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  • <ビュロ菊だより>No.92「連続は流石に疲れた、と思っていたらまだ連続の途中だった+」

    2015-12-20 08:30  
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     ガンダムやっと総て終えて(厳密には終わってないー「貼り」―の作業に参加するので)大西順子さんを擁するスペシャルクインテット、山下洋輔さんとのデュオ、夜電波の生放送4H(HOLLY HIP HOP HOUR)、休息無しで翌日がペペトルントアスカラールの新メンバー(弦楽セクション)との初顔合わせリハ、翌日がモーションブルー横浜で本番、翌日は、原稿とDJ選曲とラジオ番組構成、翌日リアルサウンドの映画批評インタビュウ、そのままブルックリンパーラーでクリスマスDJ、翌日が整体に行ってややレストかと思えば、そのまま美学校へ直行して授業、から、TBSスタジオに直行。夜電波の「ソウルバー<菊>パリへ向かう」の収録、朝の4時まで、翌日がピットイン50周年ライブのダブセプテットのリハ、終えて昨日が坪口のレクチャーにゲスト参加、と、一応スケジュール帳を見ながら書いていますが、最早書いている自分でも何が何だか解りません(笑)。   これですらコンテンツを羅列的に書いているだけであって、これと別に日常的にはサックスやラップの練習したり(特に今年は、ピットイン50周年の司会があるので、アカデミー賞の司会者並みのプレッシュアに押しつぶされそうな自分を楽しんでいます・笑)、インタビュウ受けたり、小さな連載原稿書いたり、インタビュウ文字起こしのチェックをしたり、そもそも大西順子さんのアルバム制作がやや難航しているので、海外から毎日なんらかの動きがあり、それに関して大西さんや制作スタッフとのメールミーティングが行われつつ、メルマガの動画サイトの撮影、それでも夜は料理屋でしっかり喰う、と、「売れっ子の芸人さん」ほどではないが、それに準ずる程度には忙しいよなあオレ、場所の移動がそんなにないだけで。でも、こんだけ働いても、売れてる芸人さんのインカムの100分の1でしょガチで、良いなあテレビ。でも出るとポンコツだからなあオレ。とはいえ文化人枠でテレビのコメンテーターになんかなったら、人生終わりだしなあ。湯山さんを除いて。 などと己が人生を振り返りつつ、もう、今年ばっかりはクリスマスも忘年会も無く、この週末を私塾の授業に費やし、来週頭が夜電波の二本録り(15年最終と、16年初回)、ピットイン50周年コンサートの司会のゲネプロ(まあ、部屋で1人で、動画録りながらやるんですけど・笑)を暗記するまで繰り返しながら25日は大友っちとデュオ、26日がいよいよ50周年記念コンサート本番、明けた27日はさすがに休ませてもらって(倒れると思います・笑)、28には長尺のラジオ番組の収録があって、29に濱瀬先生のご自宅で恒例の忘年会、空けて30にはソロライブ用の個人練習を一日中、何故なら、大晦日のピットインカウントダウンで、久しぶりのソロライブ(オムスとジュマは出ません。吉田沙良さんは出ます。リズムは、坪口、宮嶋、千住、織原)をやるからです。ダメだ、文章で書いても何も伝わらねえっ!!(笑)え?何がだって?ダイエットがまったく出来ねえって事がだよっっ!!!!(笑・でも自然とあんまり太らないの。こんだけ働くと)   と、こうしたワタシの文章から「労働がキツい」と思われるのが最も心外である。文章の読み手というものは、奢り高ぶった生き物で、総ての文字を読んでいると思い込んでいる上に、客観的になっていると思い込んでいる。しかし実際に欲しいのは共感的な喜びという幼稚の極みのみで、要するに手をつないでグルグル回りたいだけだ。それは読文ではなく、公園で遊んでいるもしくは退行して恋人と戯れていたい、という欲望に狩られた/駆られた、あられもない行動であるに違いない(あと、こんな段落中にすいません、興奮してつい忘れておりました。ここまでのイベントにご来場下さった総ての皆様、ここからのイベントに御来場頂く総ての皆様に、メンバーとスタッフを代表しまして御礼申し上げます)。   労働は清らかだ。ともいうつもりはない。端的に、労働は快楽である。しかもかなり強めの。労働をしない人々は快楽の忌避者であろう。働け日本人。遊べ日本人。ぐったりしていると、首をはねられるぞ。はねられるだけなら憧れる人間が出て来る。首を、回転式のノコギリで、3日かけてすこしずつすこしずつ切られるぞ。いやおっと、これとて凡庸なマゾヒストが興奮してしまうかもしれない。どうすれば警句が発せるのか。警句の発し方も解らなく成ってしまった。   でも、働いた方が良い。働いた方が良いのだ。ワタシが「過労死への漸近線的な欲望を実行しているだけだ」という愚か者もいるが、しかしその愚者は正しい。そいつの言う通りだ。何しろ、人類は、健康体である限り、原理的には過労死するしかない。老衰は過労死である。大往生は総て過労死である。人類は、「適量」に何かが出来る様には出来ていない(あと、こんな段落中にすいません、興奮してつい忘れておりました。「ユングのサウンドトラック」の文庫、「レクイエムの名手」がご高評賜っております。お買い上げ頂いた皆様大変有り難うございました)。 そんなに喰う必要は無い、そんなに呪う必要は無い、そんなに心配する必要は無い。スローライフを啓発する者ですら、そんなに啓発する必要は無い。そんなに無気力になる必要も、そんなにコスパ高く生きる必要も無い。そんなに働く必要は無い、そして、そんなに働かない必要も無い。適量の労働などないのである。ワタシ程度の労働量を見て、自殺願望まで読み取る読者が現れる様な国家に、我が国は成り下がってしまった。それには多角的な評価が下せるが、第一に「したくもない労働をしている」という慢性的な自己像を移入した思い込みだ。確かに、したくもない労働をこんなにしたら、死んでしまうだろう。 とにかく、自分の安売りは止めるべきだ。自分のダンピング強要こそが詐欺的な罠なのである。こんなに詐欺にかかりやすい生物はいない。メンタリストのメタルベンディングよりも遥かに悪質で凶悪な詐欺は、「ひと事言ってやった」という自尊心や、ツイート数があたかも財産か貯金であるかのような倒錯に市民を落とし込み、その人物を安価化から更に無料化し、特攻に価値を見いだし易くさせるだけの、結構なシンプルウエイである。労働をしていれば、こんな安直な詐欺にはひっかからない。働け日本人。雇用が無い等と言うのは虚偽だ。この文章を読んで苛ついた者から順に職場に着け。ワタシを殴りたいほど苛ついた者に聞きたい。それが、お前が、本当にやりたい事か?   と、いきなりですが、ダ・オルモ(元ブリッコラ)がミシュランでひとつ受星しました。本当に嬉しい。ただ、ワタシに言わせればノーサプライズアットオール、驚くには全く値しません(あそこにあの鰻屋があり、調査員のエリアに入っていた事は確かに大きい訳ですけれども)。北村シェフと原品オーナー/マネージャー/カメリエーレのコンビは、徹底的に「自分の安売り」を避けたわけです。それは努力ではなく体質として。「星を取ったら勢いが出たね」等と言う事は最も陳腐であります。さっそく受星祝いに伺いましたが、彼等の店がまだブリッコラという名で、新宿にあり、ワタシが始めて訪れた2007年から、水準は一切何も変わっていません。トラットリアで適正に振る舞えるという方は是非足を運んでみて下さい。あと、リコメンドは映画「キャロル」(米)「技術者たち」(韓)「ハッピーアワー」(日)ですね。間違いないです。   そして、先日の「ソウルバー<菊>パリへ向かう」のイントロダクションをアップして欲しいというお声を頂戴しまして、個人的にはあれが別段優れた口上だとは思っていないのですが(毎回素晴らしいので)、実は放送時間調節の為に若干カットしてあり、ノーカット版をアップする事にしました。以下がそれです。どうぞ。 「菊地成孔の粋な夜電波/ソウルバー、パリに向かう」台本 今年の夏の事だ。ワタシは人間ドックに併設されている「脳ドック」に行った。   数日後に結果が出て、いわゆる「呼び出し」を喰らった。   右目の奥のくも膜の下あたりに、小さな動脈瘤が見つかったのである。   日本の脳外科の権威の1人だと言う医師は、巧みにコンピューター画像を扱いながら、「いかにこの動脈瘤が、心配ない物であるか」について話し始めた。パラドキシカルな事なのか、普通の事なのかどうか、何れにせよワタシは困惑した。   ワタシの考えでは、職業的な適性、としてだが、医師というのは最も狂っているし、全員が変態である。次がクラシックの奏者。次がクラシックの指揮者。あとは、ほとんど同じではないかと思う。   明らかなサディスト傾向と、躁病傾向を持つ、その医師は、「これが破裂するとね、くも膜下出血。ということになりましてね、聞いた事ありますよね。統計的な死亡率はなんとか%、重い後遺症が残る確率はなんとか%です」と、厳かすぎる表情で言った後、「あなたの動脈瘤はココで、このぐらいの大きさで、だからね、破裂リスクはね、ほとんどありませんよ」と言って、楽しそうに笑った。   ワタシのは小さいそうだ。だが「とはいえ、動脈瘤というのは、だんだん小さくなって、やがて消える。という事は無いんです。大きくなるか、ならずにそのままか。あなたのが育って、4ミリを超えたら、治療に関する相談に入りましょう」といってから彼は「人によっては17ミリなんていう、、、中学生の女の子だけどね」等と言いながらマウスをクリックし、いかに語彙に貧困であると揶揄されようとも「グロい」としかいいようが無い写真を、モニター一杯に広げたり、開頭手術だの、カテーテルだのいう、身も凍る様な話しを延々とし、その場合は、自分が執刀する、過去、重い後遺症を残した事は一度しかない。と鼻息荒く言いい、ワタシがげんなりしているのを見て満足したか、今度は一転して事務的になった。   用紙を取り出して、チェックし始める。「煙草は?」「吸いません」「血圧は?」「上が100ないです。凄く低いです」「毎日、泥酔するほど飲酒する?」「いや、泥酔した事自体が無いです」「毎日飲む?」「いや、週に3日とか」   「じゃもう大丈夫だ。ほとんど破裂リスクないね。はい、じゃあ、半年置きに経過観察で」と言って、一瞬にしてワタシに対する興味や関係を切断すると、用紙をクリアファイルに戻し、PCのファイルを閉じて、「はいどうも」と言った後、まだ何かが言い足りなかったか、ワタシの反応に物足りなさがあったか、今度は急に、あろうことか、「親しげでエロい人物」に変身した。   チェック用紙を再び取り戻し「あのね、ほらここ、さっきね、煙草、血圧、飲酒、って項目あったでしょ。こんなんじゃダメなんだよ」と言って薄笑いを浮かべた彼は、さあ、いよいよオチに入りますよ、といった雰囲気がムンムン伝わって来る中、「僕はね、ここの項目に、<奥さんじゃない人とのセックス>を入れろって、ずっと学会で言ってるの」と言って、笑いながらワタシを見た。   彼は芝居じみた小声になり「だってさあ、くも膜下出血で救急搬送される人の何%が、浮気中の朝方に集中してるか知ってる?」   着席して以来、相づちを打つ以外はずっと黙っていたワタシは、乗る事にした。   「わ、、、かんないですね、、、パーセンテージといわれても」   「60%以上なんだよ」   「へえ~」   「よく聞くでしょ。有名人の誰とかさんは、実は。とかさ。ワタシも随分、、、、やりましたよ」   「浮気をですか?」   「うっはははははは!バッカだなあ。手術の方だよ。全部最小限にとどめたけどね。1人も殺してない」   彼は本当に楽しげに、ワタシの肩を叩きながら言った。   「そうなんですか」   「そうだよー。だからね、ワタシは学会でいつも言ってるの、チェック項目に、ここにね、<奥さんじゃない人とのセックス>って入れろって」   「ははははははは、、、、」   「だってね、普段感じた事も無い様な興奮が、何時間も何時間も続くんだよ?解るでしょ?」   「そうですね。はははははは、、、、」   と、苦笑しながら、ワタシは一瞬、ちょっと引っかかった。「普段感じた事の無い興奮が、何時間も何時間も続く」という部分にである事は言うまでもないだろう。   今度はワタシが変身した。気心の知れた安心な患者から、一転し、命の危険を知らされたシリアスな患者に。   「先生。あのう、ワタシは音楽家をやっておりまして」   「ほう、楽器は?」   「う。えっと、あのう、それはいろいろなんですが」   「うん」   「自分では査定出来づらいんですが、<普段は感じた事も無い興奮を、何時間も何時間も>という経験を、それこそ浮気のセックスをするぐらいの頻度で、するんですよね」   「それ、どんな音楽なの?」   「う。えっと、あのう、それはちょっと、説明するのが難しいんですが、ジャズなんですが、ダンスミュージックです」   「ああ、ビッグバンドジャズとか?」   う。えっと、あのう、それはその、そうなんだけど、そうではなくて。まあその、とにかく、3時間ぐらいノンストップで演奏します。あのう、来週からそのバンドで何度か演奏するんですけど」   dCprGのツアー直前だったのである。医師は沈黙し、また別の用紙を出して来て、「ここで、3DMRIの写真を撮って来てもらおうかな。僕だったら、そうするかな」と言った。その写真は、現在の写真より遥かに画素数が多く、その名の通り3Dで、様々な事がやや精緻に解るとの事だった。価格は高いのか安いのか解らなかった。   (ここから同時通訳スタート↓)     音楽には、デスとかスラッシュとか、殺人的な攻撃性を志向したり、ラテン音楽の様に、他殺的な祝祭空間を作る物もある。だが、彼等の行為は予めパロディであることが取引されている。音楽が、健康な身体の生命活動に直接与えられる攻撃性は、上限でも拷問程度であり、殺す事が出来ない。そして、死なない程度の拷問というものがどんなものであるか、知っている人物は非常に少ない。知っている者だけは知っている。という奴だ。   ワタシを胡散臭いほら吹きだと断じている純粋無垢な皆様からも解ってもらえると信じるが、演奏中に死ねたら、それは端的に言って最高ではないか。   一個人との、あるいは複数人との腹上死などとは、格が違う。ワタシは3DMRIの撮影をしないまま、dCprGのツアーに向かった。そして会場に来て下さった方ならば、ワタシが、音楽との腹上死を恐れ、なんらかの手抜きを、一切しなかった、というより、そんな事は、演奏が始まってしまえば、したくても出来る訳が無い事をはっきりと目撃されたと思う。結果はこれこの通り。   今から、余り言いたくないことを二つ言う。ひとつは、「今まで経験した事が無いほど激しく、興奮するセックス」を何時間もしたら、脳動脈瘤などなくとも、おそらくワタシは死ぬ。という事。そしてもうひとつ、ワタシはパリの、あのライブハウスに出演した経験がある。という事。   ワタシはテレビ派の人間であるが、「凄惨な事件のCG再現」には反対である。あれは、初期のファミコンゲームに対するノスタルジー、マネキンへのフェティッシュ等、無意識的な性的興奮が多分に含まれて、おぞましいからだ。   ワタシは、「ワタシがあのライブハウスのステージに立っている最中に狂信者が銃を持って入って来る可能性」について、リアルなCG再現映像などによって算出したくはなかった。   将来の戦争がどういうものになるかワタシは知っている。互いが互いをテロリストと規定し、「我々はテロと戦う」というアティテュードが揃うのである。つまり、振り出しに戻る。だ。   そして、死んでしまった犯人達と同じく、ワタシも狂信者である。音楽の狂信者だ。というか、ワタシにとってそれは当たり前の事なのだが、端からはそう見えるだろう。   ガザに届けるのに、包帯と子守唄を選ぶとして、そんなもん間違いなく包帯に決まっているでしょうと即断する人々を、ワタシは恐ろしいと思う。あろう事か、音楽家の中にさえ、そういう人々は居る。彼等は普段、一体何を奏でているのだろうか。   そして、同じ狂信者として、あまり言いたくない事がやはり二つある。ひとつめは死んでしまった犯人達に、彼等にかけられる言葉はこれしかない。「神は偉大なり(*英語もしくはフランス語もしくはアラブ後にするかは当日決定)」そして、カーティス・メーフィールドはこう言った「ジーザスはいる。いるけど何もしない」   もうひとつは、更に狂信的に聴こえるに違いない。しかしワタシは信じている。イーグルス・オヴ・デスメタルが音楽を演奏していたお陰で、被害者の数は最小限に留まった。のだと。   怯え、怒り、呪う事で、祈る事が疎かになってしまっている人々が居る限り、神も愛もこの世にあるものかというニヒリストが居る限り、ワタシの右側頭部で破裂が起こらない限り、ワタシの狂信者としての活動は続く。移動性の集団であろうISが基地を持つ様になったら、我々はそこに、ソウルバーを開店するだろう。これは愛という名のもとの犯行声明である。インターナショナルディスコティーク。ソウルバー<菊>。今夜は番組の総てを、献花としてパリに向けてオンエアします。鎮魂する事と、音楽による官能は、同じ物である。 と、ココからは有料世界向けとなります。会員の皆様、御贔屓有り難うございます。現在当チャンネル、会員数が16〜700となっており、つまり総てのコンテンツを、地球上で2000人以下(オーチャードホールの満席よりも少ない)の皆さんで共有している事になる訳でして、このまま秘密のアジトにしたい様な、会員20万人を目指したい様な、会費を月4万にして会員数を全国で30人ぐらいに落とし、ハワイ旅行に行きたい様な、不思議な気分であります。 

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  • <ビュロ菊だより>No.91「ガンダムの音楽いきまーす(ジャパンクールとワタシ)+」

    2015-12-06 09:00  
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     こういうのは比べるモンではないのですが、敢えてがっつり比べてみようと思いますが、ワタシは坪口昌恭は世界一のピアニスト/キーボーディストだと思っているのですが、とにかく坪口は何でも出来る。ピアノもバップからモダンポリリズムまで自由自在ですし、キーボードのグルーヴもハンパないし、ワタシがやりたい事を総てテレパシーの様に理解してくれるし、打ち込みもハンパないです。   おまけに芸術の話が出来、音楽理論の話しが出来、本当に豊かである。普通、こんなに出来る人は器用貧乏みたいになるんだけれども、まったくならない。彼の家は、実家も含めて20年以上前から総て(引っ越す度に)遊びに行っていますが、もう、部屋全体が楽器の様に成っている。本物の音楽家です。   そして今日、大西順子さんとピットインでのライブのリハをしました。大西さんにはピアノしか無い。アコースティックピアノ一本槍なのです(ローズとかも持ってたけど)。カッコいい。総合格闘家ではなくてボクサーに似ている。アルバムをプロデュースすると決めてから、何度か生でピアノの演奏を聴きましたが、目の前でやられると、余りに物凄いので、勘違いして、女性として好きになってしまうのではないかと思うほど、頭がクラクラします。あんなに楽器が弾けるというのは、ちょっと恐ろしい事でもある。大西さんが弾き始めると空間が光り出すのです。   鈴木、類家といった、つきあいの長い、そして今や日本を代表する中堅以上のプレーヤーである彼等も、リハの間はクールにしていましたが(というか、2人とも日本人独特のシャイネスがハンパないんで)、終わって大西さんが帰った後、ワタシが「やっぱ、、、上手いね(笑)」と、こう、ニュアンスが上手く伝えられないんですが、呆れた様な、苦笑すら浮かべている様な感じで言うと、鈴木君は「いやあ、もう、凄いですよ」と言い、類家君は黙って頭を振っていました(「もう、無理ですよ」的なニュアンスで)。   そんな大西順子さんですが、現在着々と準備中の復帰第一作の前に、既に別のレコーディングセッションを終えています。   それが「機動戦士ガンダム サンダーボルト」というアニメのOSTなんですね。 既に情報公開があり、トレーラーが複数アップされている様なのですが、あの中で聴こえるアコースティックピアノは、総て大西順子さんの演奏ですし、そして言うまでもなく録音されたトラックは、まだまだ未使用のまま、第二話以降を待っています(4話だけなんですけどね)。   ワタシのご贔屓筋であらば、ワタシがジャパンクール全般に疎い事は御存知でしょう。ジャパンクールは、何かとても素晴らしそうだな、とは思いますが、まあ、こっちはこっちでやる事があると(テレビ観るとか、DVD観るとか、本読むとか、ビーバップの練習とか、ラップの練習とか、それらをポリリズムをかけてやる練習とか、伊勢丹行くとか、料理店いくとか、、、、って、何回数えてもこんだけしかないんですが・笑)。   いつもギャグの様にして言っている「自分の中で、アニメは<ど根性ガエル>で終わっている。よ~しこせんせーい!」は、ブラフでもオトボケでもありません。ガチなのです。   あれこそ徒花というのでしょうが、偶然テレビでカチあった「ヱヴァンゲリヲン」の一番最初の奴?を数回見て、「へえー最近のアニメって面白いなあ」と思ったのですが、やっぱ続きませんでした(特に嫌だったとか失望したとか。とかではなく)。   漫画は、ガキの頃は「少年ジャンプ」を読みながら歩いてる二宮尊徳みたいなガキでしたが、そうですなあ?中、、、、学かな?入学して卒業しましたね。去年「耳かき仕事人サミュエル」というのを何十年かぶりで読みましたが、それ以降一冊も読んでいません。後はこれまた徒花的に、82年ぐらいから1~2年だけ「ガロ」を読んでました。「ガロ」は漫画より呉智英のエッセイとか、そういうのが読みたかったんで、漫画を読んでる感じではなかったです。   あと、何がある?ゲームか。ゲームも一時期はスタジオでレコーディング中に居眠りしてしまうほどやりましたが(太陽の石を捜しすぎて)、しかしスーパーファミコンが出たばかりの時のマリオ3までと、あとは1人でラブホテルに行く時(「ええ?!1人でラブホテルに行けるの??!」というビギナーの方は、まあその、、、、ワタシの書いた本読んだりすると出て来ますが、まあ、読む必要ないです)備品で置いてあったWiiの、ゲームではなくて、似顔絵を作るのにハマったのが最後です。あれとてもう数年前だなあ。UAがそっくりに出来て、写真撮ってサイトに載せた記憶があります。   アイドルさんたちは、仕事柄、一応、、、、、聴く、、、、、は聴きますね。という程度で、ごめんなさい正直に言うと、その80%以上はユーチューブですらなく、テレビで聴きます(夜中にやってんの。ただアイドルのPVだけが延々と流れる番組とか)。ですから、「何が起こっているか」というのは、ざっくり見当がつきますが、何というチームの何という人が好きか?とかいった事はないですね。ワタシの最後のリアルアイドルは後藤真希さんです。今でも写真集を見つめて、自らを慰めたりしています。フランコ・ベラルディのイタリア左翼運動史などを読んだ後に。   とはいえ、この国に住んでいて、ガラケーが壊れたんでガラケーに機種変するような(最近・笑)、そして、ネットもユーチューブ以外やらず、といった人間でも「ルパン三世」と「機動戦士ガンダム」の音楽を(どっちもグルングルンにスピンオフ作品ですが・笑)担当させて頂いている訳で、もう、何と言うか、気分は国家事業に参加。ですね。国からの発注(笑)。  (挿話ですが、一応念のため。ジャパンクールだけをなおざりにしている訳ではありません。ワタシは――東京スポーツ以外――新聞を一切読みませんし、ラジオも一切聞きません。サッカーも見ません。国文学の新しいのは金原ひとみさんと中原昌也さんしか読みません。何も知らん新宿区民です)  そんな、頭の中は基本的に次のライブの事と、来週のラジオの事と、今夜の飯と酒の事、あとフェチ持ちなんで、フェティシスト活動を少々。しか考えていない様なワタシでさえ、テレビと雑誌を見て生きていれば、我が国の文化的な趨勢は、文字通り国の空気として伝わって来ますし(「ガールズ&パンツァー」という、物凄い作品にテレビでカチあってしまい、しばらく呆然としていました。ああいうものがあるんですね。なんかもう、とにかく「しばらく呆然としていた」としか言いようがありません)、「ジャパンクール」は、まあよくある話しで、「昔からあったけど、名前がついた物件」ですよね、でも、ワタシが知る限り、スシ、キモノ、タバコ、フトン、ビーフボール、電化製品、日本車、イチロー、等々とは規模が違う、というか、そもそも意味が違うと思っています。   と、勿論ジャパンクール論が書きたい訳ではなく(てか書けませんからね。対象を知らないんだから。今はリズムの本に取りかからないと行けない。という状況です。著述家としては)、何をお伝えしたいかというと、ある日、「ああ、今夜あの店11時で閉まる日かあ、どうしようかどうしようか」とかガチマジに悩んでいると、突然、「あのう菊地さん。ガンダムの音楽のオファーが来ました」と言われる訳ですね。   その時のワタシの第一反応は「え?」というものですが、第二反応は「ああそうだな、ジャズが使われる必然があるんだろうな」というもので、 

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  • <ビュロ菊だより>No.90「映画評とかコンサート評とか+」

    2015-12-01 09:00  
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    最初に情報を     これ(GQ JAPAN Web版)は何と言うか、ワタシがジョルジオ・アルマーニを着ると、「インディージョーンズみたいに見える」という、驚くべき実験結果が出た、久しぶりでやったモデル仕事でした。この撮影があって良かったです。6キロ落とせたので(最近は4~6キロの落とし、戻し合いなので、全身の皮が6キロ分綺麗に余って来たので、夜寝る前に巻いて寝ています)。     これ(スペースシャワーTVでのDyyPRIDEインタビュー)もヤバいです。「イン哲に独学でハマって、実際にインドに渡り、幻滅して帰って来た」というのは20世紀のクリシェで、半ば通過儀礼ですらありますが、それよりなにより一番ヤバいのは、小説家になりたがっているダンが、先につけちゃったペンネームの方で、ワタシは「これで日本の文学界は間違いなく変わる」と確信しました。  あと、今年最後のペペトルメントアスカラール(12/13モーションブルー)ですが、セカンドがお陰さまでソールドアウトだそうです。とにかく「歴史は夜作られる(DVD2枚組)」を買って頂きたいです。世界中であと120万枚は売れてもおかしくないと思っているのですが、まだ日本国内で3000セットぐらいしか売れておらず、「日本人というのは、何か、買うものややる事が、気がついたら全部間違っていないか?」と思う様になりました。   毎度毎度おなじ話しで申し訳ないのですがSNSは人をキチガイにするので、即刻止めた方が良い訳で、国に依存症にされている訳なので、国を告訴し、依存症治療費を出させるべきです(昔のアメリカみたいに)。そうすればワタシの作品はもっと売れて、世界は良い事ずくめなのに。   でも、ワタシが長年言い続けた「フェイスブックに<どうでもいいね>を作らないといけない」という声がザッカーバーグに届いた様で、とても嬉しいです。     とさて、昨日、ワタシのオールタイムベスト入り決定の名盤「ライトハウス」(おそらく日本の、少なく見積もってAMに限定する限り、プレイしたのは「粋な夜電波」だけだと思います。本当に素晴らしいので皆さん是非買って下さい)のお二人、ヴァルダン・オヴセピアン&タチアナ・パーハのライブに行って来ました(「ラティーナ」の皆さん大変お世話になりました。有り難うございました)。引っ張りますが、このアルバムこそが「買ったら聴いてすぐ何か書かないと気が済まない」という恐ろしい症状を沈静化させ、SNS依存から人々を救う、素晴らしい作品だと思います。   とでも素晴らしいピアノと歌唱でしたが、あの、愛で出来た精密機械の様な「ライトハウス」ライブというより、坂本龍一、ジャゴ・コスタ、オレゴンとアルメニアのフォークソングのマッシュアップ、ミルトン・ナシメント、そしてあのギンガの曲も含め、ちょっとしたカヴァー集みたいなステージだったのですが、別の意味で素晴らしかったです。   最初はヴァルダンのピアノソロだったんですが、得意の「左手が4連、右手が3連」という、まるで打ち込みか、コンナン・ナンカロウの一部分の様な、マシーナリーとオーガニックが無理無く融合した奇跡のピアノに、今回は「ノータイムの状態とタイムの状態を、タイムの状態のまま弾く」という、奇跡に奇跡が上乗せられた様な超絶技巧と、大変な技巧があるのに最低限の事しか言わない。という適度なミニマリズム、凄まじく細かい10指の連打によって、どこが頭か解ったり解らなくなったりする。という、これも、聴くには気持ち良いが、やってみるとなると気が狂いそうな超絶技巧に寄って「驚きながら癒されて行く」という、ヴァルダンの音楽性が更に強化されていました。ヴァルダンは「ピアノによる超絶技巧」という現象が何百年も捕われて来た、あらゆる悪質な拘束から自由な革命児です。   タチアナのヴォーカルは非常に個性的で、それは声質とかではなくて、歌唱法として、声を「内向き」に発声するので(いわゆるラティーノな歌手は100%「外向き」に発声するし、タチアナも、箇所箇所では「外向き」に発声するのですが)、何かテープの逆回転でも聴いている様な気分になります。「内向きの発声」というのは、声帯の共鳴を口蓋からPAする形で増幅して出すのではなく、増幅しきらない様に体幹の中心に向かって鳴らし、そのソナーを我々は聴くので、とにかく奇妙な暖かさに満ちています。   マシーナリーとオーガニズムの「正しい」融合は、音楽のみならず、21世紀のあらゆる芸術、テクノロジーのミッションですが、やはり身体を使うのが一番強くて早い。20世紀は芸術がひたすらオーガニックになろうとしたり、あるいは身体をひたすらマシーナリーにしようとする100年間でしたが、彼等の様な音楽が生まれて来るのは時代の必然でもあり、奇跡でもあります。ワタシはそういう意味でヴォーカロイドを非常に高く評価しているのですが(何せ自分で使っているし)、今のところ、としますが、人形愛的なフェティッシュな性欲が、
     

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