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  • ビュロ菊だより 第十五号 「菊地成孔の一週間」フォトレポート

    2013-01-29 21:00  
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  • ビュロ菊だより 第十五号 菊地成孔の一週間

    2013-01-29 00:00  
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    菊地成孔の一週間〜ニコ生によって、30代の男性が読者のメジャーだと知って呆然としている、それにしても「地球温暖化」ってまだリアルに心配してる人いますかね、それすごい余裕じゃないですかの1月第3週〜1月21日(月)
     UOMOの連載の為にワーナーの試写室に行く。「クラウドアトラス」は、間違いなく映画史上初の試みを行い、我々を大いに驚かせるが、それを一体どうやって説明すればいいのか、非常に難しい事に成ってしまっている問題作である。
     まず、監督が3人制で、実にウォシャオ<マトリックス三部作から10年ぶり>スキー兄弟、そして、日本では「ラン・ローラ・ラン」(98)という、新感覚派(実に曖昧な表現だが、実際当時はそう言われた。ストーリーは、テクノミュージックに乗って、髪を赤く染めたレズっぽい女性が、あるシンプルな理由で、作品中とにかく走り続ける)ドイツ映画の監督なのだが、監督が2人以上と言えばオムニバス映画かと思えばそうではない。しかし今、そうではないと言ったばかりの口で「いやいやいや、実際オムニバス映画か」と言い直さざるを得ない内容でもある。既にこの段階でやや面倒くさい訳だが、ご覧に成ればこの文脈はすぐに解る。
     しかも、ザ・ウシャオスキーズがこの10年間、何をしていたかと言えば、主に兄貴が姉貴に性転換していた。ということで、要するに今やウォシャオスキー姉弟なのだが、一般的にはこうした若干スキャンダラスでプライヴェートな事実によって、映画作品について色眼鏡で見てはいけないというのが、映画批評をする上での倫理というものであろう(作品が、自己を投影した性転換者を扱った作品とかでない限り)。
     監督が性転換手術を受けていようと、殺人罪で刑に処された過去があろうと、アラブ市長国連邦の御曹司であろうと、知能が異様に発達したオランウータンであってさえ、作品は作品自体であってフラットに接するべきである。と、またしても言ったばかりの口は、こう言うしか無いのである「3時間に及ぶ、完全な性転換感覚。ほとんどそれだけの映画と言っても良い」。会場に辛酸なめ子氏やグ・スーヨン氏がいたのだが(自分の前の席がグ氏で、グ氏の「タクシーエム」での創成期からの大活動によって、氏のファンである自分は嬉しかった。因にグ氏はニットのインナーにボロボロのジャミロクワイ・オフィシャルTを着ていて、また更に好きになった)、帰り際、町山広美氏にお声がけ頂き、一言二事会話した、その内容は「すっごい性転換感覚じゃないですかあ〜」「いや完全な性転換映画ですよ。性転換映画」というものだった。勿論、性転換は作品とは全く(具体的には)無関係である。
     UOMOの映画評連載も地道に2年目に入ったが、この2年間で一番面白かったのが「アベンジャーズ」で、次がこれだ。とにかく驚くし(CGとか3Dとかいってデジタルな驚きではない)、かなり面白いので(脚本は、あって無きような物であるが)、責任を持ってお勧め出来る。批判派も多いと思うが、彼らだって面白がっている筈だ。
     UOMOで使われるかどうか微妙だが、「Mr.スポック・トラウマ」が総てを支配していると思う。と、かなりのヒットが予想され、しかもこの後「UOMO」で批評を書く訳だから、ネタバレの危険回避も含めてここまでにしておき、一般に公開されたら改めてここで批評を書こうと思う(その前に、広告に推薦コメントを書く事に成ると思うが→帰り際に依頼されたので)。
     一点のみ、ペ・ドゥナのセックスシーンがあるのだが、これがもう絵的には普通にポルノで「ええこれ大丈夫なの?あのう腰が物凄く動いてるんですけど」と思ったら、案の定劇場ではボカしが入るとの事。近年ここまで「やったあ得したあ」という気分に成った事は無い。
     ペン大理論科高等。15年に及ぶペン大の歴史で、初めて「卒業(その科の終了)」と「ペン大学院(マスター/ドクター)の設立」を行う事に成った(まあ、クラスの名称が変わるだけだが・笑)。理論科高等はあと2回で終了するが、美学校と同じく最後の分析対象はドナルド・フェイゲンの「スノーバウンド」だ。
    板書しながら「これは<雪で通行止め>という意味だから、まさにタイムリーな曲ですけどねー」と言ってみるものの、苦笑がちらほら、といった感じ。みんな雪にうんざりしているのだ。
     朝型の生活(大袈裟。夜中の5時に寝て正午に起きているだけ。なれど自分には大変な生活革命である)がおそらく(未だに信じられないのだが)が続いており、完全に定着するまでには様々な生理学的な影響がしばらく出るだろうが、そのひとつか、14時位と23時位に異様に腹が減る(そんな事か)。前は25時位がディナー欲マックスタイムだったから、時間帯は単にシフトしただけとして、腹の減り方が異様で、狂ったようになる。何だこれは。
     現在、職安通りに3店舗ある(全盛期は――お馴染み韓流の大波により――調子こいて何と6店舗あった)焼き肉の「幸永」は、韓流の嚆矢だと言える。
     まだこの通りがコリア一色ではなく、チャイナ、ロシア、ウズベキスタン、マレーシア、タイ、ベトナム、ブラジル、プエルトリコ、アフリカのどこか。といったとてつもないハイブリッドだった頃から(本当に懐かしい。総ての公衆電話は破壊され――5〜6カ国語で警告が貼られていた――、大久保通りには各国の売春婦がいて、大変な数のホームレスたちはあらゆる古いビルディングのエントランスに手製の家屋を作っており、そこかしこで日常的にピッキング強盗と殺人が起こっていた。今ではピカピカの韓流竹下通りで、観光客が早朝まで出歩いていても安全である)、炭火焼き肉一本槍でブランド定着を勝ち取ったのである。自分は「塩ダレ(塩胡椒ではなく)」と「ホルモンの脂が炭火を巻き上げたら氷を置いて鎮火する」は、幸永で始めて見た。
     「死ぬ程喰う」という言葉は比較的イージーに使われるが、本当に腹のみならず背中や食道までパンパンになるほど喰う事は、大食いの自分でも数ヶ月に一度だ。そして幸永ほど「死ぬ程喰う」事に向いている店はない。
     まずミスジとケジャンとチャペルドギと馬肉ユッケで大ライスをささっと喰ってしまい(これが前菜)、それからサラダとマッコリをアテに5〜6種の大量の肉と内蔵をゆっくり喰い、最後に大ライスが再び登場し、ユッケジャンスープに投入されて(最初からクッパにするとライスが少ないので)締めになる。
     無茶苦茶ワイルドな喰い方だろ〜。と書きたいところだが、なんとこれがデフォルトの人々が居る。プロレスラーや巨漢のグルマンディーではない、中国人の観光客である。彼らの喰い方は、惚れ惚れするのを通り越し、若干恐ろしい位だ。最近、おそらくワインとパンとバターのせいでアメリカ風に肥満した富裕層も散見するが、基本的に彼らはどれだけ喰ってもみな痩せている。代謝が狂ったように高いのであろう。
     
    1月22日(火曜)
     当メルマガの人気コンテンツ「ポップアナリーゼ」(後述するが、アンケートによって、この「一週間」と五分五分の2トップだという事が解った。絶対に数の操作があったと思う。自分的には圧倒的に「ポップアナリーゼ」の一点張りである)の2月分収録。
     番組をご覧頂ければ解るけれども、昨年(シーズン1)がゴリゴリの楽理、1月(シーズン2)がエンタメだったので、2月以降(シーズン3)は楽理とエンタメのキメラにした。
     というか、これはペン大理論家のアナリーゼの授業の定番コンテンツなので(4年位前に作った)、一種の通信教育というかTVペン大みたいなものだ。定番コンテンツはあと20個ほどある。「GINIEは何故優れているのか?」も、そもそもその一つである。
     ご覧頂ければ内容は瞭然とするが、「テキストコンテンツは読んでいるが動画は難しいからパス」という皆様にも見て頂けるよう簡単に内容を書くならば、まず渋谷系の聖典ロジャーニコルス/スモールサークルオブフレンズの「ドントテキュータイム」(68)を中央に、バートバカラック/カーペンターズの「クロストゥユー」(70)、並びに「世界は愛を求めている」(65)を両脇に挟んで、ビルボードに記録された売り上げコミで、この3曲を比較分析(この3曲は、共にA&Mであり、共にそのブランドに忠実に、「間奏で半音上がり、Aメロを管楽器が吹く」というフォームを守っているので、比較の具体的な足がかりがあるのである)することで、「売れている楽曲は<良い曲>なのか?」というテーマを設定、90年代には「渋谷系」という形で現れた「売れているとダメ。売れていないのが優れている」という古典的なメンタリティーについて追求する。というもの。
     因に、現在更新中の「新春転調ショー」もかなりポップなのでチェック頂きたい。「何せ再生回数が少ない割に手間と金がかかるのでもうカットだ」と言われているのである。再生回数のうち毎回100回位は自分だ(三輪君が見たくて)。
     収録はいつもの調子だったが、今回は小田さんが、生まれて初めて「ドントテイキュータイム」を聴いて興奮し、軽躁状態に成っているのが見所である。途中からほぼずっと笑っているので、ヒステリーや躁鬱病(両者は全く別物だが)に敏感な人はヒヤヒヤするかも知れないが、小田さんは大丈夫だから安心してほしい。
     終わって、ニコ生になった(DCPRGのライブストリーミングの再放送とコミで)のだが、微妙に時間があるので事務所となりのビル地下にあるタイ料理屋に行って、干し肉を揚げた前菜や、鶏のクリーミーで辛いスープ等でジントニックをやっていたら、たちどころに出演時間となり部屋に向かった。
     ニコ生は何度かやったが、まだ慣れない。「アフロディズニー」の慶応講義のとき(08年)に始めてニコニコ動画について授業中に教えてもらったのだが、それ以来、未だにあの、流れてゆくコメントの本質がどういうものなのか理解できていない。
     自分が何か言うたびにどわーっとコメントの絨毯を流れる気分としては「都会から田舎の学校に転校して来た転校生の初日」といった感じなのだが、これは恐らく違うと思う。やはり本質を掴めていない。「こんなにいっぱい流れたら読めないですよせっかく書いてもらっているのに」と思う段階で完全に間違っているのだ恐らく。
     今回は、第一には自分が着席した瞬間に、それまで円滑に動いていたシステムが一発でバグったのが(インターネットを破壊する魔法使いにでもなった気分である)、第二にスプリット画面を使ったアンケートが非常に面白かった。マーケットリサーチごっこである。
     現在の自分は、大凡4つのマーケットがあり、それは「ライブの聴衆」「ペン大及び美学校の生徒」「ラジオリスナー」と「メルマガのユーザー」である(本当はもっと数多く、複雑に絡み合っているのだが。そして特にここでは「著作の読者層」が入っていないので、大きく片手落ちなのだが)。
     うち最初の2者はこの目で直接確認出来る。そして3者目のラジオは、レーティングの際に世代、性別の非常に細かいリサーチが出る(あの集計を、自分は20%ぐらいしか信用していないが、集計結果などというものは、20%信用していれば100%信用しているのと同じである。自分にとっては)。それによって自分は、「自分の持っている全部のマーケットの姿が全く違う(ライブなんて、バンドごとに全然違う)」事を知っている(故に完全コンプ(←重語)の方の人数も知っている。2名である)。
     なので類推から、全く未知だった「メルマガのユーザー」というマーケットも、他と全然違い、具体的に言うと「10〜20代の男性が圧倒的に多いのではないか」と思っていた(因にラジオは、同時間帯だったら、自分の番組は「20代男性と50代男性と60代以上女性」を、NもJもTも押さえて独占状態である。他をNとJにとられている。30代は男女とも、少なくともリサーチ上には現れない)。
     しかし結果は何とメールマガジン「30代男性の園」であって(笑)、これには本当に、腰が抜ける程ビックリした。あの「コメント」が、自分にはどうしても10代以上をイメージさせない。あれは(悪い意味ではなく)ガキのやるもんでしょう。特に田舎のガキだよあれは。というのは、本当におじいちゃんの発想だなと思う。こっちがズレているのだ。ズレ上等、更にはレズも上等だとはいえ。である。
     余りに驚いたので思わず「えええええ?30代にもなってこれなのか(笑)、えーと、はい。そうですねー。はい。解りました。チャンネル自体を止めます(笑)」と言ってしまった(笑)。勿論冗談である。今後は「30代女性と70代女性」がトップに来るように頑張ろうと思う(再び勿論冗談である。今度とも精進させて頂きますので、何十代の何性の方も総てヨロシクお願い致します)。
     ニコ生が終わったら、おなじみピットインのカンちゃんとスカパラのGAMO氏から呑みの誘いが入っており、面倒なので全部まとめて(要するに、三輪君や小田さんも一緒に)いつもの、最後に寄るバー(この店の名前だけは出せない。新宿文化人、水商売の人々の隠れ家だからである。とんでもない人と出会う)になだれ込み、何故かテキーラサンライズ。そういえばタイ料理屋でも(珍しく)ジントニックだった。アーバン、いやアーベインな気分にでもなっていたのだろうか。
     
     

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  • ビュロ菊だより 第十四号 「TSUTAYAをやっつけろ~日額30円の二本立て批評」第四回

    2013-01-26 21:00  
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    <TSUTAYAをやっつけろ〜日額30円での2本立て批評>  第四回「映画と音楽について、もう一度(1)」 フランス・イタリア合作映画『軽蔑』(63年)ジャン・リュック・ゴダール監督 フランス映画『アメリカの夜』(73年)フランソワ・トリュフォー監督   この、我々現代人の魂を揺さぶる、愛と、もうひとつの愛と、ほかのいくつもの愛のあり方を「映画製作中」という特異な状況下に描いた、双生児的な二つの傑作について書き始める前に、些か長いイントロダクションを置かねばならないことを陳謝する他ない。それほど長い。  汝の最大の敵は誰かと問われれば、間違いなく権威主義者である。しかしこれは<自分が反権威主義であり、従って権威主義者と原理的に敵対せざるを得ない。毎日が権威主義者との闘争である>という意味ではない。  自分は別段、権威主義者というわけでも反権威主義というわけでもなく、権威などというものは、あってもなくともどちらでもよい。レンブラントや一羽の孔雀やコロンビア大学に大変な権威があっても一向に構わないし、ダライ・ラマや朝日新聞やサファリパークのライオンに権威がなくとも一向に構わないし、それらが総て逆でもよい。  卑近な例になるが、『東京大学のアルバート・アイラー』と『ロックとフォークのない20世紀』と『M/D』という本を出したときの騒ぎはもう「大漁だ大漁だーい!」と、港に叫ばなければいけないほどで、別に釣るつもり何もないのに、権威主義者をどんどん釣り上げる立派な遠洋漁業の漁師になってしまった。隠れた才能が爆発。という意味では『スラムダンク』並だと言えるだろう(実は『スラムダンク』が何だか知らないのだが、漫画の好きな友達が、この部分に挿入するのは『ゴッドファーザー』よりも『のだめカンタービレ』よりも「絶対スラムダンク」だ。と言われたので)。  東大、アメリカ(の大学が認める、「正しい」歴史)、(芸術としての)フリージャズ、(ロックを馬鹿にする、複雑で高尚な音楽としての)ジャズや現代音楽、ロックカルチャー、「帝王」ことマイルス・デイヴィス等々を自由自在に権威として担ぎ、畏れおののく権威主義者たちは、耳鳴りがするほど高音でキーキーいななく鳥だ。  彼らをいななかせるために本を書いたのではないのに、彼らは全存在を賭けて必死にいななく。カンボジアで昼ご飯を食べようとしたらハエの大群がやってきた。ハエは別に嫌いでも好きでもない。一匹の自由なハエは典雅ですらある。しかし、食事中に大量に取り巻かれればそれは敵である。自分の弁当は、ハエにたかられたくて路上に広げたのではない(「そんなところでそんな弁当を広げたらハエがたかると解らなかったのかね」という賢者からのウィズダムの前にはひれ伏すしかないのだが)。  著者自らが著作を引用して云々するというのも野暮ったい話だが、『東京大学のアルバート・アイラー』という書名は「学者でも何でもない、高卒の二人が東大に呼ばれて、でっかい音でアイラーだのアースだのをかけまくる授業をやるということ自体がかなり面白い。面白過ぎて過ぎてシュールリアリズムみたいだ」ということから、有名な「手術台の上の蝙蝠傘とミシン」の軽い捩りとしてつけた名前なのだが、先ずは一匹「東大と言えばひれ伏すとでも思うのだろうか!アイラーと言えばひれ伏すとでも思うのだろうか!」と、日頃人をひれ伏せたい欲望パンツみえみえの大物が釣り上がってしまい、大量の雑魚がそれに続いた。 
     

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  • ビュロ菊だより 第十四号 「菊地成孔の一週間」フォトレポート

    2013-01-24 09:00  
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  • ビュロ菊だより 第十四号 菊地成孔の一週間

    2013-01-23 00:00  
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    菊地成孔の一週間〜どうやらこれが一番の人気コンテンツのようだと知って驚愕。一番の人気コンテンツは三輪君だと思っていたのに。。。それはともかく、まだ「多過ぎる説」と「丁度良い説」が拮抗するこの日記、「少な過ぎる説」というグルマンは現れないのかこの脆弱な国家に、それにしても大雪はびっくりしましたねー。の1月第3週〜
     

    1月14日(月曜)
     

     12時丁度に起きてカーテンを開けると歌舞伎町全体がスキー場に成っていて「やったあ」と、しばし笑う。豪雪に日々苦しんでいる人や、雪の災害で亡くなった方には不謹慎だが、雪が好きである。「もの凄く好き」とはっきり断言出来る。
     

     以下、何を言っても不謹慎だという誹りがあるだろうなと思うのだが(エッセイを書く際に、いちいちクレームに気をつけないといけない。というのは非常に現代的である。昔は何たる事だと嘆いていたが、時代の刻印だから良いと思うに至った)、何故雪の日が好きかと言えば、第三には都市機能が停止するからであり、第二には街全体を覆う雪と氷が美しいからであり、なにより第一には、雪の日は寒くないからである。

     

     東京の「寒さ」がちょっと苦手なのは、生ヌルいからだ。生ヌルさの恩恵もあるし、何せ日本の文化は生ヌルさに端を発し、生ヌルさによって形成された非常にエキゾチックな物で、日本で「この国は生ヌルい」と違和感を感じるとすれば、それは赤道直下の国で「この国は暑い」と違和感を感じるような物だとは重々承知しているのだが、日本の「生ヌル」の中でも「寒さ」が特に苦手だ。なんか「冷え込んだ」とか雅やかな事を言っている日に外を歩いていると気候全体に向かって「オレに言いたいことがあるなら、遠回しにグジグジ言ってないではっきり言えよオラー!」と叫びたくなる。
     

     それが雪の日、しかも大雪の日に成ると、一線を超えて、もう、ぜんぜん寒くなくなる。さきの例えで言えば「はっきりものを言われた感」によって、であろうが、「うん。そうか解った」とばかりに、何やら嬉しいといった感じさえある。
     

     世界中の「寒い国」に行ったが(一番物凄かったのが「ロシアからの寒波が150年ぶりに襲って来た」ときのウィーン。毛皮の帽子を被らないでホテルから一歩外に出た瞬間、脳全体が一瞬で氷結して死ぬかと思い、急いでフロントに戻って巨大なガスストーブの側に立ち、頭に暖気を--浅草寺の線香の煙のようにして--かき集めた)、辛さは全く感じなかった。普段暑い国の音楽ばかり喰っているが(所謂「北欧系」はジャンルを問わずあんまり好みではない。少女時代の「GENIE」を除いて)、モスクワとかストックホルムに住むのが向いてるのかもしれない。げー。
     

     それにしても変な引きが強いというか、「もうこれのイベントは良いんじゃねえの?」という神の采配か、今日は新宿タワーで「峰不二子という女OST」のトーク&握手会だ。「5分間で300枚の予約券が捌けた」と聞いて、有り難い反面、やはり圧倒されてしまった。日頃からアイドル業やアニメ業など、この国の国是であるジャパンクール関連の仕事をしていれば、圧倒される事も無いのだろうが、たまにやるとドカーンと来るのはテレビと一緒だ。
     

     とはいえテレビは生業ではないのでまだ良い、ヘアサロンで「ホリケンって実際どういう人なんですか?」とか聞かれるのは楽しい(答えは「すんげえ良い人」)。しかし何を隠そう音楽は生業であって、生業期間内にドカーンが来ると、反射的に落ち着け落ち着けと自分に言わざるを得ない。
     

     何せ「不二子OST」は、このまま行くと自分の全作品中、批評も売り上げもナンバーワンになる可能性を秘めているのである(嫌だと言っているのではない。我が家は、穀潰しだった兄貴が一夜にして長者番付の1位になって、軽くおかしくなった。というやや珍しい家系であり、そういった動きに過敏に適応しているのである。一般の方には解り辛いだろう)。
     

     ビュロー菊地号こと日産エルグランドは当然走れないし、かといって部屋からタワーまですら歩けない豪雪なので、いつもなら散歩コースである歌舞伎町〜南口を、わざわざ大江戸線を使って移動した。こんなに楽しい事があるか。大江戸線がロンドンやソウルのボックスサイズ(小さめ)であることも何年か振りで思い出した。
     

     自分よりも遥かに電車に乗らない人々(アイドルさん達とか、一般的な有名人の皆さん)は、この「電車久しぶりに乗ったら激ナイス」という感覚はあるのだろうか。サングラスと帽子を着けないと街を歩けない。という人生を選択した人々には全く移入出来ない(批判ではない。畏敬を感じているのである)。
     

     目算だが、50名程の方にご来場頂いた。これをお読みの会員の方の中で、この日の参加券を持っており、カーテンを開けてがっくりした方や、ましてや必死で向かったのに時間に間に合わず苦汁をなめた。という方がいらっしゃったら、第二には「大雪が好きだ」等と言って不謹慎でしたと頭を下げる準備は万端だし、第一には、時折だが大雨だの大雪だのインフルエンザだのを呼んでしまう可能性のあるアーティストなのだとご理解ください、開き直るつもりではありませんが、こちらも大変辛く。と、紛れも無い本心を吐露する準備も万端である。

     

     目算50名の方は、多くが「不二子始まり」の新しいファンの方々で、自分が若い頃はアニメファンというのは(ジュラ紀の話を考古学者としてしているのだという事でご理解頂きたいのだが)愛に溢れすぎたキモい人々で、直接接触など一番危険。といったパブリックイメージリミテッドだったのだが、あれから幾星霜、消費メジャー、カルチャーブルジョワとして、我が国で最も社会性のある、礼儀正しいマスとなっていて、「サイン/握手会」といった物の経験数で言えば、サインする方の自分よりも遥かに経験値が高く、皆さん驚くほど礼儀正しく、ある意味機械的なまでに嫌み無く奇麗に接触行程を終えられるので、何でも頂点に立つジャンルというのは流石だなあ。と思った。ジャズファンやラジオファンのが遥かに危なっかしい。危なっかしくても全く構わないが(ブルーノート名古屋でサイン会をやったら、ワインでベロンベロンになった色っぽい女性が、自分に抱きついて胸や股間を押し付けたり、耳を噛んだりして数分間止めなかった事があったのだが、ニコニコしながらそのままサイン会を続けた。その女性は同行の友人に引きずり倒されて帰ったが、自分もその女性もナイスな気分だったと思う)。
     

     終えてまたしても大江戸線に乗り、事務所でブルータスのインタビューを受ける。例のヒッチコックである。文字数や特集全体の方向性を聞き、どのぐらい使われるかが解ったので、二重売りに成らぬよう「ヒッチコックと音楽」の完全版を、「TSUTAYAをやっつけろ!」の枠で書こうと思う。音楽家を畏れ、嫉妬したのは、有名どころではゴダール、ヒッチコック、そして北野武だが、これは音楽家との「幸福なマリアージュ」(大抵は、「普通のマリアージュ」に留まる)を果たした監督達との比較に寄って、一種のミソジニー論にもなると思う(音楽家と上手くやれなかった監督が女性嫌悪者だというシンプルな話ではない。嫌悪者/恐怖者である方が、対象と上手くつきあえる場合もある)。ヒッチコックと音楽家の関係は、有名なアルマ(糟糠の妻)との関係にそっくりである。お互いに好きで、がんがん一緒に仕事をして、非常に上手くやっているが、冷たい。
     

     23時〜深夜5時でサックスの練習。スタジオの近くにある吉野家で「焼き鳥つくね丼」を食べる(ファストフードに関しては、吉野家、富士そば、を愛用)。ファストフードは大袈裟に言えば町人文化の伝統であり、それをよく解っている吉野家はとても良い。入店から退店まで3分間きっかりである。靴磨きよりも短い。
     

     気がついたら3S揃っている。何事も「気がついたらそうなっていた」がよろしい。「気がついたらそうなっていた」以外、この世に何があるというのだろう。
     
     
    1月15日(火曜)   

     ダブセプテットのリハの前に、伊勢丹の銀座アスターでランチをし、ヘアカットに行く。何せとにかく、自分でも驚いているのだが、未だに午前4時か5時に寝て、午前11時に起きる生活が続いている。所謂「午前から午前まで」である。午前11時と言えば、昨年までは下手すれば少し夜更かし(「朝更かし」だが)した日の就寝時間だった。とにかく昼間にいろいろな事が出来る。伊勢丹の中の銀座アスターなんて初めて行った。軽く舞い上がっているのである。
     

     汎用の宴席中華の、特に銀座アスター辺り対するノスタルジーの実にくすぐったい感覚。というかノスタルジーには実体験が元になっているリアル型と、疑似体験が元になっているファンタジー型のミックスだが、銀座アスターに対するのは後者のヴォリュームが高い。子供の頃、銀座アスターに連れて行ってもらった経験。というのは下手したら一度も無い。
     

     ミシュラン星付きのチャイニーズレストラン(今のところ、「フウレイカ」「レイカサイ」以外は総てホテルの中にある)もよく使うが、これは全くノスタルジーとフェテッシュがないという点がある意味異様で、好んでいる(まだ数が少ないせいもあり、コンプした)。
     

     あな嬉し、その名も「アスター麺」という五目そばがあって、とにかく宴席中華の五目そばが好きで好きで、それでラーメン文化に馴染めないのかなと思う程だ。春巻きを前菜に、妙に嬉しくなって、昼間っから杏露酒のロックを飲んでしまう。所謂「昼間からそば屋で熱燗1合」という奴だろう。旨いの何の。チャイナドレスの店員、床の絨毯、壁の水墨画。下手するとスペシャリテのズワイガニ炒飯が昼から3000円近く。コスパ最悪、自分大満足である。
     

     帽子もコートも脱がずに酒も飲み五目そばを喰ったら、すっかり汗ばんでしまい、これまただらしなくて気持ち良い。伊勢丹を出てタクシーを拾い、下北沢のヘアサロン「ZEND」に行く。
     

     チーフの池田さんは自分のステージメイクとヘア(とヘッドスパ)をずっと担当してくださっている人で、もうつきあいは10年近い。美容師と料理人には不良上がりが多く、そこがヘアサロンと料理店が好きな理由の一つなのだが、この日もカットの最中ずっと関東連合の話をして、とても楽しく、癒される。朝青龍がどれだけストリートで悪いかとか、あの関東連合のヘッドがいろんな意味でとんでもない。といった話などなどで(ほとんど書けないが)、二人で時折、思いっきりゲラゲラ笑ったりする。
     

     銀座アスター、ZENDと、腹は一杯だし頭もさっぱりして、物凄い良い気分のままダゼセプテットのリハに向かう。
     

     今回はセットリストからドルフィーの「GW」を削り、「やり過ぎてアンコールが出来ない」というブルーノート1stセットでの定番(2セット制による)を予め抑止すると共に、ジョージラッセルの曲と自分の曲だけに絞る事で、雑味を抜く(ドルフィーが雑味だと言っているのではない。とはいえ「雑味の独特な味わい」というのがドルフィーの楽曲への形容として相応しい事もまた間違いない。エリックドルフィーは雑味の天使であり、雑味の科学者である)。
     

     とはいえ、ラッセルの曲は基本的にクローズタイプ(ソロの長さが無限、という方向性に作られていない)で、自分の曲(「スーザンソンタグ」「GL/JM」)はオープンスタイル(ソロの長さが無限志向)であり、つまり--解りづらいと思うが、あくまで「志向」として--ダブセクステットはオープンバンドで、ダブセプテットはクローズバンドである。しかしやはり自分の曲はアレンジをセプテット用に変えても、5年間演奏し続けた曲なので、プレイがオープン志向になる。現在はまだキメラなのだ。
     

     あと5曲位作曲し、完全なクローズバンドにするか、このままキメラで行くかが、現在このバンドが抱えている構造的な保留で、しかし保留はセクシーであるので、しばらく保留のままにしておこうと思う。
     

     演奏は全く問題ない。本当にみんな素晴らしい。物凄く悩み、試行錯誤の末に辿り着いた最高の人選。とかではない、やりたい音楽が頭の中で成った瞬間にメンバーは決まっている(知己がなくとも)。駒野さんも、オファーして一回ライブに来て貰ったらその場でOKが来たので、すぐにスーツの採寸に入ってもらった。
     

     木村さんが葉山よりも遥か遠く、清水の次郎長の膝元まで越したので、ホテルを用意しようと思ったら、さすがアウトドア派、寝袋を持って来てビュロー菊地事務所に宿泊するという。長沼が温泉旅館の従業員のように、奇麗に風呂や寝床や飲み物の準備をバッチリしていてびっくりした。
     

     坪口も明日は仕事の都合でライブ後飛び出さなくてはいけないという事で、木村さん、坪口と一緒に前打ち上げとして「すしざんまい東新宿店」に行く。ニッカハイボール5杯と、ファストフードのような(というかそもそも、寿司はご存知、日本で最初の都市型ファストフードである)安価で旨く、がつがつ喰わせる料理と寿司で、延々と音楽の話をした。
     

     ほとんど一瞬も別の話--人生の話とか、女性の話とか何とか--に脱線しないので、我ながら音楽バカぶりに呆れる。一日中、おはようからおやすみまで良い気分で終わってしまった。
     

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  • ビュロ菊だより 第十三号 「菊地成孔の一週間」フォトレポート

    2013-01-17 19:00  
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  • ビュロ菊だより 第十三号 菊地成孔の一週間

    2013-01-16 20:00  
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    菊地成孔の一週間~ここ数回、一人称を「自分」にしていた事にお気づきでしょうか?というかそれで大丈夫でしょうか?と会員の皆さん一人一人にインタビューして全国を回りたい1月第2週~1月7日(月曜)  年末年始がご存知の通りだったとはいえ、何か凄く乾くな。何だこの異様な乾きは。と思っていたらそうか伊勢丹にひーふーみーよー、うはー11日間も行っていない!!都内在住で1年に1度しか新宿伊勢丹に行かない人だって何万人もいるだろうに。 この乾きは言うならば禁断症状、、、と書こうとして、そうえいばここのところ「禁断症状」という言葉も聞かなくなったなと思う。新春から毎度おなじみお安いパソコン社会学だが、人類がネットに依存しているという事実が「禁断症状」という言葉の使用で一気に「悪く」リアルになる事を忌避しているのではないか。 勿論コレは、誰かがネット禁断症状で苦しんでいる。という状況を隠蔽する。とかいった意味ではない。「禁断症状が出る」ような状況、つまり依存対象と隔離されるような状況さえ、今やネットはなかなか起こし得ない(課金ネトゲにハマり過ぎて親に携帯を取り上げられる。等といった話は牧歌的だ)という意味である。これは物凄い依存だ。家族や恋人を「空気や水のような存在」と言うが、あれとほぼ同等である。空気も水も、依存だの禁断症状だのいう話ではない。無くなると死んでしまうのである。 と、脱線が続くが、パソコンに限らず、テクノロジーなんつう物の出自というのは大抵悪い。「悪気は無かった」という言葉もあるが、パソコンは弾道計算用に、つまり、こちらからの攻撃精度のみを上げ、丸見えの相手を死角から打ち込むミサイルによってやっつけたいという、かなりエグい欲望から生まれており、今や日常的光景である、ネットでの匿名の中傷といったかたちの攻撃性の誘発にその出自が痕跡化している訳だが、この汚れた手をロンダリングしたいという欲望の発生は当然で、マッキントッシュがビューティフルでドリーミーでフューチュアルでクールでスマートであるという崇拝に似た傾向はその端緒だろう。 再び勿論、マックユーザーが偽善者だとかパソコンが悪いとか言っているのでは全くない。出自の悪さを受け入れる事や、内なる悪と戦うのは物凄く良い事だ。自分もやっている。そんな事言ったら、そもそもPAシステムを作ったのはナチスドイツだ。レイブやクラブカルチャーはファシズムが起こした悲劇のロンダリングという側面を孕み、ハッピー、ピース、ラヴを痛切なまでに求める、どっちかというとキリスト教寄りの善行である。 とまあ、そんな青臭い事を書いた「スペインの宇宙食」の出版から、今年で丁度10年だという事を、2段落目を書いている最中に突如思い出したという訳だが、10年後がどうなったか、という評価は人それぞれだろう。 自分的にはロンダリング勢力(悪い意味ではない。マネーロンダリング等とは違う)はギリギリで苦戦しているように見える。ジョブス信者や、スマートなマックユーザーの数は、MIT全体をそこにインクルードしたとしても尚、かなりハイセンスな特権階級ではないか。最近は資料人類学の学生がフィールドワークに行けないらしい。「ここはネットが繋がらない環境だ」と現地で伝えられ、集団でパニック発作を起こす学生がいた。と伊藤先生に聞いた。 テレビを消音でつけっぱなしにしたり、ウォシュレット搭載のマンションで絶対使わない人や、新聞いっぱい取って、ほとんど読まない人はいる。あんな良い塩梅に成らない物かと思う。目線が昭和だなあ。しかし、その通りなのである。「昭和40年代のお茶の間にPCやネットがあったら?」というのが、最近よく考える事だ。 今やネットの完全不使用というのは電気の完全不使用と似て、現実的ではない。こうして自分も使っている。絶対にあり得ないと断言した上で予言するが、今年は「ネコロジー」が流行ると思う。猫に関する学問ではない。それだったらもう溢れかえる程ある。 「ネットに繋がりっぱなしに成っていると苛立ったり無気力になったりするので、使っても良いから、ほどほどにしときましょう。世界中の人が、起きて生活しているあいだに、一斉にネットの接続から離脱しましょう。一日3時間ずつぐらいから」とかいう、スローライフへの提言で、これを提唱すると、先進的で地球に優しい、良い人みたいに思ってもらう事が出来るという訳だ。 いきなり話は伊勢丹に戻るが、今年の新春バーゲンはどういう理由による物か(おそらく「寒いから」だと思う。マジで)、第二週がプレで、第三週が本格スタートという、何と言うかスローバーゲンみたいな事に成っている。来週はバカみたいに買いまくるとして(靴やアクセばかり買って、服を1年ぐらい買っていないので)、今年最初の伊勢丹詣でに行った。 詣では(三度目の)勿論、たとえ話だが、もうほとんどたとえ話ではなくなっている。どの入り口からアクセスしても霊験新たかな神社に行って身も心も清められた気分である。「オデッサの階段」の収録で(*11日に収録)、「どれだけデパートが好きですか?」という問いが出たので(この番組は、ひたすら問いの字幕に答えるだけの番組)、「これはオンエアでは使えないと思いますけど、もし地震が来て、まあ死ぬと。その時、伊勢丹の中にいたら、そうですねえ。シャネルの壁が崩れて、ミュウミュウの服が落ちて来て、伊勢丹の天井や壁が崩れ落ちて来て、そういったものに潰されて死ぬ。という事に成りますよね。それはそのう。不謹慎ですが、、、、とても幸せです」と答えた)。 財布を買いに来たのである。素晴らしいプラダのバイカラーと(今年の「バイカラー決戦」はセリーヌとプラダである。今年はあの二つのどちらかをもっている人を見たら「うっわー、それ素敵ですよねえ。ワタシもすげえ悩んだんですよ」と言えば良いのだ)接戦の末に勝ち抜いたアレクサンダーマックイーンの蛇革の財布(赤く着色されて、留め金がスカルになっている奴。ノーマークだったのだが一目惚れ)を取り置きしてもらう。取り置き交渉中に一人、コスメ売り場を高台(伊勢丹用語=1Fと2Fの間にあるトイレのフロアの事)でうっとり眺めているときに一人、ファンの方に話しかけられ、握手する。どちらも物凄いお洒落男子だったが、これはまあ場所柄。という物だろう。 すっかり清められ、エネルギーも充填して、向かいにある丸井の1階にあるブーランジェリーで軽く2つ3つ。イートインのウインドウから新宿通を歩く人々を見ていると、街というのは良いなあ。と腹の底からこみ上げてくる。お洒落な人々が次から次へと流れてゆく。音がしないだけのファッションショーである。取ってつけたように言うが、「ビックロ」というのは、今のところ、とするがバカである(笑・というか、「服も家電も進化する!」と書いてあるが、家電は知らないけれども、服は100%間違いなく退化している)。 ペン大理論家高等の授業。このクラスはあと2回の授業で終了し、「ペン大学院」に進む。高等科最後の分析対象曲は、この仕事を始めてから一貫してドナルドフェイゲンの「スノーバウンド」である。スティーリーダンのマニアには、特別な名曲とは看做されておらず、おそらく佳曲ぐらいのランキングに入っているだろう曲だが、まるでポップス楽理の教材用に作られたかのように、あらゆるポップスのトピックが奇麗に詰め込まれている。 夜は「匠 達広」に行く。コスパなどという言葉で賞賛するのは気が引けるが(コスパが良い。という状態があるとしたら、「素晴らし過ぎてコスパなんか関係ない」と思わせてくれた瞬間である。「ああ、コスパが良いなあ」と実感する事は、コスパが良いようにはとても思えない)、得られる経験の対価としては、一瞬気を失うかと思う程安い。店内は新築される歌舞伎座のようである。この店内に入ると先ず、卸したての和服をピシっと着付けたときの様に気持ちが引き締まり、背筋が伸びる。そして着席すると、信じられない程のリラックスが訪れる。  後はもう極上としか言いようの無い、磨き抜かれた寿司が、磨き抜かれた肴と交互に、ひとつづつ出てくる。磨き抜かれた日本酒と共に。90年代に使い古された言葉をルネッサンスするが、至福の時間である。 1月8日(火曜)  今年最初のサキソフォンの練習。ピットインスタジオにて。そうそう、いきなりネコロジーの話なんかで始まったせいで書き忘れたが、元日から早朝6時就寝、午後1時起床という生活サイクルが続いている(トレーニングメニューも継続)。 ここ4~5年、早朝10時就寝、夕方4時起床だったので、もう一生矯正出来ないと思っていたのだが、正月のトレーニング(前回参照)によって、まあ、少なくとも今のところは。とするが、3時間は引っ張った。 1980年代の最初の5~6年間は、午前4時就寝、正午起床で「いいとも!」を見ながら歯を磨く。という生活を続け、これが今のところ、上京してから最も早起きだった時代である(健康な状態で。パニック障害だった1年間は午前2時就寝、午前10時起床という、凄まじい早起きぶりだった)。いつかこのサイクルに戻る日が来るのだろうか、、、、と遠い目で歌舞伎町の夕映えを見つめていたりしていたのだが、なんというかまあ、やれば出来る物だ。自分の人生を一言で言い表せ。といった愚問が雑誌かなんかから来たら「やってみたら、意外に出来ちゃうもんですよ」にする。 「ピットインで昼からスタジオに入り、サックスを吹く」なんて、だから4~5年ぶりだ。懐かしいなあ。前はほとんど毎日ここでサックスを吹いて、隣のドミニクサブロンのイートインで2つ3つやっていたのに。あの頃はまだマキさんが生きていて、楽しく話したりしていたのである。懐かしいなあ。 メニューはロングトーン、インターヴァル、アルペジオ、エリックドルフィーのコピー。と、別段変わった事をする訳ではない(ドルフィーのコピー。は別段かも知れないが。とにかくドルフィーとショーターはコピーがしずらい)。 事務所に移動して、オープンリールアンサンブルの皆さんと対談(彼らの書籍に収録)。彼らの作品はパリコレのイッセイミヤケのショーで聴いて、余りの素晴らしさに、WWDで大絶賛したのが最初だったのだが、不勉強ながら、日本人の、若き音/芸大生のバンドであるとは思ってもいなかったのでびっくりした。 彼らがDCPRGやダブセクステットや著作のファンだという事で、対談することになったのであるが、彼らの音楽性(イッセイミヤケのショーはむしろ外道で、DVDとCDを観たら、最後の方はサカナクションとか、凛として時雨みたいになるので、うわあ現代的だなあと思った)に関しては実際に聴いて頂くとして(対談の内容は本を見て頂くとして)、まあとにかくあらゆる意味で若いの若くないの。そして全員物凄いイケメンである。なんだかんだ楽しく2時間位話す。 久しぶりでロイホなれどWBO吊れず。年末にボクシング世界戦があったからだろう。試合は総て見応えがあり、檀蜜のラウンドガールは少々見応えがあった。「檀蜜が黒木香をリスペクトしているかどうか」は、願わくば知りたくない。 ロイホでは黒×黒ハンバーグとガンボを喰った。結構ちゃんとしたガンボが出てくるファミレスなどロイホ以外に考えられるか。しばしデニーズ様に行きがちだったので、余の旨さに泣きながら食べる(愛に起因するので)。「ロイホはコスパが悪いね」などと嘯くコスパーは、せいぜいジョナサンにでも行くが良いのだ。 ヒッチコックが主人公の劇映画が公開されるに際し、ブルータスがヒッチコックの研究所を出す事に成り、「ヒッチコックと音楽」の章を担当する事に成ったので、TSUTAYAで(映画エッセが遅れていて済みません。来週の配信で書きます土下座)イギリス時代を除いて全作レンタルした(イギリス時代はVHSで持っているので)。 これから毎日少しずつ観ては分析し、原稿に備える。今日は「レベッカ」「舞台恐怖症」「見知らぬ乗客」「鳥」を観たが、この4作だけでも、音楽監督が全員違い、作風から音楽の量から何から全部違う。ネタバレとも言えないレベルの話なので書いてしまうが、ヒッチコックがバーナードハーマンと名コンビ(フェリーニ/ロータみたいな)だったとするのは、非常にありきたりな歴史の誤記である。勿論、ヒッチ×ハーマン組の黄金時代というものは間違いなく存在したけれども、ヒッチコックほど映画音楽など何でも良かった人(どうでも良い。という意味ではない。今様に言うと「何でもありの人」)はいないと思う。   

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  • <ビュロ菊だより>号外No.10

    2013-01-10 11:00  
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     と、言う訳で、新春から景気良く、いきなり5月までの情報をぶっ放しますので、一気読みして気を失われぬよう、落ち着いてお読みください。ワタシの全バンド、全バーティーが、ワタシが50になる前夜までに連続して行われるという訳です。情報公開出来ないというだけで、他にも追ってお知らせさせて頂きます。
     時系列に沿って列記しますので、各コンテンツの詳細は、お手数ですが御検索頂きたく思います。それではどうぞ。 
     

    <2013年 1月16日(水)>
    菊地成孔ダブセプテットブルーノート東京

     
     
     新春初ライブは、最も若いバンドで、という事で、昨年デビューを飾らせて頂いたダブセプテットの、ブルーノートへの凱旋となります。
     ダブセクステットに気鋭の女性トロンボニスト、駒野逸美氏(「粋な夜電波/女子ジャズサミット」に登場)を加え、パードン木村氏の50年代風電子音楽と、リアルタイム・エフェクト、3管

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  • ビュロ菊だより 第十二号 「菊地成孔の一週間」フォトレポート

    2013-01-09 00:00  
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  • ビュロ菊だより 第十二号 菊地成孔の一週間

    2013-01-09 00:00  
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    菊地成孔の一週間〜早めに正月休み取っちゃった感じだから、実際の正月から身体作りに励みますよあけましておめでとうございます。な2013年第一週〜
      
    2012年12月31日(月曜)大晦日
     
     近場で蕎麦を手繰ってからピットインに行く。ヤバい(悪い意味で)セッションになるんじゃないかしらんと、一抹の不安を抱きながら。
     
     去年の今月今夜の事は良く憶えている。というより、これは3年越しのサーガというか、下手したらもうちょっと増して5年越しぐらいで考えてもバチはあたらない。という流れがあるのだが、とにかく去年(2011大晦日〜12元日)、セッションのリーダーである南さんはインフルエンザ(38・5度)で現れ、すぐに帰宅されられたのである。
     
     控え室に入ってくるなり、熱に浮かされた顔で「菊地君。今オレ、38度以上あるんだけど」というので「ホントすか。その熱、急に上がりました?如々に上がりました?」というと「うーん急と言えば急、徐々にと言えば徐々に」と言いながら倒れそうなので、大久保病院の急患に繋いだ。
     
     ナースの声が若々しくて可愛いと察するや南さんは受話器をもぎ取り「ええ、そうなんですよ。喉の奥の方が、、、、ええ?それはどうかなあ?、、、、ああ、あるかもしれませんね」とかなんとか話し込み始め、しばらく話してから「やっぱ菊地君。オレインフルエンザかも。どうしたら良い?」。と言った。
     
     「うーん、そうですね、、、」と言いかけると、背後からベースの水谷さんが「帰れば良いんだよ。帰るの」とキツ目の口調で言い放ったので、とにかく南さんは大久保病院に送り込み(その後我々は丁寧に手を洗い)、その場にまだ残っていた渋谷毅さんに(もう、ベロンベロンだったのだが・笑)畏れ多くも代打を依頼し、有名で簡単な楽曲だけ弾いて頂いたのである。
     
     これが都下約40名ぐらいの人々の間で戦後日本ジャズ史上の伝説と成っている「水谷浩章カルテット事件」の全貌であるのだが、とにかく、熱出した南さんには気の毒だが、言ってみれば高座に穴をあけたのであって(これは不名誉に成らないと思うので赤裸々に書くが、南さんは結構穴をあける方で、「花と水」でも1回空けられて、坪口が代行してくれた)、笑ってしまえという事で、このセッションはそもそも南博セッションなのだから(一応念のために書くが、「菊地成孔セッション」がピットインの年跨ぎ行われた事は過去一度も無い。「南=菊地双頭セッション」ですらない。MCをやれと言われるのでやっているだけの純然たるサイドメンである。過去何度も「菊地は通常営業ではがっつり仕切るが、年跨ぎのセッションは縁起物だとタカをくくってかなりいい加減にやる」とか言われ続け、マジ勘弁してほしいっス)リーダー不在な訳で、急遽結成された「水谷浩章カルテット」である。とふざけてMCし、渋谷さんとご一緒させて頂いたのだが、録音して聴いてみたら何とまあコレがスーパー良くて、、、、、とまあそれは兎も角、南さんは前の年の暮れにパリで両足を骨折して、やっと歩ける様になったばかり、しかも、最初は発熱がインフルによるものか、ウヰスキーによるものなのか解らぬ程、かなり大量に飲酒していた。
     
     なので演奏が終わってバラけ、自分は新宿に残ってベーア、DCPRGの高井くん、中村くん、DCORGのアリガス等々と3丁目に流れ、12年最初のシャンパン(確かルイロデレール)をマルゴーグランデで飲みながら、誰か南さんの部屋まで様子見て来いよ、足滑らせて頭でも打ったら大変でしょう。正月から南さんくたばったら嫌だよ。いやあ、病院にいったみたいだし大丈夫じゃないすか的な会話があり、それが2012年最初の我々の会話であって(要するに心配かけの天才なのである)、もう、ぎりぎりで、全員で南さんの部屋まで行く所だったのである。といった風に始まった2012年だったのだが、結局南さんはまったく大丈夫なのだった(心配かけの天才に不可欠な能力)。
     しかしその後、一時は肝硬変説やアルコール依存説まであって、心優しいケンタを始め、多くのジャズメンがかなり親身に心配したのだが(心配かけの天才に。以下同文)、結局の所、南さんの肉体は頑健で、あくまで医学的数値的に言えば「まったく何でも無い」のであって、天晴というか何と言うか、それはもう、羨ましいぐらいの話なのだが、とにかくそうやって始まった1年(2012)の掉尾を飾るに相応しく、というか何というか、結局その年の大晦日(今日だ)に向け、南さんは、秋口から中〜長期の心因性発熱に苦しみ(心配かけの天才の、最後の必殺技。器官的に何ら問題は無いのに長期的に発熱が続き、何も出来なく成ってしまう。「偽の熱病」「だだコネ熱病」とも言われ、多くの医者が、患者に、治療法として散歩を勧める)、一時的に演奏活動を中断するに至っていた。いやあ、それにしてもさ、大変だったなあ南さんこの1年。というのが我々(心配する派。しない派は全く心配しない)の共通認識である。
    しかし、発熱は前述の通り心因性で、しかももう熱は12月に入ってから下がっているので、年跨ぎライブにも「出ようと思えば出れる」のである。南さんの当日の気分次第。という、もう何と言うか、とてもとても微妙な事に成ってしまった。そうでなくとも大晦日オールナイトの仕切りで忙しいピットインの店長、カンちゃんからは「出演出来るかどうか解らない(来ても良いし、来なくても大丈夫)」という構えで行く。という、ヤケクソな通達があった。
       
    ちゅうことはもう、みんな(南、菊地、水谷、芳垣、そして大抵毎年飛び入りするケンタ)が知ってる曲を適当にやるだな。それっきゃねーじゃん。と思っていた。
       
    しかしカンちゃんは南さんが来なかった時の為にギターの市野元彦さんという方(この日が初対面、不勉強ながら名も知らず)を押さえていて、それがどういう意味なのかも良くわからなかったし(市野さんは1曲目のイントロの数小節で、物凄く出来る人、であることが判明したのだが)、何度でも繰り返すけれども、この「チーム南」で行われる、ピットインのカウントダウンセッションに於ける菊地成孔は単なるサイドメンで、せいぜいが番頭ぐらいの立場なのである(MCするし、南さんと曲を選んだり、年に寄ってはほぼ全部振られて、こっちが楽譜を全部用意した時もあったが、まあこれは、年末の楽しみのひとつであったと言えよう)。「南さんが来ねえ時の為にオレがバッチリ仕切るからよ」等という偉そうな立場ではないのである。なにせピットインからはノーリーダーのセッションだという通達が来たし。
     

     余り物を考えない奴(ナイスガイ。例えば菊地成孔)であるならば100%こう思って疑いもしないだろう。「今までやって来たお馴染みの曲か、誰でもセッション出来る有名で簡単な曲だけで構成。南博不在の件は菊地が面白おかしくMCで」
     
     しかし、現場に入ると、あの竹野(昌邦)くんがいるではないか!わーい!!ちゃんとメンバー表見とけっちゅうの!なあんだ、更にもっと楽じゃーん(笑)、これはMCでも言ったし、あちこちに書いている、世辞も雑味もゼロ%の本音だが、日本で一番テナーが上手い男。竹野君がいれば、そんなもん南さん抜きのゴーゼア!なのだし、オレなんて後ろで金玉だしてカウベル叩いてても最高の演奏で年が越せそうである。

     とーこーろーがー。だ。誰がどういう理由でどうやって決めたのだろうか、演奏30分前にピットイン入りすると、そこには 
     「クレプスキュール・ウィズ・ネリー(渋い曲だが、超難しい。演奏した事一度も無し)」
     「ジャストインタイム(渋い曲だが、結構難しい。演奏した事一度も無し。つうか一般的にはこれヴォーカル曲)」 「ブルーゼット(超有名な曲だが、かなり難しい。演奏した事一度も無し)」  
     「スノピアス(オタクでも滅多に聴かない。超良い曲だが、誰もが「多分一生演奏しないだろうなリスト」に入っている様な超難曲。作曲が誰かも知らない。演奏した事一度も無し)」
     という4曲の楽譜が並んでいて、あの竹野君が額に汗して「クレプスキュール」のメロディー(凄く難しい)を必死にリハしているのである。 
     「なんだよこれ!ジャズ研レギュラーのツェー年(1年生の事)イジメじゃねえか!!恥ずかしながらこんなもん全部初見っすよ客前でやれるわけねえだろ!オレは帰る!ざけんなバーーーカ!!!皆さん良いお年をー!!!」とかいってスタジオを飛び出して初詣に行ってしまう様な男かどうか、誰でも解るであろう「うわー何コレ難しい曲ばっかりですねー!!でも竹野さんがいるからぜんぜん大丈夫!!よろしくおねがいしまーす。よろしくおねがいしまーす。よろしくおねがいしまーす。ギターの方、大変申し訳ありません、お名前なんでしたっけー?」といった有様。2枚組で1曲の「クレプスキュール」を4小節だけリハした所で出演時間になってしまった。
     
     んで、あの演奏になったのである。SNSあたりじゃボロカスを通り越して大爆笑になっていただろう。
     
    2013年1月1日(火曜)元日*演奏中 
     まあしかし20年ぶりぐらいだ。客前でロスト(どこをやっているか解らなく成って、適当に吹いてしまう事)したのは。しかし市野さんは本当に素晴らしかったし(これは推測だが、「みんな2〜3曲ぐらい持ち込むように」というカンちゃんの通達に、真面目で難曲好みであろう市野さん以外誰も曲を持って来なかった→「菊地も含め全員が逃げ」状態に成ったのだと思う・笑)、水谷さんと芳垣さんは何でも出来るスーパーマンだから全然良いとして、ダメージがでかいのは名手なのに若干四苦八苦してしまった竹野くんと、ブルーモンク以外は何やってるかさっぱり解らない上にMCをしているというだけでリーダーだと思われる可能性がある自分である。生真面目で風評被害に敏感な奴だったら怒りで発狂していたであろう。 
     とまあ、誰がダースベイダーかはもう皆様お読みに成った通りだ。今年の大晦日に早くも思いを馳せる(というか、さっきカンちゃんに「もうオレ、今後ピットインの年跨ぎのセッションは出ないんでヨロシク」とメールしたところ・笑)。 
     とはいえ、こーれが馬鹿としか言い様が無いのだが、こんな、罠か嫌がらせみたいな目に遭いながらも、久しぶりに集まった(というか、最近は年イチでこれでしかやらないぐらいである)水谷、芳垣といった名人達、特に竹野くんとの演奏は楽しくて仕方が無く(市野さんも本当に素晴らしいプレイヤーだった。聴き惚れてしまった)、また秋から肺炎、その後にインフルエンザという厄落としが明けた晴れやかな高揚感が全く止められず、気分としては「超楽しい」という状態になり(馬鹿)。「あんなプレイして晴れやかなんてキチガイだな。まあ元日病とするかうわっはははははは明けましておめでとうございまーす!!」等と言いながら、なんかもうニュアンス的にはやったぜぐらいな感じで、DCPRG高井&アリガス&菊地の3人で(前回出たカバラの数字が同じ3人)今年もまたマルゴーグランデに行く。
     何とベーアと三輪君がノロに倒れ、中村君もインフルエンザかも知らず。といった戦場の様な状況で、勢いなんだかわからないが勝利の祝杯の気分でグランデお勧めの元日シャンパン(もう何だか忘れた)と、シャンボールミュジニーの赤(細かい事忘れた)をガブガブ飲み、茹でたフェーヴ(フランスの空豆。日本のよりも小粒)を3皿ぐらいアンコールして上機嫌。とにかくこの二人は狂った様にマイペースなので、気兼ねが全く要らず、伸び伸び26時まで飲む。
              <今週最も上手かった皿>
     これはもう、<今年最初に喰った皿>でもありながら実際にかなり旨かったので、マルゴーグランデのフェーヴとさせて頂く。まあ、元日の高揚も多分に加味されているとはいえ、ゆで加減も塩加減も、何よりもフェーヴ自体の良い物が、ここ数年でたくさん輸入される様に成ったので嬉しい限り。グランドメニューにあるので「何だよ、茹でた空豆かよ」等と仰らず是非トライして頂きたく候。
     
     グランデは26時で閉まり、高井アリガスと別れて、事務所を掃除していた長沼と合流、鬼王神社(マンションの向かいにある至近神社)に初詣に行き(ここは商売の神様だし、場所が場所だけに、初詣はホストとその客、キャバクラ嬢とその客、歌舞伎町周辺の商売人が列をなし、「表花園、裏鬼王」と土地の人は言う)、屠蘇を飲んで、部屋と事務所の簡易神棚を整え、長沼を帰す。
     
     新年が始まった。始まった瞬間には必ず路上にいる事。これが自分が自分に与えた鉄則である。というか元日テレビを見ながらコタツに入っているというのはちょっと無理だ。親兄弟、妻子供、親戚一同でも揃っていない限り。 
     2時間ほど散歩。もし元日に成った瞬間に核爆弾が投下され、「あけましておめでとうございます。全員シェルターに退避してください」とサイレンががなっても、元日の空気を吸いながら街を歩くだろう。
     
     帰宅してシャワーを浴びる。明日よりプライヴェートで別荘に出かけるので(PC、スマートフォン、携帯から逃れつつ、身体をチューンナップするため。勿論自分の別荘なんて持っていない。持ち主も場所も書かないが、まあ大体誰だか解ると思う)シャトー・オー・バイイの96ペザック・レオニャンのドゥミを4本(ブテイユで買うと一人で1日1本飲んでしまうので。毎日ドゥミを1本ずつと決める)と、一応の祝い酒としてボランジェRDエクストラブリュットの96を用意する。
     実は松の内も明けた1月の11日にテレビ番組の収録があり(「オデッサの階段」)ここの所、カメラがベタ付いていたのもそのせいなのだが、とにかくマイコプラズマからの流れによって(というか、そもそも源流まで遡れば3/11だ。あの日から日常的運動の習慣が絶えてしまい、テレビを観る習慣がついた)際限なく体重が増えてしまい、筋繊維も緩みきってしまったので、正月休み(4日間)を使って、休息とともに身体のメンテナンスをすることにした。
     
     寝て、起きて、別荘に向かう。
     
     1月1日(火曜)
     
     1月2日(水曜)
     
     1月3日(木曜)
     
     1月4日(金曜)
     以下、4日間、一日の食事は量も内容も同じである。    

    (朝)
    クルミとクレソンとタマネギとゴートチーズのサラダ
    (塩胡椒とパンプキンシードオイルだけ)
     
    青汁(キューサイ)と無塩トマトジュースと100%キャロット 
    (これは年間を通じて飲んでいるもの)
    ティナントのガス入り1リットル
    祝鯛(焼鯛)4/1 
    角餅の炭火焼1個(醤油)
    セサミン(サプリメント)
    和サプリ(DHA/EPAを主成分とした青魚サプリメント。共に別荘にあったのでギった)
     

    (晩)
    エポワス(ウォッシュタイプのチーズ。一箱買って毎日4/1)
    春巻き(伊勢丹地下で買った富麗華の。日に2本)
    脂肪分の少ないシャルキュトリー盛り合わせ1日50グラム 
    伊勢丹で買ったマクロビオティックのクラッカー3枚 
    干し柿1個
    ティナントのスティル4リットル
    グラスシャンパン1杯/赤をデゥミで1本
     <トレーナー(家の近所。そんなに高い値段でなく全身の状態をチェックしてくれる)によるカウンセリング結果>
     1)上腕三等が落ちている。これが萎縮してしまっているので三角筋ばかり使う様になり、腕の付け根が慢性的に疲れている→ピアノを弾く時とpcで入力する時の癖。
     2)恥骨筋/短内転筋/長内筋/大内転筋/薄筋という、「モモの内側」の一連が総てタルタルに萎縮してしまっている(歩き、踊り、演奏する時の癖で、「外モモ(外転筋群)」ばかり使うので、ガニ股で脚が疲れやすい→風邪を引き易い)→タクシーの乗り過ぎと、そもそもの踊る時の癖(DCPRGの動画を見せたら「こんなに踊りっぱなしで足閉じないんですか一回も」と驚かれた)。
     3)サックスの加重が常にかかっているため、頸椎が湾曲し、僧帽筋が慢性的に張っている→職業病。
     4)まあ、皮下脂肪はそんなに騒ぐほどではないですよ。内蔵脂肪を少し落としましょう。
     5)このまま早朝9時就寝の午後3時起きを続けていると、代謝とか内分泌に悪いです。午前6時就寝、午後1時起床にしましょう。
     
         <トレーニングメニュー>
     ウォーキング10分(ウォークントーン使用)
     ストレッチと秦ヨガの基本運動(4ポーズ)1時間
     ウッターナ(いわゆる「股割り」。内股対応)
     タラアーサナー(椰子の木のポーズ。内腿対応)
     ヴァシサアーサナー(賢者のポーズ。上腕三等、複横筋対応) 
     シャバーアーサナー(死体のポーズ。瞑想)
     ここまで入浴しない(してはいけない。食事や湧かした湯を使わず、外気による自然な血流促進が基本)
      ここで入浴。
     入浴後、リンパマッサージ(全身のリンパ腺を手で掴む。握力増強にもなる)
     
     最後に片山式整体 
     ストレッチと無酸素運動が西洋式で、筋トレがピラティス/ヨガ式であることがちょっと変わっているが、病み上がりで喉を痛めている者にはこれが良いらしい。リンパマッサージは「ビューTVヴォーチェ」で憶えた。整体は10年来の習慣。
     食事のとき以外はテレビ、インターネットは一切見ない。新聞は少々。映画は無茶苦茶に借りて来たのを片っ端から観る。
     DVD 

     「ヘルタースケルター」 
     「モテキ」
     「サイタマノラッパー」 
     「ラストラブ」 
     「偉大なるアンバーソン家の人々」
     「フェイセズ」
     「紳士協定」 
     「黄金(ブニュエル)」 
     「欲望の翼」
     トレーシーローズを数本 

     トリーブラック、サシャ・グレイ、フェニックス・マリー等々
     

     ブルーレイ(貰ったソフト。貰ったから言う訳ではないが、パッケージからインナースリーブから価格から、何よりが質と音質が驚異的。レーザーディスクの時の様なときめき感。映画ファンならばマストバイ) 

     「81/2」
      「死刑台のエレベーター」
     

     「昼顔」 

     「甘い生活」z
     

     「アヴェンジャーズ」
     

     結局一番多く観たのはサシャ・グレイだった。とにかくサシャ・グレイは素晴らし過ぎるのだが、それではソダーバーグと同じに成ってしまう。ファック!!セックスと!!嘘と!!!!ヴィデオテープ!!!!!
     
     

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