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日下渉氏:ロドリゴ・ドゥテルテとは何者なのか
2016-10-26 23:00550ptマル激!メールマガジン 2016年10月26日号(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/ )──────────────────────────────────────マル激トーク・オン・ディマンド 第811回(2016年10月22日)ロドリゴ・ドゥテルテとは何者なのかゲスト:日下渉氏(名古屋大学大学院国際開発研究科准教授)────────────────────────────────────── フィリピンのロドリゴ・ドゥテルテ大統領が、10月25日から、国賓として日本にやってくる。安倍首相との首脳会談に加え、天皇陛下との会見も予定されているという。 日本に先立ち中国を訪問したドゥテルテは、唐突に「フィリピンはアメリカと決別する」と宣言をするなど、突如として中国寄りの姿勢を鮮明に打ち出している。日本の安全保障にも影響を及ぼす事態だけに、首脳会談に臨む安倍首相の外交手腕の真価が問われる。 しかし、それにしてもこのロドリゴ・ドゥテルテという政治家は一体何者なのか。 今年6月の大統領就任から、僅か4か月の間に3500人もの麻薬犯罪の容疑者を裁判にかけることなく処刑したかと思えば、強姦やジャーナリストの殺害を容認する発言を繰り返す。かと思えば、フィリピンの人権状況に懸念を表明したアメリカのオバマ大統領を、「Go to hell(地獄へ堕ちろ)」だの「Son of a bitch(畜生野郎)」などとこき下ろし、予定されていた首脳会談をキャンセルされると、今度はアメリカを袖にして中国に付くと言い出す。とにかく、やりたい放題、言いたい放題なのだ。 ところがそのドゥテルテのフィリピン国内の支持率が、なんと9割にも達するのだという。 フィリピン研究が専門で名古屋大学大学院国際開発研究科准教授の日下渉氏は、この「ドゥテルテ現象」を、発展途上国にありがちな、必ずしも情報を十分に得ていない貧しい国民が、バラマキによって貧者・弱者の味方を自称するポピュリストに熱狂している一過性のものと考えるのは間違いだと指摘する。 それはドゥテルテが、フィリピン国民に対して痛みの伴う政策の実施を公言する一方で、麻薬や汚職が蔓延して機能不全に陥っているフィリピン社会の「規律」の回復を標榜すると同時に、社会の基盤を成す「家父長の道徳と秩序」の再興を訴えているところにヒントがあると日下氏は言う。 毎年7%前後の順調な経済成長を続けてきた結果、安定した中間層が形成されるようになり、フィリピンという国は途上国モデルから新興国モデルに変貌しつつある。しかし、麻薬や汚職に浸食された脆弱な社会インフラは、相変わらず途上国の時のままだ。フィリピン国民の多くが、目先のバラマキによって得られる快楽よりも、規律や社会の秩序が回復されることによる長期的な安定を優先し始めた。そのタイミングにその期待を担って登場したのが、ドゥテルテというキャラの立った稀有な魅力を持った政治家だった。 暴言を繰り返すドゥテルテの下を熱狂的に支持するフィリピンに今、何が起きているのか。ドゥテルテ現象とアメリカのトランプ現象に共通点はあるのか。ドゥテルテ来日を前に、日下氏にとともにジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今週の論点・法的正しさを超えた、「家父長」としてのドゥテルテ・ドゥテルテ大統領を生んだ、フィリピンの社会的背景とは・ドゥテルテの弱みが「軍」にある理由・対岸の火事ではない、「義賊」への期待+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
■法的正しさを超えた、「家父長」としてのドゥテルテ
神保: 先週はトランプで、今週はドゥテルテです。ここ数日の発言は結構すごくて、カメラがまわっているところで「われわれはもうアメリカと決別して、これから中国と付き合うんだ」ということを、大統領が普通に言っている。トランプについては先週、大統領選に勝つためというより、その後のことを考えてのプロモーションだろう、という話もありましたが、こちらはそうではない。もう少し政治的にきちんと見なければならないと思うのですが、宮台さんはいかがですか。
宮台: 先週はこんな話をしました。「正しい」ことよりも「スッキリする」こと=享楽のほうが大事だという感受性が広がっていて、それを「感情の劣化」と名付けていた。しかし、今後テクノロジーが発達すれば自分たちが正しさをジャッジしなくても別のアーキテクチャーが判断してくれる。われわれはむしろ享楽、快楽を追求すべきなのだ――という考え方が、アメリカのネトウヨの一角を占めるインテリたちの一部が考えていることだという話です。 付け加えると、イタリアの思想家(アントニオ・)グラムシや、ルカーチ(・ジェルジ)を含めた戦間期のヨーロッパマルクス主義者の基本認識として、秩序は共同利害に資するが、同時に金持ちの特殊利害を追求するためにあるものだ、という二重性があるということがありました。つまり、秩序があって初めて貧乏人は生きられるが、そのことを支えにして、金持ちの利益が追求されている。その意味で、正しさ、例えば合法的な正統性を追求することに何の意味があるんだ、という問いかけは、1920年代から非常に意味を持つものだった。フィリピンの今般の問題は、パンドラの箱が開き、その問題が一気に噴き出したようなものです。アメリカの流れがあって、今度はフィリピン。グラシム的な二重性の認識という意味では、ドゥテルテのほうがはるかに徹底している。今回は非常に重要なポイントが明るみに出ると思います。
神保: そんなことを念頭に置きつつ、話を進めましょう。フィリピンのドゥテルテ大統領が、10月25日に来日します。大統領ですので、天皇陛下、それから安倍首相とも首脳会談を行ったりするので注目が集まると思いますが、報道を見ていると、中国や日米の関係とか、太平洋のパワーバランスがどうのという話ばかりで、フィリピンそのものの話があまり出てこない。今回はどちらかというと、マスコミ好みの大きな話より、フィリピン自体の話を伺いたいと思います。そこで、フィリピンの専門家の方にゲストにおいでいただきました。名古屋大学大学院国際開発研究科准教授の日下渉さんです。実はフィリピンの専門家をいろいろ探してみたのですが、意外と少ないんですね。
日下: フィリピン政治を専門にしているのは、日本中でおそらく5~6人でしょう。
神保: 日本にはフィリピンを研究するニーズがないのでしょうか?
日下: どうなのでしょうか。一つ言えるのは、フィリピン研究者の基本的な特徴として、学生時代に現地に行ってハマってしまった、という人が多い。とても自由な国で、解放感があるし、享楽があるんです。つまり、正しさがない。日本は規律と正しさがあり過ぎて息苦しいから、フィリピンに行くと解放される。私も学生NGOのような感じで入って、現地のど田舎、電気も水道もないところに住み込み、ハマってしまいました。
神保: フィリピンの自由な感じというのは、アジアのほかの国とはまた違うのですか。
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渡辺靖氏:トランプが負けてもトランプ現象は終わらない
2016-10-19 23:00550ptマル激!メールマガジン 2016年10月19日号(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/ )──────────────────────────────────────マル激トーク・オン・ディマンド 第810回(2016年10月15日)トランプが負けてもトランプ現象は終わらないゲスト:渡辺靖氏(慶應義塾大学環境情報学部教授)────────────────────────────────────── オクトーバー・サプライズ。アメリカの大統領選挙は投票日直前の10月に、予想外の展開を見せることが多い。ここで候補者の過去のスキャンダルが浮上したり、ちょっとした失言などがあると、11月上旬の投票日までに失地を挽回する時間がないため、結果的にそれが命取りになるからだ。 予備選挙から一貫して今年のアメリカ大統領選挙の根幹を揺るがしてきた「トランプ旋風」が、ここに来て大きな節目を迎えている。どうやら2016年の大統領選のオクトーバー・サプライズは1本の猥褻ビデオだったということになりそうだ。 10年前に録画されたという1本のプライベートなビデオによって、トランプの一連の暴言がどうやら彼の本音だったらしいことが、白日の下に晒されることとなった。少なくとも、これまで恐る恐るトランプを支持してきた消極的な共和党のトランプ支持者の多くは、そう受け取ったようだ。もはや大統領選挙自体は決したかに見える。 本来であればそれは、アメリカの歴史上初の女性大統領の誕生を意味し、もう少し盛り上がりを見せてもいいはずだが、そうした雰囲気はほとんど感じられない。 まず、民主党のヒラリー・クリントン候補も多くの問題を抱えているからだ。今回は敵失で漁夫の利を得た形になるクリントンだが、メール問題や健康問題など、通常の大統領選挙では十二分に致命的になり得る問題がいくつも浮上していた。しかも、クリントン対トランプの選挙戦が、表層的なスキャンダルネタでお互いを罵り合うネガティブ・キャンペーンに終始したため、クリントンの政策が十分有権者に浸透したとは言えない状態だ。 アメリカウォッチャーで慶應大学教授の渡辺靖氏は、ビデオ問題が浮上して以降、トランプは自分の支持層を拡げるのを諦める一方で、コアな支持者を固める戦略に出ていると指摘する。それはトランプが大統領選挙後も、トランプ現象を率いていく覚悟を決めたことを意味している。クリントン政権にとっては選挙が終わった後も、トランプが率いる一大勢力が最大のリスクファクターになる可能性が否定できない。 渡辺氏はトランプの影響力がどの程度温存されるかは、選挙戦でトランプがどの程度の支持を集められるかにかかっていると言う。確かに選挙で惨敗すれば、トランプの勢いにも一時的にブレーキがかかるかもしれない。しかし、一説には何があってもトランプを支える支持者が全米で1400万人はいるという。今回の大統領選挙でトランプの下に結集した、現状に不満を抱える保守的な一大勢力は、今後、アメリカの政治地図を根幹から塗り替える存在になっていく可能性は否定できない。 トランプ現象のその後と、選挙後のアメリカ政治の見通しについて、渡辺氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今週の論点・トランプのスキャンダルで大統領選の趨勢は決まったか・まさに「何でもあり」 大統領選は度を越した中傷合戦に・消極的支持による“クリントン政権”への懸念・トランプ現象は対岸の火事なのか+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
■トランプのスキャンダルで大統領選の趨勢は決まったか
神保: 先週、実は別件でアメリカに行ってきたのですが、大統領選挙がすごいことになっていました。日本でも報道されてはいますが、やはりあの感じは伝わってこない。何でもありで、次元が低い泥仕合のようになっています。選挙の結果自体は決した感があり、おそらくヒラリーが勝つでしょう。しかし、勝敗が決したらもうそれでいいじゃないか、と簡単にいかないような気配もあります。宮台さんは現状、米大統領選に対してどういう印象を持っていますか。
宮台: 神保さんほど実感しているかどうかわかりませんが、やはり相当ひどい。もしこれでヒラリーが勝ったとしても、これほどヘイトされている大統領というものがあり得るのか。ジョージ・W・ブッシュのときでさえ、確かにバカだという批評はあったけれど、憎まれてはいませんでした。むしろセクシーだと言われていましたよね。
神保: ナイスガイだと。しかも今回の場合は、相手があまりにひどいから勝つという。
宮台: そうでしょう。共和党が今後どうなるのかもわからないし、まさに泥仕合で、ポリシーとかイデオロギーがまったく問題にされず、「お前の母ちゃん出べそ」のような話になっている。これはたぶんアメリカだけの問題ではなく、民主主義の将来にとってどういうことを意味しているのか、ということを感じざるを得ません。
神保: 似たようなことは今、フィリピンでも起きているし、イギリスではEU離脱という形で表れています。果たして日本は大丈夫なのか、ということも含めて、一度あらためて点検したほうがいいと考えて、あえて今、この問題を取り上げることにしました。つまり、選挙になって、もしヒラリーが勝ってしまったら、もう「トランプ現象は何だったのか」という話はあまり出てこない可能性もあるからです。ゲストは前回もトランプのことで番組に出ていただきました、アメリカ・ウォッチャーで慶應義塾大学教授の渡辺靖さんです。大統領選挙には「オクトーバー・サプライズ」という言葉がありますが、どうも変なサプライズになってしまいそうな感じですね。
渡辺: 英語でゲーム・チェンジャーと言いますが、あのビデオがこれまで拮抗しつつあった世論調査を一気に引き離す分岐点になりました。
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佐藤聡氏:2020年は東京が世界一のバリアフリー都市になるチャンスだ
2016-10-12 23:00550ptマル激!メールマガジン 2016年10月12日号(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/ )──────────────────────────────────────マル激トーク・オン・ディマンド 第809回(2016年10月8日)2020年は東京が世界一のバリアフリー都市になるチャンスだゲスト:佐藤聡氏(障害者インターナショナル日本会議事務局長)────────────────────────────────────── 1964年の東京オリンピックを機に政府は新幹線や首都高速などの交通インフラや国立競技場、代々木体育館などの公共施設の建設を進め、都内の公共インフラ整備が一気に進んだことはよく知られている。しかし、1964年に日本がやり残したことがある。 実は、1964年の東京ではアジア初のオリンピックが開催されたのと同時に、世界で最初のパラリンピックが開催されていたことは意外と知られていない。しかし、1964年の段階で日本にはまだ、都市インフラのバリアフリー化を進めるだけの余裕はなかった。それから半世紀が過ぎた。その間、世界各国では都市インフラのバリアフリー化やユニバーサルデザイン化が進み、気が付けば日本はバリアフリー後進国になっていた。 自身が車椅子ユーザーで障害者インターナショナル(DPI)日本会議の事務局長を務める佐藤聡氏は、アメリカを視察した際に衝撃を受ける経験をしたという。ニューヨークでヤンキースタジアムを訪れた時のことだ。日本でも野球場に車椅子用のスペースは用意されているが、数が少ない上、健常者とは別扱いになるため、友人と一緒に試合を観戦することができない。ところが、ヤンキースタジアムには球場を取り囲むように大きな車椅子用のスペースが確保されていた。そして、何よりもヤンキースタジアムは、前の人が立ち上がっても車椅子利用者の視線が遮られないように設計されていた。 実はこれはヤンキースタジアムに限ったことではない。アメリカでは野球場のような公共の施設は、ADA(Americans with Disabilities Act/1990年に制定されたアメリカの障害者差別を禁止する法律)のガイドラインに準拠しなければならないことが、法律によって定められている。アメリカのADAから遅れること26年、2016年にようやく障害者差別解消法が施行された日本にも、一応バリアフリー化のガイドラインは存在する。しかし、これはADAガイドラインとは比べようがないほど基準が緩く、しかも民間に対してはあくまで努力目標にとどまっているため、ほとんど徹底されていないのが実情だ。 なぜ日本のバリアフリーは遅れているのか。2020年オリパラを機に、日本は世界一のバリアフリー都市に生まれ変わることができるのか。その前に立ちはだかるものは何か。障害者インターナショナル日本会議事務局長の佐藤聡氏と、ジャーナリストの迫田朋子と社会学者の宮台真司が議論した。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今週の論点・“バリアフリー後進国”=日本の現状・バリアフリーが進まない理由は教育にあり・知識がないために悪気なく起こる、おかしなバリアフリー・好転の兆しと、「何もしないという差別」+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
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映画が映し出すメディアの変質
2016-10-05 20:00550ptマル激!メールマガジン 2016年10月5日号(発行者:ビデオニュース・ドットコム http://www.videonews.com/ )──────────────────────────────────────マル激トーク・オン・ディマンド 第807回(2016年10月1日)5金スペシャル映画が映し出すメディアの変質────────────────────────────────────── 月の5回目の金曜日に特別企画を無料でお届けする5金スペシャル。今回は映画がメディアの変遷をどのように描いてきたか取り上げた。 今回取り上げた映画は、最新作「ニュースの真相」のほか、「スポットライト 世紀のスクープ」、「グッドナイト&グッドラック」、「大統領の陰謀」、「ニュースの天才」、「マネーモンスター」、そして番外編として「プロミスト・ランド」と「ハドソン川の奇跡」の8作。 かつては政治権力や大企業の腐敗と戦う「勧善懲悪」の主人公だったメディアが、最近ではメディア自身が悪事を働いたり、逆に権力に利用され腐敗の片棒を担がされたりするストーリーが多い。メディアが社会問題を解決するのではなく、むしろメディア自身が社会問題の一部として描かれるようになっている。 確かに、グローバル化やインターネットの登場によって、既存のメディアの役割は大きく変わってきている。しかし、その一方で、新たに表舞台に躍り出たネットメディアは、これまで既存のメディアが果たしてきた権力の監視機能や共同体の意見を集約する機能は果たせていない。そうした状況の下で、政治の劣化や社会の分断は進む一方だ。 映画に色濃く映し出されたメディアの変質から、われわれは何を読み取るべきか。このままメディアは伝統的な公共性を失ってしまうのか。ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。
++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++今週の論点・アメリカのジャーナリズムは「腐っても鯛」か・『グッドナイト&グッドラック』に見る、抗えないメディアの“力”・インターネット化がメディアにもたらした困難・『ニュースの天才』に見る、アメリカ映画界の気概+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++
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