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記事 89件
  • 東京スポーツ新聞社制定「2023年度プロレス大賞」■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    2023-12-18 10:57  
    200pt
    プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回は東京スポーツ新聞社制定「2023年度プロレス大賞」です!

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    追悼“テキサスブロンコ”テリー・ファンク
    G1クライマックスに圧倒的な価値観を!ALL TOGETHERに見えたリアルな関係 
    【永田三冠議論百出】全日本プロレスは大丈夫
    清宮海斗の「顔面蹴り」と「平和ボケ」
    プロレス大賞の選考は毎年難しい
    岩谷麻優vsKAIRI IWGP女子王座の勝負論
    私が愛した“若獅子”アントニオ猪木プロレス界の歌ウマ王は誰だ?
    この旦那にしてこの妻あり!! 天龍源一郎を支えたまき代さん
    頑固一徹! 追悼・ターザン後藤さん
    大谷晋二郎選手の試合中の事故について
    『至高の三冠王者 三沢光晴』を書いた理由
    新日本プロレスvsノア対抗戦から見えた個人闘争の炎
    令和の横アリ大実験!新日本vsノア対抗戦
    東京スポーツ新聞社制定プロレス大賞2021
    プロレスと結婚した風間ルミさん
    武田有弘☓小佐野景浩 「これまでのノアと、これからのノア」

    『ゴング』と東スポの元記者が語るプロレスマスコミ黄金時代/小佐野景浩☓寿浦恵一
    【14000字対談】小橋建太☓小佐野景浩「あの頃の全日本プロレスを語ろう」
    北尾はなぜ大成しなかったのか■柴田惣一☓小佐野景浩 マスコミ大御所第2弾柴田惣一☓小佐野景浩 プロレスマスコミ大御所対談「スクープ合戦はガチンコの闘いだった」全日本プロレスの「うっかり八兵衛」が明かす全日本秘話あの日の全日本プロレス、SWSを語ろう■北原光騎×小佐野景浩嗚呼、阿修羅・原……修羅ごときそのレスラー人生!!
    冬木弘道は「俺はやっぱり死ぬんだな」とニヤリと笑った…


    ――今回は小佐野さんが選考委員を務めているプロレス大賞、謎の中嶋勝彦の「闘魂」路線、NOAHの試合順についておうかがいします!
    小佐野 よろしくお願いします。
    ――本題に入る前に……昨日、和牛という人気お笑いコンビが急遽解散しちゃったんですけども。
    小佐野 はいはい。
    ――きっかけは相方の遅刻みたいなんですけど、遅刻といえばプロレス格闘家も欠かせないエピソードだなと思いまして。小佐野さんは取材でどれくらい待たされたことがありますか?
    小佐野 取材で待たされたことはないよ。これは前回のテリー・ファンクのときにも話したけど、私が寝坊して1時間遅刻、テリーがさらに1時間遅刻したときくらいかな(笑)。
    ――ダブル遅刻!! プロレスラーの遅刻といえば蝶野(正洋)さんですよね。何かで6時間遅刻したとか……そこまでいくと遅刻の定義からは外れるんでしょうけど(笑)。
    小佐野 蝶野さんのことは何回か取材したけど、1回も遅刻はなかったんだよね。約束の時間より早く来るのは武藤(敬司)さん。あの人は本当にしっかりしてる。
    ――三銃士の蝶野さんと橋本(真也)さんは巡業中、定刻にバスに乗らないから、遅刻1分につき1000円の罰金制が導入されたんですけどね。
    小佐野 全日本で遅刻がすごかったのはファンクスだね。兄貴のドリーもルーズ。よく兄弟揃ってNWA世界チャンピオンとしてやっていけたなって。
    ――チャンピオンとして全米各地をサーキットするわけですもんね。
    小佐野 噂ではドリーは乗り遅れるからってことで、飛行機を止めたとか、遅らせたとか(笑)。アメリカの国内線くらいだったら、そんなに時間にうるさくないだろうから、ホントにやっていたかもしれないね。
    ――時間といえば、ボクは詳しい事情はよく知らないんですけども、プロレス大賞の情報解禁は朝5時だったのに、なぜかその前からツイッターで情報が駆け巡っていて。
    小佐野 みたいだよね。何時くらいから出ていたの?
    ――コメント欄によれば、いちばん早いのは2時40分らしいですね。
    小佐野 そうなんだ。私が朝5時に受賞者とそれぞれの短評をツイートしたら、もうすでに結果が出てたら「どういうことだろう?」って。少なくとも会議に出た選考委員やマスコミは絶対に時間厳守だから。1分でも早く出しちゃマズイわけですよ。
    ――小佐野さんのあのツイートは予約投稿ですか?
    小佐野 以前は予約投稿でやったときもあったんですが、どうしても時間差が出ちゃうんですよ。今回は4時50分に起きて手動でツイートしましたよ。
    ――ごくろうさまです! 朝5時じゃなくて昼間の発表にすると朝のスポーツ紙に載せられない事情も出てきちゃうんでしょうね。
    小佐野 朝5時前に情報が漏れるとすれば、刷り上がった朝刊が新聞配達されたときに知ってしまうことはあるかもしれないね。
    ――なるほど! 関係者から聞いた人間が承認欲求を満たす以外だと、それしかない。ネット時代に紙の新聞の重要性がクローズアップされた!
    小佐野 なんだかんだアナログが一番早いっていうことだよね。プロレスファンがすごいなと思ったのは、ツイートしたら朝5時なのに反応がすごいんだよね。
    ――みんな早起きして待ってるんですね。小佐野さんも早起きしたかいがあるという。
    小佐野 あとプロレス大賞が発表されると毎年ブーイングが起きるんだよね。「この受賞はおかしい!」とか。
    ――そこも毎年恒例行事ですね(笑)。
    小佐野 でも、選考委員は本当にガチでやってる。拳王じゃないけど、忖度はないから。たとえば毘沙門が最優秀タッグだから、バランスを取って斉藤ブラザーズが新人賞に振り分けた……みたいな書き方をされるんだけど、そんな風に決めてないからね。
    ――ちなみにどういう順番で賞の話し合いはされるんですか?
    小佐野 毎回MVPから決めます。やっぱりMVPが決まらないと他の賞も決まらないでしょ。
    ――柱をドンと打ち込まないと家は建てられないってことですよね。
    小佐野 そう。どの選考委員がどの選手を推したのか、投票したのか、は公表しちゃいけないんだけど、投票前の話し合いで戦い方があるんですよ。いまどきこんなにオープンな選考会もないと思うんだよね。投票箱に票を入れるやり方じゃないし、誰に投票したかその場でわかるからね。
    ――可視化されてるから“戦い”になりやすいんですね。
    小佐野 「その意見はおかしいだろ!」と険悪になるときもあったんですよ。「その選手が選ばれるのは許せない」とか。
    ――許せないまで!
    小佐野 いまだに門馬(忠雄)さんが「ボブ・サップと大仁田厚のMVPだけはありえなかった」って言うんだから。
    ――うわー、その2人はもう許してあげましょうよ(笑)。
    小佐野 そのぐらいみんな熱くやってるんですよ。かつて選考員だった菊池(孝)さんもそこは譲らなかったし。
    ――菊池さんは『週刊ゴング』のレギュラーコーナー「三者三様」でも歯に衣着せぬ感じでしたよね(笑)。
    小佐野 だから和気あいあいでやってるわけじゃない。そこは理解してほしいなと思います。門馬さんでいえば、今年で選考委員を引退されるんですよ。プロレス大賞は今年で50回目の節目なんですけど、門馬さんは第1回から参加してるんですよね。
    ――第1回のときはボクですら生まれてないですよ(笑)。
    小佐野 第1回のとき門馬さんは35歳、今年で85歳。いまもなおプロレスを熱く語るわけですよ。
    ――85歳でプロレスを見て熱く語れるってすごいなあ。自分にその自信はないです!
    小佐野 第1回のときはボクは中学1年生かな。それから50年経ったから当然還暦を過ぎて。門馬さんがご勇退されると、私が最年長者になっちゃうかもしれないですね(笑)。
    ――2023年今年のMVPは新日本プロレスの内藤哲也が4度目のMVPということで。・選考委員が語る「2023年度プロレス大賞」
    ・選考は「戦い」である
    ・情報解禁前に情報漏洩した件
    ・台風の目だったウナギ・サヤカ
    ・先が読めないから面白い中嶋勝彦
    ・NOAHの試合順問題で拳王vs征矢に興味が増した…

    この続きとUFC訴訟、高田延彦、ジョビン、長井満也、平本丈…などの12月バックナンバー記事が600円(税込み)でまとめて読める「12万字・記事13本」の詰め合わせセットはコチラ 
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  • 追悼“テキサスブロンコ”テリー・ファンク■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    2023-10-28 21:06  
    200pt
    プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回は追悼“テキサスブロンコ”テリー・ファンクです!

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    G1クライマックスに圧倒的な価値観を!ALL TOGETHERに見えたリアルな関係 ■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」
    【永田三冠議論百出】全日本プロレスは大丈夫
    清宮海斗の「顔面蹴り」と「平和ボケ」
    プロレス大賞の選考は毎年難しい
    岩谷麻優vsKAIRI IWGP女子王座の勝負論
    私が愛した“若獅子”アントニオ猪木プロレス界の歌ウマ王は誰だ?
    この旦那にしてこの妻あり!! 天龍源一郎を支えたまき代さん
    頑固一徹! 追悼・ターザン後藤さん
    【サイバーフェス】中嶋勝彦vs遠藤哲哉の張り手事件
    大谷晋二郎選手の試合中の事故について
    『至高の三冠王者 三沢光晴』を書いた理由
    新日本プロレスvsノア対抗戦から見えた個人闘争の炎
    令和の横アリ大実験!新日本vsノア対抗戦
    東京スポーツ新聞社制定プロレス大賞2021
    プロレスと結婚した風間ルミさん
    武田有弘☓小佐野景浩 「これまでのノアと、これからのノア」

    『ゴング』と東スポの元記者が語るプロレスマスコミ黄金時代/小佐野景浩☓寿浦恵一
    【14000字対談】小橋建太☓小佐野景浩「あの頃の全日本プロレスを語ろう」
    北尾はなぜ大成しなかったのか■柴田惣一☓小佐野景浩 マスコミ大御所第2弾柴田惣一☓小佐野景浩 プロレスマスコミ大御所対談「スクープ合戦はガチンコの闘いだった」全日本プロレスの「うっかり八兵衛」が明かす全日本秘話あの日の全日本プロレス、SWSを語ろう■北原光騎×小佐野景浩嗚呼、阿修羅・原……修羅ごときそのレスラー人生!!
    冬木弘道は「俺はやっぱり死ぬんだな」とニヤリと笑った…


    ――今回のテーマは先日お亡くなりになったスーパースター、テリー・ファンクさんです。コメント欄に「懐かしい」という書きこみが出るぐらい“テキサスブロンコ”が遠い時代になってしまいましたが、小佐野さん、よろしくお願いします。
    小佐野 よろしくお願いします。私はテリー・ファンクのことを彼の初来日のときから見てるんですよ。テリーの初来日は1970年だから昭和45年です。
    ――ボクでさえ生まれてないです!(笑)。
    小佐野 私が小学校3年で9歳のときですね。ちなみにいまは62歳です(笑)。
    ――もう50年以上前の話ですね……。
    小佐野 当時のテリーはブロンドヘア。あとあとインタビューしたときに「なんであのときブロンドだったんですか?」って聞いたら「とくに考えもなくブロンドにしてみようかな」と思ったみたいで。それは白髪交じりのおじいちゃんになってからの取材だったから「いまになると黒髪にしたい」と言っていた(笑)。
    ――テリー初来日前の評判はどういうものだったんですか?
    小佐野 そのときはドリー・ファンク・ジュニア2回目の来日でもあったんですよ。NWA世界チャンピオンと兄弟揃って来日するということで、日本プロレスのパンフレットの表紙もファンクスだったし、中にはファンクス物語という読み物がついていて。だからかなり注目されていましたね。
    ――初来日前から評判は高かったということですね
    小佐野 ドリーの初来日はその前年の69年12月。お父さんのドリー・ファンク・シニアがマネージャーとしてついていて、ちょっと悪いことをしたりしてヒールっぽくはあったんだけど、新しい時代の世界チャンピオンとしての期待感があった。そのときにドリーが猪木さんと60分フルタイムドローをやってますね。
    ――猪木さんがベストバウトのひとつに挙げる名勝負ですね。
    小佐野 若き本格的なテクニシャン。あとあと冷静沈着な兄ドリー、やんちゃな弟テリーに色付けされていくんだけどね。
    ――そもそも兄弟揃ってNWA世界王者になるってすごいことですよね。
    小佐野 そこは父親のドリー・ファンク・シニアがちゃんと2人を鍛えてたってことだよね。ドリーはちゃんと大学を卒業してレスラーになったんだけど、テリーもお父さんから「プロレスでどうなるかわかんないから大学を卒業しておけ」と言われたのに、大学4年のときにやめてプロレスの世界に飛び込んじゃった。
    ――ひじょうにテリーらしい(笑)。
    小佐野 テリー本人は子供の頃から「自分はプロレスラーになる」と決めていたから「学校なんかどうでもいいや!」みたいな感じだったんでしょう。
    ――兄弟の性格の分かれ方が最高ですね。
    小佐野 本当に性格は全然違うよね。かといって、ドリーが超貴重面でマジメな人間かいうとまた違うから。時間に超ルーズ。まあテリーもルーズなんだけど(笑)。『月刊ゴング』時代にテリーにインタビューしたんですよ。そのときに私は寝坊して3時間遅刻したんですよ……。
    ――致命的な寝坊(笑)。
    小佐野 「ヤバイ」と思って取材場所のホテルに慌てて向かったら、テリーはさらにその1時間後に起きてきた(笑)。
    ――ハハハハハ! さすがです(笑)。
    小佐野 お互い何事もなかったかのように取材ができたよ(笑)。だから、よくあの兄弟2人がNWA世界チャンピオンとしてスケジュールをこなしてたなって。昔はNWAに加盟しているプロモーターのところをチャンピオンはサーキットして回っていたでしょ。
    ――そこの地区のチャンピオンと戦うわけですよね。
    小佐野 NWA世界王者は年間スケジュールが決まっている。今週はフロリダ、来週はロサンゼルス……時間にルーズなあの2人がちゃんとこなしていたのは、まあまあ不思議だなって。
    ――過酷なサーキットを続けられるスタミナ、精神力、そしてスケジュール管理能力が問われると。
    小佐野 テリー・ファンクはどうしてもドリー・ファンク・ジュニアの弟というイメージが強かったんだけど。彼1人でも全然やれる、日本でトップを取れると誰もが思ったのは、全日本プロレスの旗揚げシリーズに参加したとき。あのときはテリー1人でやってきたんですよ。シリーズ通してのエースはブルーノ・サンマルチノだったんだけど、前半でブルーノと並んでエースを務めたのがテリー・ファンク。テリーはその役目を見事にはたした。全日本の旗揚げということは、要はアマリロ地区のプロモーターだったシニアと全日本が提携して初めてのシリーズ。送り込まれたテリーがエースの役目を務めたことはすごく大きかったと思う。
    ――馬場さんの信頼を得たことでアマリロからの外国人ルートも活発化していったんですね。
    小佐野 たしか後半戦はお父さんのシニアも来てたんだけど、シニアと入れ替わりでテリーはアマリロに帰った。前半戦をテリーに任せていたってことは、お父さんのシニアもテリーを信頼していたってことだね。
    ――日本ではファンクスとしての兄弟コンビのイメージも強いですけど、シングルプレイヤーとしても一流だったということですね。
    小佐野 兄弟揃ってNWAの世界チャンピオンにもなってるわけだしね。しかもお父さんのシニアが亡くなったあとで、後ろ盾がないのにチャンピオンになってるからね。
    ――プロモーターも好き嫌いがあるでしょうから、後ろ盾は必要ってことですね。
    小佐野 各地のプロモーターを前にして、何か後ろ盾がないとチャンピオンとしても大変だったと思うよ。テリーの場合は兄のドリーが後ろ盾なんだろうけど、政治的なものを絡めれば、シニアのほうが存在としては絶対に大きかったわけだから。もちろんレスラーの実力は問われるよ。各地のプロモーターが「コイツがチャンピオンじゃダメだ」と思われたらやっていけないし、「彼がチャンピオンだとお客が入る」と歓迎されないといけないからね。
    ――シングルプレイヤーとしても偉大なレスラーですけど、ボクの子供の頃はザ・ファンクスとしてのイメージが強くて。
    小佐野 そうかもしれないね。シングルマッチで大きな試合が日本であったかっていったら……ドリーなんか常に猪木さんとのシングルマッチが語られるんだけど、全日本時代のテリーはあんまり聞かない。結局日本ではライバルがいなかったよね。ブッチャーとの抗争はすごかったけど、それはまたちょっと違うでしょ。ちょうどいい相手といえば、ジャンボ鶴田になってしまうんだろうけど。ジャンボだとやっぱりキャリアが違うから。
    ――ジャンボ鶴田とは師弟っぽさもありますし。
    小佐野 これもテリーの弟子なんだけど、スタン・ハンセンが新日本から全日本に移籍してきたのはよかったと思うんだよね。まあハンセンの移籍を画策したのはテリー本人なんだけど(笑)。
    ――ファンクスと超獣コンビ(ブルーザー・ブロディ&スタン・ハンセン)の激闘ですね。
    小佐野 ドリーがブロディ、テリーがハンセンと対峙する図式だよね。ハンセンはテリーとシニアにスカウトされてプロレスに入ったんですよ。いわゆる師弟関係なんだけど、いざ全日本のリングに来たらお互いにトップを取り合う。しかもその戦いはかなりすごかった。プロレスの範疇をちょっと超えてるというか……。
    ――一線を超えたプロレスだったと。
    小佐野 これは明らかにビジネスを超えてるだろうと。ハンセンなんかに言わせると、テリーは大学のときから先輩で、日本に来てからも先輩である。この関係を突き崩さないと自分たちはトップに行けない。だったら、あのぐらいやらないと、ファンクスの支配からは解き放たれないという思いがあったんだよね。
    ――精神的な戦いでもあったんですね。
    小佐野 テリーもそこも承知の上。リアルな人間関係があったから、日本のファンが熱狂してくれたというのが2人の共通認識。日本のファンはリングの上でダンスが見たいんじゃないだろう、フィジカルなレスリングが見たいんだろうと。それが俺とスタンのやり方なんだよと言っていた。11000字インタビューはまだまだ続く

    この続きと金原正徳、佐藤将光、長井満也、万智、猪木映画…などの10月バックナンバー記事が600円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事14本」の詰め合わせセットはコチラ 
     
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  • G1クライマックスに圧倒的な価値観を!■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    2023-08-21 23:01  
    200pt
    プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回はG1クライマックスです!

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    【永田三冠議論百出】全日本プロレスは大丈夫
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    プロレス大賞の選考は毎年難しい
    岩谷麻優vsKAIRI IWGP女子王座の勝負論
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    DDT25周年……「文化系」から文武両道プロレスへ
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    令和の横アリ大実験!新日本vsノア対抗戦
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    プロレスと結婚した風間ルミさん
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    【14000字対談】小橋建太☓小佐野景浩「あの頃の全日本プロレスを語ろう」
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    冬木弘道は「俺はやっぱり死ぬんだな」とニヤリと笑った…


    ――今回はG1クライマックスがテーマです!
    小佐野 会場には一度も行けなかったんですが、新日本WORLDでは見てました。準決勝と決勝、あとは清宮海斗の試合は全部見てますね。
    ――新日本WORLDで視聴できるとはいえ、32人参加のリーグ戦を全部追っかけるのは難しいですよね。
    小佐野 昔は週1回のテレビ放送だけだったからG1を全試合見ようにも見られなかったよね。そのテレビ放送だって1時間だからダイジェストなわけだし、専門誌で結果を追うだけで。
    ――いまは見ようと思うけど見れちゃうから、すべてチェックできてないことの罪悪感がありますね(笑)。
    小佐野 全試合見てるファンってどれくらいいるんだろうね?
    ――まず家族持ちのライブ視聴はハードルが高いと思うんですよね。夜はほとんど時間を取られちゃうわけですし、あとからチェックするにしてもどんどん試合が溜まっていくという。
    小佐野 自分の好きな選手の試合を優先して見るって感じなのかな。今回いちばん注目度が高かったのは、清宮と令和闘魂三銃士(辻陽太、海野翔太、成田蓮)の若手が集まったAブロックだったよね。
    ――ボクもAブロック全力派でした。怒られそうですけど、新日本ぼんやり層からすると「オカダの3連覇かかってる」って全然ピンときてなくて。
    小佐野 たしかに大会前にオカダや内藤に興味が行ってなかったんだよね。どっちかっていうと、若いレスラーに興味があって。でも、試合が始まってみると、やっぱりオカダたちはすごいなって。若手はリーグ戦を誰も突破できず、準決勝はオカダ・カズチカvsEVIL、内藤哲也vsウィル・オスプレイ。決勝はオカダ・カズチカvs内藤哲也で優勝は内藤哲也。
    ――新鮮さや話題性はないけど、安定感のある感じで。
    小佐野 落ち着くところに落ち着いたメンバーが残ったから、過程を見てないと「いつもと風景が変わってない」という印象はあるのかもね。でも、試合のクオリティはやっぱりすごいんだよね。
    ――勝つべき人間が勝ち上がったと。Aブロックから何かG1の風景が変わるんじゃないかという期待があったんですけどね。
    小佐野 だから、いろんな意味で第1回のG1ってすごかったんだと思うよ。あのときのG1で三銃士(橋本真也、武藤敬司、蝶野正洋)が一気に大ブレイクしたけど、他のメンバーは藤波辰爾、長州力、ベイダー、ビガロ、ノートンでしょ。いまなら令和闘魂三銃士にオカダ・カズチカ、内藤、SANADA、ザック・セイバーJr.やオスプレイが争って、そこから令和三銃士がボーンと飛び抜けるようなものでしょ。
    ――しかもいちばん地味な存在だった蝶野正洋が優勝しちゃうんだからビックリしますよね。
    小佐野 雰囲気的にいくと、成田蓮が優勝しちゃうみたいなもんだよね。でも、いくら会社が若手を売り出そうとしても、力量の問題はあるから。今回のG1を見るかぎり、トップと若手の力量の差は確実にあったと思うよ。
    ――札幌の開幕戦で海野vs成田で実況・解説が「なんでこのカードがメインじゃないんんだ」的な話をしてたんですが、この内容でメインはまだ厳しいなあと思ったんですよねぇ。
    小佐野 今回のリーグ戦は20分一本勝負になったことが物議を醸したけど、若い選手のためのルールかなって気がした。これが30分一本勝負だったらちょっとつらかったんじゃないかな。たとえば内藤やオカダって、間をうまく取りながら試合を進めるから、彼らにとって20分一本勝負はけっこうな制約になったと思う。間をうまく使えないとなれば、普段とテンポを違ってくるしね。普段の試合も結果的には20分は超えてなかったりするだろうけど、そこはリミットを意識しない結果だから。20分一本勝負は長い試合を好むレスラーにはやりにくいルールだと思う。

    この続きとクレベル乱闘、鈴木千裕、ドーピング、たまアリ、長井満也……などの8月更新記事が600円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事15本」の詰め合わせセットはコチラ
     
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  • ALL TOGETHERに見えたリアルな関係 ■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    2023-06-26 10:30  
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    【サイバーフェス】中嶋勝彦vs遠藤哲哉の張り手事件
    大谷晋二郎選手の試合中の事故について
    DDT25周年……「文化系」から文武両道プロレスへ
    『至高の三冠王者 三沢光晴』を書いた理由
    新日本プロレスvsノア対抗戦から見えた個人闘争の炎
    令和の横アリ大実験!新日本vsノア対抗戦
    東京スポーツ新聞社制定プロレス大賞2021
    プロレスと結婚した風間ルミさん
    武田有弘☓小佐野景浩 「これまでのノアと、これからのノア」

    『ゴング』と東スポの元記者が語るプロレスマスコミ黄金時代/小佐野景浩☓寿浦恵一
    【14000字対談】小橋建太☓小佐野景浩「あの頃の全日本プロレスを語ろう」
    北尾はなぜ大成しなかったのか■柴田惣一☓小佐野景浩 マスコミ大御所第2弾柴田惣一☓小佐野景浩 プロレスマスコミ大御所対談「スクープ合戦はガチンコの闘いだった」全日本プロレスの「うっかり八兵衛」が明かす全日本秘話あの日の全日本プロレス、SWSを語ろう■北原光騎×小佐野景浩嗚呼、阿修羅・原……修羅ごときそのレスラー人生!!
    冬木弘道は「俺はやっぱり死ぬんだな」とニヤリと笑った…


    ――小佐野さんは新日本、ノア、全日本の合同興行「ALL TOGETHER AGAIN」(以下AT)はどうご覧になりました?
    小佐野 やっぱり3団体が揃えば内容的には面白くはなりますよね。メインの棚橋弘至&宮原健斗&清宮海斗vsオカダ・カズチカ&青柳優馬&拳王にしても見ごたえあったんだけど……。ただ、プロレスファンが今回のATに思ったより食いつかなかったところが問題で。
    ――たしかに両国という大会場なのに余裕があるカード編成だったなと。
    小佐野 やっぱり交流戦より対抗戦のほうがいいんだろうね。敵対じゃなくて交流という感じになってしまったことで、ファンの食いつきがいまいちだったのかなって思うし。だったら三軍対抗戦をやればいいんですよ。かつて全日本プロレス、国際プロレス、韓国の三軍対抗戦が昭和の時代にあったけど(笑)。
    ――渋すぎる三軍対抗戦!(笑)。
    小佐野 変な話、純粋な新日本の興行だったらもっとお客さんは入っていたかもしれないね。今回の主催者はAT実行委員会となっていたけども、まあ新日本の興行ですよ。いまの新日本ファンは全日本やノアとの絡みにはそこまで興味がなくて、純粋な新日本のカードを組んでいたら、もっと反響は違っていたのかもしれないなっていうふうにも感じた。
    ――かといって新日本としても、ノアや全日本と交流しながら何かやっていきたい狙いもあるわけですよね。
    小佐野 いまの新日本は他団体に選手を派遣してるわけだしね。永田裕二は三冠王者だし、ATで永田、小島聡の2人は全日本の控室から入場。“全日本側”として出てるわけですよ。G1にはノアから清宮が初参戦してくる。
    ――小佐野さんは昭和の頃から新日本を見てらっしゃいますけど、最近の他団体との交流の仕方はどう思われます? 昔のプロレスの交流戦・対抗戦って、どちらが損している印象が強かったんですけども、最近はWin-Winで進めているなと
    小佐野 まず国内では新日本がもうダントツのプロレス団体ですよ。全日本にしてもノアにしても、新日本と絡むことによってどうやって自分たちのネームバリューを広げるか、発信力を得るか……的なところはあるよね。新日本は“業界の盟主”として、いろんな団体にメリットをもたらしつつ、自分たちもメリットを……みたいな印象を受ける。たとえばこのATにしても、11年前の前回はまだ団体間のバランスが取れてたと思う。いまはどう考えても新日本一強だけど、新日本自体もたぶん一強はマズイと思ってるはずで。やっぱり対立するものがなければ業界は盛り上がらないから。たぶん過去の歴史から学んでわかってるはずですよ。変な話、いまプロレス専門誌は『週刊プロレス』しかないけれども、『週刊プロレス』と『週刊ゴング』があったからお互いに切磋琢磨できたところはあった。向こうがこういう記事をやるなら、こっちは別のほうに振り切ろうとなるから。
    ――新日本の対抗馬はビジネス的にはWWEやAEWになるんでしょうけども、やっぱり海の向こうの団体だから対立概念として見るのは難しいですもんね。
    小佐野 これは女子プロレスにも言えることなんだけど、いま上を目指すとなったらやっぱりスターダムになっちゃう。男子のプロレスでさらなるステップアップを目指すとしたら、新日本かWWEでしょう。それがいまの現実なんだろうなって思いますよ。
    ――しかし、前回のATは11年前なんですね。時間が経つのが早い(笑)。
    小佐野 あの頃はノアも元気のある時代……っていうと、語弊があるけれども。
    ――ノアはあれからいくたびの体制変更がありましたからね。前回のATにはオカダ・カズチカは上がってないんです。凱旋帰国前後だったこともあって。
    小佐野 宮原健斗だって当時はノアに上がっていた健介オフィスの一員だった。バトルロイヤルでの出場だったからね。
    ――武藤さんや小橋建太さんタッグを組んだり、森嶋猛がいたりして時代を感じます……。
    小佐野 11年8月27日の第1回大会のときの全日本にはまだ武藤がいて、三冠は諏訪魔、ノアのGHC王者が潮崎豪、新日本は棚橋弘至。バランス的にはいい感じだったんですよ。
    ――それが10年経ったら……ってことですね。
    小佐野 ずいぶん勢力図は変わったところはあるね。今回のATでいえば、いちばんアピールできたのは全日本だと思うんだけど。ということは、裏返せば、それだけ全日本の選手が知られてなかったということだから。
    ――初めて見る新鮮さもあったと。
    小佐野 たとえば斉藤ブラザーズ。彼らはジェフ・コブよりデカかったりするわけよ。もともと相撲出身だから、荒っぽい試合になったら強いし、打たれ強いし、とにかく頑丈。「こんな選手が全日本にいたんだ!」って驚いたファンも多かったんじゃないかな。
    ――プロレスファンにディスプレイされたわけですね。
    小佐野 全日本でいえば、拳王とオカダに挟まれた青柳優馬もよかった。普通のプロレスファンなら「こんなメンツの中で青柳はどうすんの?」って思ったはずだけど、図太い神経と彼独特のセンスで溶け込んで、いい潤滑油になった。きっちりおいしいところを持っていったわけだから。――逆にいうと他団体ファンからすれば、全日本勢は埋もれてたところがあるってことですね。


    この続きと斎藤裕、横山武司、臼田勝美、ケラモフ、計量失敗…などの6月更新記事が600円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事14本」の詰め合わせセットはコチラhttps://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2156132この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!1記事150円から購入できます!

     
  • 【永田三冠議論百出】全日本プロレスは大丈夫■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    2023-04-11 11:36  
    150pt
    プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回は武藤引退、永田三冠などです!

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    DDT25周年……「文化系」から文武両道プロレスへ
    『至高の三冠王者 三沢光晴』を書いた理由
    新日本プロレスvsノア対抗戦から見えた個人闘争の炎
    令和の横アリ大実験!新日本vsノア対抗戦
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    武田有弘☓小佐野景浩 「これまでのノアと、これからのノア」

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    【14000字対談】小橋建太☓小佐野景浩「あの頃の全日本プロレスを語ろう」
    北尾はなぜ大成しなかったのか■柴田惣一☓小佐野景浩 マスコミ大御所第2弾柴田惣一☓小佐野景浩 プロレスマスコミ大御所対談「スクープ合戦はガチンコの闘いだった」全日本プロレスの「うっかり八兵衛」が明かす全日本秘話あの日の全日本プロレス、SWSを語ろう■北原光騎×小佐野景浩嗚呼、阿修羅・原……修羅ごときそのレスラー人生!!
    冬木弘道は「俺はやっぱり死ぬんだな」とニヤリと笑った…


    ――ちょっと前の話題ですが、あらためて武藤さんの引退のお話を聞きたいなと。
    小佐野 もうはるか昔の出来事になっちゃったよね(笑)。まだ2ヵ月は経ってないんだけど。
    ――いまはニュースが溢れてるから、すぐに昔に感じちゃいますね。
    小佐野 あと引退後も精力的に活動してるから、引退した感じがしないのかな。ひとつの区切りがついたんだけど、まだ現役感たっぷりだしね。
    ――武藤さんのWWE殿堂入りが発表されましたけど、WWEで1試合もしてないのに即殿堂入りしちゃうのもすごい話ですよね。
    小佐野 すごいよねぇ。WCWでグレート・ムタとしてスターになったけど、90年に新日本に呼び戻されて、そのまま日本に定着したでしょ。考えてみたらWCWで活躍したのって本当に1年ちょっとなんだとね。89年の頭ぐらいに出てきて90年4月に帰ってきてるわけだから。いかにムタのインパクトがすごかったかってことなんだけど。当時のWCWはWWEと競ってるときでビッグマッチを連発していたから、ムタの知名度も上がったと思うんだけど。その後、日本で武藤敬司とムタの2つの顔を使ったことで、またムタの存在が磨かれていって。
    ――ムタはアメリカで生まれたんですけど、いまのムタは帰国後に日本で作られたものだから、アメリカからすると未知の強豪感もあったんでしょうね。
    小佐野 ムタもいつのまにかスタイルチェンジしてるからね。WCWのムタのファイトスタイルは日本の武藤敬司そのもので、ペイントしてオリエンタルムードを出していただけ。だから日本用のムタを作り上げて、それがまたアメリカに輸出されたってことだから。
    ――スキンヘッドにしたことでムタのビジュアルも変わりましたよね。このあいだ「ムタって武藤敬司なんですか?」ってツイートしている人がいたんですが、たしかにペイントじゃなく特殊マスクのムタしか知らないと違いがわからないなと(笑)。
    小佐野 意外に特殊マスクの年数は長いでしょ。あれを使い始めたのは2002年からだから。
    ――あー、もうペイント時代より長いんですねぇ。
    小佐野 2000年の大晦日にスキンヘッドになって、2002年の2月に全日本に移籍したでしょ。そして6月に特殊マスクのムタが始まってるから。
    ――スキンヘッドのムタはやってないですね。
    小佐野 特殊マスクはこれはこれですごい発明だよね。あのマスクが壊されて高山善廣に三冠を獲られたことがあったけど。
    ――普通のマスクにしなかったのがさすがですよね。それだと怪奇さがなくなっちゃいますし。
    小佐野 あれを考えたのもすごいけど、ちゃんと用意できたのもすごいですよ。特殊マスクについて『ゴング』でインタビューして表紙にした記憶あるもんね。特殊マスクにかぎらず、いろんな意味で革命を起こした人だよ。
    ――引退試合前にヒザが悪化しちゃいましたけど、試合自体はいかがでしたか?
    小佐野 試合はやっぱり動けてないけど、本当に一生懸命やってたなって。引退試合後の蝶野正洋戦もすごかったけどね。
    ――武藤さんの内藤哲也に対する扱いはけっこう酷いんじゃないかなと。引退相手として呼ばれたはずなのに試合後に“真”の引退試合が始まって。
    小佐野 まあねえ。これってたとえば天龍さんがオカダ・カズチカと引退試合をやったけど、その直後にいきなり長州(力)さんや藤波(辰爾)さんを呼び出して試合をやるのと一緒だから(笑)。普通に考えたら「内藤かわいそうじゃん」って話なんだけど、まあ武藤敬司らしさが出てたなって。そんな武藤敬司の大ファンだった内藤としては、それもまたよしでしょう。
    ――ある意味で一生忘れられない試合になりましたね。
    小佐野 でも、武藤が引退を発表したときに相手は蝶野をリクエストしていたけど、実際に蝶野で締めちゃったわけだからね。これはすごいよね。
    ――この手は考えつかなかったですねぇ。
    小佐野 デビュー戦で勝った相手に最後に負けて終わる。ちゃんとストーリーを完結させてるんだもん。いまのコンディションで試合を受けちゃう蝶野も大したもんだけどね。
    ――蝶野さんは解説席に座るときに、花道から登場する演出でしたよね。あのとき杖を突いて歩くくらいの状態だったのに、リングの中では往年の動きを見せて。
    小佐野 急遽レフェリーを務めたタイガー服部さんが最初からシューズを履いていたとか野暮な話が出てたけど、いまの蝶野がリングで試合をするってホントに大変なことだよ。
    ――武藤さんも内藤戦だけでもう動けなくなる可能性もあったわけですからね。
    小佐野 蝶野だってリングに上がった瞬間、「やっぱり無理……」となっちゃう恐れもあるわけだから。リングに立った人しかわからないですけど、リングの距離感って難しいんですよ。久しぶりのリングでちゃんと動けた時点ですごいなって思いますよ。
    ――やっぱりプロレスラーなんですね。
    小佐野 思い出したのはマサ斎藤さん。昔インタビューしたときにパーキンソン病で調子が悪くて本当に動けない。でも、レスリングのタックルの取り方の話になったら、「こうやって入るんだ」ってパッと動けるんだよ。やっぱりプロレスラーなんだなぁってびっくりしたよね。
    ――武藤さんも普段は車椅子だったりするのにリングだと走れますからねぇ。
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  • 清宮海斗の「顔面蹴り」と「平和ボケ」■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    2023-02-08 11:47  
    180pt
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    DDT25周年……「文化系」から文武両道プロレスへ
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    新日本プロレスvsノア対抗戦から見えた個人闘争の炎
    令和の横アリ大実験!新日本vsノア対抗戦
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    武田有弘☓小佐野景浩 「これまでのノアと、これからのノア」

    『ゴング』と東スポの元記者が語るプロレスマスコミ黄金時代/小佐野景浩☓寿浦恵一
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    冬木弘道は「俺はやっぱり死ぬんだな」とニヤリと笑った…


    ――武藤敬司の引退試合の相手が内藤哲也に決まりました!
    小佐野 じつは「内藤じゃないかな……」とは思っていたんです。後出しになっちゃうんですけどね(笑)。
    ――ほほう(笑)。
    小佐野 まあ現実的に候補は絞られていたでしょう。最初は棚橋弘至やオカダ・カズチカかなと思った。でも、棚橋とはけっこう絡んだけど、武藤は内藤とほとんど絡んでないでしょ。
    ――武藤は新日本のイッテンヨンで、棚橋弘至&海野翔太とトリオを結成して、内藤哲也&SANADA&BUSHIと戦いましたね。でも、そこまで両者の絡みはなくて。
    小佐野 そこで「これは内藤だろう」と。
    ――1月1日のノア日本武道館でムタvs中邑真輔をやって、ムタファイナルでスティングを呼んだから「最後にどんな大物を連れてくるのか」ってハードルが上がったところはありましたけど。意外性のある大物ってもう残っていなかったですよね。
    小佐野 変な話、真輔やスティングだったらムタの試合ということで出落ちでもいいところはあるでしょ。でも、武藤敬司の引退試合はそういうわけにいかないから。とりあえずちゃんと試合を見せなきゃいけない。じゃあ、誰がいいかとなれば内藤は有力候補になるよね。
    ――現実的ですね、小佐野さん!
    小佐野 やっぱり物事は現実的に考えるよ(笑)。
    ――絶対にありえないロック説が流れてるから「そんなことがありえるの?」って落ち着かなかったんですけど(笑)。
    小佐野 ロックはいまや最も稼ぐハリウッド俳優だからありえないよね。金額的にとても呼べない。
    ――呼べたとしてもノアは潰れますよね(笑)。
    小佐野 それにロックとやったところでいい試合になるわけないから。
    ――ムタでいえば、中邑真輔が相手だから、あんなに素晴らしい試合になったところはありますよね。
    小佐野 武藤とムタは違うんだけど、真輔だからムタとせめぎ合えたよね。真輔は入場だけで元が取れてるようなところはあって。あの入場だけは記者室のモニターでは見たくなかったから記者席で見ました(笑)。しかし、あんな試合をやっちゃうとセミの清宮海斗vs拳王の色が残らなかったよねぇ。全部消されたもんね。
    ――あれ、メイン・セミの試合順が議論になったじゃないですか。清宮vs拳王のタイトルマッチがメインではないのか、と。これはこれでいい煽りになったんですけど、結果的にこの試合順でよかったという。
    小佐野 ハードな攻防から清宮と拳王の意地は見られたけど、何をやっても消されちゃうよね。ファンとしては真逆の試合が見られてよかったのかもしれないけど。
    ――形は違いますけど、武藤さんや中邑さんも若い頃はハードなことをやってましたよね。
    小佐野 そういうことをしなくても魅せられるレスラーになったってことだね。あの存在感を築き上げた歴史があるわけだし。入場に関しては初めからムタのほうが「ここは真輔の時間だ」ってことで諦めるくらいだからね(笑)。なによりお客は入ったし、お金はかなりかかったとは噂では聞くけれども、東京ドームへの宣伝効果もあるとしたらよかったんじゃないかな。
    ――そこはスティングも同じなんでしょうね。
    小佐野 スティングは日本では見られないだろうからねぇ。
    ――スティングはもう63歳なので基本は動けてなかったんですけど、あれでも動いていたほうでしたね。
    小佐野 スティングは頑張ってたよ(笑)。ちゃんと日本仕様になってたね。
    ――びっくりしたのは、AKIRAさんのコンディションがめちゃくちゃよかったことですね。AKIRAさんがこの試合に懸ける思いを感じたというか。
    小佐野 彼も作ってきたんだろうね。結局、武藤と同期でバリバリできるのは他にいないじゃない。船木誠勝は同じノアで特別感はないし。歴史を感じたのは会場から帰るときに「白使って新崎人生だよね?」って話をしているファンがいたこと。白使を知らない世代も来てるんだなと。そりゃあ武藤も引退しますよ。
    ――それこそムタと白使の物語もありました。
    小佐野 新日本の東京ドームね(1996年4月29日)。ムタはまったく白使を寄せ付けないという。
    ――オリエンタルキャラは2人もいらないという強烈なメッセージだったという。歴史を振り返りつつ、最後は内藤哲也相手に締めると。
    小佐野 やっぱり武藤としても、最後にちゃんとした作品を残して去っていきたい。それはメモリー的な試合ではなくてね。そこは天龍さんと一緒でしょう。天龍さんだって普通だったら長州さんや藤波さんらと絡むタッグマッチで引退してもよかったのにオカダとやったわけだから。ただ、心配なのはこの前のスティングとの試合でたぶん足を痛めてるでしょ。途中から足がおかしかったし、気にしていた。どこでやったんだろうあ(後日、両足の肉離れをしていたことを公表)。
    ――こうなると真剣勝負の引退試合ですね……。
    小佐野 内藤もすごい大役だし、新日本ファンだった彼にしてみたら、こんなドリームはないよね。
    ――11年前の東京ドームでシングルをやったときは内藤は大完敗。評価を落とした試合でしたね。
    小佐野 内藤の物語もある。今度の武藤引退ドームはオールスター戦じゃないけど、いろんな団体が集まって試合をするから、プロレス界にとってもいい効果は出てくるはずだよ。
    ――ボクなんかWWEのロイヤルランブルにムタがサプライズ登場するんじゃないかと思って、久しぶりにリアルタイムで見ましたから。いろんな波及効果がありますよ(笑)。
    小佐野 あー、真輔がノアに出るってことは逆に……。あってもおかしくないよね(笑)。武藤はそれだけのトップスターだったってことだよね。
    ――ドームのセミはオカダ・カズチカvs清宮海斗。ムタファイナルの翌日、新日本vsノアの横浜アリーナのタッグマッチでオカダと清宮のタッグマッチがありましたが、清宮が放った顔面蹴りが議論になっています。翌日にこのカードが発表されましたが、不満のオカダはボイコット宣言。
    小佐野 清宮には批判もあったりするけど、みんなが大騒ぎすればいいんじゃないの?って感じだよね。正直、平和ボケしてるところはあるからさ(笑)。
    ――平和ボケですか(笑)。
    小佐野 だってあんな蹴りはプロレスではあたりまえでしょ。べつに不意打ちでもないし。
    ――全然不意打ちじゃないんですよね。・G馬場「やられたらやり返すのがプロレスの礼儀」
    ・前田日明の長州力顔面蹴りとは違う
    ・天龍さんと輪島さん
    ・藤原喜明「プロレスは、お互いの身体の壊し合いだった」
    ・対抗戦はぐちゃぐちゃするもの
    ・諏訪魔の不穏がうまく転がらない理由……など続きは会員ページへ
     
  • プロレス大賞の選考は毎年難しい■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    2023-01-01 00:00  
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    ――小佐野さんも選考委員として参加された2022年の東京スポーツ新聞社制定プロレス大賞が発表されました。今回の結果から何か思うところってありますか?
    小佐野 全体的な話をいうと、やはり新日本プロレスとスターダムが図抜けているということだよね。ただ、プロレス大賞の発表になると、毎年ファンからいろいろ批判が出るよね。「なんでこの選手が選ばれないんだ」とか。そういう声は出てあたりまえだと思うんだけど。
    ――それぞれプロレス観は違いますからねぇ。
    小佐野 たとえばベストバウトになると、いい試合って数限りなくあるんですよ。
    ――正直、現代プロレスに「悪い試合」ってほとんどないですよね(笑)。
    小佐野 めったにないよね。そんな中、どうやってMVPを選ぶのかというと、やっぱり何年か経って「2022年は……」という話になったときに、頭の中で浮かぶ試合だと思うんですよ。そうすると、50人100人しか見られていない試合は、どんなに内容が素晴らしくてもベストバウトには選びづらいと思うんですよね。
    ――その年の象徴として刻むなら何か?という話ですね。
    小佐野 やっぱり誰かに見てもらってなんぼの仕事だから、より多くの人の目に触れるのは大事な要素のひとつだとは思うよ。多くの人から評価されないと意味がないわけで。
    ――この手の話題になると「忖度」という言葉が使われますけど、「忖度」ってネガティブな意味合いで捉えがちですよね。「忖度」という言葉の雑な使われ方、ホントによくないなって思ってて。
    小佐野 なんか安倍(晋三)さんの件から、そんな扱いになっちゃったわけだけど。
    ――実生活において忖度なしで生きているのって、単なる“無敵の人”でヤバイだけですよ(笑)。みんな何かしらに配慮しながらバランスを取ってるわけですからね。
    小佐野 やっぱりマスコミの立場からしたら、どの試合に反響があるのかも問われると思う。東スポで大きく記事を割ける選手や試合、週刊プロレスだったら表紙になる選手は誰か?とか。人気商売だから実際問題としてそういう評価の仕方は出てくるよ。それは忖度ではないでしょ。だって業界に利益をもたらしてくれてるってことは必要なことだもん。私の場合はいまフリーだけど、たとえば週プロの人間だったら、いかに週プロを売ってくれるかが重要になるよ。もちろんそればっかりでプロレスラーとして評価するわけじゃないんだけど。極端にいうと、プロレスは客を呼べる人がチャンピオンですよ。
    ――NWA世界王者の時代から。
    小佐野 もちろん強さも必要ではあるけれど、客を呼べるか・呼べないかっていうのは大きなことだから。そうなると、やっぱり新日本やスターダムとか露出が多くて人気選手がいる団体が強いよね。大きな大会もやってるわけだし、それだけ多くの人の目に晒されてるわけだから。
    ――そうなると2022年のMVPはオカダ・カズチカだと。
    小佐野 G1も連覇したし、やっぱり新日本の顔でもあるし。猪木さんが亡くなって、彼はアントニオ猪木の弟子ではないんだけど、猪木さんという存在を継承していくんだという決意を見せた。あれって、なかなか言えることではないと思うよ。本来ならば猪木さんと関わりがある人間が打ち出すところだろうし、「オマエじゃないよ」って言われたら、それまでだから。でも、彼はそのリスクを顧みずに、猪木さんがご存命中で、新日本とそこまで関係が良くない頃から、ああやって呼びかけていたから。

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  • プロレス界の歌ウマ王は誰だ?■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    2022-10-11 11:14  
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    冬木弘道は「俺はやっぱり死ぬんだな」とニヤリと笑った…


    ──小佐野さん、今日は配信というかたちで、よろしくお願いします!
    小佐野 よろしくお願いします。
    ──今回はここ最近のプロレス界のニュースを振り返るということなんですが……トップニュースは藤波辰爾さんがNHKの番組で、伝説の迷曲『マッチョドラゴン』を熱唱しました(笑)。
    小佐野 その番組、見ました(笑)。
    ──藤波さんはホントに真剣に歌われていて、感動すらおぼえたんですけども。
    小佐野 そういう意味では、藤波さんにとっていいパブリシティになったんじゃないのかな。
    ──あの曲自体がなぜつくられたのか?も解説されていて、藤波さんのレスラー人生においても重要な歌なんだなって勉強になりました。
    小佐野 その一方でね、香織夫人や蝶野がディスるのがよかったです(苦笑)。
    ──夫人がいちばん辛辣でしたね(笑)。蝶野さんも番組の趣旨をわかっていてギリギリを攻めていて。「えっ、歌うんですか?」と大げさに驚くことで、これから大変なことが起きますよ……って暗示するという。
    小佐野 そこはやっぱりテレビ慣れした蝶野正洋ですよね(笑)。
    ──昔のプロレスラーってレコードやCDをよく出してましたよね。
    小佐野 歌がうまかったのはマイティ井上さん。あの人はうまかったなあ。
    ──プロレス界の歌ウマ王はマイティ井上!
    小佐野 ファルセットが効く感じの甘い歌声でね。『星降る街角』( 敏いとうとハッピー&ブルー)とかめちゃくちゃうまかったもんね。
    ──まさかマイティ井上さんの歌のうまさを解説される日が来るとは思わなかったです(笑)。
    小佐野 井上さんもレコードを出してるから。それこそ生きていたらジャンボ鶴田さんもNHKで『ローリングドリーマー』を歌っているかもしれない(笑)。
    ──「♫人は誰でもローリングドリーマー」(笑)。
    小佐野 『マッチョドラゴン』と双璧だったからね。鶴田さんは当時だと「リサイタル」といってコンサートを開いたりしてましたけど。
    ──鶴田さんはよく考えたら革新的なことやってますね(笑)。
    小佐野 佐々木健介は、茜(ちよみ)ちゃんとデュエットでCD(『縁は異なもの味なもの』)を出してましたね。
    ──茜ちよみさんは、ターザン後藤さんを支援していた演歌歌手ですね。
    小佐野 木村健悟さんやキラー・カーンもよくレコードを出してましたね。あと阿修羅・原さんは『ゆき子』 大仁田厚は『星空のグラス』というレコードを出していた(笑)。原さんは中森明菜の歌がうまかったなあ。
    ──それは修羅な組み合わせです!
    小佐野 長州(力)さんだってLPで出してるんだから。佐山(聡)さんがエルビス・プレスリーを歌ったり。
    ──佐山さんは体型もプレスリーみたいになっていくという(笑)。
    小佐野 天龍さんはノドがガサガサなんだけど、吉幾三の『雪国』をよく歌ってたね。川田利明は『みちのくひとり旅』かなあ。
    ──2人とも渋いですね(笑)。
    小佐野 猪木さんはテレビで『若鷲の歌』を歌ってたけど、決してうまくはなかった。
    ──馬場さんの歌はどうでした?・馬場さんの歌は? プロレスの音痴王は?
    ・フワちゃんのプロレスデビューの是非
    ・武藤敬司東京ドーム引退
    ・全日本プロレス50周年記念興行
    ・スタン・ハンセンの「ユース」が伝わらなかった理由
    ・CMパンク騒動から見る昭和のトラブル……などなどまだまだ続く


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  • この旦那にしてこの妻あり!! 天龍源一郎を支えたまき代さん■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    2022-09-01 00:00  
    150pt
    プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回は天龍源一郎を支えたまき代さんです。

    <1記事から¥100から購入できる連載記事! クリックすると試し読みできます!>
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    ――先日お亡くなりになった天龍さんの奥さん・まき代さんとは、小佐野さんはかなり長いお付き合いだったんですよね。
    小佐野 そうですね。全日本プロレスの担当記者になったのが1984年なんですけど。あの当時って携帯電話がなかったので、シリーズオフの取材は自宅に電話するしかないんですよ。そうすると奥さんのまき代さんが電話に出るので「『週刊ゴング』の小佐野と申しますが、天龍さんお願いします」と。接点はそこからですよね。その頃のまき代さんは会場にも来ない。あとから聞いたら、世界最強タッグの最終戦だけ見に来ると。
    ――1年の終わりに顔を出すってことですね。小佐野さんが顔を合わせてお付き合いを始めたのは、いつ頃になるんですか?
    小佐野 天龍さんが全日本プロレスをやめた翌日ですね。天龍さんが全日本プロレスをやめたのは1990年4月。4月19日に最後のジャンボ鶴田戦を終えた天龍さんは、26日に馬場さんと最後の話し合いをして退団。そのニュースが業界中を駆け巡りますよね。私はその日の夜に天龍さんに電話をして「インタビューさせてほしい」と頼んだんですが、もう全日本所属ではないから全日本の事務所では取材できない。どこで取材するとなったら、手っ取り早いのは天龍さんの自宅しかないわけですよ。その取材で初めて天龍さんの自宅に行ったときに、まき代さんとお会いしたんです。
    ――やめた翌日の4月27日にはさっそく取材をしたんですね。
    小佐野 そうですね。その頃、天龍さんは千歳船橋のマンションに住んでました。帰りはまき代さんの車で千歳船橋の駅まで送ってもらって。そのときは天龍さんがいないから、まき代さんと2人っきり。そこで初めて一対一で話をした。私が「天龍さんがこんなかたちになっちゃって不安はないですか?」と聞いたら「13歳でカバンひとつで福井から出てきたわけだし、家族さえ見失わなければそれでいいんです」と言っていたことを覚えてますね。
    ――そこからまき代さんは天龍さんのマネージャー的存在として関わるようになったんですか?
    小佐野 いや、まだそういうわけではなかったです。SWSのときは団体所属だから何かやることはなかったけど、SWSができるまでの取材応対は彼女がせざるをえない。だから私だけじゃなくて、週プロや東スポの取材応対もするし。
    ――まき代さんは性格的にはどんな方だったんですか?
    小佐野 すごいさばさばした、京都の人、関西の人と感じですね。印象に残ってるのは、88年に『ひるのプレゼント』というNHKの番組に、元子さんと保子さん(ジャンボ鶴田夫人)とまき代さんの3人で出たときがあって。
    ――伝説の番組ですね(笑)。
    小佐野 そのときのまき代さんの受け答えがすごく面白かった。たとえば「夫婦関係はどういうものですか」みたいな質問が出ると、保子さんなんかは「テニスのラリーのようなもの」なんて、ちょっとおしゃれなこと言ったりするんだけど。まき代さんは「いや、プロレスです」と。「ご主人の趣味はなんですか?」「プロレスです」「ケガは心配じゃないですか」「本人が納得してやってるんだからしょうがないんじゃないんですか」とサバサバ答えていて。その番組を阿修羅・原さんが見てたらしくて「いやー、源ちゃんの奥さん最高だったね。いかにも源ちゃんの奥さんらしいよ」と笑ってたのを思い出しますね。
    ――だから天龍さんも任せられたんでしょうね。
    小佐野 それこそ天龍同盟の頃は肩で風を切って歩いてる天龍源一郎だから、この旦那にしてこの妻ありで。あと覚えてるのは、天龍さんが89年2月にWCWに出たとき。1人でアメリカ遠征中の天龍さんの家に泥棒が入ったんですよね。まだ幼稚園生だった娘の紋奈さんが逃げていく泥棒の後ろ姿を見てしまったという。そのときはマンションじゃなくて購入した一軒家。泥棒が入ったことがあってマンションに引っ越すんだけども。まき代さんはアメリカにいる天龍さんに泥棒のことは言わなかったんです。アメリカの天龍さんに心配させたくないから。
    ――そこまで気遣いが……肝も据わってますねぇ。
    小佐野 でも、全日本の関係者が天龍さんに泥棒の件を教えちゃって。天龍さん、いったん日本に戻ってきて、家族の無事を確認してから、またアメリカに行きましたね。
    ――天龍さんもさすがですねぇ。まき代さんはそうなることがわかってるから黙っていたと。
    小佐野 そういうことですね。あのときは全米PPVの大会の出場も予定されていて、WCWに正式に招待された初めての日本人選手だったから。全日本との絡みがなければ、WCWは天龍さんが欲しかったんです。そんな重要な仕事があるのに日本に戻しちゃいけないと、まき代さんは思ったはずなんですよね。
    ――全日本離脱の決断は天龍さんに任せたんですよね?
    小佐野 そうですね。「家ではとにかくプロレスの話を全然しないから何もわからない」と言ってました。SWSがダメになってWARが旗揚げしたんだけど、経理ができる人間がいない。まき代さんは経理ができるので、経理担当ということでWARに入っていく。弟の武井正智さんも初めは本部長というかたちでWARに入って、のちに社長になるんだけど、その頃の天龍さんは家族に対してプロレスの話をまるでしないから。まき代さんや武井さんに「大将は何を考えているのか」とよく聞かれたもんです。全日本をやめる前には、天龍さんがポロッと漏らした「ジャンボに負けたらやめるよ」という言葉を私が表紙にして、結果的にスクープになったんだけど。メガネスーパーから話があって迷っていたことは、もちろんまき代さんも知ってましたけど、『ゴング』の表紙を見て「何これ?やめるなんて言っちゃったの?」って驚くという。
    ――家族にすら何が起きているかを教えないのは天龍さん独特なんですかね。当時のプロレスラーの基本姿勢だった感じもありますけど。
    小佐野 人によりけりだと思うけど、おおかた天龍さんみたいなスタンスだったと思う。鶴田さんなんかは、普通に奥さんにしゃべってたような気がするけど。天龍さんが家に帰ってきて、ご飯を食ってて、ごほっと咳したら、額から血が吹き出てきて家族がビックリしたとか(笑)。タイガー・ジェット・シンのサーベルでやられた傷みたいだけど。
    ――笑いごとじゃないですけど、やっぱり特殊な職業ですね(笑)。
    小佐野 でも経理として関わるとなると、知らないじゃまずいよね。実際その後の天龍さんはファミリービジネスになっていくわけだから。天龍さんがいろいろとご家族にしゃべるようになったのは、たぶんフリーになってからじゃないですかね。WARも終わって、新日本に外敵軍団として上がった2004年あたりぐらいかな。
    ――変な話ですけども、プロレスの情報公開のあり方が緩やかになってきている時期とかぶりますね。
    小佐野 天龍さんが全日本に復帰したのは2000年。その前にFMWで大ハヤブサになったでしょ。当時FMWのプロデューサーだった冬木(弘道)さんに頼まれて。
    ――冬木さんとはWARの契約の件で裁判中だったんですよね。それなのにお願いされたから天龍さんの男気で引き受けるという。
    小佐野 あれ、私が冬木さんに頼まれて天龍さんに連絡したんだけど。この件も天龍さん、家族にしゃべってなかったから。娘の紋奈代表に聞いたら、家に帰ったらハヤブサのマスクがあって、本人がシャワー浴びてて「何これ?」と。家族に何も言わず大ハヤブサに変身して家に帰ってきたと(笑)。そんなこともあったから、天龍さんが全日本に戻るときも、元子さんから頼まれて天龍さんに話を持っていったんだけれども「嶋田家の今後にとって非常に大事な話になると思うので、まき代さんもぜひ一緒にお願いします」と。天龍さんひとりで決められちゃうと私としても責任を感じちゃいますよね。そのあとどうなるかわからないから。

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  • 頑固一徹! 追悼・ターザン後藤さん■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    2022-07-28 12:00  
    140pt
    スーパーFMWのサイトよりプロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回は頑固一徹! 追悼・ターザン後藤さんです。

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    『至高の三冠王者 三沢光晴』を書いた理由
    新日本プロレスvsノア対抗戦から見えた個人闘争の炎
    令和の横アリ大実験!新日本vsノア対抗戦
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    プロレスと結婚した風間ルミさん
    武田有弘☓小佐野景浩 「これまでのノアと、これからのノア」

    『ゴング』と東スポの元記者が語るプロレスマスコミ黄金時代/小佐野景浩☓寿浦恵一
    【14000字対談】小橋建太☓小佐野景浩「あの頃の全日本プロレスを語ろう」
    北尾はなぜ大成しなかったのか■柴田惣一☓小佐野景浩 マスコミ大御所第2弾柴田惣一☓小佐野景浩 プロレスマスコミ大御所対談「スクープ合戦はガチンコの闘いだった」全日本プロレスの「うっかり八兵衛」が明かす全日本秘話あの日の全日本プロレス、SWSを語ろう■北原光騎×小佐野景浩嗚呼、阿修羅・原……修羅ごときそのレスラー人生!!
    冬木弘道は「俺はやっぱり死ぬんだな」とニヤリと笑った…


    ――今年の5月29日にお亡くなりになったターザン後藤さんについてお聞きします。
    小佐野 突然のことだったので、ちょっとビックリしました。去年の12月に電話でしゃべってるんですよ。私が書いた三沢光晴の本に協力してもらった関係で、謝礼の振り込み先を聞いたときが最後かな。そのときは全然元気で。その取材のときも直接は会ってなくて電話取材だったんです。
    ――小佐野さんが後藤さんと知り合ったのは全日本プロレスの時代ですよね。
    小佐野 彼が九重部屋をやめて、全日本へ入ってきたのは80年の4月。私が『ゴング』でアルバイトを始めたのが80年の3月なんですよ。その頃の『ゴング』は週刊誌じゃなくて、現場に毎日出ていたわけじゃないから選手と密だったわけではないけれども。いつも「お疲れさまでございます」とすごく丁寧に挨拶してくれる新弟子の印象がありましたね。親しくなったのは、日本テレビ系列の『底ぬけ脱線ゲーム』の特番があったからです。全日本の選手も参加していて、私が取材に行ったら、現場で後藤から声を掛けられて「すいません、誰かアイドルと写真を撮ってもらえませんか」と(笑)。番組に出演していた石川秀美に声を掛けて、ツーショット写真を撮ってあげたんです。
    ――取材の体でプライベートショットを(笑)。
    小佐野 それをパネルにしてあげたら、彼は実家に送ったみたいです(笑)。で、彼は相撲出身で気が利くから、まだ未成年なのにウイスキーの瓶を持ってきて「この前はありがとうございました」と。
    ――大人の世界がわかってるんですね(笑)。
    小佐野 あと全日本プロレスのグアム合宿で一緒に酒を飲んだりしてね。週刊になる前に親しくなった初めての全日本の選手かもしれない。当時の全日本に若い選手っていなかったから。三沢(光晴)が入ってきたのはその1年後。週刊の時点で若い選手は1個上の冬木(弘道)さん、1個下の三沢、2個下の川田(利明)と後藤。新日本には若い選手がいっぱいいたけど、全日本はみんなおじさんばっかりだから。
    ――そういう世界で若手が新弟子からやっていくのは大変だったんでしょうね。
    小佐野 彼の入った頃の若手は越中詩郎さんぐらいしかいなかった。そのあと何人か入ってきてんだけど、みんなやめちゃうんだよねぇ。私は『ゴング』に入る前は新日本のファンクラブをやっていて、新日本の選手は知ってたけども全日本の選手って知らない。それに年上の人ってなんとなく近づきにくいから、自然と若い子たちとまず仲良くなっていきますよね。
    ――後藤さんというとコワモテのイメージがありますけど、当時はどういう方だったんですか?
    小佐野 コワモテといっても、結局はターザン後藤にリングネームを変えて、ヒゲを生やして、コスチュームもワンショルダーのアニマル柄になってからだから。もともと童顔だから以前は子供っぽく見えたんです。性格は真面目で細かい。彼が寮長になったときは厳しかったよ。「夜遊びしちゃダメ」とか(笑)。きっちりした人だった。
    ――川田さんとは同い歳だけど先輩だったり、年下の後輩に三沢さんが売り出されたり、けっこう複雑な立場ですよね。
    小佐野 後藤いわく「自分のほうが年下だから、ことさら三沢に対して先輩風を吹かせてたと思うけど、三沢のほうが大人だったから、そのへんは許してくれてた」と。三沢がタイガーマスクになってスターになっても、ずっと「後藤さん」って変わらず接してくれたと。後藤はずっと三沢のことは意識してたみたい。彼は三沢みたいな華麗なファイターではなくパワーファイター。当時のコーチ役だった佐藤昭雄さんに「彼らと同じ動きしたって誰も喜ばないよ。おまえは動くな。荒々しくやれ」と。初めの頃は「自分も三沢と同じ動きができる」とハイスパートなプロレスやってたら、昭雄さんから「おまえがやるプロレスはそれじゃないよ」と注意されて。馬場さんからは「やれることは何でもやれ」って言われてたんだけどね。昭雄さんの指示でヒゲを伸ばして、タイツも変えて“ターザン後藤”にしてもらった。
    ――後藤さんの腕組みイメージは佐藤昭雄さんのプロデュースからきてるんですね。
    小佐野 試合にしてもバタバタ動かず重厚にやりながらも飽きさせない。昭雄さんがいなかったら、なかなか芽が出なかったと思う。いつまでたっても小僧みたいな感じだったし、やっぱり三沢や川田のほうが顔つきは精悍だから。後藤は目がクリクリっとしてて、ヒゲがなかったらかわいい顔立ち。昭雄さんにしてみれば、若手をそれぞれに個性を持たせて、ちゃんと育ててあげたいっていう思いがあったんだろうね。
    ――あのキャラクターは“ターザン後藤”以外の何者でもないですもんねぇ。
    小佐野 海外遠征に行く前にロード・ウォリアーズとテレビマッチで抜擢されて。秒殺で負けたとはいえテレビに出してもらったからね。それは彼が頑丈だからウォリアーズ相手でも大丈夫ってこともあった。
    ――相撲出身の頑丈さですね。
    小佐野 彼は八角理事長と同期だからね。
    ――つまり安田(忠夫)さんとも同じってことですよね。すごいメンツです(笑)。
    小佐野 彼がようやく海外修行に出れるようになったとき、いずれ三沢の敵役みたいな感じで戻れたらいいなって気持ちはあったみたいだね。
    ――アメリカ修行には出ましたけど、全日本には戻ってこなかったじゃないですか。いったい何があったんですか?
    この続きと、佐藤大輔、『Breaking Down』、青柳館長、ターザン後藤などの7月更新記事が600円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事17本の詰め合わせセット」はコチラhttps://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2113070この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック! 1記事130円から購入できます!