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2025年9月の記事 4件

植田健男氏:現行の学習指導要領体制のままでは日本の教育はよくならない

マル激!メールマガジン 2025年9月24日号 (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ ) ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― マル激トーク・オン・ディマンド (第1276回) 現行の学習指導要領体制のままでは日本の教育はよくならない ゲスト:植田健男氏(名古屋大学名誉教授) ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  学習指導要領は今のままでよいのか。  10年に1度の学習指導要領の改訂に向けて、今月19日、文科大臣の諮問機関である中央教育審議会(中教審)が「論点整理」をまとめた。今後、これに沿って各教科で具体的な内容の検討が進められ、来年度中に中教審として答申する。その後、小・中・高の学習指導要領が順次改訂されることになっている。  実は、前回から学習指導要領改訂のプロセスが大きく変わっている。中教審のなかに教育課程企画特別部会が設けられ、教科の枠を超えた根本的な課題の議論をまず行うことになった。19日に出された「論点整理」がこれに当たる。次期学習指導要領に向け、主体的・対話的で深い学び、多様性の包摂、実現可能性の確保の3つを基本的な方向性として示し、分かりやすく使いやすい学習指導要領、調整授業時数制度の創設、「余白」の創出を通じた教育の質の向上、などを挙げている。  名古屋大学名誉教授で教育経営学が専門の植田健男氏は、論点整理の内容には一定の評価をしつつも、教育内容を一元的に管理しようとする現行の学習指導要領体制のやり方自体を変えないままでは、現場の負担を増やすだけで逆にますます教育自体が疲弊していくことを懸念する。  植田氏によれば、学習指導要領は戦後間もない1947年に「これまで上から与えられたことをそのとおりに実行するといった画一的な傾向を反省して、下の方からみんなの力でつくりあげよう」と当時の文部省が試案として発表したのが始まりで、当初は地域や児童・生徒の実態に応じて使っていく手引書といった扱いだったという。それが、1958年に文部省告示として「教育課程の基準」とされ、いつの間にか法的拘束力があるような誤った解釈が広がったという。  さらに、教科書検定や全国一斉の学力テスト、大学入学試験なども学習指導要領が基準になっているため、学校現場は学習指導要領に縛られざるをえない状況に追い込まれている。  植田氏は、10年前の前回の改訂時の議論で、この1958年体制ともいえる画一的な学習指導要領のあり方を見直し、地域や子どもたちの実態に応じて一つひとつの学校が創意・工夫を凝らす「教育課程」の重要性が強調されたことに期待していたという。しかし結局は、教育内容や方法を縛る従来の学習指導要領のあり方そのものには手をつけられないままとなっている。  2年前には、子どもたちに合った教育課程を実施していたとされる奈良教育大附属小学校の授業が学習指導要領通りでないとの理由から、文科省や県教育委員会の介入が行われ、教員が異動させられるという事態も起きている。植田氏は、どのような教育課程が作られ、それがどれほど子どもたちに合ったものになっているかという観点から検討されることが重要だったはずだと指摘する。  グローバル化、デジタル化といった時代の変化のなかで教育はどうあるべきなのか、教育課程づくりの重要性を指摘し続けてきた植田健男氏と、社会学者の宮台真司とジャーナリストの迫田朋子が議論した。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 今週の論点 ・中教審「論点整理」で示された方向性 ・学習指導要領とは何か ・奈良教育大附属小学校で起こったこと ・学習指導要領体制の限界 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ■ 中教審「論点整理」で示された方向性 迫田: 今回は教育の話をしていきます。今日9月19日、10年に1度と言われる学習指導要領改訂の基本的な方向性が中教審で決定しました。教育はすごく大事なのですが、いったいどうなっているのでしょうか。 宮台: 昔の列強や先進国と言われる国では、様々な行政の種類の中で教育行政が最も自治化されるべきものだと言われています。一番小さなユニットで教育の行政的な自治を行うというのが基本なのですが、教科書検定から学習指導要領まで、日本はなぜ国家統制しているのでしょうか。なぜ教育の分権化が合理的なのかというと、国民国家は数千万の規模で人口も多く、地域によって産業も文化的な伝統も違うからです。  例えば日本だと、地域を学ぶための副読本が配られることがありますが、副読本じゃおかしいんです。例えば民俗学や社会学では、東日本と西日本は全く違う社会の作られ方をしていると考えます。それを全て中央行政が把握し、正しいプランとしてフィードバックすることはできません。また10年に1度というのもお笑いですね。 迫田: さて、今日は専門の方に来ていただいています。ゲストは名古屋大学名誉教授の植田健男さんです。植田さんのご専門は教育課程経営で、実際に名古屋大学教育学部附属中高の校長先生もされていました。私のイメージですが、植田さんは今の学習指導要領体制は賞味期限切れなのではないのかとおっしゃっている。しかし学習指導要領の改訂の報道を見ても、そういう話は一切出てきません。  今日、中教審の教育課程企画特別部会が論点整理という形で次期学習指導要領に向けた基本的な考え方を決定しました。 -------------------- <フリップ> 論点整理(1) 次期学習指導要領に向けた基本的な考え方 1.「主体的・対話的で深い学び」の実装 2.多様性の包括 3.実現可能性の確保 自らの人生を舵取りする力と民主的な社会の創り手育成 --------------------  学習指導要領改訂の基本的な考え方をこのような部会で議論するというやり方は新しいんですよね。 植田: そうですね。正直言って、これまで学習指導要領はほとんど教科だけで成り立っているという考え方でした。こうした総論的な議論は行われずに、数学や理科、社会といった教科にいきなり分けて、それぞれの中でこの先10年間で何を教えるべきなのかということを専門家たちが考えていました。その方法でずっとやってきたのですが、いろいろな矛盾が出てきた。コンテンツだけを問題にして、そこで何点取れるかということだけで能力選抜を行ってきた結果、日本の産業の基盤自体の先行きが見えなくなってきたんです。  それではいけないということで、まず基本コンセプトを固め、これまでの何が課題だったのかを整理した上で各教科に落とし込み、もう一度それを整理するというやり方に変わりました。今回はそのやり方で2回目の改訂です。 

烏谷昌幸氏:陰謀論を侮ってはならないこれだけの理由

マル激!メールマガジン 2025年9月17日号 (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ ) ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― マル激トーク・オン・ディマンド (第1275回) 陰謀論を侮ってはならないこれだけの理由 ゲスト:烏谷昌幸氏(慶應義塾大学法学部教授) ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  世界中で陰謀論が政治や社会に深刻な影響を与え始めている。一見荒唐無稽なトンデモ話にしか見えないような情報が、SNS上で集積され広く拡散されることで、実際の市民生活や一国の国政選挙にまで影響を及ぼし始めているのだ。もはや世界は現実の世界とパラレルワールドの識別がつかないところまで来ていると言っても過言ではないかもしれない。  著書『となりの陰謀論』の中で陰謀論を甘く見ることの危険性を指摘している慶應義塾大学法学部教授の烏谷昌幸氏は、陰謀論を「出来事の原因を誰かの陰謀であると不確かな根拠をもとに決めつける考え方」と定義した上で、素朴な陰謀論的思考は昔から人々の中にあったが、それがネット環境の中で過激なものに変異を遂げていると語る。  烏谷氏によると、普段めったに起きないことが続けて起きると、人間の脳はそれをつなげて考えたくなり、偶然の一致に過剰な意味を読み込んでしまう習性がある。そこに、陰謀論が巧みに入り込んで来る余地ができるのだと言う。  しかし、陰謀論が広がっている状況を軽視するのは危険だと烏谷氏は言う。陰謀論の背景には人々の厳然たる剥奪感があるからだ。何か大事なものが奪われたという被害感情や、大事なものが奪われようとしているのではないかという不安や恐怖に支配されると、人間はその原因を説明する単純な答えに飛びつきたくなる。  陰謀論の型は「信じられないほどの巨悪が糸を引いて公正な競争を歪めている」というものだが、そこには「悪いのはあなたではない」という隠れたメッセージがあるのだという。つまり、多くの人が陰謀論に引き寄せられることには原因があり、その原因に手当てしない限り、陰謀論は収まるどころか、更に広がっていくことが避けられない。  実際の陰謀論は多種多様だ。「選挙に不正があった」といった誰が信じてもおかしくないものもあれば、コロナやコロナワクチンが世界の人口を減らすための陰謀だと主張するものや、果てはオバマ元大統領もバイデン元大統領も本当はすでに処刑されていて偽物がゴムマスクを被っているのだといったものまである。その対象は宇宙人からディープステート、秘密結社、国際金融資本等々の伝統的なものから、最近では地球温暖化、パンデミックにワクチン、財務省の緊縮財政など多岐に渡る。  中には一見すると誰も信じそうにない極端な陰謀論も多いが、そんなものでもYouTubeなどに出てくる関連動画を見続ける中で、無関係な点と点をつなぎ隠れていたものを暴き出すナラティブ(物語性)が徐々に説得力を持つようになり、気がつけばパラノイド性の強い陰謀論者になっている人が増えているのだと烏谷氏は言う。  世界的に見ると、陰謀論が最初に猛威を振るったのはアメリカだった。トランプ支持者の多くが、「2020年の大統領選挙には不正があった」、「ディープステートがアメリカを牛耳っている」、「非白人を意図的に移民させることで白人の政治力と文化を衰退させようという陰謀がある」といった陰謀論を主張している。トランプ大統領自身がこれらの陰謀論を本気で信じているかどうかは疑わしいが、政治的にはこれを積極的に利用している。  実際、アメリカでは選挙不正を訴える人々が暴徒化し、2021年1月6日の議会襲撃事件まで引き起こすなど、陰謀論はもはや単なるトンデモ話にとどまらず、現実の世界に影響を与えている。  サイバーセキュリティが専門で、情報セキュリティ大学院大学客員研究員の長迫智子氏は、陰謀論は今や安全保障上の脅威になっていることを指摘する。人々の認知領域に攻撃を加える「認知戦」では、分かりやすく世界を説明する物語である陰謀論は広まりやすいため使いやすいのだ。  これまで日本語の壁に守られてきた日本も、生成AIの進歩によって誰でも自然な日本語が容易に書けるようになったことで、遅ればせながら外国勢力によるSNS上のディスインフォメーションの標的になり始めていることがようやく明らかになってきた。政府もようやくそれを認識し、遅ればせながら対策に乗り出し始めているが、明らかに後手に回っている。  さらに日本では国政選挙でも、陰謀論的な言説を党の主張に盛り込んだ参政党が大きく党勢を伸ばしており、もはや日本も陰謀論を対岸の火事と傍観していられる状態にはなくなっていると烏谷氏は言う。  陰謀論とは何か、陰謀論はどのようにして生まれるのか、なぜ人は陰謀論を信じてしまうのかなどについて、慶應義塾大学法学部教授の烏谷昌幸氏とジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 今週の論点 ・皮肉にも人々を元気にする陰謀論 ・なぜ剥奪感が陰謀論に変容するのか ・安全保障上のリスクとしての陰謀論 ・民主主義を弱体化させる陰謀論を甘く見てはいけない +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ■ 皮肉にも人々を元気にする陰謀論 神保: 今日は陰謀論を取り上げようと思います。ゲストは慶應義塾大学法学部教授の烏谷昌幸さんで、著書『となりの陰謀論』を参考にさせていただきました。本では陰謀論の理論的な背景とともに、世界で起きていることについても取り上げられています。特にアメリカのことについて興味を持っているのでしょうか。 烏谷: 最初に興味を持ったのはトランプです。彼がなぜここまで陰謀論を振り回しやりたい放題やり、それに対して多くの人が支持を与えるのかが本当に不思議で、この本を書く動機が生まれました。 神保: 本には、実はこれを読んでいるあなたもどこかでは陰謀論者なのかもしれないと書かれていて、確かにそういうところもあるなと思いました。陰謀論とは「出来事の原因を誰かの陰謀であると不確かな根拠をもとに決めつける考え方」ということですね。そして、人間は「偶然の一致に過剰な意味を読み込み、何らかの物語によってつなぎ合わせてしまう」とも書かれています。 宮台: リチャード・ローティはプラグマティストで、プラグマティストは真理よりも動機づけを重視する構えです。ローティ的には、陰謀論を受け入れる側は自分に力が湧き出るような情報を摂取し、逆に自分から力を奪うような情報を忌避するという構えがあります。したがって真理は人から力を奪うという見方をします。なぜなら真理は抗えないからです。 根本的なポイントは、ローティが徹底的に批判していた最近のリベラルのあり方です。知財化やグローバル化によって階級問題が最大の課題である時に、あいかわらずアイデンティティ・ポリティクスをしているインテリゲンチャがいて、結果として階級問題によって苦しむ製造業労働者たちが自分たちを見てくれる大統領を求め、独裁者を誕生させるということを予想していました。 ナラティブ(物語)にはまず語り部の視座、視点、視界があります。その中で物語が語られるのですが、ナラティブはなかなか訳しづらい。 神保: ナレーションと同じ意味のナラティブですよね。 

角川歴彦氏:角川裁判が問う「人質司法」の罪とそのやめ方

マル激!メールマガジン 2025年9月10日号 (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ ) ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― マル激トーク・オン・ディマンド (第1274回) 角川裁判が問う「人質司法」の罪とそのやめ方 ゲスト:角川歴彦氏(KADOKAWA元会長) ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  東京五輪・パラリンピックを巡る汚職事件で、大会組織委員会の高橋治之元理事側への贈賄の罪に問われている出版大手KADOKAWAの角川歴彦元会長は、9月3日に行われた裁判の最終意見陳述でも改めて無罪を主張し、結審した。  判決は来年1月22日に言い渡される予定だ。  五輪汚職事件とは、東京五輪・パラリンピックのスポンサー契約で有利な計らいをしてもらうことの見返りに、大会組織委元理事の高橋治之被告らが計約1億9,800万円の賄賂を受け取ったというもの。高橋元理事ら収賄側3人のほか、角川氏が会長を務めていた出版社のKADOKAWAのほか、AOKIホールディングス、大広、ADK、サン・アローの贈賄側12人が逮捕・起訴され、これまでに収賄側1人、贈賄側10人の有罪判決が確定している。  東京五輪は不祥事の連続だった。不透明な新国立競技場の決定過程や直前になってのデザイン変更に始まり、ロゴマークの盗作、関係者の相次ぐ差別発言等は記憶に新しいところだろう。数々の問題の中でも、経費が当初の予定から3倍近くに膨れあがったことは、実際に都民や国民にその負担を強いることになったこともあり、五輪そのものに対する国民の怒りを大きく助長した。かねてから金満体質を指摘されてきた五輪に対して、「正義の味方」を自任する特捜検察は何らかの対応を取る必要があった。  そうした中、検察は高橋元理事がコンサルティング契約などの名目でスポンサー企業から金銭を受け取っていたことを賄賂と認定し受託収賄で逮捕。贈収賄では贈賄側が必要になる中で、五輪スポンサーだったKADOKAWAの角川歴彦会長(当時)に目を付けた。角川氏は元理事側への金銭支払いについて報告を受けていなかったとして、一貫して無罪を主張している。角川氏の関与については、物的証拠はなく、他のKADOKAWA社員の証言のみに依存した立件だった。  しかし、角川氏が犯行を否認したために、そこから悲劇が始まった。当時既に79歳で心臓に重い持病を抱える角川氏は、2022年9月14日に逮捕され、その後も一貫して無実を主張し続けたため226日間、東京拘置所の独居房に留め置かれることとなった。  しかも、検察が高齢の角川氏を逮捕に踏み切った理由が、角川氏がメディアの取材に応じたからだったことを後に検察は公判の中で明らかにしていた。  メディア取材で無罪を主張したために、罪証隠滅の可能性があると検察が主張する根拠となり、7カ月あまりに及ぶ長期勾留につながったというのだが、この取材対応も、角川氏を任意で事情聴取していることが検察からメディアにリークされ、記者やカメラマンが角川氏の自宅前に大挙して押しかけてきたため、近所迷惑になることを懸念した角川氏が渋々メディアの代表取材に応じたもので、角川氏が自ら積極的にメディアを通じて発信したものではなかった。  一貫して自白も調書への押印も拒否していた角川氏の健康状態の悪化を懸念した弁護団が、やむなく検察側が提出していた証拠のいくつかに同意したことで、逮捕から約8カ月後に角川氏はようやく保釈された。  そして角川氏は2024年6月、国に2億2,000万円の損害賠償を求める国家賠償請求訴訟を起こす。これが「角川人質司法違憲訴訟」と呼ばれるものだ。これまで刑事事件で無罪が確定した人が捜査の違法性などを主張して国賠請求を提起することはあったが、刑事事件で係争中の被告人が国賠訴訟を起こすのは恐らくこれが初めてのことで、画期的なことだ。無罪であれ有罪であれ、いずれにしても人権を無視した人質司法は間違っているし、違法であるという強い信念が背景にある。  原告団には裁判官として袴田事件の再審決定の英断を下した村山浩昭団長の下、弘中惇一郎弁護士、喜田村洋一弁護士、海渡雄一弁護士、伊藤真弁護士ら、これまで人質司法と戦ってきたオールスター弁護団といっても過言ではない錚々たるメンバーが加わった。  弁護団は「人質司法」を「刑事手続で無罪を主張し、事実を否認または黙秘した被疑者・被告人ほど容易に身体拘束が認められやすく、釈放されることが困難となる実務運用」と定義。日本では人質司法が行われ、人質司法は「人身の自由」、「恣意的拘禁の禁止」など、憲法上・国際人権法上のあらゆる権利・原則を侵害していると訴えている。  しかし、ここまで国側は弁護団の主張に対し、人質司法の実行者として名指しされている検察官や裁判官は、法令と判例に則り職務を遂行しているだけで、憲法や国際人権法違反の批判は当たらないばかりかその可能性を検討する必要もないと、原告側の主張を嘲笑うかのような不誠実な立場をとっている。  この国賠訴訟の成り行き次第で、日本はこの先何十年、いや何百年もの間、世界から「中世」と揶揄される人権を蔑ろにした前時代的な人質司法がまかり通りことになるのか、ようやく戦後80年にして、国際水準の司法制度に近づくことができるのかが決まる可能性がある。  角川氏はなぜ逮捕されたのか、226日に渡る長期勾留はどのような状況だったのか、人質司法とは何か、どうすればやめることができるのかなどについて、刑事被告人であると同時に国賠訴訟の原告でもある角川歴彦氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 今週の論点 ・日本の「人質司法」の現状 ・東京五輪・パラリンピック汚職事件のあらまし ・角川人質司法違憲訴訟とは何か ・国はどのように人質司法を正当化しているのか +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ■ 日本の「人質司法」の現状 神保: 政治も非常に流動的になっていて目が離せない状態ですが、今日のテーマはわれわれにとって古くて新しい司法の問題です。もともと問題があったオリンピックを強行したことが5年経ってもいまだに色々なところに尾を引いているということを感じるのですが、今日は観念論だけではなく、実際に進んでいる裁判についても紹介したいと思います。 宮台: 僕の師匠である小室直樹氏は、日本は近代の面をしているが近代ではないと言いました。刑事司法のでたらめを見ればそれは簡単に証明できます。これは田中角栄裁判のデタラメぶりを徹底的に追求した小室先生ならではの非常に原理的な発想です。つまり、100人の罪人を放免するとも1人の無辜の民を刑することなかれということです。 刑事裁判は基本的に、統治権力のトップ対個人という全くリソースが違う者たちの戦いなので、ありとあらゆる手続きは無力で、統治権力と戦っている被告側に有利に運用されなければならないということもできていません。これでは人が劣化したままなので、日本は近代になれないということです、日本の知識人たちもここまで劣化しています。行政官僚組織、メディア、組織体である企業、全てに官僚主義はあるのですが、日本人はこれがあると一番奴隷になってしまうんです。 神保: 今年は戦後80年ということで、戦争に対する色々な検証がありました。いつものことですが、誰が主導したのかも分からず、なぜ関東軍が民間人を満州に置いたまま逃げたのかも分かりません。立派な人たちがいざとなった時に何もできないということを80年目にしてまたまざまざと見せられました。  推定無罪という言葉自体は法学部の学生でなくても知っていますが、法学部の学生でさえ、「有罪が確定されるまで無罪」という意味だと思っています。権利主体が国家権力だということが理解されないままなんです。  今日のゲストはKADOKAWA元会長の角川歴彦さんです。われわれに馴染みのある弁護士の方々が参加しているということで、裁判や記者会見は取り上げてきましたが、角川さん本人に出演していただくのはこれが初めてです。角川さんは最近『人間の証明』という本を出され、今回の226日の勾留と生存権について書かれています。  角川さんは現在刑事と民事で2つの裁判を抱えていて、私はそのどちらも問題があると思っています。刑事裁判は今週の水曜日に結審しました。民事は人質司法に対する国家賠償請求で、これは画期的です。今までは無罪になった時にひどい扱いをされたということで国賠訴訟が起きていて、それでもめったに勝つことはできませんでした。 村木厚子さんの時のように証拠の捏造や改ざんがあれば勝てるのですが、基本的にはどんなにひどいことをされて無罪になっても賠償責任は問われません。しかし、角川さんの場合は、有罪であろうが無罪であろうが人質司法は許されないということが争われているんですね。 宮台: 人質司法とは、身柄を人質にとり自白するまで身柄を解放しないというものです。自白しなければ親族や会社の仲間などにこういう不利益があるというふうに威嚇していき、これは国連でも大問題になっています。 

5金スペシャル映画特集:「法」と「掟」 韓国ドラマはなぜ社会問題を痛烈に描けるのか

マル激!メールマガジン 2025年9月3日号 (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ ) ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― マル激トーク・オン・ディマンド (第1273回) 5金スペシャル映画特集 「法」と「掟」 韓国ドラマはなぜ社会問題を痛烈に描けるのか ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  月の5回目の金曜日に特別番組を無料でお送りする5金スペシャル。今回は韓国映画と韓国ドラマを取り上げた。 今回取り上げたのは以下の4作品。いずれも韓国の作品だ。 ・『ソウルの春』(キム・ソンス監督) ・『二十五、二十一』(チョン・ジヒョン監督) ・『広場』(チェ・ソンウン監督) ・『悪縁』(イ・イルヒョン監督)  『ソウルの春』は、1979年12月12日に韓国で発生した「粛軍クーデター」を、一部フィクションを交えて描いた2023年の韓国映画。このクーデターは、後に大統領となるチョン・ドゥファン(全斗煥)が中心となり武力で軍の指揮権を掌握したもので、「ソウルの春」と呼ばれた韓国の民主化運動の機運を壊すきっかけとなった。映画では、正義感の強い主人公イ・テシンがクーデターに果敢に立ち向かうが、次第に多勢に無勢となり、追いつめられる様子が描かれている。  『二十五、二十一』は、1997年のIMF危機に翻弄される韓国の若者たちの人生を描いたネットフリックスのドラマシリーズ。粛軍クーデター、光州事件と挫折を繰り返しながらようやく民主化を果たしながら、アジア通貨危機に端を発する経済危機に陥り、IMFからの緊急援助に頼らざるを得ない状況に追い込まれた韓国では、IMF主導の構造調整プログラムに基づく緊縮財政が進められ、多くの家庭が貧困に陥ったまま借金を抱えて一家離散の憂き目に遭うこととなった。  『二十五、二十一』には、その中で夢を追い続ける若者たちの姿が描かれている。突然これまでの生活が一変するような激動の時代だからこそ、相手が没落すれば切り捨てるうわべだけの愛は偽物だと見抜かれ、逆に本物の愛が輝く。マッチングアプリなど「効率的」な恋愛の形が世界的に広がる中で、このドラマは社会から本物の愛が失われたことを批評的に描いている。  『広場』は、ウェブ漫画を原作とするネットフリックスのドラマシリーズで、ソウルを仕切る2つのヤクザグループの抗争を描いたもの。「ジュウン組」と「ボンサン組」はかつて同じ組織に属していたが分裂した。その時に主人公ナム・ギジュンは、自らがヤクザの世界を去ることと引き換えに、ジュウン組とボンサン組は互いに裏切らないという掟を作った。しかし、その掟は若い世代のヤクザたちによって破られることになる。作品には法も掟も存在せず、他者を顧みることなくそれぞれが自分自身の利益のためだけに行動する荒廃した世界が描かれている。  『悪縁』も同じくウェブ漫画を原作とするネットフリックスのドラマシリーズだ。次々と明らかになる過去の因縁に翻弄される登場人物たちが、悪事に悪事を重ねていく姿が描かれている。極悪人が出てきたと思えばさらにそれを超える極悪人が現れるという、法も掟もない究極まで荒れた社会を描いた、これまでにない作品だ。  1997年の韓国を描いた『二十五、二十一』には、かつて存在した、少しずつ心が通い合うような恋愛の姿が描かれており、それが今は失われたことを批判している。また、IMF支援の下で経済成長は果たしたが、格差は広がり社会はよくならなかった現代韓国を舞台にした『広場』と『悪縁』は、愛も法も掟もない今の韓国社会を批判的に描いている。今回取り上げたネットフリックス3作品は、社会の劣化というモチーフを明確に批評的に提示している。このように、その時代が直面する問題を鋭くえぐるような作品は、日本ではなかなか見られない。  なぜ社会を痛烈に批評する作品が韓国では生まれるのか。4つの映像作品を題材にジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が議論した。  また、映画特集の冒頭では、8月12日に発生から40年を迎えた日航ジャンボ機墜落事故について、当時事故直後から墜落現場に入った神保哲生の取材を通じて、40年経った今も未解決のままの課題が多く残されていることなどを取り上げた。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 今週の論点 ・日航機墜落事故が突きつける真の課題 ・映画『ソウルの春』に見る民主主義の脆さ ・『二十五、二十一』が描くIMF危機下の若者たち ・『広場』と『悪縁』が問う法も掟もない現代社会 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ■ 日航機墜落事故が突き付ける真の課題 神保: 今回は2025年8月12日に収録していますが、放送は8月30日となります。今日8月12日は日航機事故から40年目となるので慰霊登山をしている方も多く、またマスメデイアは御巣鷹の尾根からの中継なども行っています。中継というのはとても大変なことで、事故当時はフジテレビがサーカスのような神業で、川上慶子さん救助するシーンを撮影し放送していました。  風化が問題だと言われていますが、根本的な問題は40年間手付かずで解決されていません。日本の事故調査委員会(現在は運輸安全委員会)という政府の機関は強制的な捜査権を持っていないので、あくまでも協力を要請する立場にあります。したがって下手に協力をして自分に何らかの過失があったと捉えられる発言をしてしまうと警察がやってきて刑事責任を追及されるかもしれません。そのため日本では重大な事故が起きた時に本当の原因が究明されづらい構造になっていて、それが8.12の40年前から進展のないままきてしまいました。 40年の節目ですが、その話はどこもしていません。  あの事故の7年前に同機が伊丹空港でしりもち事故を起こした時、圧力隔壁が損傷し、その修理が不適切だったため強度が足りなくなり、繰り返し膨張や縮小を繰り返すうちにバーストして垂直尾翼の上が飛んでしまいました。墜落後に全ての部品が見つかったわけではありませんが、現場で発見された隔壁の修理が不十分だったということは間違いないとされています。 しかし問題はそれだけで飛行機が落ちたわけではないということです。隔壁が破裂し中の圧力が一気に吹き出し、垂直尾翼の上半分が飛ぶと操舵性が大きく失われます。当時の機長は苦労して不時着しようとしたのだと思いますが、問題は隔壁の下に油圧系統が集中していたことにあります。 

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神保哲生/宮台真司

神保 哲生(じんぼう・てつお) ビデオジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表。1961年東京生まれ。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信記者を経て 93年に独立。99年11月、日本初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を設立。 宮台 真司(みやだい・しんじ) 首都大学東京教授/社会学者。1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。

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