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  • 徳田靖之氏:違憲のハンセン病療養所「特別法廷」判決が揺るがす死刑制度の正当性

    2024-11-27 20:00  
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    マル激!メールマガジン 2024年11月27日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1233回)
    違憲のハンセン病療養所「特別法廷」判決が揺るがす死刑制度の正当性
    ゲスト:徳田靖之氏(弁護士、菊池事件弁護団共同代表)
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     日本の死刑制度の是非が問われる事態が相次いでいる。
     先月、死刑判決を受けていた袴田巌さんの再審無罪が確定したのに続き、今月13日には「日本の死刑制度について考える懇話会」が現行の死刑制度の問題点を指摘する提言をまとめている。
     学識経験者のほか、林眞琴・元検事総長や金高雅仁・元警察庁長官、与野党の国会議員やメディア関係者などが参加して今年2月から議論を重ねてきた同懇話会は、「現行の日本の死刑制度とその運用の在り方は放置することの許されない数多くの問題を伴っており、現状のままに存続させてはならない」と提言した上で、政府や国会に死刑制度の存廃や改革を議論することを求めている。
     法制審議会の前会長で同懇話会の座長を務める井田良・中央大学大学院教授は記者会見で、「無辜を処刑してしまうということが事後にはっきり明らかになったという時には、おそらくもはや死刑制度というのは維持できないことになると思う」と述べている。
     袴田さんは今年、ようやく再審で無罪が確定したが、刑が確定してから再審決定が下るまでの44年間、いつ死刑が執行されてもおかしくない状態に置かれていた。また、この番組でも取り上げたことがある「飯塚事件」では、冤罪の可能性が指摘される中、死刑の執行が強行され、現在遺族による再審請求が行われている。
     しかし、もう1つ、裁判自体の違憲性が指摘されながら、死刑が執行されてしまった「菊池事件」をご存じだろうか。
     菊池事件とは、政府がハンセン病患者に対して、過酷な隔離政策を推進し、官民一体となって患者をあぶり出す運動を展開していた1952年、ハンセン病患者を通報した村役場の元職員が殺害されたという事件。ハンセン病患者の男性が、通報されたことを逆恨みして殺したことが疑われ、予断と偏見に満ちた裁判の末に死刑判決が下された。本人が無罪を主張し再審を求めたが、1962年に死刑が執行された。
     弁護団共同代表の徳田靖之弁護士は、凶器の点からも、犯人逮捕の決め手となりその後うやむやとなった親族の証言の点からも、この事件は冤罪である可能性が高いと指摘する。そして、さらに問題なのは、この裁判自体が後に憲法違反と判断されているという事実だ。
     この事件の裁判は、被告がハンセン病患者であることを理由に、ハンセン病療養所菊池恵楓園に設けられた「特別法廷」で事実上非公開のなかで行われた。特別法廷は裁判所外で開かれる法廷のことで、大災害などで裁判所で裁判が行えない場合に、裁判所外の特別法廷で裁判を開くことが裁判所法で認められている。ハンセン病患者の裁判では、隔離先の療養所や専用の刑事施設に特別法廷が設けられ、1948年から72年の間に95件の裁判が開かれた。
     しかし、最高裁は2016年、隔離目的でハンセン病療養所内で開かれた「特別法廷」が裁判所法に違反し、差別的な扱いは違憲だったことを認め謝罪している。また、菊池事件については、その後提起された国賠訴訟でも裁判が違憲であったことが確定している。
     また、ハンセン病患者を強制隔離することを目的とした「らい予防法」については、1996年の法律廃止後に国賠訴訟が提起され2001年当時の小泉首相の控訴断念で、憲法違反であったとする熊本地裁判決が確定している。
     こうした事態を受けて、菊池事件では現在、遺族が再審を求めており、地裁と検察、弁護団の三者協議が続いている。後に違憲とされた裁判で死刑が確定し刑が執行されてしまったこの事件で、もし再審が行われ無罪判決が出た場合、まさに「日本の死刑制度について考える懇話会」の井田良座長が指摘する「もはや死刑制度というのは維持できないことになる」事態が起きることになる。
     人が人を裁く裁判では必ず間違いが起きる。しかし、一旦死刑が執行されてしまえば、もはや取り返しがつかない。
     菊池事件、そしてハンセン病療養所内の特別法廷とは何だったのか、その背景にある差別とは、そしてこの事件が突きつける死刑制度の問題とは、などについてハンセン病国賠訴訟の共同代表でもある徳田靖之弁護士と社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。
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    今週の論点
    ・冤罪とハンセン病差別としての菊池事件
    ・憲法違反の裁判で死刑が執行された
    ・日本はこのまま死刑制度を続けてよいのか
    ・差別、優勢思想、死刑制度など命に関わる問題に通底するもの
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    ■ 冤罪とハンセン病差別としての菊池事件
    迫田: これまでマル激では、再審制度の不備や人質司法などについては繰り返しお伝えしてきました。今回は、死刑制度に関わる大きな問題である菊池事件を知っていただきたいと思います。
     今日のゲストは弁護士で菊池事件弁護団共同代表の徳田靖之さんです。徳田さんはハンセン病国賠訴訟の弁護団の共同代表でもあり、また旧優生保護法や薬害エイズの裁判などにも関わっておられました。
     袴田事件の報道がされていますが、メディア報道について、ここが足りないのではないのかと思うところはありますか。
    徳田: 袴田さんを犯人にするために検察や警察が証拠を捏造したというところに大きな焦点が当てられていて、無罪になったことが中心的に論じられているのですが、袴田さんの心と体をここまで蝕んだのは死刑という制度です。いつ自分の命が奪われるのかが分からないという状況の中で無実を訴え続けることの非人道性は、人の心を破壊します。マスコミや社会全体がそこにスポットを当てておらず、本当に死刑制度をこのままにしていて良いのかということを捉えようとしていないことに不満があり、危機も感じています。
    迫田: 袴田事件に合わせたということもあるのでしょうが、今月13日、日弁連が事務局をしている「日本の死刑制度について考える懇話会」という検討会が報告をまとめ、記者会見をしました。この懇話会には16人の委員がいて、元警察庁長官や元検事総長などもいます。 

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  • 是枝俊悟氏:「年収の壁」と「働き控え」を克服するためのベストな方法とは

    2024-11-20 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2024年11月20日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1232回)
    「年収の壁」と「働き控え」を克服するためのベストな方法とは
    ゲスト:是枝俊悟氏(大和総研主任研究員)
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     なかなか賃金が上がらない日本で、どうすれば働く人の手取りを増やすことができるのか。そして、そもそも手取りを増やすことが今、日本にとって最優先されるべき課題なのか。
     先の総選挙で「手取りを増やす」をスローガンに掲げ大きく躍進した国民民主党に、過半数割れした自公連立政権が政策協力を申し入れたことで、かねてから国民民主党が主張してきた「103万円の壁」問題が大きな政治的争点として持ち上がっている。予算を始めあらゆる法案を通すために国民民主党の協力が不可欠となった自公連立政権は、同党の要求はある程度呑まざるを得ないからだ。
     国民民主党はアルバイト学生やパート労働者の年収が103万円を超えると新たに税負担などが発生するため、300万人近い人が意図的に労働時間を制限し収入を低く抑える「働き控え」をしているとして、壁の大幅な引き上げを求めている。
     いわゆる103万円の壁というのは、パートやアルバイトのその年の収入が103万円を超えると、本人に所得税が課されるようになるほか、親が特定扶養控除を受けられなくなり、結果的に世帯の税負担が増えてしまう問題のことだ。下手に収入が103万円を超えてしまうと、むしろ手取りが減ってしまう場合もある。
     国民民主党は103万円の課税基準が設定された1995年から2024年までの間に最低賃金が1.73倍に増えていることから、課税基準も現在の103万円の1.73倍にあたる178万円まで引き上げるべきだと主張している。
     実際、働き控えは世帯の収入を低く抑えていることに加え、企業側から見ると、既に深刻な人手不足に拍車をかけている。特に年末にかけてパートやアルバイトのその年の収入が103万円に近づいてくると、それ以上働いてもらえないという現象が方々で起きている。ちょうど年末の書き入れ時に103万円の壁が理由で働いてもらえないのは、企業にとっても痛い。働く側ももっと働きたいし、雇う側ももっと働いてほしいのに、この壁のために働けないというのは勿体ないを超えて理不尽でさえある。
     しかし、では国民民主党の主張するように、103万円の壁を178万円に引き上げれば問題はすべて解決するかというと、事はそう簡単ではない。
     まず、そもそも103万円の壁を178万円に引き上げるという場合、その内訳をどうするかを決めなければならない。103万円の壁、すなわち所得税の課税基準が103万円からになっている理由は、年収2400万円以上を除くすべての給与所得者が一律で受けられる基礎控除額の48万円と、給与所得控除額の最低水準が55万円なので、それを合わせると103万円になるからだ。その壁を178万円まで引き上げる場合、基礎控除額と給与所得控除額のどちらをどれだけ上げるかによって、恩恵を受ける人や税収への影響に大きな違いが出てくる。
     国民民主は基礎控除のみ現在の48万円から123万円まで引き上げることで全体を178万円にする案を主張しているが、その場合、高所得者ほど減税額が大きくなる上に、税収が7兆円以上の減収となる。高所得者に減税の対象を拡げてまで税収をそこまで削ることが正当化できるかどうかが問題となる。
     是枝氏は、仮にどうしても壁を178万円まで引き上げる必要があるのなら、基礎控除と給与所得控除の両方をバランスよく引き上げるべきだという。その場合、全体としての減税効果は小さくなるが、低所得層、とりわけ働き控えをしている人の手取りは確実に増える。
     親の扶養に入っている大学生のアルバイト収入が103万円を超えると、本人が超過分に対して5%の所得税を課されることに加え、親が特定扶養控除を受けられなくなる。特定扶養控除は所得税分と住民税分を合わせると108万円にもなるため、世帯全体で考えた時の節税効果は大きい。逆に見れば、これを失えば、世帯によっては10万円以上の増税となる。大和総研主任研究員の是枝俊悟氏は、この壁をおよそ180万円くらいまで上げることは現実的に可能だという。
     年収の壁には103万円の壁以外にも、パートの働き先が大企業の場合は106万円、中小企業の場合は130万円に大きな壁がある。これは配偶者の扶養に入っている第3号被保険者の年収がこの金額を超えると、夫(妻)の扶養から抜けて自身の社会保険料を負担しなければならなくなる。これもその金額を超えた瞬間に手取りの大幅な減少を招くため、壁になっている。同じくアルバイト学生も、年収が130万円に達すると親の扶養を抜けて自身で保険料を支払わなければならなくなる。
     しかし、是枝氏は103万円の壁と比べると、106万円の壁や130万円の壁の見直しはすぐには難しいと言う。壁をなくすには、2つの選択肢の中から選ぶ必要がある。1つは、壁の数字を例えば180万円くらいまで上げて、年収がそこに達するまでは社会保険に入らなくてもよいとする道と、逆に基準を50万円くらいまで下げて、誰もが社会保険に入らなければならないようにする道だ。
     壁を180万円まで引き上げれば、年収がその金額に達するまでは社会保険料を払わなくて済むので短期的にはありがたく見えるかもしれないが、その人は将来、最低水準の国民年金しか受け取ることができなくなる。その一方で、壁を下げれば、これまで保険料を払わなくてよかった人や会社に、新たな支払いを求めることになるので、それはそれで強い抵抗に遭うことが避けられない。結局のところ、いいとこ取りはできないという話だが、どちらにするにしても国民的な合意形成が必要になるだろう。
     現下の物価高で生活苦に喘ぐ人は確実に増えている。何らかの支援は必要だ。しかし、国民民主党が選挙で上手にアピールした「手取りを増やす」、「103万円の壁」といったレトリックに引きずられて、結果的に7兆円規模の恒久減税を行うことの是非やその影響に対しては、慎重な検討が必要だ。例えば、学生アルバイトに関しては、壁を引き上げてもっと働けるようにするのも結構だが、そもそも多くの大学生が学業をそっちのけで毎月10万円ものアルバイト代を稼がなければならない状態を放置していていいのか。
    内閣府の調査では日本の大学生がアルバイトに費やしている時間は他国と比べても群を抜いているという。ならば103万円の壁を取り払うと同時に、国際的にも低い水準になる教育に対する公的支出を増やすことで学生や学生を持つ親の負担を軽くしたり、学生が学業に専念できるような教育改革なども同時に進めなければ、本末転倒にならないか。
     国民民主党が主張する「103万円の壁の見直し」の本質はどこにあるのか、単に壁を引き上げれば問題は解決するのか、働き控えの解消や手取りを増やすためにはどのような政策的選択肢があるのかなどについて、厚労省の社会保障審議会年金部会の委員も務める是枝俊悟氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・いわゆる「103万円の壁」とは何か
    ・学生と配偶者で異なる「年収の壁」の解決方法
    ・政治の都合だけで税制を改定することのリスク
    ・国民民主党が主張する「103万円の壁の見直し」はどこへ行く
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    ■ いわゆる「103万円の壁」とは何か
    神保: 今日は「年収の壁」について考察していきたいと思います。最終的には政治決着なので、その程度しか変わらなかったのか、というようなアウトプットになるかもしれませんが、この問題について知る機会としては非常に良いと思ったのでこのテーマを取り上げました。ゲストは大和総研主任研究員の是枝俊悟さんです。是枝さんは去年の3月に田内さんの番組で少子化対策や家事労働の価値についてお話しいただきました。
    是枝さんだけではなく、大和総研はこの問題について色々なレポートを出しているので検索すると大和総研のレポートによく当たるのですが、この問題に対して非常に力を入れているのでしょうか。
    是枝: まず、基礎控除の75万円引き上げということをしてしまうと超大型減税になるので、そんな大規模な減税を本当にやっても良いのかというところです。そもそも旧民主党政権の時代には、社会保障と税の一体改革法案を成立させ、消費税を5%から10%に上げて税収を確保することでなんとか社会保障を維持していこうということでした。玉木雄一郎さん自身もそれに賛成票を投じて、消費税は8%、10%と上がっていきました。
    それでもまだ基礎的財政収支が赤字である状況で減税し、手取りを増やせば景気が良くなり税収は減らないということであれば、そもそも消費税を上げる必要がなかったということになります。したがって、消費税増税の法案に賛成したこと、また税収を確保することで安定した社会保障を確保するという考え方はどうなったのかということを問わなければなりません。
    もちろん玉木さんも本当に7~8兆円を減税したいわけではなく、交渉の玉として高めに投げていくらか勝ち取ろうという戦略だとは思います。
    宮台: 若い人に対して、自分たちはちゃんと見ているよというメッセージを発することでかなり多くの若い人は国民民主党を支持しました。
    神保: 10代から30代の投票先のトップは自民党だったのですが、そのすぐ下くらいに国民民主党がきていて、それは立憲や維新よりも上でした。
    宮台: トランプと同じ問題で、本当にやるかどうかは別として見てあげているということをアピールした結果こうなりました。
    神保: それとセットで、その世代がどういう情報に触れているのかをよく分析した上で短い動画を連発し、彼らが食いつきやすいような話し方などを使うことで心をつかみました。 

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  • 前嶋和弘氏:トランプのカムバックはアメリカと世界をどう変えることになるか

    2024-11-13 20:00  
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    マル激!メールマガジン 2024年11月13日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1231回)
    トランプのカムバックはアメリカと世界をどう変えることになるか
    ゲスト:前嶋和弘氏(上智大学総合グローバル学部教授)
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     4年前の大統領選挙でバイデンに敗れたトランプが、見事なカムバックを果たした。大接戦が予想される中で、現職副大統領のハリスに対し予想以上の大差をつけての文句無しの勝利だった。
     トランプの勝因については様々な分析が行われているが、そもそも2024年に行われた先進国の国政選挙では与党がことごとく敗北しており、イギリスを始め多くの

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  • 小林良彰氏:自民党に歴史的大敗をもたらした民意を読み解く

    2024-11-06 20:00  
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    マル激!メールマガジン 2024年11月6日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1230回)
    自民党に歴史的大敗をもたらした民意を読み解く
    ゲスト:小林良彰氏(慶應義塾大学名誉教授)
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     結局のところ最初から最後まで自民党の自滅だったようだ。
     今週のマル激は計量政治学が専門で毎回幅広い有権者の投票行動調査を独自に行っている小林良彰氏と、選挙後の恒例となった投票行動分析を行うとともに、自民党の大敗と立憲民主党と国民民主党、そしてれいわ新選組の躍進が目立った先の総選挙は、国民が何を評価し何に怒った結果だったのかを読み解いた。
     10月27日に行われた衆院選では、自民党は改選前議席を56減らす大敗に終わった。同じく公明党も8議席減らしたため、連立与党は過半数を大きく割り込むことになった。2009年に自民党が181議席を減らして政権を失ったとき以来の、文字通りの歴史的大敗だった。
     本来であれば与党が衆院で過半数を割れば政権交代が実現するはずだが、野党陣営も1993年の細川連立政権をまとめ上げた小沢一郎氏のように、野党勢力を1つに束ねることができる実力者が不在のため、現時点では11月11日に予定される首班指名に向けて、与野党双方で熾烈な多数派工作が行われている。今のところ4倍増の28議席を獲得した国民民主党が与党に協力することで、かろうじて石破政権を存続させる方向で当面の政局は収束しそうだが、首班指名まではまだ時間があるため、状況は予断を許さない。
     また、仮に辛うじて首班指名を乗り切っても、石破政権はその後に待ち受ける補正予算の審議や来年度の本予算審議では、野党の一部を取り込まなければ法案の1つも通らない状況にある。政局は当分の間、不安定な状態が続くことが必至だ。
     それにしても選挙にだけは強かったはずの自民党は、なぜここまで大負けしてしまったのか。
     小林氏が主宰する投票行動研究会が選挙の直前に全国3,315人に行った調査からは、これが自民党の自滅選挙だったことがはっきりと浮き彫りになっている。結論としては、前回までの選挙で自民党に入れてきた自民支持層の多くが投票を棄権したために自民党の得票自体が大幅に減ったほか、過去に自民党に投票してきた無党派層もその大半が国民民主党とれいわ新選組などに流れた結果、自民党は比例票で前回の選挙の27%にあたる533万票も票を減らしている。
     その一方で、今回新たに50議席を獲得して躍進が目立った立憲民主党の方も、必ずしも得票を伸ばしていなかった。立憲民主党の今回の比例区での得票を前回2021年の衆院選と比べると、わずか7万票しか増えていない。一方、大きく支持を広げたのが、若者向けの分かりやすいアピールと経済政策に重点を置いて選挙に臨んだ国民民主党とれいわ新選組だった。国民民主は358万票、れいわも159万票をいずれも比例区で増やしている。
     必ずしも得票を増やしていないにもかかわらず獲得議席で立民の躍進が目立ったのは、全国の選挙区にくまなく候補者を擁立できているのが自民、立民、共産しかいないためだ。自民党が落ちれば自動的に立民が上がる構造になっていた。
     小林氏の研究会の調査では、そうした投票行動の背景に自民党支持層を含む大半の有権者が、統一教会問題や裏金問題で明らかになった自民党の腐敗体質が、石破政権になった後もほとんど変わっていないと感じていたことがわかっている。
     調査で自民党が「かなり変わった」、「ある程度変わった」と答えた人は全体の11%に過ぎず、「あまり変わっていない」、「ほとんど変わっていない」と答えた人は67%にのぼっている。しかも、この調査は非公認候補の支部に2,000万円の政党助成金が振り込まれていたことが明らかになる前に行われたものだったため、その後2,000万円問題が明らかになったことで、実際の投票日までの間に腐敗体質を改められない自民党に対する嫌悪感がさらに強まったことは間違いないだろう。
     今まで自民党の党内野党の立場から、政権中枢をずけずけと容赦なく批判してきた石破氏であれば、自民党を変えてくれるかもしれないとの淡い期待が高かったが、首相就任後の石破氏の行動や言動からは、その期待が見事に裏切られたと感じている人が多く出ていることを、小林氏の調査は明らかにしている。
     また、小林氏の調査では、今回、自民党支持者の投票率は67%、公明党支持者の投票率も74%にとどまった。これは53.85%だった全体の投票率は上回るが、両党の支持層の投票率が過去の選挙では8割前後を誇っていたことを考えると、大幅な減少だ。一向に腐敗体質を変えられない自民党に業を煮やした自民支持層や公明支持層の多くが、今回は棄権に回ったことが見て取れる。
     国民民主党の得票が伸びた理由について小林氏は、他の野党が政治とカネの問題を前面に打ち出したのに対し、この党は若い人の「手取りを増やす」など、とりわけ若い世代の不満や不安に訴える具体的な提案が好感視された結果だったという。年齢別の投票行動を見ると、特に国民民主党は10~30代では自民党に次ぐ高い支持が集まっている。逆にかつて30~40代から強い支持を得ていた維新の後退が今回は顕著だった。
     実際、将来の生活不安を抱える人の割合は、3年前の選挙時よりも確実に増えている。小林氏は物価が上がる中で、国民の生活不安は限界まで上がってきているのではないかと言う。政治不信と踏み込んだ政治改革・党改革ができないことに加え、国民、とりわけ若い世代の経済不安、生活不安に対して有効な対策を打ち出せていないことが、今回の自民党の主要な敗因だったとみていいだろう。
     なぜ自民党は大敗したのか、国民民主やれいわが支持を伸ばしたのはなぜか、日本の国民はこの選挙で何を選択したのかなどを、小林良彰氏が代表を務める投票行動研究会の大規模調査を基に、小林氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
     また、番組の冒頭では、全体として不信任率が高かった今回の最高裁国民審査の結果を振り返った。
     
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    今週の論点
    ・自民党の歴史的大敗と首班指名に向けた多数派工作
    ・有権者の投票行動から見えてくること
    ・支持者からも見放された自民党
    ・国民民主党の「手取りを増やす」が若者に一番届いた
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    ■ 自民党の歴史的大敗と首班指名に向けた多数派工作
    神保: 10月27日に総選挙があり、自民党にとっては歴史的大敗となりました。2009年の選挙では119人しか当選していないので今回の方がまだましなのですが、その後、安倍さんの下ではずっと勝ち続けてきました。11月11日には首班指名があり、多数派工作で乗り切るとしているのですが、少し先の10日後ということで、何が起きるのか分かりません。今日はいつも選挙後に楽しみにしている、小林良彰さんによる投票分析をお送りしたいと思います。
     
     今回の選挙結果は自民が56議席を減らして191、公明も6議席を減らして24でした。維新と共産も議席を減らし、立民と国民とれいわが顕著に増やしました。立民は小選挙区で44も増えていますし比例でも増えているので議席の増加は大きいのですが、全国の選挙区にくまなく候補を立てているのは自民と立民と共産しかないので、自民が落ちれば立民が通ります。
     
     立民の比例獲得票は1,156万票で7万票しか増えていないということからそれがよく分かります。要するに立民の得票自体はほぼ横ばいだったのですが、比例では自民が530万票も減らしているので、自民が落ちた分、立民は自動的に上がったということです。
     
     顕著に増やしたのは国民民主で、比例票がほぼ倍増した結果議席も7から28まで増えました。れいわは3から9に増やしていて比例票も大きく増やしています。れいわと国民は票も増やしていて、立民は票は変わらなかったのですが議席を増やしました。その一方で自民、公明、共産、維新は比例票も議席も減らしています。
     
     また、参政党と保守党が比例区で187万票と115万票をとっています。日本は全国比例ではないので得票数はブロックごとの比例票を足した数字ですが、ここまでの得票があります。参政党と保守党で合わせて約300万票取っていますが、自民党が533万票減らしたことを考えると決して少ない数字ではありません。
     
     結果的に獲得議席では自公で215ということで、233の過半数には18足りておらず、12人いる無所属を全員入れても足りません。そんなことで大丈夫かなと思いますが、首班指名選挙では、決選投票で玉木雄一郎と書くと無効票になり、国民の28議席が無効になることで過半数が219になります。
     
    宮台: 得票や支持については、下がる要因があり下がった政党、上がる要因があり上がった政党、その結果として漁夫の利で上がったり下がったりした政党の3種類あり、大まかにはそれを見なければなりません。 

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