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記事 64件
  • 【13万字・記事詰め合わせセット】朝倉海、ケンドー・カシン、ボクシング解放、狂気GCW、AEWベルト盗難…

    2019-09-30 23:59  
    550pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part68は大好評インタビュー17本、コラム6本、13万字で550円!!(税込み)

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    part68
    ◎朝倉海インタビュー「打倒・堀口恭司の攻略法は、まだ1割しか使ってないです」

    ◎【堀口vs朝倉の衝撃】笹原圭一広報「RIZINという生き物が勝手に動き始めてきた」
    ◎堀口恭司の適正階級はフライ級なのか?■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク

    ◎ホベルト・サトシ・ソウザは何が凄いのか?■柔術ライター・橋本欽也

    ◎【プロモーター論】榊原信行は朝倉未来に怒っていたのか◎【RIZINライト級GP展望】サトシが勝ったら「ああ、やっぱりやったな」です■大沢ケンジ
    ◎【格闘技ラブストーリー】那須川天心vs武尊はなぜ実現しないのか?


    ◎ケンドー・カシンの数奇で偏屈なマスクマン人生■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    ◎AEWチャンピオンベルト盗難事件■斎藤文彦INTERVIEWS


    ◎Dropkick名物90年代インディ地獄! 戸井克成インタビュー13000字
    ◎ドラゴンゲートで起きた「幸せなシュート事件」とは何か?■事情通Zの「プロレス 点と線」
    ◎【衝撃の日本襲来!】血と狂気のGCWを語ろう!■吉野恵悟レフェリー×タカ中山

    ◎ボクシング門戸解放の裏側…那須川天心のバンテージは誰が巻く?■山田武士

    ◎『覚醒』那須川天心/Dropkick読書会
    オマスキファイトのMMA Unleashed・痛い!怖い!つらい! MMAファイターが語るダメージとケガのリアル


    ・ネイト対マスビダルのMSG血戦決定! 賭けられるBMFベルトとは何か。
    ・今年の年末格闘技のキーワードになるのか? 世界的超人気番組『SUPERSTARS』とは何か
    ・MMAファイターの職場恋愛が多い理由
    ■アメプロインディ通信「フリーバーズ」・地獄の軍団GCW来日大作戦インサイドレポート
    ・「死ねばよかったのに」……デスマッチ大論争大勃発!

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    プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回のテーマはWWEのコーチに就任したケンドー・カシンです。
    ――小佐野さん!本題に入る前に今年のG1クライマックスは何大会くらい観戦されたんですか?
    小佐野 大田区体育館、後楽園ホール……4大会は現場に行ったかな。G1は日本全国を回ってやってるし、すべて現地で見るのは大変だよね。なにしろ今年の開幕戦はテキサス州ダラスだったしね(笑)。
    ――ワールドワイドなイベントになっちゃいましたね(笑)。
    小佐野 G1の結果だけしか確認してないと星取表はどの選手も似たような点数だから、いろいろと言いたがる人も出てくると思うんだけど、みんな凄い試合をやってるんだよね。シングルマッチの連戦が続くわけでしょ。よくまあこんなに過酷なシリーズを乗り越えたよなあって。
    ――どの試合も配信もされて注目度が高いですからヘタな試合はできないですよね。
    小佐野 いまの新日本で手なんか抜いたら、あっという間に置いていかれちゃうからね。今回初優勝した飯伏(幸太)なんて開幕戦で足をやっちゃってるし、オスプレイだって2戦目のあとに首に痺れがきちゃって途中欠場の可能性もあったけど、それでも最後まで完走したからね。
    ――心・体・技が整ったプロレスラーじゃないとG1は乗り切れないってことですね。
    小佐野 大変だと思うよ。いまのG1のイメージって、全日本の四天王プロレス時代のチャンピオンカーニバルに近いのかな。三沢光晴、川田利明、小橋健太、田上明だけじゃなくて、スタン・ハンセンやスティーブ・ウイリアムスの外国人レスラーたちも充実していて。あのときもみんなヒーヒー言いながら戦っていたよね。
    ――いまの新日本は四天王プロレスとはスタイルは異なりますけど、ハイレベルなことをやってますもんね。KENTAも日本マット復帰後がこんな過酷なシリーズを乗り切って。
    小佐野 しばらく休んでいたわけだからね。本当によく乗り切ったと思う。あといまの新日本の何が強いって選手層が厚すぎることだよ。今回G1不出場だった鈴木みのるは4試合目くらいに出ていたし、G1の最終日なんて40人以上も試合に出てるわけだから。他の団体はちょっと太刀打ちできないよ。
    ――G1が終わったと思ったらJ-CUPがアメリカで開催されて。
    小佐野 その次はイギリスでオカダ・カズチカvs鈴木みのるのIWGP タイトルマッチがあるでしょう。鈴木みのるはイギリスでもチャンピオン(RPWブリティッシュ・ヘビー級&タッグ王座)だったけど、日本でやっている流れをそのままイギリスに持っていくわけだから。あくまで日本がベースだけど、いまの新日本はどこの国でやるかはそこまで重要じゃなくなってるのかもしれないよね。
    ――それにどの団体の流れも早いから情報量が多すぎて追いつかないですよね。
    小佐野 だから行ける会場はなるべく行くようにしてるんだけど、ちょっと見逃すとわかんなくなっちゃうから。いまは本当に団体が多いからねぇ。すべての団体をフォローできているマスコミはいないよね、たぶん。
    ――どの団体も扱う媒体はあるんでしょうけど、個人は難しいでしょうねぇ。
    小佐野 それは私が週刊誌をやっていた時代からそうなんだけどね。『週刊ゴング』が創刊した84年のときに全日本プロレス担当記者になったけど、行けるときは新日本の会場には顔を出して。 でも、当時は新日本と全日本の2団体時代だからできた話なんだけどね。
    ――90年代に入っちゃうと多団体時代に突入しちゃいますもんね。
    小佐野 いまなんてスポーツ新聞のプロレス担当記者が新しく来ると戸惑ってるもんね。いろんな団体があってどれも違うから(笑)。
    だからプロレス大賞なんかも困っちゃうだろうね。全部の団体をちゃんと見ることは物理的に無可能だから。
    ――プロレス大賞から漏れちゃうケースも出てくるわけですね。
    小佐野 今年はドラゴンゲートをちゃんと見てるようにはしてるんだけどね。解説の仕事をやっている全日本でさえ流れが早いからけっこう大変。地方でタイトルマッチをやること多いから、どこで防衛戦をやったとか詳細を把握するのはあたりまえとして、先日ボディガーがベルトを巻いて入場してきたんですよ。何日か前に大日本プロレスの大阪大会でBJWタッグ王座を獲ったんだけど、アナウンサーに聞かれて答えに詰まっちゃったもんね。「……これなんのベルトだっけ?」って。
    ――他団体の動きも押さえなきゃいけないと(笑)。
    小佐野 全日本の選手は他団体に出ることが多いし、逆に他団体選手が参戦することも多いでしょ。この前も全日本のジュニアタッグリーグにドラゲーのヨースケ♡サンタマリアが参戦したときはマリアの技をとにかく覚えなきゃならないと。 たとえば鉄柱越しの場外プランチャーは「上からマリア」なんですよ(笑)。
    ――全女中継でアナウンサーの志生野(温夫)さんがどんな技でも「投げたー!」とか一括して実況してましたけど、そんなわけにはいかないと(笑)。
    小佐野 いろいろと勉強になりますね(笑)。
    ――さて、今月のテーマはWWEパフォーマンスセンターのコーチに電撃就任したケンドー・カシン(石澤常光)です。
    小佐野 今年に入ってからNXTの新人育成コーチを臨時でやっていただけど、今回正式に契約したということだね。しかし、凄いよね、イッシーは。不思議な人生を送ってるよ。
    ――自由気ままにプロレス界を泳いでますよね(笑)。
    小佐野 私が彼に初めて会ったのは新日本プロレス入団記者会見。その頃の『週刊ゴング』の新日本担当はGK金沢くんだったんだけど、たしか金沢くんが他の取材で行けなくて、私がピンチヒッターだったんですよ。
    ――石澤常光は新日本のレスリング部門・闘魂クラブ所属だったんですよね。
    小佐野 彼は闘魂クラブの第1号だからね。馳浩はイッシーが欲しくて闘魂クラブを作ったんだから。イッシーはレスリングでオリンピックを目指していて、その時点ではまだプロレスラーになるつもりはなかったけど、新日本の社員として働きながらオリンピックを目指すと。そのあとに中西学も闘魂クラブに入ってきてね。
    ――犬猿の仲の2人ですね(笑)。この関係もどこまで本当に仲が悪いのかが伝わりづらくって。
    小佐野 本当にダメなんだよ。本当に関係は悪い。
    ――仲のいい時期もあったんですか?
    小佐野 ない。
    ――断言!(笑)。
    小佐野 以前永田裕志、中西学、藤田和之と「チームJAPAN」というユニットを結成したででしょ。あのときは大人の姿勢でやっていたけど、基本的にはダメだね。
    ――カシンvs中西のエピソードで一番面白かったのは、中西さんの結婚式にカシンが代理人として中西さんとなんの接点もない人間を送り込んだあげく、ご祝儀が縁起でもない数字の4万円だったことですね。中西さんは現金書留で送り返したそうですけど(笑)。
    小佐野 ハハハハハハハ。ちょうどいまから1年前に天龍さんとカシンのトークショーの司会をやったんだけど。天龍プロジェクトの紋奈代表が大のカシンファンだったこともあって組まれた企画でね。2人が控室で「新日本時代最後に会ったのはいつか」という話をしていて。天龍さんが「あのとき中西がいて……」と言ったら「じゃあボクはいませんね!」って食い気味にキッパリと否定していたね(笑)。
    ――あの中西学と一緒にいるわけがないと(笑)。
    小佐野 もともとカシンのほうが一方的に中西を嫌っていて。人間って嫌われれば嫌いになるから中西もイヤになったんだろうね。
    ――ネタなのか本気なのかわかりづらいどころってありますよね。
    小佐野 ケンドー・カシンという摩訶不思議なマスクマンのキャラクターと、素顔の石澤常光の頑固さがないまぜになってるから、いろいろと伝わりづらいんだろうね。若手の頃も素直な人だったけど、頑固なところもあって。海外修行に行くことが決まったときかな。「よかったね。帰ってきたらメインイベントだね」と軽く言ったら「いや、ボクは第1試合に誇りを持ってますから」と。固く言ってきたわけじゃないけんだけどね。
    ――もともとプロレスファンだったんですよね。
    小佐野 ルチャリブレが好きだったり、昔の『ゴング』も読んでいたり。2016年10月の大仁田厚の引退試合の対戦相手だったでしょ。そのときに着てきたオリジナル Tシャツの表は『ゴング』の表紙、裏は『ゴング』の記事というやつで。
    ――カシンはいろんなネタTシャツを作ってきますよね(笑)。
    小佐野 私はそのとき解説だったんだけど、しゃべる時間がなかったから言わなかったんだけど、永田裕志が子供の頃に「大仁田厚、頑張れ!」というハガキをゴングメイトに送ったその記事がTシャツの裏にプリントアウトされてる。表紙はそのときの『ゴング』なんですよ(笑)。
    ――マニアックすぎますよ!(笑)。
    小佐野 そんなの『ゴング』を編集している人間にしか気がつかないんだけどね。永田は「それだけは言わないでくれ」というのにわざわざTシャツにしてくる(笑)。
    ――相手が嫌がる過去を引っ張り出してきますよね。 
  • 【13万字・記事詰め合わせセット】ミルコの軌跡、中井りん、和術慧舟會、ウルティモ、スミス新日離脱……

    2019-07-31 23:59  
    550pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part66は大好評インタビュー17本、コラム6本、13万字オーバーで540円!!(税込み)

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    part66
    ◎さらば英雄!PRIDE最強時代の幕を開けたミルコ・クロコップの軌跡■笹原圭一
    ◎地獄の青春!! 平成の昭和格闘技集団「和術慧舟會」を語ろう/門脇英基×大沢ケンジ
    ◎革命戦士・長州力、笑顔でリングを降りる――■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」
    ◎那須川天心の胴回し回転蹴りは「掛け逃げ」なのか?■鈴木秀明
    ◎ウルティモ・ドラゴンの偉大なる功績を再検証する■斎藤文彦INTERVIEWS
    ◎【闘龍門8期生】菅原拓也「浅井さんのドラゲー復帰戦の相手は本当にボクでいいのかなって」
    ◎【使用拒否続出!?】新木場1stRINGに何が起きているのか■事情通Zの「プロレス 点と線」
    ◎計量オーバーはバカほど過剰にバッシングする説!
    ◎【門番マネル・ケイプ戦】水垣偉弥インタビュー「堀口選手にラブレターを送り続けます!」
    ◎【復帰戦完勝も内容に不満!?】帰ってきた中井りんインタビュー「だから、だから、私が悪いんです!」
    ◎ボクシングの「共同声明」はなぜ反感を買ってしまったのか?
    ◎UFC女子ストロー級王者が「RENA、一緒に練習しよう」と言っています■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク
    ◎「那須川くんはアメリカでボクシングをやって、日本でキックを続ければいいんです」■三浦広光
    ◎「ここで何もできなかったら…」居合パンチャー町田光の不器用な叫びを聞け!
    ◎【興行論・考】堀口恭司戦は朝倉海をいちばん高く売れるカードである
    ◎世界を目指す日本人誕生――堀江圭功、UFC電撃契約の裏側■石井史彦
    ◎DDTセクハラマッチから考えるプロレスとLGBT■事情通Zの「プロレス 点と線」
    ◎安納サオリ「プロレスで360度から見られることで人生が変わりました」
    オマスキファイトのMMA Unleashed
    ・UFC新記録! ホルヘ・マスビダルの史上最速5秒KO劇を多角検証する
    ・これは今話題のパワハラなのか!? ああ無情、デイビーボーイ・スミス新日本離脱の顛末
    ・海外オッズメーカーは今年のG1優勝者をどう予想しているのか
    ・ガヌーは進化したのか、そしてベナビデスはタイトルに挑戦できるのか
    アメプロインディ通信「フリーバーズ」
    ・勝つか死ぬか……超マジメ人間のデスマッチ論
    ・怪物フランケンシュタインのYoutube
     
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    脳卒中のため現役引退したミルコ・クロコップ。彼の活躍なくしては現代MMAは成立しなかったといっても過言ではない。ミルコが最強を追い求めたその歴史をPRIDE時代からよく知る笹原圭一RIZIN広報に語っていただきました!――笹原さん! 今度のRIZIN.17でミルコ・クロコップの引退式をやるとかやらないとか話になってますが、笹原さんにとってもミルコは印象深いファイターのひとりになるんでしょうね。
    笹原 もちろんです。ミルコがいなかったらPRIDEはあそこまで大きくなってなかったでしょうし、彼が格闘技のアイコンであったことは間違いないです。でも、あれから時間がだいぶ経過していることもあってか、ミルコが「生贄」として総合格闘技デビューしたことを知らない人が多くなっていますよね。
    ――藤田和之の「噛ませ犬」としてリングに上がり、そのあともしばらくは「倒されるべき者」として扱われていましたね。
    笹原 立ち技からMMAにチャレンジしたRENA選手や那須川選手にしても、MMAをステップにする明確な目標があったじゃないですか。ミルコの場合は完全にMMAをやらされたわけですもんね。
    ――RENA選手や那須川選手のように「アナタをスターにしますからMMAをやってみましょう」というわけではなかったと。
    笹原 いまはRIZINから格闘技を見始めたファンも増えていますし、そういう人たちに向けて格闘技の歴史を語り継いでいくことって重要になってきますよね。
    ――ボクがプロレス・格闘技をちゃんと見始めたのは90年代ですけど、あのときは過去をざっと20年ぐらい振り返れば、歴史の流れは把握できるじゃないですか。でも、いまのファンって格闘技の大河ドラマをきちんと理解するには40年近く遡らないといけないから大変ですよね。 
    笹原 しかも今と昔じゃ情報量が桁違いですもんね。 だからこちらから歩み寄るという言い方はちょっと偉そうですけども、何が起きていたのか伝えていくことで、自分たちがRIZINでやっていることの理解も深まるんじゃないかなと思いますね。
    ――ミルコを語るうえで絶対に欠かせないのはMMAデビューとなった藤田和之戦です。2001年8月19日のK-1JAPAN決勝戦のリング。ゴールデンタイム中継したのは日本テレビ。この試合は大晦日の藤田和之vsジェロム・レ・バンナを見据えた前哨戦で、藤田選手の相手はK-1ファイターならば誰でもよかった。PRIDEとは関係ない企画だったわけですよね。 
    笹原 当時のPRIDEはK-1や猪木さんたちと一緒に仕事はしていましたけども、この試合に直接的にはPRIDEは関わってないですね。今のファンからすると「え?K-1でMMAやってたの?」ってそこから説明しなくちゃいけませんど(笑)。
    ――その話を詳しくすると5000字くらいかかるので省略しましょう(笑)。
    笹原 とにかくK-1のリングで藤田vsミルコが組まれたんですよ。
    ――「どうせ藤田が勝つんでしょ?」っていう雰囲気の中、ミルコは藤田選手のタックルにヒザを合わせて流血ドクターストップ勝ち。
    笹原 この試合「猪木軍vsK-1軍」という枠組みだったので、K-1の選手もたくさん会場にいたんですよね。で、ミルコが勝ったときに、バンナやベルナルドが大喜びしているんですよ。バンナはミルコと抱き合うくらい喜んでいて、「あんたたち、そんなに仲良かったっけ?」って(笑)。でも、思わず抱きついちゃうくらい、みんな負けると思っているなかで勝っちゃったという試合だったんです。本当にタイミングよくヒザが当たって、もしあのとき藤田さんが大流血していなかったら……格闘技界の歴史はまた違ったものになっていたでしょうねぇ。
    ――次の試合は11月のPRIDE.17の高田延彦戦。そのときはK-1所属のファイターとしてPRIDEに派遣されたわけですよね。
    笹原 はい。当時の関係をざっくり説明すると、PRIDE、K-1、猪木さん(新日本プロレス)たちがそれぞれの自分たちのイベントをやりながら、ときには協力して『猪木祭り』や『Dynamite!』、『W-1』(プロレス)なんかのメガイベントをやっていたんです。
    ――出た、新日本プロレスがひとり大損していたクロスプロモーション!(笑)。
    笹原 いやいや、リング上は勝負の世界ですよ! ミルコだって藤田さんの生贄としてMMAをやらされましたけど、実力と運で勝負をひっくり返したわけですからね。
    ――勝てば商品価値は上がり、選手と団体の発言権が強くなるってことですね。
    笹原 そういうことです。ミルコも最初は強制的にMMAをやらされましたけど、勝ったことでMMAファイターとして自立し始めましたし。
    ――MMAの経験が浅いこともあって、危うい試合もあったと思うんですね。リスクのある試合をマッチメイクしてるなっていう。
    笹原 ヴァンダレイ・シウバや桜庭(和志)さんともやっていますよね。MMA2戦目は東京ドームで高田さんとやっていますし。
    ――高田戦を見た新日本界隈が「いまなら倒せる!」と送り込んだ永田さんは左ハイでKOされたという……。
    笹原 永田さんとの試合から徐々に本領発揮していきましたね。その次にPRIDEでやったヴァンダレイ・シウバとの試合は特別ルールだったんですよね。3分5ラウンドで判定はなし。当時のPRIDEは1R10分、2・3R5分のルールが基本でしたけど、グラウンドができないミルコに配慮したルールでやったんですよ。
    ――試合はドローでしたけど、ルールに守られたとはいえミルコの強さも見せつけた内容になって。このときにセミは菊田早苗vsアレクサンダー大塚というPRIDE史に残る泥試合で(笑)。
    笹原 ありましたねぇ(笑)。
    ――ボクみたいなプロレス者は大興奮の泥試合だったんですけど(笑)、観客は菊田vsアレクよりもヴァンダレイvsミルコに大歓声大熱狂で。
    笹原 オープニングの大歓声も凄かったですよ。リングを囲っていた幕が下りた瞬間、ヴァンダレイとミルコの2人がリングに立っているという演出だったんですけど。ヒョードルに「オマエはもっとプロレスを見て勉強したほうがいい」って言うだけあって(笑)、ああいうときのヴァンダレイって観客の煽り方が天才的にうまいじゃないですか。
    ――肩を揺らしながら、相手にかかり気味になるパフォーマンスですね(笑)。
    笹原 そんなヴァンダレイが相手だったからこそ、ミルコの外敵感も生まれて、お客さんもあそこまで盛り上がったと思うんですよね。
    ――それまでPRIDEのメイン層はU系ファンでしたけど、そことはまた違う「PRIDEファン」がこんなにたくさんいるんだ……ってわかった瞬間でしたね。
    笹原 それまでのヴァンダレイってミドル級のチャンピオンでしたけど、「桜庭和志の敵」というイメージが強かったと思うんですね。K-1ファイターのミルコを迎え撃ったことで、PRIDEの代表に化けた感はありましたよね。
    ――その次は国立競技場『Dynamite!』で桜庭さんを破って、大晦日は藤田さんと再戦して返り討ち。この2試合は正直、ミルコが負けても不思議じゃなかったですよね。
    笹原 PRIDEからすればヴァンダレイに2連敗した桜庭さんに勝って復活してもらいたかったし、猪木さん側からすれば藤田さんにリベンジしてもらいたい。そこはK-1、猪木さん、PRIDEが三すくみになって主導権争いをしてましたね。
    ――たとえば藤田和之を出すんだったらミルコ以外とはやらないよ……と猪木さんサイドが駆け引きするわけですね。
    笹原  ということですよね。 そのうえでそのカードに話題性があればマッチメイクされますけど。そこにフジテレビやTBS、日本テレビも関わってくるわけですから、交通整理は死ぬほど大変だったと思いますよ(笑)。その中から生まれたモンスターがミルコ・クロコップなのかもしれないですよね。大好評インタビュー17本、コラム6本、13万字オーバーの詰め合わせセットはまだまだ続く…… 
  • 【11万字・記事詰め合わせセット】堀口恭司、武尊vs皇治の乱闘、追悼・青木篤志さん、天心vs亀田……

    2019-06-30 23:59  
    550pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part65は大好評インタビュー16本、コラム6本、12万字オーバーで540円!!(税込み)

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    part65
    ◎【堀口vsDC徹底解説】コールドウェルはなぜパウンドを打てなかったのか?■水垣偉弥

    ◎堀口恭司の歴史的勝利――日本人格闘家が世界最強にリーチしている夢の瞬間

    ◎【フジメグはRIZINをこう見た】藤井惠「浜崎朱加が冷静に打撃勝負したことが勝利に繋がった」

    ◎RIZINで魚井フルスイングが炸裂! 大沢ケンジ絶叫セコンドの裏側!

    ◎あえて言おう! 非難轟々のRIZIN神戸地上波は「王道スポーツ中継」だったと!

    ◎原因不明の難病からの復活勝利! 征矢貴インタビュー「やっとスタート地点に立てた」

    ◎熱すぎるクロスプロモーション! ベラトールの狙いは何か?■石井史彦

    ◎ムエタイキラーが見た「ペトロシアンvsペットモラコット」問題■鈴木秀明

    ◎不穏騒動勃発! 武尊vs皇治の乱闘とは何か?

    ◎【検証・平成】金原弘光が選ぶリングスベストバウト!

    ◎追悼・青木篤志さん■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    ◎【vs那須川天心】「負け様」に気づいた、きれいな亀田興毅を見た

    ◎「ハッスルがなかったら日本は原始的なプロレスのままだったかも」■証言ハッスル:木原のオヤジ

    ◎ネット社会に出現したニュータイプAEW、その可能性■斎藤文彦INTERVIEWS

    ◎プロレス界ナンバー2争いの激化、業界再編の予兆■事情通Zの「プロレス 点と線」

    ◎【プロレス界の救世主になるか】柴田惣一が「覆面レスラー・カーベル伊藤」の謎に迫る!
    ◎キミはどこまで話についていけるのか? 平成インディ物語■松崎和彦インタビュー後編

    ◎オマスキファイトのMMA Unleashed

    ・ヘンリー・セフードはUFCフライ級を救ったのか? 米MMAメディアはこう見ている!

    ・堀口恭司2団体制覇を米MMAメディアはどう伝えたのか

    ・ネット荒らし、そして壊れるメンタル…あまりにも現代的な悲しきモンスター、ラーズ・サリバン

    ・「WWEのクリエイティブ・プロセスはクソだ」ジョン・モクスリーがWWE離脱理由を激白

    ・MMA奇譚集:奇習シューイーのなぞ、採血する女とされる男、他

    ◎アメプロインディ通信「フリーバーズ」

    ・ツイッターを凍結させれられた人喰いプロレスラー

    ・決勝戦が途中で中止!? GCW血まみれの奇跡

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    ゼロゼロ年代のプロレス界を席巻しかけたファイティングオペラ『ハッスル』とは何だったのか――制作にもタッチしていた木原のオヤジこと木原文人インタビューです!――今日は木原さんが運営として関わっていた『ハッスル』のお話を伺います。
    木原 わかりました。『ハッスル』ってもうないですよね?
    ――活動停止してますが、オフィシャルサイトは辛うじて息をしています(笑)。木原さんは『ハッスル』の前身ともいえるイベント旧W-1でもお仕事をされてたんですよね。
    木原 そうですね。旧W-1には全日本プロレスが関わってましたから。
    ――旧W-1は石井館長や谷川(貞治)さんらK-1が武藤さんたちと手を組んでプロレスのイベントをやるというものでした。
    木原 ボクは旧W-1の運営には関わってないんですが、全日本と同じように現場ですよね。リングアナはやってないですけど、音響や外国人選手の送り迎えとか。全日本のバスにK-1や格闘家を乗せて、神楽坂の三宝に連れていった記憶がありますよ。
    ――元女子プロレスラーの栗原あゆみさんの実家の焼肉屋!(笑)。
    木原 好きなだけ焼肉を食べさせましたね(笑)。ボクは運営に入っていたわけではないので、全日本がどういう経緯で旧W-1と関わったのかはよくわからないんですけど。主導権はK-1さんじゃないですか。 K-1さんからのアプローチに武藤さんや当時全日本のブッカーだった渡辺(秀幸)さんが乗っかったイメージはあります。 渡辺さんは頭が凄く切れる方でしたね。
    ――渡辺さんはもともとは新日本の取締役だった方で、武藤さんと一緒に全日本に移籍して。全日本にいた方々からすると、K-1との絡みに抵抗感はなかったんですか?
    木原 ボクは全然なかったですよね。何か力になればいいなあぐらいしか思わなかったんですよ。それは旧W-1に限らず昔からそのスタンスで。そこは馬場さんの影響が強いですよね。「あれもプロレス、これもプロレス」。そのときに面白いものをやるのが馬場さんでしたから。武藤さんもいろんな顔を持つ方じゃないですか。いまもW-1をやりながらプロレスリングマスターズもやっていたり。旧W-1にはグレート・ムタでしか上がってないですから、武藤さんの別の顔を出すイベントというイメージですね。
    ――関わってみた旧W-1にはどんな印象がありますか?
    木原 それまでのプロレス界にはなかった発想でやられていて、いろいろと勉強になりましたよ。たとえば横浜アリーナ大会の次は東京ドームでやったじゃないですか。あそこに繋がってる感があったんです。
    ――繋がっている感ですか?
    木原 覚えているかわからないですが、横浜ではサップがムタに勝ったんですが、 最後にリングが大爆発。リング上にいたサップは黒幕に包まれて終わりましたよね。東京ドームが始まるときリング上は黒巻で包まれてたんですけど、そこから爆発と共にサップが現れて。
    ――あー、なるほど。横浜の“続き”という演出ですね。
    木原 ボクらの世界では考えられない演出の仕方ですよね。時代は流れていきますから、新しいことにトライしていく必要性を感じましたね。
    ――新しいチャレンジがプロレス界にとっての経験値になるということですね。
    木原 馬場さんもその時々の時代に合わせたプロレスをやっていたと思うんですね。70年代は完全なNWAプロレス。ファンクスもコテコテのNWA プロレスだったのに、全日本のブッチャー&シークの抗争になると大ベビーフェイスになりましたからね。 
    ――80年代になると、新日本から長州さんのハイスパートレスリングを受け入れて。
    木原 選手の半分以上が新日本系だったときもありますからね。90年になったら流血戦や場外リングアウトの不完全決着を排除した四天王プロレスの時代になって。あのスタイルはアスリートプロレスの世界ですよね。馬場さんは時代に合ったものを提供してたんだと思いますよ。
    ――柔軟の頭を持つ馬場さんは、もしかしたら旧W-1的な世界をやっていたかもしれない。
    木原 その可能性は充分ありましたね。旧W-1と『ハッスル』の違いをいえば、旧W-1の方が格闘家に気を遣ってました。武藤さんたちも気を遣っていて、あんまり踏み込まなかったような気がします。もっとやらせればできたのかなって。 逆に『ハッスル』は、のめり込めませましたからね。
    ――プロレスは、どっぷり浸かるもんだと。そこが『ハッスル』。
    木原 『ハッスル』に関していえば、『ハッスル1』と『ハッスル2』って別物だったじゃないですか。
    ――端的にいうと『ハッスル1』は普通のプロレスイベントでしたが、『ハッスル2』からファイティングオペラとしての世界を作っていくようになりましたね。
    木原 そうなんですよ。あの『ハッスル2』の横浜アリーナ大会って70・80年代の全日本プロレスらしい雰囲気だったんですよね。タイガー・ジェット・シンや和田京平さんもいて、ルチャの試合があったからかもしれないですけどね。後楽園ホールでやっていた『ハッスルハウス』もそう。 フザ・フライング・バンパイア25世やザ・ピラニアン・モンスターとかのモンスター軍から、昔の全日本の外国人レスラーの匂いがしたんですよねぇ。
    ――ブラックハーツやキマラじゃないですけど(笑)。非アスリートの世界観。 言い方は難しいんですが、ハッスルって試合の攻防はどうでもいいくらい、のスタンスで。
    木原 そうですね。それと言ったら昔の全日本なんかも、両者リングアウトとか不透明決着が多かったですけど、プロレスラーがそれぞれの光るものが見せられればいいってことですよね。 
    ――『ハッスル』が始まった頃のプロレス界は、アスリートプロレスの次を模索していた雰囲気がありましたよね。
    木原 やっぱりあのスタイルは、ケガや身体のダメージなんかであれ以上続けることは難しかったと思うんですよね。だから元子さん体制の全日本もNOAHさんに選手がたくさん移りましたけど、集客や内容もNOAHさんには負けてなかったと思うんですよね。それはありとあらゆる手を使って盛り上げていましたから。 
    ――それはリング上以外での仕掛けで。
    木原 そういう意味では、いまはどこの団体の会場にもスクリーンがあって煽りVが流れてますよね。いまのかたちを作ったのが『ハッスル』だと思います。
    ――スキット映像を使っていた団体は本格的にやり始めたのは『ハッスル』ですね。
    木原  『ハッスル』以前にもスクリーンを使っていた団体はあるかもしれないですが、映像がメインのプロレスではなかったと思うんですね。いま後楽園ホールの北側のスクリーンに映像が流れない時点で違和感を感じません?
    ――たしかに物足りないですねぇ。
    木原 そこをスタンダードにしたのは『ハッスル』の最大の功績だと思いますね。『ハッスル』はカード発表からして映像ありきでしたから。全日本も試合前のカード発表を映像で流すようになったのは『ハッスル』の影響はが強いんですよ。
    ――木原さんは旧W-1では現場の担当でしたが、『ハッスル』はどのように関わってたんですか?大好評インタビュー16本、コラム6本、12万字オーバーの詰め合わせセットはまだまだ続く! 
  • 【13万字・記事詰め合わせセット】望月成晃、剛竜馬、天心vs亀田、三又又三、トム・マギー……

    2019-05-31 23:59  
    550pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part64は大好評インタビュー15本、コラム7本、13万字オーバーで540円!!(税込み)

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    part64
    ・望月成晃×小佐野景浩~空手家がプロレスラーになるまで~

    ・オマエの目的はなんだ? ZERO1GM三又又三「プロレスも人生もやり直せる」

    ・浜崎朱加×アミバ……雷神女王と女マネージャー(?)の女子格対談!

    ・ボクシングとキックを知り尽くした男、鈴木悟が語る那須川天心vs亀田興毅

    ・噂のメイウェザー興行、北岡vsサトシのジャッジ、朝倉未来ライト級GPは?■笹原圭一RIZIN広報

    ・都市伝説的試合映像ブレット・ハートvsトム・マギー、ついに発掘される■斎藤文彦INTERVIEWS

    ・村田夏南子インタビュー「MMAに転向した理由? ロンダ・ラウジーがキラキラしすぎて」

    ・イリー・プロハースカvsキング・モーはどうすれば地上波で流れるのか?

    ・UFC、ONE、パンクラス、修斗……最新MMA舞台ウラ1万字!!■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク

    ・鉄のノドを持つ男・大沢ケンジがGacktのRIZIN解説問題を語る

    ・総監督が語る「ジャイアント馬場没20年追善興行」■木原のオヤジ

    ・『那須川天心ボクシング1000万円』青木真也ドタキャンは不穏試合的ではない

    ・【脅威の新人】GAEA JAPANという青春■加藤園子インタビュー

    ・TAKAみちのくの新団体「JUST TAP OUT」は新日本の未来を担うか

    ・猿田vsパシオONE世界ストロー級タイトルマッチの裏側!■大沢ケンジ

    ◎アメプロインディ通信「フリーバーズ」

    ・WWEのトップヒール、ケビン・オーエンズ……あの頃、クラブハウスで

    ・狂犬ディーン・アンブローズと呼ばれた男、その過去■アメプロインディ通信「フリーバーズ」

    ◎オマスキファイトのMMA Unleashed

    ・壮絶過去の天才ファイターローズ・ナマユナスは、本当に引退してしまうのか?

    ・ロンダ・ラウジーが去ったWWEで女王の座を継ぐ者ベッキー・リンチとは何者か

    ・トマソ・チャンパ/ジョニー・ガルガノのスラッシュストーリーとは何か

    ・間もなく旗揚げ!AEW『Double or Nothing』情報まとめ

    ◎二階堂彩乃の私的平成ベストバウト
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    プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回は特別編! ドラゴンゲートの望月成晃選手がゲストです! 1万字でお届けします!

     
    小佐野 知り合ってずいぶん経つよね。94年1月の北尾道場(のちに武輝道場)旗揚げのときからだから25年近く。
    望月 長いですよね。あの当時、プロレスマスコミといえば、元『東京スポーツ』の柴田(惣一)さんか、小佐野さんなんですよ。こういう言い方はアレなんですけど、当時『週刊プロレス』さんは北尾道場に冷たかったんです(笑)。
    小佐野 ああ、北尾さんは『週プロ』と仲の悪かったWARに出ていた理由もあるんだろうね。
    望月 それに当時は士道館所属の空手家で、プロレスラーというわけでもなかったんですよね。空手着のまま試合に出て「正直この世界でやっていけるのかな」と模索しているうちに1年過ぎたんですけど。 たまたまスーパーJカップに出れて、1回戦で大谷(晋二郎)さんに負けたんですが、当時『週刊ゴング』の編集長だった小佐野さんから『ゴング賞』をいただいたんです。
    小佐野 あったねぇ。なつかしい。
    望月 あの『ゴング賞』をもらったことで「プロレス界でやってけるかもしれない」と思ったし、初めてマスコミの方に認めていただけたんですよ。その記憶がハッキリとある。『ゴング賞』がなかったら、ここまで続いたかわからないんですよ、正直。
    小佐野 そういえば、『ゴング賞』のときは、天龍さんや北尾さんからも家にお礼の電話をもらったよ。べつにエコヒイキしてあげたんじゃないんだけどね。ある日の後楽園ホールでは、望月選手のお父さんから声もかけられて(笑)。
    望月 ハハハハハハハ。ああいう賞って直接対決はしないで競わされてる部分があるので、そこで評価されるのは、とてつもなく嬉しいことでもありますよね。
    小佐野 とくにデビューして1~2年目の頃は何も勲章がないわけだからね。
    望月 そうなんですよ。「どうせもらえないだろう……」ってヒネてるぐらいでしたもん。
    小佐野 あの当時は北尾さん自体が色眼鏡で見られてたよね。
    望月 「プロレス界の敵」みたいな扱いでしたよね。 ナチュラルヒールのイメージ。
    小佐野 その弟子だったわけだもんね。
    望月 しかも空手しかできない(苦笑)。北尾さんがWARに上がったときは、付き人をしながら出入りさせていただいて。北尾さんのパートナーがいないので、ろくにプロレスを知らないままWARの試合に出ることになったんですよ。
    小佐野 フフフフフ。
    望月 しかも超ヘビー級の北尾さんのパートナーですから、必然的にヘビー級の試合に放り込まれて(笑)。いやあ、経験がない中で大変でした。WARのファンの皆さんは熱かったので、プロレスラーとして認めてもらえてなかったですよね。「こんな奴をリングに上げるな!」ていう罵声も浴びてました。
    小佐野 WARの両国国技館のときの野次は酷くなかった?
    望月 凄かったですねぇ。6人タッグの1DAYトーナメント。デビュー3戦目でタッチワークすらわからないまま試合に出たんですよ(笑)。1回戦は石川(孝志)さん、北原(光騎)さん、維新力さんチームとの試合で。こっちは北尾さんと、全日本のチャンピオンの方だったんですけどね。
    小佐野 小林明男だ。
    望月 ちょっとだけプロレスに出て、空手の世界に戻られたんですけどね。ボクは北原さんと長めに戦ったんですけど、北原さんって蹴りをさばけるじゃないですか。
    小佐野 シューティング出身だからね。
    望月 いいようにあしらわれて、最後は丸め込まれてワン、ツー、スリーで1回戦敗退。ファンから「オマエら、二度とリングに上がるな!」という罵声を耳にしましたね(苦笑)。
    小佐野 ボクも初めは純粋な空手家だと思ってたからね。取材してみたら「なんだ、プロレスが大好きじゃないか」と。
    望月 ボクはUインターで高田延彦さんが北尾さんをハイキックでKOした試合を見て大興奮してたクチですからね(笑)。
    小佐野 それが必殺技の「最強ハイキック」になってるんだもんね(笑)。
    望月 空手家スタートじゃないんですよ。 ボクがプロレスファンだった時代は全日本プロレスと新日本プロレスの2つしか団体がなくて、身長も180センチないと入門できない。なので普通に就職してプロレスファンを続けてたんですよね。
    小佐野 そんなとき高田のハイキックに衝撃を受けて。
    望月 たまたま職場の近くに士道館があって「空手の大会に出る人生もいいかな」と思って。そうしたら士道館の添野(義二)館長と北尾さんのマネージャーが昔からの知り合いで、北尾道場の旗揚げ戦に出られる選手がいないか?と。そこでボクが選ばれたんです。「たまたま」がたくさんあったわけですよ。
    小佐野 高田延彦に憧れたのに北尾さんの弟子になるっていうのも凄い話だよね。
    望月 北尾さんとスパーリングをやったときは、口には出しませんでしたけど心の中では「やったあ!」と(笑)。興奮しながら見た試合を自分で再現できたわけですからね。 
    小佐野 ハハハハハハハ。凄いなあと思ったのは、ちゃんとプロレスを教わったわけではないでしょう。受け身にしろロープワークにしろ。
    望月 そうなんですよね。偉そうに言うわけじゃないですけど、25年やらせてもらってますが、誰にも教わらないまま来ちゃいましたねぇ。
    小佐野 独学だよね。それは凄いよ。
    望月 闘龍門(ドラゴンゲートの前身団体)に合流してからは、受け身をしっかりしないといけないって意識するようになりましたけど。ボクがデビューした頃って攻撃力さえあれば、お客さんも熱くなって一喜一憂してくれたんですけど。いまは攻めも受けも自在じゃないと評価されない時代になってますよね。
    小佐野 攻防をしっかり魅せないといけないってことだね。
    望月 闘龍門になってから、そこはもの凄く意識しましたね。それまでは何も意識しないまま、新日本プロレスさんとかでも試合してたんですけど(苦笑)。
    小佐野 デビュー戦の相手が、スープレックスマシーンのタズマニアックだったよね。バッカンバッカン投げられて(笑)。あの試合は凄かった。
    望月 あれ、最初は士道館の同門同士で空手のエキビションマッチをやるという話だったんですよ。その時点で空手を始めて5ヵ月目だったんですけどね。
    小佐野 えっ、そんなもんだったの?(笑)。
    望月 そうなんですよ。だって高田vs北尾が92年11月。ちょっと独学で鍛えてから93年5月に入門して。 
    小佐野 デビュー戦が94年の1月だから、たしかに5ヵ月だ。士道館の代表として出てたけど、月謝払って道場に通ってたわけだもんね。
    望月 ボクは添野館長の直弟子だったので目にとまりやすかったんでしょうね。「エキビションマッチはなくなった。その代わりにプロレスラーとの異種格闘技戦になったからな」と(笑)。 
    小佐野 全然違う話になっちゃった(笑)。
    望月 「できるか?」とか聞かれないですよ。こっちも「押忍!」で断れないですから。 
    小佐野 それで北原みたいな格闘系の選手だったらまだいいんだろうけど、スープレックス系だもんね。
    望月 受け身なんか習ってないですからね。脳天から投げられて(苦笑)。
    小佐野 我々としては大変面白く見てたんだけどね。「豪快に投げられてるなあ~」って。
    望月 いまでも覚えてますが、3分足らずで終わった試合が『ゴング』さんでカラー1ページで扱ってもらいましたから(笑)。
    小佐野 それだけインパクトがあったということだよね(笑)。
    望月 正直、身体が壊されるんじゃないか……というくらいの思いでリングに上がったんですけどね。大怪我もしなかったし、「プロレスをやれちゃうんじゃないのかな」って。小佐野 でも、1年後に『ゴング賞』をもらったときも、そこまで試合は経験してないでしょ?大好評インタビュー15本、コラム7本、13万字オーバーの記事詰め合わせセットはまだまだ続く……
     
  • 【13万字・記事詰め合わせセット】北尾光司、骨法、レッスルマニア、平成ベストバウト……

    2019-04-30 23:59  
    550pt



    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part63は大好評インタビュー13本、コラム7本、13万字オーバーで540円!!(税込み)

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    part63
    ◎プロレス番記者が見た「北尾光司の真実」■柴田惣一

    ◎U系平成のベストバウトは高田延彦vs北尾光司!■金原弘光

    ◎打撃+レスリングを支える強靭なメンタル! 朝倉未来の強さを語る■大沢ケンジ

    ◎ONE Championshipのことが130倍好きになる方法

    ◎【再録】平成最大のファンタジー「骨法」!!  矢野卓見、愛と悲しみの17000文字インタビュー

    ◎レッスルマニアウィーク現地取材レポート■斎藤文彦INTERVIEWS

    ◎「那須川天心にボクシングで勝ったら1000万円」問題……ボクシングを冒涜してるのは誰か?

    ◎表より面白かった「裏レッスルマニア」の裏側とは?■タカ中山インタビュー

    ◎憂流迦RIZIN欠場、UFCと契約しそうな4人の日本人■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク

    ◎三銃士、四天王、UWF、邪道…平成のプロレスを変えた5つの勝負■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    ◎判定・新時代は到来している!! これでわかったジャッジ最前線■松宮智生 日本MMA審判機構

    ◎人間風車ビル・ロビンソンから何を学べるか?■対談・中井祐樹×鈴木秀樹

    ◎【全女最強伝説15000字】前川久美子「どっちかが死ぬんじゃないか…と思う試合はいくらでもあった」

    ◎オマスキファイトのMMA Unleashed

    ・昭和男OMASUKIが振り返る平成ベストバウト、そして令和へのたくらみについて

    ・カルト人気上昇中! ベアナックル・ボクシングとは何か

    ・スキャンダル祭り! 春のMMAスター近況㊙報告■MMA Unleashed

    ・MMAファンのためのレッスルマニア案内:ロンダ・ラウジー、いよいよマニアのメインイベントへ!

    ◎この試合がキックを変えた! 平成の立ち技ベストマッチ5■高崎計三

    ◎アメプロインディ通信「フリーバーズ」

    ・平成アメリカンデスマッチベストバウト5

    ・新日本、DDT、スターダム…過去最大「裏レッスルマニア」大解説!!

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    元「東京スポーツ」の記者で北尾光司の担当だった柴田惣一さんが謎多き元横綱、プロレスラー北尾を1万字で語ります! ――北尾光司さんが今年の2月10日に亡くなっていたことが明らかになりました……。
    柴田 先日、Dropkickでの小佐野(景浩)さんとの対談で北尾さんの話をしたばかりだったのにね……。【時代とプロレス論】北尾はなぜ大成しなかったのか■柴田惣一☓小佐野景浩柴田 でも、じつは2月頃から、そういう噂は何度も流れてきていたんですよ。
    ――あっ、そうだったんですか?
    柴田 2月10日に亡くなったあとだったのかなあ、北尾さんが「死んだんじゃないのか……」という話が流れてね。いろんなところに確認したんだけど、何か嫌な予感がして、ボクもそこまで真剣には裏取りはしなかったんですよ。何度も何度も、そういう情報が出てきたから、かつて北尾さんのマネジャーで島田(十九八)さんという方に何回か連絡したんだよね。
    ――梶原一騎の映画製作会社・三協映画のプロデューサーだった方ですね。
    柴田 いま思うと島田さんはご存知だったのかもしれない。家族の方が「四十九日が終わるまで公にはしたくない」ということで、島田さんも口にはできなかったんじゃないかなあって。
    ――報道されたのは四十九日明けでしたね。
    柴田 島田さんのところには、いろんなマスコミから問い合わせがあったみたいで、ボクに「◯◯新聞社から問い合わせがきたよ」「□□テレビが……」とか電話をくれるんです。島田さんからすれば「気づけよ」というサインだったんじゃないかな。
    ――どうせなら北尾さんの番記者だった柴田さんに一報を報じてほしいということだったんですかね。
    柴田 まあ、番記者としてずっと付き合ってきたからね。ボクも薄々「亡くなっているんだろうな……」とは思ったんだけど、なんか信じたくなくてね。それにいまは新聞社の人間でもないし、ご家族にイヤな思いをさせてまで情報を抜いてもね。
    ――葬儀は奥さんと娘さんの2人だけで行われたそうなんですよね。
    柴田 それもご本人の意向だったんだろうな。最後まで世間から消えて生活されていましたよね。あんな身体の大きな人が世間から隠れられるとは思えないんだけど。いまの時代、絶対にどこからも逃げられないからさ。病院に入院していたとしても、ジャイアント馬場さんが亡くなったときだって、病院関係から情報が漏れちゃったわけだから。「隠そうと思っても隠せない」と思っていたんだけど。
    ――橋本真也さんが亡くなったのも、病院関係から漏れてマスコミに伝わったみたいですもんね。
    柴田 病院なんてお医者さんや看護師さんだけじゃなく、外来の患者さんや出入りの業者さんなんかもいるわけだから。
    ――ここまで徹底して外界と遮断するって、やっぱり本人に強い意志がないと難しいですよね。
    柴田 本当に表に出るのがイヤだったのかなあ。相撲界からもプロレス界からも、いろいろ言われていたわけじゃない。そういうこともあって、世間に対して不信感みたいなのがあったのかもしれないね。
    ――どうせ自分のことをわかってくれるわけでもないと。
    柴田 北尾さんが新日本プロレスに参戦したときに所属していた芸能事務所アームズの富岡(信夫)さんとも話をしたんですよ。彼も亡くなっていたことを全然知らなくてね。富岡さんは北尾さんとケンカ別れしたわけじゃないんだけど、新日本と揉めてやめたときから関係が終わっちゃって。結婚式にも呼ばれてなかったんだって。
    ――北尾さんって、自分の過去をバッサリ捨てちゃう……というような感じだったんですね。
    柴田 そうかもしれない。結婚式なんて豪華だったけど、大相撲関係の方はいたのかな? プロレス関係だって東スポの社長と部長とボク、あとはベースボールマガジン社も誰かいたかなあ。奥さんのほうからはいっぱい来ていたけど。天龍(源一郎)さんもいなかったし、新日本で仲の良かった藤波辰爾さんや坂口征二さんなんかも「なんで呼んでくれなかったのかな」って。二次会なんて、新郎側はボク一人だった。
    ――北尾さんの人脈からすると、その少なさは考えられないですね。
    柴田 プロレスもやめて格闘技も引退して、立浪部屋のアドバイザーになったじゃない。そのときに、富岡さんのところに「もう一回マネジメントやってくれないか」という話があったそうです。でも当時は富岡さんが経営するアームズという会社もなくなってたし、「違う会社にいるからできないよ」と断ったらしいんですよ。で、「何をしようとしているの?」と聞いたら「ジムをやりたい」と。詳しい話をいろいろ聞いていたんだけど、なにか話が噛み合わないらしいんだよね。だから「何のジム?」と聞いたら、「奥さんの病院の事務」だって。
    ――えーー!?
    柴田 奥さんが開業するから「そこの事務員でもやろうかな」だって。それがちょうど、立浪部屋にアドバイザーとして戻ってきた頃だったらしい。あとは、何年か前にどこかで杖ついてタクシーに乗るのを見たというのは聞いたことがあったんだけど。
    ――本当に情報がシャットアウトされていたんでしょうね。
    柴田 見事な情報統制だよね。
    ――東スポの記者時代、柴田さんは北尾さんの相撲時代から追われていたんですか?
    柴田 いや、北尾さんがプロレスに転向して「ルー・テーズの道場に行く」というのがあったじゃない。そのときが北尾さんとの初対面だったから、北尾さんが相撲を辞めた真相とかは、直接、取材してないし、現場にいたわけではないですね。
    ――北尾さんの廃業の件をボクなりにいろいろ調べたんですが……当時横綱だった北尾さんが相撲をやめるきっかけになった女将さんへの“暴力事件”というのは、じつは北尾さんは暴力は振るってなかった……という話をあちこちから聞いたんですよ。
    柴田 それは絶対にそうだと思う。さすがに「女性には手を出さない」って。あの身体で本当に蹴っ飛ばしたり、殴っていたら大ケガするよ。もしかしたら、何かの拍子に腕を振り払ったりしたのかもしれない。仮に女将さんがそんなことがあったとして、普通なら部屋の女将さんは弟子をかばうでしょ。
    ――部屋の不祥事ですもんね。しかも横綱ですよ。
    柴田 たとえ親方とのあいだに問題があったとしても、女将さんが調整役になるよね、普通は。だけど、そういう情報が容易に漏れたというのもおかしいよね。
    ――そして北尾さんが暴力を振るった際に「あんなちゃんこが食えるか」と怒鳴って立浪部屋を脱走したという話になっていますが、その言葉の真意はべつなところにあったか。
    柴田 そうなんだよ。ボクが聞いた話では、ちゃんこ代なんかは当然部屋が出すし、タニマチも肉とかいっぱい差し入れしてくれるんだけど、立浪部屋にはそういう付き合いが、あまりなかったらしい。当時の立浪部屋では横綱だった部屋頭の北尾さんが、ちゃんこの材料費とかも、一部出していたらしいんだよね……。で、北尾さんが別の部屋に出稽古に行ったときに「ちゃんこ食っていってください」となって、食べたら「こんなうまいの!?」と驚いたらしいよ。
    ――ああ、「あんなちゃんこが食えるか」に繋がってきますね。大好評インタビュー13本、コラム7本、13万字オーバーのまとめ記事はまだまだ続く…… 
  • 【非会員でも読める12万字セット】追悼・ウォーリー山口、フジメグ、引退3連発GSP、飯塚高史、ミルコ!!

    2019-03-31 23:59  
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    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part62は大好評インタビュー15本、コラム 8本、12万字オーバーで540円!!(税込み)

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    part62


    ◎【追悼】ウォーリー山口「プロレスなんでも屋」インタビュー


    ◎【格闘技実況新時代】西達彦アナウンサー「格闘技を伝えるということ――」

    ◎【フジメグ15000字】藤井惠インタビュー「あの頃の女子格闘技は“この先”がずっとなかったんです」

    ◎「GSPの日本人スパーリングパトーナー」が語る英雄の真実■赤沢幸典

    ◎ジャイアント馬場没20年追善興行と飯塚高史引退試合■小佐野景浩の「プロレス歴史発見


    ◎事情通Zの「プロレス 点と線」

    ・黒潮“イケメン”二郎、木村花のW-1退団

    ・新生ノア始動、マッスルとDDT、吉田綾斗が新日本のオファーを断る

    ◎キーマンは魅津希! Invictaトーナメントとは何か?■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク

    ◎史上最高の引退試合……飯塚高史、無言でリングを去る

    ◎谷津嘉章「PRIDEのときはセコンドに、どっかでタオルを投げろってあらかじめ言ってたの」

    ◎平成という「アントニオ猪木が去った時代」を支えたのは武藤敬司と棚橋弘至だった■斎藤文彦INTERVIEWS

    ◎【ベラトール正式契約】ストラッサー起一、魔のウェルター級戦線へ!!

    ◎今年は40大会以上! 新日本プロレス、DDTも参戦する 「裏レッスルマニア」解説■中山貴博

    ◎生贄だったミルコ・クロコップはかくして総合格闘技のアイコンとなった

    ◎【K-1!RISE!!】ムエタイ王者は日本でどう闘ったのか?■鈴木秀明



    ■オマスキファイトのMMA Unleashed
    ・マクレガー引退でもUFCは困らない? 米ESPNとUFCのPPVディールを読み解く
    ・ジョルジュ・サンピエールが引退記者会見で語ったこと
    ・“アイスクリーム”・クロン・グレイシー、UFCデビュー戦を語る…サイレンの入場に込めた意味とは?
    ・コナー・マクレガー、また逮捕:お騒がせももはや「セレブあるある」でワイドショー気分!
    ・「元気でやっている。治療も受けている」 トニー・ファーガソン、試練の時


    ■アメプロインディ通信「フリーバーズ」
    ・葛西純がアメリカで吠える!「GCWのクソ野郎ども!お前ら日本に来たいのか?」
    ・“元祖バカ外人”マッドマン・ポンド、日本への想い



    ◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉

    日本のプロレス界に影響を与えたウォーリー山口さんが3月10日にお亡くなりになりました。いまから4年前の2015年に収録したロングインタビューを追悼掲載します。1970年代の古き良きプロレス界――少年時代からプロレス業界に入り込み、外国人レスラーとの交流を重ねていたウォーリー山口。のちにプロレスマスコミに転身、「ピラニア山口」として『ゴング』を中心に活躍する一方で、プロレスショップの経営、学生プロレスの育成、はてには「ヤマグチ・サン」という日本人マネージャーとしてWWEのリングにも足を踏み入れた。プロレスに関することならなんでも引き受けたウォーリー。その「プロレスなんでも屋」の歴史を振り返ってもらった。【1記事から購入できる関連記事】全日本プロレスの「うっかり八兵衛」が明かす全日本秘話■木原文人✕小佐野景浩あの日の全日本プロレス、SWSを語ろう■北原光騎×小佐野景浩田上明さん、どうしてステーキだったんですか? 「ステーキ居酒屋チャンプ」インタビュー折原昌夫インタビュー後編「天龍さんの引退試合を見に行かなかったのは……」【濃厚18000字】トンパチ折原昌夫が明かす全日本プロレス、SWSの信じられない話!!更級四郎×ターザン山本 G馬場ブレーンの語らい――全日本プロレスが再生した日 
    北原光騎 男が男に惚れる天龍劇場「俺にとって天龍さんは“神様”だよ」 
    倉持隆夫 元・全日本プロレス中継アナウンサー「作られたスポーツを実況するということ」 
    安西伸一×小佐野景浩 天龍源一郎が生きた時代~『週プロ』と『ゴング』の天龍番対談~ 
    山口 今日は何を聞きたいの? 俺の何を知りたいんだよ?
    ――ウォーリー山口さんのプロレス界の歩みについてお聞きしたいな、と。
    山口 それについて話し出したら30時間以上かかっちゃうぞ〜(笑)。
    ――ネタは尽きないですか(笑)。
    山口 長くなるぞ〜。今日は手短に話すけどさ(笑)。
    ――じつは1年前くらいにウォーリーさんの取材をしようとしたんですけど、住所だけしか入手できなくて。たしか品川近辺を尋ね歩いたことがあるんですよ(笑)。
    山口 へえー。その住所は◯◯◯◯になってる?
    ――あ、違いますね。
    山口 違う? じゃあ西馬込?
    ――そうそう、西馬込です。
    山口 ロング・ロング・タイム・アゴーだよ。延べ16年は住んでいたけど、西馬込から離れて10年近くは経ってる。あそこまで行ったんだ?
    ――近所の聞き込みもしましたね。「ウォーリー山口さんという方は住んでなかったでしょうか?」って(笑)。
    山口 西馬込の事務所にはリングも置いてあったんだよ。
    ――ウォーリーさんが経営していたプロレスショップ『マニアックス』ですよね?
    山口 『マニアックス』と言っても、そこには長い歴史があるからさ。もともとは、俺が大学時代に、かの竹内宏介(『ゴング』創始者)に命名されたユニットなんですよ。当時のマニアックスにいた仲間が清水“会長”勉、宍倉“アナクラ氏”清則、小佐野“トド”景浩、小林“ヤシクン”和朋、寺内“にぶんのいちベエ”正孝、そしてジミー“カチャーラ”鈴木~かな。
    ――のちのプロレスメディアを支えるメンバーが集っていたんですね。
    山口 俺が店舗として『マニアックス』をやり始めたのが中原街道沿いのステーキ屋の下。『タモリ倶楽部』から取材を受けたりしたよ。んで、その時点で西馬込に引っ越すことは想定されていたというか。半地下にリングを置いて、俺の事務所兼お店もやってね。
    ――リングを作ったのは何かビジネスを見据えてのことなんですか?
    山口 なーにも考えていない。道楽だよ、道楽。リングを作るのに400万もかかったから、道楽では済まないけど(笑)。
    ――そのうち学生プロレスに貸すようになったんですよね?
    山口 うん。そうしたら学生プロレスやTPG(たけしプロレス軍団)の連中がやってきた。
    ――邪道さんや外道さんも『マニアックス』のリングで基礎を学んだんですよね。それはTPGから依頼があったんですか?
    山口 ないよ、そんなもの。彼らはゴミみたいな扱いだったからね。銀河スタジオでTPGの公開オーディンションがあってさ。それを見に行ったらマサ斎藤さんがテストをやらせてるわけだよ。
    ――『ビートたけしのオールナイトニッポン』の番組内で行なわれた入団試験ですね。
    山口 そこで高山(外道)や秋吉(邪道)たちと「おまえらトップ取りたいよなあー」「そうですね……」なんてやりとりをしてね。ウチにリングがあると知って10人くらい来たかな。スペル・デルフィンもその1人だよ。
    ――そこで練習することでプロレスラーの道は見えていたんですか?
    山口 なーんもない。保証も未来もへったくれもないよ。TPGもそのうちどうにもなくなったでしょ。だからゴミみたいな扱いだったって言ったの。
    ――『マニアックス』は行き場を失ったレスラー志望者の受け皿になったんですね。
    山口 あのリングがなかったらいまの邪道&外道、デルフィンは生まれていないよな。
    ――邪道&外道はいまや新日本とNOAHの現場を取り仕切ってますからね。ある意味でトップに上り詰めたという。
    山口 よし、俺との対談を組もう!
    ――絶対に嫌がると思いますよ(笑)。2人の見込みはありました?
    山口 秋吉はしょっぱかったねぇ。
    ――外道さんは?
    山口 高山はボービー・イートンだったね。ミッドナイト・エクスプレス! “日本のボービー・イートン”だったよ、俺的には。バンプの取り方もナチュラルだし。
    ――その『マニアックス』のリングに馬場さんが現われて、学生プロレス勢を指導したという信じがたいエピソードがありますよね。
    山口 あったなあー。俺と馬場さんの関係はおいおい話をするけど、こっちから「社長、来てください!」なんてお願いしていないよ。元子さんから「ちょっとアンタ、リングを作ったの? お父さんが行きたいって」ということで。天上人が下界に降りてきたわけですよ(笑)。
    ――ハハハハハ!当時の学プロって、プロからすればタブーじゃないですか。
    山口 そうだよ。プロからすれば「ふざけるな!」という世界ですよ。
    ――それがどうして馬場さんが指導を?
    山口 なんでだろうね? まあ、ヒマなんだよ。当時のお父さんはヒマだったんだよ(笑)。
    ――ヒマだから!(笑)。
    山口 理由を聞いたことないけどね。「社長、なんで来たんですか?」なんてはさ。当時の全日本は景気も良くなって後楽園ホールも毎回満員。馬場さんは前座で悪役商会とやるようになって余裕があったんだろうね。馬場さん、ジャージ姿で来たもんな。元子さん、和田京平さんの3人でさ。それで最初はソファーに座って学プロの練習を見てるんだよ。
    ――学プロの選手もそれはそれは緊張したでしょうねぇ(笑)。
    山口 そうしたらさ、しばらく練習を眺めていた馬場さんが立ち上がって、リングで指導し始めるんだよ(笑)。
    ――うわあ!(笑)。
    山口 天下のジャイアント馬場が学プロ連中に手取り足取り教えるんだよ(笑)。
    ――学プロのベーシックな動きが全日本流なのは、馬場さんの指導の影響が大きいんですかね。
    山口 そうかもしれないね。そこにいたのがMEN'Sテイオー。彼は全日本というか馬場さん大好きだもん。
    ――『マニアックス』にはTPG絡みでコーチ役だったアポロ菅原さんも来てたんですよね。
    山口 わけのわからない国際プロレス流のボディスラムを教えていたよ(笑)。
    ――団体によって違うんですねぇ。そんな『マニアックス』の存在が90年代のプロレス多団体時代を導いたといっても過言ではないですね。インタビュー15本、コラム 8本、12万字オーバーの詰め合わせセットはまだまだ続く!

     
  • 【非会員でも読める11万字セット】RIZIN大晦日特集、地獄のシューティング合宿、イッテンヨン、ケニー・オメガ……

    2019-01-31 23:59  
    550pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part60は大好評インタビュー15本、コラム7本、11万字オーバーで540円!!(税込み)

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    part60
    インタビュー15

    ◎大晦日RIZIN特集

    ・メイウェザー舞台裏…ケンタッキー60人前と剥がされた神童のバンテージ■笹原圭一RIZIN広報

    ・メイウェザーAサイド劇場「天心くんもやるべきことはやってたんですが……」■鈴木秀明

    ・なぜあのギロチンは極まったのか? 堀口恭司マネジメントが語るコールドウェル戦大勝利の裏側!!

    ・大沢ケンジの世界最速再戦分析「コールドウェルは堀口くんの打撃の謎が解けてないです」

    ・大晦日RIZINの視聴率をどう見るか?

    ・メイウェザーvs天心に見た格闘技の「いかがわしさ」と「怖さ」

    ・ボクシングから見たメイウェザーvs天心/元WBC世界ライトフライ級王者・木村悠インタビュー

    ・堀口恭司を育てた男マイク・ブラウンに聞く米MMAスーパーキャンプ最前線!

    ・高田延彦RIZIN統括本部長の「迷走解説」問題

    ◎佐山聡に鉄拳指導された当事者が語る「地獄のシューティング合宿の真実」

    ◎【FMW編】リッキー・フジ「シーク、スピンクス、ベリチェフさん……素晴らしきガイジンレスラーたち!」

    ◎それでもケニー・オメガは新日本プロレスに残るか■斎藤文彦INTERVIEW

    ◎棚橋弘至vsケニー・オメガのイデオロギー闘争とは何か■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    ◎大沢ケンジのMMA原理主義者トーク「ボクシングはたしかに素晴らしいスポーツですけど……」

    オマスキファイトのMMA Unleashed

    ・『UFC on ESPN』好調な滑り出し:ナンバーワンスポーツ専門局ESPNはUFCをどう伝えたか

    ・史上最強アマンダ・ヌネス、伴侶ニーナ・アンザロフと歩む道なき道

    ・オールエリートレスリング旗揚げ! 最新情報まとめ、そして新日本プロレスに与える影響は?

    ・ゴードン・ライアン、MMA転向へ / ブラジルMMA市場に赤信号! 市場縮小で選手がいない!

    アメプロインディ通信「フリーバーズ」

    ・父親の名前はブライアン・ピルマン…あの背中を追って

    ・大谷翔平の次は大仁田招聘だ! アメリカで「邪道」争奪戦!!

    ◎事情通Zの「プロレス 点と線」

    ・TAKAみちのく退団/ネットプロレス大賞

    ・新年明けまして移籍でございます〜それぞれの移籍事情〜

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    大会後恒例のRIZIN広報・笹原圭一インタビュー。メイウェザーvs天心から『平成最後のやれんのか!』、RENAの脱水症状まで語り尽くします!
    【関連企画】

    ・【大晦日王者対決】マネジメントが緊急激白!!「堀口恭司は来年ベラトールに出撃します」・「天心vs堀口はキックであってキックではない。まさに異種格闘技戦でした」■鈴木秀明
    ・「今日もダメだけど、まあいいか」と諦める……みんなボブ・サップを抱えて生きているのだ・「おい、ウソだろ? 天心の左カウンターが当たらないって……」■山田武士・台風vs雷神vs大砂嵐!! 大混乱のRIZIN.13の舞台ウラ■笹原圭一RIZIN広報――笹原さん!今日は大晦日のお話を伺いたいんですが、メイウェザーvs天心は海外にも大反響で。コナー・マクレガーが那須川天心とエキシビジョンマッチで闘いたいとツイートしてますね。

    笹原 みたいですね(笑)。まぁ、シャレ半分なんでしょうけど、マクレガーの頭の中に那須川天心っていう名前がインプットされているから出てきたわけですよね。凄いですよねぇ。 

    ――あのメイウェザーを経験しちゃうと、マクレガーぐらいだったらなんとかなっちゃう気になってないですか?(笑)。

    笹原 ラクショーでしょ(笑)。いやもうそう感じられるくらいメイウェザーは大変だったんですよ。

    ――メイウェザーは凄かったですよね、いろいろと。

    笹原 メイウェザー側から試合の話が来たのが10月で、記者会見を11月頭にやって……3ヵ月という短期間であのメイウェザーをリングに上げるって相当ムチャなことをやったんだと身を持って感じました。

    ――そのあいだにドタキャン騒動があったりして。

    笹原 あの騒動があったことで、さらに世界から注目されましたよね。エキシビジョンマッチという言葉が独り歩きしたことで、今回の試合を「八百長だ!!」って騒いでいる海外の人たちもいるじゃないですか。まぁ「底が丸見えの底なし沼へようこそ」って感じですよね。これからもどんどん騒いでください(笑)。

    ――「底が丸見えの底なし沼」……I編集長こと井上義啓氏の名言ですが、その言葉に相応しい試合で。

    笹原 試合前に「メイウェザーが真剣勝負をやるわけがない!!」って批判していた方は、ZOZO前澤社長の代わりにボクに100万円払ってほしいですよ!!

    ――ハハハハハハハ! あのキャンセル騒動はいったいなんだったんですか?

    笹原 もう書けない話がたくさ〜〜んあるし、RIZINのあることないこと騒ぎ立てる斉藤さんには話せるわけがないんですが、結局のところメイウェザー側の事情ですよね。参戦発表前のメイウェザーはここまで世界的に反響があると思ってなかったみたいですから。公式戦ではなくエキシビジョンだとアピールしないといけない事情が生まれたということですね。

    ――東スポが「ファイトマネー100億円」って飛ばしても日本の読者はニヤニヤするだけですけど、今回の件にタッチしていないメイウェザー側の関係者からすれば「100億円?日本で何をやろうとしてるんだ?」って騒いでも不思議じゃないですね(笑)。

    笹原  そうなんですよ。メイウェザー天心の記者会見の時に東スポさんから「メイウェザーのファイトマネーって1億ってことないですよね?もちろん300億とかなわけないし、そのあいだくらいってことでいいですか?」みたいな、いつもの調子の取材に応じて書いてもらったら、大騒ぎですよ。もしこの試合がなくなっていたら完全に東スポのせいですよ!

    ――ハハハハハハ!「エルヴィス・プレスリー、生きていた」とかの東スポビックリ1面を事前にメイウェザーサイドに読ませてなかったRIZINの大ミスですよ! 今回北米でメイウェザーvs天心だけ放送できなったのも、そういった裏事情があったっていうことなんですか。

    笹原 まぁメイウェザーには取り巻きがたくさんいるので「なんでこんな話が本人に伝わってないんだ?」っていうケースがたくさんあったんですよ。放送についても、当然お金に直結する話なので当初の話からかなり変わってしまったってことです。取り巻きがたくさんいて正式なルートが一つだけじゃないからこそ、那須川天心戦が実現したとも言えるんですけどね。

    ――しかし、よくメイウェザーが真剣勝負をやりましたよね。

    笹原 もちろん真剣勝負をやるという契約をしていましたけど、そこはやっぱり相当な自信があったんだと思いますよ。ただ、メイウェザー本人の口からは「真剣勝負をやる」というニュアンスの言葉が、ほとんど出てこなかったんですよね。なので我々からメイウェザーには「そういう発言をしてくれ、世間が誤解しちゃうから」と何度もお願いしたんですよ。ただ彼らの返答は、格上がそんなことを言うのはおかしいと。いわば天下の大横綱が幕下力士に「真剣勝負で、ぶっ潰してやる!」なんて吠えないってことですよね。「真剣にやるまでもない」「勝負になんねーよ」と言うのと同じだと。まぁ言われてみればそのとおりなんですけど。

    ――もっと適当に流す試合をやっても不思議じゃなかったですよね。

    笹原 メイウェザーからすれば、今回の試合を皮切りに世界中でこういったツアーをやっていきたいんじゃないですかね。

    ――ああ、なるほど。最初に変な試合をやって躓きたくなかったのかもしれませんね。 

    笹原 絶対に変なことはできないから、ちゃんと天心選手のことは研究してきているはずですし、絶対に勝つ自信があるからこそ真剣勝負をやったんでしょうね。

    ――本当に来日にするのかのも不安だったんじゃないですか。

    笹原 来日させるだけで大変でした。最初はプライベートジェットで12月27日に来日する予定が、1日遅れて28日になったんですよ。その理由がメイウェザーの取り巻きの女たちのケンカらしくて(笑)。

    ――なんて理由だ!(笑)。

    笹原 「メイウェザー大奥」の争いですよね。メイウェザーは取り巻きの女性たちそれぞれに「オマエをジャパンに連れて行ってやるぜ」みたいな話をしていたんだと思います。でも、プライベートジェットの席数って決まっているじゃないですか。「私よ!」「いや私も言われたわ!!」みたいなことになって、誰が乗るかで揉めたらしくて。

    ――ガハハハハハハ!

    笹原 その争いは一応決着はついたんですけど、今度はメイウェザーが試合で履くパンツを選ぶと言いだして。それで1日延期ですよ(笑)。

    ――それこそ東スポのネタですよ、まるで(笑)。

    笹原 マネージャーサイドから「彼はパンツに凄く拘りがある。そのこだわりを満たすには時間が必要だ」とか、なんかの格言みたいに言われても、「知らねーよ!」って話じゃないですか(笑)。

    ――だったら最初から選んでおけばいいのに!

    笹原 ラスベガスの記者会見のときも、メイウェザーは日の丸をあしらった衣装でしたし、対戦相手によってコーディネートを変えているんですよね。スニーカーも一度履いたものは、二度と履かないって言いますし、まぁとにかくこだわりが強いというか、こちらの常識がまったく通じないというか。

    ――来日直後のメイウェザーは、そのまま記者会見に出ましたね。

    笹原 最初は公開練習をやるという話もあったんですよ。でも、それも結局ナシになって、囲み取材だけならやれそうだと。その日はRIZINの公式行事で全選手が写真撮影とマスコミ取材を受けていたんですが、海外マスコミはいつメイウェザーが来てもいいようにって朝9時くらいから待機していたんですよ。で、結局本人が現れたのが20:30頃ですから、じつに12時間くらい待たされた(笑)。

    ――ご苦労さまです(笑)。

    笹原 普通なら暴動が起こってもおかしくないくらいなんですが、12時間待たされても生メイウェザーに質問できるなら……みたいな空気があって全然ピリピリしていなかったんですよね。で、空港からメイウェザーが宿泊するホテルに向かう前に寄ってもらって20分くらいの記者会見ができたと。

    ――メイウェザーだけ宿泊するホテルは別だったんですよね。

    笹原 1泊200万円らしいですね。田舎ならヘタしたら家が建ちますよ(笑)。

    ――取り巻く含めていったいいくら使ったんでしょうね……その記者会見のあとに叙々苑で焼肉を食べて。計量前日なのに!(笑)。

    笹原 体重は心配でしたけど、最終的にはちゃんとクリアしましたね。たまアリの公開計量イベントにも出席するという話にもなって。 最初は『平成最後のやれんのか!』の選手から登場して、その次に『RIZIN.14』の試合順に……というイベント構成だったんですけど、メイウェザーが案の定、途中で「もう帰る」と言い出したんですよ。

    ――だから『RIZIN.14』の公開計量だけ、メインのメイウェザーと那須川選手からやったんですね

    笹原 そういうことなんですよ。待機スペースで『RIZIN.14』のトップバッターで登場する大尊選手が全裸で待っていたんですよ、アキラ100%のパフォーマンスをやるために素っ裸で(笑)。裸の日本人がいたらメイウェザーが怒って帰っちゃうかもしれないから「大尊、とりあえず服を着てくれ!」って話をして。インタビュー15本、コラム7本、11万字オーバー詰め合わせセットはまだまだ続く! 

     
  • 【非会員でも読める11万字セット】メイウェザーvs天心、高橋奈七永、追悼・爆弾小僧、柴田惣一……

    2018-12-31 23:59  
    550pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part59は大好評インタビュー12本、コラム8本、11万字オーバーで540円!!(税込み)

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    part59

    ◎全女イズム最後の継承者・高橋奈七永インタビュー「リングの中でも外でも潰し合いでした」
    ◎世界を驚かせる妖しい仕掛けとは何か? 「世紀の呼び屋」康芳夫インタビュー

    ◎柴田惣一☓小佐野景浩 プロレスマスコミ大御所対談「スクープ合戦はガチンコの闘いだった」

    ◎【追悼・爆弾小僧】すべてはダイナマイト・キッドから始まった■斎藤文彦INTERVIEWS
    ◎激論!! メイウェザーvs天心は真剣勝負でやるのか■シュウ・ヒラタ☓ジャン斉藤

    ◎平成最後のやれんのか! 川尻達也大晦日直前インタビュー

    ◎川尻達也vs北岡悟が生きた時代……「やれんのか!」は「でも、やるんだよ!」である

    ◎「メイウェザーにパンチは当たらないでしょう……でも那須川天心に夢を見たい!」■鈴木秀明

    ◎佐々木憂流迦RIZIN契約の裏側から、クロンUFC入りまで!!■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク

    ◎【K-1MAXフォロワーの原点】那須川天心vs武尊実現のポイントは「ゴールデンタイム」ではないか

    ◎プロはこう見る!「コールドウェルが固く攻めてきたら堀口くんが有利です」■大沢ケンジ

    ◎RIZINとベラトールを実力で繋げた堀口恭司……これが新しいMMAファイター像だ!!


    ◎オマスキファイトのMMA Unleashed
    ・追悼ダイナマイト・キッド:「レスラーとして偉大だったが、人としては惨めな人生だった」
    ・UFC232会場変更の顛末! ファン大混乱、そして薬物検査に形骸化の危機!
    ・にわかに暗雲立ちこめるUFCのESPNデビュー大会:DV加害者とDV被害者が競演の異常事態
    ・北米PPV市場ははからずもUFCが独占へ:その背景を追う
    ・UFCのラスト・ストリートファイター、ブライアン・オルテガがガレージからアメリカンドリームをつかむ!
    ◎アメプロインディ通信「フリーバーズ」
    ・DDT退団、海外を放浪する入江茂弘のタチムカウ生き様
    ・「WCWを潰した俳優」デヴィッド・アークエット、血まみれの贖罪
    ・「受け身の天才」と呼ばれた男、ジェイミー・ノーブル■ジョバーのブルース
    ・年末年始の主役!? 棚橋弘至と浜崎朱加の2大イケメン


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    プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回は東京スポーツの名物記者として活躍し、テレビ解説者としても有名な柴田惣一氏をゲストに迎えてお送りします! 12000字のプロレスマスコミ大御所対談!! 




    <1記事から購入できる連載記事! クリックすると試し読みできます!>多発するプロレスラーのケガを考える愛すべき元横綱・輪島が戦った全日本プロレスの2年間全日本プロレスの「うっかり八兵衛」が明かす全日本秘話プロレスラーが憧れたプロレスラー、マサ斎藤さんあの日の全日本プロレス、SWSを語ろう■北原光騎×小佐野景浩最後まで全日本プロレスを愛した馬場元子さん
    中邑真輔、棚橋弘至、柴田勝頼……新・闘魂三銃士最後のムーンサルトプレス……天才・武藤敬司縁の下の力持ち!! 坂口征二の荒鷲人生WARからイッテンヨンへ! ライオン・ハート時代のクリス・ジェリコ
    「情」で生きる佐々木健介の激烈人生! 
    プロレスラーで初めて大臣になった男、馳浩大森隆男のワイルドな全日本プロレスLOVE 暴走親方、諏・訪・魔!!嗚呼、阿修羅・原……修羅ごときそのレスラー人生!!冬木弘道は「俺はやっぱり死ぬんだな」とニヤリと笑った…完全無欠のプロレスラー!! ジャンボ鶴田超獣ブルーザー・ブロディ【涙のカリスマ】大仁田厚の邪道プロレス人生“四天王プロレス”の光と影――三沢光晴
    癌に勝った絶対王者・小橋建太“プロレス巨大組織”NWAとは何だったのか?呪われたIWGPが最高権威になるまで悲運の闘将ラッシャー木村、耐えぬき続けた人生 燃える男、アニマル浜口――!!“天龍番”が感傷に浸れなかった天龍源一郎引退試合全日本プロレスを二度は裏切れない……」秋山準馬場死去、三沢離脱……その後の全日本プロレスジョー樋口、和田京平…全日本プロレスを支えたレフェリーたち 我らが英雄ザ・ファンクスの凄み!  猪木を超えられなかった藤波辰爾――プロレス職人と野心の時代レスラーの野心が謎を生み出す……SWSに狂わされた男たち!
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    柴田 もう長いよね〜。ボクは1982年に東京スポーツ入社ですよ。

    小佐野 俺は先に『ゴング』でアルバイトでやってたけど、その当時は月刊誌の編集者だったから、毎日張り付いている新聞記者とはスタンスが違うわけだよね。会場に頻繁に顔を出すようになったのは1984年に『週刊ゴング』になってからで。

    柴田 東スポに入った最初の頃は忙しくて周りを見る余裕がなくて。しばらくしてからいろいろ話をするようになったんだよね。

    小佐野 あとから『ゴング』の全日本担当として現場に行くようになったでしょ。柴田くんは馬場さんと並んでニコニコしゃべってるから凄いなあと思ってね。こっちは馬場さんに全然相手にされなかったんだから。口も聞いてくれないし。

    柴田 そうだっけ?

    小佐野 そうだよ。馬場さんには話しかけても適当にあしらわれる。からかわれるというか、まともに取材を受けてくれない。本当に困っていたら、そのシリーズのオフに初めて「小佐野くん」と普通に接してくれるようになった。馬場さんは1シリーズだけ新人記者の様子を見ていたってことだよね。

    柴田 ああ、それはわかる。馬場さんは敵か、味方かを分ける人だから。いったん認めると凄くフレンドリーなんだけど。 

    ――当時は試合がないときでも、新日本や全日本の事務所にそれぞれ担当記者が詰めていたんですよね。

    柴田 そうそう。担当記者が事務所に詰めていたし、我々の時代は事務所の出入りが自由だから。

    小佐野 いまは新日本の事務所に取材に行っても、入館証を持っていないからトイレにだってひとりでは行けないんだよね(笑)。

    柴田 ハハハハハハ。

    小佐野 昔は社員の机の上に重要資料とかがポンと置いてあったりするわけだから(笑)。ハッキリ言って会社としてどうかとは思うけどね。

    柴田 ボードには切符が何枚売れているとか実数が書いてあるしね。それは団体が我々のことを信頼していたっていうことでもあるんだけどね。

    小佐野 まあこっちも余計なことは書かなかったから。

    柴田 あの頃はプロレスマスコミしか集まってなかったからね。いまはプロレス以外のマスコミも取材に来るわけでしょ。あんな自由に出入りさせるわけにはいかないよね。外には出したくない機密情報もあるよ。

    小佐野 昔は会場の控室にも自由に入れたし。自由とはいっても、そのレスラーによってハードルはあるんだけどね。

    柴田 控室で石油ストーブにあたりながら、猪木さんや坂口さんらと普通に茶飲み話できてたから。ある時点になったら、我々は控室から出て行く。

    小佐野 そこは阿吽の呼吸。「そろそろ出ましょうか」と。

    柴田 そういう信頼関係があったんだけど、あるときからガラリと変わったよね。

    小佐野 新日本は長州さんが現場監督になってから。全日本の場合はしばらくOKだったんだよ。三沢光晴体制になってもオープンだったんだけど、NOAHになってから現場を仕切るようになった小川良成が「これがマズイ」ということで厳しくなった。

     

    柴田 そこはね、FMW時代の大仁田(厚)選手が良くも悪くも変えちゃったところはあったよね。大仁田選手がマスコミを抱え込むために、いろんな情報をどんどんしゃべるようになっちゃったんですよ。「◯月◯日に何か事件が起こるよ」とかね。

    小佐野 FMWからすれば会場へ取材に来てもらいたいからね。『ゴング』の編集部にも電話があったんだよ、「ここで何が起きますから、ぜひ取材を」って。当時の新日本や全日本はテレビマッチのときは会場取材してたんだけど、テレビ放送のないFMWがどうやってマスコミに来てもらうかといえば、事前に何かが起こるって先に伝えるしかないんだよね。

    柴田 そうすると新日本・全日本になかなか踏み込めなかったマスコミは、FMWを応援するようになるよね。

    小佐野 そのFMWも大仁田が離れてからエンタメ路線になって、プロレス以外のマスコミが取材に来るようになったから、さすがに冬木弘道が「これはマズイ」と。プロレスを知ってる人間だけならいいけど……ってことで一時期、規制を設けた。

    柴田 それが古き良き時代だったかどうかはなんとも言えないけども、まあそういう時代でしたよね。

    小佐野 ネタが欲しいときには道場に行って一緒にチャンコを食べればいいし。

    柴田 そうそう(笑)。事務所に行くか、道場でチャンコを食べるか。

    小佐野 チャンコの味のリクエストなんかもしちゃったりね(笑)。当時はシーリズオフになっても、『ゴング』は週に1冊作らなきゃいけなかったからね。選手を連れ出して変な特訓をやったり。

    柴田 わけのわからないことをやらせたよね(笑)。

    小佐野 当時は携帯なんかなかったから、選手の家に電話するしかない。選手の奥さんが電話に出ちゃったりしてね。

    柴田 選手との付き合いはダイレクト。当時は団体も何も言わないわけですよ。

    小佐野 ああ、じつは週刊誌の場合はそうじゃなくて、全日本は許可がないと取材するのはダメだったんだよ。

    柴田 ああ、そう。

    小佐野 会場での取材は自由だったから、電話で取材したんだけど、会場で話を聞いたことにしてね(笑)。

    柴田 ああ、なるほどね。

    小佐野 元子さん(ジャイアント馬場夫人)にいろいろ言われたけどね。「控室でこんなに長く話をしてた?」って(笑)。全日本がうるさくなったのは、輪島さんが入団してから。元横綱のプロレス転向ということで、一般マスコミも全日本に取材に来るようになっちゃったからね。団体側からすれば勝手に取材されるのは困るし、どうしても原稿チェックしたくなるわけですよ。

    柴田 でも、新聞の場合はいちいち許可をもらってる時間はないからね。

    小佐野 そこは週刊誌からすれば羨ましかったよね。プロレス界自体がチェックを厳しくやり始めたのは、UWFインターの宮戸(優光)くんからだよね。彼は原稿チェックが厳しかったから。

    柴田 新聞の場合はそんな面倒なことを言われたら「じゃあ、載せませんから」って感じだったし。

    小佐野 まあそうなるよね。あの原稿チェックによって高田延彦は非常につまらない男になっちゃったんだよね。高田延彦の地が出たのは『ハッスル』に入ってからですよ(笑)。昔から面白い男だったんですけどね。

    柴田 選手を変にガードをしちゃダメってことだよね。

    小佐野 なるべくその選手の口調は残したいわけじゃない。「俺」が「私」に変えられちゃうだけでも硬い内容に見えちゃうから。 

    柴田 そこは「こっちに任せてくれ!!」って言いたくなるよね。こっちは普段から話を聞いてるから、あらためて取材しなくても選手が何を考えてるのかはわかるから。

    小佐野 いまは団体のチェックもあたりまえだし、けっこう大変だよね。

    ――選手もSNSで直接、発信できちゃう時代でもありますしね。

     

    小佐野 あの長州現場監督時代の厳しい中でも、選手はみんな言いたいことは言ってたんだけどね。

    柴田 とくに規制があったわけじゃなくて、選手が自己主張するのはOKだったよね。

    小佐野 それが本当に面白かったら、あとから長州さんが追っかけてくる。

    柴田 うん、面白かったら長州さんも一緒に走るんだよね。

    小佐野 でも、長州さんはNOなものは絶対にNOだから怒っちゃうこともある。そこは選手たちも勝負だから、マスコミの力を借りて一か八かで発信する。長州さんが面白がるか、怒られるか。

    柴田 紙面を通じて長州さんの顔色を伺う……っていうのはあるよね。

    小佐野 新日本時代の大谷晋二郎がクビになりかけたときがあったでしょ。あのときは長州さんが大仁田とやる・やらないが話題になっていて、それがスーパージュニアを開催している時期だったから、大谷がキツめの批判をしたんだよね。それに長州さんは怒っちゃって「オマエはクビだ!!」と。大谷も「じゃあ、やめます」って巡業先から帰っちゃった。 あの佐々木健介が必死に大谷をなだめるというね(笑)。

    柴田 西村修選手も長州さんとは相当揉めたよね。そこは勝負してたんですよ。

    ――紙面を通じてキャッチボールをすると。

    柴田 基本的にガチンコですよ。もともと流れがあるものもあるけど、ガチンコから流れが作られるのもあるし。そこは周囲の反応を見ながら動いていく。それは猪木流ですよね

    小佐野 それでいえば、全日本が東京ドームでやったときに藤波さんが「出たい」と言い出したんだよね。あの人はあまりしゃべるのがうまくないでしょ。こっちが藤波さんの言いたいことをうまく書いてあげたんだけど、その発言が新日本で問題になって会議が開かれたときに、藤波さんは自分のインタビューが載った『ゴング』を持ち出して「ボクが言いたいことはこれです!」と(笑)。

    柴田 選手がなかなかうまく言えないときは、マスコミがサポートしてあげるってことだよね。東スポを読んで「あー、俺がやりたいことはこれなんだな」って納得する選手はいたんですよ。武藤選手なんかもそうでしたよ(笑)。そこは持ちつ持たれつの関係。

    ――蝶野さんも東スポの使い方はうまかったですよね。

    柴田 いまの内藤哲也選手なんかは蝶野選手みたいなやり方ですよね。

    小佐野 内藤もあの反逆さが売りになってるわけだから。昔で言えばアントニオ猪木というプロレスラーのイメージは、東スポの桜井康雄さんが作ったようなもんだし。

    柴田 もちろんその選手の面白くないと、いくらマスコミが盛り上げてもスターになれない。マスコミが魅力を引き出してあげるということだね。

    小佐野 天龍革命もそうだったよね。天龍さんが自分で団体やマスコミを動かしたのが天龍革命の面白さで。長州さんたちが新日本に戻ってしまった。どうするか? 自分がジャンボ鶴田ら本隊とやりあうしかないって阿修羅・原さんとコンビを組んでね。そうやって盛り上がることで、あのジャイアント馬場があとから天龍さんについていくかたちになったんだから。

    柴田 天龍革命は全日本プロレスの中では画期的なことだよね。本当の革命だった。

    小佐野 だから俺らマスコミも面白がって応援してしたわけだもんね。でも、マスコミが「天龍、全日本離脱か」みたいに煽ったときは天龍さん本人は内心焦ってたらしいんだよね。「本当に全日本をクビになったらどうするんだ?」って。 

    柴田 馬場さんの性格をよく知ってるからね。

    小佐野 馬場さんはバッサリと切り捨てる人だからね。紙が売れる、選手も人気が出る、団体のチケットも売れる……うまく進めば八方うまく収まるし(笑)。

    柴田 俺らマスコミが「面白い!!」と思ったことは、ファンが「面白い!」とも思うだろうしね。そうすれば団体も乗ってくるだろうし。だから楽しかったですよ。活字メディアが力を持っていた時代だったから。 

    ――東スポだと毎日記事を書かないといけないですから、大変だったんじゃないですか?

    柴田 たしかに毎日書くのは大変。会場に行く前に「今日はこのネタでどうだろう」とデスクと相談してから取材をしてね。ハマればそのネタで書くんだけど、試合を見てからでは遅いよね。

    小佐野 柴田くんはとにかくネタを探してたよね。

    柴田 亡くなった仲田龍リングアナウンサーとは世代が近いから「何かネタはない?」ってよく話をしたりして。昔のマスコミはリングサイドの本部席の隣に座れたから、そこでリングアナと会話できることは大きかったんだよね。ただ、話をしてる姿をテレビで見た元子さんが怒って、別の場所になっちゃったんだけど(笑)。

    小佐野 「何を雑談してるの?」ってことでね。一時期はテレビマッチのときはしゃべらないようにして(笑)。たしかに本部席にの隣に座れるのはマスコミとして大きいよね。リングアナが一番内部情報に詳しいんだから。

    柴田 そこで得た情報をもとに選手取材して記事にするわけだよね。選手もいろいろとしゃべりたいことはあるんだけど、勝手には発信はできないから、こっちから聞いてあげて。

    小佐野 「こんな話を聞いたけど……」なんてきっかけを作ってあげるってことね。

    柴田 選手の結婚話なんて、そういうとこから入手するわけですよ。

    小佐野 東スポは結婚ネタを他紙に絶対に抜かれちゃいけないという宿命があったでしょ(笑)。

    柴田 大変なんだよ〜。東スポはプロレスメディアの王様じゃないといけないというプライドがあって、結婚は一番最初に記事にすると使命があった。もう必死でしたよ(笑)。 
  • 【非会員でも読める10万字セット】メイウェザー天心、リッキー・フジ、森嶋猛、島田宏、UFCフライ級…

    2018-11-30 23:59  
    550pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part58は大好評インタビュー14本、コラム8本、10万字オーバーで540円!!(税込み)

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    part57 
    ■メイウェザーvs天心大騒動大解説!!

    ・那須川天心を信じないで何を信じろというのか〜メイウェザー騒動・解説〜/なぜ我々は「メイウェザーvs天心」の茶番・八百長扱いを大歓迎するのか

    ・大晦日王者対決!! マネジメントが緊急激白!!「堀口恭司は来年ベラトールに出撃します」

    ・北尾、バービッグ!! 危険集団UWFインターから考える「メイウェザーvs天心」■宮戸優光

    ・ロックンロールなプロレス人生!! リッキー・フジ「今の俺からじゃ想像できないけど、UWFに憧れて……」

    ■事情通Zの「プロレス 点と線」

    ドント・ストップ!? 森嶋猛、タクシー運転手を殴る/TAKAみちのく選手の不倫トラブル/「却下します!」からの後藤vs飯伏実現! 新日本流SNS劇場!!

    ・多発するプロレスラーのケガを考える■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    ・QUINTETラスベガスの衝撃――中井祐樹「日本は取り残されています」

    ・【グンマーの謎】北関東プロレス界隈の首領・島田宏インタビュー

    ■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク

    大量リリースへ! UFCフライ級廃止の舞台裏!!/マネジメントから見たメイウェザーvs天心騒動

    ・これは革命宣言だ! “怪物脳”に覚醒したケニー・オメガ■斎藤文彦INTERVIEWS

    ■オマスキファイトのMMA Unleashed

    ・メイウェザー騒動、米MMAメディアの反応まとめ 「メイウェザーは帰国して、那須川の動画でも見たんじゃないんでしょうか」

    ・実録! マクレガー・ヌルマゴメドフ試合後の乱闘劇で、オクタゴンに上がった素人がいた

    ・MMA業界初の大型トレード! その幸福な結末

    ・メイウェザーも困惑? PPVは死んだか!? 米国ボクシング放送配信事情が大激変

    ■アメプロインディ通信「フリーバーズ」

    ・エディ・ゲレロ「空白の5ヵ月間」とその死……

    ・勝手にしやがれ! アメプロ開催中止騒動の歴史

    ・「世界一時間のかかるチョップ」スコッティ・2・ホッティ■ジョバーのブルース

    ・筋肉教にしか理解できない「読み切り短編筋肉小説 サプリ」■二階堂綾乃
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    リッキー・フジのロックンロールなロングインタビュー!! UWFに憧れた新日本プロレスの練習生がカナダに渡り、デビューするまでの軌跡を1万字で追います!

    【1記事から購入できるオススメバックナンバー】【人生最終回】安田忠夫「もうすべてがイヤになったから、練炭自殺したんだよ……」
    谷津嘉章「巌流島で猪木さんと向き合えるのはマサさんしかいなかったよな」
    ミスター高橋with田山正雄 レフェリーの魔術「試合はこうして壊れていく――」 平田淳嗣 おまえ平田だろ!「スーパーストロングなプロレス人生」 新倉史祐 道場破りから前田日明vsルスカまで……「俺が見た昭和・新日本プロレス伝説」 康芳夫 世紀の呼び屋「猪木vs人喰い大統領アミンはぜひやりたかったね」 猪木快守 猪木一族の事業欲とは何か? ――リッキーさんは今年でプロレスデビュー30周年なんですよね。

    リッキー 88年の6月にカナダでデビューしてますからね。1冊の本を書けるくらいの体験をしてますよ(笑)。 

    ――インタビューではもったいない感じなんですかね(笑)。最初は新日本プロレスの練習生だったんですよね。

    リッキー 高校卒業後に入門しまして。高校のときは野球部だったんですよ。これは余談になりますけど、来年から中日ドラゴンズで監督をやる与田剛。彼は同級生になんですよね。

    ――へえ、与田さんと一緒に野球を。

    リッキー アイツの球は速くて重いからキャッチボールをやりたくなくて。球を受けると手が痛いから(苦笑)。与田はとにかく野球がうまくて「こういう奴がプロに行くんだろうなあ〜」と思っていたら本当にプロになりましたからね。

    ――与田監督って肩幅がデカくないですか?

    リッキー ああ、大きいですよね。当時のあだ名は「えもん掛け」でしたからね(笑)。

    ――ハハハハハハハハ!

    リッキー 俺は途中で野球部をやめちゃったんですよ。高校や大学って学年がひとつ違うと扱いが変わるじゃないですか。「なんで1年ぐらい早く生まれただけなのに、こんな偉そうな態度なんだ?」と思っちゃって。プロレスはもともと好きで見てたんですけど、プロレスって身体の大きい人がやるものだっていう感じで。 

    ――当時は180センチでも小さい……という時代でしたね。

    リッキー そんなときに蔵前国技館でタイガーマスクのデビュー戦を見まして、近くに寄ってみたら俺と背の高さがそんなに変わらないんですね。そこで「もしかしたら俺もプロレスラーになれるんじゃないか?」と思ったんですよ。その日からプロレスラーになるために、毎日スクワット1000回、プッシュアップ500回をやるようになって。 

    ――新日本プロレスにはすんなり入門できたんですか?

    リッキー いや、履歴書を送っても梨のつぶてで。仕方ないので高校卒業したあとは新日本道場近くにアパートを借りて、バイトしながらチャンスを伺ってたんですよ。

    ――完全にストーカーですね(笑)。

    リッキー ハハハハハハハ。道場が近くだったので、あるとき道場へ見学に行ってみたんですよ。そうしたら山本小鉄さんが1人で練習されてまして。

    ――1人でトレーニング! さすが小鉄さん。

    リッキー 小鉄さんに「プロレスラーになりたいんです!」っておもいきって声をかけてみたら、「じゃあ見てやる」ってことでスクワットや反射神経のテストをやっていただいて。「近くに住んでいるんだったら道場を貸してやるから身体を大きくしなさい」と。通いでトレーニングの許可をしてくださったんですよ。それからバイトが終わったら新日本の道場で練習するようになったんですね。

    ――それは新日本のレスラーに混じって練習するんですか?

    リッキー そのときは個人練習の時間ですね。ほかにも何人か練習されてたんですけど、第1次UWFに移る前の高田(延彦)さんがキックの練習をしてることが多くて。高田さんも俺のことを「コイツはいったい誰なんだろう?」と思ったんでしょうね(笑)。

    ――練習生でもないわけですからね。

    リッキー 事情を説明したら高田さんは丁寧にアドバイスをしてくれて。メシを腹いっぱい食ったあとにデザートとしてバナナ3本、チーズ3つ、それを牛乳とプロテインに混ぜて飲めと。高田さんの言われたとおりやったら1ヵ月で体重が10キロ近く増えましたね。

    ――リッキーさんと同じように通いで練習されていた方はいました?

    リッキー いや、いなかったですね。あとになってからウルティモ・ドラゴン選手が通いの立場で練習していたとは聞きましたけど。いま思えば、よく受け入れてくれたなって思いますね。俺が逆の立場だったら「なんだコイツは?」って思っちゃいますから(笑)。 

    ――そこから練習生になったんですね。

    リッキー しばらくしてから入寮の許可が出まして。アパートに帰ったら大家さんから「新日本プロレスから電話がありました」と。折り返したら「寮に入っていいぞ」ということで。84年8月のことでしたけど、その年の3月に船木誠勝さん、AKIRAさん、4月に闘魂三銃士(橋本真也、武藤敬司、蝶野正洋)。豊作の年だったんですよ。 

    ――それだけ新人が入門してるのに、途中から入寮できるって珍しいですね。

    リッキー それはUWFの選手離脱に加えて、長州さんたちジャパンプロレス勢もゴソッと抜けたからなんでしょうね。人数合わせというか、雑用が必要だったというか(笑)。

    ――大量離脱で枠が空いたと。入門が同じ年でも皆さん先輩になるんですよね。

    リッキー そうですね。武藤さんや蝶野さんは年上で、橋本さんは同い歳だったんですけど、船木さんは中学卒業したばかりで15歳じゃないですか。こんなこと言うとアレですけど、15歳の少年に普通に呼び捨てにされちゃうんですよ(笑)。

    ――船木さんは躊躇しないで呼び捨てしそう(笑)。 

    リッキー だから俺には同期の人間がいないんですね。ちゃんこ番とかはみんなで順番にやるんですけど、何かあると一番下の俺に降りかかってくることは多かったですし。朝の合同練習が始まる前に道場を掃除をしたり。

    ――やっぱり雑用は大変ですよね。

    リッキー 当時の寮長は小杉(俊二)さんという方だったんですけど、ちゃんこの味付けにも厳しくて。あと巡業だと配車という仕事が大変でしたね。外国人レスラーの試合が終わると、タクシーを呼んでホテルに帰らせる。そのタイミングがけっこう難しいんですよ。早くタクシーを呼んじゃうとメーターが上がっちゃいますし……配車で失敗しないようにビクビクしてましたねぇ。

    ――あと練習生は道場から外出禁止なんですよね。

    リッキー 外出はできなかったですね。ずっと道場の中で生活してるから「いま日本はどうなってるんだろう……?」という感じで(笑)。落ち着けるのは寝るときぐらい……いや、寝てても油断ができなかったです。朝起きると、ライガーさんのイタズラで足がベッドにロープでくくりつけられていたり(笑)。

    ――ハハハハハハ! ライガーさんのイタズラは最高に酷かったって聞きますけど。

    リッキー これは後々の話になるんですけど、俺はカナダでもライガーさんと一緒だったんですよ。安達(ミスター・ヒト)さんの家に馳(浩)さん、ライガーさんと一緒に住んでいて。あるとき家でちゃんこを作ってみんなの帰りを待ってたら、ライガーさんから電話があって「試合で足を骨折してしまった」と。松葉杖を突いて帰ってきたライガーさんはかなり落ち込んでいて。その頃は先輩・後輩の壁がなくなってて、食べ終わった皿なんかは自分で洗うみたいな感じだったんですよね。でも、ライガーさんはケガしてて落ち込んでるから「ボクが洗いますよ」っていろいろフォローしてたんですけど。皿を洗い終わったらライガーさんは急に松葉杖を外して元気に飛び回って。要は俺に皿を洗ってほしかったらしくて騙したんですよね(笑)。

    ――それだけのために手が込みすぎですよ!(笑)。

    リッキー もう普通のイタズラだと飽きちゃったということなんでしょうね(笑)。

    ――橋本さんもイタズラは凄かったんじゃないですか?

    リッキー 橋本さんもいろいろと凄かったですよね。あるとき蝶野さんが呆れてたんですよ。「ブッチャー(橋本のあだ名)がまたやってるよ……」って。どうやら道場近くの多摩川の土手で、真っ黒なサングラスをかけてモデルガンが持って立ってたみたいで(笑)。

    ――ハハハハハハ! 前座の頃から凄い存在感ですね。

    リッキー 選手がゴッソリ抜けて中堅がいないという状態でしたからね。あのときは荒川(真)さんがみんなの面倒を見てたんですけど。

    ――荒川さんはいい意味でデタラメな方ですよね。

    リッキー ハッハッハッハッ! それこそザ・プロレスラーという感じでしたよね。 良い部分も悪い部分も含めて豪快な方で。どこまで言っていいいのかわからないんですが……あのときは選手が大量離脱した時期だったので「次は誰が抜けるのか?」って会社は戦々恐々としてたんですね。坂口さんや藤波さんが道場に寝泊まりして誰も逃げださないようにしていたり。そんなある日、全員集合のミーティングがあったんですが、荒川さんと橋本さんと武藤さんがいなかったんですよ……。

    ――ああ、例の事件ですか?

    リッキー ああ、ご存知ですか?(笑)。 

    ――もちろん知ってます!(笑)。

    リッキー じゃあ言ってもいいんですかね(笑)。坂口さんが「荒川が若手を連れてどこかに行っててしまったけど、みんな一致団結して頑張ろう!」と。荒川さんたちが他の団体に引き抜かれたという前提でしゃべってるんですけど、しばらくしたら荒川さんが「おはようございまーす!!」と帰ってきて。会議があることを忘れてみんなでソープランドに行ってたんですよね(笑)。

    ――ガハハハハハハ! あの伝説の現場にいましたか! 

    リッキー 伝説を目撃しましたね(笑)。30年以上前の話なんですけど、道場で起きたことはいまだに鮮明に覚えてるんですよねぇ(しみじみと)。たまに船木さんやAKIRAさんと会場で会ったりするんですけど、皆さんも同じみたいで。大好評インタビュー14本、コラム8本、10万字オーバーで¥540!! のまとめ記事はまだまだ続く……

     
  • 【非会員でも読める10万字セット】追悼・輪島、天心vs堀口、修斗対談、マクレガーvsハビブ……

    2018-10-31 23:59  
    550pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part57は大好評インタビュー13本、コラム7本、10万字オーバーで540円!!(税込み)

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    part57 
    ◎「佐山先生をUFCの殿堂に!」……川口健次✕朝日昇、青春のシューティング対談!!


    ◎愛すべき元横綱・輪島が戦った全日本プロレスの2年間■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」


    ◎台風vs雷神vs大砂嵐!! 大混乱のRIZIN.13の舞台ウラ■笹原圭一RIZIN広報



    ◎デイブ・メルツァーと『レスリング・オブザーバー』■斎藤文彦INTERVIEWS


    天心vs堀口をプロはこう見た!!

    ・堀口恭司はなぜ笑ったのか?■大沢ケンジの原理主義トーク

    ・「おい、ウソだろ? 天心の左カウンターが当たらないって……」■山田武士

    ・「キックであってキックではない。まさに異種格闘技戦でした」■鈴木秀明


    ◎プロレス復帰してジャーマンを喰らいました!■金原弘光


    ◎UFC日本大会は2020年の東京オリンピックイヤー!!■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク


    ◎【UFC229世紀の大乱闘】怒りのハビブ、コナー・マクレガーを仕留め損なう


    ◎「今日もダメだけど、まあいいか」と諦める……みんなボブ・サップを抱えて生きているのだ



    事情通Zの「プロレス 点と線」

    ・「新日本プロレス内部対立」の噂とは何か?・男色ディーノはなぜ全裸になったのか〜DDT再出発とLGBT問題〜



    オマスキファイトのMMA Unleashed

    ・ボクシングごっこでPPV80万件を販売した炎上お騒がせユーチューバーが、UFCファイターをのんきに挑発!

    ・アメリカMMAサイトでRIZINが報道されない理由 / ジョン・ジョーンズいきなり怪気炎

    ・ONEは好調なのか?それとも火の車なのか? 財務データと事業戦略を読み解く

    ・ヌルマゴメドフ・マクレガー乱闘劇のその後:記録破りのPPV売上240万件達成!



    アメプロインディ通信「フリーバーズ」

    ・オリンピック、『ルチャアンダーグラウンド』を経て世界に羽ばたくジェフ・コブ

    ・新日本に続いてDDTも“裏レッスルマニア”に参戦!!


    ・私が経験した芸能事務所トラブル■二階堂綾乃
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    「シューティング最強の男」と「奇人」のシューティング対談! シューティングジム横浜主宰にして修斗世界ライトヘビー級王者だった川口健次氏と、修斗四天王にして元・修斗世界フェザー級王者の朝日昇氏が格闘技黎明期を15000字で語りつくします! ――今回は修斗の歴史を知り尽くしたシューター対談ということで!

    朝日 2018年にもなってシューター対談なんてバカにされますよ。カネやん(金田正一)の「ワシは170キロ投げたぞ!!」の世界ですよ(笑)。

    川口 ハハハハハハ。

    ――よろしくお願いします(笑)。今日はシューティングジム横浜での収録ですが、このジムはオープンして20年近く経つんですよね。

    川口 今年でちょうど20年目ですね。佐山先生がやられていたスーパータイガージム横浜は東神奈川にあったんですけど。

    朝日 ここからチャリンコで5分くらいの場所だよね。瀬田から始まり、続いて三軒茶屋に移ったわけですが、この横浜ジムがその流れを組む修斗の本家なんですよね。テストで「修斗のジムで、本家を継ぐのはどこのジム?」という問いがあったなら「シューティングジム横浜」が正解で、それ以外を書いたなら不正解。いまの子たちにはサッパリ分からないでしょうが「ロボコン、0点︎!!」です(笑)。

    ――ハハハハハハ! 2人が初めて会われたときのことは、おぼえてますか?

    朝日 あまりに昔のことでサッパリおぼえてないです(笑)。川やんはボクの1歳下ですけど、三茶のジムに入ったのは2〜3年ぐらい早いんです。だから、川やんはシューティングの生き字引というか、過去に何が起きていたか誰よりも知ってる1人だよね!!

    川口 『真説・佐山サトル』に書いてあることは、たいてい知ってますね(笑)。

    朝日 ボクが三茶に通い始めた頃、川やんは上のレベルのクラスで練習してたもんね。北原(光騎)さんや勝山(恭次)さんがインストラクターで。

    川口 その前の山崎一夫さんや宮戸(優光)さんがインストラクターだった時代のことも知ってますね。宮戸さんにマンツーマンで教わっていたので。

    朝日 化石ですよ、真の化石!!(笑)。

    川口 スーパータイガージムがオープンして1週間ぐらいで入門して。タイガーマスクブームがあったから、入門者が1週間で200人ぐらいいたんですよ。最終的に1000人は超えてるはずなんですね。

    ――入会者1000人!!

    朝日 あの当時タイガーマスクは誰でも知ってたもんね。

    川口 新日本プロレスは夜8時に放送されて視聴率20パーセント以上も獲ってたわけですからね。タイガーマスクってイチローとかそれ以上の存在だったんですよ。

    朝日 ホント凄かったもんね。いまの子たちには時代背景がいまとはまったく違うから、あまり想像できないかもしれないけど、俺らの小さい頃はプロレスもプロ野球なんかと同じような競技スポーツとして見てたもんね。 

    川口 だから入会者の9割ぐらいがプロレスラーになりたい人ばっかなんですよ。中には関節技やキックを習いたいっていう人もいたんですけど、大部分はプロレスラー志望者。ボクの場合は、プロの世界でやっていくのは無理だと思ってたんです。総合格闘技という競技なんてなかったし。

    朝日 俺は高校の野球部の延長のような感じでジムに入ったよ。

    川口 プロを云々じゃなくて、とにかく強くなりたい感じですよね。80年代は金八先生とか荒れた学園ドラマが流行っていて、裏を返せば不良の世界。ブルース・リーやジャッキー・チェンの映画を見て強さに憧れてたから、通販でトレーニング器具を買ったり。

    朝日 『少年ジャンプ』の裏表紙の広告だ(笑)。

    ――ジムの指導は厳しかったんですよね?

    川口 うーん、「やめたい」と思ったことは数え切れないほどありましたよ(苦笑)。でも「強くなりたい!」という欲のほうが上回っていたんで。

    ――月謝を払ってキツイ思いをするって、いまの格闘技ジムでは考えられないですよね(笑)。

    朝日 当時のスーパータイガージムは上のクラスの人達はもちろんしっかりやってましたが、下のクラスの人たちはあまり緊張感がないように見えたよ。

    川口 プロレスラーになりたい人の集まりだったからね。

    朝日 下のクラスの人たちの練習は野球部と比べたら遊びと言ってもいいような感じだったし。かと言って、いきなり上のクラスでは練習はやらせてもらえない。だから、だったら自分でやろうと考えて、入会して3ヶ月を過ぎたら、下のクラスから抜け出し自分で考えて好きなように練習をやりだして。佐山先生はそれを許してくれましたけど、こんなアタマがおかしい人間をよく放っておいてもらえたよ(笑)。

    川口 最初の頃はマウスピースも付けず、掌底で実戦スパーをやってたりしたんですよ。プロレスラー志望の子たちが血だらけになって、それでみんなやめちゃうんですよね(苦笑)。

    朝日 ハハハハハハ。言い方は難しいけど、スポーツの実体を知らず、ただ憧れだけで来るようなファン気質の人には大変だよね、そりゃ。

    ――佐山さんが怒ると100人単位で会員が消えた……なんて話もありますよね。

    朝日 そういう話は誇大されて話されることが多いし、申し訳ないですが、そういった人たちは得てして中途半端な人たちが多いんじゃないかな?とも思うんですよ。

    川口 そうですね。佐山先生の指導って「引き出す力」なんですね。技術だけ教えても精神がついてこれない人間はいるから、そこは怒って引き出すっていうことはありました。そこは勘違いされやすいんですけど(笑)。

    ――地獄のシューティング合宿の動画もメチャクチャ怖いですけど、当時の関係者は「佐山先生は本気では怒ってない」と口を揃えてますね。

    川口 まあ9割ぐらいは本気なんですけど(笑)。佐山先生は憎くて怒ってるわけじゃないんで。

    朝日 まず時代背景がいまとはまるで違うし、昔の運動部はあんな感じが日常的なんだよね。ボクは中学、高校と野球部でしたけど、いまで当てはめるならばいわゆるパワハラの毎日で、怒られる人が悪いと思ってたし、まああとは運次第と(笑)。

    ――要は気合いを入れるってことですね。

    川口 佐山先生の指導ってじつは凄くテクニカルなんですよ。最初は直接佐山先生に教わることはなく、宮戸さん、その次は平さんの指導を受けてたんですけど。高校生のボクは平さんとガッチガチのスパーリングをやっていて。もう殴られに行ってたようなもんですよ(笑)。

    ――高校生相手にガチスパーって(笑)。

    川口 ボクの他にも高校生は何人かいたんですが、みんな顔はボコボコで「これは練習じゃなくて殴られに行ってるだけだ」って(笑)。当時は「こう殴られたから今度はこうしよう!」ってプラス思考に考えてたんですけど。

    ――それは掌底ルールのスパーなんですか?

    川口 そうですね。マウスピースは付けてないから歯が頬に突き刺さったこともありましたねぇ。平さんが教えていたときはスパーリングオンリー。平さんがやめて北原さんや頼永さんの時代になってから、佐山先生もジムに来るようになってマンツーマンで教わったんです。佐山先生は技術にこだわる人なので蹴りやパンチもただできるだけじゃ納得しないんです。

    朝日 佐山先生は職人だと思います。精度に徹底的に拘りますから。

    川口 最高の技術を求める。たとえ形だけできても怒られるんですよね。佐山先生から教わるようになってから、だいぶ変わりましたよ。

    朝日 俺は2年目から木口道場に移って、三茶には行かなくなったアウトローだから、こんななっちゃった(笑)。

    川口 木口道場には神奈川県の人間を集めるということで、朝日さんや(田代義治、後の港太郎)とかが集まって。ボクは川崎に住んでいたんですけど、交通の便では三茶のほうが都合がよかったし、まだまだ佐山先生に教わりたかったんですよね。

    朝日 俺は家に近いほうが嬉しかった(笑)。自分で考えてコツコツやるのも好きだったし。

    川口 当時は三軒茶屋、木口道場、あと千葉ですよね。 

    朝日 当時はまだあまり怖くなかった田中(健一)のところだね(笑)。佐山先生が言い出したんですよね、お相撲の部屋みたいにどんどんと分けていくって。

    川口 プロ化されて1年目2年目が一番格闘技に打ち込めたかなあって思いますね。まだ夢が膨らんでたじゃないですか。

    朝日 だんだんやるにつれ、いろいろと大変なことがあったけどね(笑)。

    川口 総合格闘技というものがなかった時代なので、失敗から学んでいくしかなかったんですよね。アマチュアのプリシューティング大会のときなんて、最初は寝技30秒って限られてたんですよ。30秒たったらスタンドに戻される。でも、意向によっては寝技を続けられるというルールに変わって。

    ――そこは選手の意向ですか?

    川口 いや、佐山先生の意向ですね。試合の流れを見て、その場その場で「これは続行」「いまのはスタンドに戻す」って判断していく。あとマスクをつけるようになったのは、掌底だと指に目が入るからなんですけど、試合中に打撃をもらうとマスクがズレることもあって。

    朝日 あとマスクって自分の息で曇っちゃうんです。何も見えない(笑)。僕なんかもとから視力も悪いので、もう完全にアウトで霧の中(笑)。だから何もかも実験というか、自分のことを実験用マウスだと思ってました。が、それも仕方ないことだと思いますけどね。総合格闘技なんてこの世のどこにもなかったわけですから。

    ――あのマスクは誰が作ったんですか?

    朝日 佐山先生です。凄く器用で、いろいろなものを作ってるんです。

    川口 あるときゴーグルを改良してマスクを作ったんですけど、やっぱり試合中にズレて金具で鼻を切ちゃったり。

    朝日 俺がまだ試合に出てなくて大会のお手伝いをしてる頃だよね。大会中に急遽マスクを外して戦うことになったんだよね。

    川口 そのときは掌底じゃなくてオープンフィンガーグローブになってて。いま修斗協会の副会長をやってる横山(忠志)さんが佐山さんに「外していいですか?」って話をして。OKが出て最後の2試合だけマスクなしでやるという流れになって。

    ――本当に実験ですね(笑)。

    川口 そうしたら次の試合の◯◯が顔面蒼白になって。まあ、急にそんな話になったからかもしれないけど(笑)。

    ――当時は顔面ありの格闘技ってなかったですよね。

    朝日 そんなん関係なく「やるしかない!」です(笑)。

    川口 たしかに他の人たちは「まあマスクなしでも別にいいよ」っていう話だったんですよ。

    朝日 この件に限らず、◯◯は常にビビってるんだけどね。

    ――あの頃の修斗をやるくらいの人間なのに、腹が座ってないって逆に興味あります!(笑)。

    朝日 いや、悪口を言うわけではなく事実として、アイツだけは違うと思いますよ(笑)。練習だって全然しないで遊んでばかりだし、試合をすれば腑抜けの内容で負けてばかりで理解できません(笑)。

    川口 ◯◯と試合をしたある選手が言うには「ヒザ十字が完全に極まる前にギブアップした」って言ってましたよ(笑)。

    ――ハハハハハハ! そんな人が地獄のシューティングをやってるって凄いですよ!(笑)。

    朝日 あの当時は選手層が薄いから、そんな人間でも残れちゃったんですよね。

    ――階級超えの試合もしょっちゅうありましたよね。

    川口 ボクは70キロ後半なんですけど、相手が90キロぐらいのときもありましたし。これだけ体重差があると打撃の威力が全然違いましたよ。あたりまえですけど。

    朝日  そこは時代だよね。時代で片付けちゃまずいのかもしれないけど、何もかも未知の荒野の世界。

    川口 実験と試行錯誤の繰り返しですよね。オープンフィンガーグローブなんかも何回も何回も作り直して。

    朝日 アンコの部分がクジラみたいな形で、指なんか全然出ないグローブもあったでよね。モコモコした中くらいのサイズの紙袋に手を入れてるような感じで。皆、同じ条件だからなかなか言えなかったけど、あの掴めないグローブは「なんだ、これは!!」と思ったよ、……(苦笑)。

    川口 ハハハハハハ。

    朝日 まるで掴めないから、極める・極めないどころの話ではない(笑)。俺は手がちっちゃいからグローブの中で手が完全に遊んでるし。どうしましょう?って(笑)。

    川口 なんであのグローブになったかといえば、その前は指がちゃんと出るオープンフィンガーグローブだったんですよ。でも、自分が指先に蹴りをもらって折れちゃったんですよね。それがじつは2回目のケガで、佐山先生も「指を隠すグローブじゃなきゃダメだ」となって。

    朝日 オープンフィンガーグローブは他にもサミングの問題が永遠にあったりするだろうけどね。

    川口 それで今度はアンコを厚くしたんだけど、グローブを作る技術がないから相手を掴めないやつになって(笑)。あのグローブだと、相手の身体にひっかける関節技はできるんですよね。ヒザ十字とか。

    朝日 けど、発想の転換で「このグローブだったら打撃を上達するしかない!」ってなって、あの頃そうした練習をたくさんしたことが役立ったけどね(笑)。

    川口 あのアンコの部分と、指の出るところを作るのが凄い難しいんですよね。

    朝日 あとになってある防具メーカーに相談したこともあるんだよね、俺が修斗のプロデューサー時代に。あの頃は、剣道の小手を作ってくれる人が作業に携わってくれたんだけど、まだ技術がないからアンコの部分が大きいものになったりして。当時はオープンフィンガーグローブの需要もなく商品化するわけでもないから、なかなか制作費もかけられなかったし。

    川口 いまはちゃんとしたオープンフィンガーグローブがどこの格闘技ジムにも置いてありますけどね。すばらしい時代ですよ(笑)。

    朝日 あの時代は練習用なんてシャレたものはなかったしね。オープンフィンガーグローブを着用したイメージでスパーして、あとはぶっつけ本番(笑)。