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  • デービッド・アトキンソン氏:日本が東アジアの貧乏小国に堕ちるのを防ぐための唯一の処方箋はこれだ

    2023-11-29 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2023年11月29日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1181回)
    日本が東アジアの貧乏小国に堕ちるのを防ぐための唯一の処方箋はこれだ
    ゲスト:デービッド・アトキンソン氏(小西美術工藝社社長)
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     冷徹にデータを見れば、これ以外に手がないことは明らかではないか。
     日本がいよいよ先進国から転落しようとしている。過去30年間、ほとんど経済成長できず賃金も伸びなかった日本は、今やあらゆる経済指標で先進国の最下位に転落している。日本が停滞している間に他国は紆余曲折を経ながらも毎年成長を遂げているため、日本の国際的な地位が下がり続けるのは当然のことだ。
     しかも、日本にとっての真の修羅場はこれから来る。日本では1995年をピークに生産年齢人口が減少に転じているが、その傾向は少なくとも向こう40年間は変わらないばかりか、減少に拍車がかかることが確実視されている。実際、15歳から64歳までの生産年齢人口は1995年のピーク時の8,726万人から2060年には5,078万人まで、約3,600万人減ると推計されている。3,600万人はイギリス1国の生産年齢人口に匹敵する。つまり、日本には向こう40年の間にGDP世界第5位の国イギリスと同規模の人口減少が待っているのだ。
     そもそも戦後の日本の経済成長のほとんどは、実は人口ボーナスの恩恵がもたらしたものだった。日本の人口は終戦時の1945年に7,200万人だったものが、1990年には1億2,361万人まで爆増した。その間、特に生産年齢人口、つまり若者の人口の増加が顕著だった。人口が増えれば生産力も増すし、消費力も増す。それが日本の経済成長の主たる原動力だった。
     しかし、日本人は人口増加のおかげで成し遂げた経済成長を、エコノミックミラクルなどと自らをもてはやし、その特殊な期間、つまり人口の増加を前提とできた時代に作られた様々な制度を、人口増加が止まり減少に転じる局面になっても、変えることができずにいる。元ゴールドマン・サックス証券のアナリストで現在、文化財の修復を専門に行う小西美術工藝社の社長を務めるデービッド・アトキンソン氏は、これが日本の成長の足を引っ張っていると指摘する。
     年功序列、終身雇用、企業別労組と労使協調、専業主婦に第三号被保険者制度、新卒一括採用、護送船団方式等々は、いずれも戦後の人口ボーナス期に、これからも人口増が続くことを前提に作られた制度だった。しかし、これらの日本固有の制度が、日本のエコノミックミラクルの立役者だったかのようにはやし立てられた結果、その大前提だった人口が減少に転じても、それを変えることができないでいる。それがことごとく日本の成長の足を引っ張っているとアトキンソン氏は語る。かつて美談や美徳だったものが、今や因習となっているのだ。
     そして数ある因習の中でも、もっとも日本の足を引っ張っているのが中小企業の乱立だとアトキンソン氏は言う。言うまでもないが、生産年齢人口が減少に転じた局面で経済成長を実現するためには、1人1人の生産性を上げるしかない。そして日本企業の労働生産性は先進国でも最低水準だ。これを上げない限り、日本は人口減少に呼応してノンストップで貧しくなっていくことが避けられない。
     ところが、日本の労働者の7割、企業数では99.7%を占める中小企業にとって、生産性を上げることは容易ではない。日本では製造業は社員数300人以下、卸売業とサービス業は100人以下、小売業は50人以下が中小企業、それ以上が大企業と定義され、中小企業は1964年に制定された中小企業基本法によって税制面などで大企業よりも優遇されているとアトキンソン氏は言う。
    結果的に平均社員数が4人にも満たない日本の中小企業が、全企業の99.7%を占め、そこで働く労働者も全労働者の7割を占める。そして小規模な中小企業の大半は大企業と比べて生産性が低く、賃金も低い。これが日本の全体の生産性の足を引っ張っているとアトキンソン氏はいうのだ。
     アトキンソン氏によると、日本の経営者は従業員を減らしたり、コストを削減すれば生産性が上がると誤解している人が多い。確かに社員を減らしたりコストを削減すれば一時的に利益は上がるかもしれないが、そもそも平均社員数が4人にも満たない中小企業でどれだけの持続的な社員数削減やコストカットが可能だと言うのだろうか。結局のところイノベーション(技術革新)を実現できなければ持続的に生産性を上げることはできない。そしてそのためには、より付加価値の高い新製品や新サービスの導入を図る必要がある。
     現在の閉塞と低迷から日本が抜け出るためのアトキンソン氏の処方箋は明快だ。やるべきことは2つ、中小企業の規模を大きくし、とにかく生産性を上げることと、そして人口増の時代にできあがった神話とも言うべきさまざまな商習慣や因習を根本的に見直すことだ。
     今のままでは日本の未来は決して明るいとは言えないが、アトキンソン氏は意外に楽観的でもある。彼が知る日本には、変化に対して臆病であり、ギリギリまで抵抗を続けるが、ある転換点を超えた瞬間に一夜にしてこれまでのこだわりを捨て、新しいものに飛びつくような国民性があると言う。江戸末期に尊皇攘夷派が一夜にして開国派に転向したり、戦後、昨日まで天皇陛下万歳を声高に叫んでいた天皇主義者が一夜にして我先にと民主主義者に転向してきた歴史をわれわれは身をもって知っている。
    アトキンソン氏自身、委員を務めていた政府の規制改革会議などで常識的な改革案を主張すると、最初は他の委員全員が口を揃えて反対し、中には彼の人格否定や個人攻撃まで繰り広げる委員もいたほどなのに、ある程度議論が進むと、反対派がなだれを打って彼の提案に賛成するようになり、提案者の彼自身が当惑したことが何度もあったという。そういう時、反対から賛成に転向した人は決まって「私は最初からそう思っていました」と真顔で言うのだそうだ。
     また、アトキンソン氏は日本の行き過ぎた形式主義にも警鐘を鳴らす。自身が茶道をたしなむアトキンソン氏は、型(かた)の重要性を認めつつも、型というものは元々何らかの合理的な理由があってできあがっているものであることを忘れてはならないと言う。前例に則り形式を繰り返しているうちに、そもそもなぜその形式になっているのかを忘れてしまうきらいがわれわれにはある。
    人口爆増の時代にできた様々な制度を人口減少時代になっても捨てることができないのは、日本の行き過ぎた形式主義の反映だとアトキンソン氏は言う。手遅れになる前に日本は産業構造や制度を人口減少の時代に合ったものに変えていかなければならない。
     人口減少時代に突入しても日本が没落し、東アジアの隅の貧乏な小国に成り下がらないためには、人口減少を相殺してあまりあるほど顕著な生産性の向上を実現するしかない。また、そのために何をしなければならないのかも、わかりきっている。あとはそれを実行する勇気と、日本人特有の「ある日突然転向する変わり身の早さ」を活かして、手遅れになる前にそれを実行できるかどうかにかかっていると語るデービッド・アトキンソン氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・戦後日本の経済成長は人口ボーナスによるものだった
    ・日本の賃金はなぜ低いのか―中小企業の1964年体制とは
    ・労働生産性を上げなければ賃金は上がらない
    ・「変わり身の早さ」を活かして変わるしかない
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    ■ 戦後日本の経済成長は人口ボーナスによるものだった
    神保: 今日は2023年11月24日の金曜日、1181回目のマル激です。本日のゲストは小西美術工藝社社長のデービッド・アトキンソンさんです。前回のご出演から4年くらい経ちましたが、その後の日本が歩んできた道のりをどのように見ていますか。
    アトキンソン: 何も変わっていないですよね。問題も変わっていないですし解決策も変わっていません。多少良くなっているかもしれませんが、残念ながらそこの認識や分析は足りていません。最近になって賃上げをどうするのかということが話されるようになりましたが、それもここ1、2年のことじゃないですかね、
    神保: 賃上げは必要だと言いつつ、まだ実現しているわけではありませんよね。
    アトキンソン: 実現していないどころか後退していると思います。
    神保: 今回岸田政権が経済政策を出しましたが、世の中は冷たく反応しました。これは、さすがに騙されないぞと国民が思い始めたと見てよいのでしょうか。
    アトキンソン: 個人的な見方ですが、結局は賃金が上がるか上がらないかという話だと思います。例えば、消費税がなくなるというのは108円で買えた大根が100円で買えるようになるということですが、最近は100円だったトマトが300円になるということが起きています。消費税がなくなれば多少は楽になりますが、トマトは税金で200円分上がったわけではないですし、324円のトマトが300円になっても本質的な解決にはなりません。 

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  • 古賀茂明氏:末期症状を呈する自民党政治を日本の終わりにしないために

    2023-11-22 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2023年11月22日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1180回)
    末期症状を呈する自民党政治を日本の終わりにしないために
    ゲスト:古賀茂明氏(元経産官僚、政治経済アナリスト)
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     岸田政権の相次ぐ不祥事は単なる一政権の問題なのか。それとも自民党政治そのものが限界を迎えているのか。
     岸田政権の迷走が止まらない。それが顕著に現れたのが、政務三役の辞任ドミノだ。税金滞納で4度の差し押さえを受けていた神田憲次財務副大臣を筆頭に、女性問題が露呈した山田太郎文部科学政務官、違法な選挙運動を主導したとされる柿沢未途法務副大臣など政務三役が、相次いで辞任に追い込まれている。いずれも不祥事が表面化した挙げ句の、事実上の更迭だった。
    さらに、今週になって三宅伸吾防衛政務官にも性加害の疑惑が取り沙汰されている。本人は否定しているが、「人事の岸田」を自任してきた岸田政権でここまで不祥事が続く異常事態は単なる政権の体質を越えて、何かとてつもない機能崩壊が統治機構内部で起きていると思わずにはいられない。
     更に問題なのは、単に政権中枢の不祥事が続いているだけではなく、岸田政権が推し進める政策がどれも的外れなことだ。停滞の30年を経て、今や日本が先進国の座から転落しかかっているというのに、岸田政権が打ち出す諸政策ではその傾向に歯止めがかからないばかりか、むしろ日本の凋落に拍車がかかることが目に見えている。人事もダメ、政策もダメでは政権の支持率が上がろうはずもない。
     それにしてもなぜ岸田政権は、日本が非常事態に瀕しているといっても過言ではないこの時期に、何ら有効な手立てを打つことができないのだろうか。これは岸田政権だけの問題なのか、自民党政治がダメなのか、はたまた現在の日本の統治機構自体が立ち行かなくなっているということなのか。
     過去30年間の日本の凋落は、明らかに政府の失政によって引き起こされたものだった。経済成長ができず、国民所得も一向に上がらない中で、日本はもっぱら貧乏になり、国民生活は圧迫され続けてきた。元経産官僚の古賀茂明氏は、突然賃金を上げるなどと言い出している岸田政権について、それがどれだけの痛みを伴うことかを分かっていないと指摘する。
    欧米諸国も多くが1960年代から20~30年間、停滞を経験してきた。当時はイギリス病、オランダ病などと言われたが、労働条件を改善するとそれに生産性が追いつかないために経済が停滞するというジレンマの中で、多くの国が何とか賃金を上げる方法を模索してきた。
    しかし、1990年代からの30年間、日本が同じような努力をしなければならなかったはずの時期に、経団連と自民党はいかに人を安く働かせるかで知恵を絞り、労働法制を緩和することによって派遣労働や外国人技能実習制度を拡大してきた。それは大企業の利益を底上げし、税収増にも寄与してきたかもしれないが、社会は傷み人心は荒廃し続けてきた。
     古賀氏が1980年に通産省に入省した頃、日本はジャパン・アズ・ナンバーワンと言われていた。しかし、その時の日本には、そこから先の日本をどのような国にしていきたいかについてのビジョンがなかった。そのため日本では、民主主義や資本主義を支える社会資本である労働運動や消費者運動、環境NGOやボランティアなど、他の先進国では普通に備わっているはずの社会的共通資本がことごとく育たず、政府と企業だけが力を持ち、肥え太っていった。
     普通であれば豊かになった国は環境問題や人権、差別など社会の諸問題に取り組むようになるものだが、社会的共通資本を育て損ねた日本だけはそうならなかった。そこに日本が先進国になりきれなかった根本的な原因があるのではないかと古賀氏は語る。環境問題や消費者問題をおざなりにした結果、市民社会が真に助けを必要とする事態が生じたとき、日本には市民社会の側に立って戦う勢力が育たず、結果的に行政と一握りの大企業だけが我が世の春を享受し続ける歪な国になってしまった。
     この状況を打破するためにはまず、国民が日本の衰退の現実を理解した上で、有効な手立てを講じる能力と気概を持った勢力に力を与えることが必要だ。日本ではマスメディアが既得権益の守護神の役割を果たしているため、現実を知ることは決して容易ではないが、まずはその壁を打ち破らなければ、仮に実効性のある政策を訴える政党や政治家が出てきても、そこに国民の支持が集まるようにはならない。しかしそれでは、有効な手立てを打つ気のない、あるいはその能力のない勢力が日本の操縦桿を握りつつける過去30年の失政が続くことになる。
     今、日本では政治も行政も経済も司法も、そしてメディアも、国の統治を支えるあらゆる機能が機能不全に陥り、崩壊状態にあるのはなぜなのか。われわれはどこで道を誤ったのか。現在の閉塞状態から脱するためには何から手をつければいいのかなどについて、元経産官僚の古賀茂明氏と、政治ジャーナリストの角谷浩一、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・岸田政権の不祥事のオンパレード
    ・先進国になりきれなかった日本
    ・半導体の敗北を認めた経産省
    ・賃金を上げると突然言い出す岸田政権―それに伴う痛みを分かっていない
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    ■ 岸田政権の不祥事のオンパレード
    角谷: 今日は2023年11月17日、1180回のマル激トーク・オン・ディマンドです。諸事情により神保さんが出られなくなったので、久しぶりに僕が宮台さんと番組をやっていきます。
    宮台: 神保さんから言ってもいいと言われていますが、身内にご不幸があり、アメリカに行っているということです。
    角谷: 今日のゲストは元経産官僚で政治経済アナリストの古賀茂明さんです。古賀さんの近著に『分断と凋落の日本』がありますが、このテーマについてはこれまでマル激でも色々な形で考察してきました。しかしなかなか世の中に理解されていないので、今日は徹底的に話していきたいということで古賀さんに来ていただきました。
     今は岸田政権の不祥事オンパレードですが、辞任の理由自体が変になってしまったと思います。例えば文部科学政務官の山田太郎さんはみんなの党から来た人ですが、元々彼は自民党よりもIT問題やネット問題に精通している人で、子ども庁を作る時にもこの人のプランがかなり活用されました。ただ10月25日に20代女性との不倫を理由に辞任しました。
    また、柿沢未途法務副大臣も公職選挙法違反事件への関与があり10月31日に辞任しました。いまだにこんな昭和のようなお金の配り方をしている国会議員がいたのかと思いました。
    神田憲次財務副大臣にいたっては、税金滞納で資産差し押さえがあったことで11月13日に辞任になりました。
     内閣に入る人間の行動として考えられないことですし、いまだにこんなレベルのことが起きているということをいちいち立ち止まって説明することも腹立たしいくらいです。 

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  • 齋藤正彦氏:新しい認知症治療薬に政府が喧伝するほど期待できないわけ

    2023-11-15 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2023年11月15日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1179回)
    新しい認知症治療薬に政府が喧伝するほど期待できないわけ
    ゲスト:齋藤正彦氏(精神科医、都立松沢病院名誉院長)
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     アルツハイマー病の「画期的新薬」とされるレカネマブが9月の薬事審議会で承認され来月にも保険薬として臨床で使われる見通しとなっている。
     岸田首相は、今年1月の施政方針演説で日本のイノベーションとして「世界で初めて本格的なグローバル展開が期待されるアルツハイマー病の進行を抑える治療薬」が開発され、認知症の人とその家族に希望の光をもたらすと持ち上げた。これまで認知症薬とされてきた塩酸ドネペジル(商品名アリセプト)などは症状改善薬であり、その効果はあくまで症状の進行を遅らせるものであり、認知症の原因に直接働きかけるものではなかった。
     期待が高まる中、政府は今年9月、官邸に「認知症と向き合う『幸齢社会』実現会議」を設けた。そして、レカネマブの薬事承認を受け、薬へのアクセスや必要な検査体制等の整備を真っ先に挙げた。レカネマブは、アルツハイマー病の初期の段階でアミロイドという物質の蓄積がみられる患者が対象で、PETやMRIといった脳の検査をする必要があり簡単に利用できる薬ではないからだ。
     こうした中、今年8月に出版された『アルツハイマー病研究 失敗の構造』(カール・へラップ著)という本が衝撃的な事実を指摘した。この本はレカネマブの開発のもとにもなったアミロイド仮説自体に疑問を投げかけ、そもそもアルツハイマー病治療薬の開発を一つの仮説に賭けてしまったことを問題視するものだ。都立松沢病院名誉院長でアルツハイマー病臨床の第一人者である齋藤正彦氏は、この本に書かれていることは多くの精神科医にとっては分かっていたことで驚くにあたらないことだと言い切る。
     アルツハイマー病は認知症の原因疾患の1つで認知症のおよそ3分の2はアルツハイマー病とされる。ドイツの精神科医アロイス・アルツハイマーが、1906年に認知機能が失われて51歳で亡くなった女性患者の脳の組織に老人斑とよばれるアミロイドの蓄積を見つけたことが、アルツハイマー病の名前の由来だ。このアミロイドというたんぱく質が脳の中に蓄積されることが引き金となり、細胞死が起こり認知機能が失われた状態がアルツハイマー病だというのがアミロイド仮説だ。
    脳の中でアミロイドがつくられ沈着し細胞の中にタウたんぱくという神経原繊維のもつれが生じ細胞死をもたらすとされ、その流れのどこかを絶ち切ることができれば、根本的な治療薬になるはずだとアメリカを中心に研究が進められてきた。
     その後、家族性アルツハイマー病の遺伝子が特定されたことで研究が加速し、特に1999年にマウスでアミロイドの抗体を利用したワクチン療法が成功しマウスの脳からアミロイドが消えたことでアルツハイマー病は治るのではないかと世界中で大きな期待が集まった。しかし、人間では重篤な副作用が起き失敗。その後もいくつも失敗を重ねた上で登場したのが今回のレカネマブだった。
     しかし、齋藤氏はレカネマブの効果についても首を傾げる。レカネマブを開発したエーザイのデータによると、レカネマブを投与した患者を対照群と比較すると、18カ月後では認知機能の悪化のスピードを27%遅らせることができたとされている。しかし、これは臨床的認知症尺度の点数の合計で比較したものであり(すべて正常なら合計点が0点、重度だと18点)、数値としてはレカネマブと対照群で0.45の差があったというが、それは臨床的にはほとんど実感できない差なのだという。
     そもそも家族性アルツハイマー病の原因とされるアミロイドの蓄積と高齢のアルツハイマー病が、同じ原因による疾患であるかどうかも疑わしい。齋藤氏によれば、アミロイドの蓄積があってもアルツハイマー病でない人もかなりの割合で存在し、アミロイドは正常な老化をコントロールしているのではないかといった見方もあるのだという。しかし、アミロイド仮説以外はほとんど顧みられないまま多額の研究費がつぎこまれて現在に至っているのが現実だ。
     政府が喧伝するように認知症治療の新たな段階に入ったと手放しで喜んでよいのか、そもそも高齢のアルツハイマー病患者に薬物治療は必要なのか、『アルツハイマー病になった母がみた世界』という著書もある齋藤正彦氏と、社会学者の宮台真司、ジャーナリストの迫田朋子が議論した。
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    今週の論点
    ・政府が「画期的新薬」だとするレカネマブとは
    ・レカネマブの効果は臨床ではほとんど分からない
    ・薬よりも社会意識の変革が求められる
    ・認知症は医療の対象なのか
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    ■ 政府が「画期的新薬」だとするレカネマブとは
    迫田: 今日は2023年11月10日の金曜日、1179回目のマル激トーク・オン・ディマンドです。今日は認知症の薬をテーマに取り上げます。アルツハイマー病の根本的治療薬と言われているレカネマブという薬が9月に薬事審議会で承認され、来月にも保険薬として臨床で使われる見通しだということです。期待が高まっている中で政府も認知症に関する会議を設け、先頭に立って認知症対策に取り組む姿勢をとっています。
    この薬自体に色々な課題がありそうだと言われていますが、そもそもアルツハイマー病の研究が今の方向で良いのかどうかという疑問も投げかけられています。
    宮台: どんな薬にも、非常に巨額な投資をベースとしたメガファーマという製薬会社の営みがあるということを忘れてはいけません。製薬会社の下で研究している方に限らず、製薬会社からお金をもらって研究している大学の研究者も普通にいます。薬は行政が承認しなければ通らず、製薬会社と医者と厚生官僚の連携のようなものの中で行動するしかないので、そこでの作法を踏み外すと何もできないということが30年くらい前にはありましたよね。
    迫田: 今回承認されたレカネマブですが、今年1月の通常国会の冒頭の岸田首相による施政方針演説ではイノベーションの項目の最初に出ています。その後レカネマブに注目が集まり、私も色々調べている中で今年8月にカール・ヘラップ著の『アルツハイマー病研究、失敗の構造』という翻訳本が出版されました。これについて色々な専門家に聞こうと思ったのですが、主流の研究を批判している内容なので、お話をしてくれる方がなかなか見つかりませんでした。
    そんな中9月にご出演いただいた齋藤正彦先生にもう一度お越しいただき、この中身をきちんと伺いたいと思います。 

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  • 田内学氏:経済を看板に掲げる岸田政権のおカネに対する考え方が根本的に間違っている理由

    2023-11-08 20:00  
    550pt
    マル激!メールマガジン 2023年11月8日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1178回)
    経済を看板に掲げる岸田政権のおカネに対する考え方が根本的に間違っている理由
    ゲスト:田内学氏(金融教育家、元ゴールドマン・サックス金利トレーダー)
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     場当たり的なバラマキ政策を羅列した岸田政権の経済対策は、根本的に間違っている。
     岸田政権は11月2日、「デフレ完全脱却のための総合経済対策」を閣議決定した。9月末に発表した物価高対策や持続的な賃上げなど「経済対策の5本柱」から成り、総額で17兆円にのぼる大型な景気・貧困対策パッケージだ。
     その中の目玉政策として、1回キリの減税と補助金の給付と並んで物価高を緩和するためにガソリン、電気・ガス代補助金の2024年4月末までの延長が含まれている。しかし、元ゴールドマン・サックス金利トレーダーの田内学氏は、補助金自体はその場しのぎで根本問題の解決にはならないという。
     ここで言う根本問題とは、日本が一次エネルギー自給率12%、食料自給率38%という先進国中最低水準にとどまったままでは、何をやってもお金が海外に流出してしまうことだ。ガソリンにしても小麦などの食料にしても、補助金そのものは政府から国民に資産を移す政策となるので、それが有効に使われれば日本の富が増えることに役立つ場合もある。
    しかし、特にガソリンや食料の自給率が低いままでは、いくら補助金を出しても日本の国富が海外に流失するばかりだ。困っている人を一時的に助けることは必要だが、根本原因を放置したままでは問題は解決しない。
     もし自給率を簡単に上げることができないのなら、日本はその分だけ、いやそれ以上に、海外に買ってもらえるような付加価値の高い製品を作って輸出しなければ、国富の流出は止まらない。日本の国富が流出し、日本がどんどん貧乏になっているから、円の価値は下がり続け、益々原材料の値段が上がるという悪循環が続いているのではないか。金利政策云々はあくまでその反映であって、それが円安の根本原因と考えるのは手段と結果を取り違えている。
     賃上げ政策もピントがずれている。物価が上がれば本来は賃金も上がるはずだ。しかし、日本では賃金が一向に上がらない。今回の経済対策の中にも賃上げ企業への優遇税制などが盛り込まれているが、そもそも民間企業の賃金は政府が命じれば上がるものではない。資源輸入大国の日本企業が海外で求められる付加価値の高い製品を作れなくなっていることが問題なのだ。
     岸田政権は今年6月に閣議決定された骨太方針2023の中で「2,000兆円の家計金融資産を開放し、持続的成長に貢献する資産運用立国を実現する」などと言い始めた。そしてその一環として、金融経済教育推進機構なる認可法人を作って国家戦略として投資家になるための金融教育を進めるそうだ。田内氏はこの政策もとんでもなく的外れだと語る。
    そもそも投資というのは、自分以外の人におカネを渡して稼いで貰う行為だ。もう働けなくなった高齢者が投資に頼るのならいざ知らず、どうすれば自分たちに投資してもらえるかを考えるべき日本の若者たちがアメリカの株に投資して儲ける方法を学んでいるようでは、日本の未来は暗い。
    実際、今日本では自分たちの力で社会問題を解決していこうという気概さえ失われているようだ。日本財団による18歳の意識調査では、日本で自分の行動で国や社会を変えられると思っている若者の割合が、インドや中国の3分の1、アメリカやイギリスと比べても半分以下にとどまっている。問題は海外への投資での儲け方を教えることではなく、日本人が自分たちの国が直面する諸課題への有効な手立てを自分たちで考え、それを実現するための投資を国内外から引き込めるようにならなければならないのではないか。
     田内氏は新著『きみのお金は誰のため』の中で、「お金自体には価値がない」、「お金で解決できる問題はない」、「みんなでお金を貯めても意味がない」の3命題を提示した上で、おカネが人々をつないだり、社会を豊かにするための有効なツールとなる方法を考えることの重要性を強調する。実際のところお金自体は紙きれにすぎず、それを受け取って働く人がいなければ価値はない。お金は人に働いてもらうための道具であるという基本中の基本を踏まえた上で、今日本の円の価値が大きく下がっていることの意味をよく考える必要があるのではないか。
    円安の本質的な意味は、日本に働いてもらっても良いものが手に入らないと世界が考えているということだ。日本が海外に買ってもらえるようなモノを作る努力と工夫を今すぐにでも始めなければ、日本の国際的な地位の低下は今後も止まらないだろうと田内氏は言う。
     お金の本質は何か、岸田政権の経済対策に欠けている視点はどのようなものか、今、日本が本当に考えなければならないことは何かなどについて、金融教育家で元ゴールドマン・サックス金利トレーダーの田内学氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・食料とエネルギーの海外依存でお金が海外に流れていく
    ・物価が上がっても賃金が上がらない理由
    ・投資するよりされることを考えなければ日本の未来はない
    ・お金の正体-お金は働いてくれる人を選ぶことしかできない
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    ■ 食料とエネルギーの海外依存でお金が海外に流れていく
    神保: 今日は 2023年11月3日、1178回目のマル激です。今回はビデオニュースの経世済民オイコノミアという番組の司会でもある田内学さんをゲストに迎えてお送りします。10月18日に出版された『きみのお金は誰のため』が非常に売れていると聞いています。
    田内: 発売前に2万部の増刷が決まりました。今日初めに話すような経済対策などの中で日本が抱えている問題は、お金さえなんとかすれば解決するかのような話ではありません。それがなかなか伝わらないのでこの本を書きました。特に今日一番聞いてほしいのは教育関係者の方です。
    最近お金の教育についての話が色々出ていて、うちの子の学校でも先生を呼んで話してもらうんですが、すごく売れた、お金を増やすための本を書いた人が来て、アメリカの株に投資してこうやって儲けるんだという話をするわけです。これは本当に馬鹿げていると僕は思っています。
     なぜかというと、岸田さんの経済対策の中にもありますが、投資というものはお金を誰かに出してその誰かが価値を高めてくれるという話なんです。だけど大事なのは、若い人たちが自分たちで社会に出て問題を探し、こうしたら便利になるということを見つけて、実現するために自分が投資してもらうことです。それをまず教えなくてはいけないのに、お金もない子どもたちに、人に投資しろ、しかも外国に投資しろという話になるともう頭が痛くなってしまいます。
    神保: 昨日、岸田総理が会見をして「デフレ完全脱却のための総合経済対策」を打ち出しました。田内さんにそれを評価していただきたいのですが、元々先週の段階で大きく5つ、物価高対策、持続的な賃上げ、国内投資促進、人口減少対策、国土強靭化というのが出ていました。その5つの中身が具体的に出てきたということです。
     
    田内: 言いたいことはいっぱいあります。まず為替の話にしても、元々円安になったら日本のものが売れると言っていましたがとんでもないですよね。そちらをどうにかしなきゃいけないわけです。金利で調整して、金利を上げたら円高になるといった話ではありません。「デフレ脱却」と総合経済政策にはありますが、物価に関しては完全にインフレですよね。
    物価が上がったらその分賃金は上がるものですが、上がっていないのはちゃんと労働者に分配してないからではないのかという話になっているんですが、問題はそんなことではありません。 

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  • 熊野英生氏:岸田政権の経済対策では日本の経済は再生しない理由とその対案

    2023-11-01 20:00  
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    マル激!メールマガジン 2023年11月1日号
    (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ )
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    マル激トーク・オン・ディマンド (第1177回)
    岸田政権の経済対策では日本の経済は再生しない理由とその対案
    ゲスト:熊野英生氏(第一生命経済研究所首席エコノミスト)
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     「経済、経済、経済」
     岸田文雄首相が今国会の所信表明演説で高らかに掲げたキーワードだ。
     しかし、「経済の岸田」を自負する首相が出してきた経済対策は、残念ながらあまり効果が期待できそうにない。
     9月末に発表した「経済対策の5本柱」をもとに、岸田政権は総合経済対策なる本格的な経済対策を11月2日に発表する。まだ全体の予算規模は明らかになっていないが、10兆円を超える大型の補正予算案が出てくる見込みだ。ところが、これまでに明らかになった対策の中身を見る限り、今多くの国民が痛みを感じている問題への有効な手立てがほとんど見つからないのが実情だ。
     「経済対策の5本柱」は、物価高対策、持続的な賃上げ、国内投資促進、人口減少対策、国土強靱化から成る。最優先課題として挙げられている物価高対策としては、所得税・住民税減税や、ガソリン、電気・ガス代補助金の2023年4月末までの延長などが含まれる。
     減税は1人あたり3万円の所得税、1万円の住民税減税に加え、住民税を納めていない世帯に対しては7万円の給付を行うという。ただし、いずれも実施されるのは来年6月になる。既に6兆円を超える税金が投入されているガソリンの補助金については、元々これは時限的措置だったはずだが、これを廃止した瞬間にレギュラーガソリンがリッターあたり200円を超えてしまう状態が続いているため、政府としてはやめるにやめられない状態だ。
     第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生氏は、今、一番国民が痛みを感じているのは食料品の値上げであることを指摘した上で、家計の消費支出の3割を占める食料品の値上がりをそっちのけにした物価高対策はピントがずれていると語る。2023年9月の生鮮食品を含む食料品の消費者物価指数は、2022年9月から9.0%も上がっているのだ。
     経済の話はとかく難しくなりがちだが、熊野氏の説明は非常に明快だ。要するに今日本が抱えている問題は大きく分けて3つ。日銀の金融緩和が不必要に続いているために物価が上がっていること、物価が上がっているのに賃金、とりわけ企業数で99.7%を占める中小企業の賃金が上がらないこと、そして少子高齢化とそれに伴う労働力不足の3つだ。
     そもそも今の日本を襲う物価高の根本的な原因は円安にある。そして日本の食料自給率は38%、エネルギーの自給率も12%と先進国としては最低レベルにある。円が安くなれば、その分輸入製品の物価が上がるのは当然だ。食料とエネルギーという国民生活にとって不可欠な商品を過度に輸入に頼っている日本は、円安が即消費者物価の高騰を招く。
     また、今の円安の原因が日本のマイナス金利政策にあることも明らかだ。リーマンショック後、日本と同様に一時は金融緩和に走ったアメリカやEUは早々に出口戦略を実施し、金利の引き上げを繰り返し行ったが、日本だけがマイナス金利のまま取り残されてしまった。内外の金利差が広がれば広がるほど、円安は進み、輸入物価は上がり続ける。
     本来、日銀はインフレ目標を2%と定め、それが達成されるまでは「異次元」の金融緩和を続けるという話だったが、既に日本のインフレ率は2%を大きく上回っている。にもかかわらず、金融緩和路線を変更できないのは、あまりにも長く事実上のゼロ金利が続いたため、日本企業がゼロ金利を前提とした体質となっていて、金利上昇に堪えられなくなっているからだ。
    また、金利があがった場合の日本の財政への影響も大きい。低金利に慣らされ、甘やかされた日本は金利引き上げに転じた時の経済への影響が余りにも大きいため、そう簡単には脱金融緩和に踏み出せないのだ。
     しかし、熊野氏は日銀が異次元の金融緩和をやめない限り、この物価高は収まらないと言い切る。
     熊野氏はまた、ガソリン補助金も問題のある施策だと言う。市場原理では本来、値段が高くなると消費を控えるようになり、再び値段が下がっていくが、政府が大量の補助金を投入している今、税金という形で国民自身が負担していることに変わりはないが、ガソリンスタンドでは痛みを感じないため、今まで通りガソリンを消費してしまう。EVの急速充電器の設置にあてることもできた税金をガソリン補助金に使うことは、EVへのシフトを妨げていると見ることもできる。
     逆の見方をすると、岸田政権がやっていないところに、本来実施されなければならない正しい経済対策が潜んでいると見ることもできる。ガソリンの補助金に6兆円からの大枚を注ぎ込むのなら、むしろ日本が世界から遅れを取っているEVシフトをこの原油高を奇貨として思い切って行うべきではないか。また、これはある程度時間をかけて実現せざるを得ないが、食料自給率やエネルギー自給率の低さが日本にとっては大きな経済安全保障上のリスクになっている以上、少しずつでも自給率を上げる施策に思い切って踏み出してはどうか。
     日銀の金融緩和と並んで今日本が必要としている施策は、中小企業の賃上げを後押しすることだと熊野氏は言う。日本の中小企業は企業の利益に占める賃金の割合である労働分配率が極端に高いため、簡単に賃上げができない。そのため労働分配率が低い大企業がまずは賃上げを実行することで経済の回転を良くすることで、中小企業が賃上げを行いやすい環境を作っていく必要があると言う。
     また、少子高齢化についても、仮に今政府が有効な手立てを実施できたとしても、それが経済面で効果を生むのは20~30年先になることを考えると、より即効性のある対策が待ったなしだ。その一助として、現在日本が行っている技能実習性のような抜け穴に頼るのではなく、本格的な外国人労働者の受け入れを検討すべきだと熊野氏は言う。
     こうして見ていくと、結局のところ、今回の経済対策を見るにつけ、岸田政権も、そして広い意味で自民党政権も、現在日本が抱える根本問題に手当てする気がないとしか思えない。そもそもそのような施策を実施する能力がないのか、あるいは自民党政権ではその支持基盤とバッティングするためやりたくてもできないのか。どちらにしても、仮に今回のような一時的なバラマキで支持率が多少回復したとしても、本気で日本を変えていく気概がないことを国民から見透かされている限り、政権の支持率は回復しないだろう。
     岸田政権の経済対策は妥当なのか、問題はどこにあり、本当に必要な対策は何かなどについて、第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
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    今週の論点
    ・岸田政権の経済対策とは
    ・問題だらけのガソリン補助金
    ・インフレに陥る様々な原因と日本の賃金が上がらない理由
    ・人口減少にどう立ち向かうか
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    ■ 岸田政権の経済対策とは
    神保: 今日は2023年10月27日金曜日、1177回目のマル激です。今日はさしあたってとても大事な経済の問題をやらないといけないということで、第一生命経済研究所主席エコノミストの熊野英生さんに来ていただいています。今、日本のインフレは何%くらいで、どうして今の状態で安定的な物価上昇と言えないのでしょうか。
    熊野: 今の物価上昇というのは、大体2.8から3.2ぐらいです。なぜこれが安定的ではないかというと、輸入物価は為替の影響が大きいので、現に今も輸入物価が下がったりしているんですね。これは原油の影響です。上がったり下がったりするエネルギーや食品は、インフレ率の思考の中から除かれています。
    では何がインフレの安定的な基準かというと、賃金だと言います。賃金は1回上がったら下がらないので、賃金が安定的に上がるようになれば日銀の目標はクリアされるとしています。今年の賃上げは定期昇給を含めて3.58、除くと2.08ですが、来年も2%以上が達成されれば安定的ではないかとされています。
    2年で安定的と言えるかどうかも問題ではありますが、最短で来年の3月か4月ぐらいになると、日銀が判断を変えるのではないかと言われています。
    神保: われわれ一般消費者の感覚とずれていると感じるのは、石油価格や食料品はものすごく日常生活に影響するんだけど、それをインフレ計算から除外して2%という風に考えているからということなんですね。われわれはインフレはもう十分ひどいんじゃないかと思っています。 

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