えても、放送事業者にとっては、自社の生殺与奪を握る放送免許の付与権を一手に握る総務省に逆らえるはずもないし、そこで競合他社が優遇されるようなことがあれば、競争上も圧倒的に不利になることは目に見えている。
実は日本は戦後、GHQの要求に屈する形で、放送免許の付与権を持つ政府から独立した放送委員会を設立した時期があった。1950年に設立された電波監理委員会がそれだ。しかし、1952年4月にサンフランシスコ講和条約が発行し日本が施政権を回復すると、何とその2週間後に吉田茂内閣は電波3法の改正案を国会に提出し、電波監理委員会の廃止を図っている。主権回復後の日本政府が何よりも最初に手を付けたのが、放送免許の付与権を政府に取り戻すことだったのだ。
以来日本では政府が放送免許の付与権を一手に握り続け、放送業界は政府に対して常に弱い立場に置かれる一方で、政府は放送事業への新規参入を厳しく制限し続けてきた。放送と新聞が同一資本で結ばれる、いわゆるクロスオーナーシップに制限がない日本では、本来政府から何の規制も受けないはずの新聞社も、放送局の株主という立場故に政府に対して弱い立場に立たされる一方で、寡占市場の放送から莫大な利益を得ている。今回の接待スキャンダルを巡り、放送局が背後にある放送免許の問題に触れたくないのはやむを得ないとしても、新聞社までが日本の放送行政の異常さにだんまりを決め込んでいるのは、新聞社がテレビ局と系列化していること、すなわち新聞社が放送利権の受益者であることと決して無関係ではないだろう。もし無関係だとすれば、あまりにも無知に過ぎる。
このような形で放送と通信が利権化し、政治権力や接待攻勢によって容易に行政が歪められる構造になっていることの最大の被害者は言うまでもなく国民だ。特定の大手既得権益企業による寡占が続き新規参入がないことで競争が阻害されるため、当然の帰結として通信料金は割高になり、放送内容は劣悪になる。いずれも国民にとっては大きな損失だ。
日本の民主主義、ひいては行政の機能不全が指摘されて久しい。しかし、そもそも民主主義の大前提にある言論や情報の自由な流れが、このような形で大元で制限されていて、民主主義が機能しないのは当然のことだ。
今週はジャーナリストでメディア研究家の柴山哲也氏とともに、総務省接待スキャンダルの根底にある、日本の放送利権、とりわけ政府による放送免許の付与権の独占問題とその影響、電波オークション導入の是非などについて、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今週の論点
・“文春砲”に頼らざるを得なくなったメディア
・菅総理の答弁が象徴する、政府による許認可の「合理性のなさ」
・恐怖心や不安感から接待に走るテレビ局
・電波オークションも今の日本では危険か
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
■“文春砲”に頼らざるを得なくなったメディア
神保: 今回のテーマは非常に重要ですが、マル激でこれまで普通に話してきたことでもあります。長く見ている方にとっては、若干いまさら感があるかもしれない。
宮台: マル激の最初の本が『漂流するメディア政治―情報利権と新世紀の世界秩序』ですからね。
神保: そう、最初から話していることなのですが、これが広く共有されないところに、宮台さんのいう「鍵のかかった箱の中の鍵」問題がある。メディア自身が利害当事者だから、問題に触れないです。今回のような接待スキャンダルが起きても、放送免許の「め」の字も出さない。そこに触れずに接待問題をずっと追及するという、不思議な報道になっています。
宮台: 山田真貴子内閣広報官、あるいは菅ジュニアがスケープゴートになっていますね。 -
除本理史氏:原発被災者救済の成否は「ふるさとの喪失」の意味を理解できるかにかかっている
2021-03-10 20:00550ptマル激!メールマガジン 2021年3月10日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
──────────────────────────────────────
マル激トーク・オン・ディマンド (第1039回)
原発被災者救済の成否は「ふるさとの喪失」の意味を理解できるかにかかっている
ゲスト:除本 理史氏(大阪市立大学大学院経営学研究科教授)
──────────────────────────────────────
東日本大震災と福島第一原子力発電所の事故から10年。原発事故の被災者にとっては、未だ続く被害の中でこの節目を迎える。福島県が発表している避難者は今も3万6000人。ただし、この数字は仮設住宅を出てしまうとカウントされなくなるため、もはや実態さえ掴めなくなっている。
これまでも様々な形で、被災者に対する補償は行われてきた。避難区域の被災者への月額10万円の精神的慰謝料のほか、収入の補填、土地や家屋の補償などだ。当初より金額も積み増しされてきてはいる。それでも1万人近い人たちが、東電や国を相手に訴訟を起こし、今も争っている。理不尽な被害を受け、避難生活を続けるなかで裁判を起こすまでに至った事情は一人ひとり異なるだろうが、納得できる救済を受けられていないと感じている人がまだ数多く残っていることだけは間違いない。
そもそも原子力損害の賠償に関する法律(原賠法)は1961年、国が原発を積極的に推進するさなかに成立したもので、被害者救済のために過失を証明する必要がない無過失補償となっている。そのため表面的には東電が賠償金を支払ってはいてもその原資は国からの支援だったり、国が東京電力の資金繰りを助けるなど、賠償責任の所在は曖昧なままだ。
環境経済学が専門で公害研究を続けてきた大阪市立大学の除本理史教授は、被害の実態と賠償の中身がずれていることを問題視する。2011年8月に国が示した補償についての「中間指針」は最低限の目安であったはずだが、東電がこれをもとに補償基準を策定し、それ以上の支払いを認めないということが続いた。事故を起こした当事者が自ら設定した基準に基づき損害額を査定し、補償する仕組みになっていたのだ。これは多くの批判に晒され、金額的には十分とは言えないまでも、対象を自主避難者にも広げるなど、ある程度の譲歩が行われた。
また、被害者と東電との間で合意ができない場合は、紛争解決センター(原発ADR)が和解の仲介を行うが、集団ADRは不調に終わりすでに打ち切られている。その結果、救済は司法の場に移り、集団訴訟の数は全国で30件にのぼっている。
除本氏はこれまでの補償が、「ふるさとの喪失」に対する精神的苦痛まで考えが及んでいないことを、早い段階から指摘していた。生活の不自由さのみならず、土地に根ざした暮らしや伝統、文化が根こそぎ奪われたことに対する認識が欠けているのだ。ただ、これは、たびたび現地に足を運びその土地の価値や暮らしを知ろうとしない限り、理解できないことなのかもしれない。
とは言え、被害の実態が正しく把握されないまま行われる金銭的補償は、被害者たちの間に分断を生み、その後の地域再生への足枷になる。これまでの公害研究を通じて、除本氏は被害を受けたコミュニティがどう再生していくかは、「ふるさとの喪失」をどう捉え、復興に関わるさまざまな当事者たちが地域の価値を理解し、ふるさとをどう取り戻すかにかかっていると話す。
震災と原発事故から10年が経った今、どのような被災地支援が求められているのかについて、大気汚染公害や水俣での調査研究などを続けてきた除本氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今週の論点
・東京電力は国から金をもらい、国は責任から逃れる賠償の仕組み
・金額では表せない、生活の豊かさを顧みない政府
・「ふるさとの喪失」が実感的に伝わるか
・「根っこ」のある暮らしを取り戻すために
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
■東京電力は国から金をもらい、国は責任から逃れる賠償の仕組み
迫田: もうすぐ3.11から10年になります。色んなことを思い出したり考えたりする時期ではありますが、今回は原発被災者の話を考えたいと思います。
宮台: 10年というと長いように見えますが、原発の事故処理は全く終わってない状態で、いつ終わるかもわからない。汚染水もにっちもさっちもいかず、海に流すしかない、ということになっています。また避難をした人たちに対する支援は当初から図式が問題になっていて、だんだんと「避難したやつはもう帰ってこないんだったら支援しねえよ」という感じになっている。子供がいたり、お年寄りがいたり、それぞれに事情がありますが、それを行政はまったく関知しない。パラメーターが非常に多く、どういう図式にすれば良いのかということが、行政の経験があってもわからないです。 -
迫田朋子氏:家庭医の不在という日本の医療体制の根本的な弱点がコロナで露呈している
2021-03-03 20:00550ptマル激!メールマガジン 2021年3月3日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
──────────────────────────────────────
マル激トーク・オン・ディマンド (第1038回)
家庭医の不在という日本の医療体制の根本的な弱点がコロナで露呈している
ゲスト:迫田朋子氏(ジャーナリスト)
──────────────────────────────────────
これは無いものねだりなのだろうか。
もし日本に「家庭医」制度が確立されていれば、今回のコロナへの対応も全く違ったものになっていた可能性が大きい。発熱した人が保健所や発熱外来に電話がつながらずに何時間も待たされた挙げ句、医師でもない保健所職員の判断に従わなければならないような不合理な事態も避けられただろうし、もちろんそのせいで保健所がパンクしたり、PCR検査が一向に増えないなどという謎の現象が起きることもなかったのではないか。一度コロナに感染した患者、とりわけ高齢者が、その後、一般病棟での受け入れ先が見つからずコロナ病床に入院したままになるようなことも、かなりのケースで避けられたかもしれない。
しかし、なぜ「家庭医」という制度が日本に存在しないのか。更に言うならば、その言葉がなぜ日本では使われない、いやそれが使ってはいけない言葉になっているかを知ることで、日本の医療の実相がかなり見えてくるのではないか。
今回新型コロナウイルスの流行が始まってから、メディアはやたら「かかりつけ医」という言葉を多用するようになった。しかし、医療に多少なりとも関係していたり、メディアのように多少なりともその分野の歴史的な経緯を知っている関係者たちは、決して「家庭医」という言葉は使わない。そしてそれには理由がある。
実は日本は1980年代、急速な高齢化社会を迎えるにあたり、本気で家庭医制度の導入を図ろうとしたことがあった。しかし、強い政治力を持つ日本医師会の抵抗に遭い、1987年にその試みが潰されたという経緯がある。それ以来、医療界では「家庭医」という言葉はトラウマであり禁句になっているという。
家庭医とは、一般的には家族が日常的にお世話になっているかかりつけのファミリードクターのことだが、制度としては実際にはそれ以上の意味を持つ。日本が80年代に導入しようとした家庭医制度も、イギリスのGP(General Practioner)制度を参考に、一般の市民がどんな病気にかかっても、まず最初に診断を受ける医師を予め登録し、仮にその先、大学病院や専門医に診てもらう必要がある場合でも、まずは家庭医の判断を仰ぎ、そこから紹介してもらうというような制度が指向されていた。
そもそもイギリスのGPは日本の総合診療医にあたる専門医の一種で、厳密な資格が設けられている。また、イギリスのGP制度はNHSと呼ばれる国民健康保険制度の下で、日本の国民皆保険のような保険による出来高払いではなく、GPには予め割り当てられた患者数分の基本的な診療報酬が、診察の有無にかかわらず税金から支払われ、患者は家庭医からは無料で基本的な医療サービスを受けられる包括的な保険医療制度となっている。
日本の国民皆保険制度は健康保険証を持って行けば、日本中のどの医者にも自由に診てもらうことができるフリーアクセスが最大のウリになっている。しかし、家庭医制度は元々、家庭医が患者の医療へのアクセスにおけるある種のゲートキーパー的な機能を果たすことがその目的でもあるため、何はともあれ必ず決まった家庭医に診てもらわなければならない。これが、どの医者に診てもらえるかを自由に選べる現在の日本のフリーアクセスとは相容れない面があることは紛れもない事実だ。ただし、日本のフリーアクセスが、患者にとって本当の意味でどれほどの価値があるのか、またそれが実際に医療の質を保証してくれているのかなどについては、十二分に検証すべき論点と言えるだろう。
今週は過去30余年にわたり医療問題を追いかけてきたジャーナリストでビデオニュース・ドットコムの迫田朋子氏とともに、家庭医とはどのような制度で、患者にとってどのようなメリットがあり、なぜ医師会がこれに執拗に抵抗するのかなどについて、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
今週の論点
・「家庭医」はなぜ日本医師会のタブーなのか
・日本の医療と対極にある、イギリスのGPという制度
・家庭医の導入をかわす、「フリーアクセス」という盾
・日本ではなぜ、ジェネラリストが軽視されるのか
+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
■「家庭医」はなぜ日本医師会のタブーなのか
神保: これまで新型コロナウイルスの問題をいろいろと扱ってきましたが、僕としては今回が決定版というか、非常に大事な回だと思っています。ゲストも少し異例といいますか、だいたい月1で「マル激」の司会もお願いしている、ジャーナリストの迫田朋子さんです。
迫田: よろしくお願いします。ご期待に応えられるかどうか。
神保: 何を言いますか。僕は迫田さんとはもう25年くらいの付き合いですが、NHKにいるころからずっと医療・福祉の問題を扱ってこられていて、僕が知る限り本当に一番詳しいんです。僕らは米村滋人先生(東京大学大学院法学政治学研究科教授・内科医)もお招きして、日本がこれだけ少ない感染者数で世界一の病床数があるはずなのになぜ医療が逼迫しているのか、ということも取り上げてきましたが、確かにそうした問題はありつつ、本当はもっと根深い問題があるということを、迫田さんから教わりました。僕だけが聞いたらもったいないので、ぜひその話をしてくださいと。
1 / 1