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記事 237件
  • <菊地成孔の3週間/2018年3月第1、2、3週>

    2018-03-19 14:00  
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     小磯が敷く手、失礼、小忙しくて、メルマガ(そろそろ死メディア)のクリシェだが、更新が遅れて申し訳ない。という訳で、一気に3週まとめてしまうことにした。
     写真を撮ることに抵抗が生じているという症状はまだ続いていて、というか悪化している。食事に行った際に食べたものの写真を撮れなくなってしまった。
     SNSの誕生よりはるか前、ブログに食事の写真を載せるに際して(私はこの世代である)、店の店主と、勝手に写真を撮った客が揉める。などという牧歌的な時代があった。
     現在、「写真お断り」なんていう店は、無いか、あってもものすごく少ないだろう。情報を封鎖する「取材お断り」の店だった数少ない店だけが、恐らく今でも写真は撮らせていないと思うが、面倒なので詳述はしないけれども、私はこの問題に非常に興味がある。
     メディアで何度も繰り返し言っているが、言われる方がフロイド的失視(ヒステリー症状の一部)によって、見えなくなっているのだろう。誰からも反応がないが、ネットカルチャーの最大の属性は無法性だ。インターネットを規制する国内法も国際法もなく、特に問題なのは後者だが、まあそれはともかく、国民全員の掌中に握られた無法性の塊、即ち無法者が社会を変えてゆく。これは凄いことだ。
     筒井康隆(敬称略)的な発想だが、「取材お断り」の有名店に、SNSファシズムどっぷりの客が来て、料理の写真を撮ろうとし、店主と揉める。そのやり取りを周到に書くだけで相当面白い短編になるだろう。
     当然、<客が写真を撮って拡散する行為を「取材」と定義するかどうか?>の議論が行われるし、あらゆるネットカルチャーの本質的な話題が会話の中で出てくるだろう。店側の、「不特定多数の客に知られたくない」というコンセプトに対し、全く理解を示さない客が、「知られたくないなら商売をするな」と言うだろうし、「取材というのはプロの取材という意味だろう。我々はプロではない」「ではアマチュアか?アマチュアの取材者というのは何だ?」「国民全員のことだ」という、筒井独特の、不毛な議論が延々とかわされ、途中から客は、このやり取りをツイッターで生中継し始め(そんなことができるかどうかわからないが)、ラストは発狂した店主が、客を殴って失神させ、頭から天ぷら油を浴びせて焼き網に乗せて焼いてしまう。文字通りの「炎上」、それによって店は大繁盛で、文字通りの「炎上商法」、つまり「取材お断り」の店が「炎上商法」の店に反転。というベタベタの締めがよろしい。 と、妄想の筒井康隆昭和短編時間が長くなったので、話を戻すが、今やシェフというのは、料理だけでなく、自分や自分の店の給仕やソムリエまでも撮影される前提の商売になってしまった。これは、病的なナルシシズムの強要、というか、強い感染であり、SNSの本質を突いている。
     私は、まず通って上顧客になり、自然と撮影が許されるようになるか、あるいは店主に「あのう、お料理の写真を撮ってもよろしいでしょうか?もちろんチェックを入れていただいて構いません」と聞いて、むしろそこそこ喜ばれていたクチだが、食べログなどの写真を見ると、見るに堪えない下手くそな写真が多く、まあなんというか、ドルオタぐらいにはグルメブロガーの写真の腕を上げてもらいたいと、今は願うしかない。
     料理人が最悪の場合二重に(料理と自分を含む、従業員と内装)被写体になってしまった世界。嫌だと言ってももうしょうがない。面白がるしかない。しかし、本当に気持ち悪い。イヴリン・ウォーぐらいのブラックユーモア感覚が必要である。医者がそうなったらどうだろうか?
     この三週間で、いうまでもなく三週間分、飲食店に行った(今更だが、私は100%外食である)。しかし、恐るべきことに、あれほど食事の写真を撮るのが好きで、そこそこ上手かったという自負すらあった私が、今は気がつくと1枚も撮っていない。
     

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  • <菊地成孔の一週間/2018年2月第4週>

    2018-03-06 10:00  
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    2月20日火曜  写真はロシア大使館近くの「サウンドシティ」というスタジオで、東京でも老舗に類する。私が使用するのも随分と久しぶりだ。

     あらゆるジャンルで、宅録とも卓録とも書かれる、所謂ミ二マルなデスクトップミュージックの驚異的な発達によって、昔日にはクリシェだった「どこそこのスタジオの音が素晴らしい」「このアルバムはどこそこで録音されているから偉い」的な、まあ、アビーロードだとかハンザウォールだとかロスのキャピタルだとか何とか、ああいう話は、現在ほとんど口にされない。

     限定的に、生楽器による演奏に関してのみこのクリシェは健在で、まあそれはおかしな事でも何でも無い。むしろ、初期のヒップホップやテクノやエレクトロを「有名なスタジオで録音していた」としていた、という事実の方が、黎明期の混乱、牧歌的な時代の遺物として語り継がれるだろう。

     ここで、市川愛氏の、バンドを使った最終レコーディングが行われた。フライングで書くが、アコースティックピアノが林正樹、アコースティックベースがトオイダイスケ、そしてアコースティックギターが今堀恒雄である。演奏は完璧で、中でも今堀のギターは圧倒的に凄い。彼と仕事をするのは何年ぶりだろう?互いに少しずつだが、確実に老けた。
     

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  • <菊地成孔の一週間/2018年2月第3週>

    2018-02-26 10:00  
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    2月12日  サロン・ドゥ・ショコラに関して、特にそれが、やがてコミケになる可能性について指摘したのは、銀河系で私が最初であり、最後であったと思うのだけれども、<バレンタインデーまで開催される>別イベントである<スイーツコレクション>については全く言及していなかった。  これは、プレ・メゾン・ドゥ・ショコラであるという以上に、「昔の、良い時代だった(とにかく今のメゾン・ドゥ・ショコラは、メゾン・ドゥ・ショコラではない)メゾン・ドゥ・ショコラのルネサンス」としての意義に固定している。

      もう新しいメゾン開拓といった若い情熱は失っている私はプレスタとバビとマゼを買うだけになってしまったが(それだと、都内で1年中買えるが。このイベントで伊勢丹の催事場で買う事に意義がある)。さすがにハローキティとのコラボは買わないが、結局自分は、バビが一番バビっていると思う。
     

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  • <菊地成孔の一週間/2018年2月第2週>

    2018-02-17 10:00  
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     レコーディング太りという言葉がある。最近はもう使う者もほとんどいないが、すげえ簡単に言うとハッピーターンとカントリーマアムによって肥満することだが、最近は「おもたせ」カルチャーもひと段落、誰もがお勧めの菓子屋だパン屋だ弁当屋だと言って、不味い物が根絶した、この星でも有数のディストピア、トーキョーシティーで、旨い物だけを貪り、世界最高のフォアグラの様になっている状況、やはりレコーディングスタジオには、コーヒーとコケインだけしか無いという、70年代のニューヨークに戻しましょうよコッチ市長。でないと私は、次回明らかになるが「薄毛で小太りで刺青が入っている地方のダメなヤクザ」という、何かちょっと憧れないでもない姿で「ブルータス」誌に載ることになるのである。

     

     もう情報が出ているからガンガン書くが、「素敵なダイナマイトスキャンダル」で荒木経惟先生をモデルにした「あらきさん」を演ずるにあたり、最も留意したのは体型である。役作りに体型の変化が含まれる事が名優の条件(デニーロ・メソッド。デニーロだから、「メソルド」とした方が良いかもしれない)と聞いたので、「80年代の荒木先生のような体型」にすべく、ガツンガツンにダイエットしたり、逆に腹をポッコリ出したりしない様、かつ、背中にはうっすら肉がついているという、非常に難しい体型作りに腐心した結果、大成功したのには我ながら驚いたが、現在、初代市川愛乃助氏のソロアルバム作りに腐心している私は、市川氏が典型的な「おもたせ&おもてなし」派の、しかも「肥り易い食い物だけが好き」という属性に飲み込まれ、前述の映画の倍ぐらいにまで肥満している。

     

     市川氏の、あとちょっと身長が高ければショーモデル行けるでしょうという程のスタイルの良さは、アメリカ留学経験者にありがちな、だらしない肥満のセッティングの直中におり、氏は日常的に、マラソン、ホットヨガ、八双飛び、荒事、宙吊り、などの激しい(マゾヒスティックとも言って良い)肉体鍛錬によってキープされているのだが、私は現在、ダイエットの時間が割ける状態になく、薄毛で小太りでチビで刺青が入っているダメな地方のヤクザから、レコーディング前の自分に戻すべく、今日から先ず糖質を抜く。それはまるで棘を抜く様に。何の為に?再び役作りである。撮影は3月だ。
     

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  • <菊地成孔の約一週間/2018年1月第4週&5週&2月第1週>

    2018-02-09 10:00  
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     インフルエンザの大流行と大寒波の関係はどうなっているのか?知る由も無し菊地成孔。とにかく恐ろしい事には、AをやってBをやって風邪をひく、というグランフルコースの方も居るとか居ないとか。そしてかく言う私も現在「B来たかな?」と戦々恐々としているのである。来たとしても知りたくないので検査は受けない。現在の私は電話で指示を出せば有能な部下が動いてくれる、という状況では残念ながら、無い(積年のビジネスパートナーである長沼は除くが)。これは誰彼が無能だと言っているのではない、あえてここでの無能性が一番高いのはこの私だ。

     

     私は、アカウンタビリティが極端に低い事で一部有名である。アカウンタビリティとは説明責任の事で、要するに最初のミーティングで、企画意図のプレゼンを完璧にこなし、周囲を巻き込める能力の事だが、あれを持っている人間が、所謂成功者だと思って間違いない。私は、自閉症の天才児の様に(自分を天才だと言っているのではない)、黙って1人で考えついて、黙って1人で行動して、どんどん実現してしまう。というタイプで、周りの者はたまったモンじゃないと思う。

     

     音楽家とは阿吽があるのでまだ良いが(それでも、私がバンドを立ち上げるとき、メンバーは口を揃えて「最初は何が何だか解らなかった。やっと最近解って来た」と言う)、スタッフである。私は脳内で着想した段階で殆ど作品は出来上がっているので、他人にあれこれ説明するのはめんどくさい、というか能力的な不全によって、そもそも出来ない。ので、「黙ってアイツにやらせておこう」という状態に耐えられない人々の苛立ちを買い続けることになる。

     

     従って、私の現場は私が直接赴かないと動かないし、ただ単に作業的に動かないのではなく、私が居ないと、誰も、何をしておけば良いのか解らない状態が固定される。「この歳でインフルA型(高熱が出る方。6日間の蟄居が強要される)はキツいぜ~」と言うのは、体がキツいのは言うまでもないが、私は壊死性リンパ結節炎という熱病で死にかけた経験があるので、実際の所、39度が3日間ぐらいだったら何でも無い(その病気の時は、42度が2ヶ月続いて、体重が30キロ代まで落ちた)。

     

     それよりも、進退ここに極まったのは、私が検査によってイン振るA罹患と診断された日が、市川愛氏のアルバムレコーディングのホットスポットだった事である。現場は停止を余儀なくされ、発売は若干日だが延期された。第一には参加ミュージシャン、市川愛氏、スタッフ諸氏に謝罪したい。この混乱の収拾は、やっと本日(2月8日)に着いた。ギリもギリである。

     

     更には、私が蟄居を余儀なくされた6日間のうちに、オーニソロジーのライブとジャズドミュニスターズのロングタイムDJセットがあったことである。第ゼロには音楽的な成果とは別に(私が入らない方が良かった場合、というのも存在する訳なので)、とにかく私の演奏の為に対価を支払って下さった上に、回収されなかった方々(そういう方々がいらっしゃったのかどうか、いらっしゃったとして、額がいくらなのか、不勉強にして解らないが)に謝罪したい。健康管理も仕事のうちとは言うが、人間ドックの結果が良かった事で慢心していた。人間ドックには疲労の蓄積や、それによる免疫力の低下までは細かく出ない。私は歌舞伎町を出てから睡眠時間がどんどん減っており、離/再婚してからは更に減った。私の人生は明らかに間違っている。今年中に何とか修正しないといけない。
     

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  • <菊地成孔の約一週間/2018年1月第三週>

    2018-01-31 10:00  
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    *既にご存知の方も多いと思うが、去る1月24日からインフルエンザA型に罹患したこと、それによって、公演としてはオーニソロジー並びにジャズドミュニスターズのそれに対し、関係各位に多大なる迷惑、そしてコアなファンの皆様に於かれましては、ご心配、あるいは具体的な金銭的損失(その実数は計上できないが)を被らせてしまった事を、先ずはこの席で速やかにお詫び申し上げます(次回、改めて深く正式にお詫びしたく存じます)。

     実際この年齢にインフルエンザA型は容赦がなく、現在、軟禁生活4日目だが、なんとかキーパンチぐらいはできるだろう(指ぐらいは動くだろう)、とう事で、試験的にこれを書いている。

     しかし、書かれているのは1月第3週、つまり15日から21日にかけて事であって、インフルエンザに罹患するなど、誰も知る由もなかった、という時期である。とはいえ保菌はしていたかもしれない。次回詳しく書くが、私が発症したのは「日本で一番寒い日」その日だったからだ。

     久しぶりで私は大当たりを引いた。精神分析治療を受ける前は、ひと月に1回ほどの頻度で大当たりを引いていた。一番大きい物の一つが「DCPRGのレコ発ライブの5日前にアメリカ同時多発テロ」「二枚目のレコ発ライブ中に米軍がバクダッドへ侵攻」「秋葉原連続通り魔事件の最中に新宿のグランドキャバレーで演奏中」等々であるのは言うまでもないが、最近は落ち着いたものである。「恥ずかしながら大人になった」と言って良い。しかし、油断はしていない。私の未解決の部分によって、私のライブ中に北朝鮮はICBMを誤射(或いは斉射)しているかも知れない。私が繰り返し「ライブに来てくれ」という理由には、そう言った意味合いも込められている。家にいるより良かろう(勿論、冗談に違いない。最近は、「ただ口調(文体)がシリアス」という理由だけで、このエッセイをシリアスなものだと考える、ウイーン少年合唱団員の両親のような知性の日本人が増えているという。日本人がウイーン人と似て被る恩恵は何一つないと思われる。
     

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  • <菊地成孔の約一週間/2018年1月第二週>

    2018-01-20 09:00  
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    菊地成孔の一週間(1月第2週)


    <1月12日> 

     我がTABOOレーベルの18年度第1作は、Ai ichikawaもしくはI.C.I改め(I.C.Iは継続するが)市川愛氏のソロ第1作である。リリースは3月下旬になるが、現在が政策のホットゾーンである。この週は基本的に、レギュラー仕事以外は氏のアルバム制作に費やされた。こう書くと作曲したり録音したりしていると思われるだろうが、録音は1月第4週であり、現在はコンテンツの整理と全曲のリアレンジメント(編曲の手直し)、作詞のブラッシュアップと、あとはジャケット並びにアーティスト写真のアートワークである。結構思い切ったルックの変化を行うので、発売の際にはマーケットの判断を仰ぎたい。

     

     音楽の具体的内容や、あらゆるバックヤードに関する言及は「粋な夜電波」にゲストとして出演して頂く時間以外、私からはしないことにしているので、ここでは契約までの経緯を、若干時を遡って記すことにする。一言でまとめれば、アルバムはTABOOレーベルクオリティ、すなわち傑作になるので、ぜひお買い求めいただきたい。
     

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  • <菊地成孔の約一週間/2018年1月第一週>

    2018-01-13 10:00  
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     ここまでさんざ書いて来たが、写真を撮る意欲に不全が出て来てしまった。なので勢い、偽インスタグラムの更新が遅れるという悪循環を生んで来てしまったので、写真はもう、無理矢理撮る事にして(今までは、結構自然に衝動的にーーある意味、プロのカメラマンに近い感じでーー撮って来たのだが、このブログ用に、広告ページの物撮りのように)、初心に戻り、週刊形態にしてみることにする。懐かしいなあ「素晴らしい内容なんだけど、量が多過ぎて苦しい。退会します」とか言われていたのだ。このブロマガの初期の頃は。 

     

    <1月1日~3日>

     ワーカホリカーが正月に風邪を引く。という話しほど凡庸な物はない。私は正月に倒れた本人からこの話しを聴くという事を、最古では獅子文六のエッセイ、思春期には坂本龍一のラジオ、昨日はテレビで綾瀬はるかから聞いたが、芸があったのは獅子文六だけだった。 
     

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  • <ビュロ菊だより>No.137「<とうとう写真を撮らなくなってしまった年末+>」

    2017-12-31 21:00  
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     コレを書いているのは12月31日である。前回の最後であるディエゴ・スキッシとの対談の約一ヶ月後で、スケジュール帳を見ると真っ赤っか(イベントのある日は赤ペンで丸がついている)なのだが、写真は12月25日で途絶えているし、更に言うと、今月のイベントの殆どに1枚の写真も無い。

     

     これは単に加齢による倦怠なのだろうか。とにかく私は、写真を撮る事にワクワクしなくなってしまった。与瀬山さんとのライブ(南さんとの再会付き)、名越さんとのトークイベント、金沢で和製ミュージカルについての講義、山下洋輔とのデュオ、中原昌也とのトークイベント、何せのQNとOMSBシェイクハンドがあったHOLIDAY5、と、バックヤードの写真を撮れば、流行語大賞が「インスタ映え」であるこの時世にどれほどの価値があるのか解らない物件の連続の中、私はカメラを壊してしまった訳でもなく、偶然持っていなかった訳でもなく、ポケットの中に入っていながらにして、構える事さえしなかったのである。

     

     「もう誰もがやっている事なのでやらない」というのは、当たり前の心理である。私が初めてデジタルカメラを買い、ブログにアップしはじめたのが2007年なので、丁度10年で飽きた、というのも同様である。そもそもSNSに対して否定的だというのは、ここ最近ずーっと言ってる事だ。しかし私は、もっと何か強い、嫌悪感の様な物を感じ始めている。写真を撮って、世に出すという行為に。

     

     それはきっと「もっと音楽を聴いてもらうには、写真を撮らなくてはいけない」という、強迫観念の様な物だろう。私はもっともっと私の音楽を聞いてもらいたいし、本を読んで欲しい、しかしそれには写真を撮らなくてはいけない。それは、関税とか免許とか通行手形とか、とにかく義務の様な物だ。私は90年代に、「ライブ告知に煽りの文章を入れると、客が増えるに違いない」と考えてやってみた。それは「スペインの宇宙食」という著作になったが、10年前から、そこに写真を加えてみた。そして今、写真を撮る事に疲れ果て(プライヴェート用にも撮っていない)、微弱な嫌悪感さえ感じている。ナルシシズムが鼻につく、というような凡庸な話しではない。ナルシシズム自体は恐らくあらゆる人々が死ぬまで旺盛である。私は天啓に従って生きて来たし、それによって後悔した事は一度も無い。私の後悔は「誰かにやらされている」時だけである。写真が撮れない。これは一体、何の予兆なのだろうか?今年最後の更新は、トピックがだから殆どない。来年からは写真は潰えるかもしれない。

     

     この歳になると、死のリアリティがぐんと上がる。というのは、川勝さんの葬式の時に湯山玲子が言った台詞だ。「レクイエムの名手」を出したら、翌年(昨年)母親が亡くなった。両親が亡くなると、軽く、だがアナーキーになる。読者の(有料会員の)皆さん。皆さんの心身の健康と長寿を祈っています。今年が終わって行く。私はどんどん記憶力が退化し、やっと昨年の大晦日の事を思い出した。ピットインの後に六本木ヒルズに行って、MC漢、SIMI LAB、ICI等とバタバタと歳を越したのだった。

     

     

    <ドナルドトランプチョコレート>

     

     いま「NY土産」で圧倒的な人気、なのだそうだ。50本ほど買って帰って来たが、誰もあんまり喜ばなかった(笑)、ただ、喰うと旨い。
     

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  • <ビュロ菊だより>No.136「<言うのは躊躇われるが、日本のが外国のようだ。だから外国に住む>+」

    2017-11-27 10:00  
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       一昨日ニューヨークから帰って来て、今日、新宿の事務所に、ブエノスアイレスからディエゴ・スキッシが来て、対談を終えて帰って行った。これで、アントニオ・ローレイロ、ヴァルダン・オヴセピアン、アクセル・トスカ、ディエゴ・スキッシと対談したが、とにかくみんな良い奴である事は言うまでもなく、別にこれは自慢でも謙遜でも、遠回しの厭味でもないのだが、古くはキップ(ハンラハン。因にキップとはマンハッタンのバーで久しぶりに飲んだ)辺りから全部そうなのだが、私の音楽を過不足無く理解してくれて、好きだと言ってくれる。好きだと言われるのは日本でも珍しい事ではないが、問題は「過不足無く」「理解してくれる」という事で、私は私の音楽について、何せ作った本人なのだからして、そこそこは過不足無く理解しているつもりだ。しかし、日本の批評家であれミュージシャンであれ、スムースに過不足無く理解している人物は、基本的には、とするが、殆どいないと感じている。誌面にこそ反映されていないが、ヴァルダンは私との対談のテーブルに着くなり、私を指差して「考えてる事、ほとんど一緒だよね?」と言ってから「アイスコーヒー」と言った。
     

     これは、しつこいようだが、日本人が馬鹿もしくは感受性が貧困もしくは音楽的教養に欠け、私の音楽を理解しない、じゃによってクソであって、こんな国は文化的に低いのだ。等と私が思っている、という意味では全くない。私は寿司屋の娘と天婦羅職人の間に生まれた鬼の子であり、私ほど自国を愛し、自分のフッドから出ないご近所ミュージシャンはいないだろう。例えばアトランダムに、DC/PRGにはOで始まる名前のメンバーが3人居るが、大儀見、大村、小田、共に、年間で何本ライブとツアーやってんだろう。という、移動性のインターナショナリストである。

     

     前回の最後に書いたが、何かが狂ったまま安定している私にとって、アウェイがホームであり、無理解こそが理解であり、そしてそのホームは外国であり、外国が日本なのだ。なので外国に住んでいると思っている。「音楽は言葉の壁を越える」と、民は実に気楽に言う、実際はそう簡単に音楽が言葉の壁を越える事は無い。というか、音楽は言葉の壁という堅牢なモノリスに半身を預けている。嘘だと思うなら、好きな洋楽の歌詞を仔細に約してみるといい、自分が何も知らなかった事を知覚すると同時に、感受性の拡張も自覚する筈である。それほど言葉の束縛は強い。

     

     しかし私は、言葉が通じない人々にばかり音楽が通じる人間に育ってしまった。キップは「キクチ、お前のカフカのコンセプトはこれで破られたな。アメリカに乾杯だ」と言い、一緒に来ていた、イエール大学でセルバンテスを研究し、有名な論文を残しているロビー・アミーンは「お前のような奴をオレは、気楽で好色なドンキホーテと呼んでいる。お前はサンチョパンサとドンキホーテがゲイである様にしか考えられないだろ?お前にはいつも良い女が群がっているからな」と言った。アントニオは「アミーゴ、リズムの可能性はハーモニーの可能性と離れられない。あなたはそれを伝え続けている。先生は誰なんだ?」と言った。アクセルは「あなたの曲を演奏するだけで、自分のリズム感が鍛わる。やっていない音階の練習をやっているようだ」と言った。アニメNYのプレスは「サンダーボルトはベイビードライヴァーの先駆だ。あなたの音楽に対するアイデアと技巧と愛のバランスは完璧だ」と言った。ディエゴは「一回自分をタンゴだと決めないと何も混ぜられない。あなたが自分を敢えてジャズミュージシャンとしている理由はよくわかるよ」と言い、「退行」のバンドネオンソロを聴かせたら、数秒で、うっひょー!光栄だ!褒められている気分だよ。と笑った(「退行」のバンドネオンソロは、ディエゴのソロの打点だけトレースし、楽曲のコード進行に合わせた物である)。彼等は私の顔もバイオグラフも何も知らない、CDを数枚聴いただけなのである。もし英語とスペイン語とフランス語に堪能に成ったら、恐らく私は発狂するだろう。 
     

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