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記事 28件
  • 【13万字・詰め合わせセット】サバイバル飛田、馬場元子、RENA劇場、那須川天心、倉持隆夫…

    2018-05-31 23:59  
    540pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part52は大好評インタビュー17本、コラム6本、13万字オーバーで540円!!(税込み)

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    part52 

    ◎インディの怪人、ついに語る!! サバイバル飛田「もう客を焼き払うしかなくなった……」
    ◎最後まで全日本プロレスを愛した馬場元子さん■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」
    ◎事情通Zの「プロレス 点と線」
    女子プロレスラー浜田文子、覚醒剤使用逮捕の衝撃
    ◎消された「2010年12月23日」――修斗に何が起きたのか/朝日昇インタビュー第2弾
    ◎元・全日本中継アナ倉持隆夫「古舘伊知郎と違って何が起こるか知らずに実況でした」
    ◎ジャイアント馬場夫人と親友サンマルチノ、2人の死――■斎藤文彦INTERVIEWS
    ◎RIZIN特集
    ・われわれは「浅倉カンナvsRENA再戦」に踊らされているのか
    ・われわれは「那須川天心vsMMA」に踊らされているのか
    ・衝撃秒殺!! キック出撃! 堀口恭司インタビュー「那須川くんの分析は完了してますよ」
    ・格闘技界を解放できるのか……『覚醒』那須川天心/Dropkick読書会
    ・業界歴21年目の笹原圭一広報、RIZINの中心で格闘技愛をさけぶ
    ・【RIZIN初登場!!記念復刻】浜崎朱加、UFC女子トップファイターに会う
    ・髙田本部長の「鳥肌立った!」はどこに消えたのか―― RIZIN解説者問題!
    ◎オマスキファイトのMMA Unleashed
    ・レッスルマニア裏話:『ファビュラス・ムーラ記念杯』バトルロイヤルに1万人が反対した理由
    ・“ローリングサンダー” に全米陶酔! ナスカワマニア暴走中!
    ・『ベラトール200』直前! スコット・コーカー発言に見るベラトールのこれまでとこれから
    ・UFC on ESPN+始まる:ストリーミングのビッグディールはUFCをどう変えるか
    ◎プロレスファンのマナーはいいと思ってます!■二階堂綾乃
    ◎シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク
    これでいいの? 試合消滅の保証金は一律1万ドル/「バス襲撃事件」その後のコナー・マクレガー
    ・【ONE初参戦、即王座挑戦!!】長谷川賢「腐らずやってきて……いや、腐ってたんですけどね(笑)」
    ◎アメプロインディ通信「フリーバーズ」
    ・10メートルの高さから、蛍光灯と有刺鉄線の塔へ飛び降りろ!
    ・血の雨が降る! アメリカの夏、デスマッチの夏に大日本が参戦
    ◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉プロレス界が騒然となったサバイバル飛田のGAORA TVチャンピオンシップ次期挑戦者決定バトルロイヤル優勝!! 「インディの怪人」が王者・秋山準と対峙するというおどろおどろな展開となったが、プロレスファンなら誰もが一度は耳にしたことのあるサバイバル飛田とは何者なのか? 怪しい世界に一歩踏み込んでみた――。  ――飛田さんって強烈なキャラクターのわりには、あまりインタビューを受けてないですよね。
    飛田 そうですねー。つまんないと思われてるのかもしれないですね。いや、メチャクチャ面白いと思いますよ。
    ――いきなりハードルを上げますね(笑)。昔『紙のプロレス』という雑誌で取材を受けていた記憶があるんですが。
    飛田 ああ、原始猿人ヴァーゴンとやったときですね。電話の取材で……。
    ――あ、電話取材だったんですか。
    飛田 わざわざ取材場所を設けるのが面倒くさかったんじゃないですか。
    ――なるほど(笑)。
    飛田 昔『Gスピリッツ』の携帯サイトのコラムには、デビューした当時からのことを書いてたんですけどね。あまりにも他のレスラーの悪口しか書かないから編集長からダメ出しを食らって。
    ――飛田さんはなぜプロレスラーになったのかっていう背景がちょっと見えづらいというか。
    飛田 昔はやっぱね、初代タイガーマスクですよ、とっかかりは。あとはジャイアント馬場さんのフリークス性に惹かれたところもありますね。
    ――怪物としてのプロレスですね。
    飛田 アントニオ猪木に憧れて……というのは、もうちょっと上の世代で。猪木の全盛期が終わってどうなるのかっていうときにタイガーマスクが現れて、そのタイガーマスクもいつも勝ってばかりだからライバルの小林邦昭に感情移入しちゃって。あの頃は水曜スペシャルで新日本の特番がやってたんですよ。俺のイメージでは「金曜夜8時」じゃなくて「水曜夜7時半」で。
    ――水曜スペシャルは川口浩の探検隊シリーズもやってましたよね。
    飛田 川口浩は月1の放送だったんですよ。川口浩探検隊が内在するものがプロレスだったのかもしれないですね。
    ――そう捉えると、埼玉プロレスの怪人対決は納得できますね。
    飛田 カルガリーハリケーンズが新日本から抜けたあとは全然プロレスを見なくなったんですよ。高校受験だからテレビは見るなっていうこともあって。まあ、プロレスはもう見なくてもいいかっていう感じもあったんだけど、Uが新日本に帰ってきたからまだ見始めて。
    ――UWFは気になったんですね。
    飛田  それもあって佐山聡の『ケーフェイ』では衝撃的でしたよ、ミスター高橋の本より。しれっと出してるけど、何気にこれはとんでもない本だなって。
    ――高橋本の場合は、カミングアウトの土壌ができてましたからね。
    飛田 あの本だけじゃなくてミスター高橋が出してる本はわりと暴露系じゃないですか。80年代半ばに、ロープに返ってくる返ってこないとか『ケーフェイ』は書いてるわけですからね。
    ――どういう経緯でプロレスラーになったんですか?
    飛田 大仁田さんの存在がデカイですよね。FMWを旗揚げした当時、ほとんどのプロレスファンは大仁田さんのことはバカにしてたと思うんですよ。
    ――蔑んだ視線は確実にありましたねぇ。
    飛田 大仁田さんのFMWから間口が広がったところはありましたよね。それまではいまみたいに誰でもレスラーになれなかったし、FMWの入門テストの基準が身長175センチ以上え。これは俺でもプロレスラーになれるじゃんって。
    ――飛田さんはプロレスラーになりたかったんですか?
    飛田 帝京大学で学生プロレスをやってたんですよ。SWSガクセイプロレス。とはいっても、全然練習してなかったですけどね。体育倉庫にマットを引いて、そこで受け身を取る程度で。
    ――リングはなかったんですか?
    飛田 リングは試合のときだけですね。借りるのに20万円ぐらいかかるから、1人頭6000円ぐらいで割って借りるんですよ。練習もやってないから、ちゃんとした学生プロレスの動きはできなかったし。いま思い返すと、それなのになんでプロの道に入っちゃったんだろ?って。
    ――自分でも不思議で。
    飛田 それは当時のインディがあまりにもレベルが低かったから「これは俺でも上に行けるんじゃねぇか」って。W☆INGの前座の試合とか、徳田光輝vs松永光弘を見ていたら「これは俺でもやれるよ!」って(笑)。
    ――自信がついちゃいましたか(笑)。
    飛田 そこはターニングポイントですね。その頃リング設営のアルバイトをやってて。アイアンマン西田というレフェリーと知り合いになって、なんとかW☆INGに潜り込めないかって話をしたんですよ。これだけレベルが低いんだからも俺も入れるじゃねえかと。ビクター・キニョネスとかにも相談して。 
    ――レベルが低いを繰り返しますね(笑)。
    飛田 俺よりデカイ奴も誰一人いないし。非道さんぐらいですよ。みんなバギーパンツ履いてるでしょ、あの頃は。一緒にリングを片してると、誰がレスラーだかわかんないんですよね。
    ――でも、W☆INGには入れてもらえなかったんですよね。
    飛田 結局ダメでしたね。そこは固いです。一番底辺だからこそじゃないですか。レベルが低いからこそ、逆にスゲープライドを持ってるんじゃないですか。
    ――飛田さん、面白いですね。
    飛田 いや、本当にレベルが低かったんですよ。ジェッド・ジャガーvsモンゴルマンという輝くべき試合があったんですけど、『週プロ』の読者投稿で「素人以下だ」と書かれたりしてて。
    ――そのまま掲載されるのも凄い話ですよ(笑)。
    飛田 W☆INGはダメだけど、谷津(嘉章)さんの所(社会人プロレスSPWF)が募集してたからそこに入って。あれはリングで遊ばせてやる代わりに、設営を手伝わせてたんですけどね。
    ――SPWFって3部形式でしたけど、具体的にどういうシステムだったんですか?
    飛田 1部がプロレス、2部がセミプロ……。
    ――セミプロといいますと?
    飛田 学生プロレスや社会人のプロレスですね。3部はアマレスですね。
    ――アマレス?
    飛田 シロウトがやると危ないってことでプロレスはやらせてくれないんですよ。2部のセミプロも頭から落とす技とかはダメだったり、いろいろと制約が多くて。俺はちゃんとした学生プロレスの動きができてなかったから、3部でアマレスやってて。そのときの同期が怨霊ですね。
    ――3部のレスリングというのは、競技として見せるということなんですか?
    飛田 そうですね。でも、俺はブレイクのあとにパンチ攻撃をしたり、メリケンサックの凶器攻撃で反則負けとかになって。
    ――えっ、ちょっと意味がわからないんですけど。純粋な競技として取り組まないといけないのに、反則をしたってことですか?
    飛田 そう。コーチ役の仲野信市がメチャクチャ怒ってましたね。「アンちゃん、いい度胸してるなぁ!?」って凄まれて。
    ――ハハハハハハ! プロレスをやりたいなら2部でやればいいんじゃないんですか?
    飛田 2部でやるには昇級試験で合格しなきゃいけないんですよ。受け身は辛うじてできたんですけど、それ以外がまるでダメで。ただ、こっちは設営を手伝ってるし、金を払ってリングに上がってるんですよ。2〜3ヵ月で1万円くらいかな。「こっちはお客さんだろ!」っていう頭があって。だからずっとふざけてたんですよね。谷津さんは俺のことを気に入ったみたいですけど、仲野信市は凄く怒ってましたね。「アイツはナメてる!(怒)」って。
    ――おっかなくて有名な仲野さんを前によくできますよ(笑)。
    飛田 興行は群馬近辺が多かったんですけど、東京から交通費を払って行ってましたからね。ギャラは当然もらえないですし、メシも出ないです。だったらこっちも適当にやっていいだろって。そんなときに高野俊二(高野拳磁)が屋台村で興行をやるからってことで。仲の良かった森谷(俊之)さんから「良かった来ない?」って誘われて。
    ――ニセ大仁田こと森谷さん。
    飛田 前座で1試合やらないかって話で。まあアマレスっぽい試合なんですけどね。で、行ったらメインが高野俊二vs宇宙パワーで。宇宙パワーの中身が高杉正彦だったんですけど、高野俊二が「ジジイはもう呼びたくねえんだ」って言い出して。俺は脇で「何か面白いことになってるなあ……」と見てたんだけど、高野俊二が「おまえ、受け身を取ってみろ!」って言い出したんですよ。10回ぐらい受け身を取ったら「いけるな」って。
    ――デビュー戦は高野拳磁戦だったんですか、そんな経緯で(笑)。
    飛田 そこから高野俊二とか屋台村以外でも試合をやるようになって。俺が日本人の中で高野俊二のダブルニーを一番食らってるっていう自負はありますよ。ずっと高野俊二と試合やってましたからね。・火炎放射という名の四天王プロレス・アップダウンにとにかくうるさい徳田光輝・将軍KY若松はガチでマジでヤバイ・インディ最大の謎、森谷俊之という男・全日本プロレスに出た理由……このサバイバル飛田記事と、インタビュー17本、コラム6本、13万字オーバーの詰め合わせセットはまだまだ続く!
     
  • ジャイアント馬場夫人と親友サンマルチノ、2人の死――■斎藤文彦INTERVIEWS

    2018-05-27 13:11  
    90pt
    80年代からコラムやインタビューなどを通して、アメリカのプロレスの風景を伝えてきてくれたフミ・サイトーことコラムニスト斎藤文彦氏の連載「斎藤文彦INTERVIEWS」。マット界が誇るスーパースターや名勝負、事件の背景を探ることで、プロレスの見方を深めていきます! 今回のテーマは「ジャイアント馬場夫人と親友サンマルチノ、2人の死――」です!イラストレーター・アカツキ@buchosenさんによる昭和プロレスあるある4コマ漫画「味のプロレス」出張版付きでお届けします!Dropkick「斎藤文彦INTERVIEWS」バックナンバー
    ■ベルトに届かず…されど「世界に届いた中邑真輔」のレッスルマニアを語ろう ←new■ステファニー・マクマホン、幻想と現実の境界線がない生活■ロンダ旋風、中邑&ASUKAダブル優勝!! ロイヤルランブル1万字総括■アメリカンドリーム、ゴールダスト、コーディ……ローデス親子それぞれの物語■ジェリコvsケニー実現で考える「アメリカから見たプロレスの国ニッポン」■旭日双光章受賞!! 白覆面の魔王ザ・デストロイヤー■みんなが愛した美人マネージャー、エリザベス!■職業は世界チャンピオン! リック・フレアー!!■怪死、自殺、大事故……呪われた鉄の爪エリック一家の悲劇■ミスターTからメイウェザーまで! WWEをメジャー化させたセレブリティマッチ
    ■馬場、猪木から中邑真輔まで!「WWEと日本人プロレスラー」■WWEの最高傑作ジ・アンダーテイカー、リングを去る■『1984年のUWF』はサイテーの本!
    ■プロレス史上最大の裏切り「モントリオール事件」


    ■オペラ座の怪人スティング、「プロレスの歴史」に舞い戻る

    ■なぜ、どうして――? クリス・ベンワーの栄光と最期

    ■超獣ブルーザー・ブロディ

    ■「プロレスの神様」カール・ゴッチの生涯……
    ■『週刊プロレス』と第1次UWF〜ジャーナリズム精神の誕生〜




    ■伝説のプロレス番組『ギブUPまで待てない!!』 
    ■SWSの興亡と全日本再生、キャピトル東急『オリガミ』の集い
    ■「現場監督」長州力と取材拒否■ジェイク“ザ・スネーク”ロバーツ…ヘビに人生を飲み込まれなかった男■追悼ジミー・スヌーカ……スーパーフライの栄光と殺人疑惑■ドナルド・トランプを“怪物”にしたのはビンス・マクマホンなのか――ジャイアント馬場さんの奥さんである馬場元子さんと、馬場さんの親友だったブルーノ・サンマルチノさんが同時期にお亡くなりになってしまいました。
    フミ サンマルチノさんが4月18日、元子さんが4月14日にお亡くなりになりましたね。元子さんの場合は密葬を済ませたあと、4月23日に東京スポーツを通じて発表されました。
    ――発表されるまでは、生前の元子さんと親交のあったプロレス界関係者でさえも知らなかったそうですね。
    フミ 元子さんはもうプロレス界の人ではなかったことも、しばらく公表されなかった理由かもしれませんね。元子さんのことは姪っ子さんが最後まで面倒を見ていたようですが、もしかしたら和田京平さんはご存知だったかもしれません。馬場さんが亡くなったあとも、京平さんは元子さんを支え続けていて、それはプライベートにまで及んでいたそうです。ある日、元子さんから「京平ちゃん、家に来て」と言われて家に行ってみたら「電球を変えて欲しいの」と。
    ――昭和の奉公人の世界というか。フミさんが最後に元子さんに会ったのはいつなんですか?
    フミ 秋山準が現在の全日本プロレスの運営会社の社長になったときに元子さんは後楽園ホールに来られてますが、そのときだったと思います。全日本プロレスとはいっても屋号を引き継いでいるだけなんですが、元子さんは「秋山くんならば」ということで、全日本プロレスの暖簾を使う許可を出しているんですね。
    ――名前は全日本プロレスだけど、法人会社は変わっていて。コンテンツホルダーは元子さんなんですね。
    フミ 全日本プロレスという名前と、おなじみの団体ロゴを使うことは元子さんのお墨付きなんです。こんなケースはありえないと思いますが、秋山選手以外の人が「全日本プロレス」という名前を使うことはできない。いまの全日本プロレスには3冠のベルトがあり、アジアタッグのベルトがあり、チャンピオンカーニバルや世界最強タッグも開催されている。全日本プロレス以外の何物でもないわけですよね。どこの世界でも家元が亡くなると跡目を巡って争いごとが起きるものなんですが、秋山準の全日本プロレスは極めて正統・正当性が高いわけですね。
    ――秋山選手は馬場・全日本プロレスの生え抜きですし。
    フミ 秋山選手は元子さんにきちんとお伺いを立てる人なんですが、こんなエピソードがあるんです。3冠というのは取ったレスラーの好みが出るというか、ジャンボ鶴田さんは基本的にインターのベルトを腰に巻いたんです。あとの2本は手に持ちました。
    ――インターを巻いてUNとPWFは手に持つんですね。
    フミ それはジャンボ鶴田さんの拘りなんでしょうね。スタン・ハンセンの場合は3本とも手に持つ。鈴木みのるもそうでした。天龍さんであれば、UNのベルトを腰に巻いたんですよ。
    ――天龍さんの原点はUNですもんね。 
    フミ 三沢光晴や川田利明はインターを腰に巻くタイプだったんですが、秋山選手の場合はなぜかPWFのベルトを腰に巻きたかったんです。秋山選手は2011年に初めて3冠を取りました。馬場・全日本のときは取ってなかったんです。
    ――それくらい馬場・全日本時代の3冠の壁は厚かったということですねぇ。
    フミ 3冠を取ったときに秋山選手は何をしたかといえば、元子さんに電話をかけて「馬場さんをイメージさせるPWFのベルトを巻いていいですか?」と確認を取ったんですよ。元子さんからすれば嬉しいことだったのではないかと思います。何年経ってもも、まずそうやって元子さんにお伺いを立てるわけですから。
    ――そういった配慮ができるからこそ、元子さんも秋山選手に全日本プロレスを託せるわけですね。
    フミ 秋山選手は全日本プロレスから離れNOAHに移りましたが、また全日本に戻ってくることになった。武藤・全日本よりも秋山・全日本の方が、かつての全日本プロレスっぽいところを感じられるじゃないですか。
    ――「神は細部に宿る」じゃないですけど、どのベルトを巻くのかという確認が取れる人間ですもんね。
    フミ チャンピオンベルトというものは宗家に代々伝わる掛け軸、坪やお皿ではないですが、それほど伝統で由緒あるお宝という認識が秋山選手にはあったということですね。
    ――ベルトは単なる興行の道具ではないと。
    フミ 秋山・全日本になってから、新しく3冠のベルトが作られ、旧3冠の3本のベルトは元子さんのもとに返されたんです。そこは元子さんの要望だったと思いますし、晴れて“本家”に戻ったということですね。元子さんはホスピスのようなところに入院されていたと聞いていますが、恵比寿には馬場さんと元子さんが住んでいたマンションがあるんです。そこにはいま言った3冠のオリジナルベルトがありますし、馬場さんがハーリー・レイスに勝ってNWAのベルトを2回取りましたが、そのときに自分用に作ったNWAのベルトもあると伝えられているんです。
    ――記念ベルトじゃないですけど。
    フミ いわゆる「ハリーレイスモデル」と言われているベルトと同じ作りで、レプリカと言っていいのかわからないですが、チャンピオンになった選手だけが作ることが許されるベルトがあるんです。それは誰にも見せたことがないんですね。
    ――そのお宝ベルトが馬場マンションに眠ってるんですね。
    フミ 馬場さんのマンションにはそれ以外にも等身大の馬場さん人形が置いてあり、馬場さんの歴代ガウンがすべて揃ってるんです。1着数百万円、ヘタしたら1000万円近くするガウンが全部残ってるらしいんですよ。
    ――関係者が勝手に売り払ったといわれる猪木さんのガウンとは扱い方が違う(笑)。
    フミ 赤や朱色、たまにしか穿かなかった青のショートタイツ、歴代リンズシューズももちろん残っています。それから元子さんはミル・マスカラスの大ファンだったこともあって、マスカラスが来日するたびにもらっていたマスクがたくさん溜まっていて。プラスチックの衣装ケース5〜6個の中に敷き詰めてあると言われてるんですよ。
    ――マスク屋さんもビックリのコレクション!
    フミ 元子さんは純粋な人で、マスカラスは「千の顔を持つ男」と言われたので、本当に1000種類のマスクがあると思っていたそうなんです。たしかに初期はデザインが違うマスクがたくさんあったんです。あるときから、お馴染みのマスカラスデザインが基本になって、色だけが変わっていきました。それでもマスカラスが来日するたびに元子さんはマスクをもらっていたので、本当に1000枚ぐらい持ってるらしいですよね。
    ――そのコレクションは相当価値があるんじゃないですかね。
    フミ マスカラスのマスクなんて1枚何十万円もの値打ちがありますし、それが1000枚近くあるわけですからね。いろいろものがありすぎて、恵比寿のマンションの地下にあるストレージルームを借りて、そこにはジャイアントサービスのグッズもいわゆる在庫も大量にあるらしいんです。
    ――『開運!なんでも鑑定団』で取り扱って欲しい(笑)。
    フミ 馬場さんはハワイにもマンションを持っていますし、全国津々浦々というわけではないですが、全日本の売り興行のときにお金を払えなかったプロモーターが代わりに土地で支払ったケースもあるらしいんですよね。
    ――それも凄い話ですね(笑)。
    フミ プロレスファンからすれば恵比寿のマンションに残されたお宝がどうなるかは気になりますよね。馬場さんの博物館を作れます。オリジナルの3冠ベルトやガウンも飾れますし、馬場さんが普段着ていたスーツだって見てみたいですね。この続きと、サバイバル飛田、朝日昇、馬場元子、RENA劇場、倉持隆夫などの記事がまとめて読める「13万字・記事23本の詰め合わせセット」はコチラ 
     
    http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1551897
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  • プロレスファンのマナーはいいと思ってます!■二階堂綾乃

    2018-05-27 12:41  
    65pt
    2018年にもなって「いまの新日本プロレスには猪木イズムが足りない!」などと口走ってしまうオールドファンに向けて二階堂彩乃(@nikaidoayano)先生が“いまのプロレス”の魅力をお伝えする共存共栄コーナー。今回はプロレスファンのマナー問題です!【関連企画】・ポールダンサーは踊るよ……妖しい興行に旦那が出た話・【#MeToo】身体を鍛えてから一度も変質者に遭ってない・中邑真輔がWWEで成功するのは、あったりまえじゃん!・「Y2J」コールができなくても楽しかったクリス・ジェリコ――今日はプロレスファンのマナー問題です。新日本プロレスの岡倫之選手が公式サイトのコラムで観戦マナーについて書いたことが話題になってますね。
    二階堂 岡選手はセコンドとして事故や事件が起こらないように大変みたいですね。たしかにマナーの悪いお客さんもいるとは思いますが……私はプロレスファンのマナーっていいと思ってます!
    ――開始5秒で終わってしまった(笑)。
    二階堂 いや、全員が全員マナーを守ってるとは言わないですよ。数年前には「中邑真輔抱きつきオンナ」という有名なファンがいたり、かなり前のことですが後楽園ホールのバルコニーで酔っ払っているオジサンが係員に連行されていましたね(笑)。
    ――まあ、昭和のプロレスファンは会場に放火してましたからね。マナー違反どころか犯罪ですよ!(笑)。
    二階堂 ハハハハハハ。何か大きな事件や問題が起きないようにファンも気を配らないといけないのはたしかです。私は会場観戦するときは1番安い後ろの席なんですけど、そこのゾーンだと大騒ぎするファンはあまりいないんですよね。前の方の席や入場に近いと、そりゃあエキサイトしちゃうのかもしれませんが……。
    ――ここにきてマナーが悪くなった、という感じではないわけですね。この続きと、サバイバル飛田、朝日昇、馬場元子、RENA劇場、倉持隆夫などの記事がまとめて読める「13万字・記事23本の詰め合わせセット」はコチラ 
     
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  • 『ベラトール200』直前! スコット・コーカー発言に見るベラトールのこれまでとこれから

    2018-05-25 10:47  
    65pt
    Omasuki Fightの北米MMA抄訳コラム「MMA Unleashed」――今回のテーマは『ベラトール200』直前! スコット・コーカー発言に見るベラトールのこれまでとこれからです!<MMA Unleashedオススメコラム>■“ローリングサンダー” に全米陶酔! ナスカワマニア暴走中!■米国で話題沸騰、アンドレ・ザ・ジャイアントのドキュメンタリー番組 「1日でもいいから普通の大きさになりたい」■アスカ連勝ストップ、中邑ヒールターンをアメリカはどう報じたか【レッスルマニア34レビュー】■【衝撃レポート】ジョシュ・バーネットはいかにして、薬物検査失格の疑いを晴らしたのか■地球上最強男スティペ・ミオシッチは、それでも時給14ドルで消防署で働く
     
    現地時間5月25日(金)に、米国MMA第2の団体ベラトールが、節目となる大会、『ベラトール200』をロンドンで開催する。
    ベラトールは2009年に初代CEOのビヨン・レブニーが、UFCに対抗すべくシーズン制、トーナメント制というスポーツライクな特徴を押し出して設立した団体だ(つい最近もどこかで聞いたような話ではある)。2011年10月からスパイクTV(現パラマウント・ネットワーク)での放映が開始され、ナンバー2団体としての地位を固めた。この時スパイクTVは放映権ではなく会社自体を買い取り、ベラトールを子会社化している。2014年7月に親会社スパイクTVとの「戦略的方向性の相違」を理由に創業者レブニーが解雇されると、そのわずか数時間後に新社長としてスコット・コーカーが就任することが発表された。
    スパイクTV社長のケビン・ケイは「コーカーのリーダーシップにより、ベラトールはトーナメントベースの団体から、ビッグファイト中心の伝統的なビジネスモデルに進化していく」とコメントしていた。
    コーカーは1985年にストライクフォースを、当初はキックボクシング団体として設立、後にMMA興行も手がけたベテランプロモーターだ。ストライクフォースは2013年にUFCに買収され、団体としての幕を下ろしている。
    コーカー時代のベラトールは『ベラトール121』から始まっている。以降コーカーは、女子部門の再設立と拡大、海外大会の開催、キックボクシング部門の設立などの成果をあげてきた。年間大会数を減らす一方、元UFCのベテランを多数確保し、“テントポール・イベント”と称するビッグイベントを開催して、話題集めにも一定の結果を出してきた。近年ではNCAAレスラーやフリーエージェント選手の獲得にも積極的だ。この続きと、サバイバル飛田、朝日昇、馬場元子、RENA劇場、倉持隆夫などの記事がまとめて読める「13万字・記事23本の詰め合わせセット」はコチラ 
     
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  • 【インディの怪人、ついに語る】サバイバル飛田「もう客を焼き払うしかなくなった……」

    2018-05-24 10:21  
    108pt
    プロレス界が騒然となったサバイバル飛田のGAORA TVチャンピオンシップ次期挑戦者決定バトルロイヤル優勝!! 「インディの怪人」が王者・秋山準と対峙するというおどろおどろな展開となったが、プロレスファンなら誰もが一度は耳にしたことのあるサバイバル飛田とは何者なのか? 怪しい世界に一歩踏み込んでみた――。  【関連企画】・【90年代・灰色の狂気】木村浩一郎「FMWとリングスで俺はこの業界をナメてしまったんですよ」・仮面シューター・スーパーライダー 渡部優一「東映の許可? 取ってますよ(笑)」・谷津嘉章、興行という灰色の世界を語る――「プロレスとヤクザ」・【90年代インディの夢と地獄】レッスル夢ファクトリーとは何だったのか?髙田龍インタビュー――飛田さんって強烈なキャラクターのわりには、あまりインタビューを受けてないですよね。
    飛田 そうですねー。つまんないと思われてるのかもしれないですね。いや、メチャクチャ面白いと思いますよ。
    ――いきなりハードルを上げますね(笑)。昔『紙のプロレス』という雑誌で取材を受けていた記憶があるんですが。
    飛田 ああ、原始猿人ヴァーゴンとやったときですね。電話の取材で……。
    ――あ、電話取材だったんですか。
    飛田 わざわざ取材場所を設けるのが面倒くさかったんじゃないですか。
    ――なるほど(笑)。
    飛田 昔『Gスピリッツ』の携帯サイトのコラムには、デビューした当時からのことを書いてたんですけどね。あまりにも他のレスラーの悪口しか書かないから編集長からダメ出しを食らって。
    ――飛田さんはなぜプロレスラーになったのかっていう背景がちょっと見えづらいというか。
    飛田 昔はやっぱね、初代タイガーマスクですよ、とっかかりは。あとはジャイアント馬場さんのフリークス性に惹かれたところもありますね。
    ――怪物としてのプロレスですね。
    飛田 アントニオ猪木に憧れて……というのは、もうちょっと上の世代で。猪木の全盛期が終わってどうなるのかっていうときにタイガーマスクが現れて、そのタイガーマスクもいつも勝ってばかりだからライバルの小林邦昭に感情移入しちゃって。あの頃は水曜スペシャルで新日本の特番がやってたんですよ。俺のイメージでは「金曜夜8時」じゃなくて「水曜夜7時半」で。
    ――水曜スペシャルは川口浩の探検隊シリーズもやってましたよね。
    飛田 川口浩は月1の放送だったんですよ。川口浩探検隊が内在するものがプロレスだったのかもしれないですね。
    ――そう捉えると、埼玉プロレスの怪人対決は納得できますね。
    飛田 カルガリーハリケーンズが新日本から抜けたあとは全然プロレスを見なくなったんですよ。高校受験だからテレビは見るなっていうこともあって。まあ、プロレスはもう見なくてもいいかっていう感じもあったんだけど、Uが新日本に帰ってきたからまだ見始めて。
    ――UWFは気になったんですね。
    飛田  それもあって佐山聡の『ケーフェイ』では衝撃的でしたよ、ミスター高橋の本より。しれっと出してるけど、何気にこれはとんでもない本だなって。
    ――高橋本の場合は、カミングアウトの土壌ができてましたからね。
    飛田 あの本だけじゃなくてミスター高橋が出してる本はわりと暴露系じゃないですか。80年代半ばに、ロープに返ってくる返ってこないとか『ケーフェイ』は書いてるわけですからね。
    ――どういう経緯でプロレスラーになったんですか?
    飛田 大仁田さんの存在がデカイですよね。FMWを旗揚げした当時、ほとんどのプロレスファンは大仁田さんのことはバカにしてたと思うんですよ。
    ――蔑んだ視線は確実にありましたねぇ。
    飛田 大仁田さんのFMWから間口が広がったところはありましたよね。それまではいまみたいに誰でもレスラーになれなかったし、FMWの入門テストの基準が身長175センチ以上え。これは俺でもプロレスラーになれるじゃんって。
    ――飛田さんはプロレスラーになりたかったんですか?
    飛田 帝京大学で学生プロレスをやってたんですよ。SWSガクセイプロレス。とはいっても、全然練習してなかったですけどね。体育倉庫にマットを引いて、そこで受け身を取る程度で。
    ――リングはなかったんですか?
    飛田 リングは試合のときだけですね。借りるのに20万円ぐらいかかるから、1人頭6000円ぐらいで割って借りるんですよ。練習もやってないから、ちゃんとした学生プロレスの動きはできなかったし。いま思い返すと、それなのになんでプロの道に入っちゃったんだろ?って。
    ――自分でも不思議で。
    飛田 それは当時のインディがあまりにもレベルが低かったから「これは俺でも上に行けるんじゃねぇか」って。W☆INGの前座の試合とか、徳田光輝vs松永光弘を見ていたら「これは俺でもやれるよ!」って(笑)。
    ――自信がついちゃいましたか(笑)。
    飛田 そこはターニングポイントですね。その頃リング設営のアルバイトをやってて。アイアンマン西田というレフェリーと知り合いになって、なんとかW☆INGに潜り込めないかって話をしたんですよ。これだけレベルが低いんだからも俺も入れるじゃねえかと。ビクター・キニョネスとかにも相談して。 
    ――レベルが低いを繰り返しますね(笑)。
    飛田 俺よりデカイ奴も誰一人いないし。非道さんぐらいですよ。みんなバギーパンツ履いてるでしょ、あの頃は。一緒にリングを片してると、誰がレスラーだかわかんないんですよね。
    ――でも、W☆INGには入れてもらえなかったんですよね。
    飛田 結局ダメでしたね。そこは固いです。一番底辺だからこそじゃないですか。レベルが低いからこそ、逆にスゲープライドを持ってるんじゃないですか。
    ――飛田さん、面白いですね。
    飛田 いや、本当にレベルが低かったんですよ。ジェッド・ジャガーvsモンゴルマンという輝くべき試合があったんですけど、『週プロ』の読者投稿で「素人以下だ」と書かれたりしてて。
    ――そのまま掲載されるのも凄い話ですよ(笑)。
    飛田 W☆INGはダメだけど、谷津(嘉章)さんの所(社会人プロレスSPWF)が募集してたからそこに入って。あれはリングで遊ばせてやる代わりに、設営を手伝わせてたんですけどね。
    ――SPWFって3部形式でしたけど、具体的にどういうシステムだったんですか?
    飛田 1部がプロレス、2部がセミプロ……。
    ――セミプロといいますと?
    飛田 学生プロレスや社会人のプロレスですね。3部はアマレスですね。
    ――アマレス?
    飛田 シロウトがやると危ないってことでプロレスはやらせてくれないんですよ。2部のセミプロも頭から落とす技とかはダメだったり、いろいろと制約が多くて。俺はちゃんとした学生プロレスの動きができてなかったから、3部でアマレスやってて。そのときの同期が怨霊ですね。
    ――3部のレスリングというのは、競技として見せるということなんですか?
    飛田 そうですね。でも、俺はブレイクのあとにパンチ攻撃をしたり、メリケンサックの凶器攻撃で反則負けとかになって。
    ――えっ、ちょっと意味がわからないんですけど。純粋な競技として取り組まないといけないのに、反則をしたってことですか?
    飛田 そう。コーチ役の仲野信市がメチャクチャ怒ってましたね。「アンちゃん、いい度胸してるなぁ!?」って凄まれて。
    ――ハハハハハハ! プロレスをやりたいなら2部でやればいいんじゃないんですか?
    飛田 2部でやるには昇級試験で合格しなきゃいけないんですよ。受け身は辛うじてできたんですけど、それ以外がまるでダメで。ただ、こっちは設営を手伝ってるし、金を払ってリングに上がってるんですよ。2〜3ヵ月で1万円くらいかな。「こっちはお客さんだろ!」っていう頭があって。だからずっとふざけてたんですよね。谷津さんは俺のことを気に入ったみたいですけど、仲野信市は凄く怒ってましたね。「アイツはナメてる!(怒)」って。
    ――おっかなくて有名な仲野さんを前によくできますよ(笑)。
    飛田 興行は群馬近辺が多かったんですけど、東京から交通費を払って行ってましたからね。ギャラは当然もらえないですし、メシも出ないです。だったらこっちも適当にやっていいだろって。そんなときに高野俊二(高野拳磁)が屋台村で興行をやるからってことで。仲の良かった森谷(俊之)さんから「良かった来ない?」って誘われて。
    ――ニセ大仁田こと森谷さん。
    飛田 前座で1試合やらないかって話で。まあアマレスっぽい試合なんですけどね。で、行ったらメインが高野俊二vs宇宙パワーで。宇宙パワーの中身が高杉正彦だったんですけど、高野俊二が「ジジイはもう呼びたくねえんだ」って言い出して。俺は脇で「何か面白いことになってるなあ……」と見てたんだけど、高野俊二が「おまえ、受け身を取ってみろ!」って言い出したんですよ。10回ぐらい受け身を取ったら「いけるな」って。
    ――デビュー戦は高野拳磁戦だったんですか、そんな経緯で(笑)。
    飛田 そこから高野俊二とか屋台村以外でも試合をやるようになって。俺が日本人の中で高野俊二のダブルニーを一番食らってるっていう自負はありますよ。ずっと高野俊二と試合やってましたからね。・火炎放射という名の四天王プロレス・アップダウンにとにかくうるさい徳田光輝・将軍KY若松はガチでマジでヤバイ・インディ最大の謎、森谷俊之という男・全日本プロレスに出た理由……13000字インタビューはまだまだ続く!!この続きと、朝日昇、馬場元子、RENA劇場、倉持隆夫などの記事がまとめて読める「13万字・記事23本の詰め合わせセット」はコチラ 
     
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  • 消された「2010年12月23日」――修斗に何が起きたのか/朝日昇インタビュー②

    2018-05-24 08:01  
    108pt
    総合格闘技のパイオニア修斗の隠された歴史を克明に語る“奇人”朝日昇ロングインタビュー第2弾。2010年の年の瀬――修斗を揺るがした中指騒動とはなんだったのか?前回はコチラ【隠蔽された修斗の黒歴史】朝日昇「修斗を伝承した人間はみんな外に出ていったんですよ」<関連企画>
    「佐山先生に言われたんです。俺の影になってくれと」…中村頼永インタビュー<シューティング黎明編>運命のバリジャパ、安生道場破り、幻の長州戦真相――中村頼永インタビュー<ヒクソン来襲編>修斗初代王者/仮面シューター・スーパーライダー 渡部優一「東映の許可? 取ってますよ(笑)」
    【男が男に惚れる天龍劇場】北原光騎インタビュー「俺にとって天龍さんは“神様”だよ」

    初代シューターにしてパンクラシスト!山田学の無謀な大冒険「中井さん、なぜそこまで強さを追求するんですか?」■中井祐樹☓大沢ケンジ

    ――今回は朝日さんと若林太郎さん(当時・修斗アマチュア普及委員長)が「対決」することになる2010年12月23日の出来事についてお聞きします。朝日さんが修斗の理事をいつのまにか解任されたのが2002年9月のことですが、修斗を実質的に仕切っていた若林さんに会計報告を巡って行動を移されたのは2010年12月です。かなり時間が空いてますよね。
    朝日 理事からは消されましたし(笑)、修斗の運営はどうでもよかったですね。桜田(直樹)さんや川口(健次)なども言っていますが、修斗の内部がおかしいということはわかっていましたから、相手にしてもしょうがないですし。ボクは絵やデザインの仕事にもより力を入れたかったですし、自分のジムに来てくれる人たちを良い方向に導くことができればいいかなと考えていました。意味がない理事の肩書などに拘る気ももともとありませんでしたし、そこに抗うことも時間と労力の無駄ですしね。
    ――それなのに2010年になって急に行動を起こしたのは何があったんですか?
    朝日 急なんかじゃないですよ、あれは。ボクが若林さんに中指を立てられたのは2010年12月のことですが、もうかなり前からいろいろとあったんです。どの世界でも行動を起こす前には前段階に何かあり、準備も必要となりますよね。では、なぜボクが動いたかといえば、裏では若林さんに対する苦情や批判がもの凄く多かったからなんです、前々から。「あの人をどうにかしてほしい」というような声がボクのところにもよく届いていたんです。
    ――その詳細は前回のインタビューで触れられてましたね。三権分立は体をなしていなかったと。
    朝日 若林さんがたくさんご尽力されていたことも事実としてもちろん存在しますが、だからといって、すべてが許されるわけではありませんよね。若林さんがかなりワンマン的だったことも否めないですが、正確に言うならば、当時の修斗は若林さんだけでなくサステインの坂本(一弘)、コミッションの鈴木利治の3人が取り仕切っていたという言い方が事実として適切なのですが、そちらはひとまずここでは置いておきます。いずれにせよ、どんな人間でもパーフェクトではないですし、若林さんのすべてを否定することもできませんし、それは若林さんに失礼です。しかし、同時に周りからの声でよく聞き驚いたことなのですが、周りの人たちに対しての態度も酷かったんです。たとえば修斗の人たちと話すときでも、こんな感じで机の上に両足を上げたりしていたとか。
    ――机の上に両足ですか?
    朝日 それに対しては、ボクはその場にいたわけでなく、そのような行為を受けた人たちから話を聞いたんです。ボクに対してはそうしたことはなかったのですが、2010年に近い頃にはボクにもそのような態度を取り始めました。ひとつは、若林さんがボクのジムに仕事上でグローブを取りに来るという約束をしていたときのことなのですが、ボクは約束の時間には待っていました。結局、若林さんは約束の時間より4時間くらい遅れてやってきたのですが(笑)、まったく謝らない。「忙しい云々」と話をするのみで。だから「若ちゃんさ、何かミスをしたら謝ろうよ。みんな忙しいしミスもするわけで、そんなときは謝まれば、それでいいじゃん」というような具合に言いましたが。
    他にはボクがアマチュアの仕事でパラエストラ東京にグローブを取りに行ったときのことがあります。ノックをして入り口のドアを開け「グローブを取りに来ました」とまず用件を言ったんです。すると、ジムの中で練習してる会員さんたちからは「こんにちは」など挨拶をされましたが、若林さんはマットに足を放り投げてふんぞり返り、不貞腐れたような態度であちらの方向を向き、挨拶なんてもちろん返しませんし、こちらなどまったく無視。「いったいなんなんだ?」と思いましたが、そこにいた中井(祐樹)も若林さんを注意することはなく、いつものどおりのにこやかで温和な中井(笑)。若林さんにはグローブの場所は「そこ」とアゴで指示をされ、練習をしている人たちの邪魔にならないようグローブを取りに行き「ありがとうございました」とそそくさとパラエストラ東京をあとにしましたが、あんな態度をされたのは人生で初めてでしたし、見たこともありませんでした。小学生の頃あんな態度をとったら、先生や親に張り倒されますし、やられて当然でしょうね。「みんなが言っていたのは、これか(笑)」とも思いましたが。――けっこう強烈な態度ですね。朝日 迷惑が掛かったら申しわけないので、これは実名は伏せ字にしてもらいたいのですが、ある格闘技関係者は夜中に呼び出しを食らい、朝まで正座をさせられて説教されたと本人から言われました。
    ――何をすればそんな目に遭うんですかね。
    朝日 いやあ、ボクに言われましてもわかりません。夜中にオッサンと2人っきりなんてボクなら堪忍ですから(笑)。運営面でも理解できないことが多かったですね。たとえば修斗の全日本(アマチュア修斗選手権)も1面でしか試合をやらないので大会は夜遅くまでかかるわけです。新潟のジムの選手が出場した際、話を聞くと夜中に車で新潟を出発し、大会はなんだかんだで夜9〜10時くらいまでやり、またそれから車で新潟へ帰り、翌日は仕事と。なんで1面でしかやらないと思います? ボク、聞いてみたんです。
    ――1面だと自分がすべて確認できるからってことですか?
    朝日 そのとおりだそうです。若林さんが全部見たいからだと。せめて2面にすべきですし、他の競技だって例えば準決勝から1面ですよね。高校野球の神奈川県予選、1球場でやったとしたら相当ヤバイですよ、200校以上ありますから(笑)。ボクはもう理事でもなんでもないのに、そういったことを意見しに行ったりしていました。いつのまにか理事を外されましたが、「汚いゴミの処分はよろしく!」と言った具合だったのかもしれません(笑)。ボクとしては「修斗にはお世話になりましたし、役に立てるならやりますよ」と思い、やってはいましたが。
    ――若林さんに直接言いに行ってたんですか?
    朝日 それぞれの件でどのようにしたかは忘れたモノもありますが、直接いろいろ話をしたと思います。
    ――若林さんはどういう反応を示すんですか?
    朝日 とくに抗うこともなく、話をしていましたね、いつも。しかし、そういった不平や不満の声があまりにも多いので、最後の勤めとして、修斗という組織をなんとかしようと思ったんです。裏でただ若林さんのことをグチャグチャ言う人も多かったのですが、ボクはそういう行為が好きではないですし、意味合いも感じませんでした。不満を感じているのならば、なんらかの改善をすべく実際に建設的に行動するべきだとも常々思っていますし。
    ――あの当時、若林さんを支持する方々もたくさんいたわけですよね。
    朝日 それは修斗という組織の構造が招いた部分も強いでしょうね。若林さんが修斗の仕事で全国各地を主に飛び回っていたりするわけです。また、弁も立つ。となると、必然的に若林さんからしか情報を得ていないケースも多々となり、修斗という組織で実際に何が起きているかがわかりにくくもなる。本来ならば情報は多面的に得て、そこから客観的に判断すべきですが、一元的に若林さんの情報しか得られなければ、若林さんを全面的に信じてしまう事もあり得るわけですから。
    ――若林さんは修斗のために尽力してる人間というイメージはありましたよね
    朝日 その功績は否定しません。しかし、それはそれとして、若林さんも一つのピースにしか過ぎないわけです。若林さんが修斗のすべてではありませんよね? また、そんなに他の人たちは何もしていないんですか? 逆に尋ねたいのは、古くから修斗に深く関わっていた人たちがなぜ次から次へと修斗から離れるんでしょうか? 何か合点がいかないことはありませんか? 修斗に残った人間がそれほど正義で、出て行った人間は悪なんですか? 何か道理が合わないと思いはしませんか? ズバリ、修斗に深く関わった人間がなぜ修斗から離れるかと言えば、理由は他にもあるかもしれませんが、その何よりも端的に言うなれば「修斗の事実を知っているからである」と言わざるを得ません。同時に、格闘技マスコミにも大きな問題があり、若林さんやそれに追随する修斗の人間の発言、まあ大本営発表と言いましょうか(笑)、そうした側の立場や話を盲目的に信じ、彼らを絶対視するような傾向もありますよね? ある意味、偏向報道が平然と行われ、時には取材も何もせず、マスコミ側の勝手な盲信が真実として記事にされたこともありましたが、実態を知らない人たちはその言葉を信じるしかないですよね。
    ――それまでのあいだにも、若林さんとはコミュニュケーションを取る機会はあったんですよね。
    朝日 そこは普通に話をしてましたよ。何か周りから声が挙がっているから、時折若林さんになんらかの意見や要望を伝えるくらいで。「イヤだなあ……なんでオレがこんなことを」などとも思ったりしながら(苦笑)。わざわざケンカするつもりなんてまったくなかったですが、内心は「どうにかしなきゃいけないなぁ」とは思ってました。本当に批判の声は多かったですし、修斗の未来は良くない方向に行くと確信もしていましたから。
    ――そんなに若林さんへの批判の声は凄かったんですか? 
    朝日 若林さんにも良い部分はもちろんありました。しかし、そうした声は修斗外部の方々からも聞きました。あまりにもそういう声が届くので、「どうしたら修斗を良い方向に変えることができるのか?」と考えたんです。そんなときいろいろ相談したのが八景ジムの渡辺(喜彦)先生なんです。渡辺先生はとても聡明な方で、ボクもいろいろと教わりました。ああいう方が賢者ですし、組織にも必要な方だと思うんです。あの件でもいろんなことを勉強させてもらいました。そして、渡辺先生に相談をしたところ「まずは修斗の会計をきちんと公開してもらいましょう」という結論になったんです。それは組織として当然の義務ですからね。若林さんが修斗協会のお金を管理していましたし、みんなからお金を集めている以上は小学校のPTAだって詳細を明らかにしないといけないですよね。だから「まずそこから始めませんか」という話になったんです。若林さんを追い出すためなんかじゃないんです。修斗を公正な、より良い組織にすることが動機だったんです。
    ――若林さんを追放するためではないと。
    朝日 そんなことはまったく考えてないです。キチンとした組織を作らない限り、未来はありませんよね? そのための最初の1つが会計報告だったんです。たしか八景ジムでボクが開催していたアマチュア修斗大会のときから会計報告を求める署名活動を開始しました。署名の1人目がボクで、2人目が渡辺先生、3人目が佐藤ルミナでしたね。署名に関しては、事の経緯や事実関係を説明し、「そのうえで納得したならば、署名をしてほしい」と話をしていましたが、署名は相当な数の人間に断られました。「そういった行動は賛成だけど、立場があるから……」ということが多かったですね。「まあ、オレは傷つきたくないから、オマエだけ自爆してくれ!」ということですよね(笑)。
    ――改革には賛成だけど、名前は出したくない……ということですね。
    朝日 本当に多かったですね(笑)。正直アタマにも来ましたが「まあ、所詮そんなもんだろう」と、そこは抑えて。意見なんですから「オレはこの署名には反対だ」で問題はないのですが、「署名には賛成だけど、立場があって……」なんて、江戸時代ならば、こんな大名は絶対に信頼なんてできませんから、できるだけ遠く江戸には来ることができない場所で外様大名ですよね。まあ、大名からも格下げが正しいかもしれませんが、絶対に城下に入れてはなりません(笑)。
    そういう意味で3人目に署名したルミナは腹が据わっていますし、その意見が是か否かは抜きにして、キチンと自分の意志を持つ素晴らしい奴だと思います。ルミナはあいつが木口道場に来た17歳くらいの頃から知っていますが、決して賢いタイプではありませんが、悪気や裏も表もない信頼できる奴です。珍しく褒めてやったから喜べよ! 小田原のカリスマ!(笑)。
    ――会計報告の件でまず若林さんと話をすることはしなかったんですか?
    朝日 まずみんなの声をまとめてからのほうがいいかな?と考えたんです。渡辺先生もそのほうがいいんじゃないかということで。若林さんには「こういう声があるからお願いできませんか?」というふうに話を持っていこうとしたんです。ボクや渡辺先生だけの声だけでやると、変な誤解を受ける可能性もあると考えて。そのために各ジムの代表や主要な選手たちにも丁寧に話をしました。
    ――結局何人ぐらい署名集まったんですか?
    朝日 どれくらいだったでしょうか? パソコンにはデータが残っていると思いますが、たしか最終的には25〜30人ぐらいだったのではないかと思います。まあ、会計報告をお願いするだけですから、本来さほどのことではないのですが、ハイ。ホントにそれだけのことでしたから。それを集め、ついで若林さんと話をしようとしたのですが、その機会が持てない。どうすべきか、考えを聞こうと弁護士さんにも相談しに行ったんです、渡辺先生と2人で。「こういうケースはどうしたらいいですか?」と。すると「弁護士に頼むと費用もかかるし、リスクしかないですよ。こうした場合は、内輪で話し合ったほうがいいですよ」というようなアドバイスをもらったんです。そこで、修斗の新宿フェイスの大会が開催されていた日に、中井を新宿の伊勢丹近くの喫茶店に呼び出したんです。ボクたちは渡辺先生と2人で。
    ――中井先生は当時修斗協会の会長でしたね。若林さんはパラエストラ東京の番頭という立ち位置でもありましたから2人は密接な間柄で。
    朝日 「いまここに若林さんを呼び出してくれないか? このように署名も集まったし、無理ならば、いまでなくてもいいけど、皆で話し合おうよ」というように伝えました。「若林さんの功績は認めないといけない。でも、明らかにしなきゃいけないことはあるよね。こういう署名を集めてきたから話し合いをしないか? 話し合えないならば法的に動くなり、もしくはマスメディアにも問題提起して公表せざるをえなくなったりしてしまうこともありえるが、そんなのは良くないだろ?だから、話をしようよ」と。そうしたら中井は「ぜひお願いします」と。「……え? 法的にも動いてもいいの? こんなのメディアに公表されたらダメだろ?」しかし「よろしくお願いします」と変わらずで(笑)。
    ――基本的に「強さ追求」以外は関心のない中井先生らしいですね(笑)。
    朝日 ボクらは「話し合おうよ」と言っていたんです。法的に動いたり、マスコミに報道されたら、修斗にとっていいことは1つもないじゃないですか。若林さんもミスをしたかもしれませんが、そこまでの悪ではないし、話をして内輪で済ませばいいだろ?ということだったんですが。
    それでも中井は「よろしくお願いします」と。「ホントにいいの?やるよ」「よろしくお願いします」……。修斗の人間は、往々にして競技だけやっていればいいっていうタイプが多いように見受けられることがありますが、まいりました(笑)。
    ――若林さんと連絡は取れなかったんですか?
    朝日  年柄年中電話するわけにもいかないですし、中井が管理者です。ボクらの行動に対して若林さんがかなり気にしているという話も聞いていました。修斗でよくあったのが、密室のような空間で何かがいつのまにか行なわれ、まったくよくわからない状況に陥るというようなことだったので、そうしたことを避けるべく、できるだけオープンの場を持つべきだと考えていたんです。2人だけですと、意味のない言い争いになる可能性もありますし、そうするとせっかくの署名の意味もなくなってしまいますし。
    ――さすがに署名運動までやっていたら若林さんには伝わりますよね。
    朝日 ボクが聞いたのは、若林さんが試合前に選手たちを呼び出し「何かやっているんだろう?」と詰問したということでした。試合前の選手にそんなことをするのもおかしいんですが、その選手たちは口を割らなかったと聞いています。若林さんのほうではボクらが何かやっていることは知っていたんでしょうね。とは言っても、別におかしなことをやってたわけじゃないですしね。だから管理責任者の中井に呼び出してもらおうと思ったんです。1対1で会うとつまらない言い争いになる可能性だってあるじゃないですか。でも、中井にも断られてしまう。そこで渡辺先生と次の行動に移ったんです。まずはマスコミの人たちに連絡しました。これはマスコミの皆さんに罪はないので実名は挙げられないのですが、ボクは業界でトップの立場にいる方に連絡をしました。「これは決して良くないことですし、こうした体質が残るようだと未来は暗くなります。修斗を良くするための問題提起として書いていただけませんか?」というように連絡したところ「ボクはそんなの書けないよ!」と断られてしまいました。渡辺先生も、あるマスコミの方にに話したんですけども、そちらもダメだったと。……「2010年12月23日」、修斗に何が起きたのか? 17000字インタビューはまだまだ続く!この続きと、サバイバル飛田、朝日昇、馬場元子、RENA劇場、倉持隆夫などの記事がまとめて読める「13万字・記事23本の詰め合わせセット」はコチラ 
     
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  • 【ONE初参戦、即王座挑戦!!】長谷川賢「腐らずやってきて……いや、腐ってたんですけどね(笑)」

    2018-05-23 11:57  
    アジアMMA団体ONE初参戦で、いきなりタイトルショットとなった長谷川賢インタビュー。これまでDEEPを主戦場に活躍し、昨年はUFC契約をあと一歩のところで逃してしまったがのが、早くも世界に飛び出すチャンスを手にした。
    いま入会すれば読める!5月更新記事
    インディの怪人サバイバル飛田ロングインタビュー/石森太二新日本参戦/全日本プロレスを愛した馬場元子さん/『ファビュラス・ムーラ記念杯』が反対された理由/元日本テレビアナ倉持隆夫/『覚醒』那須川天心読書会/10メートルの高さから、蛍光灯と有刺鉄線の塔へ飛び降りろ!……
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    ――先週のONEシンガポール大会で長谷川賢選手の参戦が発表されると伺ってたんですが……。
    長谷川 いや、どうなってるんですかね。まだ発表されてないですよね?(笑)。
    ――まだされて
  • 「バス襲撃事件」その後のコナー・マクレガー■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク

    2018-05-22 09:31  
    50pt

    多くのMMAファイターをマネジメントするシュウ・ヒラタ氏が北米MMAシーンを縦横無尽に語りまくるDropkickニコ生配信コーナー。深くてタメになるトークを活字でもお届けします!(4月に配信された一部を加筆編集したものです)。

    【関連記事】格闘家の皆さん、契約書はちゃんと読みましょう!!ガヌー敗北の裏側/DAZNのUFC中継更新は?/ONE日本大会また消滅地球上最強男スティペ・ミオシッチは、それでも時給14ドルで消防署で働くホームレスからUFCの次代の大物へ:フランシス・ガヌーの驚くべき冒険“UFC金の卵”ガヌーはマイク・タイソンになれるか「おまえらちゃんとやれ!」……アメリカ連邦議会がUFCを攻撃!
    ――UFCを揺るがす大事件のことをみんな忘れてしまってますけど(笑)。コナー・マクレガーのバス襲撃事件。
    シュウ ありましたねぇ。あの事件が起きた翌週の大会に岡見勇信選手が出たんですが、UFCが雇ったセキュリティガード8人くらいかな、頑強な男性がホテルや選手がいる場所に24時間待機してるんですよ(笑)。
    ――ああ、トラブルを未然に防ぐために。
    シュウ 酔っ払ったファンがロビーなんかで選手に絡むと、そのまま外にエスコートされてましたね。いままではホテルが用意したセキュリティはいたんですけど。マクレガー事件の影響で、UFCが新しい経費を使わなきゃいけなくなったんですよ(笑)。この続きと、サバイバル飛田、朝日昇、馬場元子、RENA劇場、倉持隆夫などの記事がまとめて読める「13万字・記事23本の詰め合わせセット」はコチラ 
     
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  • 髙田本部長の「鳥肌立った!」はどこに消えたのか―― RIZIN解説者問題!

    2018-05-21 18:11  
    50pt
    この記事はRIZIN福岡大会の感想を語ったDropkickニコ生配信を編集したものになります(語り:ジャン斉藤)【関連記事】・業界歴21年目の笹原圭一広報、RIZINの中心で格闘技愛をさけぶ・榊原信行「いまのままではRENAに勝ち目はない」――堀口vs扇久保、浅倉vsRENA再戦を語る・われわれは「那須川天心vsMMA」に踊らされているのか・われわれは「浅倉カンナvsRENA再戦」に踊らされているのかRIZIN福岡大会は面白かったんですけど、唯一アレだったのは高田延彦本部長の実況なんですよね。RIZIN最大の弱点はそこです!(笑)。
    高田本部長の解説はちょっと酷すぎましたねぇ。何かとんでもない暴言を吐いてるわけじゃないんですよね。ジワジワ酷いというか……。今回はケンドーコバヤシさんがゲスト解説だったことも本部長にとってよくなかったんですよ。2人の声質が似てるから(笑)。わかりづらかったんですよ、これがまた。
    PRIDE時代の本部長解説を最も評価していたのはボクだという自負があるんですが、RIZINになってからの本部長には違和感が……PRIDE時代は「鳥肌立った!」とか爆発コメントが高田本部長の持ち味なんですけど。ところが芸能界でトークスキルが磨かれ間を置かずにしゃべれるようになったことで、前に出すぎてますよね。前に出るのはいいんですけど、とくに中身がない解説だから耳障りなだけだという(笑)。技術を覚えて弱くなっていったボブ・サップみたいなんですよ。「鳥肌立った!」も意図的に封印してる感じがしますし。この続きと、サバイバル飛田、朝日昇、馬場元子、RENA劇場、倉持隆夫などの記事がまとめて読める「13万字・記事23本の詰め合わせセット」はコチラ 
     
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  • 女子プロレスラー浜田文子、覚醒剤使用逮捕の衝撃■事情通Zの「プロレス 点と線」

    2018-05-17 21:30  
    76pt

    プロレス業界のあらゆる情報に精通する事情通Zの「プロレス 点と線」――。今回のテーマは「浜田文子覚醒剤使用逮捕」「ドラゴンゲート新体制」についてです!
    【プロレス 点と線シリーズ】
    石森太二の新日本プロレス参戦は既定路線だったのか長州力の「オマエはプロレスやめろ!」事件とは何か?

    誰だと思ってるんだ!? ヤマモの「アイドルの腰掛け」発言とは何か?

    ーーZさん、大変な事件が起きちゃいました……。
    事情通Z 女子プロレスラーの浜田文子選手が覚醒剤使用容疑で逮捕されちゃったねぇ。逮捕直前に浜田選手は体調不良で仙女のタイトルマッチを欠場。そのまま王座返上したけど、浜田選手はWAVE所属。人様の団体のタイトルマッチを当日に欠場するのは異例中の異例。「いったい何があったんだろう?」ってみんな違和感を感じていた。
    ーーたとえば大ケガをしていたら負傷の詳細を発表しますよね。
    Z 病気だったら病気と発表する。試合当日に「体調不良」とはよっぽど具合が悪いのかな……と思っていたら、まさかの覚醒剤で逮捕。ちょっとビックリしたよね。
    ――報道によると、浜田選手の異変を感じたWAVE関係者が警察に通報したことで発覚したそうですね。
    Z 浜田選手の方から関係者に「刃物を持った4人の男に追いかけ回されている」という連絡があった。関係者から通報を受けた警察は浜田選手本人のもとを訪れたところ、明らかに異常な状態で……。
    ――WAVE側の発表だと、逮捕後に事態を把握したとのことですが、通報したのは「WAVE関係者」ですよね?
    Z  どのへんまで「団体関係者」として見るのかってことだよね。表に出ている選手やスタッフだけじゃなく、タニマチも団体関係者に入るわけだから。
    ――父親のグラン浜田さんもここ最近は連絡を取ってなかったみたいで。
    Z 今年のお正月の興行だと思うんだけど、親子仲良くいる姿をネットか何かで見かけたんだけだどねぇ。WAVE代表のGAMIさんの説明では、試合当日に浜田選手から「今日の試合は出られない」という連絡があったと。当日に出られないなんて、よほどのことだろうということで欠場にした。
    ――弁護士の発表によると常習ではないということですが、『東スポ』の報道だと以前から浜田選手の様子がおかしかったと。
    Z そこは難しい判断になるよね。そもそもいつどこで覚醒剤に手を出したのか。浜田選手はWAVE所属だけど、全試合に出てるわけじゃない。昨年は半年ぐらい故郷のメキシコで試合をしてたんだよ。これはもう憶測になってしまうけど、そういったものは日本よりメキシコのほうが入手しやすい環境ではあるよね。
    ――メキシコといえば麻薬ですよねぇ。
    Z 記憶が新しいところでは、メキシコ帰りのある男子プロレスラーと、ある女子プロレスラーが所持品の中に大麻を仕込まれたという冤罪もあったしね。これは言い方が難しいんだけど、以前はメキシコに長期遠征するレスラーが多かったでしょ。覚醒剤まではいかないけども、向こうでドラッグにハマってしまって日本に帰ってきてから薬を抜くのが大変だった……という話は耳にした。
    ――言い方が難しいどころじゃなくて、ストレートにぶっちゃけてますよ!この続きと、サバイバル飛田、朝日昇、馬場元子、RENA劇場、倉持隆夫などの記事がまとめて読める「13万字・記事23本の詰め合わせセット」はコチラ 
     
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