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2024年3月の記事 18件

【13万字・記事16本詰め合わせ】長井リングス退団、久保優太、齋藤彰俊、RIZIN出禁、不倫告白…

非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part121大好評記事16本13万字で700円!!(税込み) ◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉ part121◎いまはまだ詳しくは言えないが…何かが起こるRIZIN■笹原圭一1万字インタビュー◎鶴屋浩 ロマンと執念の「THE BLACKBELT JAPAN」 ◎キックボクサーのMMA転向とは何か■久保優太 ◎RIZIN「レンタル移籍騒動」とはなんだったのか?■ジャン斉藤の「よけいなニュース解説」 ◎なぜ島野浩太朗は引退式で“あのマイク”をしてしまったのか?◎イゴール・タナベの「上京物語」と「俺の家の話」 ◎死の淵からのMMA!! 野瀬翔平インタビュー ◎フォロワーもアンチもみんな毎日、朝倉未来と平本蓮の話をしてきた ◎佐山聡に鉄拳指導された当事者が語る「地獄のシューティング合宿」 ◎【リングス退団編】俺はそんなことを絶対に言っていない■長井満也 ◎2009年6月13日、三沢光晴さんのこと■齋藤彰俊◎ビンス・マクマホンのセクハラを拒否したレスラーに手渡された「報復の脚本」 ◎吉田実代 鹿児島のヤンキーがボクシング世界王者になるまで ◎武知海青ショック/ゼロワン内紛?■事情通Z ◎スターダムに離脱ダメージなし!?/女子プロレス性的写真問題■事情通Z ◎アポロ菅原 SWS鈴木みのる戦シュートマッチ全真相1万字インタビュー ◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉ 大会後恒例!RIZIN広報・笹原圭一さんのRIZIN佐賀大会総括11000字です!(聞き手/ジャン斉藤) ――笹原さんがRIZIN佐賀の会場で酔っ払って騒いでRIZIN出禁になったうえに、UFCにレンタル移籍されるって本当ですか? 笹原 いきなりすぎて意味がわからないですが、すべて事実無根ですよ! ――でも、桜新町にあった天龍(源一郎)さんのお寿司屋さん「鮨處 しま田」で泥酔したのは実話ですよね? 笹原 あっ、それはホントです! 天龍さん、あのときは申し訳ありませんでした……っていったい何の話ですか! ――RIZIN出禁だなんだで何か騒ぎになってますけど。 笹原 これはたまにあるんですけど「●●選手に挨拶したい」とか言って選手の控室に入ろうとするどうしようもない◯◯がいるんですよ!! ――笹原さん、いくらなんでもバカは言いすぎだから伏せ字にしておきます! 笹原 今回もそういうことをした人物がいたので、まぁ詳細を確認して、それが悪質と判断されればルールにのっとって粛々と処罰するだけです。 ――一昔前なら、そのあたりは緩かったですけど、いまのRIZINはバックステージの出入りは厳しくチェックしていますよね。 笹原 その騒動が噂になって「出禁だ!」みたいなことになっているみたいですけど、出禁にしても普通にチケットを買って来場できちゃうからあまり意味ないですよね。だからその騒ぎ、つまり「会いたい」と言われた選手にイエローカードが出ますね。 ――うわっ、選手側にペナエルティが課せられると。たとえば●●選手が判定で勝っても、「俺は●●の知り合いだ!」と騒ぎを起こした人物がいたら、後日その選手にイエローカードが発生して勝敗が覆ることも……。 笹原 もちろんです。加えてイエローが出れば罰金ですし、そういう騒ぎを起こすような人物が近くにいる選手を、今後我々が試合で使うかって話にもなるし。 ――選手に迷惑がかかるだけの行為だと。 笹原 そうです。これRIZINが厳しいとかじゃなくて、北米MMAなんてそれ以上に厳格ですよ。なにしろアスレチックコミッションは選手1人に対して1名インスペクターがついて見張ってますから。 ――というわけで選手、関係者の皆さん、ご注意ください……そろそろ本題ですが、2024年開幕戦となった佐賀大会は面白かったですね。メジャーイベントが開催されたことのない佐賀でこんなにお客さんが入るなんて。 笹原 ありがたいことに満員でした。今大会を開催するにあたって福岡のイベントプロモーターに相談したんですよ。「佐賀大会を盛り上げるためにテレビスポットを出そうと思うんですけど、どこに出したらいいですか?」って。そうしたら「福岡がよか!」と即答でした。 ――佐賀じゃなくて福岡で。 笹原 佐賀は福岡から1時間弱で行ける場所ですからね。 ――北海道大会も大盛況でしたけど、「RIZINが来る」ってだけでニュース性があるんだろうなと。昭和プロレスでいえば「元横綱・輪島がやって来る!」みたいなもんですかね(笑)。 笹原 ウチの場合だと「元柔道家・摩嶋がやって来る!」ですけど(笑)。いまって国内外の大物アーティストが、全国津々浦々までツアーに行くとかってあまりないじゃないですか。 ――場所によってはスルーされる地区は多いですね。 笹原 福岡には来るけど、佐賀には来ないことも当然多くて。さっきの福岡のプロモーターさんいわく、佐賀には本当にエンタメが来ないから、たまにB'zやユーミン(松任谷由実)とか一般的に有名なミュージシャンが来ると、佐賀県民の共通の記憶になると。なので同じようにRIZIN開催も佐賀県民からすれば「日本で一番有名な格闘技イベントが来た」という共通の記憶になりますよ……と言われてすっごく嬉しかったんです。 ――2・24はRIZINの日! 笹原 今回の佐賀のカードってPPVでいえば大晦日クラスの売り上げは当然難しいじゃないですか。そこはあたりまえなんですけど、こうやって佐賀でやることでRIZINというイベントが認知されると、どこかで大きなイベントをやったときにPPVを買うきかっけになると。新たな客層を掘り起こすことができるので、地方大会は定期的にやったほうがいいということなんです。これはABEMAの北野さんじゃない方に言われたのですんなり納得できましたけど(笑)。 ――北野さんの言葉は耳に入ってこないみたいな言い方ですよ!(笑)。でもMMAファンなら誰でも知ってるニュースでも、一歩外に出たら誰も知らなかったりしますよね。RIZIN佐賀の日に両国でボクシング世界戦をやってたこともあまり伝わってないですし。 笹原 日本全国にあまねく話題を振りまくのって簡単じゃないですが、それでも地方の大きな箱を使ってやれるMMAイベントはRIZINだけですし、おまけにタイミングがいいことに全国各地に使いがってのいい会場が次々に建てられている。今度長崎に長崎スタジアムシティという会場ができたんですけど、そこにはホテルや大学なんかも入ったりする複合施設なんですよ。 ――日本ハムファイターズの新本拠地エスコンフィールドHOKKAIDOもそんな感じですよね。 笹原 長崎スタジアムシティの関係者も今回の佐賀大会を視察されてたんですが、もしかしたらRIZIN長崎大会をやるかもしれないです。そこの会場はジャパネットたかたが出資しているので、RIZINの冠スポンサーについてもらえるなら即決ですよ!(笑)。 ――タカタRIZIN統括本部長の誕生ですか!(笑)。 笹原 高田明社長の甲高い声で「出てこいや!さらにさらに、このカードをつけちゃいます!」と叫んでもらいますよ! ――「会場使用料はジャパネットが負担!!」までいったら最高です! 快適な会場が全国各地に建てられているのはBリーグの活発な動きの影響ですね。 笹原 そうですね。沖縄アリーナもそうだったんですが、バスケの会場は格闘技とすごく親和性が高くて使いやすいんです。会場がすり鉢状になってますし、音楽向け会場の控室はすごいゴージャスな内装だけど、そこまで広くなくて、部屋数も多くない。でもバスケ向けの会場は多人数用の大きな控室がちゃんとあるんですよね。 ――格闘家がウォーミングアップしやすいわけですね。 笹原 対戦する選手同士を同じ控室にはできないので、どうしても赤と青を分ける必要がありますし。たとえば有明アリーナも東京オリンピックでバレーをやるために作られた会場なので、敵味方に分けたい格闘技イベントとしてはすごく使いやすいですよね。施設によっては相手陣営との控室が近くなってしまう場合もありますから。 ――有明アリーナだと、犬猿の仲のピットブル兄弟とクレベル・コイケを切り離せることができると(笑)。 笹原 昔はスポーツ向けの会場でもバックヤードが使いづらかったりしたんですけど、いまは東京ドームなんかも改装してすごく使いやすくなってますし。 ――プロ野球球場のバックヤードもいまは高級感ありますよね。 笹原 今度お台場や千葉にもバスケ向けの会場ができるみたいですし。あと東京ドームや後楽園ホールが築地に移転するみたいな話もありますけど、いまはドームってどのジャンルも平日開催を狙っているみたいなんですよ。土日はずいぶん前から埋まっているけど、平日だと会場費や人件費も安い。テイラー・スウィフトも最終日以外は平日の4日連続開催。昔だったら東京ドームの次は大阪ドーム、名古屋ドーム……だったのが東京ドーム平日4日間のほうが確実に儲かるし、移動だなんだで面倒くさくないってことですよね。 ――……妙に最近の東京ドーム事情に詳しいですよ!(笑)。大好評記事16本13万字の詰め合わせセットはまだまだ続く…   

【13万字・記事16本詰め合わせ】長井リングス退団、久保優太、齋藤彰俊、RIZIN出禁、不倫告白…

【プレイバック】アポロ菅原 SWS鈴木みのる戦シュートマッチ全真相1万字インタビュー

国際プロレス、全日本プロレス、パイオニア戦志、SWS……昭和から平成にかけて様々なプロレス団体を渡り歩いてきたアポロ菅原インタビュー。SWS鈴木みのる戦シュートマッチ全真相を1万字で語り尽くします!(聞き手/ジャン斉藤)【1記事から購入できるバックナンバー】・元・娘婿サイモン・ケリーが語るアントニオ猪木「倍賞美津子さんのサプライズは……」 ・【月刊FANZA編集長】プロレスとアダルトビデオ■松澤チョロの脱線プロレス ・リングスジャパンは仲が悪かったのか?■長井満也 ・中嶋勝彦を見よう/「プロレスの仕組み」論■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」 ――今回は菅原さんがメガネスーパーのプロレス団体SWSに入団してからのお話を聞かせていただきます。菅原さんがコーチをしていた北尾(光司)さんを通じて天龍(源一郎)さんから入団の許可を得たそうですが、面接なんかはあったんですか? 菅原 ええと、ありません(笑)。SWSの道場があった新横浜で若松(市政)さんと「キミ、来てくれるんだってね?」という話をしたことはあります。 ――若松さんはSWS設立における中心人物。給料の話もされたんですか? 菅原 給料は話はしたのかなあ。したような記憶もありますね。 ――当時のSWS には唸るほど資金があって、破格の契約金をもらった選手もいれば、もらわなかった選手もいたじゃないですか。  菅原 契約金はボクはもらわなかったです。やっぱりそれは早い者勝ちじゃないですか(笑)。 ――菅原さんの入団はだいぶ遅かったですもんねぇ。 菅原 まあ、そうですね。契約金をポーンともらった人も多かったと思いますよ。  ――ギャラは国際プロレスや全日本プロレス、新日本プロレス時代と比べてどうだったんですか? 菅原 金額的には満足なものでしたね。SWSが一番よかったぐらいです。 ――新日本をやめてよかった、じゃないですけど。 菅原 うーん、お金だけを比べると、そうかもしれませんけど。そこは金じゃないんですよ。 ――SWSは“金権プロレス”と『週刊プロレス』がネガティブキャンペーンを張ってたじゃないですか。『週刊プロレス』の記者もじつはSWSからお金をもらっていたのに。ああいう報道はどう思われていたんですか? 菅原  どう思っていたんだろうなあ。いまだったら企業がプロレス団体を持つのはあたりまえになってきてますよね。でも、当時は馬場さん・猪木さんというかたちがあったから、企業が業界に入ってくるということに対してのアレルギーなんかがあったんじゃないですかね。 ――プロレスをわかってないヨソ者が何かやろうとしてるみたいな。 菅原 そうですよね。でも、資本を投入してくれることはありがたいことですし、それがメガネスーパーだったわけですからね。俺のところに挨拶に来なかったから気に食わないじゃなくて、プロレス全体のことを考えればよかったんじゃないですかね。  ――メガネスーパーが参入することに反対するレスラーなんてひとりもいなかったわけですからね。 菅原 そうですよね。歓迎する人は多かったんじゃないでしょうか。 ――やっぱりプロとして高い給料を払ってくれることに越したことないですもんね。 菅原 プロの評価はやっぱりお金だと思ってるんですよ。そこに義理や人情がついてくれれば最高なんでしょうけど、なかなかそうはいかないので。「お金で動いた」と言われれば、みんなそれはそうですけど。お金で動くのは、あたりまえだと思ってますよ。 ――当時はプロ野球史上初の1億円プレイヤーとなった落合博満が異分子扱いされたり、お金で動くことへの嫌悪感ってありましたからね。 菅原 あの当時の日本はまだ堅物なところがあってね、いまだったら、あたりまえになってるんじゃないですか。 ――そのSWSって部屋別制度だったじゃないですか。天龍さんの「レボリューション」、若松さんの「道場・激」、高野兄弟の「パライストラ」。菅原さんはどこにも所属せずにフリーでしたけど、これはどういうことなんですか。  菅原 べつに理由はなくて。 本音で言えばね、横綱(北尾)がね、どこかの部屋に入るとは思ってなかったんですよ。最終的に天龍さんのとこに入りましたよね、レボリューションに。そのときにちょっとだけガッカリしたんですよ。あの中のフリーとしてやってほしかったなあという気持ちがありまして。 ――SWSの中でフリーでやっていくことって居心地は悪くないんですかね? 菅原 いや、快適ですよ。フリーだから誰とでも試合はできるだろうしね。 ――ああ、どの部屋の選手とも試合ができるわけですね。 菅原 フリーは自分と新倉(史裕)さんだけだったからね。そこに横綱が来てくれるんだったら面白くなるんじゃないかなと思ってたんですよ。 ・SWSの派閥争い ・鈴木みのる戦直前、田中八郎との会話 ・UWFは真剣勝負なのか ・「カブキさん、ナマでやらせてくださいよ」 ・指折りと前蹴り ・どうやって終わればいいのか ・プロレスと情報公開……まだまだ続く この続きと長井リングス退団、久保優太、齋藤彰俊、RIZIN出禁、不倫告白…などの3月バックナンバー記事が700円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事16本」の詰め合わせセットはコチラhttps://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2192401この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!1記事200円から購入できます!  

【プレイバック】アポロ菅原 SWS鈴木みのる戦シュートマッチ全真相1万字インタビュー

鶴屋浩 ロマンと執念の「THE BLACKBELT JAPAN」

パスエストラ千葉ネットワークあらため「THE BLACKBELT JAPAN」に名称変更!日本最大の格闘技集団の総帥・鶴屋浩代表に話を伺いました!(聞き手/ジャン斉藤)【1記事から購入できるバックナンバー】・レスリングエリートをMMAファイターに育てる方法■宮田和幸インタビュー ・日本レスリング&MMAの功労者・木口宣昭先生を語ろう■朝日昇 ・ズンドコから見た我らが英雄アントニオ猪木 ・【ヤバイだろ】梅野源治「職人のままで終わりたくなかった」 ――「THEパラエストラ千葉ネットワーク」あらため「THE BLACKBELT JAPAN」、めちゃくちゃかっこいいチーム名です! 鶴屋 ホントですか? そう言っていただいて本当に嬉しいですよ。 ――海外のチームが付けそうな和風テイストなものが逆輸入された感があって最高です! 鶴屋 ジャンさんはプロレス方面も詳しいからそのへんわかってくれますよね。まあ映画の『ベスト・キッド』の世界ですよね(笑)。 ――コブラ会とか!実際に 三島☆ド根性ノ助が大阪で主宰しているんですけどね(笑)。 鶴屋 記者会見で発表しながらも「これでいいのかな……」とずっと悩んでたので嬉しいですよ。じつは二転三転したんですよね。「ユニバーサルMMA」という名前も候補にあったんですけど、ユニバーサルというネーミングが他でもよく使われているから商標方面が……。 ――ユニバーサル・スタジオ、ユニバーサル・ミュージックとか。 鶴屋 何かあったら困るなと。「ユニバース」という名前も考えたんですけど、岩手にユニバースというスーパーがあるみたいなんですよね。岩手出身の扇久保(博正)いわく、めちゃくちゃ有名らしくて「ユニバースはスーパーの名前だからイヤです」と(笑)。 ――オギちゃんの反対でユニバースは却下! 鶴屋 ずっと悩んで「THE BLACKBELT JAPAN」に決めました。 ――「THE BLACKBELT JAPAN」は最高だから、岩手にそんなスーパーがあってよかったですよ!(笑)。 鶴屋 「THE」は抜いて「BLACKBELT JAPAN」でよかったんですけど、松根(良太)がどうしても「THE」を入れてくれと。 ――松根さんが拘っている「TURUYA HIROSHI ENTERTAINMENT」の「THE」ですね。 鶴屋 呼び方はBLACKBELTでもいいし、なんとなく略されて呼ばれるんじゃないかと思いますね。 ――パラエストラからの独立を発表したときは、中井祐樹先生の他人に干渉しない人柄を知らない層からは「ケンカ別れか」みたいな憶測が流れましたよね。 鶴屋 ありましたね(笑)。まったくそんなことはなくて。この前もウチで中井先生にセミナーをやってもらったあとに夜中まで飲みました。独立しても師弟関係は絶対に変わらないです。 ――そもそも鶴屋さんはパラエストラ所属じゃなかったけど、ジムを出すときに中井先生に相談したらパラエストラという名前を使ってもいいと。中井祐樹とパラエストラというブランドを利用していいってことだったわけですね。 鶴屋 そうなんですよね。ボクがジムを出したのは1999年なんですけど、当時は総合格闘技ジムはあまりなかったじゃないですか。ボクもまだ若かったし、格闘技界にそんなに友達はいなかったんで、中井先生に相談したんです。それから24年間パラエストラとしてやってこれたことには感謝しかないですね。 ――パラエストラを名乗ってはいたけど経営的には分離されていたわけで、いまのかたちでやっていくことも可能だったわけですけど、ここにきて独立したのはどんな理由があったんですか? 鶴屋 まず5年前くらいから私の名前で挑戦したいという気持ちがありました。あとは世界の強豪選手を倒していくには勢いもほしかったんで、ウチの息子(鶴屋怜)のUFCが決まったし、平良達郎と2人のUFCファイターがいることは大きいですよね。目標はUFCのベルトですけど、ここまでボクらのやってきたことは間違いじゃない。その勢いに乗って、みんなでもう1回気持ち入れ直して前に進むぞ、と。 ――仕切り直す絶好のタイミングだったんですね。 鶴屋 そうですね。ジムのありかたでいえば、ジャパン・トップチーム(以下JTT)の試みはすごくいいことだし、他のチームも動かなきゃいけないと思うんですよね。そうしないと日本はどんどん世界に取り残されてしまう。みんなが頑張ることで日本のMMA界のレベルは上がっていくと思ってます。 ――鶴屋さんは90年代から格闘技ジムをやられてますけど、格闘技ジム自体が次のステージにジャンプする必要があると。 鶴屋 そうですね。昔はそんなに飛び抜けて強いチームってなかったし、いまはほとんどのジムがフィットネス化されてるじゃないですか。東京でもトップでやっていけるところってそんなにないですよね。UFCチャンピオンや、世界と戦える選手を作ろうとしているのは何チームかですよ。フィットネス化してジムを広げて、そこから格闘技に興味のある人が増えてくるのもいいし、どっちがいい・悪いではないんですけど、選手を育てていくのは大変です。でも、数少ないジムだけで本当にアメリカや中国、世界に勝てるのか?そのためには環境が大切だと思うんです。それはジムの広さだったり、トレーナーが必要だったり、1つずつ挙げていけばもうキリがないんですけども、そのためにはお金がかかる。そのへんは簡単にできないことなんですけどね。 ――「THE BLACKBELT JAPAN」は柏・松戸・千葉・沖縄にジムがあるわけですけど、プロ選手は何人くらいいるんですか? 鶴屋 いま試合に出てないプロも含めて数えたんですよ。一応55人くらいで、試合をやってるのは30~40人くらいですね。 ――日本最大! 鶴屋 だから1つの団体に絞るのは無理なんですよ。昔は修斗しか出てなかったけど、それだと絶対に選手が被っちゃうから、DEEPやパンクラス、ネクサスにも出ていますし。 ――他にプロ候補生もいるわけですよね 鶴屋 そこまで含めると相当な数がいますね。だから柏だと2階の練習スペースから人が溢れすぎちゃって、2階は試合が近い選手を優先して、その他は1階でやってもらうこともありますね。 ――その柏の2階にしても、かなり広いですよね。 鶴屋 沖縄も今度は100坪のジムになるのかな。いままで狭かったんですけど、松根が頑張って広い物件を契約したみたいですよ。ケージも入れるって言ってました。 ――松根さんのところは取材したことありますけど、そんなに広くなかったですね。 鶴屋 そこから平良達郎という選手を育てて、新しく100坪のジムを作っちゃう松根はすごい。都内じゃ絶対に無理じゃないですか。やっぱり選手を育てるにはまず環境ですよね。ラスベガスと上海のUFC PIを見たときにボクは「こんなところで練習する選手に勝つにはどうすればいいのか」と感じました。だって上海のUFC PIは中国の優秀な人材を集めて寝泊りさせて、毎日何部練もしてるわけじゃないですか。実際今回のRoad toUFCの決勝戦は中国人ばかりで、すでに結果に表れてますよね。 ――RTUで中国人を優遇する理由が見えますよね。対抗するためには組織作りからやらなきゃならない。沖縄の松根さんとは師弟関係にありますが、一緒にやっていくことは想定されていたんですか? 鶴屋 いや、初めは1人でやっていこうと思ってたんですけども、松根が「鶴屋さんが離脱してやるのであれば、ついてきます」って言ってくれたんで。ボクも独立はずっと悩んでたんだけど、松根が最後の一押ししてくれたって感じで、そこは感謝ですね。松根は最高の指導者です。格闘技を何もやってなかった平良達郎をUFCのランカーまで育てたわけですからね。 ――沖縄とも連携しながらやっていくと。 鶴屋 黒澤亮平が沖縄で1週間合宿をやったりとか、その逆のパターンもありますね。沖縄の選手がこっちで合宿をやる。そういうかたちで連携してやっていきます。 ――UFC PIは巨大施設ですけど、やっぱり広さは重要なんですね。 鶴屋 狭い場所だとそれだけの動きしかできないし、他の選手もいたらおもいきった動きもできないじゃないですか。家賃がかかる東京で大きいジムを作るのは難しい。だからJTTのような広いところは素晴らしいと思うし、ウチくらいの大きさは必要だと思うし。ケージはなくてもいいのかな。ケージってけっこうケガしやすいんですよね。小指が引っかかったり、身体が押しつけられるとダメージが溜まるんですよ。 ――ケージで削られちゃうわけですね。 鶴屋 やっぱりケージでガンガンぶつかったら痛いですもんね。たまに練習するのはいいんですけど、基本的に壁レスができればいい。ウチの2階はおもいっきり壁レスができるんですけど、壁レスが全然できない道場とかもあるんですよね。 ――えっ、そんなところが。 鶴屋 ボクは道場マニアでもあるんですけど、壁を補強してなかったり、壁が窓しかなかったり。壁レスができないと強くならないですよね。 ――先ほど触れてましたけど、平良達郎がランカー入りして、息子さんがUFC契約したのはTHE BLACKBELT JAPANの発進としてはホントに最高のタイミングですね 鶴屋 怜はウチから初めてのUFCファイターなんですよ。ONEで内藤のび太がチャンピオンになって、修斗、DEEP、パンクラスのチャンピオンも出してるんですけども。UFCだけファイターを出してなかったんです。それがボクの中にずっと引っかかってたんですよね。ウチの息子がUFCとできたことは本当に嬉しいですね。 ――怜選手はRTU準決勝前にケガをしたこと以外はノーミスで契約できたというか、理想どおりの育成だったんですか? 鶴屋 いやあ、いろいろありましたよ(苦笑)。UFCまでたどり着いたけど、二転三転いろいろあって。ましてや息子だってことで、そこはいい面と悪い面があるから。 ――答えづらいかもしれませんが、悪い面はなんですか?・鶴屋怜は堀口恭司、パントージャとどれくらいできるのか ・対世界を考えれば朝倉海選手と平良達郎が練習してもいい ・エリート太田忍から、素人の内藤のび太まで ・大学のレスリング部や空手部の子をスカウト? ・いちばんの才能は「練習を続ける」こと ・マネジメント料はゼロ? ……まだまだ続く この続きと長井リングス退団、久保優太、齋藤彰俊、RIZIN出禁、不倫告白…などの3月バックナンバー記事が700円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事16本」の詰め合わせセットはコチラhttps://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2192401この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!1記事200円から購入できます!  

鶴屋浩 ロマンと執念の「THE BLACKBELT JAPAN」

スターダムに離脱ダメージなし!?/女子プロレス性的写真問題■事情通Z

プロレス格闘技業界のあらゆる情報に精通する事情通Zのコーナー。今回のテーマはスターダムに離脱者ダメージなし!?/女子プロレス性的写真問題などです!【1記事から購入できるバックナンバー】・スターダムは分裂するのか■事情通Zの「プロレス 点と線」 ・全日本プロレスで何が起きているのか■事情通Zの「プロレス 点と線」 ・中嶋勝彦を見よう/「プロレスの仕組み」論■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」・冬木弘道は「俺はやっぱり死ぬんだな」とニヤリと笑った…■小佐野景浩のプロレス歴史発見 ――ロッシー小川新団体に参加すると見込まれるスターダムの離脱者が明るみになったわけですが、5名という人数にはどんな感想がありますか? 事情通Z 「まあ、これぐらいだろうな」っていう感じだよね。ロッシー小川さんが途中解雇されず契約満了までスターダムに残っていたら、もうちょっと増えていたと思うんだよ。 ――ロッシーさんは今春退団予定ではあったけど、「多数のスターダム所属選手・スタッフに対する引き抜き行為があった」ことで電撃解雇されましたね。 Z スターダムが早めに対策を講じたことで5人で収まったところはある。スターダムとしても、移籍するか迷っている選手とコミュニケーションを取る時間が増えた。ロッシーさんのほうはまだ旗揚げもしてないわけだから、選手からすれば海の物とも山の物ともわからない団体に飛ぶこむのは勇気がいる。話をするにつれて「スターダムに残ったほうがいいのかな」って残留に傾いたんじゃないかな。 ――岡田社長が渡米してAEWオーナーのトニー・カーンとシェイクハンドした姿を公にしたのは、あきらかにロッシー対策の一環ですよね。 Z ロッシーさんの後ろ盾はWWEではないかという噂がある中、海外志向の選手にはAEWとの接近は魅力的に映ったかもしれない。実際にスターダムとAEWは、なんの発表もしてないんだけど(笑)。<まだまだ続く>この続きと長井リングス退団、久保優太、齋藤彰俊、RIZIN出禁、不倫告白…などの3月バックナンバー記事が700円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事16本」の詰め合わせセットはコチラhttps://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2192401この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!1記事200円から購入できます!  

スターダムに離脱ダメージなし!?/女子プロレス性的写真問題■事情通Z

フォロワーもアンチもみんな毎日、朝倉未来と平本蓮の話をしてきた

ジャン斉藤が語る朝倉未来vs平本蓮について(ニコ生配信したものを再編集した記事です)【1記事から購入できるバックナンバー】・ベラトール全面対抗戦実現の舞台裏■RIZIN海外事業部・柏木信吾 ・ABEMAvsU-NEXT、スターダム岡田社長に言いたいこと■ジャン斉藤 ・【大人のMMAトーク】日本格闘技界がよくわかる15000字■DEEP代表・佐伯繁 ・北尾光司vsジョン・テンタがシュートマッチになった理由/アポロ菅原 朝倉未来vs平本蓮の記者会見の現場には行けなかったんですけど、我らが橋本宗洋さんが「RIZIN会見。今日も俺や五十嵐さんがした質問で記事を書く連中が多数ってわけでしょ」とまたまた吠えてまして。橋本さんの「質問する俺をもっと評価してくれ!」という感じの無駄に熱すぎるアピールはホント最高なんですけど、正直、埋め草的な質問しかしてないんじゃないかなー。そもそも記者会見って深い話ができるほど時間的余裕はないですし、どうしても儀式的な質問になりやすい。だからボクは比較的余裕がある囲みでギリギリなことを聞いて、その場でツイートするスタイルで。今回の会見にもし行っていたら「朝倉未来vs平本蓮のファイトマネーはいかほどでしょうか?」「PPVボーナスはあるのか」とか下世話なことを聞いてましたよ。そこはみんな知りたいはず! 記者会見の囲みといえば榊原さんの引退発言が話題になってましたよね。「榊原CEO引退示唆、朝倉未来を後継者に指名か」と。記事だけ読むとタイムリミットが迫っている印象を受けたと思うんですよ。<まだまだ続く> この続きと長井リングス退団、久保優太、齋藤彰俊、RIZIN出禁、不倫告白…などの3月バックナンバー記事が700円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事16本」の詰め合わせセットはコチラhttps://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2192401この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!1記事200円から購入できます!  

フォロワーもアンチもみんな毎日、朝倉未来と平本蓮の話をしてきた

【プレイバック】佐山聡に鉄拳指導された当事者が語る「地獄のシューティング合宿」

★2019年1月にDropkickメルマガで掲載された記事を再録します格闘技ファンなら一度は目にしたことがあるはずの「地獄のシューティング合宿」動画……シューティング創始者の佐山聡に「殺すぞっ!!」と喝を入れられた当事者の阿部勇司さんが取材を受けてくれました! 地獄のシューティング合宿で何が起きていたのか?(聞き手/ジャン斉藤) 【1記事から購入できるバックナンバー】・朝日昇「修斗を伝承した人間はみんな外に出ていったんですよ」 ・消された「2010年12月23日」――修斗に何が起きたのか/朝日昇インタビュー ・リングスジャパンは仲が悪かったのか?■長井満也 ・磯部師範がニコニコ語るクレベル・コイケの恐ろしさ ――佐山聡先生の「本気で蹴ってみ?」動画の当事者に取材できるとは思いませんでした! 阿部 じつはあの動画の存在を知ったのは2〜3年前のことなんです。いまはホワイトボックスという主に医療機関の経営を支援するコンサルタント会社で働いているんですが、シューティングをやめてから格闘技をそこまでチェックしてなかったんですけど、ボクの知り合いが「これ、オマエじゃないの?」と。 ――ああ、そうだったんですか。あの動画は昔から超有名なんですよね(笑)。 阿部 そうみたいですね。先日斉藤さんがツイートであの動画を触れられていたので、おもいきって名乗り出てみたんですけどね(笑)。 ――ありがたいです! 阿部さんはいま何歳なんですか? 阿部 いま46歳ですね。シューティングをやっていたのは19歳のときですから、26年前の話になっちゃいますよね。 ――どういう経緯でシューティングを始めたんですか? 阿部 もともと高校でレスリングをやってたんですよ。横浜高校のレスリング部なんですけど。 ――おお、横浜高校レスリング部といえば由緒正しいですね! 阿部 鈴木みのるさんの4つ下で、宇野(薫)くんの3つ上。学校は違いますけど、同期でいえば山宮(恵一郎)ですね。 ――パンクラスで活躍された山宮さんですね。当時の横浜高校って評判が悪いというか……(笑)。 阿部 面白かったですよね(笑)。ボクらの代は平和でしたけど、鈴木さんの頃は全盛期で。いまはレスリング部はなくなってますけど。なぜレスリングをやったかといえば、もともとウチの父親がボクシングをやっていて、後楽園ホールにボクシングを見に行ったりしてたんですよね。でも、中学のときにプロレスを見て高校ではレスリング部に入ろうと。慣れておくために木口道場に通ったんですよ。 ――あの当時の木口道場ってヤバくないですか?(笑)。 阿部 まあ中学生だったので、そこまで危ないことをさせられませんでしたけど(笑)。朝日昇さんがいましたね。その後は「奇人」と呼ばれてましたけど、普通の方でした。週1回、三軒茶屋のスーパータイガージムにも行くようになったんですよ。 ――シューティングの色が濃い中学生ですね! 阿部 そのときは中村(頼永)さんや北原(光騎)さん、平直行さんがインストラクターではなかったですね。横浜高校に入ったときが鈴木さんが新日本プロレスでデビューするときで。ボクもプロになりたかったんですけど、身長がそこまで伸びなくて。当時はプロの格闘家といえばボクシングしかなかったので、どうしようかなってときにシューティングがプロ化されたので「これだ!」と。大学進学は考えてなくて、1日も早くシューティングをやりたいなと。ホントは高校も行きたくなかったくらいなんですよ、当時は(笑)。 ――ハハハハハハ! ずいぶんおもいきりましたね(笑)。 阿部 それで成田の関島(康人)さんのところで練習することになりまして。 ――関島さんといえば、修斗初のチャンピオン(ミドル級)ですよね。いわば総合格闘技史上初の王者で、関島さんが戴冠したときは佐山先生が「これが真剣勝負のチャンピオンです!」と涙したという伝説のシューター。 阿部 関島さんは人間的にも凄かったというか、成熟されてましたよね。当時まだ25、26歳だったと思うんですけど。 ――それにしても練習場所はどうして成田だったんですか?<まだまだ続く> この続きと長井リングス退団、久保優太、齋藤彰俊、RIZIN出禁、不倫告白…などの3月バックナンバー記事が700円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事16本」の詰め合わせセットはコチラhttps://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2192401この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!1記事200円から購入できます!  

【プレイバック】佐山聡に鉄拳指導された当事者が語る「地獄のシューティング合宿」

なぜ島野浩太朗は引退式で“あのマイク”をしてしまったのか?

前代未聞の引退挨拶だった。2月24日、Krush後楽園ホール大会。第7代Krushスーパーフェザー級王者・島野浩太朗の引退セレモニーが行われたが、その挨拶の中で島野は自らの浮気を突然告白。島野の節目に駆けつけていた家族に謝罪したのだ。以下、その衝撃マイクの一部抜粋である。 「島野浩太朗です。Krush後楽園ホール、2011年にデビューさせていただき、もっと前から夢を感じてここで勝負したい、どうしてもここで生きていきたいと思って始まったリングでした。そのリングで13年間選手生活を過ごさせていただき、こうして引退セレモニーまでリングでやらせていただいたこと、本当に幸せ者だと思います。ありがとうございます。今日、私がリングに選手として立つのは最後の機会になると思いますので、私の中で特別な人に思いを伝える機会をいただければ、と思います。<省略>次に家族に思いを伝えさせてください。彼女はボクの妻です。これまで私が現役生活を過ごす中で、仕事生活、家事、育児、全部支えてくれました。自分の楽しいことは全部犠牲にして、私の夢を支えてくれました。でも最後の最後、ボクは人として、男として最低なことをしてしまいました。浮気、不倫はよくない。ボクは最低だと思います。あなたが苦労してきたこの期間、あなたの家族、支えてくれてた方々、みんなを裏切る行為だったかもしれません。本当にごめんなさい。すいません。そしてこの一件があり、オマエとは絶縁だと、そう言って今日も会場に来てもらえなかった、40年間家族のために遊びも一切せず、バカ息子を支えてくれたお父さん、私を支えてくれたお母さん、本当にごめんなさい<省略>今日、ボクがこの話をさせていただいたリングはKrushのリングです。古い自分ダメな自分はすべて壊して新しい自分に生まれ変わって。これからは世のため人のため、いや、まずは家族のため、しっかりと生きていける人間、1人の男になっていきたいと思いますので、どうぞ厳しいご指導、応援いただけましたら幸いです。長いあいだ本当にありがとうございました!!」 突然の告白にざわつく会場。このマイクの前に島野は、奥さんや2人の子供とともに何事もなくリング上で記念撮影に収まっていたのだから混乱はなおさらだ。その島野の奥さんは何一つ表情を変えずに聞き入っていたが、公の場でけじめを付けたにしては重すぎる。第2の人生を歩もうとする島野にあえて浮気を明るみにしたその真意を聞いた(聞き手/ジャン斉藤) ――島野さんのマイクは本当にびっくりしました! 引退セレモニーの最中に浮気を謝罪するなんて聞いたことがないので。 島野 ……あの場所で明かすことは正直、自分の中でも葛藤する部分がものすごく、ものすごくありました。一番はKrushのリングって誰でも上がれるリングじゃない。ボクをずっと支えてきてくれた菅原会長にもずっと言われていたことですけど、特別な場所だったし、これからもそうであってほしいし、いろんな偉大な先輩方が人生を削って作られてきた現場じゃないですか。そこで私個人の失態をマイクで言うってことは汚すことになる可能性もあるし、いままで作り上げてきた先輩たちの価値を傷つけることになったら「じゃあオマエはその責任を取れるのか?」って言われたときに、いまの自分の力では到底、及ばないから、すごく迷ったんですけど……もう言った以上は仕方ないというわけじゃないですけど、こうして引退セレモニーをやっていただいた以上は自分の責任だと思うので、認めてもらうとまでは言わないんですけど……。 ――SNSの反響はご覧になってますか? 島野 見てないです。まだ受け止められる自分が用意できてなくて。周りからはいろいろと言われてます。「すごいことになっているよ」とか「ファンゼロだよ」とか。そりゃそうですよね、と思います。 ――このマイクをすることをKrushプロデューサーの宮田(充)さんには事前に伝えていたんですか? 島野 いや、伝えてはいなかったですね。 ――この直前、奥さんやお子さんとリング上で記念撮影されてました。このマイクをすることを伝えたとき奥さんはどういう反応だったんですか? 島野 ……伝えたときですか? ――奥さんの了承を得るわけですね。 島野 了承?……うーん、はっきりと「今日、これ言うよ」というわけではなかったですね。 ――えっ、奥さんにも伝えてはいなかったんですか……。 島野 はい。 ――奥さんの反応を見ると、ものすごく自然だったので、事前に確認していたと見てたんですが……奥さんは「もしかしたら言うんじゃないか」と察していたんですかね。 島野 その頭は絶対にあったと思います。 ――セレモニー終了後、奥さんと会ったときにこの話題は出たんですか? 島野 一度もなかったですね。 ――島野さんから話題にすることはなかったし、奥さんからも何も言われなかったと。 島野 ボクのほうからはちょっと出せなかったですね。 ――とにかく事前合意がないままマイクしたわけですね。 島野 はい。 ――それなのに告白したのは、島野さんからすれば、浮気のけじめをつけたいところがあったんですか? 島野 それもありますけど……そうなんですけど、その日を迎えるまでに妻のほうが納得してもらえる一番のかたちが、あのリングのマイクだったのではないかなと。 ――ええと、それは……つまり、あのマイクがやるまでは、この問題の解決はされてなかった、ということなんですかね? 島野 そうですね。 ――このマイクを持ってお許しというか……。 島野 うーん、もうお許しはないんじゃないですかね。 ――なるほど……。 立ち上がり早々不穏な雰囲気が漂う島野浩太朗インタビュー。筆者としては「取材を受けるということは、いろいろあったとはいえ問題は解決したから」という前提で臨んだが……ぬかるみに足を取られて一歩も前に進めないような出だしとなった。家族関係の修復が果たされていないのに公の場でマイクをしたこと、そしてこの取材を受けることを「いいか、悪いか」でいえば、断然後者の反応を示す方が多いことだろう。しかし、人間は倫理だけではなく感情で動く生き物でもある。周囲からすれば、そこに意味が見えなくとも本人には答えがある場合がある(それが正しいかはともかくだ)。こうした衝動にかられてしまった島野には何が見えているのか。引き続き話を聞くことにした。 ――どこまで載せられるかは現時点で判断はつかないですが、とりあえず取材を続けさせてください。 島野 はい。 ――まず浮気が発覚したのはいつ頃なんでしょうか。 島野 数ヵ月前ですね。 ――どのようなかたちで奥さんに伝わったんですか? 島野 スマートフォンからですね。ボクは履歴なんかを消すことは一切なかったんで。<まだまだ続く>この続きと長井リングス退団、久保優太、齋藤彰俊、RIZIN出禁、不倫告白…などの3月バックナンバー記事が700円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事16本」の詰め合わせセットはコチラhttps://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2192401この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!1記事200円から購入できます!  

なぜ島野浩太朗は引退式で“あのマイク”をしてしまったのか?

キックボクサーのMMA転向とは何か■久保優太【キャリア2年半・3勝1敗】

RIZIN神戸で高橋遼伍と対戦する久保優太インタビュー! キックボクサーのMMA転向とは何か(聞き手/ジャン斉藤)【1記事から購入できるバックナンバー】・笹原圭一の「泣いて、笑って大晦日RIZIN」を語ろう【17000字!!】 ・大晦日プロデビュー!! 「美しきドブネズミの伴走者」平本丈インタビュー ・【年の差24歳婚】北岡悟 「格闘家と結婚」インタビュー ・【UFCと契約】鶴屋怜の可能性が恐ろしいよ! ――キックボクサーのMMA転向が相次いでいるんですけども、久保選手にご自身の経験を含めて、その難しさを語っていただきたいと思ってます! 久保 よろしくお願いします。 ――まず久保選手は3月のRIZIN神戸大会で高橋遼伍戦が決定してます。記者会見でもおっしゃってましたけども、周囲からはこの試合を受けることに反対の声が多かったんですよね。 久保 そうですね。正直、実績や実力的なものも含めてまだ高橋選手に挑戦するのは早いんじゃないか?と。せっかくこうやって勝ち星を重ねている中で、勝つパーセンテージがかなり低い選手と試合をすることに「実力差あるけど大丈夫?」みたいな。 ――反対をありながら、久保選手がオファーを受けた理由はなんですか? 久保 せっかくキックからMMAに挑戦してきたからにはトップを取りたいじゃないですか。自分はRIZINでチャンピオンになる夢を持ってるんですよね。高橋選手との試合はその目標実現のためのチャンスだなと思って。 ――勝てば上に行けるチャンスだってことですね。 久保 あとは自分はいま36歳で、いつまでこのベストの状態を保てるかはわからないし、肉体的にもピークの時期に試合ができないのはもったいないというか。MMAファイターとしてはまだまだ未完成だとは思うんですけど、それを理由に断ってしまったらチャンスを逃すことになるんじゃないかと思いまして。たしかに現時点で勝率は……勝つ自信は半々ぐらいになってるのかな? 試合当日は7-3、6-4ぐらいまで持っていくことが自分の目標です。 ――久保選手はなかなか本音を明かさないところがあるので、そうは言いつつも自信はしっかりあるんじゃないかなと思ったりするんですけど(笑)。 久保 いやいや!(笑)。現時点でそこまでの自信はないですね。前回、木下カラテ選手とやったときは「久保優太が天才だっていうところを見せます!」とかポジティブなことをいろいろ言えたんですけど。高橋選手の試合映像を見て、そのテンションには正直なれなかった。 ――強敵だと。 久保 やっぱり打撃もできますし、組みがうまい。なんでもできるオールラウンダーというか。いまのMMAは、なんでもできなきゃ世界の舞台で戦うことはできないんですけど。そういったレベルの選手に挑戦できることはありがたいことでもありますね。 ――自分の実力が測れる相手ということですよね。 久保 そうですね。ここをクリアしないとRIZINのチャンピオンという目標実現から遠のいてしまうので、乗り越えなきゃいけない試合だと思って受けたつもりではあります。 ――記者会見で高橋選手は「オープンフィンガーグローブでやるとそんなに打撃の差はない」と言ってたじゃないですか。打撃の天才と称される久保選手といえども、MMAになると打撃はまた違ってくるということですか? 久保 やっぱり違いますし、良い部分と悪い部分があります。まず悪い部分から挙げさせてもらうと、K-1やキックボクシングでやっていた打撃が10だとすると、MMAではやれることが半分くらいになっちゃうのが自分の実体験としてあります。たとえばキックで有効となる複雑な伏線を張ってのフェイントだったりは、MMAだと打撃以外にも気をつけなきゃいけない幅が増えるから、そこまでやる意味がない。 ――組みが混ざるわけですもんね。 久保 だからキックボクシングで10使えた技が5くらいに制限されちゃいます。逆にいい点であげると、気をつけなきゃいけない部分が増えるぶん、たとえば3行程で済んだ打撃が1~2行程で済むと。打撃以外にも気をつけなきゃいけないので、シンプルなフェイントで打撃が当たりますね。MMAとキックの打撃の違いはそういうふうに分析してます。 ――久保選手の打撃もMMA以前・以後では変わってるわけですね。 久保 そうですね。ボクのパンチや蹴りのフォームもかなり変わってますし、それこそボクシンググローブは自動的にインパクトがオートで出せちゃうんです。やっぱりオープニングフィンガーグローブの場合は拳を握ったり、力を入れてインパクトを出せなきゃいけないんですけど、ボクシンググローブはその重みだけで倒せるときもありますね。 ――それがオートという表現なんですね。 久保 打撃の違いはすごく分析してます。オープニングフィンガーグローブの場合はどういう風に打ったら相手に効くのか。そこはたとえば距離ですよね。MMAはキックボクシングの距離よりも遠くなるわけじゃないですか。その遠い距離間でどんな攻撃を出せるのか、どの攻撃が有効なのか、どの攻撃が使えないのか……って分析ですよね。 ――打撃の分析は済んでいると。 久保 とは思うんです。ただ、実戦でどうなのかは未知数なところはありますね。転向して2年半ぐらいですけど、まだまだ時間がかかります。 ――だから高橋選手も、久保選手とは打撃に差はないぐらいのことが言えると。 久保 そうなんでしょうけど、いま自分が想定しているような動きができれば、打撃で差を出せるとは思っています。でも、自分の頭の中と現実って違うじゃないですか。そこは実戦経験だったり、いわゆるキャリアという部分ですよね。 ――格闘技って現実とのギャップの戦いみたいなところはありますね。高橋選手はカーフキックにものすごく自信を持っているので、久保選手がどう対処するのかも見どころなのかなと思っているんですけど。 久保 高橋選手といえばカーフキックのイメージはあると思うんですけど、全体的になんでもできる印象があるので、カーフキックだけ対策してしまうと、他のところでやられてしまう。もちろんカーフの対策をしつつ、全体的に自分自身のレベルを上げていかないと、今回の試合はクリアできないなと思っています。 ――カーフキックだけじゃないってことですね。 久保 それが自分が不得意とする展開になったとしても自分自身のレベルが上がっていれば対応できるし、そこから自分自身のフィールドに持っていけますよね。残り1ヵ月ちょっと、自分自身のレベルを上げることに専念しています。・太田忍戦でMMAの怖さを知った ・寝技・組みの練習で心が耐えられるか ・安保瑠輝也戦は罠だと思った・「立ち技選手は所詮、寝かしたら弱いでしょ」に抗いたい ・ストライカーから見た平本蓮vsYA-MAN ・一長一短K-1ルール……まだまだ続く この続きと長井リングス退団、久保優太、齋藤彰俊、RIZIN出禁、不倫告白…などの3月バックナンバー記事が700円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事16本」の詰め合わせセットはコチラhttps://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2192401この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!1記事200円から購入できます!  

キックボクサーのMMA転向とは何か■久保優太【キャリア2年半・3勝1敗】

【リングス退団編】俺はそんなことを絶対に言っていない■長井満也

UWFやリングス、K-1まで、様々なリングで戦ってきた長井満也インタビューシリーズ第7弾!  今回はリングス退団編です (聞き手/ジャン斉藤) 長井満也インタビューシリーズ ①「我が青春のスーパータイガージム、シュートボクシング」②地獄の新生UWF新弟子③いつのまにか解散してしまった新生UWF④恐るべきプロレス団体リングスの真実⑤リングス伝説の佐竹雅昭戦とは何だったのか  ⑥リングスジャパンは仲が悪かったのか? ――今回のテーマは「リングス退団」になります。 長井 毎回、読者の皆さんに喜んでもらえてるのか不安なんですけど……。 ――いつも刺激的で大好評です!(笑)。リングス退団のきっかけとなった前田日明さんとの試合はいまだに謎が多いというか、長井さんも過去のインタビューでギリギリまで語ってはいますよね。 長井 ……斉藤さんからこのインタビューのお話を受けたときに、最初お断りさせてもらったじゃないですか。 ――じつはそうでしたね。 長井 なんでかといえば、私の過去の話を聞きたいという人の最終的な着地点はここなんですよ。そこでボクが「本当のことをこうなんです」と言ったとしても、他に影響力や発言力のある人が違うことをいえば、白も黒になっちゃうんですよ。そしてその人を支持してるファンの人から私が総攻撃を食らうんですよね。 ――Dropkickメルマガ読者は酸いも甘いも噛み分けた「大人のファン」だけなのでご安心ください! 長井 これもいい機会だから言わせてもらうと、前田さんはヒザを大ケガしていたじゃないですか。「長井は選手生命に関わるようなケガをさせておいて、ああいう態度はどうなんだ?」っていまでも噛み付いてくる人がいて。言っときますけど、ケガさせたのは俺じゃないですからね。別の選手とのスパーリングの最中にケガをしたんですけど、どういうわけか俺が前田さんにケガさせて、そこまで迷惑をかけているってことで、いまだに文句を言っている人がいるんですよ。そういうイヤな思いしかしないから、斉藤さんのインタビューのお話をお断りしたんです。でも、こうして受けたのは……最初に答えを言っちゃうけど、前田さんとの試合後のリング上で、私が「どうして田村(潔司)さんばかりを贔屓するんですか?」みたいなことを「言った」とされているじゃないですか。 ――長井さんが田村さんに嫉妬したことが前田さんと揉めた原因とされていますね。 長井 ボクはそんなことを言ってないですし、ボクが引退したあとに「長井はあんな情けないことを言った奴なんだな」っていうふうに思われるのもイヤだなと思ったんですよ。ボクが何も発信しないままだとボクが認めちゃってることになるのがイヤなんです。ここで否定的なことをいえば、「また長井があんなこと言いやがって」と思う人もいるかもしれないけど、やっぱり自分の口から言わないと「女々しいことを言った」ってことを認めちゃうことになると思うので、だから最終的にこのインタビューのお話を受けようかなと思ったんですよ。 ――ありがとうございます! 長井 ただ、100あるうちの90までしか話せないかもしれないし、「残りの10はなんだろう」と想像してもらったほうが面白いかもしれないですね。 ――“行間を読む”ってやつですね。 長井 もうひとつ、こういうことをいうと、ゴマを擦っているように感じちゃうかもしれないけど、いままでのインタビューも斉藤さんがすごい気を遣って書いてくれてるじゃないですか。 ――「これで気を遣っているのか?」って読者はびっくりしてると思います!(笑)。ボクも長井さんに合わせてギリギリの編集はしているつもりです。 長井 私はマスコミや記者の方で仲良くさせてもらってる人もそんなにいないし、やっぱり信用できない人もいるんですよ。ぶっちゃけ「俺が言ってないことも書いてるな」みたいな。斉藤さんはボクが言ったことをオブラートに包みながら、ちゃんと書いてもらってるので。 ――そう言っていただけるとありがたいです! ちなみに「最終的な着地点」をリングス退団に捉えているマスコミは多いとは思うんですけど、ボクは長井さんもタッチした「アルティメットロイヤル」の全貌も届けたかったりするので、引き続きよろしくお願いします!(笑)。 長井 わかりました(笑)。 ――結果的にリングスラストマッチとなった前田戦に至るまでのお話を聞きたいんですけど、長井さんは比叡山に山籠りされたときがありましたよね。 長井 ありましたねぇ。よくプロレスや格闘技の大きなビッグマッチの前にどこかで修行するときがありますよね。大半は絵作りですけど、たぶんプロレス界でね、ボクだけだと思いますよ。本当に1ヵ月半とか2ヵ月ぐらい、比叡山の弁天堂に修行に行かされたのは(笑)。 ――リアルで修行してたんですか!(笑)。 長井 これはボクが若かったんですよね。前田さんがリングスのメガバトルトーナメントで優勝したあとだったのかな?「リングスはプロレスではない」みたいなコメントを出したことなかったですか? ――ありましたね。90年代のU系は「プロレス」という言葉に敏感だった時期で……。 長井 ボクはプロレスラーを目指してこの業界に入って頑張ってきたし、たとえばエンターテイメントとして魅せるリングスの試合もやるし、競技としても「やれ」と言われればふたつ返事で「はい。わかりました!」とやるのがリングスのプロレスラーだと思ってたんです。ボクにとってそれが“プロレス”なんですよ。だからその何ヵ月かあとの興行かなんかで「ボクはプロレスラーとしてやっていく」みたいなコメントを出したんです。そうしたらその発言が前田さんと会社の逆鱗に触れて「許しが出るまで比叡山に行ってこい。帰ってくるな」と。 ――それくらい“プロレス”という言葉はセンシティブだったんですねぇ。だからって比叡山で修行って!(笑)。 長井 比叡山の中にある弁天堂っていうところに行くことになって。朝起きて、掃除して、お経をあげて、お寺のそういう諸々の手伝いをして……。お坊さんの新弟子みたいな方たちと一緒に生活してたんですよ。 ――プロレス格闘技はまったく関係ないですね(笑)。 長井 お寺のお坊さんがやる千日回峰行という修行もやりました。夜中にお寺を出て、比叡山の中を千日ぐるっと回るという修行があるらしいんですけど、ボクもやれと言われて。たしか夜中の12時とか1時ぐらいに出発して、最初は「ここを回るんですよ」って付き添いの人が一緒に回らせてくれるんですけど、次の日から自分1人だったんです。明け方の5時か6時ぐらいにお寺に帰ってきて、そのままお手伝いをするっていうのを1ヵ月半ぐらいやってましたね。もうほとんど寝られなかったです。 ――というと、練習はされてないんですね。 長井 それにお寺だからお肉はダメなんですけど、そこにはヘビを祀ってるんで卵だけは食べていいという規則があって。卵だけは食べれたんですがすごく痩せました。プロレスラーでボクだけだと思いますよ。絵作りじゃなくて、本当にお寺に飛ばされたのは(笑)。 ――しかし、ペナルティがあるにしても、お寺に送り込むってどういうことなんだろうって(笑)。 長井 だから会社の言うこと聞かないと、こういうペナルティがあるんだぞ……って見せしめ的なところもあったんじゃないですかね。 ――リングスはそれくらいプロレスのイメージをかなぐり捨てたかったということですね。 長井 でも、当時のリングスは『週刊プロレス』や『週刊ゴング』の媒体に載っていたじゃないですか。究極いえばですよ、「ウチはプロレスじゃないから、掲載しないでください」っていうスタンスを取ればよかったと思いますよ。 ――前田さんが「プロレスって言葉がきらいな人 この指とーまれ」というコピーで『格闘技通信』の表紙になってますが、その『格通』とも微妙な関係になったり。リングスという場があまりにも特殊だったのか、当時『週プロ』編集長で『格通』にも影響力のあったターザン山本さんとの関係悪化説もありますけど……。 長井 ボクはそのへんはっきり覚えてないですね。でも、ああいうペナルティは、いまではいい思い出ですよね。なかなかできないことではありますから(笑)。さっきと同じ話になっちゃうけど、エンターテイメント的な試合もしっかりこなして、競技でやるのがリングスのプロレスラーだと思うし、そんなことできるのは当時リングスのレスラーしかいなかったと思うから、ボクはプロレスラーに悪いイメージもなかったです。逆に「こんだけのことができるのは他にいないだろう」という誇りはありましたけどね、ボクの中には。 ――リングスがおっかないのは「エンターテイメント的な試合」だったはずなのに、そうじゃなくなることもあったわけですからね。のちに完全競技のKOKルールに移行しますが、その前にバーリトゥードルール(現在のMMA)のワンマッチをやりますよね。 長井 ボクが在籍してるときに、外のリングですが山本(宜久)がヒクソンに挑戦をしたり、リングスでも山本とヒョードロフさんがそれぞれやったことを覚えてるんですよね。 ――ヤマヨシさんがヒカルド・モラエスにKO負け。サンボマスターのヒョードロフさんもグレイシー柔術のアジウソン・リマに負けたんですけど、51歳でMMAに出て10分戦ってのガス欠ですからね。リングス道場の裏にあった川に入って手づかみで鯉を捕まえただけのことがありますよ! 長井 あのバーリトゥードはボクにしたら残酷すぎるんですよねぇ。だから諸手を挙げて「俺も次、行きます!」って感じにはならなかったです。 ――でも、当時のプロレスファンってU系プロレスラーにはバーリトゥード出撃待望論は常に抱いてましたよね。・前田さんがバーリトゥードに挑戦していたら ・デビュー戦前夜の秘められた約束 ・リングス最後の試合、前田日明戦 ・「誰を連れてくればいいんですか?」 ・藤波辰爾の意外な行動 ・リングスは画期的な団体だった……11000字インタビューはまだまだ続く この続きと長井リングス退団、久保優太、齋藤彰俊、RIZIN出禁、不倫告白…などの3月バックナンバー記事が700円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事16本」の詰め合わせセットはコチラhttps://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2192401この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!1記事200円から購入できます!  

【リングス退団編】俺はそんなことを絶対に言っていない■長井満也

死の淵からのMMA!! 野瀬翔平インタビュー

RIZINデビュー戦で瀧澤謙太を破った野瀬翔平インタビューです!(聞き手/松下ミワ)【1記事から購入できるバックナンバー】・笹原圭一の「泣いて、笑って大晦日RIZIN」を語ろう【17000字!!】 ・「これがRIZINか……」佐藤将光、センターラインを超える ・堀口恭司、朝倉海はUFCと本戦契約できるが…■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク ・【大人のMMAトーク】日本格闘技界がよくわかる15000字■DEEP代表・佐伯繁 ――RIZIN佐賀大会での瀧澤謙太戦、めちゃめちゃ強かったです! 野瀬 ありがとうございます! もう勝つなら圧倒して勝とうと思ってたんで、そのとおりの試合になってホッとしてますね。 ――KO勝ちだったこともプラスして反響も大きいですよね。 野瀬 凄く大きかったです。初めて観てもらえた方も多かったので、ボクのことを知ってもらえてうれしいというか。それに、今回会場が佐賀アリーナだったので、友達や家族だったり、あとは会員さんも総勢100人弱来てくれたんですよ。 ――100人も! 野瀬選手は福岡出身で、佐賀までは電車で1時間程度とアクセスもよかったですもんね。それにしても、印象的だったのはあのビジ打ちの連打です。あれだけのヒジは打ち続けるのクタクタだったんじゃないですか? 野瀬 いやあー、もう最後は「止めてくれー!」と思ったり(笑)。でも、打ち続けないと、もし相手が復活して立ち直ってきたらボクもかなり体力を使っちゃってたんでね。サブレフェリーの声も聞きながら止まるタイミングを確認してました。 ――あのシーンは「もっと早く止めてもよかったんじゃないか」という声もありますが、瀧澤選手の意識が飛んでるような感じはあったんですか? 野瀬 いや、意識は飛んでないですけど、力が抜けてきてたのは感じました。このままやっていれば「もう決まるだろう」という感じでしたね。 ――野瀬選手は試合決定率が8割以上ということで、またもやその勝率が上がったかたちになりましたね。 野瀬 ボクはいままで判定を狙って試合をしたことがなくて。どっかでフィニッシュするタイミングを狙っているので、それが結果に出ているのかなとは思います。もちろん今回も一本は狙っていたんですけど、そこは瀧澤選手がかなり対策してきてて首も腕も取れなかったので、まあパウンドで削ろうと思ってたらいい感じでヒジが入ったから、そのまま削っちゃえ!という感じでした。 ――そもそも、試合の序盤では瀧澤選手もテイクダウンに対処してましたが、徐々にそれができなくなったというのは、やっぱり野瀬選手のテクニックが上回ったということなんでしょうか? 野瀬 1ラウンドの後半にバックを奪えて、それでパウンドやチョークのプレッシャーで体力的に削れてきてたのかな、と。2ラウンド目に入ったときにそこは凄く感じたので。かなり1ラウンドのダメージもあったと思います。 ――テイクダウンもそこまでハードルではなかったんですかね。 野瀬 もう、組めれば寝技に引きずり込めるなというのは最初に組んだ段階で思ったので。そこは自信がありましたね。 ――逆に、瀧澤選手の打撃は怖くなかったですか? 野瀬 正直、お腹への攻撃は1回も効いてはなかったです。ただ、2ラウンド目にボクが不容易にストレートで入っていったときに、カウンターの右ストレートが入ったのが凄くタイミングがうまくて。あれは見返しても危なかったなと思います。あとはヒザが危険でしたね。2ラウンド目のヒザは、前腕に当たってディフェンスできたのでよかったですけど、もし入ってたら倒れるぐらいの威力でした。 ――危ない場面もあったんですね。インターバルを含め、試合中はセコンドの弘中(邦佳)さんからどんなアドバイスがありました? 野瀬 1ラウンド終わったときに「これをもう1回やるぞ」と。組みついて組みついて、それを3ラウンドやり続けるぐらいの気持ちでやれという感じでした。どっかでフィニッシュできればすればいいしぐらいの感じで。 ――試合後の弘中さんも凄くうれしそうでしたよね。 野瀬 ああ、勝ったらいつも喜んでくれますね。今回は勝てて本当に大きかったです。 ――よくよく調べると、弘中さんはバックボーンが柔道で、アマチュア修斗で優勝してという、おふたりは凄くキャリアが似てますよね。 野瀬 ああ、そうですかね? ボクは最初「プロになりたい」と言ったら、もう「アマ修に出ろ」「全日本で優勝しろ」という感じだったので。なので、言われたとおりにアマ修斗の全日本で優勝して、そのままプロ修斗でデビューしてって感じですね。 ――最初の柔道だけはお父さんの影響だったという。これは何歳から始められたんですか? 野瀬 じつは始めたときの記憶はないんですよ。いつのまにかやってたというか(笑)。たぶん3歳とかじゃないですかね? ――その当時はもう柔道着は着て練習していたんですか? 野瀬 柔道着を着てる写真がありますよ。だからボクも「この頃からやってたんだ」みたいな。 ――その後、中学、高校と進まれて当時のどんな成績だったんですか? 野瀬 うーん、中学は福岡県で2番とかですかねえ。やっぱり「1番にならないと」みたいな感じはあったので悔しかったというか。で、高校はずっと地区で何番とかだったんですけど、やっと自分の代になって「ここからだ」というときにケガをしてしまって……。 ――そのケガのエピソードは本当に壮絶ですよね……。柔道の試合で首の骨を折るという大事故で。ちなみに、柔道時代は何キロ級で? 野瀬 当時はいっぱい食べて「増やせ! 増やせ!」という感じだったので、73キロ級とかですか。でも実際は68キロぐらいしかなかったんですよ。ただ、団体戦に出るにはデカくないとということで。73キロ級の下が66キロ級なんですけど「減量なんかさせないぞ!」という雰囲気でしたね(苦笑)。 ――それっていま考えるとめっちゃ不利ですよね。 野瀬 まあ、団体戦は無差別なのでデカいほうが有利なので。でも、なかなかデカくはなれませんでした。 ――先ほどのケガの話ですが、それは高校何年生のときだったんですか? 野瀬 高校2年です。やっと自分の代に代替わりしたばかりで、団体戦のメンバー5人にも選ばれて。ちょうどそのときです。無差別なので100キロ級の相手と68キロぐらいのボクで試合をして。抱え上げられたときにバランス崩して頭から落ちていくという感じでした。 ――相手は100キロ級の選手だったんですか……。当時の記事を読むと本当にゾッとするんですが、ケガをしたあとの記憶はあったんですか? 野瀬 意識はありました。ただ、首から下が動かない状態で。動かないというか、首から下が“ない”感覚というか。“首だけ人間”になったような感じでした。わかります? ――じゃあ、手を動かそうとしても感覚がないような? 野瀬 あとあと映像で見たら手首が動いてたりするんですけど、ボクが動かそうとしているわけではなく、トカゲの尻尾じゃないけど勝手に動いている感じで。ボクが動かそうと思って動かしているわけではなく、神経が反射で動いているような感じだと思います。 ――当時、最初に行った病院では手術できないから、ドクターヘリで違う病院に向かったという話も出てました。そのことも覚えてます? 野瀬 覚えてます。ヘリに乗ったのも覚えてるし、麻酔を打たれるまで意識はあったので。だから、逆に手術する前は感覚がないので痛くはないんですよ。でも、手術をやって麻酔から覚めるととてつもない痛みで。もう、神経をつなげたので首から下が全部が激痛という感じでしたね。 ――……。 野瀬 そして、手術後は全然時間が過ぎないし、自分で排泄もできないし。もう「殺してくれ!!」って感じで……。で、本当に時間が経つのが遅いんですよ。痛み止めのためにモルヒネを打ってもらうんですけど、やりすぎるとモルヒネ中毒になっちゃうから数時間に1回しか打てなくて。その時間が待ち遠しくて待ち遠しくて。それを打たないと痛すぎて寝れないし。だから、本当に待つ時間が長かったですよね。 ――その状態ってどのくらい続いたんですか? 野瀬 泣きわめくというか、そういう苦しい状態が続いたのは1週間くらいです。その後も痛いは痛いんですけど、ちょっとずつリハビリを始めていくという感じでしたね。というか、ドクターからは「もう歩けないよ」と言われてたので、まず車椅子に乗る練習を始めて。ただ、その車椅子の準備を始めようとしていたときにちょっと1回試してみたいなと思って、「歩く練習をしてみたいんですけど」とお願いして。そしたら、理学療法士の方も「じゃあ、やってみようか」と対応してくれて、それで歩けるようにもなったという感じでした。 ――ドクターとしては、それは予想外だったんですか? 野瀬 ボクがそのときに思いついて言わなければ、足の筋肉も弱っていって、ずっと車椅子生活だったと思いますね。 ――凄い奇跡ですね。柔道で鍛え上げたもともとの体力があったからこそという。 野瀬 柔道時代はブリッジとかで首を凄く鍛えてましたし。その筋肉の圧迫のおかげで、骨がずれる量が少なかったとは聞きました。 ――その後、どのくらいで退院されたんですか? 野瀬 退院自体は1カ月で退院して。そっからずっとリハビリで、腕立ても1回もできない状態からちょっとずつという感じでしたね。 ――それでよく一般人どころか、MMAファイターにまで身体が仕上がりましたね! 野瀬 でも、ずっと首を固定するために数カ月はカラーをつけてて。普通に生活できるようになったというのは……どうだろう? 手のしびれはずっとあって、ちょっとずつ消えてはいくんですけど、ある日突然パッと消えるもんじゃなく。いつ戻ったのかと言われると、たぶん何年も戻ってないと思いますね。いまでも朝とか寒いときは指先がしびれるんで。完璧にゼロというのは、まだないかもしれないです。 ――でも、そこからMMAをやりたいと思ったんですもんね。◎師匠・弘中邦佳との出会い ◎地方でMMAをやること ◎MMAのためのキック出場 ◎2年連続ROAD TO UFC出場、今年は?……まだまだ続く この続きと長井リングス退団、久保優太、齋藤彰俊、RIZIN出禁、不倫告白…などの3月バックナンバー記事が700円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事16本」の詰め合わせセットはコチラhttps://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2192401この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!1記事200円から購入できます!  

死の淵からのMMA!! 野瀬翔平インタビュー
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