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記事 5件
  • <菊地成孔の日記 2022年12月31日午前3時記す>

    2022-12-31 10:00  
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     今年のクリスマスの夜、僕と山下洋輔は、ステージで一言も言葉を交わさなかったし、目線さえ一度も合わせなかった。その方が音がよく聞こえるからだ。そして今年のクリスマスイヴの夜は、いつものように大友とリミッターを外し(彼は自分からは決して外さないので、僕が外すのを毎年待っている)、大いに語り合った。しかし、演奏が始まれば、言葉も視線も交わさなくなってしまう。
     
     大友良英とも山下洋輔とも、実の所したことは同じだ。それは調性という堅牢な社会と、無調という危険極まりないゾーンとを往復することで、要するにボーダーラインを跨ぎ続ける。小学生の頃に、休み時間女子がスカートをたごめてゴム跳びに興じていた。あのステップが音楽には必要だ。ある意味、ボクシングのフットワークと同等に。
     
     ゴム跳びもボクシングもそうなのだが、開始し、ゲームに参加したら抜けられない(休憩はある)スキルは個人的に成長したり停滞したり、落ちたりするものだが、「1年ぶりに会った。その、今日のスキル」は、ゲームが始まらないとわからない。
     

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  • <菊地成孔の日記 2022年12月27日午前4時記す>

    2022-12-27 11:00  
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     クリスマスが終わっていた。どんなことでも麻痺したら終わりだと言う。だから麻酔科の医師はヤバいのであるが(因みに、カヒミ・カリィさんのお姉様は麻酔科の女医である)、恐るべきことに、僕は今、疲れていると感じていない。これはヤバいと思う笑。
     
     いつ疲れを感じるかといえば、一般的には正月三が日なのだけれども(高度成長時代、サラリーマンの多くは正月に風邪をひいていた)、恐るべきことには、今抱えている仕事が全てひと段落するのは来年の2月で笑、2月といえば人間ドックである笑。健康に年男サーヴィスとかないのだろうか?
     
     見るだけでも恐ろしいので、スケジュール帳は早々と破棄して、来年のを買った。変わらずクオバディスのマンスリーだが、銀座のイトウ屋に行ったら、新宿高島屋よりも品揃えが多く(当たり前だが)新色があったので迷わず買った。
     
     15年持ちしたプラダの財布も、小銭入れの部分に穴が空いてしま

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  • <菊地成孔の日記 22年12月15日午前4時記す>

    2022-12-15 10:00  
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     QNとの一仕事を終えた。本来なら今日(昨日)はとっくにアルバムは完成しており、MVも最大で3本は完成していたはずだったのだけれども、A面しか完成していない段階でリリパがプレ・リリパになった。とまれ、こういった考え方自体が過ぎた楽天性で、場合によっては予想だにしない他者を人知れず傷つけているかも知れない、という可能性も、さすがにこの歳になり、七五三なみとはいえ代表取締役になれば少しはわきまえるというものなのだが、まだ身につく程ではない。
     
     というのは、大人言葉で書けば、であるが、「面白い展開になった」としか心が捉えていないからだ。冷静になって、どこに如何なる金銭的、精神的な荷重がかかっているか?などと考え始めると、、、、、と、威勢良く書いてみたが、そもそもそういう事が考え始められないのである。僕に筒井先生や山下洋輔の遺伝子があるとしたら、この点だけかも知れない。 

     歴史上、こうした

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  • <菊地成孔の日記 2022年12月10日午前5時記す>

    2022-12-10 12:00  
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     物事というのは、あれよあれよとヤバいぐらい転がることもあるし、思っていたよりも遅々として進まないこともある。後者の代表、というと申し訳ないようだが、オーニソロジーの「食卓」には時間がかかった。どういった理由でか、は全くわからない。とにかく3年間ずーっと彼の新作について策を練っていたのだが、あっという間に3年も経ってしまった。 

     僕は不自然と無理矢理はしない。行き過ぎようと行かな過ぎようと、ことは自然に落ち着く。「101」も良いアルバムだが、あれはSONY側に急かされたし、正直えらい人々には歓迎されなかった(何回か書いたが、SONY側は、TABOOレーベルの最後の1枚にファイナルスパンクハッピーをーーまだ誰が相方になるか決まっていない時点でーー推し、僕は決然と断ってオーニソロジーのアルバムに決定した。DC/PRGの「第二アイアンマウンテン報告」の時の、ユニヴァーサルとのラッパー選択の時

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  • <菊地成孔の日記 2022年12月5日午後5時記す>

    2022-12-05 20:30  
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     12月に入った。例年になく長かった今年ももう1ヶ月を切ったが、元日までは波乗りと一緒だ。今日、東京は急激に寒さを増し雨が降った。アレッサンドロ・ミケーレがグッチを退任。
     
     1980年代なら、むしろパーティー日和だ。クラブカルチャー全盛期よりも少しだけ前の、初期ヤッピーのパリピ文化。彼らは雨や寒さなど気にしなかった。毛皮とプラスティックがマテリアルの服を纏い、ポップグループやリップリグ&パニックで、あるいはマイケルジャクソンで踊る。
     
     タクシーに乗ってシートベルトを刀を抜くように、大きく引っ張ってロックする。「青山通りの、行列ができるドーナツ屋の前。で分かります?」と笑いながら聞くと、異様に恐縮した感じで「すみません住所を、、、、」と言われた。「ですよね笑」
     
     ドーナツ屋さえ行列はなく、青山はブルーヴェルヴェットだった。加齢のせいで、角膜がおかしくなったのかも知れない。クラブゼロの階段を降りるともう新音楽制作工房の藤井くんが先に入っていて、かなりパセティックな歌モノでサウンドチェックをしている。彼がまだDAW初心者だった頃とは別人である。 人が育つというのは恐ろしいほどだ。無邪気で乱暴で、何も知らないでいられる時期は短い。それは巷間「短い」とされる人生より短いのだ。
     

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