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記事 24件
  • 「佐山先生をUFCの殿堂に!」……川口健次✕朝日昇、青春のシューティング対談!!

    2018-10-31 23:59  
    108pt
    「シューティング最強の男」と「奇人」のシューティング対談! シューティングジム横浜主宰にして修斗世界ライトヘビー級王者だった川口健次氏と、修斗四天王にして元・修斗世界フェザー級王者の朝日昇氏が格闘技黎明期を15000字で語りつくします!【1記事から購入できる関連記事】
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    山田学 初代シューターにしてパンクラシストの大冒険 修斗初代王者/仮面シューター・スーパーライダー 渡部優一


    ――今回は修斗の歴史を知り尽くしたシューター対談ということで!
    朝日 2018年にもなってシューター対談なんてバカにされますよ。カネやん(金田正一)の「ワシは170キロ投げたぞ!!」の世界ですよ(笑)。
    川口 ハハハハハハ。
    ――よろしくお願いします(笑)。今日はシューティングジム横浜での収録ですが、このジムはオープンして20年近く経つんですよね。
    川口 今年でちょうど20年目ですね。佐山先生がやられていたスーパータイガージム横浜は東神奈川にあったんですけど。
    朝日 ここからチャリンコで5分くらいの場所だよね。瀬田から始まり、続いて三軒茶屋に移ったわけですが、この横浜ジムがその流れを組む修斗の本家なんですよね。テストで「修斗のジムで、本家を継ぐのはどこのジム?」という問いがあったなら「シューティングジム横浜」が正解で、それ以外を書いたなら不正解。いまの子たちにはサッパリ分からないでしょうが「ロボコン、0点︎!!」です(笑)。
    ――ハハハハハハ! 2人が初めて会われたときのことは、おぼえてますか?
    朝日 あまりに昔のことでサッパリおぼえてないです(笑)。川やんはボクの1歳下ですけど、三茶のジムに入ったのは2〜3年ぐらい早いんです。だから、川やんはシューティングの生き字引というか、過去に何が起きていたか誰よりも知ってる1人だよね!!
    川口 『真説・佐山サトル』に書いてあることは、たいてい知ってますね(笑)。
    朝日 ボクが三茶に通い始めた頃、川やんは上のレベルのクラスで練習してたもんね。北原(光騎)さんや勝山(恭次)さんがインストラクターで。
    川口 その前の山崎一夫さんや宮戸(優光)さんがインストラクターだった時代のことも知ってますね。宮戸さんにマンツーマンで教わっていたので。
    朝日 化石ですよ、真の化石!!(笑)。
    川口 スーパータイガージムがオープンして1週間ぐらいで入門して。タイガーマスクブームがあったから、入門者が1週間で200人ぐらいいたんですよ。最終的に1000人は超えてるはずなんですね。
    ――入会者1000人!!
    朝日 あの当時タイガーマスクは誰でも知ってたもんね。
    川口 新日本プロレスは夜8時に放送されて視聴率20パーセント以上も獲ってたわけですからね。タイガーマスクってイチローとかそれ以上の存在だったんですよ。
    朝日 ホント凄かったもんね。いまの子たちには時代背景がいまとはまったく違うから、あまり想像できないかもしれないけど、俺らの小さい頃はプロレスもプロ野球なんかと同じような競技スポーツとして見てたもんね。 
    川口 だから入会者の9割ぐらいがプロレスラーになりたい人ばっかなんですよ。中には関節技やキックを習いたいっていう人もいたんですけど、大部分はプロレスラー志望者。ボクの場合は、プロの世界でやっていくのは無理だと思ってたんです。総合格闘技という競技なんてなかったし。
    朝日 俺は高校の野球部の延長のような感じでジムに入ったよ。
    川口 プロを云々じゃなくて、とにかく強くなりたい感じですよね。80年代は金八先生とか荒れた学園ドラマが流行っていて、裏を返せば不良の世界。ブルース・リーやジャッキー・チェンの映画を見て強さに憧れてたから、通販でトレーニング器具を買ったり。
    朝日 『少年ジャンプ』の裏表紙の広告だ(笑)。
    ――ジムの指導は厳しかったんですよね?
    川口 うーん、「やめたい」と思ったことは数え切れないほどありましたよ(苦笑)。でも「強くなりたい!」という欲のほうが上回っていたんで。
    ――月謝を払ってキツイ思いをするって、いまの格闘技ジムでは考えられないですよね(笑)。
    朝日 当時のスーパータイガージムは上のクラスの人達はもちろんしっかりやってましたが、下のクラスの人たちはあまり緊張感がないように見えたよ。
    川口 プロレスラーになりたい人の集まりだったからね。
    朝日 下のクラスの人たちの練習は野球部と比べたら遊びと言ってもいいような感じだったし。かと言って、いきなり上のクラスでは練習はやらせてもらえない。だから、だったら自分でやろうと考えて、入会して3ヶ月を過ぎたら、下のクラスから抜け出し自分で考えて好きなように練習をやりだして。佐山先生はそれを許してくれましたけど、こんなアタマがおかしい人間をよく放っておいてもらえたよ(笑)。
    川口 最初の頃はマウスピースも付けず、掌底で実戦スパーをやってたりしたんですよ。プロレスラー志望の子たちが血だらけになって、それでみんなやめちゃうんですよね(苦笑)。
    朝日 ハハハハハハ。言い方は難しいけど、スポーツの実体を知らず、ただ憧れだけで来るようなファン気質の人には大変だよね、そりゃ。
    ――佐山さんが怒ると100人単位で会員が消えた……なんて話もありますよね。
    朝日 そういう話は誇大されて話されることが多いし、申し訳ないですが、そういった人たちは得てして中途半端な人たちが多いんじゃないかな?とも思うんですよ。
    川口 そうですね。佐山先生の指導って「引き出す力」なんですね。技術だけ教えても精神がついてこれない人間はいるから、そこは怒って引き出すっていうことはありました。そこは勘違いされやすいんですけど(笑)。
    ――地獄のシューティング合宿の動画もメチャクチャ怖いですけど、当時の関係者は「佐山先生は本気では怒ってない」と口を揃えてますね。
    川口 まあ9割ぐらいは本気なんですけど(笑)。佐山先生は憎くて怒ってるわけじゃないんで。
    朝日 まず時代背景がいまとはまるで違うし、昔の運動部はあんな感じが日常的なんだよね。ボクは中学、高校と野球部でしたけど、いまで当てはめるならばいわゆるパワハラの毎日で、怒られる人が悪いと思ってたし、まああとは運次第と(笑)。
    ――要は気合いを入れるってことですね。
    川口 佐山先生の指導ってじつは凄くテクニカルなんですよ。最初は直接佐山先生に教わることはなく、宮戸さん、その次は平さんの指導を受けてたんですけど。高校生のボクは平さんとガッチガチのスパーリングをやっていて。もう殴られに行ってたようなもんですよ(笑)。
    ――高校生相手にガチスパーって(笑)。
    川口 ボクの他にも高校生は何人かいたんですが、みんな顔はボコボコで「これは練習じゃなくて殴られに行ってるだけだ」って(笑)。当時は「こう殴られたから今度はこうしよう!」ってプラス思考に考えてたんですけど。
    ――それは掌底ルールのスパーなんですか?
    川口 そうですね。マウスピースは付けてないから歯が頬に突き刺さったこともありましたねぇ。平さんが教えていたときはスパーリングオンリー。平さんがやめて北原さんや頼永さんの時代になってから、佐山先生もジムに来るようになってマンツーマンで教わったんです。佐山先生は技術にこだわる人なので蹴りやパンチもただできるだけじゃ納得しないんです。
    朝日 佐山先生は職人だと思います。精度に徹底的に拘りますから。
    川口 最高の技術を求める。たとえ形だけできても怒られるんですよね。佐山先生から教わるようになってから、だいぶ変わりましたよ。
    朝日 俺は2年目から木口道場に移って、三茶には行かなくなったアウトローだから、こんななっちゃった(笑)。
    川口 木口道場には神奈川県の人間を集めるということで、朝日さんや(田代義治、後の港太郎)とかが集まって。ボクは川崎に住んでいたんですけど、交通の便では三茶のほうが都合がよかったし、まだまだ佐山先生に教わりたかったんですよね。
    朝日 俺は家に近いほうが嬉しかった(笑)。自分で考えてコツコツやるのも好きだったし。
    川口 当時は三軒茶屋、木口道場、あと千葉ですよね。 
    朝日 当時はまだあまり怖くなかった田中(健一)のところだね(笑)。佐山先生が言い出したんですよね、お相撲の部屋みたいにどんどんと分けていくって。
    川口 プロ化されて1年目2年目が一番格闘技に打ち込めたかなあって思いますね。まだ夢が膨らんでたじゃないですか。
    朝日 だんだんやるにつれ、いろいろと大変なことがあったけどね(笑)。
    川口 総合格闘技というものがなかった時代なので、失敗から学んでいくしかなかったんですよね。アマチュアのプリシューティング大会のときなんて、最初は寝技30秒って限られてたんですよ。30秒たったらスタンドに戻される。でも、意向によっては寝技を続けられるというルールに変わって。
    ――そこは選手の意向ですか?
    川口 いや、佐山先生の意向ですね。試合の流れを見て、その場その場で「これは続行」「いまのはスタンドに戻す」って判断していく。あとマスクをつけるようになったのは、掌底だと指に目が入るからなんですけど、試合中に打撃をもらうとマスクがズレることもあって。
    朝日 あとマスクって自分の息で曇っちゃうんです。何も見えない(笑)。僕なんかもとから視力も悪いので、もう完全にアウトで霧の中(笑)。だから何もかも実験というか、自分のことを実験用マウスだと思ってました。が、それも仕方ないことだと思いますけどね。総合格闘技なんてこの世のどこにもなかったわけですから。
    ――あのマスクは誰が作ったんですか?
    朝日 佐山先生です。凄く器用で、いろいろなものを作ってるんです。
    川口 あるときゴーグルを改良してマスクを作ったんですけど、やっぱり試合中にズレて金具で鼻を切ちゃったり。
    朝日 俺がまだ試合に出てなくて大会のお手伝いをしてる頃だよね。大会中に急遽マスクを外して戦うことになったんだよね。
    川口 そのときは掌底じゃなくてオープンフィンガーグローブになってて。いま修斗協会の副会長をやってる横山(忠志)さんが佐山さんに「外していいですか?」って話をして。OKが出て最後の2試合だけマスクなしでやるという流れになって。
    ――本当に実験ですね(笑)。
    川口 そうしたら次の試合の◯◯が顔面蒼白になって。まあ、急にそんな話になったからかもしれないけど(笑)。
    ――当時は顔面ありの格闘技ってなかったですよね。
    朝日 そんなん関係なく「やるしかない!」です(笑)。
    川口 たしかに他の人たちは「まあマスクなしでも別にいいよ」っていう話だったんですよ。
    朝日 この件に限らず、◯◯は常にビビってるんだけどね。
    ――あの頃の修斗をやるくらいの人間なのに、腹が座ってないって逆に興味あります!(笑)。
    朝日 いや、悪口を言うわけではなく事実として、アイツだけは違うと思いますよ(笑)。練習だって全然しないで遊んでばかりだし、試合をすれば腑抜けの内容で負けてばかりで理解できません(笑)。
    川口 ◯◯と試合をしたある選手が言うには「ヒザ十字が完全に極まる前にギブアップした」って言ってましたよ(笑)。
    ――ハハハハハハ! そんな人が地獄のシューティングをやってるって凄いですよ!(笑)。
    朝日 あの当時は選手層が薄いから、そんな人間でも残れちゃったんですよね。
    ――階級超えの試合もしょっちゅうありましたよね。
    川口 ボクは70キロ後半なんですけど、相手が90キロぐらいのときもありましたし。これだけ体重差があると打撃の威力が全然違いましたよ。あたりまえですけど。
    朝日  そこは時代だよね。時代で片付けちゃまずいのかもしれないけど、何もかも未知の荒野の世界。
    川口 実験と試行錯誤の繰り返しですよね。オープンフィンガーグローブなんかも何回も何回も作り直して。
    朝日 アンコの部分がクジラみたいな形で、指なんか全然出ないグローブもあったでよね。モコモコした中くらいのサイズの紙袋に手を入れてるような感じで。皆、同じ条件だからなかなか言えなかったけど、あの掴めないグローブは「なんだ、これは!!」と思ったよ、……(苦笑)。
    川口 ハハハハハハ。
    朝日 まるで掴めないから、極める・極めないどころの話ではない(笑)。俺は手がちっちゃいからグローブの中で手が完全に遊んでるし。どうしましょう?って(笑)。
    川口 なんであのグローブになったかといえば、その前は指がちゃんと出るオープンフィンガーグローブだったんですよ。でも、自分が指先に蹴りをもらって折れちゃったんですよね。それがじつは2回目のケガで、佐山先生も「指を隠すグローブじゃなきゃダメだ」となって。
    朝日 オープンフィンガーグローブは他にもサミングの問題が永遠にあったりするだろうけどね。
    川口 それで今度はアンコを厚くしたんだけど、グローブを作る技術がないから相手を掴めないやつになって(笑)。あのグローブだと、相手の身体にひっかける関節技はできるんですよね。ヒザ十字とか。
    朝日 けど、発想の転換で「このグローブだったら打撃を上達するしかない!」ってなって、あの頃そうした練習をたくさんしたことが役立ったけどね(笑)。
    川口 あのアンコの部分と、指の出るところを作るのが凄い難しいんですよね。
    朝日 あとになってある防具メーカーに相談したこともあるんだよね、俺が修斗のプロデューサー時代に。あの頃は、剣道の小手を作ってくれる人が作業に携わってくれたんだけど、まだ技術がないからアンコの部分が大きいものになったりして。当時はオープンフィンガーグローブの需要もなく商品化するわけでもないから、なかなか制作費もかけられなかったし。
    川口 いまはちゃんとしたオープンフィンガーグローブがどこの格闘技ジムにも置いてありますけどね。すばらしい時代ですよ(笑)。
    朝日 あの時代は練習用なんてシャレたものはなかったしね。オープンフィンガーグローブを着用したイメージでスパーして、あとはぶっつけ本番(笑)。
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    2018-10-31 23:59  
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    part57 
    ◎「佐山先生をUFCの殿堂に!」……川口健次✕朝日昇、青春のシューティング対談!!


    ◎愛すべき元横綱・輪島が戦った全日本プロレスの2年間■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」


    ◎台風vs雷神vs大砂嵐!! 大混乱のRIZIN.13の舞台ウラ■笹原圭一RIZIN広報



    ◎デイブ・メルツァーと『レスリング・オブザーバー』■斎藤文彦INTERVIEWS


    天心vs堀口をプロはこう見た!!

    ・堀口恭司はなぜ笑ったのか?■大沢ケンジの原理主義トーク

    ・「おい、ウソだろ? 天心の左カウンターが当たらないって……」■山田武士

    ・「キックであってキックではない。まさに異種格闘技戦でした」■鈴木秀明


    ◎プロレス復帰してジャーマンを喰らいました!■金原弘光


    ◎UFC日本大会は2020年の東京オリンピックイヤー!!■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク


    ◎【UFC229世紀の大乱闘】怒りのハビブ、コナー・マクレガーを仕留め損なう


    ◎「今日もダメだけど、まあいいか」と諦める……みんなボブ・サップを抱えて生きているのだ



    事情通Zの「プロレス 点と線」

    ・「新日本プロレス内部対立」の噂とは何か?・男色ディーノはなぜ全裸になったのか〜DDT再出発とLGBT問題〜



    オマスキファイトのMMA Unleashed

    ・ボクシングごっこでPPV80万件を販売した炎上お騒がせユーチューバーが、UFCファイターをのんきに挑発!

    ・アメリカMMAサイトでRIZINが報道されない理由 / ジョン・ジョーンズいきなり怪気炎

    ・ONEは好調なのか?それとも火の車なのか? 財務データと事業戦略を読み解く

    ・ヌルマゴメドフ・マクレガー乱闘劇のその後:記録破りのPPV売上240万件達成!



    アメプロインディ通信「フリーバーズ」

    ・オリンピック、『ルチャアンダーグラウンド』を経て世界に羽ばたくジェフ・コブ

    ・新日本に続いてDDTも“裏レッスルマニア”に参戦!!


    ・私が経験した芸能事務所トラブル■二階堂綾乃
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    「シューティング最強の男」と「奇人」のシューティング対談! シューティングジム横浜主宰にして修斗世界ライトヘビー級王者だった川口健次氏と、修斗四天王にして元・修斗世界フェザー級王者の朝日昇氏が格闘技黎明期を15000字で語りつくします! ――今回は修斗の歴史を知り尽くしたシューター対談ということで!

    朝日 2018年にもなってシューター対談なんてバカにされますよ。カネやん(金田正一)の「ワシは170キロ投げたぞ!!」の世界ですよ(笑)。

    川口 ハハハハハハ。

    ――よろしくお願いします(笑)。今日はシューティングジム横浜での収録ですが、このジムはオープンして20年近く経つんですよね。

    川口 今年でちょうど20年目ですね。佐山先生がやられていたスーパータイガージム横浜は東神奈川にあったんですけど。

    朝日 ここからチャリンコで5分くらいの場所だよね。瀬田から始まり、続いて三軒茶屋に移ったわけですが、この横浜ジムがその流れを組む修斗の本家なんですよね。テストで「修斗のジムで、本家を継ぐのはどこのジム?」という問いがあったなら「シューティングジム横浜」が正解で、それ以外を書いたなら不正解。いまの子たちにはサッパリ分からないでしょうが「ロボコン、0点︎!!」です(笑)。

    ――ハハハハハハ! 2人が初めて会われたときのことは、おぼえてますか?

    朝日 あまりに昔のことでサッパリおぼえてないです(笑)。川やんはボクの1歳下ですけど、三茶のジムに入ったのは2〜3年ぐらい早いんです。だから、川やんはシューティングの生き字引というか、過去に何が起きていたか誰よりも知ってる1人だよね!!

    川口 『真説・佐山サトル』に書いてあることは、たいてい知ってますね(笑)。

    朝日 ボクが三茶に通い始めた頃、川やんは上のレベルのクラスで練習してたもんね。北原(光騎)さんや勝山(恭次)さんがインストラクターで。

    川口 その前の山崎一夫さんや宮戸(優光)さんがインストラクターだった時代のことも知ってますね。宮戸さんにマンツーマンで教わっていたので。

    朝日 化石ですよ、真の化石!!(笑)。

    川口 スーパータイガージムがオープンして1週間ぐらいで入門して。タイガーマスクブームがあったから、入門者が1週間で200人ぐらいいたんですよ。最終的に1000人は超えてるはずなんですね。

    ――入会者1000人!!

    朝日 あの当時タイガーマスクは誰でも知ってたもんね。

    川口 新日本プロレスは夜8時に放送されて視聴率20パーセント以上も獲ってたわけですからね。タイガーマスクってイチローとかそれ以上の存在だったんですよ。

    朝日 ホント凄かったもんね。いまの子たちには時代背景がいまとはまったく違うから、あまり想像できないかもしれないけど、俺らの小さい頃はプロレスもプロ野球なんかと同じような競技スポーツとして見てたもんね。 

    川口 だから入会者の9割ぐらいがプロレスラーになりたい人ばっかなんですよ。中には関節技やキックを習いたいっていう人もいたんですけど、大部分はプロレスラー志望者。ボクの場合は、プロの世界でやっていくのは無理だと思ってたんです。総合格闘技という競技なんてなかったし。

    朝日 俺は高校の野球部の延長のような感じでジムに入ったよ。

    川口 プロを云々じゃなくて、とにかく強くなりたい感じですよね。80年代は金八先生とか荒れた学園ドラマが流行っていて、裏を返せば不良の世界。ブルース・リーやジャッキー・チェンの映画を見て強さに憧れてたから、通販でトレーニング器具を買ったり。

    朝日 『少年ジャンプ』の裏表紙の広告だ(笑)。

    ――ジムの指導は厳しかったんですよね?

    川口 うーん、「やめたい」と思ったことは数え切れないほどありましたよ(苦笑)。でも「強くなりたい!」という欲のほうが上回っていたんで。

    ――月謝を払ってキツイ思いをするって、いまの格闘技ジムでは考えられないですよね(笑)。

    朝日 当時のスーパータイガージムは上のクラスの人達はもちろんしっかりやってましたが、下のクラスの人たちはあまり緊張感がないように見えたよ。

    川口 プロレスラーになりたい人の集まりだったからね。

    朝日 下のクラスの人たちの練習は野球部と比べたら遊びと言ってもいいような感じだったし。かと言って、いきなり上のクラスでは練習はやらせてもらえない。だから、だったら自分でやろうと考えて、入会して3ヶ月を過ぎたら、下のクラスから抜け出し自分で考えて好きなように練習をやりだして。佐山先生はそれを許してくれましたけど、こんなアタマがおかしい人間をよく放っておいてもらえたよ(笑)。

    川口 最初の頃はマウスピースも付けず、掌底で実戦スパーをやってたりしたんですよ。プロレスラー志望の子たちが血だらけになって、それでみんなやめちゃうんですよね(苦笑)。

    朝日 ハハハハハハ。言い方は難しいけど、スポーツの実体を知らず、ただ憧れだけで来るようなファン気質の人には大変だよね、そりゃ。

    ――佐山さんが怒ると100人単位で会員が消えた……なんて話もありますよね。

    朝日 そういう話は誇大されて話されることが多いし、申し訳ないですが、そういった人たちは得てして中途半端な人たちが多いんじゃないかな?とも思うんですよ。

    川口 そうですね。佐山先生の指導って「引き出す力」なんですね。技術だけ教えても精神がついてこれない人間はいるから、そこは怒って引き出すっていうことはありました。そこは勘違いされやすいんですけど(笑)。

    ――地獄のシューティング合宿の動画もメチャクチャ怖いですけど、当時の関係者は「佐山先生は本気では怒ってない」と口を揃えてますね。

    川口 まあ9割ぐらいは本気なんですけど(笑)。佐山先生は憎くて怒ってるわけじゃないんで。

    朝日 まず時代背景がいまとはまるで違うし、昔の運動部はあんな感じが日常的なんだよね。ボクは中学、高校と野球部でしたけど、いまで当てはめるならばいわゆるパワハラの毎日で、怒られる人が悪いと思ってたし、まああとは運次第と(笑)。

    ――要は気合いを入れるってことですね。

    川口 佐山先生の指導ってじつは凄くテクニカルなんですよ。最初は直接佐山先生に教わることはなく、宮戸さん、その次は平さんの指導を受けてたんですけど。高校生のボクは平さんとガッチガチのスパーリングをやっていて。もう殴られに行ってたようなもんですよ(笑)。

    ――高校生相手にガチスパーって(笑)。

    川口 ボクの他にも高校生は何人かいたんですが、みんな顔はボコボコで「これは練習じゃなくて殴られに行ってるだけだ」って(笑)。当時は「こう殴られたから今度はこうしよう!」ってプラス思考に考えてたんですけど。

    ――それは掌底ルールのスパーなんですか?

    川口 そうですね。マウスピースは付けてないから歯が頬に突き刺さったこともありましたねぇ。平さんが教えていたときはスパーリングオンリー。平さんがやめて北原さんや頼永さんの時代になってから、佐山先生もジムに来るようになってマンツーマンで教わったんです。佐山先生は技術にこだわる人なので蹴りやパンチもただできるだけじゃ納得しないんです。

    朝日 佐山先生は職人だと思います。精度に徹底的に拘りますから。

    川口 最高の技術を求める。たとえ形だけできても怒られるんですよね。佐山先生から教わるようになってから、だいぶ変わりましたよ。

    朝日 俺は2年目から木口道場に移って、三茶には行かなくなったアウトローだから、こんななっちゃった(笑)。

    川口 木口道場には神奈川県の人間を集めるということで、朝日さんや(田代義治、後の港太郎)とかが集まって。ボクは川崎に住んでいたんですけど、交通の便では三茶のほうが都合がよかったし、まだまだ佐山先生に教わりたかったんですよね。

    朝日 俺は家に近いほうが嬉しかった(笑)。自分で考えてコツコツやるのも好きだったし。

    川口 当時は三軒茶屋、木口道場、あと千葉ですよね。 

    朝日 当時はまだあまり怖くなかった田中(健一)のところだね(笑)。佐山先生が言い出したんですよね、お相撲の部屋みたいにどんどんと分けていくって。

    川口 プロ化されて1年目2年目が一番格闘技に打ち込めたかなあって思いますね。まだ夢が膨らんでたじゃないですか。

    朝日 だんだんやるにつれ、いろいろと大変なことがあったけどね(笑)。

    川口 総合格闘技というものがなかった時代なので、失敗から学んでいくしかなかったんですよね。アマチュアのプリシューティング大会のときなんて、最初は寝技30秒って限られてたんですよ。30秒たったらスタンドに戻される。でも、意向によっては寝技を続けられるというルールに変わって。

    ――そこは選手の意向ですか?

    川口 いや、佐山先生の意向ですね。試合の流れを見て、その場その場で「これは続行」「いまのはスタンドに戻す」って判断していく。あとマスクをつけるようになったのは、掌底だと指に目が入るからなんですけど、試合中に打撃をもらうとマスクがズレることもあって。

    朝日 あとマスクって自分の息で曇っちゃうんです。何も見えない(笑)。僕なんかもとから視力も悪いので、もう完全にアウトで霧の中(笑)。だから何もかも実験というか、自分のことを実験用マウスだと思ってました。が、それも仕方ないことだと思いますけどね。総合格闘技なんてこの世のどこにもなかったわけですから。

    ――あのマスクは誰が作ったんですか?

    朝日 佐山先生です。凄く器用で、いろいろなものを作ってるんです。

    川口 あるときゴーグルを改良してマスクを作ったんですけど、やっぱり試合中にズレて金具で鼻を切ちゃったり。

    朝日 俺がまだ試合に出てなくて大会のお手伝いをしてる頃だよね。大会中に急遽マスクを外して戦うことになったんだよね。

    川口 そのときは掌底じゃなくてオープンフィンガーグローブになってて。いま修斗協会の副会長をやってる横山(忠志)さんが佐山さんに「外していいですか?」って話をして。OKが出て最後の2試合だけマスクなしでやるという流れになって。

    ――本当に実験ですね(笑)。

    川口 そうしたら次の試合の◯◯が顔面蒼白になって。まあ、急にそんな話になったからかもしれないけど(笑)。

    ――当時は顔面ありの格闘技ってなかったですよね。

    朝日 そんなん関係なく「やるしかない!」です(笑)。

    川口 たしかに他の人たちは「まあマスクなしでも別にいいよ」っていう話だったんですよ。

    朝日 この件に限らず、◯◯は常にビビってるんだけどね。

    ――あの頃の修斗をやるくらいの人間なのに、腹が座ってないって逆に興味あります!(笑)。

    朝日 いや、悪口を言うわけではなく事実として、アイツだけは違うと思いますよ(笑)。練習だって全然しないで遊んでばかりだし、試合をすれば腑抜けの内容で負けてばかりで理解できません(笑)。

    川口 ◯◯と試合をしたある選手が言うには「ヒザ十字が完全に極まる前にギブアップした」って言ってましたよ(笑)。

    ――ハハハハハハ! そんな人が地獄のシューティングをやってるって凄いですよ!(笑)。

    朝日 あの当時は選手層が薄いから、そんな人間でも残れちゃったんですよね。

    ――階級超えの試合もしょっちゅうありましたよね。

    川口 ボクは70キロ後半なんですけど、相手が90キロぐらいのときもありましたし。これだけ体重差があると打撃の威力が全然違いましたよ。あたりまえですけど。

    朝日  そこは時代だよね。時代で片付けちゃまずいのかもしれないけど、何もかも未知の荒野の世界。

    川口 実験と試行錯誤の繰り返しですよね。オープンフィンガーグローブなんかも何回も何回も作り直して。

    朝日 アンコの部分がクジラみたいな形で、指なんか全然出ないグローブもあったでよね。モコモコした中くらいのサイズの紙袋に手を入れてるような感じで。皆、同じ条件だからなかなか言えなかったけど、あの掴めないグローブは「なんだ、これは!!」と思ったよ、……(苦笑)。

    川口 ハハハハハハ。

    朝日 まるで掴めないから、極める・極めないどころの話ではない(笑)。俺は手がちっちゃいからグローブの中で手が完全に遊んでるし。どうしましょう?って(笑)。

    川口 なんであのグローブになったかといえば、その前は指がちゃんと出るオープンフィンガーグローブだったんですよ。でも、自分が指先に蹴りをもらって折れちゃったんですよね。それがじつは2回目のケガで、佐山先生も「指を隠すグローブじゃなきゃダメだ」となって。

    朝日 オープンフィンガーグローブは他にもサミングの問題が永遠にあったりするだろうけどね。

    川口 それで今度はアンコを厚くしたんだけど、グローブを作る技術がないから相手を掴めないやつになって(笑)。あのグローブだと、相手の身体にひっかける関節技はできるんですよね。ヒザ十字とか。

    朝日 けど、発想の転換で「このグローブだったら打撃を上達するしかない!」ってなって、あの頃そうした練習をたくさんしたことが役立ったけどね(笑)。

    川口 あのアンコの部分と、指の出るところを作るのが凄い難しいんですよね。

    朝日 あとになってある防具メーカーに相談したこともあるんだよね、俺が修斗のプロデューサー時代に。あの頃は、剣道の小手を作ってくれる人が作業に携わってくれたんだけど、まだ技術がないからアンコの部分が大きいものになったりして。当時はオープンフィンガーグローブの需要もなく商品化するわけでもないから、なかなか制作費もかけられなかったし。

    川口 いまはちゃんとしたオープンフィンガーグローブがどこの格闘技ジムにも置いてありますけどね。すばらしい時代ですよ(笑)。

    朝日 あの時代は練習用なんてシャレたものはなかったしね。オープンフィンガーグローブを着用したイメージでスパーして、あとはぶっつけ本番(笑)。 
  • 男色ディーノはなぜ全裸になったのか〜DDT再出発とLGBT問題〜■事情通Zの「プロレス 点と線」

    2018-10-26 11:13  
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    プロレス業界のあらゆる情報に精通する事情通Zの「プロレス 点と線」――。今回のテーマは「男色ディーノはなぜ全裸になったのか〜DDT再出発とLGBT問題〜」についてです!

    【1記事から購入できる「プロレス 点と線」シリーズ】「お疲れ気味のプロレス界……男子は新日本、女子はアイスリボンがひた走る
    石森太二の新日本プロレス参戦は既定路線だったのか

    長州力の「オマエはプロレスやめろ!」事件とは何か?

    誰だと思ってるんだ!? ヤマモの「アイドルの腰掛け」発言とは何か?

    ――事情通Zさん! DDT両国大会のビッグマッチで男色ディーノ選手の“鶴瓶師匠”が見えたとか、見えないとか!!
    事情通Z 鶴瓶師匠は生放送中の露出騒動を何度か起こしてるね(笑)。いろんな事件が起きたDDT両国だけど、思っていたよりお客さんは入っていた。
    ――「思っていた」よりになるんですか?
    Z 正直ここ最近のDDTは後楽園ホールでも苦戦していたから。一面は入場ゲートで潰したけど、マス席は2人ずつ。超満員札止めではなかったけど、満員と呼べる客入りだった。
    ――マス席といえば、来年2月のジャイアント馬場追善興行は、マス席Aが2枚1セット2万円、マス席Bが2枚1セット1万4000円という衝撃セット売り。ちなみにアリーナS席7万円、アリーナA席5万円、ブッチャーシート20万円!!
    Z このご時世になかなか強気だよねぇ。新日本プロレスの協力を取り付けて、プロレス界を上げてのビッグイベントっぽい雰囲気になってるから、それなりにお客は入るとは思うんだけど……この価格設定がどんな影響が出るのか。
    ――ボクが新日本ファンだったら新日本の興行に大金をぶち込みますけどね(笑)。
    Z 話をDDT両国に戻すと、一番のインパクトは亀頭……じゃなくて冒頭にも話題が出た男色ディーノ先生の全裸ですよ。
    ――AbemaTVではONEに続いて男色先生のONEも見れる! 実際に生中継なのに見えかかってましたけど……こんな事件をわざわざ起こした背景は?
    Z これは憶測でしかないけど……DDTがサイバーエージェントの子会社になったのは昨年9月のこと。週1で『マジ卍』という生中継番組がAbemaTVで始まったりと、DDTは親会社のあらゆるバックアップを受けて一段上のステージに上がったけど、かつて新日本プロレスがブシロード体制になったときのように大飛躍したかというと……そこまでじゃない。
    この続きと、追悼・輪島、天心vs堀口、修斗対談、マクレガーvsハビブ……などの記事がまとめて読める「10万字・記事20本の詰め合わせセット」はコチラ 
     
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  • ONEは好調なのか?それとも火の車なのか? 財務データと事業戦略を読み解く

    2018-10-26 10:51  
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    Omasuki Fightの北米MMA抄訳コラム「MMA Unleashed」――今回のテーマは「ONEは好調なのか?それとも火の車なのか? 財務データと事業戦略を読み解く」です!【1記事50円から購入できるオススメ記事】・追悼、山本”KID”徳郁 米国からも押し寄せる悲しみの声・やばいUFC:ジョン・ジョーンズ減刑の本当の理由 / ハビブのロシアン・コネクション・レスリングオブザーバーのスターレーティングとは何か・米インディプロレスの記念碑的祭典『ALL IN』で起きたことここにきてOne Championshipの話題がニュースを賑(にぎ)わせることが増えてきた。今月に入って、1億6,600万ドルの資金調達に成功、資本金が2億5,000万ドルを超えたという発表があった。そして、UFCとベラトールでライト級チャンピオンになったこともある大物フリーエージェント、エディ・アルバレスとの契約を発表した。契約金額は本人の発言によると何と”8桁”だという(米ドルなのかシンガポールドルなのかは不明だが、米ドルだとすれば10億円を超えていることになる)。さらに、UFCとの選手トレードを敢行、ベン・アスクレンを放出して、デミトリアス・ジョンソンを獲得する見通しとなったと報じられているから驚きだ。来年以降大会数を増やすとか、アメリカでのテレビ放送が決定寸前などといった景気のいい情報も相次いでいる。
    アメリカの経済誌Forbesは、OneはすでにUFCと、世界のMMAビジネスを二分する存在になったと書きたて、米エンタメ誌VarietyはOneの企業価値の評価額はすでに10億ドルで、将来的にはNFLを上回り、UFCを飲み込んでしまうだろうと予想している。
    しかし先週になって、米MMAニュースサイト『BloodyElbow』が、Oneの財務諸表を入手、売上や損失額を赤裸々に明かし、これが大きな反響を呼ぶこととなった。問題の記事はこちらである。
    https://www.bloodyelbow.com/2018/10/17/17976862/one-championship-look-finances-mma-one-fc-losses
    An in-depth look at ONE Championship’s finances
    詳しいデータはBloodyElbowの記事を参照していただくとして、ポイントだけを指摘すると、Oneの2017年の売上は約13億5千万円、経常損失は約27億9千万円であった。そして会社設立以来7年間での累積赤字は2017年度末の時点で約75億3千万円にのぼることがわかった。
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  • 怪物デイブ・メルツァーと『レスリング・オブザーバー』■斎藤文彦INTERVIEWS

    2018-10-23 21:01  
    80pt
    80年代からコラムやインタビューなどを通して、アメリカのプロレスの風景を伝えてきてくれたフミ・サイトーことコラムニスト斎藤文彦氏の連載「斎藤文彦INTERVIEWS」。マット界が誇るスーパースターや名勝負、事件の背景を探ることで、プロレスの見方を深めていきます! 今回のテーマは「怪物デイブ・メルツァーと『レスリング・オブザーバー』」です! Dropkick「斎藤文彦INTERVIEWS」バックナンバー
    ■新日本プロレスのMSG侵攻は「WWE一強独裁」に何をもたらすのか■怪物ブロック・レスナーを通して見えてくる「プロレスの作り方」■追悼・マサ斎藤さん……献杯はカクテル「SAITO」で■皇帝戦士ビッグバン・ベイダーよ、永遠に■ジャイアント馬場夫人と親友サンマルチノ、2人の死――■ベルトに届かず…されど「世界に届いた中邑真輔」のレッスルマニアを語ろう ■ステファニー・マクマホン、幻想と現実の境界線がない生活■ロンダ旋風、中邑&ASUKAダブル優勝!! ロイヤルランブル1万字総括■アメリカンドリーム、ゴールダスト、コーディ……ローデス親子それぞれの物語■ジェリコvsケニー実現で考える「アメリカから見たプロレスの国ニッポン」■旭日双光章受賞!! 白覆面の魔王ザ・デストロイヤー■みんなが愛した美人マネージャー、エリザベス!■職業は世界チャンピオン! リック・フレアー!!■怪死、自殺、大事故……呪われた鉄の爪エリック一家の悲劇■ミスターTからメイウェザーまで! WWEをメジャー化させたセレブリティマッチ
    ■馬場、猪木から中邑真輔まで!「WWEと日本人プロレスラー」■WWEの最高傑作ジ・アンダーテイカー、リングを去る■『1984年のUWF』はサイテーの本!
    ■プロレス史上最大の裏切り「モントリオール事件」


    ■オペラ座の怪人スティング、「プロレスの歴史」に舞い戻る

    ■なぜ、どうして――? クリス・ベンワーの栄光と最期

    ■超獣ブルーザー・ブロディ

    ■「プロレスの神様」カール・ゴッチの生涯……
    ■『週刊プロレス』と第1次UWF〜ジャーナリズム精神の誕生〜




    ■伝説のプロレス番組『ギブUPまで待てない!!』 
    ■SWSの興亡と全日本再生、キャピトル東急『オリガミ』の集い
    ■「現場監督」長州力と取材拒否■ジェイク“ザ・スネーク”ロバーツ…ヘビに人生を飲み込まれなかった男■追悼ジミー・スヌーカ……スーパーフライの栄光と殺人疑惑■ドナルド・トランプを“怪物”にしたのはビンス・マクマホンなのか――アメリカの老舗プロレス情報誌『レスリング・オブザーバー』の記事に新日本プロレスのメイ社長が「外国の一部ゴシップ誌が〜〜」というコメントで言及しましたが、今回はその『レスリング・オブザーバー』がいったいどんなメディアなのかがテーマです。
    フミ 『レスリング・オブザーバー』は1982年に刊行されたミニコミ誌で、1985年から週刊化されました。ボクは当初から定期購読しています。アメリカのプロレス業界にジャーナリズムを持ち込んだのは『オブザーバー』編集長のデイブ・メルツァーです。彼はカリフォルニア州サンノゼに住んでいて、プロレス以外の趣味は何も持っていません。メルツァーはボクより2つくらい年上なんですが、プロレス少年がミニコミ誌を書き続けているうちにそれが本業になってしまった怪物なんです。
    ――デイブ・メルツァーは伝説上の人物っぽいところもありますねぇ。
    フミ 『オブザーバー』の年間定期購読料は130ドル。週に一度郵送されてきます。いまはウェブ版(年間購読料200ドル)もありますが、内容はA4版の文字だけの20ページ。読みきれないうちに次号が郵送されてくるほどのボリュームなんですが、これはデイブ・メルツァーひとりで書いているんです。
    ――あっ、デイブ・メルツァーひとりのライティングなんですか!
    フミ とんでもなく凄いことですよね。創刊から35年間、毎週毎週デイブ・メルツァーひとりの手で発行を続けているんです。ウェブサイトやポッドキャストはブライアン・アルバレスというメルツァーの弟子みたいな方がやってるんですけどね。
    ――35年間書き続けるってホントに怪物だ(笑)。
    フミ 『オブザーバー』自体が突然変異から生まれた怪物みたいなメディアなんですけどね。デイブ・メルツァーは子供の頃から大のプロレスファンだったんですが、10代の頃からファンジン、日本で言うところの同人誌を作っていたんです。タイプライターで打った原稿をコピーして、ホッチキスで止めて会員に郵送する。そのファンジンには全米各地の試合結果やプロレスラーのプロフィールが載っていて、アメリカや日本のプロレス雑誌の試合写真を切り貼りしてあったんです。
    ――そのファンジンがアーリー『オブザーバー』なんですね。
    フミ 当時のアメリカのプロレスマスコミというのは、ビル・アプター編集長が作るところの『プロレスリング・イラストレーテッド』や『インサイド・レスリング』という表紙はカラーなんですけど、中身はザラ紙のマガジンが主流でした。アメリカ全土の本屋さんや大きなドラッグストアのマガジンラックで売っていたんです。すべてのプロレス専門誌がニューヨークで発行されていたので、ニューヨークの地下鉄の駅でも売っていましたが、当時のアメリカ全土で発行部数5万部10万部の世界に過ぎなかったんですね。
    ――そこまで大規模ではなかったと。
    フミ アメリカのプロレスが活字によって支えられていたことは一度もないんです。なぜかといえば、雑誌はすべて月刊誌で速報性がない。80年代までのアメリカは各テリトリーで興行が行われていましたが、プロレスマガジンはその地区ごとのローカルカメラマンたちに試合写真を送ってもらっていました。そこから編集して本を作って全米の本屋さんの店頭に並ぶ頃には、すべてのニュースが2〜3ヵ月遅れになっちゃうんですよ。
    ――となると業界に与える影響力は薄いですねぇ。
    フミ それに記事の内容もとっても子供っぽいものなんです。「ケビン・サリバンは悪魔の使い」だとか各団体のストーリーラインに沿ったもの。たとえばNWA王座をめぐるダスティ・ローデスとハーリー・レイスの関係性などにしても、あくまでリング上のことなんです。
    ――オーソドックスな編集なんですね。
    フミ ニューヨークで発行されていたので、表紙はWWF(現WWE)のレスラーが中心でした。バディ・ロジャース、アントニオ・ロッカの時代から、ブルーノ・サンマルチノ、ボブ・バックランド世代まで、その時々のチャンピオンが表紙を飾っていたんです。ところが1984年にビンス・マクマホンがWWEの指揮を執り、ハルク・ホーガンをエースに全米ツアーを始めると、リングサイドで写真を撮っていたカメラマンをすべて追い出します。記者にもプレスパスを出さなくなった。日本の雑誌だけがずっと取材できたのは、WWEと直接交渉したからなんです。 
    ――会場からプロレスメディアを締め出した。メディアに影響力がないから、追い出したところでWWEは痛くも痒くもないってことですね。
    フミ なぜそんな手段に出たかといえば、WWFはオフィシャルマガジンを創刊して自らがメディアを作ったんです。オフィシャルマガジンの写真は特写でオールカラー。これまでにはない完成度の高いプロレスマガジンが出版されたことで、WWEは「プロレスには活字マスコミが存在しない」という世界を作ることに成功したんです。メディアとしての影響がないなら、雑誌ビジネスとしてもそれを自分たちで出したほうがいいに決まってますからね。
    ――スポーツ新聞やテレビなどのメディアの力で成長を遂げた日本のプロレス市場とは違うんですね。いまの新日本プロレスもメディアの力を頼らない領域に入ってますが……。
    フミ いまの日本は『週刊ゴング』や『週刊ファイト』は休刊しましたし、『週刊プロレス』もかつての部数ではなくなって、東京スポーツもプロレスをあまり報じなくなってますね。話を『オブザーバー』に戻すと、それまでファンジンを手がけていたメルツァーは大学卒業後、新聞社に就職したんですが、やっぱり自分にはプロレスしかないと会社をやめ、1985年から本格的に始めたのが『レスリング・オブザーバー』なんです。出版メディアからではなくあくまでもミニコミ誌から発展していくことになります。
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  • 【天心vs堀口をプロはこう見た】堀口恭司はなぜ笑ったのか?■大沢ケンジの原理主義トーク

    2018-10-18 20:14  
    75pt

    「おしゃべりアベマ野郎」こと大沢ケンジ師匠が「那須川天心vs堀口恭司」を分析! 
    【関連企画】

    ・「天心vs堀口はキックであってキックではない。まさに異種格闘技戦でした」■鈴木秀明
    ・「今日もダメだけど、まあいいか」と諦める……みんなボブ・サップを抱えて生きているのだ・「おい、ウソだろ? 天心の左カウンターが当たらないって……」■山田武士・台風vs雷神vs大砂嵐!! 大混乱のRIZIN.13の舞台ウラ■笹原圭一RIZIN広報――ここ最近大沢さんにインタビューすると、進化し続けるMMAの打撃の話になってましたよね。
    大沢 そういう話が多かったですね、ミクル(朝倉未来)との対談(http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1659616)もそうでしたし。ボクの中ではMMAは「打撃競技」になってるんですよ。その中で関節技や絞め技でも試合を終わらせることができる。日本の中では組みが強ければ、まあまあ勝てるし、トップにはなれるんですよ。でも、世界で戦うとなると、相手を仕留められる打撃がないと厳しい。その中でも朝倉兄弟とか打撃が強い日本人が出てきてるんですよね。
    ――そういう話を聞いていたので、堀口恭司がキックルールで戦っても全然強いんだろうなと思ってたんですけど、今回の相手が相手じゃないですか。
    大沢 あの那須川天心だからね(笑)。堀口くんは思った以上にやるなって思いましたよ。堀口くんが勝つんだったら天心くんが動きに慣れる前にバコーンと一発当てるしかない……と思っていたら、ちゃんと勝負できたじゃないですか。
    ――そこが一番ビックリしました。
    大沢 ボクのイメージだと、天心くんが距離を詰めて、もうちょっと手数を出してくると思ってたんですよ。距離が詰められていくうちに堀口くんは足が使えなくなって……堀口くんに勝機があるなら、そうなる前に倒すしかないんじゃないかと。
    ――足が使えなくなる前に仕留める。
    大沢 そうしたら天心くんが堀口くんのフェイントにけっこう反応したりして、動きを見ちゃってましたからね。思ったより詰めることができなかった。
    ――那須川選手は戦前から堀口選手のことをかなり警戒してましたね。
    大沢 そこは見たことないモノを見る怖さですよね。やっぱりいままで天心くんが戦ってきた打撃とはまるで別物なんですよ。ソフトボールの一流のピッチャーが投げる球って凄く速いですけど、ソフトボールに慣れていないプロ野球の選手がいきなり打てのるか?って話で。けっこう空振りすると思うんですよね。
    ――テレビの企画で史上最高の日本人投手・上野由岐子とプロ野球選手が対戦したんですけど、中田翔や糸井嘉男が空振り三振してましたね。
    大沢 ですよねぇ。それと同じ話で、フットサルの日本代表なら、サッカー日本代表のディフェンダーを抜けちゃうと思うんですよね。それは動きを知らないから。
    ――那須川天心でも堀口恭司の動きを初見で捉えるのは難しいってことですね。
    大沢 球筋が見えないし、天心くんは自分の土俵でやるから絶対に負けられないプレッシャーもある。たとえばムエタイのトップの選手とやるんだったら想像できたと思うんですよ。それはいま天心くんが戦ってる延長線上にいる相手だから。
    ――堀口恭司は延長線上にいない相手ではあるんですね。
    大沢 天心くんもMMAルールでやったり、MMAファイターとキックで戦ったりしてますけど、堀口くんはUFCのランカーだったわけですからね。天心くんは100メートル走のチャンピオンなんだけど、最後にハードルを一つ飛び越えるみたいな競技をやったようなもんですよ。
    ――最後にひとつ障害があるだけでいろいろと狂ってくるんでしょうね。
    大沢 逆に堀口くんからすれば、天心くんの動きは想像できたと思うんですよ。どんなに強くても「こう戦ってくるだろう」と。だから堀口くんがやり方を変えないで戦ったのは、キックボクサー相手には凄く有効で。今回やりやすかったのは、じつは堀口くんのほうじゃないですかね。
    ――でも、それは堀口選手にレベルの高い打撃技術がないと無理ですよね?
    大沢 堀口くんは自分のフェイントにもの凄く自信があったんでしょうね。総合格闘技っていろんな局面で勝負しきゃいけないじゃないですか。そのせいで打撃のフェイントが進化してるんですよ。たとえばすべての打撃を同じようなモーションで見せる。金ちゃん(金原正徳)なんかのフェイント技術も凄く高くて。まったく同じモーションで同じ場所に違うパンチを続けて打てますからね。
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  • ボクシングごっこでPPV80万件を販売した炎上お騒がせユーチューバーが、UFCファイターをのんきに挑発!

    2018-10-18 19:52  
    70pt
    Omasuki Fightの北米MMA抄訳コラム「MMA Unleashed」――今回のテーマはヌボクシングごっこでPPV80万件を販売した炎上お騒がせユーチューバーが、UFCファイターをのんきに挑発!です!【1記事から購入できるオススメ記事】ホームレスからUFCの次代の大物へ:フランシス・ガヌーの驚くべき冒険




    いったい何が起きているのか? パンクラス計量シーンに米MMA記者が猛然と激怒!
    昨日やったことは忘れてしまうが、何年も前のことは覚えている」 マーク・ハント欠場問題の背景MMA・プロレスのあり方に根本的な変化を迫る? 脳障害研究最前線の衝撃
    MMAファンは、世界で最も熱狂的で、失礼でネガティブな存在だ:絶対王者デミトリアス・ジョンソンのリアリズムUFCにはなぜ、ゲイの男子ファイターがいないのか(仮説)

    「近頃の若い選手はプロレスができていない!」インディシーン活況下の米国でも勃発、プロレス観世代抗争!管理のズサンなサファリパーク!! UFC『アスリート・リトリート』で好プレー・珍プレー続出!セコンドのグレッグ・ジャクソンが、「キ●タマでヤツを殴りつけてやれ」と選手にアドバイスする理由UFCファイターのフトコロ事情 ~ 中堅ファイターでも想像以上に厳しい現実
    ロンダの異常な愛情、または如何にして柔道を捨ててボクシングを愛するようになったか



    タイミングがすっかり遅くなってしまったのだが、今回は記録的な大ヒット興行となった、あるユーチューバー同士のアマチュアボクシング戦について紹介したい。
    仕掛けたのはアメリカのお騒がせユーチューバー、ローガン・ポール(23歳、チャンネル登録者数1,857万人)。この人は2017年に来日し、東京の街中で数々の狼藉を働いた動画を配信して悪目立ちしたことがあるので、覚えておられる方もおられるだろう。特に日本人にとっては、見ているだけで腹が立つシーンが満載だ。
    (動画) Logan Paul Being Massively Disrespectful In Japan
    https://youtu.be/wYQcU5VXde8
    ことに、調子に乗って青木ケ原樹海で自殺した人の遺体を配信してしまった件では、世界的に批判を浴びて大炎上した(その動画はすでに削除されている)。
    対戦相手はイギリスのユーチューバー、KSI(25歳、チャンネル登録者数1,970万人)。女性に対する卑猥なコメントで炎上することが多い、こちらも問題児だ。
    もともとはKSIが2月に別のユーチューバーとアマチュアボクシング戦を行い、無料配信したところ、180万人がライブ試聴、その後も累計で3600万回再生されるというヒットコンテンツとなった。これに目をつけたポールがKSIを挑発、今回の試合の実現に至ったのだ。KSIにとってはこれが2戦目、ポールにとってはこれがボクシング初戦である。
    試合前には両者がユーチューバー独特のなめらかにしてうっとうしい弁舌によるトラッシュトーク満載のプロモーションビデオを制作し、お得意のYouTubeで配信。ロサンゼルスとロンドンで大々的に記者会見まで行って試合をあおり、前日計量式はYouTubeで累計600万回の再生記録をたたき出す人気ぶりとなった。
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  • 【フリー記事】私が経験した芸能事務所トラブル■二階堂綾乃

    2018-10-18 18:59  
    新日本プロレスの選手イラストを描いてキャッキャしていたプオタ女子・二階堂綾乃@nikaidoayanoがいつのまにかMMAジムに通いだした行方すを見守るこのコーナー。今回のテーマは「私が体験した芸能事務所トラブル」です。愛媛県のご当地アイドルが亡くなった。所属事務所からのパワハラ、過労による自殺だそうだ。この事件を耳にした時、私はなんとも言えない複雑な気持ちになった。 私を昔から知っている方ならご存知かと思うが、私はある時突然芸能活動を辞め、しばらく活動を休止していた。実はあの時、私は1年間無給で働いており、事務所を辞めるため活動を停止せざるを得なかったのだ。
    20代前半の頃、「何か変わったことを始めたい」と思った私は、原宿で何度かスカウトされた中で一番まともそうだった事務所Aの契約書にサインをした。
    今考えるとこの時点で芸能界への入り方を間違えていたのだが、私は芸能界に入るにはスカウトが
  • プロレス復帰してジャーマンを喰らいました!■金原弘光

    2018-10-18 18:01  
    70pt

    伝説のプロレス団体UWFインターナショナルでデビューして、キングダム、リングス、PRIDEと渡り歩いた日本格闘技の生き証人金原弘光が格闘技界黎明期を振りかえる。今回はプロレス復帰について!
    【1記事50円から購入できる関連企画】金原弘光、重病で緊急入院!! 「高山くんはもっと大変。またリングに立てるように頑張るよ」【アメフト悪質タックル問題】プロレス界の「潰せ!」とは何か?【伊調馨問題・告発者B氏】「安達さんがUインターにレスリングを教えてくれたんだよ」UWFが柔術を知った日〜道場はどう変わっていったのか〜 ――金原さんはデビュー前の山本KID徳郁選手と面識があったそうですね。
    金原 ノリはエンセン(井上)と一緒にリングスをよく見に来てたんだよ。礼儀正しくてね。まさかあそこまでスターになるなんて思いもしなかったね。
    ――練習はされたことはあったんですか?
    金原 練習はないんだけど、ノリはタイでも練習していたでしょ。エンセンがセンティアンノーイジムという有名なジムの近くにアパートを借りていてね。試合前に合宿を張るときはホテルを借りるより安いから。俺もリングスをやめた直後にタイにトレーニングに行ったんだけど、エンセンから「アパートを使っていいよ」と。俺はセンチャイのジムでも練習したことがなかったから、そのアパートに行ってみたんだよね。そうしたらちょうどノリもいて。
    ――じゃあKIDさんと一緒に寝泊まりしたんですね。
    金原 とはいっても1日だけだったんだけどね。なんで1日だけかと言ったら、そのアパートがあまり掃除が行き届いてなくてね。トイレが汚くて、新生UWF道場のトイレ並なんだよ(笑)。
    ――「新生UWF道場のトイレ並」という基準(笑)。
    金原 便座に座れないぐらい汚いんだよ。俺がUインターに入った頃ってまだ道場がなくてね。新生UWFの道場を使わせてもらってて。そのトイレがもう汚いんだよ(笑)。洋式なんだけども、誰も便座に座ることはできないくらい汚い。
    ――便座の意味をなしてないですよ(笑)。
    金原 垣原(賢人)さんに「これ、どうやって座ってるんですか?」って聞いたんだよ。そうしたら、空気椅子で座るか、便座の上にしゃがむか(笑)。
    この続きと、追悼・輪島、天心vs堀口、修斗対談、マクレガーvsハビブ……などの記事がまとめて読める「10万字・記事20本の詰め合わせセット」はコチラ 
     
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  • 台風vs雷神vs大砂嵐!! 大混乱のRIZIN.13の舞台ウラ■笹原圭一RIZIN広報

    2018-10-15 13:50  
    80pt

    大会直後恒例となっているRIZIN広報・笹原圭一氏インタビュー。台風の影響で試合順変更となったRIZIN.13を総括します!!

    【関連企画】

    ・「天心vs堀口はキックであってキックではない。まさに異種格闘技戦でした」■鈴木秀明
    ・「今日もダメだけど、まあいいか」と諦める……みんなボブ・サップを抱えて生きているのだ・「おい、ウソだろ? 天心の左カウンターが当たらないって……」■山田武士・初日だけで1万枚突破! 天心vs堀口のスーパーファイト大反響!!■笹原圭一RIZIN広報――笹原さん! 今回のRIZIN.13はいろんな意味で歴史に残るイベントになりましたねぇ。天心ならぬ天災、台風vs雷神vs大砂嵐ですよ(笑)。笹原 ボクも長いこと格闘技興行に携わっていますが、ここまでドタバタしたのは記憶にないですねぇ。大雪が降った大晦日の『PRIDE男祭り』がありましたが、今回のに比べたらかわいいもんですよね(笑)。今回は、あんまりにも大変すぎて、途中から面白くなってきましたからね。「こんな経験めったにできないぞ!」って、トラブル・ハイみたいな感じでした(笑)。 
    ――台風の影響で電車の運行停止は想定してました?
    笹原 台風が接近していることは当然わかっていましたが、天気図を見ても都心を直撃するのは興行後だったので、想定していなかったわけではないですが、まさか当日のあの時間帯にJRがそういった決断を下すとは思いもしませんでしたね。
    ――夜20時以降の運行停止を発表したのは、大会当日の正午過ぎあたり。ここ最近は災害対策の意識も変わりつつある中で、JRが早めの決断を下したということですよね。
    笹原 ということだと思います。ボクが会場入りしたのが8時前くらいで、物販のためのロビー開場が11時だったんですが、天気もそこまで崩れてなくて予定どおりの感じだったんです。そうしたら昼ぐらいに「JRが20時に止まるぞ!」という情報が入ってきて。で、最初は「は? まだ全然天気もつんじゃね?」くらいの感じで真に受けていなかったんですよで、各所にいろいろ確認したらどうも本当らしいと。しかも一度そういう発表をすると、すぐに解除されるようなこともないし、JR以外も同様の対応をするだろうと。もう台風vs雷神vs大砂嵐vs JRみたいな感じですよ(笑)。
    ――頑張れJR(笑)。
    笹原 で、緊急でフジテレビ、制作チーム、主催者が集まって対応を協議しました。19時までに大会を終わらせないと、お客さんが電車で帰ることができない。大会は15時開始ですから、どうやっても19時に終わらせることは不可能なんですけどね。
    ――全13試合ですから、煽りVなし、入場なしの5分✕2Rにしてやっとですよねぇ。
    笹原 電車の都合でメインの天心vs堀口を見られないまま会場をあとにするお客さんも出てくる。だったら最大の目玉である天心vs堀口を前に持ってくる試合順に変更しようという話になったんです。この試合順であれば天心vs堀口が19時には終わるという計算までしました。そこから選手たち、制作チーム、テレビ局……と各方面の調整に走ったんです。
    ――「試合順変更」以外の選択肢ってありましたか?
    笹原 あるとすれば、何試合か中止にする……ということですけど、それも現実的な話ではないんですよね。ファイトマネーを払うから中止にするといっても、選手からすれば全身全霊を懸けて試合の準備をしてきたわけですから。
    ――同日のX JAPANは無観客ライブに変更されましたが、中止という決断はありえましたか?
    笹原 さいたまスーパーアリーナの屋根が飛んだとか、河川が氾濫して東京と埼玉が分断された、みたいな物理的に開催できないようなことがないかぎり、中止は考えていませんでした。
    ――ライブや野球と違って振替興行は難しいところもありますか?
    笹原 そういう意味では一回性が凄く高いスポーツですよね。格闘技の場合は後日あらためて振替興行というわけにはなかなかいかないですし。
    ――野球といえば、こないだ名古屋に中日ドラゴンズvsヤクルトスワローズの観戦をしてきたんですけど、ナゴヤドームだから雨天中止はありえないじゃないですか。ところが大雨の影響で広島から用具を運ぶトラックの到着が大幅に遅れたので、選手は揃ってるのに中止になりましたからね(笑)。
    笹原 そんなことってあるんですね(笑)。格闘技興行は極端な話、選手とレフェリーがいれば試合はできるんですけどね。あとはリングか。
    ――たとえば前日にJRが運行停止のアナウンスをしていたら、どうしていましたか?
    笹原 うーん、そうなってみないと正直対応の仕方はわからないですね。あんまり考えたくはないですけど(笑)。
    ――夜にはフジテレビの地上波放送もありましたし、なんとかやるしかないですよねぇ。
    笹原 万が一のことを考えて事前にフジテレビともやり取りはしていたんです。ただ、お昼にはその決断を下すような状況に置かれるなんて想像していなかった。なので放送の対応も超大変でしたねぇ。生中継前提で秒単位のスケジュールが組まれてたんですよ。天心vs堀口の試合順を早めるということは、予定していた生放送もとりやめるということですし、番組構成をイチから作り直さないといけないわけですから。じつは相当な判断だったんです。
    ――できることなら試合順も変更せず、生中継もあのまま実施したほうが興行としての事故は起きにくかったはずですよね。
    笹原 興行以外の事故を防ぐために、そういった対応をしないといけなかったということですよね。開会式をカットして、試合後のマイクもカットして……それでも天心vs堀口の開始時点で想定より10分くらい押してたんですけど。
    ――1ラウンドで終わる計算だったボブ・サップvs大砂嵐が判定までもつれ込む想定外の事態も起きたり(笑)。
    笹原 本当はリング上でサップのマイクも聞きたかったですよ(笑)。でも今回は前半戦のマイクはすべてカットして、進行も巻きで進めるしかなかったんです。
    ――いままで試合順を変えたことってありました?
    笹原 2006年の『やれんのか!』のときにヒョードルvsチェ・ホンマンと三崎和雄vs秋山成勲をTBSで生中継するために大会途中で試合順を変えましたね。
    ――ああ、ありましたね!(笑)。
    笹原 今回は予定どおりの試合順だったとしても、生中継開始の時間までに試合が消化できそうになかったら、第10試合に予定していたイリー・プロハースカvsジェイク・ヒューンの試合を最終試合に持っていくプランも用意していたんですよ。前回の大会で生中継に合わせるために会場のお客さんをだいぶお待たせしまった反省から、そんなバックアッププランも用意してたんですよ。
    ――そうやって時間調整することは海外の興行でよくありましたね。
    笹原 で、そういう判断をするときに、なによりも大切なのはお客さんにどうやってアナウンスするかなんです。これを失敗すると、どんなに最善の判断だったとしても、まったく真逆の反応になっちゃうことがある。
    ――いまの社会って発表の仕方次第で炎上しますし……。
    笹原 今回は、スカパー!のPPVだと放送されなかったんですが、大会開始前に社長がリング上から試合順変更のアナウンスをしたんです。「なんとか興行を成立したい。苦肉の策ですが皆さんご理解いただけますか?」って。で、その説明をしたときにお客さんの反応が非常に好意的だったんです。感情的過ぎてもダメだし、かといって事務的過ぎてももっとダメですから、中庸なところでお客さんに説明するのって至難の技なんですけど……はっきり言って、今大会のMVPは社長のマイクだと思います(笑)。 
    ――榊原さんのマイクがMVP!!(笑)。まぁでも前代未聞の事態にお客さんも気分が高揚してたんでしょうね。
    笹原 「あの興行に現地で見たんだ!」って永遠に語り継がれると思いますよ。NHKの台風関連ニュースでもRIZINは取り上げられたみたいですし。
    ――会場外で取材されたお客さんが「青梅まで歩いて帰ります」って言ってたみたいですね(笑)。
    笹原 はい。私もそのニュースを運営本部で後片付けしながら見ていました。その言葉を聞いたら「もう、俺んち泊まんなよ!」って言いたくなりましたよ(笑)。本当にお客さんには無理をさせてしまったことは申し訳けないと思っていますし、新しいチャレンジだったe-sportsもこんなドタバタの中でやるはめになっちゃいましたし。
    ――試合順に関していえば、大砂嵐vsボブ・サップのあとに休憩がないのもキツイんじゃないかと思ったんですね。試合順が発表されたときに「なんで大砂嵐の試合が浜崎朱加や越智vs砂辺のあとなんだ?」って声があったんですが、大砂嵐vsサップって直後の試合を無効化するパワーがあるじゃないですか(笑)。
    笹原 そうなんです。大砂嵐vsサップのあとって、いったん休憩を入れて会場の空気の入れ替える、というのが興行側の「定石」ですよね。でも、まさかあんなふうに突き抜けた試合になるとは……まさにビビって、たじろぎました(笑)。 
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