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2017年4月の記事 4件

<ビュロ菊だより>No.127「北欧が割り込んで来る+」

<池尻大橋アプティ>    今年は言うまでもないがジャズレコード100周年であり、更に言うまでもないがロシア革命100周年であり、エラ・フィッツジェラルド生誕100周年であるが、個人的に最も重要な事は「飲酒10周年」である。私は実家が飲み屋で幼少期から酔客の世話をしていたので、酒の匂いがゲロの匂いと結びついていて、とにかく酒は一生飲まないと思っていた。    気がつけばチェインスモーカーになっていて、2008年ぐらいまではゴロワーズの両切りを一日に6箱吸いきっていた。サックスを吹いている以外の時間は、常に煙草をくわえていたので市川崑ばりである。市川崑で一番好き映画は言うまでもないが犬神家の一族だ。    何せ風邪をひいて酷く咳き込んでいる時でも、パニック発作で外を歩き回りながら震えている時でも煙草は旨かった。そんな私と煙草の深い仲を裂いたのはマイコプラズマ肺炎である。流石に肺炎で煙草は吸えなかった。想い出深いのは、このことを精神分析のセッションで報告した時である。無限喫煙は通常、口唇期が抜けきれない人の病症的な習慣だとされる。私はそのことを分析医に訊ねたのだが、分析医は「いやあ、肺炎になったら口唇期もへったくれもないでしょう」と、珍しく笑って言った。腕が吹っ飛んでも無意識は働くのか?親の遺伝子はどこまでが生物学的なパスで、どこまでが文化的な感染なのか?基本的な事が結局解らないというのは凡庸さのひとつに数えられる。    私の人生から煙草が下手に退場し、代わりに上手から登場したのはアルコールである。私は所謂「味は好きだが、酔うので飲めない」派。だったのだが、いきなり何杯飲んでも全く平気になった。私の人生はこうした「唖然とする様な変化が平然と起こる」事の連続で出来ている。    いきなり酒が飲める様になった私がしたことが「想いっきりワインを飲みながらフランス料理やイタリア料理を食う事」であったのは、ここまでお読み頂ければ首肯頂けるであろう。そして私にはワインの師匠が2人出来た。1人は「クレッソニエール」のメートル(当時)であった杉原氏で、もう1人が現在は「ブリッコラ」のカメリエーレ(当時)であった原品氏である。    原品氏は現在、押しも押されぬひとつ星、神谷町「ダ・オルモ」の店長であり、杉原氏は様々な店を彷徨った後、現在は池尻大橋「アプティ」のメートルである。杉原氏を知る人ならば、氏がどれだけ強烈な個性の愛されキャラであるかは御存知であろう。今でも自分のフッドからは遠場である池尻まで足を伸ばす。この日は、レコード探偵ボブこと中村君が5月から引っ越すので、そのお祝いに来た。メニューの品数は絞られており、総てが旨い、というスタイルなので、特に何をお勧めする訳ではないが、ボルドーのむっちりした赤でカスレを喰っていれば間違いない。    しかし、いかな「えー、54ですか!全然見えませんねえ」と言われ続ける、魔女の魔法がかかったままの私でも、中身はちゃんと老けているので、カベソーやシラーがヴェールで2杯以上飲めなくなった。寝るか胃がもたれてしまうのである。まあ10年でボルドーの赤は上からその上までみんな飲んだので、もう未練は無い。これからは果敢に焼酎に挑んで行くか、日本酒とテキーラで生きて行くかである。加齢というキーワードに照合する限りに於いて、現実的なのは前者だ。しかし解らない。今年の年末あたり、私は毎日ボルドーを2本飲まないと酒を飲んだ気がしなくなる様になるかも知れない。私の人生はこうした「唖然とする様な変化が平然と起こる」事の連続/反復で出来ている。  

ビュロ菊だより

「ポップ・アナリーゼ」の公開授業(動画)、エッセイ(グルメと映画)、日記「菊地成孔の一週間」など、さまざまなコンテンツがアップロードされる「ビュロ菊だより」は、不定期更新です。

著者イメージ

菊地成孔

音楽家/文筆家/音楽講師 ジャズメンとして活動/思想の軸足をジャズミュージックに置きながらも、ジャンル横断的な音楽/著述活動を旺盛に展開し、ラジオ/テレビ番組でのナヴィゲーター、選曲家、批評家、ファッションブランドとのコラボレーター、映画/テレビの音楽監督、プロデューサー、パーティーオーガナイザー等々としても評価が高い。

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