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2024年2月の記事 7件

<菊地成孔の日記 2024年2月19日~25日記す>

2月19日(月)   精神科外来にゆく。もう外来で世間話をするだけになって10年目だが(分析をやめたのが50歳の時だったんで)、先生がテーラースイフトの名を出したのでものすげえびっくりした笑。   「えええええお好きなんですか?笑」と聞いたら「いや、偶然グラミー賞見てたんですよ」と言ったので「でも、初めて知ったわけではないですよね?笑」と言ったら「そうですね、もう随分前からねえ。自分の失恋の歌ばかり歌ってますよねえあの人笑」   「今年の受賞曲は、さすがに失恋の歌じゃないんですよ笑」   「え?なんの歌なんですか?」   「自分の娘が遺産相続についてクレームつけてきた。みたいな歌で笑、変わらず赤裸々なだけなんですが笑」   「へえー。でも、音楽的にはあれって、、、、新しくは、、、ないですよね?」   「はい。全然。アメリカの女性シンガーはもう渋滞がかなり長びいてますよ。映画のが新陳代謝ある方ですかね」   と、ここからAIの話になり、俄然盛り上がって長くなった(症状に苦しんでカウンセリングを待っていた患者の皆さんスンマセン笑。それでも僕、10分以内で出るようにしてるんですが)。   先生はAI否定派、というか脅威派で、僕はワクワク派だ。   「僕ぜんぜんウエルカムです。少なくとも音楽に関しては。最近、レトロスペクティヴばっかりなんで、流石にメンタルに悪いですよ」   「ほう、、、、制作した過去を思い出す?」   「それもなくはないですけど、過去はそんなに苦くないですね。それよりも、前に進みたいみたいです。前方の誘惑力のがはるかに強いですね」   「まあ、それは健全ですよね笑」   「だから、どの作業にもAI組み込ませるとワクワクするんで、全部に噛ませてます笑」   「なるほど~。菊地さんらしいですね。未来が、というか、ディストピアが怖くないわけね。ハイの力で無理やり突破してるんじゃないでしょう?」   「それはもうないですね笑。身体作りから慎重にやってます」   「ああ、AIがどれだけ進化しても、即興演奏は残るということ?」   「いや、僕、それもAIでいいです笑」    

<菊地成孔の日記 2024年2月12日~18日>

2月12日(月)  昨年、湯山玲子さん主催の「東京のうた」に来て頂いた方にはもうユヤマンが言っちゃってるんで笑、書いても良いかと思うと同時に、やっぱ細かいこと何も書けないのだが(というか、あの時、ステロイドと熱さましと肺炎の炎症止めを投与して、マジ死にそうだったんで、コンディション不良をお詫び申し上ます。矢野さんのレコーディングと併せ)、ユヤマンの次なる大プロジェクトは「オーケストラとラッパーの共演」で、もうホールもオケも指揮者さんも押さえてあるようだ。  その打ち合わせをしたんだけれども、ユヤマンは僕より遥かにファンタジスタで、「オーケストラとラッパー。これ良いわ。やろうやろう」というぐらいの着想からことを進め、結果、大成功に導かせるすごい力を持っている(何も起こらないこともある笑)。あと、彼女には福の神みたいなところがあって、これも詳しくは書けないのだけれども、彼女自身が全く気が付いていないところで、周囲に大変な恩恵をもたらす力も持っている。  ただ、普通に考えて、オーケーストラ音楽(というか、「クラシックの名曲」をラッパーに選ばせて、ネタみたいに使う。という企画書なんだけれども)はダイナミックレンジが広すぎて、ラップを消したり出したり消したり出したりするのは目に見えているから、よっぽどミニマルな音楽でないとラップを安定的に聴かせるのは音響的に無理だ。 なのだが、前人未到というのは、こういう当たり前の予断など気にしない人物がやり遂げることで笑、ユヤマンは、ミニマル的なモンなんか考えていない、チャイコフスキーとかベートーヴェンとかマーラーとか、もう普通のダイナミックでドラマチックな名曲の力と、ラップのクールでイルな力の、文字通り力づくの結合を信じているのである。  とにかく試しに、僕がスタジオに入っていろいろな曲にあてがってみたんだが、やはり予想通り笑、ヒップホップのビートと交響楽はえらい違いで笑、オケが盛り上がったり、アクセントのでかいのを入れたら、ラップは消えてしまう笑。しかも、クラシック以外にはほとんどないクレッシェンド(だんだん盛り上がる)があるので、結果ラッパーは「ゆっくりと段々消されてしまう」危険がつきまとうのであった笑。  ただ、もう複数のラッパーに声は掛かっていて、あまつさえオーケーしている者もいるのだ(選曲も済んでいるらしい)。彼女は僕のちょっと年上なのだけれども、博徒としてのパワフルさは僕なんか及びもつかない。「太めの女性用のおしゃれブランドを立ち上げよう。これはいいぞ。やろうやろう」で立ち上げた「ojou」は年収億単位だ。彼女の賭けに僕は乗ることにした。ただ、相当な壁だ。  

<菊地成孔の日記記 2024年2月5日~11日記す>

月5日(月)  大雪が降って、ベランダがカナダのクリスマス並みに積雪したのでタバコを吸っていたら、1本が短いiQOSがいつまで経っても終わらないので「あれ?フー。あれあれ?フー」とか煙を吐き続けていたら、自分が吐く息だった笑。部屋で湯を沸かし、紅茶を入れて、膝掛けをして編み物でもしましょうかという気分だ。  グラミー賞の授賞式を見たが、とうとう「僕にとって、USオーヴァーグラウンダーが全く魅力を失う時」が来た。4~5年前から軽く予感はしていたのだが、とうとう本格的に来た感じだ。ポップミュージックは聴き込んでいたつもりで、最近のUSovg以外はK-POPもJ-POPもとても良いというのに。  テイラーが嫌いなわけでもなんでもないんだが、あの曲はなんというか、MTV黎明期の思い出というか、曲だけ聞いてもなんとも思わないのだが、MVが途中から(歌詞の中のワンラインを使った)ドラマになって、そこはすごく面白い。なんかそれだけな気がする。  アメリカは今、かなり暗く、テーラーの「アンチヒーロー」の歌詞も、ちょっと気が利いているだけで、マイリー・サイラスの「フラワー」や、ビリー・アイリッシュの「ワットウォズアイメイドフォー」も、形式が違うだけで、結局どれもみんな同じ歌だと思う。聴いていて暗い気分にすらならない。「ああ、大変なんですね」と思うばかりだ。  マイリーの「フラワー」のMVはネットではなく、地上波の「流派R」みたいな海外MV紹介番組の中で偶然見たんだが「どこまで零落したんだ」と驚愕していたら、零落していなかったので2度びっくりした笑。  彼女の露出癖は、現代のセンスを集めれば、如何様にでも料理できると思うのだが、ビキニの水着ではなく下着でプールに入り、その後、綱引きだの、パワーチューブ系のエクササイズが続き、ニップルが見えるギリギリの線で、全裸にスーツだけ着て踊る。というのは、どう考えてもダメだと思う。  ビリー・アイリッシュは残念だがもう何もない気がする。「バービー」の挿入歌の中の「悲しい歌」として機能しているが、彼女の歌というのはそういう器を超えないとダメではないかと思う。ミュージカルナンバーの捨て曲にしか聞こえない。  いずれにせよ歌詞が悪い。USovgにちょっと前まではあったポエジーもイロニーもなんもない。女性がリアルでちょっと大胆な物言いをしているだけで、すげえーとかいうのはもうやめた方が良い。僕は米国における「X世代」は、我が国における「第7世代」と大して変わらないと思う。  ヴィクトリア・モネも、オリヴィア・ロドリゴも、「なんかすごそう」と思って聞くと、10秒おきに「がっかりメーター」が下がってゆく。  SZAとか何せあのカイリー(長年の推し)が受賞したのは嬉しくもあるが、曲がなんかもう、頑張ってる感しかしない。あのトラックならAI使えば5分でできる(もっと良いのが)。カイリー・ミノーグはまだ55のはずだ。  アメリカで今、一番面白い音楽はジャズだ。ケイト・ジェンティルは「スナークハウス」からびっくりはしていたが、最新の「ファインドレターX」は、相当凄い。腹の座り具合が違う。  ポップスにおける女性の時代は終わり(消費されつくし)、いよいよ長年の悪性男性性(性が多い笑)に苦しんだジャズ界こそ女性の時代だと思う。  アメリカンポップスが零落した理由は明白だ。「(扇情的な衣装や動き等々を)エロいんじゃない。かっこいいんだ」とか言い始めてから一直線に落ちている。シンプルに言うけど、エロいで良くない? ブリトニーもビヨンセもエロかったよ普通に。そして「エロいもんはカッコいい」のではないの?  K-POPが素晴らしいのは、なんてことはない。普通にエロいからだ。日本の坂の人たちもあれは普通にエロい。芸妓さんたちの舞と一緒だ。エロけりゃいいってもんじゃない。エロくてクオリティが高いので素晴らしい。アメリカのリベラルとフェミニズムは何がしたいのかマジで全くわからん。いつかはっきりするかもしれないと思って70年年代からずっと見守っていたが、やっぱ何もないことがわかって義憤に近い感情に駆られている。バイデンは「ワールドリベラリズム」をアジェンダ以上に標榜し、中国のCO2排出を抑えさせると宣言したが、結局また空爆だ。こんなことだからまだトランプ期待論が消えないのである。  単に傷ついた人主体の社会把握に僕は反対だ。ルッキズムがどうのとか多様性がどうのとか全くパワフルにもポジティヴにも聞こえない。引かれものの小唄だ。いいじゃん見た目で判断されたって。僕だってされてるし、してるし、音楽市場の多様性のなさ(特にジャズに対して)に上げたり下げたりされ続けているけれどもなんとも思わんよ笑。  

<菊地成孔の日記記 2024 1/ 28~2/ 4>記す>

<1月28日(月)>   昔は「告知成孔」とか冗談でも言っていたほど、僕には告知すべきことが多く。というより、スタッフとかライターに任せれば良いわけだが告知文を自分で書かないと気が済まなかったのである。   現在、2期スパンクハッピーのレトロスペクティヴの準備が始まって、本当に久しぶりで、元盤(CD)を手に取っているのだが、歌詞は言うまでもなく、CDだと「襷(たすき)」と言われ、書籍だと「帯」と言われたアレに、短い宣伝の文章が書いてあるのだが(当時は「長めのキャッチコピー」とか言っていた。懐かしいなあ)、それも全部自分で書いていたことを思い出し、ものすごいリアルに書くと「ふ~」とため息をついた。30代後半のエネルギーというのは凄まじい。35過ぎぐらいで「もう自分は歳だ」とかいう男女性がたまにいるが、人間ドックを勧める。   ただ、昔日は「詩人の才能というのは15歳で完成して、先はない」とまで言われたことがあった。「15」の部分が「20代」とか「30代」とかに変換されることはあったが、まあ平均寿命が伸びたのだろう。   還暦を迎えて、しばらく熱中していたことがあった。自分が敬愛するクリエーターが60の時に何をしていて、60を過ぎたら何をしていたか?ということの検索で、100人ぐらいやった結果、わかった事は「60代からは(クリエーターとしての)終活」という事だった。もちろん、本人たちは活動なんかしていない(「終活」の「活」の方の話)。   遠い昔、近田春夫さんが「どんな売れてるアーティストも必ず落ちる。でもいつから落ちたのかは分かりずらい、その瞬間探すのが好きなんだよねオレ笑」と言われて、なんと意地の悪い人だ笑、と感動したのだけれども、その話と大同小異だ。   いきなりだが植木等は「新・喜びも悲しみも幾年月」でキネ旬、日アカ、毎日コンクールで助演男優賞を受賞。これは実質の名誉賞である。ゴダールは「映画史」、フェリーニが「女の都」、北野武は「監督・ばんざい!」黒澤明はノイローゼから自殺未遂を経て「どですかでん」。という感じだ。じわっとくるでしょう?笑   筒井先生は助走3年(要するに57ぐらいから)ぐらい揉めて断筆から中野サンプラザ(サンプラザ中野ではない)で「筒井康隆断筆祭」でクラリネットを吹いている。やはり子供っぽい人は強い。小松左京は「虚無回廊」を断続的に連載、未完である。誰か読んだかこれ? 星新一は57で実質上、筆を折っている。  

ビュロ菊だより

「ポップ・アナリーゼ」の公開授業(動画)、エッセイ(グルメと映画)、日記「菊地成孔の一週間」など、さまざまなコンテンツがアップロードされる「ビュロ菊だより」は、不定期更新です。

著者イメージ

菊地成孔

音楽家/文筆家/音楽講師 ジャズメンとして活動/思想の軸足をジャズミュージックに置きながらも、ジャンル横断的な音楽/著述活動を旺盛に展開し、ラジオ/テレビ番組でのナヴィゲーター、選曲家、批評家、ファッションブランドとのコラボレーター、映画/テレビの音楽監督、プロデューサー、パーティーオーガナイザー等々としても評価が高い。

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