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松本佐保氏:トランプ現象の背後でアメリカ政治を動かす福音派とは何者なのか
2021-02-24 20:00550ptマル激!メールマガジン 2021年2月24日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1037回)
トランプ現象の背後でアメリカ政治を動かす福音派とは何者なのか
ゲスト:松本佐保氏(名古屋市立大学大学院人間文化研究科教授)
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日本ではあまり馴染みのない福音派と呼ばれる人々が、アメリカの政治を支配するまでになっている。
米議会上院は2月13日、1月に起きた議会乱入事件を煽動したとの理由から弾劾裁判にかけられていたトランプ前大統領に対し、無罪の評決を下した。
評決では57対43で有罪が無罪を上回ったが、弾劾成立に必要とされる上院の3分の2(67票)の賛成を得ることができなかった。共和党から7人の造反が出た形とはなったが、トランプ氏が大統領退任後もアメリカ政治にその影響力を根強く残していることを印象づける結果となった。
マル激では、長年に渡りアメリカ社会の底流にある富裕層と貧困層の「縦の分断」を何度か取り上げてきた。それが民主・共和の党派ラインのみならず、民主党内にも右派と左派の間に深刻な亀裂を生んでいることも見てきた。
そして今回は、いわゆる「トランプ現象」と呼ばれる政治的なうねりの中核を成すと言っても過言ではない、アメリカの福音派の動きを取り上げたい。
アメリカの福音派(エヴァンジェリカル)はプロテスタントが発展する過程でカルヴァン派から派生した宗派の一つで、アメリカ国内においてはプロテスタントの中でも非主流派という位置づけになるが、既にその数はアメリカの全人口の30~35%、約1億人にのぼり、単一宗派としては今やカトリックを抜いてアメリカ最大の宗教勢力となっている。
その信者は主にバイブルベルトと呼ばれるアメリカ南部州に多く、かなり地域的な偏りがある。また、ニューヨークやシカゴ、ロサンゼルス、ボストンといった大都市圏では信者数は極端に少ない傾向がある。その地域の人口に福音派が占める割合は、共和党の支持率や先の大統領選挙でトランプを支持した人の比率とほぼ比例関係にある。また、福音派の割合が高い州はほぼ例外なく、人工妊娠中絶に対する厳しい制限が設けられていたり、同性婚やLGBTに対する差別意識が強いことも、世論調査などで明らかになっている。
更に、その地域は軒並みコロナの感染率が高い。国際政治が専門でアメリカの福音派に詳しい名古屋市立大学の松本佐保教授は、福音派は特に南部ではメガチャーチと呼ばれる1万人規模の大規模礼拝を通じて信者を増やしてきた経緯があり、新型コロナウイルスの感染が始まってからも大規模礼拝を続けてきたことが感染の拡大と関係している可能性があるのではないかと指摘する。また、福音派の間でワクチンに懐疑的な人やマスクの装着を拒否する人の割合が非常に高いことも、感染拡大の一因となっていると考えられている。
福音派の最大の特徴は、聖書の中の福音書の内容を文字通り解釈し絶対視するところにある。そのため進化論を認めず、人工妊娠中絶や同性婚、LGBTなどにも強く反対するほか、ボーンアゲイン(霊的な生まれ変わり)を信じ、理性より啓示を優先するなどの特徴がある。また、先述のように1万人以上が収容できるメガチャーチやギガチャーチで行われる礼拝を通じて信者を増やしてきたほか、早くからテレバンジェリスト(テレビで説教をするエヴァンジェリカル牧師)などによるテレビ礼拝、ネット礼拝も伝道のツールとして多用されてきた。
トランプ前大統領自身は本来は福音派とは縁遠い存在で、その教義の実践者とは到底思えないようなライフスタイルを送ってきた人物だが、政策面で福音派が求める政策を巧みに取り込むことで、福音派の圧倒的な支持を得ることに成功した。過去2度の大統領選挙でも福音派が多数を占める州はほぼ例外なくトランプが押さえている。また、2020年の選挙直前にピュー・リサーチ・センターが行った世論調査でも、白人福音派のなんと78%がトランプに投票すると答えている。
2020年の大統領選挙でも、全米で1億人はいるといわれている福音派票の大半はトランプに入ったとみられているが、宗教という観点から見た時にこの選挙で興味深いのは、一方の対立候補であるバイデンがカトリック信者だということだ。アメリカでカトリックの大統領が誕生するのは、米国史上初のカトリック大統領となった1960年のジョン・F・ケネディ以来のことだ。
松本氏は、プロテスタントが主流派の米国聖公会やクエーカー、ルター派と非主流派の福音派に割れるのと同じように、実はカトリックも1961年の第二バチカン公会議に端を発する教義の解釈で保守派とリベラル派の間に対立を抱え、バイデンはその中でもリベラル派に属すると指摘する。こと宗教という観点から見ると、バイデン政権というのは、アメリカの人口の35%を占める福音派を敵に回し、更に人口の約3割を占めるカトリックのうち、ほぼその半分を占める保守派からは必ずしも手厚い支持を受けられていないということになる。つまり、バイデン政権というのは、できる限り宗教的な「神学論争」が前面に出てこないように、宗教以外の動機付けによって形成されている支持層が求める政策をうまく組み合わせながら巧みな政権運営をしていくことを求められている政権ということになる。
『アメリカを動かす宗教ナショナリズム』のほか『バチカンと国際政治 宗教と国際機構の交錯』などカトリック教会に関する著書もある松本佐保氏と、アメリカ福音派の歴史やその教義、現在の状況などについて、ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
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今週の論点
・アメリカ政治を動かしているエヴァンジェリスト(福音派)
・エヴァンジェリストとはどんな人たちなのか
・宗教的な視点から見る、バイデンの苦境
・メガチャーチの知られざる役割と、今後のアメリカ政治の注目点
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■アメリカ政治を動かしているエヴァンジェリスト(福音派)
神保: 米議会上院が2月13日、1月に起きた議会乱入事件を煽動したとの理由から弾劾裁判にかけられていたトランプ前大統領に対して、無罪の評決を下しました。詳しくはこのあと話しますが、面白いのは、これが裁判だとして、被告の立場であるトランプ自身が「ああいう暴力を引き起こすような意図はなかった」ということを一切言っておらず、つまり本人がまったく弁護していないのに、無罪になったことです。それを言った瞬間に、彼らを切り離すことになりますが、トランプは最後まで言わなかった。裁判に例えれば被告が否認していないのに無罪になったということです。
宮台: それも要するに、トランピストたちが3分の2の賛成による有罪評決を不正だということでなく、結局、トランプ支持者に忖度しただけです。
神保: トランプが怖い。その意味は、選挙で落ちることだけでなく、物理的に怖い、という人が実際にいます。つまり、トランプ支持者により家族が恐怖に晒されると。ニューヨークやロサンゼルスにいるとその感覚はわかりませんが、レッドステートに行ったらわかります。
宮台: 戦前の日本の右翼を恐れる政治家、財界人とよく似ていますね。ある前提が崩れると民主主義が回らなくなる、ということの典型です。 -
吉川肇子氏:コロナを克服するためにはリスク・コミュニケーションの建て直しが急務だ
2021-02-17 20:00550ptマル激!メールマガジン 2021年2月17日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1036回)
コロナを克服するためにはリスク・コミュニケーションの建て直しが急務だ
ゲスト:吉川肇子氏(慶應義塾大学商学部教授)
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新型コロナウイルス対策では、政府や地方自治体の情報提供がうまくいっているとはとても言えない状況にある。ビデオニュースでは去年3月の時点で、リスク・コミュニケーションの重要性を指摘する番組を放送したが、それから一年たった今も、一向に改善されているとは言い難い。
本来は理念や大きな戦略を語ることで国民を安心させたり、リードしていかなければならない政治的なリーダーたちは、重要な時に限って場違いな布マスクを配布してその装着方法を実演してみせたり、ウケ狙いのイタいダジャレで場を凍らせたかと思うと、しまいには国民に犠牲をお願いする会見で何度もお辞儀を繰り返し、「その間、政府は何をやってきたのか」を問われても、ろくすっぽ答えることすらできないという体たらくだ。
なぜこうまで日本はリスク・コミュニケーションが下手なのか。
この分野の専門家で当初からリスク・マネージメントの重要性を説いてきた慶應義塾大学の吉川肇子教授は、政府のリスク・コミュニケーションには今もってまったく改善が見られないと手厳しい。危機管理には「クライシス・コミュニケーション」と「リスク・コミュニケーション」の2つの考え方があるが、今の日本ではいずれも正しく理解されているとは言い難い。
世界を核戦争の淵の寸前まで追い込んだ1960年のキューバ危機をきっかけに研究が始まったとされる「クライシス・コミュニケーション」は、元々は外交・軍事分野の危機に際してどう情報管理をしていくかという視点に立ったものだった。その後、企業が危機に陥ったときの広報戦略として、その概念やノウハウがビジネス・コンサルタント業界などにも浸透していったという。
一方の「リスク・コミュニケーション」は今後起こりうる危機に備えてリスク評価し、情報を社会で共有して管理することを目標とする。新型コロナの対策では、まさにこの「リスク・コミュニケーション」が必要になる。吉川氏は、いま日本で行われているのは、古い形の「クライシス・コミュニケーション」に過ぎないのではないか、という。
コロナ禍の日本では「クラスター」、「不要不急」、「三密」といった定義も不明確な用語が氾濫することで、あたかも国民の間で新しいテーマが共有されているかのような偽の「議題設定効果」が生まれ、それが本来議論すべき重要なテーマを覆い隠してしまっている。このような曖昧なキャッチフレーズが多用されること自体が、リスク・コミュニケーションができていないことの証左だと吉川氏は指摘する。
また、民主主義社会における危機時のリーダー像についても、何か大きな勘違いがあるようだ。危機時のリーダーは強い姿勢で命令・統制をすることが重要なのではなく、リスク情報を提供し、様々な立場の人たちが自ら判断し創意工夫して対応することを可能にする「創発能力モデル」を引き出せる存在にならなければならないのだと、吉川氏は説く。
さらに問題なのは、「行動変容」を市民に求めることが、差別・偏見を誘発していることを認識できていないことだ。それを過度に強調することで、万が一感染した場合、その責任が感染した市民自身にあるという考え方を暗に広めているという自覚がないのだ。感染は個人の努力で防ぎきれるものではない。感染したことを負い目に感じたり、それを社会から隠し立てしなければならないような事態を避けるためには、まずは政府ができる限りの対策をとった上で、それでも感染してしまった人は最大限護っていくという強いメッセージを出すことこそが、本来は必要なのだ。
危機を最小化するためのリスク・コミュニケーションは、相互作用的過程であり、何よりも民主主義的な基盤が必要だと語る吉川肇子氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。
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今週の論点
・クライシス・コミュニケーションとリスク・コミュニケーションの違い
・不明確なキャッチコピーが氾濫し、差別偏見を助長する
・果たされていない「リスク・コミュニケーションの4つの義務」
・情報の「交換」と「相互作用」は別物である
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■クライシス・コミュニケーションとリスク・コミュニケーションの違い
迫田: 2週続けて神保さんの姿が見えなくて心配される方もいらっしゃるかもしれませんが、今回はもともと私の担当で、元気に飛び回って取材をしておりますのでご安心ください。今日のテーマはリスク・コミュニケーション。実は去年の3月に「インタビューズ」にて、「新型コロナのリスク・コミュニケーションは全くダメだ」というお話を伺っていたのですが、1年経って何も変わっていないということで、マル激であらためて取り上げることになりました。
宮台: 新型コロナに限らず、政治家が失言をしたとき、全くリスク・コミュニケーションができない。市民を無視したリスク・コミュニケーションなどあり得ず、森喜朗の後任になぜ川淵三郎さんや橋本聖子の名前が挙がるのか、そのことについて説明もないし、市民に聞くこともない。本当にデタラメそのものです。 -
郷原信郎氏:日本がまともなコロナ対策ができないわけ
2021-02-10 20:00550ptマル激!メールマガジン 2021年2月10日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1035回)
日本がまともなコロナ対策ができないわけ
ゲスト:郷原信郎氏(弁護士)
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入院を拒否した感染症の感染者や営業の時短・停止要請に従わなかった飲食店などに対する罰則の導入が謳われた新型コロナ対策特措法、感染症法などの改正案が2月3日、成立した。今月13日から施行されるという。
しかし、この法改正には数々の疑問がある。感染症法の入院措置に罰則を設けることで強制力を持たせることは、ハンセン病や結核、HIV感染者に対する科学的根拠なき差別や強制隔離、ひいては断種手術にまで至った最悪な歴史の教訓を受けて1998年に制定された感染症法の基本的な法の理念に反すること。しかも、コロナ対策としては、そもそも今回の法改正の目玉となっている罰則の対象となる入院拒否者や時短要請の拒否事業者が、現在の感染拡大の元凶となっているというエビデンス、つまり立法事実が存在しない。
弁護士の郷原信郎氏は、強制入院の権限をうたう感染症法の改正案について、法律の建て付け自体が不自然で「まともな法律の体をなしていない」と酷評する。「実際にはその条文は適用できないだろう。何のための法改正だったのか、その真意を疑う」と郷原氏は語る。
結局のところ、今回の法改正も、そして緊急事態宣言の延長ですら、まったく有効なコロナ対策を打つことができない政府の無能さを隠すための隠れ蓑なのではないかとの疑いが拭えない。実際、今回の法律の改正案が成立する前日の2月2日に菅首相が、緊急事態宣言の1か月間の延長を発表したことは、決して偶然ではない。
医療の逼迫については、日本政府が昨年の緊急事態宣言発令以降、一般病床をコロナ病床やICUに転換する努力を怠ってきたことのつけが回ってきたことに尽きる。しかも、その間、第3波への備えを進めていなければならかったはずの政府は、与党幹部と関係が深い観光業や運輸業を救済する目的で実施されたGo to Travelに、天からの授かりものをいたずらに消費してしまった。これはひとえに日本政府がコロナ対策に失敗していることを意味している。日本はコンタクトトレーシングを行う上で最強の武器となるはずのスマホアプリの開発さえまともにできていなかったことが明らかになっているし、ワクチン開発でも他国の後塵を拝している。
結局、医療体制が逼迫しているとの理由から緊急事態宣言という形で国民がさまざまな行動変容を強いられ、特に飲食店などは営業短縮による経済的な打撃を甘受することによって、政府の不作為のつけを払わされている。また、Go to Travelの是非や、今回の緊急事態宣言延長を受け、飲食店などに対する国の助成を強化する必要性が叫ばれているが、それはいずれも政府の無能さが引き起こした大きな損害を、国民の税金を使って埋め合わせているに過ぎない。
日本では社会の様々な面が機能不全に陥っていると言われて久しい。東日本大震災とそれに伴う原発事故に際しても、危機対応という意味においても、事後の安全対策や被害者救済という意味においても、日本政府はことごとくやることなすことが遅すぎたり、足らなかったり、見当違いだったりといったことが繰り返された。そのたびに泣かされるのは国民であり、最終的にそのつけを払うのも国民だ。その意味では、最初からまともなコロナ対策を期待する方がおかしいのかもしれない。しかし、そのような政府を選び、それを許容しているのも、われわれ国民なのだ。
今週は鳴り物入りで与野党合意(自、公、立憲、維新などが賛成)の末成立した改正法が「まともな法の体をなしていない」と酷評する弁護士の郷原氏と、なぜ日本がコロナで有効な手が打てないのか、なぜこんな日本になったのかなどについて、社会学者の宮台真司とジャーナリストの迫田朋子が議論した。
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今週の論点
・法律として理屈に合わない感染症法の改正
・言い訳づくりとしか思えない法改正と、野党の不甲斐なさ
・既得権益を何より優先する「日本的ネオリベ」というペテン
・一度「ガラガラポン」をするしかない
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■法律として理屈に合わない感染症法の改正
迫田: 今回は日本の新型コロナウイルス対策をテーマに議論しますが、今週、大きな動きが2つありました。ひとつは緊急事態宣言の延長。栃木県は2月7日までで解除ですが、その他10都府県は1ヶ月延長となりました。もうひとつは、2月3日に特措法(改正新型インフルエンザ等対策特別措置法)と感染症法が改正、2月13日から施行されることに。日本のコロナ対策が一体何を目指してどうなっているのか、という話です。
宮台: まずそれ以前に、いまだに「感染者数」という形で天気予報よろしく報じられていますが、あれは完全なデタラメです。皆さんご存知のように、いま世界中でクラスター対策をやっているのは日本だけ。しかもクラスター対策で捕捉できない感染者がもう7割を超えています。保健所も重症者、死者がものすごく増えているため手が回らなくなり、実はクラスター追跡という形での検査数は著しく減っている。検査数が減れば感染者数が減るのは当たり前で、これを持って「コロナの勢いが下火になってきた」など、馬鹿を言うなという感じです。 -
5金スペシャル映画特集・劣化する社会の中でドキュメンタリーや実話映画が担う重要な役割
2021-02-03 20:00550ptマル激!メールマガジン 2021年2月3日号
(発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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マル激トーク・オン・ディマンド (第1034回)
5金スペシャル映画特集
劣化する社会の中でドキュメンタリーや実話映画が担う重要な役割
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その月の5回目の金曜日に特別企画を無料放送する5金スペシャル。
今年最初の「5金」となる今回は、映画、とりわけドキュメンタリー映画や実話を題材にした映画を主に取り上げ、宮台真司が解説した。
今回取り上げた映画は『行き止まりの世界に生まれて』、『KCIA 南山の部長たち』、『ある人質~生還までの398日』、『バクラウ』、『聖なる犯罪者』の5作品。
コロナの惨状もさることながら、それ以前から社会の劣化はとどまるところを知らない。そのような中にあって、われわれはついつい一人ひとりが本来考えておかなければならないことや、見過ごしてはならない大事なものを忘れがちになる。映画はそれに気づかせてくれる貴重な機会を提供してくれる場合が多いが、とりわけドキュメンタリー作品や実話に基づく映画は、そうしたテーマを再確認させてくれる。
『行き止まりの世界に生まれて』(ビン・リュー監督。2018年アメリカ)はアメリカ・イリノイ州の地方都市を舞台に、貧しく暴力的な家庭から逃れるようにスケボーにのめり込む若者たちが、暗い過去と向き合いながら大人になっていく過程を描いたドキュメンタリー。サンダンスのブレークスルー・フィルムメイキング賞を始め世界各国で多くの賞を受賞するなど、ドキュメンタリー作品としては近年希に見る高評価を受け大ヒットとなった。
映画の主人公となる若者グループの一員でもあった中国系アメリカ人のビン・リューが、12年にわたり仲間たちを撮り続けた映像を編集してまとめたドキュメンタリーだが、その映像には、普段はスケボーで街中を徘徊しながら悪ふざけを繰り返す彼ら一人ひとりの悲惨な過去や葛藤と、その現実と向き合えないがゆえにスケボーにのめり込む彼らの生態が見事に描かれている。
格差社会だのトランプ現象だのと一括りにされがちな今日のアメリカの社会で、実際に起きている明日への希望が持てない現実や、酒と暴力に満ちた家族の関係、そしてそこから生じる誰もが抱えている苦しみや痛みがどんなものかをリアルに知ることができる貴重な記録映画でもある。
『KCIA 南山の部長たち』(ウ・ミンホ監督。2020年韓国)は人気俳優イ・ビョンホンがKCIA(中央情報部)部長を熱演する、朴正熙大統領暗殺事件の舞台裏を描いた実話に基づく映画作品。朴大統領とは革命の同志で実質、当時の韓国では大統領に次ぐ権力者だった金載圭・中央情報部部長が、国民の解放のために革命を起こしておきながら、その後、独裁者となり私利私欲にまみれてしまった朴大統領を「韓国国民のため」に殺害するまでの経緯が描かれている。
しかし、金部長はその後の権力奪取まで計画していなかったがゆえに軍を掌握しておらず、結果的にその後、発足した全斗煥による軍事政権によって反逆者として逮捕され処刑されてしまう。
映画の最後に金載圭が死刑判決を受ける直前に公判で語った被告人弁論の映像が紹介されており、その言葉が見る人の胸を打つ。特にその後の韓国が全斗煥の下で再び軍事独裁の支配下に入り、その後も腐敗が続いたという史実と照らし合わせると尚更だ。
『ある人質~生還までの398日』(ニールス・アルデン・オプレヴ監督。2019年デンマーク・スウェーデン、ノルウェー)は十分な計画性もないまま取材のため内戦下のシリアに入りイスラム国の人質となった駆け出しの若きデンマーク人写真家ダニエルが、1年あまりにわたり実際に経験した拷問と飢えと恐怖に苛まれる地獄のような人質生活と、彼を救うために母国で資金集めに奔走する家族の苦しみを同時進行で描いた、これも実話に基づく映画。
この問題をめぐっては、アメリカのように政府がテロリストとの一切の交渉には応じないばかりか、家族が身代金を支払うことも禁じている国もあり、デンマークでも政府は身代金の拠出を拒否し、身代金を支払うための寄付を公然と募ることも法律で禁止されていた。しかし、家族が個人的に集めた寄付によってダニエルは最終的に解放されるが、人質として助け合った仲間のアメリカ人ジェームズ・フォーリーは処刑され、斬首の映像が全世界に公開されてしまう。
イスラム国については日本でも何人かのジャーナリストや活動家が人質になり、ジャーナリストの後藤健二のように実際に殺害されたケースもあったが、人質生活の実態については解放された人質の証言を通じてしかわれわれは知る術を持たない。この作品はイスラム国の人質生活の実態を描いた著書を映画化したもので、ニュースなどでわれわれが繰り返し聞かされてきた「誘拐」、「拘束」、「拷問」、「憎悪」などの言葉が現実にはどのようなものだったのかを知る貴重な機会を提供している。
その他、『バクラウ』(クレベール・メンドンサ・フィリオ監督。2019年ブラジル・フランス)、『聖なる犯罪者』(ヤン・コマサ監督。2019年ポーランド・フランス)など。
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今週の論点
・『行き止まりの世界に生まれて』が描いた“つながり”と“分断”
・ミクロな自意識が生み出すマクロな悲劇――『KCIA 南山の部長たち』
・『ある人質~生還までの398日』が訴える視座の転換
・『バクラウ』『聖なる犯罪者』が描く“法より掟”という命題
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■『行き止まりの世界に生まれて』が描いた“つながり”と“分断”
神保: 今回は月5回目の金曜日「5金」ということで、恒例の映画特集を行います。5作品用意しており、まずは『行き止まりの世界に生まれて』(ビン・リュー監督。2018年アメリカ)について。
宮台: オバマ大統領が4年前に大傑作だと褒めた映画です。原題は『Minding the Gap』。日本でも口コミで非常に多くの観客が入っているそうですが、いま関東圏内で上映しているのは1館だけでしょうか。
神保: 実はロードショーは終わってしまい、東京はシネマチュプキ田端という映画館で、2月19日から28日まで上映するようです。2018年のアメリカ映画で、日本公開は2020年の9月4日。イリノイ州のロックフォードという地方都市を舞台に、貧しく暴力的な家庭から逃れるようにスケボーにのめり込む若者たちが、過去と向き合いながら大人になっていく過程を描いたドキュメンタリーです。宮台さん、この映画を選んだ理由は。
宮台: とても感動的なんです。いくつもポイントがあるのですが、まず、アメリカの映画でスケボーが描かれる場合には、基本的に「つながる」というモチーフで、つまりスケボーがなければつながれない人間たちがつながる。僕は共同身体性と呼んでいますが、それは同じような身体性をみなが共有しているということです。
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