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記事 5件
  • 前川喜平氏:官僚は政治に一方的に押し切られてはダメだ

    2017-05-31 20:00  
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    マル激!メールマガジン 2017年5月31日号(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/ )──────────────────────────────────────マル激トーク・オン・ディマンド 第842回(2017年5月27日)官僚は政治に一方的に押し切られてはダメだゲスト:前川喜平氏(前文部科学事務次官)────────────────────────────────────── 一人の元官僚が、権力の頂点に君臨する首相官邸に公然と歯向かっている。そして問題は、なぜ彼がそのようなことをしなければならないかにある。 ある大学の獣医学部新設を巡り、首相官邸が各省庁に対して、首相の権限を盾に取りごり押しを行っていた疑惑が表面化している。安倍首相の「腹心の友」が代表を務める加計学園が愛媛県今治市で計画している新たな獣医学部の許認可を巡り、学校の認可権限を持つ文科省のみならず、獣医を管轄する農水省や厚労省までもが、問題が多く許認可基準を満たしていないことを懸念していながら、計画だけは着々と進むという異常な状態が続いていた。 しかし、そうした中、内閣府が「官邸の最高レベルが言っていること」、「これは総理のご意向」などの文言を使い、許認可権を持つ文科省に認可を急ぐよう催促する働きかけを行っていたことを裏付ける内部文書が流出し、獣医学部の許認可への首相官邸の関与の有無が政局の焦点となる事態にまで発展していた。 もしこの文書が本物でその中身が事実であれば、「総理のご意向」によって、本来であれば認可されるべきではない獣医学部の新設が、政治の力を背景にごり押しされたことになる。何よりもこれは、一旦「総理のご意向」なるものが示されれば、各省庁が長い歴史の中で蓄積してきた知識や公共的な判断基準が簡単に歪められてしまうほどまでに、首相官邸の権限が肥大化していることの反映に他ならない。 今年1月に天下り問題の責任を取る形で文科次官を辞任している前川喜平氏は、古巣の文科省が文書の存在を調査した結果、「存在は確認できなかった」と回答したことが、今回、資料の真正を証言しようと決心した直接のきっかけだったと語る。省内の関係者は誰もが件の文書の存在を知っていながら、官邸の意を汲んで虚偽の報告をしていることが明らかだからだ。「あるものをないことにはできない」と言う前川氏は、露骨に行政が歪められているのを黙視することができなかったと言う。 しかし、前川氏は自分が強大な権力に歯向かうヒーローのように描かれることには抵抗を感じるという。行政官僚というものは表では政治を立てつつ、自分たちに与えられた権限の範囲内で、できる限り国民のためになる政策を実行する「面従腹背」の精神が必要だというのが前川氏の持論だ。 元々日本は規制が多く、それが経済や社会の停滞を招いているとして、規制緩和や政治主導が叫ばれてきた。確かに、とかく官僚は過去の事例に捉われやすく、現状を維持しようとする傾向が強い。また、国民よりも業界の方を向いていることが多いとも言われる。国民から選ばれた政治家の権限を強化して、国民のためになる政策をより実行しやすくすることが、政治主導の主眼だったはずだ。しかし、果たして先の森友学園や今回の加計学園に見られるような形の政治の関与が、国民が望んできた真の「政治主導」だったのだろうか。ここは一度立ち止まって考える必要がありそうだ。 なぜ、官僚のトップに登りつめた前川氏は、ここであえて出る杭となる決心をしたのか。既に始まっている、そしてこれからも予想される官邸からの報復をどう受け止めているのか。後輩の官僚たちに何を残し、何を伝えたいのか。渦中の前川氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
    ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今週の論点・時の人・前川氏が語る、事の真相とは・現職中はできなかった告発・役人に重要なのは「面従腹背」である・何のためのルール、法律なのか+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
     

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  • 中北浩爾氏:安倍政権がやりたい放題できるのはなぜか

    2017-05-24 20:00  
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    マル激!メールマガジン 2017年5月24日号(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/ )──────────────────────────────────────マル激トーク・オン・ディマンド 第841回(2017年5月20日)安倍政権がやりたい放題できるのはなぜかゲスト:中北浩爾氏(一橋大学大学院社会学研究科教授)────────────────────────────────────── かつて自民党の名だたる歴代内閣が何代にもわたって成し遂げられなかった様々な立法や施策を、安倍政権は事もなげに次から次へと実現している。今週は共謀罪が衆院で強行採決された。その前は集団的自衛権を解禁する安保法制を通し、さらにその前は秘密保護法だ。それ以外にも武器輸出三原則の緩和や教育基本法の改正など、安倍政権は自民党の長年の課題をことごとくクリアしていると言って過言ではないだろう。 そして安倍首相は遂に、自民党結党以来の野望とも言うべき憲法9条の改正を明言するまでにいたっている。このまま行くと、安倍首相は自民党「中興の祖」とでも呼ぶべき大宰相になりそうな気配さえ漂う。 しかし、なぜ安倍政権は自民党の歴代政権の中でもそれほど突出して強く、安定した政権になり得たのか。これは単に「野党のふがいなさ」だけで、説明がつく現象なのか。 一橋大学大学院社会学研究科の中北浩爾教授は、安倍政権の権力の源泉は、1990年代から段階的に続いてきた「政治改革」に請うところが大きいと指摘する。 かつての自民党政治の下では、中選挙区制度の下、派閥の領袖が権勢を誇り、政策立案や予算編成では族議員が跋扈してきた。しかし、ロッキード事件やリクルート事件などを契機として、「政治とカネ」の問題が社会を揺るがすようになり、1990年代以降、「政治改革」が叫ばれるようになった。政治改革は政治家がカネ集めに奔走することなく、政策本位の政治を実践するために、小選挙区制の変更、政治資金規正法の強化と政党助成金の導入などを柱とする施策が相次いで実施された。しかし、制度をいじれば自然に政治がよくなると考えるのは、あまりにもナイーブだった。制度は大きく変わったが、国民の政治に対する向き合い方は、本質的には従来からの「おまかせモード」のままだった。結果的に本来の目的とは裏腹に、一連の改革は、党においては小選挙区制の下での生殺与奪を握る公認権や政党助成金の配分権を握る党の執行部に権力を集中させる結果になった。しかも、派閥の影響力が弱まったため、かつての政権と党の間の緊張感は消滅し、首相の留守を預かる党幹事長も、事実上首相の配下に置かれることになった。更にその上に、官邸主導である。 安倍政権の強みは、「政治改革」後の政治システムが、党内においては異論を挟む余地を与えぬ執行部主導となり、政策立案についても官邸が選んだ有識者会議によって政策の方向性を確定させた上で、その理念に沿って政策立案をする意思のある官僚を登用することが可能になっているところにある。一連の政治改革が、安倍首相の下で、やや予想外の形で実を結んでいるのだ。 しかも、安倍政権の保守色の強い政策路線は必ずしも現在の自民党の総意を反映しているとは言えないが、リベラル色の強い民進党に対抗するためには、自民党は右に寄らざるを得ないという意識は、下野を経験した自民党の中には広く共有されている。そのため、リベラルな首相よりも、保守色の強い首相の方が、現在の自民党はまとまりやすい。それが現在の安倍政権の「やりたい放題」を可能にしているというのが実情ではないか。 30年来、40年来の政治課題が次々と実現してしまう現在の政治状況を、われわれはどう見るべきなのか。なぜそのような状況が生まれたのか。日本の政治を活気ある民主主義に脱皮させていくために、今、われわれは何をしなければならないかなどを、中北氏とともに、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
    ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今週の論点・政治改革で派閥が弱まり、逆説的に政策が消えた・好対照な、小泉純一郎と安倍晋三・自民党を支えているのは「地方の強さ」・自民党の死角を突けない野党 一強が続く覚悟も必要か+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
     

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  • 吉田徹氏:フランス大統領選で見えてきた民主政の本当の危機

    2017-05-17 20:00  
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    マル激!メールマガジン 2017年5月17日号(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/ )──────────────────────────────────────マル激トーク・オン・ディマンド 第840回(2017年5月13日)フランス大統領選で見えてきた民主政の本当の危機ゲスト:吉田徹氏(北海道大学法学研究科教授)────────────────────────────────────── 結論としては、民主政の危機は続いているということになろうか。 5月7日に決選投票が行われたフランス大統領は、EU残留を主張するエマニュエル・マクロンが移民排斥やEU離脱など急進的な政策を訴える国民戦線のマリーヌ・ルペンをダブルスコアの大差で破り、39歳にしてフランス史上最も若い大統領に選ばれた。昨年のブレグジット、米大統領選と「サプライズ」な結果が続いていただけに世界が注目した選挙だったが、中道マクロンの勝利で反グローバリズム・ドミノは、とりあえず一息ついた形となった。 しかし、現実はとても楽観視できる状態ではないと、フランス政治に詳しい政治学者の吉田徹・北海道大学教授は言う。そもそも第一回投票で1位のマクロンの得票が24.01%だったのに対し、2位のルペンは21.3%の票を得ている。決選投票では「ルペンの当選を阻止する」という共通目的のために他の候補の支持票の大半がマクロンに流れた結果、形の上では圧勝となったが、マクロン票の相当部分は必ずしもマクロンの政策を支持しているわけではない同床異夢な消極支持票と考えていい。しかも、ドゴール以来、第五共和政の下でフランスの政治を担ってきた共和派と社会党の候補者がともに決選投票に進むこともできなかった。伝統あるフランスの民主政が大きな曲がり角を迎えていることは間違いない。 また、来月の11、18日の両日、フランスでは日本の国会にあたる国民議会の選挙が行われる。既成政党の支持基盤を持たないマクロンも政治団体「前進!」を組織し独自候補の擁立を急ぐなど、議会選挙の準備を進めているが、如何せん急ごしらえの感は否めない。一方、「極右」と言われながらも父親の代から地道に不満層を吸収し、政治的地盤を固めてきた国民戦線は、経済的に取り残されているフランスの東部を中心に577議席中100~150議席を得る勢いだと吉田氏は言う。 ルペンの反グローバリズムの主張が、アメリカのトランプ現象と同様に、グローバル化によって生活苦に陥っているフランスの没落中間層や失業者から強い支持を受けていることに、もはや疑いの余地はない。一方、マクロンはEUに残留しグローバル化を進めつつ、減税と小さな政府など新自由主義的な政策で経済の停滞を乗り越えようというスタンスだが、そもそも議会で多数派を形成できるかどうかが不透明な上、多分に現状維持の要素が強い政策にどこまで国民がついてくるかも予断を許さない状況だ。 ファシズムの恐怖を身をもって経験してきたフランスは、アメリカのように過激な主張をする政治家が容易に権力を握れないような仕組みになっていると吉田氏は言う。今回ルペンを阻止する上で機能した2回投票制もその一つだ。しかし、その分、アメリカは大統領が簡単には暴走できないような様々なセーフティネットが用意されているのに対し、フランスはいざそうした勢力が権力を手中に収めると、それを容易には制御できない恐れがあると吉田氏は警鐘を鳴らす。 今回の大統領選挙ではフランスの有権者は既存の二大政党を見放し、そのどちらにも属さないマクロンを選んだ。しかし、今回マクロンがダメなら、次はルペンに期待するしかないという気運が出てくることが、今後十分考えられると吉田氏は言う。フランスでも、そして他の国々でも、「反グローバリズム」という名のポピュリズムに裏打ちされたナショナリズムの高揚と民主政の行き詰まりは、もはや覆うことができないほど顕著になっている。そして、このトレンドがどこまで続き、最終的にどこに行き着くかは、誰にも予想がつかない。 昨年のアメリカ大統領選挙と此度のフランス大統領選挙では、何が異なり、何が共通していたのか、今後、フランスを含め、民主政はどのように変化していくのか。他の先進国の政治が流動化する中で、なぜ日本だけが自民党一党による無風状況が続いているのかなどを、吉田氏とジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
    ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今週の論点・フランス大統領選でも明らかになった、代表制民主主義の機能不全・ルペンとの比較で見る、マクロンの勝因・フランスはファシズムの経験があるから「持ちこたえられた」・翻って日本は―― 高度不信社会で、政治が成り立たない+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
     

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  • 辻田真佐憲氏:理想の日本人像を追い求めて

    2017-05-10 20:00  
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    マル激!メールマガジン 2017年5月10日号(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/ )──────────────────────────────────────マル激トーク・オン・ディマンド 第839回(2017年5月6日)理想の日本人像を追い求めてゲスト:辻田真佐憲氏(文筆家・近現代史研究者)────────────────────────────────────── 5月3日の憲法記念日に安倍首相が2020年までの憲法改正の意向を明確に示したことで、今後、戦後初めて憲法改正が具体的な政治日程に上る可能性が出てきた。 かねてより安倍首相は改憲論者として知られるが、その一方で何のためにどう憲法を変えたいのかについての発言は二転三転しており、やや改憲そのものが目的化しているようにも見える。憲法を不磨の大典よろしくアンタッチャブルな存在として祭り上げる必要はないが、首相を筆頭に、政府には憲法遵守義務がある以上、やむにやまれぬ事情がない限り軽々に憲法に手を付けるべきではないだろう。 そこで問題になるのが、憲法のどの条文をどのように変えるのかもさることながら、そもそも何のために憲法を変えなければならないかという問いだ。つまり、「本来日本はこうあるべきだが、現行憲法ではそれができない。だから憲法を変える必要があるのだ」という、説得力のある主張が求められる。それはひいては、われわれ国民一人ひとりが、日本はどういう国であるべきだと考えているかに帰結する。われわれが理想とする日本を実現する上でどうしても憲法を変える必要があるのかどうか、という問いだ。 奇しくも明治維新以来、同じような議論の対象となってきた省庁がある。それが文部省(現在の文科省)だ。文筆家で近現代史研究家の辻田真佐憲氏は、文部省にはその時々の統治権力が思い描く「理想の日本人像」が常に投影されてきたと語る。時の権力が、教育を通じてどのような日本人を育てたいと考えるかによって、文部省の役割は目まぐるしく変化してきたのだという。と同時に文部省には、その時代時代に日本が国家として直面する課題が常にのしかかっていた。 明治維新直後の日本は、何よりも欧米列強に侵略されないことが喫緊の国家課題だったため、当初は欧米に太刀打ちするために、「自由で独立した個人」のような欧米の啓蒙主義的な日本人像が追求された。しかし、そのような悠長なことをやっていては列強の圧力を跳ね退けることはできないとの意見が主流になり、文部行政は一転、国家主義的な方向へと変質する。そうした中で1890年に教育勅語が発布される。 その後、日本の文部行政は日清・日露戦争の勝利で「大国に相応しい勤勉な産業社会の構成員」が求められたかと思えば、昭和期に入ると国体主義の下での「天皇に無条件で奉仕する臣民」が、そして戦後の民主主義体制の下では「個人の尊厳を重んじ平和を希求する人間」が、高度成長期には「勤労の徳を身につけた自主独立の社会人」などが理想の日本人像として掲げられ、その時々の教育行政に反映されていった。いずれもその時代の国家的な課題と、時の統治権力が志向する国家像を調和させたものになっていたと言えるだろう。 安倍首相は第一次政権時に教育再生会議を設置した上で、1947年以来、戦後の教育行政の基本的指針として機能してきた教育基本法を60年ぶりに改正するなど、教育行政には熱心に介入してきた。2006年に施行された現在の教育基本法は「真理と正義を希求し、公共の精神を尊び、豊かな人間性と創造性を備えた人間」の育成を目指すなどとしているが、これがどういう時代認識に基づき、どのような日本人像を理想としたものなのかがいま一つ見えてこないところが気になる。 今、日本がどのような課題に直面し、その下でどのような国を志すのか、そしてそれを実現するためにどのような日本人像が求められているかなどの国民的な議論がないままに憲法や教育制度をいじることは、国家百年の大計に大きな禍根を残すことになりかねない。 新進気鋭の近現代史研究者で、軍歌やプロバガンダにも詳しい辻田氏と、今日の日本が直面する課題とその下で求められる理想の日本人像について、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
    ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今週の論点・イデオロギーの釣り 「文部省」が復権する理由・普遍主義と共同体主義の間で揺れ動く「理想の日本人像」・教育政策は方針どおりの人間を生み出すか・現在は理想の日本人像も「分裂」の時代+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
     

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  • 宮下紘氏:ビッグデータに支配されないために

    2017-05-03 23:00  
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    マル激!メールマガジン 2017年5月3日号(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/ )──────────────────────────────────────マル激トーク・オン・ディマンド 第838回(2017年4月29日)ビッグデータに支配されないためにゲスト:宮下紘氏(中央大学総合政策学部准教授)────────────────────────────────────── どうやらわれわれが望むと望まざるとにかかわらず、今やわれわれの個人情報は丸裸にされているらしい。 アメリカの情報機関職員だったエドワード・スノーデンが、アメリカ政府が外国人のみならずアメリカ国民をも広範に監視対象に置いていたことを内部告発して世界に衝撃を与えたことは記憶に新しいが、今やそれは政府に限った話ではなくなりつつある。いやむしろ、民間のネット事業者などが政府に一般市民の個人情報を提供していたところに根本的な問題があると言った方が、より正確なのかもしれない。 ドナルド・トランプが大本命のヒラリー・クリントンを破った米大統領選の大番狂わせの背後にはケンブリッジ・アナリティカというコンサルティング企業のビッグデータ分析の力があったと言われている。同じく昨年の英国のEU離脱の国民投票でも、ブレグジット派(EU離脱派)が同社のデータ分析を活用していたことが明らかになっている。宣伝文句を額面通りに受け止めるべきではないだろうが、同社によるとSNSなどから集めたビッグデータを彼らが独自に開発したアルゴリズムにかければ、どこにどのような情報をどのくらいの量撒けばどれだけの票を動かせるかが、かなりの精度で見通せるのだそうだ。民主主義の根幹を成す投票行動でさえビッグデータに支配されているのであれば、われわれの消費活動に影響を及ぼすことなど朝飯前であろうことは想像に難くない。 奇しくも来たる5月30日、日本では改正個人情報保護法が施行される。今回の改正で個人情報の保護が、インターネット時代により適合したものにアップデートされることは歓迎すべきこと。しかし、どうやら時代は更にその先を行っているらしい。 中央大学総合政策学部の宮下紘准教授は、ビッグデータ時代の個人情報保護で最も問題となるのが、方々から集めた膨大なデータから個々人の自画像を勝手に作り出すプロファイリングと呼ばれる作業だと指摘する。本来われわれのインターネットの閲覧履歴や商品の購入履歴、クレジットカートやポイントカードを利用した消費履歴などのデータは、いずれも本人の同意がなければ転売や利用ができないことになっている。しかし、実はわれわれの多くがネットサービスやカードなどを利用する際、プライバシー・アグリーメントというものに同意している場合が多い。会員サイトへの登録を申し込む際に、長々とした文言が画面に表示され、最後に「同意する」にチェックをつけるあれだ。しかし、あれに同意した瞬間にわれわれは、自分たちに関する情報の転用や転売に同意してしまっている場合が多い。 広範な個人情報が容易に転用されてしまえば、例えば投票行動も消費行動も、われわれは自分で考えて自分で選択をしているつもりでも、実は自分自身に関する膨大な個人情報を蓄積している事業者の思いのままに操られてしまっている可能性が出てくる。アマゾンがいつも自分が欲しかったものをドンピシャで提案してくれると感じる人は、実は自分の過去の購入履歴や閲覧履歴のみならず、SNSの「いいね」履歴や「シェア」履歴、ウェブサイトの閲覧履歴やラインの投稿やメールに頻繁に登場する単語までモニターされ、ビッグデータとして蓄積されていると考えれば、納得がいく人も多いのではないか。 この問いかけは、そもそも選択とは何なのか、自由意志とは何なのかにも関わってくる重大な問題を孕んでいる。われわれはここらで一度立ち止まって考えないと、取返しのつかない局面を迎えているようにも思える。いや、今、自分がそう考えているのも、何かによってそう仕向けられた結果なのだろうか。ビッグデータに心の中まで支配されないために今、われわれに何ができるかを、気鋭の政治学者宮下紘氏と、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
    ++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今週の論点・個人情報保護法への“過剰反応”はなぜ起こったか・主客が逆転する、人間とコンピュータ・システムに依存しながら、主体を維持する道とは・「ファイナルアンサー」だけでなく、「選択肢」を作ることができるか+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
    ■個人情報保護法への“過剰反応”はなぜ起こったか
    神保: 先週は弁護士の清水勉さんをお招きし、共謀罪について取り上げました。清水さんが言っていた重要なことは、共謀の疑いがあれば令状が出て、例えば盗聴、GPSなど含めて情報が集められてしまうことです。その情報が、かつて公安などが一生懸命、足で稼いでいたレベルではなく、ビッグデータになる。
    宮台: 一口で言えば、お役人たちが市民あるいは政治家のプライバシー情報を丸裸にすることができます。当然、役人と政治家の力関係も変わるし、もしかすると、そこに潜在的な目的があるかもしれない。これは今までの紋切り型の反論・批判のなかで、あまりきちんと拾われていない部分でした。
    神保: ビッグデータというのは、ビジネスの世界では非常によく出てくる話です。ビジネスに応用できることは大きく、その機会を逃してはいけない、というのはわかる。一方で、そのリスクについては十分に顧みられていないように思います。
     

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