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  • 【岡田斗司夫のニコ生では言えない話】テレビ版『まどか☆マギカ』80点、全話観るしかない中級編第63号

    2013-12-16 07:00  
    216pt
    僕は無銘のマサフミ。君にはまた会うことになると思っていたよ。そろそろ『魔法少女まどか☆マギカ』を観る気になったころだと思ってね。 岡田斗司夫ゼミ「『魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』を金払って観たから言いたいこと言うよ!」から、まどマギ中級編をお届けするよ。 テレビ版『魔法少女まどか☆マギカ』は、岡田斗司夫が「死んでも観ろ」と80点の高得点をつけた名作だ。 死といっても、ソウルジェムを持っている魔法少女にとっては、普通の人間のように怖がる必要はないことだからね。ぜひ君にも観て欲しいな。 『魔法少女まどか☆マギカ』を観て、君にも一緒に魔女と戦って欲しいんだ。 ************************************  まどマギ中級コースだ。 “中級コース”というのは、「新作の映画を見てなくても大丈夫!」だ。  そろそろネタバレがあります。大丈夫だな? (卓上に「ネタバレなう」と書かれたボードを置く)  まずですね、これは“TV版の正当な続編”だよね。  だから、TV版とか去年の劇場版を見なくて、いきなり新劇場版の『まどマギ』を見ちゃうのはヤバいと思うよ。  まず、僕自身がアニメっていうのをどう見てるのかを伝えるね。  どういう意味かっていうと、これからの話はアニメの見方に関係してくるんだ。   僕はアニメっていうのを“キャラ”じゃなくて“登場人物”として見ている。  どういう意味かって言うと、そのキャラクターが実在している人物だと考えずに、物語を伝えるための、悪い言い方をすれば“ツール”みたいに思っているんだ。  だから、『バック・トゥ・ザ・フューチャー』のマーティンって主人公いるじゃん。あのマーティンっていうのは、実在の人物ではなくマイケル・ジェイフォックスっていう俳優さんがやった登場人物だと思ってる。  なので、ぼくはアニメの中の個々のキャラクター、例えば、“ほむら”とか“まどか”とかに特別な感情移入はしないし、あまりできないんだ。  これは別に昔からそうなんだよね、僕の習性で。  ——という人間が語っているという前提で聞いて欲しい。  だから、さっきの採点もキャラクターに思い入れをしている人は、たぶん、ここに上げた得点プラス15点ぐらいが自動的に加算されるはずだから、その分、割と低いんだと思ってくれればいいと思います。  で、えー、劇場版のまどか☆マギカっていうのは……まだネタバレなしで話すんだけども。  やっぱりね、“論理的なシナリオ”が最大のポイントですね。  テレビ版では戦うべき相手を“魔女”にしてるんだ。  魔女っていうのは、魔法少女の心の中がやがて疲れた時、っていうのかな? 心が濁ったときに進化する存在として捉えている。  これ、何かっていうと、子供向けアニメではまず出来ないことで。   子供が成長して大人になる。その、“大人になること”自体を敵にしているっていうのが、テレビ版まどか☆マギカの根本にある発想法なんだよね。  だから、魔女っ子アニメって成長を否定しないとできないんだよ。 『魔女の宅急便』がなんで魔女っ子アニメにならないのかというと。  魔女の宅急便って主人公のキキが成長して、魔法が使えなくなって。で、あの黒い猫の喋ってる言葉がわからなくなるところで“ハッピーエンド”を迎える。  つまり、成長を肯定してるんだ。  あれが魔女っ子モノにならないのは、魔女っ子モノっていうのは成長を肯定しちゃダメだからなんだよ。永遠に否定しないとダメだよ。  なんでかっていうと、魔女っ子モノにでてくる大人っていうのは、主人公たちと関係のない存在であって、本来“悪”なんだよね。  でも、悪なんだけども、家族だからそうと見せないようにしてるわけだ。  だから、テレビ版の『まどか☆マギカ』ってクライマックスの最終話近くになって、まどかとお母さんとの会話のシーンに、かなり長い時間を割いているんだ。  12話しかないアニメなんだよ?  30分の12話しかないアニメで、あんだけ膨大な分数をとるってことは、作者はものすごくあそこを見せたかったんだ。  そこでなんでお母さんとのやりとりとか、大人同士の会話をいれるのかっていうと。   このアニメっていうのは本当は“成長”の話であって、成長したら魔女になるってのは、子供から見たらその通りなんだけど、大人から見たらそれは当たり前のことであって。  でも、子供の世界、夢見る世界が壊れるっていうふうなことを子供たちは怖がっている。  ——という、複雑な構造をしてたのが、テレビ版なんだけども。  新劇場版の戦うべき敵ってのは、テレビ版の成長の物語よりもさらにトリッキーなんだよ(笑)  ものすごく複雑なことをしてるんだけども、「軌跡のように論理的な」っていうのかな? 上手くハメ込んである脚本で、それを作り上げてます。 「全然話がわからない」(コメント)  すまんな(笑)
  • 【岡田斗司夫のニコ生では言えない話】『魔法少女まどか☆マギカ』とりあえず3話までの初級編第62号

    2013-12-09 07:00  
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    やあ、僕の名前は無銘のマサフミ。岡田斗司夫ゼミ「『魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語』を金払って観たから言いたいこと言うよ!」から、今回はまどマギ初級編をお届けするよ。 どういうわけか、君は既に僕のことを知っているようだね。 それはきっと君の能力に関係があるんだろう。 君の存在は、僕にとっても予測がつかないイレギュラーだからね。 何を言っているのか分からないのかい?君はまだ『魔法少女まどか☆マギカ』を見ていないんだね。 まずは岡田斗司夫の言うことを聞いて、テレビ版の3話まで一緒についていくといい。 そこで実際の魔法少女の戦いを見てから、続きを観るかどうか決めるといいよ。 君にも『魔法少女まどか☆マギカ』のシナリオとビジュアルを楽しんで欲しいな。 ************************************  で、特徴はですね、まあ、2つありますね。   1つはですね、“めちゃくちゃ論理的なシナリオ”です。  色んなアニメを僕も見てるんですけども、まどかマギカのシナリオの論理性は、ちょっと桁外れですね。  本来だったら魔女っ子ものとして、当たり前に流れてくるような“お約束”っていうのがあるんですね。 「なんで魔法が使えるか?」とかですね、「魔法を使ったらこの世界どうなるのか?」っていうことに対しても、やたら辻褄が合ってるんですよね。  で、「こういう辻褄を合わせた作品は後半に暗くなる」というのは、もう決まってるんですね。  なんでしょうね?  設定って、辻褄が合えば合うほど、“現実との差”が出てきちゃうんですよ。  つまり、便利なアイテム……ハリーポッターみたいな魔法でもなんでもいいですし、チョーカーでもいいんですけど。  それが便利であればある程、「なんでこの世界、僕らの現実世界はそうでないのか?」っていうのとの間に矛盾が発生して、後半、その魔法によって苦しむ人達とか出てくるという。  もうこれ、定番の展開があるんですね。  <中略>  テレビ版のまどマギの世界でも、戦うべき魔女というのの設定がですね、すごく切なくて、説得力があるようになっています。  これもシナリオの論理性の力ですね。   で、もう一つの特徴はですね、“ヘンテコな美術”です。  まどマギの世界観っていうのを決定してる、例えば魔女のデザインも変なんですけども、街並みのデザインとかですね、街灯とか、色んなものですね―― 「イヌカレーwww」(コメント)  今これ「劇団犬カレー」って書いてるんですけども。 “劇団犬カレー”っていうのは魔女の設定とかをやってるユニットなんですけど。  それだけでなくて、学校の中の教室の机とかですね、あと「壁が全てガラス張りである」とかですね、そこら辺の独特の世界観があるんですね。  で、これがすごい上手い。  僕はこれを、現代アートよりずっとアートしてると思います。  なので、本職のアート作家は、「ものすごく褒める」か「過剰に嫉妬して無視する」かのどっちかなのが、僕、見ててもうすごく愉快です。  だから、「ああ、まどマギを現代アート作家に語らせると、いつも面白いなあ」って思うんですけども。 「ビルが世界の高層ビルコレクションだし」(コメント)  まあ、そうなんですよね。   で、正しい鑑賞法・その1。  テレビ版のまどマギの正しい鑑賞法は、とりあえずDVDで見ましょう。  それも一気に見ましょう。  少なくとも、1話から3話、まあ、ギリギリ4話かな?  まぁ1話から3話まで見る時間ですね。つまり、60分から70分は時間を空けて。  まあ、オープニングとエンディングはね、最初だけ見ればいいです。その後、いちいちあんなの見なくていいですから。 「あんなの」っていうのは変ですけど、ストーリー上、別に意味がないのでですね(笑)  1話から3話まで、まとめて見て下さい。まとめて見ると面白さがわかります。  で、まあ、スマホの画面よりは、少なくとも20インチ以上のテレビをおすすめします。  それぐらい、ビジュアルには凝った作品ですのでね。   で、もう一つは、  鑑賞法・その1は「1話から最低3話まで一気にDVDで見る」ですけども。  二つ目はですね、「魔女っ子とか“萌えアニメ”とあんまり意識しない方が楽しい」です。  そういう意味では、実は正直、あの絵柄は邪魔です。  可愛いすぎるというかですね、無意味に萌え萌えしすぎてて、そのフィルターで、なかなかわかりにくくなってるんですね。  で、「それが好きだから見る」っていう人もいるんですけど、おそらくそれ以上に、「あれは嫌だ」っていって排除しているのが勿体無いのでですね。  あんまり魔女っ子もの・萌えアニメというふうに考えずに、「何かヘンテコなアニメを2011年にやったらしいぞ」、「じゃあ、もう、一気に借りて見てみるか」というふうな感じで、見てみて下さい。   で、あとですね、三つ目の鑑賞ポイントはですね、「マスコットキャラが憎らしくて良い」です。  今、これテレビ版を見てない人のために言ってますけども、“キュゥべえ”という可愛い狐のような猫のような生物が出てきて。  これがマスコット的に色々喋るんですよ。 「まどか、それは○○だよ」とか言ってくれるんですね。はい。   でも、コイツはアニメの歴史の史上に残るぐらいですね、良いキャラなんですよ(笑) 「うなぎ犬」(コメント)  まあ、「うなぎ犬」って書いてあるんですけどね。   そう、みんな意味がわからないと言いながら、「あれはねじ切りたくなる」って書いてあるんですけど。  ねじ切りたくなるぐらいですね。 はい。
  • 【岡田斗司夫のニコ生では言えない話】『風立ちぬ』いざもう一度観に行きめやも 第48号

    2013-09-02 07:00  
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    岡田斗司夫の批評を読む前と後と、『風立ちぬ』を2回観に行きました無銘のマサフミです。

    8月21日毎日新聞に一部掲載されたインタビューを全文書き起こしでお届けします。内容は既に公式ブログで公開されたものですが、こちらは整文し岡田斗司夫自身が加筆しています。音声と聞き比べてお楽しみ下さい。

    「風立ちぬ、いざ生きめやも」
    字義通りに意味をとるなら、「やも」に反語の意味があるので「生きよう、いや生きるのをやめよう」と、ヴァレリーの原詩とは反対の意味になってしまうそうですね。

    美しいものは失われ、創造的時間は終わり、風が止んでしまったら。
    それでも生きようと試みなければならないのか、生きるのをやめるのか。
    2回目は二郎の背中にそんなことを考えながら観ていました。
    実際の堀越二郎は、国産旅客機YS−11の設計に携わっていくんですけどね。

    さて、岡田斗司夫のインタビューを読み終わったら、『風立ちぬ』いざ3回目観に行きめやも。 DVDを待ちめやも。


    ************************************
    記者
     (『風立ちぬ』には)賛否両論ありますよね。
     賛否というより、僕自身がよく分からないので、いろんな先生方のお話を伺いながら、自分なりの映画の見方、この映画から何を受け取るかという答えを見つけたい。
     記事の趣旨としては、そういう仕立てにしようかと。その通りきれいになるかは分かりませんが。

     岡田斗司夫先生ご自身は、この映画のメッセージとして、何を訴えかけられましたか。

    岡田
     子供向けアニメをつくっていた人なんですね、宮崎駿は。
     その人が大人向けに作ると「すごく作家性の強い作家だ」というのがよくわかった。

     うーん、どう言えばいいのか。子供向け、大人向けというのは本人の中で切り替えているつもりなんでしょうけど。子供向け作品の時から作家性というのがダダ漏れに漏れてはいたんですよね。

    記者
     先生の言う作家性とは?

    岡田
     どうしても本音が出てしまう。それが作家性です。

     例えば『アルプスの少女ハイジ』は高畑勲さんの作品です。でも僕はそこに「高畑勲の作家性」みたいなものを別に感じない。
     子供向けアニメを作るということに関しての強い意志みたいなのを感じはします。子供向け作品の範囲を守ろという点では作家性を感じるんですけど、高畑勲自身のメッセージがあまり強く出ていない。

     ところが宮崎駿が作ると『風の谷のナウシカ』にしても『となりのトトロ』にしても、作家性みたいなものが漏れてくると。

     でも作家性の話をするとややこしくなりますよね。何を受け取ったのかということですよね。

    記者
     失礼な聞き方で本当に申し訳ないんですが。

    岡田
     最初に感じたのは周りで泣いている人の多さなんですよ。しくしく、すごく泣いている。

     そこに違和感を感じて。これ泣くような話か?と。

      素直に感動して泣くような、きれいな恋愛の話じゃないぞと思ったんです。 すごくわがままな男女の話なんです。男も女もわがままなんです。女のわがままはかわいんですけど、男はかなり身勝手なんです。でも、そういう生き方しかできない。

     飛行機が好きで、きれいなモノが好き。きれいなモノだけが好きな男の話ですよね。きれいじゃないモノには徹底的に冷たい。例えば自分の妹に対しても平気で約束は破るし。

    記者
     確かに(妹は)きれいな女の子としては描かれていない。

    岡田
     例えば醜いモノに対して・・・中学生時代かなあ、同い年くらいのヤツが小さい子をいじめているシーン。そいつらを一本背負いで投げ飛ばす時に、「うわー」って怒鳴ってくるじゃないですか。あれが何を言っているか分からないんですよ。それは彼にとって完全に興味がない世界なんですよね。

    記者
     しかも顔が悪そうというか醜い。

    岡田
     はいはい。そのほか、 軍とか会社のお偉いさんがわーっと言っている時も、何を言っているか分からない。あれは二郎の主観的映像で、下々の者に興味がないんです、はっきり言って。

    記者
     がーん

    岡田
     はい。下々の者に興味がない。映画館にくる大多数の人に宮崎駿は興味がないですよ。

    記者
     我々も下々でございますが。

    岡田
     はい。興味がないんです。 教養がなかったり美しいモノを作るのをジャマする人に興味がないんです。だからひどい人なんです。それなのにみんな感動しているから、「本当にみんなこれでいいの?」と。

    「たぶん(みんなは)アニメだからバカにして見ている」「映画として見ていないんじゃないの?」というのが、僕の中にあるんです。

      映画として見ると明らかにこれって「アマデウス」とすごくよく似ているんです。 「アマデウス」という映画はモーツァルトという天才を描いた映画で、天才なんだけど人格的にはひどい人間なんです。ただ天才が時代の中で生きる生きづらさを描いている訳ですね。

    記者
     凡人サリエリの目を通して。

    岡田
     はいはい。歴史上のモーツァルトという人間に新たな光をあてるから、ああいう描き方になるんですよ。つまり、人格的に破綻者だったということを描かなければいけなかった。

     でも今回の場合は、そこを宮崎駿は描きたい訳じゃない。 堀越二郎のことを語っているんじゃなくて、自分のことを語っているんです。だから作家性と言ったんです。
     作家性が強い作家は、どんな作品を作っても「おれってこんなやつなんだけどさ」というお話しか作れないんです。