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2024年8月の記事 4件

<菊地成孔の日記 2024年8月30日記す>

Filmoraって言って、恐らく一番カジュアルな動画制作のソフトなんだけど、いやーしまったよなあ本当に。まあ、少なめに見積もって人生が変わったと思うよね。僕のテクノロジーとの関係のパターンは、一言で言えば「大衆より遥かに早いか遥かに遅いか」である。  1)アーケードに、あの「ゼビウス」が一斉に並んだ日、僕は現・歌舞伎町プラザ、旧ミラノ座の脇のゲーセンにいて、もうその日の夕方には天才プレイヤー(中学生ぐらいだった)が100円玉を現金輸送車ぐらい積んで、ギャラリーに奇跡を見せていた。僕はそれを5時間ぐらい見ていて、それが3~4ヶ月続いて、大体のアルゴリズム(隠しキャラ含む)を暗記した頃、細野晴臣が「ゼビウスから神話を感じる」とか言ってデザイナーと対談しているのを読み「おっせーよ」と思っていた一方、ファミコンを買って、一番最初のマリオとかドラクエにはまって、仕事に遅れたりしていた時、もうあれが何年のことか忘れたが、とにかく誰に話しても例外なく「え?今ハマってんの!!ギャハハハハハハハハ!!」と笑われた。因みに、世にいうアタリショック遥か以前、というか、アタリより前じゃないのかなあれは。テニスゲームの最初期みたいなのからやっていた。  2)MIDIがこの世に生まれた時、僕は音楽学校に入ったばかりだったんで、それこそ友達が全員始めた。僕もインストールしてもらったけど、どーうにもこうにも自分と合わず、実に50年間、MIDIとは自宅内別居みたいな感じで、とうとう一回も触らないまま捨てた。  そしてプロトゥールスが音声ファイルの編集を可能にした年に「デギュスタシオン・ア・ジャズ」を制作した。未だに、生演奏の音声ファイルの編集を、修正のような消極的仕様ではなく、作曲という積極使用したアコースティックジャズのアルバムは1枚も出ていないと思う。  MIDIから50年後にAIが現れたら、こーれがまたあまりにも自分と合うので、最初期から新音楽制作工房に先端技術チームを作って研究し、実作しまくっている。恐らく今年中に、音楽用も動画用も間違いなく商用可能なやつを買って作り倒す。  現在世界中で制作されているAI使用の音楽は、全て我々、新音楽制作工房のAI使用セクションの足元にも及ばない。「岸辺露伴は動かない」は、世界で最初にテレビドラマのOSTにAI生成物を使用したドラマになった。自分が初めてMIDIを使ったのがいつで、何の作品だったか覚えてもいない(恐らく1期スパンクハッピー)。  3)インスタグラムを見ると「オレが世界で一番早かったな」と思う。デジタルカメラよりも早く、ハンディカムの初期から僕は全ての食事や、あれやこれや生活の全てを動画で録画し、それを切り出して静止画にし、初期ブログフォームに上げていて、露出狂のキチガイ扱いされていた。デジタルカメラを買ってからはブロガーというより、今のインスタグラマーに遥かに近かったと思う。バエルどこじゃなかったぞ。大体98年ぐらいから。誰もがやるようになって止めた。   

<菊地成孔の日記 2024年8月27日記す>

「険しい丘を登るのには、最初にゆっくり歩くことが必要である」   こんな、↑ 百里の道も一歩から的な、ほんとバッカみたいな言葉を、死んだ後も金言ぐらいの扱いにされて困っている偉人が誰か?   1)デール・カーネギー 2)ナポレオン・ボナパルト 3)サー・ウィンストン・チャーチル 4)ダライ・ラマ(当世)   正解はウィリアム・シェイクスピアである。シェイクスピアは無茶苦茶偉大だ。僕が一番好きなのは「ジュリアス・シーザー」だけど、一作残らずみんなすごい。「恋のから騒ぎ」ですらかなりすごい。そして、明石家さんまの「恋のから騒ぎ」に、未だにケイトブッシュの「嵐が丘」を使い続けているスタッフはトラスト&リスペクトでしょう。すげえんだからケイトブッシュ。「嵐が丘」読んですぐこの曲できたんだよ。しかも10代の時!!   言うまでもないが、僕がぺぺの「嵐が丘」を「嵐が丘」と言うタイトルにした理由は2つで(だいたい、大切な理由というものは2つあるものだーーーウィリアム・シェイクスピア)、一つは、このケイトブッシュのセンス、そしてもう一つは小説の神様、水村美苗先生が、夏目漱石の「明暗」の続編を勝手に書いた「續明暗」、そしてかえす刀でブロンテの嵐が丘の日本版を書いて「本格小説」という題名にしたことである。まあ、わかんないだろうな。良いよ。別に。いやほんとほんと。  

<菊地成孔の日記 2024年8月26日記す>

 月に一度の精神科に行った(というか、今、カルテ待ちの状態だ。オルゴールの演奏による「星に願いを」が流れている)。もう11年も世間話の為に通っており、一次産業の方々のような気分になる。あ、意味わからないか。わからないね。   今年、今季、今月は豊作だ。というような話だ。え?まだわからない?だったら仕方がないお互い諦めよう。と、まあまあ、不謹慎は承知の上だが、とにかくアナロジーという物は守らないといけない(このままだと絶滅するんで)。要するに今年、今季、今月は豊作である。   というか、豊作すぎて困る=供給過剰による商品価格低落のことを「豊作貧乏」と言うが(すでにこのアナロジーも危ないよ。そんなことオレに学習させんなよコンプライアンサーたち)、僕も先生も「もっとゆっくり話したいんだけどなあ、、、」というスッキリしない気分が診療室内が充溢される。   患者さんが座りきれないほどいて、お一方お一方が、見るからに大変そうだ。という日(例えば今日。そういう日は暑いというリスクは捨てて長袖にしないといけない=精神科外来に行くときは長袖で行く=タトゥーに対する過敏反応はもうストリートにはほとんどない)、僕と先生の対話の、最短をシュミュレーションするにこれぐらいだから、ストップウオッチで測ってみてほしい。  

<菊地成孔の日記 2024年8月24日記す>

 正直、もう2度と復旧しないと思っていたんで正直びっくりしている。都市伝説、とまでは言わないが、訳知りの訳知り顔をした奴の話が眉唾だというのは、ひょっとしたら古代ぐらいから変わらないのかも知れない。数多くの人物に「絶対復旧はない」と言われたし、復旧するにしてもすぐには無理なのでマネタイズのできるアレやコレやを教えてもらったりした。   だから「ああそうかー」と思って、Xは、そろそろ徘徊老人も飽きていたのだけれども、このまま復旧せずに何もしないのもなんだから、この日記の代わりにやっていたのだが、マジで正直ここだけの話、うっすらわかっていたとはいえ、あんなにもとは思わなんだ笑。   神経症、ある程度有名な人物へのディスり(読んだ方にはおわかり頂いていると思うけど、全くディスってないけどね。今のSNSの「悪意があるのか?無いのか?」の回答への要求の高さはおぞましいほどだ。悪意が向けられたら死ぬのか。ひょっとしてまだ流行ってんの?デスノートとか?「舞台版」がある、という驚異的な噂は耳にしているけれども)をする老害。で仕舞いだろう笑、なんとまあ酷い世の中になったもんだ笑。  

ビュロ菊だより

「ポップ・アナリーゼ」の公開授業(動画)、エッセイ(グルメと映画)、日記「菊地成孔の一週間」など、さまざまなコンテンツがアップロードされる「ビュロ菊だより」は、不定期更新です。

著者イメージ

菊地成孔

音楽家/文筆家/音楽講師 ジャズメンとして活動/思想の軸足をジャズミュージックに置きながらも、ジャンル横断的な音楽/著述活動を旺盛に展開し、ラジオ/テレビ番組でのナヴィゲーター、選曲家、批評家、ファッションブランドとのコラボレーター、映画/テレビの音楽監督、プロデューサー、パーティーオーガナイザー等々としても評価が高い。

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