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  • 武田有弘☓小佐野景浩 「これまでのノアと、これからのノア」

    2021-09-25 18:47  
    130pt

    プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回はノアを統括するサイバーファイト取締役の武田有弘氏をお迎えしてノアを語ります!




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    『ゴング』と東スポの元記者が語るプロレスマスコミ黄金時代/小佐野景浩☓寿浦恵一
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    冬木弘道は「俺はやっぱり死ぬんだな」とニヤリと笑った…


    ──武田さんは新日本プロレス出身で、リデット時代からノアの運営にタッチされています。本日は小佐野さんと「これまでのノアと、これからのノア」について語っていただきたいと思います。
    武田 小佐野さんはノアに関しては詳しいですよね。
    小佐野 そうですね。選手たちのことは旗揚げ前から知っているわけだし。
    ──武田さんと小佐野さんはいつぐらいに知り合ったんですか?
    小佐野 武田さんが全日本プロレスにいた頃かな? 
    武田 そうですね。ボクは95年に新日本さんに入社して、02年に武藤(敬司)さんたちと全日本さんに移って。
    小佐野 私は全日本の担当だったから、新日本方面の方とはそこまで接点が持てなかったんですよね。武田さんのことで覚えてるのは、武藤さんの取材をするために武田さんに電話したら「わかりました。じゃあ、この日はどうでしょう?」ってすぐに日時を挙げてくれた。変な話、それまでの全日本の人たちって取材対応はかなり遅かったんですよ(苦笑)。
    武田 なるほど(笑)。
    小佐野 「あっ、武田さんは頼んだら、すぐやってくれるんだ」って安心した印象がある。
    武田 そこはせっかちな性格なんで。でも、そんな普通のことで驚かれるなんて、すごい会社だったわけですよね、全日本プロレスさんは。
    小佐野 もう20年近く前のことですし、当時のプロレス団体ってそんな感じですよね。
    武田 結局ボクは1年くらいで全日本さんをやめたんじゃないかな。
    小佐野 武藤さんが全日本の社長になったときはいた?
    武田 ……ときまでは、いたかなぁ。どうだろう。この業界の人って「自分は何年入社」とかいろいろ覚えているんですけど、そういう時系列の記憶がまったくなくて。
    小佐野 あの頃は業界もグシャグシャしてたから余計にね。あのとき新日本からは選手だけじゃなくて、武田さんとかフロントの人たちもゴッソリ抜けて全日本に来たでしょ。
    武田 新日本プロレスさんの試合ビデオを制作していたヴァリスの人間も移ったり。
    小佐野 それで武藤さんはレッグロックという会社も作ったりもしてて。
    武田 結局、全日本プロレスさんには全日本プロレスさんのやり方があるんで、武藤さん関連のグッズや芸能方面は別会社がやろうと。関係がややこしかったですね。
    ──当時K-1やPRIDEのブレーンだった柳沢(忠之)さんのローデスジャパンもいろいろと関わってましたよね?
    武田 あー、そうです。柳沢さんは新日本時代からけっこう仕事をやらせてもらってて。その人脈でスカパーさんで放送したり。当時はいまと違ってネット配信なんかはなかったから、CS放送やスカパーのPPVをやるしかなくて。
    小佐野 当時は地上波に頼らない団体運営が試されていた時代だったよね。
    武田 ものすごく大変でしたよね。ボクは新日本さんに戻っちゃいましたけど。
    ──ノアはサイバーエージェント(以下CA)体制となりましたが、体制変更の混乱もなくスムーズにやられてるなっていうイメージがあります。
    武田 じつはCA体制に移る前が最大のピンチだったんですよね。リデット体制になってそれまで整っていなかった社内の体制はうまく整えることができて、支払いなんかは問題なくなっていて。あとは投資していただける会社さえつけば……という段階だったんです。だから、もしCAの話がうまくいかなかったら、ノアは消滅していたんじゃないかなって。その頃と比べると、スムーズに見えるのかもしれないです(笑)。
    小佐野 CA以前のリデット体制でいえば、19年11月の両国大会が勝負所だったんですよね。あのときデイリースポーツの月1連載の記事を書くときに、武田さんに話を聞いたら「とにかく結果を出さなきゃいけない」「時間がない」と繰り返していたことがすごく印象的で。
    武田 あの大会が11月で、そのあとくらいからですかね、CAとそういう交渉が始まったのは。正式に決まったのは、発表間近だったんですよ。
    ──武田さんの「とにかく結果を出さなきゃいけない」という発言は発破をかけるために言ってるんだと捉えてていて。まさか本当に危機的状況だとは思わなかったですね。
    小佐野 まあノアがここまで生き抜いてきたのは、奇跡に近いものがありますよ。
    武田 それこそボクが関わる前から奇跡の連続だったんじゃないですか。
    小佐野 ホントそうですよ。ノアは三沢(光晴)さんがご存命のときもヤバかったわけだから。日本テレビの地上波もなくなっちゃったし、選手のリストラが始まっていたし……。
    武田 リデット体制になるまで、親会社も何回か変わってますよね。そんな中、新日本プロレスさんから選手がやってきて。
    小佐野 鈴木軍で2年間なんとか回してね。
    武田 全日本さんもいろいろあったけど、ノアの激動のせいで目立たないところもあるじゃないですかね。
    小佐野 そうかもしれないね(笑)。
    ──多くのプロレスファンはそこまでノアが深刻だとは捉えてなかったと思うんですね。大会はなんとかやってるから。
    小佐野 体制は変わっていたけど社名は社名であって、団体名とはまた別だからね。
    武田 やっぱりノアという看板の名前が大きかったのかな。どんなにピンチに陥っても、なくならなかったですよね。ボクがノアに関わったのは2019年の3月からで、経営の財務はもうキツイなってのはわかっていましたけど。リデット体制になってから、財務面ではまともにはなったんですよ。
    小佐野 いまだから言えますけど、リデットの前はホントにダメでしたよ。パンフレットの制作代は踏み倒されましたし(苦笑)、遅配はあたりまえで。もう当時の代表に直に話をしないとお金が出てこないっていう状況だったから。ノアとは昔からの繋がりだから、仕事の依頼は断らなかったんですけど。
    武田 その頃と比べたらリデット体制はすごくよくなったんですけど、それでもピンチには変わりなくて。CAに提出する資料を作って、プレゼンもやって、結果を待ってるあいだはドキドキして精神的にキツかったですね。
    小佐野 武田さんがノアに関わるようになって、いろいろと新しいことを打ち出していきましたよね。
    武田 当時のノアは結局やれてないことが多くて。やるべきことをやれば、よくなることはわかってたんですけど。何かをやろうとすると、お金がかかるっていうのがプロレス団体なので、なかなか難しいところでしたよね。何かをやったからといって、いきなりお金がバーっと入るわけでもないし。
    小佐野 やっぱりお金がないと、やれることやれないし。
    武田 結局ノア、全日本プロレス、新日本プロレスの宿命ですけど、ちっちゃく成功すればいいっていうわけでもないじゃないですか。そこが難しいですよね。やっぱり常に大きく、メジャーっぽくやらなきゃいけない。
    小佐野 思ったのは、武田さんは新日本の人間じゃないですか。ノアは全日本系。その選手たちと一緒にやっていくのは大変だったんじゃないですか。
    武田 ちょっと考え方が違うといえば違いますけど、そこまでめちゃくちゃな違いはないっていう安心感はありました。どちらかというと新日本さんが攻めだったら、ノアは守りのような文化はありますけど。いまはとりあえず「大きな成功しよう」と。その方法をちゃんと説明することで理解はしてもらっています。武藤さんが入団したりとか、ぶっ飛んだ攻めがあったりするじゃないですか(笑)。
    小佐野 驚きますよ(笑)。ノアらしからぬ攻めってことですね。
    武田 全日本系という意味では、やっぱり変化はあまり求めないところはあるのかな。なぜ変化させたかというと、変化を恐れているともう経営は成り立たなくて、選手を守れないから。変化することで批判されることは承知の上ですね。
    小佐野 やり方でいえば全日本や昔のノアっぽくはない。新日本っぽいんだけど、それがうまく刺激としてノアに入ってきてる。いまのノアがいいバランスだなと思ったのは、鈴木軍が来たときはノアのファンが引いちゃってたんですよ。
    武田 あー、そこまで見てないんですよね、あの当時のノアは。
    小佐野 結局、それまでのノアは長い試合を丁寧にやる文化だったのが鈴木軍がそれをぶっ壊して、鈴木軍ペースの試合になっちゃったことで、それまでのノアのファンが離れちゃったんです。
    武田 鈴木軍に太刀打ちできるくらいノア側が強ければよかったんでしょうけども。
    小佐野 まさに丸藤(正道)は当時を振り返って「あれはウチらのせいだ。結局全部向こうが持ってっちゃったから」と言っていて。結局、鈴木軍のほうがよっぽどノアのことを考えて戦っていたから。
    ──いまのノアの現場が変化を受け入れたのは、「さすがにもう変わらないとやっていけない」という空気を感じたからですか。
    武田 それも当然ありますし、一番大きかったのはお金がそんなにあるわけじゃないですけど、しっかりとした会社がついていれば、遅配とかお金に関する迷惑をかけなくてもいいことで信頼されるじゃないですか。小佐野さんがおっしゃった「ダメだった」ころは、会社から言われたことやっても、給料が出なかったり遅れたりしたら「ホントに任せていいの?」っていう不安な気持ちがあったと思うんですよ。
    ──生々しい話ですが、お金や生活の安定をさせてくれる人じゃないと選手はついていかない。
    武田 そりゃそうですよ。来月給料が出るかどうかわからない中で「試合をしろ」と言っても集中できないですよ。いいパフォーマンスはできないですよね。
    小佐野 集中しないとケガもしやすいしね。
    武田 たとえば小佐野さんや周りの人にも迷惑をかけてることを選手が知っちゃうと……。いまはとりあえずちゃんと信頼関係があるので、これから団体が大きくなれば選手に還元できる体制にはなっているので。
    ──それくらいノアは追い込まれていた時代があったっていうことなんですね。
    小佐野 これは武田さんが来る前なんだけど、芸能関係の仕事があるじゃないですか。そのお金を全部会社に持っていかれちゃったって選手から聞いたことあった。あとは未払いでどうしようもないから、業者さんにも毎回その場で現金払いという時代もあったみたいで。
    ──プロレス団体ってそこまでいくともう終わりですけど、そこからよみがえるってそうそうないですね。
    武田 そこで終わりとしないのがプロレス経営者なのかなと(笑)。FMWやW★INGとか昔からそうかもしれないけど。
    小佐野 あと周りも多少被害を被っても「ノアは潰しちゃいかん」という意識がずっとあって。
    武田 それもありますね。「ノアだから」って。
    小佐野 それは絶対あると思う。そりゃあ未払いに対しては「ふざけんな」ってなるかもしれないけど、「でもノアだしな……」っていう気持ちもあって。
    ──90年代はメガネスーパーの失敗があったことで「企業プロレス」のイメージは最悪だったんですが、最近は逆に「企業プロレスじゃないとダメだ」という空気にもなってます。
    武田 新日本プロレスさんもユークスが親会社になって、そのあとブシロードであそこまで復活して。企業プロレスじゃないとダメだってことじゃないですけど、たとえば新日本プロレスって90年代中盤にドームツアーをやっていた頃は年商39億円かな。いまのブシロード体制は50億円。この50億円は当時はなかったデジタル売上も追加されているじゃないですか。デジタルに強い親会社がつけば、いままでやれてなかったことがやれたり、獲得できなかった人材を獲得できたりする部分では相性がいいというか。そういう意味では、親会社がつくっていうのは理にかなってるのかなと思います。ただ単にお金を出す親会社がついてるだけなのは、あんまり意味がないと思うんですけど。
    小佐野 結局SWSの場合は企業プロレスというかタニマチプロレスだったから。税金で取られるくらいなら、とか、ちょっとでも宣伝になればいいやくらいの姿勢だったよね。
    武田 それだとビジネス的にシンクロしてなかったのかなと。だからユークスさんやブシロードさんとか、今回のリデットやCAは、お互いにメリットのある団体と親会社のつき方なんじゃないですかね。ノアに関していえば東京ドームをやっていた全盛期は年商20億円くらいあったんです。アナログ売上だけで20億円。
    ──2004年や2005年の頃ですね。
    武田 だからポテンシャルは全然あるんですよ。それに当時のノアが持ってなかったメディアがある。ABEMAもありレッスルユニバースもあり、そういう意味では本当にいいかたちはできていますよね。
    小佐野 2005年頃って、業界の盟主が新日本からノアに移ったって言われたんだけど。そこからの転落が早かったんだよなあ……。
    武田 あのときのノアの東京ドームってYoutubeなんかでも映像が見れますけど、お客様がすごく入ってますよね。その当時のボクは新日本さんに戻ってたんですけど、新日本プロレスはドーム大会にお客様が入ってなかった。三沢さんと杉浦さんのタッグがドーム大会に出たときに、当時ノア所属だったKENTAさんが会場を見て「新日本のドーム、お客さん入ってねぇじゃん」って言ってましたもん(苦笑)。
    小佐野 あの当時の新日本はいつドームから撤退しても、おかしくなかったよねぇ。
    武田 逆にノアの東京ドームは本当に入ってたと思うんですよ。ただ、あの当時のノアって力を持ちすぎていろんな団体と助け合う、束ね合うというか、ちょっと変な方向を目指してしまったように見えたんですよ。
    小佐野 要は「対・新日本」みたいなね。
    武田 そうそう。あの頃の新日本さんはどこからも嫌われてる団体だったから(苦笑)。誰も相手にしてくれなくて、それが結果としてブルーオーシャン的な世界が作れたのかなと。
    小佐野 あのときノアが中心となってグローバル・レスリング連盟(GPWA)っていう組織も作りましたよね。
    武田 そうなるとノアの選手がいろんな団体に出て助けなきゃいけない。で、いろんなところから選手を借りる。そうなると、どのカードをやってもどこかで見た試合だし、そのうちネタは切れますよね。あれでノアが完全にレッドオーシャンになっちゃったのかなと。
    小佐野 交流の弊害ですね。
    武田 そこを新日本さんは独自でやろうと。誰からも嫌われてるから(苦笑)。
    小佐野 あんまり亡くなった人のことは言いたくないけど、当時のノアの現場を仕切っていた仲田龍氏が野望を持ちすぎちゃったんじゃないかな。あの当時「銀行が金を借りてくれとしょうがない」って言ってたもんね。そういうこともあって拡大路線に入ると、他団体の選手を呼ぶことになるし、お金がかかるようになっちゃって。
    武田 ボクがノアに入ってから社員面談をやって「なぜノアがダメになったか教えてくれ」って聞いたら、大多数の人は「東京ドームをやったこと」そして「東京ドームをやめたこと」で。新日本プロレスは東京ドームがガラガラなことが何度もあったのに、それでもやり続けたんですね。それは資本があったから、ユークスのお金があったからで。ノアは新日本プロレスみたい会社の後ろ盾がなかったから、ドームをやり続けることができなくなったんだと思うんですよ。
    ──新日本とノアにはそこに違いがあったんじゃないかと。
    武田 なぜ「東京ドームをやめたこと」がよくなかったかというと、新日本さんにはいろんな資産があって。道場ももちろんそうだし、IWGPというタイトルやG1クライマックスという毎年恒例のシリーズ、そしてイッテンヨン東京ドーム。そういうフォーマットができてるから、人気が落ちてもそのフォーマットを軸に復活できるじゃないですか。そのフォーマット自体が資産なんです。ノアって引き継いだ段階で、東京ドーム大会もやめてしまったし、この時期にはこのシリーズを行うという毎年恒例のシリーズもなかったし、なんのパターンもフォーマットもなくなってたと思うんですよ。何か思いつきます? ノアで。
    ――そう言われると……たしかに。
    小佐野 変な話、最後に残ったのは「三沢光晴」っていう名前だけだから。それだけで、あとは何も残ってなかったね。
    武田 「三沢さんだったら、どう考えるだろう?」という文化頼りになんとかやってきて。新たに来年1月1日に日本武道館をやろうとしたり、今後はいろんなパターンを作ろうと思ってます。<16000字対談は会員ページへ続く>
     
  • 一流レスラー輩出工場ドラゴンゲート■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    2021-07-22 08:00  
    110pt

    プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回のテーマは一流レスラー輩出工場ドラゴンゲートです!




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    ──以前から小佐野さんの連載で人材輩出工場としてのドラゴンゲートの話が出てきましたが、ここにきてあいかわらずのすごさはありますね。
    小佐野 鷹木信悟がIWGP世界を獲ったりね。
    ──鷹木選手の新日本プロレス入団はアヤがあったわけじゃないですか。もともとジュニアの選手として契約して。
    小佐野 あのときは高橋ヒロムがケガで長期欠場となって。新日本としてはジュニアの選手がほしかったから鷹木に声をかけたんだろうけど。
    ──でも、鷹木選手はヘビーで活躍してたわけですよね。
    小佐野 ドラゲーってみんな身体がちっちゃいからジュニアヘビーみたいな見方をされるけど、彼らは階級でやってないから。みんな無差別級。
    ──階級の概念がないわけですね。
    小佐野 だから新日本でジュニアとしてデビューしたときはビックリしたし、ちょっともったいないなと思ったけど。
    ──もったいないですか?
    小佐野 たとえばあの年(2018年)の春、鷹木は全日本のチャンピオン・カーニバルで活躍して、開幕戦で当時・三冠王者の宮原健斗に完璧に勝っちゃったんですね。あの人はヒールなのでドラゲーではブーイングを浴びるんだけど、全日本ではどこの会場にでも大歓声で迎えられて。彼のガンガン攻めるスタイルが全日本に合ってたんです。
    ──キャラクターじゃなくてファイトスタイルが歓迎されてたってことですね。
    小佐野 うん。ユニットで参戦してたわけじゃないからヒールだろうが関係ないからね。石川修司とやった試合なんかも、あんなに体格差があるのに全然見劣りしなかったし。その石川戦はプロレス大賞でベストバウトにノミネートされたくらいだから。
    ──階級の概念が戦いの中で、自分のスタイルを作り上げてきたんですね。
    小佐野 彼は他団体に出ていくことが多かったから田中将斗なんかともけっこうやっていたはずだし。だからこそ新日本のジュニアではもったないなと。そのときの新日本はジュニアのトップでやれる選手がほしかったんだろうね。だって最初からロスインゴに入ったでしょ。ロスインゴでジュニアを充実させるのはけっこうな役割だから。
    ──新日本としても高い評価をしていたってことですね。
    小佐野 鷹木の実力を知ってる選手や関係者からすれば「えっ、なんでジュニアなの?」って思ったはずなんだよね。でも、あのときはあくまでジュニアのテコ入れ。鷹木本人の中にはいずれヘビーでやってやろうっていう考えはあったと思うんだけど。
    ──ジュニアでも期待どおりの実力を見せて。
    小佐野 翌2019年のベスト・オブ・ザ・スーパージュニアはオスプレイに決勝で敗れて準優勝だったんだけど、ジュニアの試合でプロレス大賞のベストバウトにノミネートされたんですよ。「これがジュニアだ!」という試合ではなく、ヘビーでも通用する試合。階級関係なくいい試合ってことでプロレス大賞のベストバウトにノミネートされたんです。
    ──階級の概念のないスタイルだからこそだったんですね。
    小佐野 闘龍門一期生のCIMAにしたって40歳を超えても田中将斗と普通にすごい試合ができる。あとドラゲー出身レスラーは喋りもうまいでしょ。そこはドラゲーならでは。ドラゲーの選手たちのマイクがすごいなって思うのは、まず噛まない。噛んでもリカバリーできる。あとは、よく聞き取れる(笑)。これが一番大きい。普通のレスラーはガーっと怒鳴ると何を言ってるかわかんないけど。
    ──プロレスのマイクって何を言ってるかわかんないですからね、昔から(笑)。
    小佐野 ストロングハーツのエル・リンダマンとかすっごいうまくて全部聞き取れる。それにその人その人の喋り方になってるから、セリフを言ってるわけじゃないんだよね。
    ──ただの「セリフ」に聞こえないんですね。
    小佐野 何か台本を暗記して喋ってる感じではない。そこは重要だよね。変な話、絶対言わなきゃいけない要点だけで、あとは自分の言葉で喋ればいいから。
    ──ドラゲーは新人の頃からみんなマイクがうまいんですか? 
    小佐野 初めは喋らせない。だんだんキャラができてパーソナリティができてからっていう。
    ──そうやって優秀なレスラーが育成されていくわけですね。
    小佐野 いろんな団体で活躍してるよね。戸澤陽はWWEだし、新日本にはオカダ・カズチカ、石森太二がいて。
    ──ウルティモ校長の育成メソッドがすごいという。
    小佐野 そこは大きいとは思うよ。だってそのノウハウでみんな育ってるわけだからさ。あの人はルチャ・リブレを経験して、日本のスタイル、WCWやWWEのアメリカンスタイルでもやって。それらのいいとこ取りを教えたのが闘龍門だから。だから闘龍門ってルチャの団体だと思われたがちだけど、浅井嘉浩の中ではルチャじゃないから。自分がやってきたものがまぜこぜにしたものが闘龍門。
    ──ルチャはあくまでベースのひとつ。
    小佐野 そうそう。ベースはルチャなのかもしれないけど、ルチャではない。ドラゲーの試合を見てるとみんなスピーディーだけどルチャじゃないからね。飛べる選手もいるけど、飛ばない選手もいるわけだから。
    ──ウルティモ校長が団体から去ってドラゲーに名称が変わるわけですけど。引き続き人材が育ってるのはすごいことですね。
    小佐野 やっぱり初期の人たちがすごかったんだよね。ちゃんと教えられた人たちがいたから、その後の選手も鍛えられたんじゃないのかな。たとえば吉野正人は8月1日の神戸で引退するけど、今年で41歳で首が悪かったり身体はボロボロなんだけど、少なくとも体型は崩れてないもんね。ちゃんと身体を作ってる。
    ──プロレスラーってフォルムが変わらないことが重要ですよね。
    小佐野 モッチー(望月成晃)も50過ぎてるわけでしょ? それで身体をちゃんと作ってハタチくらいの子たちと試合してるから。モッチーはいまNOAHに上がってるからNOAH用にちょっと太めにしてるけど。ちゃんと合わせてるところもプロフェッショナルですよね。
    ──大雑把な話かもしれませんが、四天王プロレス以降の日本のプロレスは闘龍門のスタイルが日本のプロレス界を変えてるんじゃないかと思います。
    小佐野 それまでのプロレスと何が違うかといえば、スピードと試合の作りが全然違う。
    ──いわゆるハイスパートレスリングとは明らかにスピードや展開が違いますけど、括りとしてはハイスパートですよね。
    小佐野 まぁ形としてはハイスパートなんだけど……ハイスパートの連続なんだろうね。だから、よくもまぁ動くわなっていう。いまはREDというヒールユニットが出てくると、ちょっとテイストが……技じゃないプロレスになってきてるところはあるんだけど。
    ──ドラゲー以前に細かいところまで練り込んでやってるスピーディーなプロレスってありましたか?
    小佐野 もしかしたら初期のみちのくプロレスはそうなのかもしれないですね。
    ──あー、なるほど。
    小佐野 みちのくもユニバーサルプロレスから派生した団体だからベースはルチャだけど、ルチャじゃなくなっていった。飛び技をつかったハイスパートってことでサスケ、カズ・ハヤシ、TAKAみちのく、ディック東郷が活躍して、他にも人材もたくさん育てている。結局、みちのくはウルティモが教えたわけじゃないけど、ウルティモはユニバーサルにいたという縁もある。あの当時のウルティモの試合はジャパニーズ・ルチャと呼ばれたけど、ルチャを日本人仕様にしたのがジャパニーズ・ルチャで、それが日本のジュニアの主流になっていったから。そのウルティモ・ドラゴンの源流はタイガーマスクなんだけどね。
    ──新日本も体制がユークスとなり、邪道・外道が現場を仕切るようになったことで新日本プロレスのスタイルも変わっていきました。

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  • 【復刻記事】小橋建太☓小佐野景浩「あの頃の全日本プロレスを語ろう」

    2021-06-26 19:15  
    110pt



    2020年2月に掲載した小橋建太さんと小佐野景浩さんの14000字対談を再録します!■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回は特別編! 小橋建太さんとのスペシャル対談です!!




    ――小橋さんと小佐野さんが初めて会ったときのことはおぼえてますか?
    小橋 おぼえてますよ。
    小佐野 私も鮮明におぼえてますね。初めて小橋さんに会ったのは1987年6月20日。
    ――日付までおぼえてるんですか(笑)。
    小佐野 なぜかというと、その日に小橋さんが入門したから。小橋さんが初めてしゃべったプロレスマスコミが私になるのかな。
    小橋 そうなりますね。入門した日に当時六本木にあった全日本プロレス事務所に行ったんですよ。そうしたら、もの凄い数のマスコミが集まっていたからビックリしちゃって。「なんで新人の入門者が来るのにこんなにマスコミがいるんだろう?」と。そうこうしてるうちに小佐野さんと日刊スポーツの記者の方に「ちょっとこっちへ……」と別の場所に連れて行かれたんですよ。
    小佐野 他のマスコミに気付かれる前にこっそり個室に連れて行ったんですよね(笑)。
    小橋 そこでいきなりインタビューが始まってたんですけど、どうも話が合わないんですよね。小佐野さんは「おかしいなあ……」という顔をしてて。なんのことはない、ボクと田上明を間違えたんですよ(笑)。
    小佐野 フフフフフフ。上半身裸にして写真も撮ったりしてたのにね(笑)。
    小橋 あの大勢のマスコミは玉麒麟(田上明の四股名)が入門するということで事務所で待ち構えていんですよね?
    小佐野 いや、というわけじゃなかったんですよ。あのときは全日本のシリーズオフで、何も話題がないからマスコミは事務所に集まって記事のネタを探してて。玉麒麟が入門してくることを知ってる記者は限られていたんだけど、こっちは相撲の知識がまるでないでしょ。身体の大きい小橋さんが入ってきたから「これが玉麒麟か!もう髷を切ってるんだ」と勘違いしちゃってね(笑)。
    小橋 丸坊主なんですけどね(笑)。
    小佐野 日刊スポーツの記者と顔を見合わせて「他のマスコミに気付かれる前に別の場所で取材するしかない」と。いざインタビューしてみるとプロフィールが全然違うわけですよ。
    ――別人ですもんね(笑)。
    小佐野 インタビューを始めた以上はやめるわけにはいかないし、とりあえず写真も撮っておくかと(笑)。 
    小橋 それから1週間ぐらいしたあとに、砧の全日本道場に小佐野さんがやってきたので「あのときの写真をください」とお願いしたら「なくなったからまた撮るね」とアッサリ言われて(笑)。
    小佐野 「記事にはできないんだよ」とも言ったのかな。その頃は玉麒麟クラスだとすぐに記事にはなるけど、一介の新人だとデビューする前にやめちゃうかもしれないから記事にはできなかったんですよ。
    小橋 でも、北ちゃん(北原光騎)と菊地(毅)さんの記事は載ったでしょ? 何かで読みましたよ。 
    小佐野 菊池くんはアマレスの全日本チャンピオンだったし、北原くんはスーパータイガージムのインストラクターだったから載せられたのかもしれないね。
    小橋 ボクは何もバックボーンがないから最初は書類審査で落とされましたからね。不合格通知が来たから、電話で広報の方に「なんでダメなんですか?」と聞いたら「キミには実績がない。会社は辞めたの?だったら別の会社を探しなさい」とガチャンと切られて(笑)。
    小佐野 その頃の身長・体重は?
    小橋 身長は186センチで体重は100キロです。北ちゃんや菊地さんのプロフィールを知っていたので「なんで彼らより身体の大きいボクが入れないんだろう?」と。
    小佐野 それだったら全然問題なく入門できるはずだよね。不運だったのは前の年に相撲出身のジョン・テンタと高木功(嵐)が入って、そしてこの87年にはアマレスの菊地くん、シューティングの北原くんが入って。そのあとに田上明が入ることが決まっていたから、全日本からすればもう新人はいらないということになってたんですよね。
    小橋 ボクが入門したときに何の実績もない新弟子がひとりいたんですよね。スカしましたけどね。
    小佐野 逃げちゃったわけね。なにせ全日本は新弟子が育たない。小川良成がデビューして以降、小橋さんたちの代まで3年ぐらいあいだが空いていたし。
    ――そんな環境の中、小佐野さんは小橋さんがデビューできると思ってました?
    小佐野 できると思ってましたよ。まず田上明と間違えたということは、それだけ身体ができあがっていたということですからね。 普通の新弟子はあそこまで身体ができてない。
    小橋 入門したときは100キロぐらいあったんですけど、2週間で10キロぐらい減ちゃったんですけどね。トレーニングもキツイですけど、先輩・後輩の関係もキツかったです。
    小佐野 いろいろと雑用をやるわけだもんね。いまだったらパワハラだなんだって騒がれるようなことも当時は関係ないし。
    小橋 みんなそれでやめちゃうんですよ。大学のレスリング部のキャプテンとかも入ってきましたけど、みんなスカしましたから。
    小佐野 全日本は本当に新人がデビューしなかった。新日本の場合はテストで一斉採用するから同期と切磋琢磨して頑張れるところがあるでしょ。全日本の場合はパラパラっと入門させるから、最後に入った人間が雑用なんかで大変な目にあっちゃうんですよね。小橋さんのあとにデビューしたのは折原昌夫?
    小橋 そうですね。新人はたくさん入ってきたんですけどね。
    小佐野 当時の『週刊プロレス』ってレスラーの格に関係なく若い選手をピックアップしていて、『週刊ゴング』はそれが許されない本だったんだけど。私としては小橋さんの人気が出てから扱うのがイヤだったわけ。この選手は『ゴング』と共に育った……というイメージが欲しかったから、小橋さん、菊池くん、北原くんは新人の頃から押さえておきたかったんですよね。
    小橋 それでもやっぱり田上明でしょ?(笑)。
    小佐野 ハハハハハ。デビュー1年目の小橋さんが自分の誕生日にアジアタッグに挑戦することが決まったときに、『ゴング』でスタジオ撮影したじゃないですか。
    小橋 ああ、そんな取材ありましたっけ。
    小佐野 当時の編集長の舟木(昭太郎)さんに怒られたんですよ。「新人をこんな扱いをするんじゃない」と。あの頃の小橋さんはシングルで1勝もしてなかった時期だから。
    小橋 してないですね。ずっと勝てなかったですね。
    小佐野 それはどちらかというと、上のほうの選手と当てられていたこともあったからなんだけどね。
    小橋 外国人選手ともやってましたし。あの頃の全日本は変革期というか、「新人は海外修行に行かせない」という方針に変わって。ボクが馬場さんに「海外に行かせてください」と何度もお願いしても頑として「ダメだ」と。
    小佐野 馬場さんは「海外に学ぶものはもうない」という考えになってたからね。当時の全日本の変わりようにビックリしたのは、小橋さんがデビューした直後の試合でベテランの大熊元司さんにブレーンバスターをやってたこと。だって昔の新人はドロップキックにボディスラム、腕を取ることくらいしか許されてなかったら。当時でもアーダコーダうるさい先輩はいたと思うけど。
    小橋 いろいろと言われることもありましたよ。
    小佐野 ミサイルキックなんかやったら「若手がコーナーポストに上がるんじゃない!」とかね。
    小橋 ヒザにサポーターをつけただけで言われましたから。「そんなものをつけてるんじゃねえよ。顔じゃねえよ」と。だからケガをしてるヒザだけサポーターをつけるという不格好なことをやってましたね(笑)。
    小佐野 当時はサポーターをつけないのがあたりまえだみたいな雰囲気だったよね。馬場さんはちゃんとできるのなら、大技を使っていいよというスタンスだったはずだけど。
    小橋 他の先輩にはけっこう言われましたね。言われても、使ってしまえば、こっちのもんみたいな感じでしたけど(笑)。
    小佐野 あとは先輩が使わない技、使えない技をやればいいと。
    小橋 馬場さんは「使っていい」と言ってましたからね。 馬場さんは「アメリカから学ぶものはもうない。俺が教える」と。海外修行に行かせられないぶん、そうやって「どんどん使え」と言ってくださったんじゃないですかね。だって海外だと好き勝手できるじゃないですか。
    小佐野 海外に出ちゃえば、誰にも文句を言われないもんね。小橋さんは馬場さんに好かれて付き人になったわけじゃないけど、周りからそうは思われなかったところはありましたよね。要は「小橋健太だけ特別扱いされてるんじゃないか」と。
    小橋 いやいや、ボクはデビューするまで馬場さんに口を利いてもらえなかったですけどね、付き人なのに。 人間無視されることがどれだけつらいことか……。
    小佐野 一日中、ずっと身の回りの世話をしてるのに。
    小橋 無視してくるのが同級生だったら「じゃあ、いいよ」ってなるけど、相手は馬場さんですよ。会社のトップですよ。いつ追い返されるのか本当に怖かったです。 周りからは、すんなり行ったように思われるかもしれませんが、人生はなかなか……。
    小佐野 他のレスラーからすれば、馬場さんにかわいがられて、チャンスをもらって「あの野郎!」って目で見ていただろうし、当然試合になればキツイ当たりをしてくる選手もいたんじゃないのかなあと思うんだけど。
    小橋 でも、エリートとして入ってきてチャンスを取り逃したり、チャンスを掴みに行ってない選手もいましたからね。ボクはチャンスをもらったときに必死で掴みに行きました。そこの違いだけですよ。
    小佐野 よく小橋さんが言っていたのは「自分はバックボーンがないから、もしチャンスを逃したら次はない」という危機感があったと。
    小橋 その危機感はありました。必死でしたよ。 
    小佐野 だってはじめは田上明のドロップキックの練習台だったわけだもんね。田上明は馬場さんからドロップキックを教わって、その実験台が小橋さんで。
    小橋 そんなのばっかですよ。ボクは練習のときに馬場さんの前で田上さんのことを投げたことは一度もないです。投げられてばっかりで。ボディスラムやバックドロップ、ブレーンバスター、ビッグブーツの練習台ですよ。<14000字対談はまだまだ続く……>
     
  • 義足でプロレス復帰する凄いヤツ! 谷津嘉章■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    2021-06-13 10:47  
    110pt

    プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回のテーマは義足でプロレス復帰する凄いヤツ! 谷津嘉章です!




    <1記事から購入できる連載記事! クリックすると試し読みできます!>
    プロレス不透明決着を考える
    【vs秋山準】男色ディーノは脱いではいけなかった「IWGP世界ヘビー級王座」新設
    武藤敬司と秋山準、Wタイトル奪取&入団の衝撃秋山準の“三冠外し”マイクとは何か
    杉浦貴……いいときも、悪いときも、ノアで戦い続けた男
    G1、チャンカン、N-1……秋の3大リーグ戦・総括


    追悼ロード・ウォリアーズ
    SWSは企業プロレスだったのか『ゴング』と東スポの元記者が語るプロレスマスコミ黄金時代/小佐野景浩☓寿浦恵一
    名子役から名優へ…中嶋勝彦
    デビュー戦から見た木村花というプロレスラー
    小川良成…孤独と苦難から生まれた「孤高のテクニシャン」新型コロナ禍の中のプロレスW-1活動休止、NOAH新体制、全日本はWWEと接近?追悼“喧嘩日本一”ケンドー・ナガサキ
    【14000字対談】小橋建太☓小佐野景浩「あの頃の全日本プロレスを語ろう」
    新生NOAHは何が変わったのか?
    獣神サンダー・ライガーと山田恵一プロレス者の青春「竹内宏介とザ・マニアックス」ケンドー・カシンの数奇で偏屈なマスクマン人生日本のプロレスを変えた「浅井嘉浩」という男革命戦士・長州力、笑顔でリングを降りる――追悼・青木篤志さん望月成晃×小佐野景浩〜空手家がプロレスラーになるまで〜三銃士、四天王、UWF、邪道…平成のプロレスを変えた5つの勝負ジャイアント馬場没20年追善興行と飯塚高史引退試合北尾はなぜ大成しなかったのか■柴田惣一☓小佐野景浩 マスコミ大御所第2弾柴田惣一☓小佐野景浩 プロレスマスコミ大御所対談「スクープ合戦はガチンコの闘いだった」多発するプロレスラーのケガを考える愛すべき元横綱・輪島が戦った全日本プロレスの2年間全日本プロレスの「うっかり八兵衛」が明かす全日本秘話プロレスラーが憧れたプロレスラー、マサ斎藤さんあの日の全日本プロレス、SWSを語ろう■北原光騎×小佐野景浩最後まで全日本プロレスを愛した馬場元子さん
    中邑真輔、棚橋弘至、柴田勝頼……新・闘魂三銃士最後のムーンサルトプレス……天才・武藤敬司縁の下の力持ち!! 坂口征二の荒鷲人生WARからイッテンヨンへ! ライオン・ハート時代のクリス・ジェリコ
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    プロレスラーで初めて大臣になった男、馳浩大森隆男のワイルドな全日本プロレスLOVE 暴走親方、諏・訪・魔!!嗚呼、阿修羅・原……修羅ごときそのレスラー人生!!冬木弘道は「俺はやっぱり死ぬんだな」とニヤリと笑った…完全無欠のプロレスラー!! ジャンボ鶴田超獣ブルーザー・ブロディ【涙のカリスマ】大仁田厚の邪道プロレス人生“四天王プロレス”の光と影――三沢光晴
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    「俺のほうがUWFより強い!」 誇り高き仮面貴族ミル・マスカラスプロレス史上最も過酷な闘い! G1クライマックス『週刊ゴング』の創刊と休刊まで……闘いのゴングはこうして鳴った!80年代タイガー、90年代ライガー! ジュニアヘビー級の歴史!!“リングの現実”に殉じたNOAHの栄枯必衰昭和のプロレスを支えた影の実力者! さらば永源遥――!!史上最も愛されたヒール! 黒い呪術師アブドーラ・ザ・ブッチャー

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    「プロレス取材の難しさ」
    一寸先はハプニング人生! アントニオ猪木!!オシャレでスマートな昭和の頑固親父! グレート小鹿

    ――2019年に糖尿病の影響から右足を切断した谷津さんですが、「サイバーファイトフェスティバル」で義足を装着してプロレス復帰。谷津さんって人当たりがいいんですけど、プロレスラーとしての評価はイマイチなところがあったんですが、ここにきてプロレスラーとして一番輝いているような……。
    小佐野 現役の頃より必死にプロレスに取り組んでる雰囲気があるよね。生き方も前向きでポジティブだし。
    ――いろんなものを失っていく中で最後に残ったものが“プロレス”だったのかもしれないですね……。
    小佐野 谷津さんが右足を切断したのは長州さんの引退の頃でしょ。「なんで長州は幸せで、俺はこんな目にあうんだ」みたいなことを言ってたけど。リハビリをやり通してオリンピックの聖火ランナーをこなしたり、こうやってプロレスに復帰した。こんな前向きな人だったんだなって尊敬しますよ。
    ――あの歳で義足でリングに立って試合をするのは相当なことですよね。
    小佐野 だって義足でタックルってなかなかできることじゃないよ。片足であんな動きができるのはちょっと信じられない。
    ――いくら義足の性能がいいとは言っても。
    小佐野 だって片足の感覚がないわけだから。 ヘッドロックをやるにしても3点のバランスが成り立たたないとできない。谷津さんはロープワークやスープレックスまでやっちゃうんだから、すごい身体能力ですよ。
    ――いまになってこんなに“すごいヤツ”だと(笑)。
    小佐野 すごい人であることはわかってたんだけど。30歳のジャパンプロレスのときにレスリングのプロアマオープン化で、日本選手権に出て男子フリースタイル130キロ級で優勝した。普通は出ないですよ。負けたら格好悪いもん。
    ――あのときの谷津さんの優勝って「プロレスラー最強幻想」を高めるひとつのピースになりましたよね。
    小佐野  ああいうことにチャレンジできちゃう人なんだよ。北原光騎はあのときの谷津さんの勇姿を見て、スーパータイガージムをやめて、長州さんたちがいなくなったあとのジャパンプロレスに入ったわけだから。
    ――よく馬場さんは反対しませんでしたね。
    小佐野 あのとき谷津さんはジャパンプロレスの人間だったから。プロレスはともかく他の活動は何も言えない。
    ――レスリング連盟の福田(富昭)さんに頼まれたこともあったんでしょうけど、谷津さんは勝てる自信はあったんでしょうね。
    小佐野 なにしろ「日本レスリング史上・重量級最強の男」と呼ばれていたわけだから。切断手術してから数ヵ月後のときのリハビリ映像を見たら、もう歩いていたからね。普通の人なら無理ですよ。 一時期はすごく痩せたけど、いまは身体の厚みもあるし。
    ――手術前ですらリングに上がれるような身体には見えなかったんですけどね。
    小佐野 そうだよね。明らかに不健康だったから。 
    ――それが右足がなくなってからのほうが元気に見えるという。
    小佐野  そういう前向きな気持ちになれるようにサポートしてくれた人たちもいたってことですよね。なかなかひとりでは頑張れないから。 片足がなくなってしまったことは不幸だけど、いま谷津さんは人生の中では不幸な時期ではないんじゃないかな。
    ――もともと谷津さんはスーパールーキーとして新日本に入団したわけじゃないですか。
    小佐野 新日本としては80年代は谷津さんをエースにしようと考えていたはずなんだよね。東西冷戦の西側諸国によるモスクワオリンピックボイコット後、すぐに新日本に入団して。日本代表の赤のジャケットを着た谷津さんの入団会見を私も取材してますからね(笑)。
    ――歴史の証人ですね(笑)。
    小佐野 そのときの谷津さんは、とくに気負った感じはなく、こっちが拍子抜けするぐらい力が入ってない。のちのち本人に聞いたら「自信があった」と言っていたんだけどね。入団する前に猪木vsルスカがあったでしょ。そのときのルスカの公開練習で谷津さんはスパーリングの相手をやったんですよ。
    ――大学生時代の谷津さんですよね。裸では谷津さんが圧倒したけど、柔道着だとボコボコにされて。ルスカを猪木さんに繋いだのは福田さんだから谷津さんが選ばれて。
    小佐野 猪木さんとも入団前に知り合ってはいたはずだから。
    ――レスリングでアメリカ遠征中に猪木さんと会う機会があって、猪木さんから小遣いをもらったことがあったとか。 
    小佐野 谷津さんは「やれば一番になれるのかと思ったら、プロレスは強さだけじゃなかったんだよね」と。谷津さんが不幸だったのは、誰にも教わらないでいきなりデビューしちゃったこと。 新日本の道場で基礎練習をやらされるんだけど、谷津さんは充分に体力はあるから、それよりも早くプロレスの技術を教えてほしかった。ちゃんと教えてもらえないうちにニューヨークに行かされてね。仕方ないからニューヨークにいたキラー・カーンに受け身を教わって。 
    ――大物新人をなんという扱いなんですかね(笑)。育成システムは当時は確立されてなかったというか。
    小佐野 谷津さんはカール・ゴッチのところに送り込まれなかった初めての新日本のレスラーなんですよ。 だいたいはタンパのゴッチのところで教わるんだけど、谷津さんの場合は実験的にいきなりニューヨークだから。あの頃の新日本はもうゴッチの教育はいらないと判断したのか。谷津さんは最初から強かったしね。
    ――シュートテクニックを身につける必要はないと。同じオリンピアの長州さんもゴッチさんのところで揉めちゃいましたね……。
    小佐野 ニューヨークに渡ったのはジョン・レノンがニューヨークで殺されて数日目とか言ってたよ。2~3週間後にMSGでデビューだからね。
    ――すごい扱いですよね。
    小佐野  パット・パターソンに預けられたんだけど、べつに何か教えてくれるわけでもなく、ただ居候してるだけ。それでいきなり日本でもデビューさせられちゃった。
    ――伝説のデビュー戦ですよね。
    小佐野 猪木さんと組んでブッチャー&スタン・ハンセンとメインで戦うという、これまた破格の扱いなんだけど、ボコボコにさてしまってね。大流血。
    ――何も知らないうえにブッチャー&ハンセンなんだから、そりゃそうですよね(笑)。
    小佐野 あのときはブッチャーが移籍したばっかりで張り切ってるし、ハンセンと「どっちが強いか」って張り合いが谷津さんに向けられてしまったというね(笑)。
    この続きと、斎藤裕、ボンサイ柔術、菊地成孔☓佐藤大輔、AKIRA、笹原圭一……などの6月更新記事が600円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事18本の詰め合わせセット」はコチラ
    https://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2032574
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  • プロレス不透明決着を考える■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    2021-05-24 17:00  
    110pt

    プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回のテーマはプロレスの不透明決着です!




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    高山善廣が「帝王」と呼ばれるまで
    「プロレス取材の難しさ」
    一寸先はハプニング人生! アントニオ猪木!!オシャレでスマートな昭和の頑固親父! グレート小鹿

    ――緊急事態宣言でプロレス界がまた大変なことになってますねぇ。
    小佐野 もうどこの団体も大変だよね。5月16日の全日本プロレスの大田区体育館も延期になったけど、今日(19日)、代替え大会が神奈川の保土ヶ谷であって。その解説の仕事があるんですよ。
    ――急遽会場が取れたんですね。ドタバタだ。
    小佐野 クラスターが発生した新日本も5月22日の名古屋大会から再開して、後楽園ホールも3つやるのかな。新日本も再開とはいってもカードは発表されてない。 どの選手が出られるのかという話になってくるから。
    ――新日本は東京ドームと横浜アリーナも中止となって。一番コロナで被害を受けてますよね。
    小佐野 緊急事態宣言はいまのところ5月末までだけど、延長になればまた大変だよね。 6月には、たまアリでサイバーファイトフェスがあるわけだし。 
    ――収容人数が変わってきかねないですし。緊急事態宣言下でも後楽園ホールは有観客でやれてるんですけど、大田区体育館はどの団体も延期・中止になってますね。
    小佐野  結局そこは会場側の意向ですよね。後楽園ホールは民間だからオッケーという判断なんだろうけど。団体はできれば試合はしたいよね。当然お金のこともあるんだろうけど、無観客でもいいからやらないとリングの流れが止まっちゃうわけだから。全日本のチャンピオンカーニバルも最終戦は無観客でやったわけだし。
    ――プロレスの場合、コロナで巡業がやりづらくなってますし、起床転結になるストーリーが作りづらいのが厳しいですね。
    小佐野  去年の大日本プロレスじゃないけど、北海道を巡業しようとしたら「帰れ」「東京から来ないでくれ」って批判されたりね。
    ―― 地方から見ると東京は“コロナ都市”ですからね。
    小佐野 選手だって巡業は過酷だよ。 試合が終わっても外には出かけづらいし、お店がやってない場合もある。コンディションを保つのも大変ですよ。
    ――しかし、1年間こんな憂鬱な話ばっかりしてますねぇ。
    小佐野 記事を書く方も大変だよね。土壇場でイベントが飛んじゃって、流れが途切れたまま文章にするしかないんだから。 
    ――そんな消化不良気味なプロレス界ですが、今月のテーマは「不完全決着」です。 SNSでファンの声が可視化されたこともありますが、セコンド介入やレフェリー不在の結末に本気で怒ってるファンがすごく増えてるというか。 
    小佐野 まあ、昔のファンも怒っていたんだよね。
    ――昔のプロレスファンは会場に火をつけてましたね。リアル炎上(笑)。
    小佐野 怒りたくなる気持ちもわかりますよ。たとえば1984年の第2回IWGP決勝戦。猪木さんとハルク・ホーガンが戦っていたら、試合とは無関係の長州さんが現れてホーガンに場外でラリアットをかまして、そのままホーガンは場外リングアウト負け。意味がわからない結末にお客さんが怒って暴動勃発(笑)。
    ――ハハハハハハハ! 不透明決着ってお客さんのヒートを買うものですけど。昭和・新日本のそれって、いまの長州さんの件もそうですけど意味がわからないですよね。
    小佐野 あれは意味がわからなかったし、海賊男も味方のマサ斎藤さんを拉致して控室に引き揚げて試合を壊して、大阪城ホールが大暴動になったりとかね。
    ――海賊男は本当に酷いですよね(笑)。
    小佐野 新日本の場合は猪木さんが裏をかくというか、ハプニングを起こしたがるでしょ。 藤原喜明さんのテロリスト事件にしても。
    ――84年の札幌中島体育センターで藤波辰爾戦の長州さんを入場する途中で藤原さんが襲ったやつですね。
    小佐野 試合を壊された藤波さんが怒って「こんな会社やめてやる」って会場から飛び出しちゃったという。
    ―― ファンじゃなくて選手本人が怒っちゃうという。
    小佐野  藤波さんが涙を流して怒っちゃうんだから。新日本の場合はファンや関係者じゃなくて選手たちも疑心暗鬼になる。何かあると「猪木さんの仕業じゃないの?」って疑うから。
    ――どう考えても長州さんや藤原さんが自主的にあんな不可解な行動を取らないですもんね(笑)。
    小佐野 たとえば前田日明やラッシャー木村さんが新日本から去ってUWFに参加したのは猪木さんの命令じゃないか、とか。長州さんとアニマル浜口さんが姿をくらまして維新軍を結成するんだけど、猪木さんが裏で糸を引いてるんじゃないかってみんな思っていたわけだから。 でも、誰も猪木さんにそれを聞けない。 すごい世界ですよ。
    ―― 映画でいえば、出演する俳優たちが誰もストーリーを知らずに、なんとなくアドリブで演技するという。それは不可解な物語になりますよね(笑)。
    小佐野 その猪木さんのやり方を踏襲したのは、現場監督時代の長州さんかもしれないしね。前に越中詩郎さんに聞いたんだけど、長州さんが「これから記者会見をやるからWARに乗り込むと言え」と。 それだけ言い残してタクシーに乗って帰っちゃったと(笑)。与えた材料を自分のものにしろっていうやり方だよね。越中さんがそれをどうやって膨らまして天龍さんと戦っていくのか。
    この続きと、レイザーラモン、GLEAT、クレベル・コイケ、魔裟斗vs川尻達也、AKIRA、梅野源治、永末ニック貴之……などの5月更新記事が600円(税込み)でまとめて読める「10万字・記事15本の詰め合わせセット」はコチラ
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  • 【vs秋山準】男色ディーノは脱いではいけなかった■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    2021-04-21 18:00  
    110pt

    プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回のテーマは秋山準vs男色ディーノです!




    <1記事から購入できる連載記事! クリックすると試し読みできます!>
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    ――今日のテーマは小佐野さんが中継の解説を務めたDDTの秋山準vs男色ディーノKO-D無差別級選手権です。男色ディーノ選手は試合中にコスチュームのTバックやアンダータイツを脱ぎ、そのタイツを股間に挟むかたちで“何か”が見えないように戦いましたが、最後は秋山選手の股間クラッチ式エクスプロイダーの前に敗れました。
    小佐野 昨日はFIGHTING TV サムライとWRESTLE UNIVERSEの同時生中継だったでしょ。生でこんなことをやって大丈夫なのかな……って(苦笑)。
    ――ディーノ選手は2018年10月のDDT両国大会で佐々木大輔戦でも、ほぼ全裸になりましたけど。あのときは放送事故を防ぐためか、引きのカメラでリングを捉える工夫もされて(笑)。
    小佐野 あの試合は現場では見てないんだけどね。『週刊プロレス』で天龍(源一郎)さんが大激怒したでしょ。
    ――あのときはコンプライアンス的にああいうキャラクターは厳しいから、封印するために最後に大花火をぶち上げた印象があったんですけど。いまでもディーノ選手は普通に活躍してるんですよね(笑)。
    小佐野 昨日のシチュエーションからすればディーノも中途半端なことはできないし、振り切るところまでやったんだろうね。そうしないと“vs秋山準”というテーマがボヤケてしまうから。
    ――“王道”の秋山準相手にギリギリまで男色ディーノらしさを出したと。
    小佐野 そこは秋山も覚悟のうえで試合をしたんだろうと思うし。でもね、タイツを脱いじゃうのはダメですよ!
    ――全裸はダメですか! 
    小佐野 ダメだよ。 両国のときに天龍さんが怒ったのは大きな理由がある。両国国技館って相撲協会の持ち物で、大相撲にとって神聖な場所でしょ。そんなことをやって他のプロレス団体が借りられなくなったらどうするの!? ふざけるな!ってことで天龍さんはすごく怒ってた。
    ――たしかに公然わいせつ罪ではあるんですよね。
    小佐野  法律以前に今回の試合で脱ぐ必要があったのかどうかっていう話でもあるんだけど。 脱ぐことがDDTらしさではないからね。
    ――いまはこういうこと自体に慣れてるというか、選手やファンからそこまで拒否反応がないことに小佐野さんは疑問を感じたりするんですか? 
    小佐野 だって必要ないことだから。最後の最後までディーノがタイツを股間に挟んで見えないようにしていたことは、すごいんだけど(笑)。
    ――あれは超一流の技術ですね(笑)。
    小佐野  秋山もアソコを隠しながらエクスプロイダーで仕留めて。 でも、本来は必要ないことだよね。
    ――そこは男色ディーノであっても。
    小佐野  脱ぐことがキャラクターではないでしょう。
    ――いやあ、こんなに厳しいのは小佐野さんだけです(笑)。
    小佐野 だってそれを毎回やってるわけでもないでしょ。ギリギリのことをやってきてるのかもしれないけど。 ディーノもいろんなものを背負って試合をしたと思うけど、リスクが大きかったのはあの世界に足を踏み入れた秋山ですよ。試合内容によっては、1992年に全日本プロレスに入ってからの秋山準の栄冠がすべて吹っ飛ぶ可能性もあったわけだから。 失うものは秋山のほうがはるかに大きかった。
    ――秋山選手はKO-Dの王者だけど、今回は“ディーノの部屋”に足を踏み入れたわけですね。
    小佐野 そこで秋山が拒絶していたら DDT所属の選手としては、いつまでたっても外様というか、特別扱いになっちゃうでしょ。 DDT所属となりチャンピオンになった時点でディーノとの試合は避けては通れない。それこそ天龍さんが『ハッスル』に出たとき、はじめは坂田亘なんかとガチガチの試合をしてたんだけど、いずれはHGやRGと戦うことでファイティング・オペラに浸かったわけだから。それと一緒だと思う。じゃないと、そこにいる意味がないよね。
    ――交わることで、あらためて異物であることが浮き彫りになるわけですし。
    小佐野 今回の試合でいえば、秋山とは逆にディーノは失うものがなかったんだと思う。負けたとしても「何をやってるんだよディーノ」とはDDTファンは批判しないでしょう。
    ――ああ、なるほど。ディーノ選手は試合後のバックステージで「勝たなきゃいけなかったのに」と泣いてましたけど。
    小佐野 厳しい言い方すれば、お涙ちょうだいはやめようよと。試合は勝つか負けるしかないし、 それが裏目に出ただけの話だから。
    ――もしそこでディーノ選手がやりたいことができなくて泣くんだったらわかるわけですか。
    小佐野 そうそう。何もできなかったと泣くんだったらわかるんだけどね。 たとえば今回ディーノはDDTの映像班を仲間に引き入れた。それで試合中に場内が暗転して、用意していた映像を流して試合の流れを変えたでしょ。やることはやったうえでの勝ち負けでしょう。
    ――最近のプロレスってエンターテイメントという名の印籠で、なんでも許されるところが良くも悪くもあるじゃないですか。小佐野さんからするとモヤモヤするところってあるんですか。
    小佐野 まあ、いまはコンプライアンスが厳しいので、そこまで破天荒なことはできないでしょう。ただ、いまのプロレスって、あーでもないこーでもないと、口の端にのることもそうそうないから。そういう意味で DDTは秋山準を入団させて大正解だったよね。こうしていろいろと話してるわけだしね(笑)。
    ――股間がどうのと(笑)。こうして小佐野さんみたいに否定する人はいないんですよね。
    小佐野 脱ぐごとに関しては否定だよ。ただ、DDTのあり方や、いままでやってきた文化系プロレスに関してはまったく否定はしてないから。
    この続きと、RIZINバンタム級GP、AKIRA、佐藤光留、秋山準vs男色、女子格闘家の減量……などの4月更新記事が600円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事21本の詰め合わせセット」はコチラ
    https://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2017515
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  • 「IWGP世界ヘビー級王座」新設■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    2021-03-22 18:00  
    110pt

    プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回のテーマは「IWGP世界ヘビー級王座」新設です!




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    「俺のほうがUWFより強い!」 誇り高き仮面貴族ミル・マスカラスプロレス史上最も過酷な闘い! G1クライマックス『週刊ゴング』の創刊と休刊まで……闘いのゴングはこうして鳴った!80年代タイガー、90年代ライガー! ジュニアヘビー級の歴史!!“リングの現実”に殉じたNOAHの栄枯必衰昭和のプロレスを支えた影の実力者! さらば永源遥――!!史上最も愛されたヒール! 黒い呪術師アブドーラ・ザ・ブッチャー

    輪島、北尾、曙……プロレスラーになった横綱たち!!
    全日本プロレスのすべてを知る男、渕正信
    鈴木みのるを変えた“全日本プロレスイズム”
    高山善廣が「帝王」と呼ばれるまで
    「プロレス取材の難しさ」
    一寸先はハプニング人生! アントニオ猪木!!オシャレでスマートな昭和の頑固親父! グレート小鹿

    ――小佐野さん、今回はIWGPヘビー&IWGPインターコンチネンタル王座が統一されて「IWGP世界ヘビー級王座」が新設されたことについて聞かせてください。飯伏幸太がそのIWGP世界ヘビー級の初代王者として認定され、IWGPインターコンチネンタル王座は封印されたことにファンからは賛否の声が挙がっています。
    小佐野 飯伏幸太がベルトを2つ持った時点で「今後どうやって防衛していくのか」という話は出てくるよね。別々に防衛戦をやっていく手もあるだろうけど、飯伏に挑戦できるなら皆IWGPヘビーのベルトが欲しい。 そうするとインターコンチのほうはどうなるの? というモヤモヤがある中で、飯伏が「ベルトを統一したい」と言い出したのは自然の流れなのかなと。 
    ――全日本プロレスのようにインター、UN、PWFを「三冠王者」としてまとめちゃったケースもあるじゃないですか。あの三冠統一はどういう経緯だったんですか?
    小佐野 あの三冠統一は確たる理由はなかったんですよ。 
    ――えっ、なかったんですか!?
    小佐野 統一されたのは89年でしょ。 その前年から統一に向けての試合はたびたび行なわれていて。鶴田さんがインター、 天龍(源一郎)さんがUN、 スタン・ハンセンがPWFのベルトをそれぞれ持っていたんだけど、「3人のチャンピオンの中で誰が一番強いのか?」という流れから始まって、天龍さんがハンセンから PWFを奪って2冠に。そして鶴田さんに勝ってインター王者になった(ブルーザー・)ブロディと天龍さんが三冠統一戦をやったんだけど決着がつかない。最終的にブロディを破ってインター王者に返り咲いたジャンボ(鶴田)が天龍さんからUN&PWFの2冠を奪ったハンセンに勝って三冠統一したんだけど。当初はマスコミも「三冠統一王者」という認識ではなかった。それぞれ「インターは何度目の防衛、UNは何度目の防衛……」という公式記録がついていて。 
    ――ということは、当初は「初代・三冠統一王者」ではなかったんですね。
    小佐野 そう。ジャンボの初防衛戦のときも「三冠統一王者」という扱いではなかった。そのあと天龍さんがジャンボに勝って三冠王者になるんだけど、 そこから初代がジャンボで、2代目が天龍さん……ということになり、三冠王者として防衛戦がカウントされていった。
    ――それは全日本プロレスが公式に三冠王者として認めたんですか?
    小佐野  そこは覚えてないんだけど……バラバラに防衛するんではなく、統一していくんだという流れになったね。
    ――そこはなんとなく……って感じだったんですね。
    小佐野 世界タッグ王座のベルトはインターナショナル・タッグとPWF世界タッグを統一したものなんだけど、このときはちゃんとした発表があったんです。NWAとPWFの了解を得て「両団体が認可する世界タッグ王座にします」と。三冠のほうは謎なんだよね。3本のベルトでそれぞれタイトルマッチをやったほうが興行的にはいいでしょ? たとえば、ひとつのシリーズの中で大阪でPWF、福岡でUN、東京でインターの防衛戦ができる。それなのになぜ三冠を統一したのかは、すごく不思議なんですよね。
    ――現場の小佐野さんでさえ謎だったと。それぞれのベルトの権威が失われつつあったりしたんですか?
    小佐野 それはなかったかな。 そもそもベルトよりも選手の価値のほうが高かったから。鶴龍にハンセン、ブロディ。 彼らがチャンピオンでいるわけだからベルトに寄りかからないで試合ができたわけだよね。 ベルトの格でいえばインター、UN、PWFの順だったかな。 インターは伝統のあるベルトだし、 UNはアメリカから持ち込まれたもので。 PWFはお手盛りなんだけど、力道山家から譲られたベルトで初代がジャイアント馬場。 
    ――しかし、三冠統一に馬場さんはどういう思惑があったんですかね。

    この続きと、アポロ菅原最終回、宮田和幸、橋本宗洋批判、佐伯繁、AKIRA…などの3月更新記事が600円(税込み)でまとめて読める「12万字・記事20本の詰め合わせセット」はコチラ
    https://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2009452
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  • 武藤敬司と秋山準、Wタイトル奪取&入団の衝撃■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    2021-02-24 18:30  
    120pt

    プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回のテーマは武藤敬司と秋山準、Wタイトル奪取&入団の衝撃です!




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    ――今月の収録はNOAHとDDTのビッグマッチが終わってから……っていうことだったんですけど、怒涛の展開でした!
    小佐野 結果的にちょうどいいタイミングになったというかね(笑)。
    ――変な話ですけど、まるで半年前からNOAHとDDTが同時期にビッグマッチをやって、武藤敬司と秋山準がそれぞれチャンピオンになって入団会見までやってしまおう……と計画されていたかのようで。ひさしぶりに圧倒的な流れを感じました。
    小佐野 こんなに完成された流れや、大きな仕掛けはそうそうないよ。 サイバーファイトグループがその気になったということだよね。コーチとしても関わっている秋山のDDT入団はあるだろうな、とは見ていたけど、まさか武藤がNOAHに入団するとは思いもしなかった。全日本プロレスの社長までやった大物2人が並んで入団会見をやったのは相当なインパクトですよ。しかも2人ともあの年齢でチャンピオンになったわけだからね。
    ――めぐり合わせが最高ですよね。
    小佐野 タイトルマッチに挑戦するわけだから、2人揃ってチャンピオンになる可能性はあったんだけど、まさか入団会見までとはね。たまたまお互いのビッグマッチが近い日程だったということもあっただろうし、こればっかりは新型コロナの影響もあって計画的にやろうと思っても難しい。秋山にしたって手術をしたばかりだし、ヘタしたら試合に出れなかったかもしれない。武藤だってコンディションがどうなるかわからないわけだから。
    ――武藤さんはあと2年で還暦ですし。
    小佐野  ヒザの状態がよくなったとはいえ、タイトルマッチまでこぎつけただけでも大したもんだよ。だからそこまで計画を立てられるようなことではなかったんだと思う。それに周到に用意していたら、どっかで漏れちゃうことではあると思うんだよね。
    ――正直、秋山さんはレンタル移籍というステップを踏まずに、最初からDDT入団というかたちでもよかったわけじゃないですか。
    小佐野  秋山と全日本プロレスとの契約がどうなっていたのかはわからないけど、とりあえずレンタル移籍でDDTに参戦した。あれは本当にレンタル移籍だったから。このへんに関しては高木(三四郎)社長はかなり神経質になっていたんですよね。高木社長からすれば、秋山準という存在を全日本プロレスから取ってしまっていいのか?と。あのときの秋山は全日本の中では下のポジションだったとはいえ、全日本プロレスの精神的支柱。高木社長からすれば、レンタル移籍ですら躊躇があったそうなんですよね。
    ――そうだったんですか! 高木社長が抜け目なく動いたわけじゃなくて。
    小佐野 秋山がレンタル移籍した直後にDDTの会場に行ったら、高木社長に声をかけられて「秋山さんをこういうかたちにしたことは、いけなかったことだと思いますか?」って聞かれましたからね。「いや、そんなことはないでしょう」って答えましたけど。だってプロレスラーは自分を一番高く買ってくれるところ、評価してくれるところに行くべきだし、 DDTは秋山準を必要としていたわけだから。
    ――全日本ではコーチ役も退かれていて。
    小佐野 WWEのゲストコーチの話が新型コロナの影響でなくなって、高木社長がダメもとで声をかけた。最初は若い選手のコーチ役のオファーだったのが、教えるだけじゃなくてどうせだったら試合をやってもらうことになって、5月からDDTの試合に出始めた。 そうしたらレスラーとしてもやっぱりすごい。ぜひぜひレンタル移籍で出場してください……ということになって、今回のKO-D王座獲得まで転がっていった。 同じサイバーファイトグループだから入団会見を一緒にやるのはおかしくないんだけど、GHCとKO-D王者が並んだことでKO-Dの価値も上げることになったよね。今回のKO-Dのタイトルマッチの立会人は小橋建太。あの小橋を真ん中にして遠藤(哲哉)と秋山が向かいあったわけだから。
    ――こないだ「DDTぼんやり層からすると、秋山準、小橋建太、小佐野さん投入によって箔付け作業が加速している印象がある」ってツイートしたんですけど。小佐野さん本人を前にして言うのもなんですが、ベテランマスコミの小佐野さんがDDTの解説に起用されたのは、小橋さんの起用と同じく権威付けの意味もあるのかなって。
    小佐野 そのツイッターを読みましたよ。そうやって言ってもらえるのは、ありがたいですけど(笑)。ちなみにABEMA PPVのNOA解説はGK(金澤克彦)がやっていたからね。
    ――秋山さんはともかく武藤さんはNOAH入団の匂いすらしませんでしたね。 
    小佐野 武藤のほうも当初はスポットでNOAH参戦のはずが、本人がその気になってGHC王座を狙いだして。途中からGHCを獲りたいという思いがすごく伝わってきてた。 それは夏にやった清宮海斗や谷口周平との試合のときからも感じていた。
    ――あ、そんなだいぶ前から。
    小佐野 たとえば武藤の実力なら自分の色に染めようと思えばできたはずなのに、あえて相手の領域に踏み込んでハードな試合をやっていたからね。彼らの技を受けまくって長い試合をあえてやっていたんですよ。それはいまの自分がGHC王座に挑戦できるかどうか試していたと思うんだよね。
    ――目の前の試合ではなく、まだ決まってもいないタイトルマッチを見据えて闘っていた。さすが武藤敬司ですね……。
    小佐野 清宮とは20分以上の試合をやった。谷口は不器用だから、武藤がその気になれば何もさせずに試合で勝てると思うんですよ。でも、そうせずに谷口のパワーを引き出して、それを受け止めたうえで勝ちきった。あの2試合を見て「武藤は本気でGHCを獲りに来てるな」「この人、いま自分を試してるんだろうなぁ」と思ったよ。そこでもし無理だと思ったら、自分の口から挑戦するとは言わなかったんだと思う。ムーンサルトが使えなくなった自分がはたしてどんな試合ができるのか。 若い選手の技を受けることができるのか。長時間の試合ができるのか。タイトルマッチになったらロングファイトになる可能性は高くなるわけだし。 
    ――団体が用意した道筋をただ走るわけじゃなくて、その過程で全力で勝負して切り開いていくのがプロレスってことですね。

    この続きと、佐藤大輔と煽りV、パンクラス詐欺、浜崎朱加、宮田充、菊地成孔…などの2月更新記事が600円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事17本の詰め合わせセット」はコチラ
     
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  • 秋山準の“三冠外し”マイクとは何か■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    2021-01-23 10:22  
    130pt

    プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回のテーマは年末年始のプロレス界です!


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    ――小佐野さん、あけましておめでとうございます!
    小佐野 あけましておめでとうございます。
    ――新年早々プロレス界は新型コロナウイルスで再び大変なことになっちゃってますけど……。
    小佐野 ホントにね。これからいったいどうなるのか。関東近郊の興行はいまのところ大丈夫なのかもしれないけど、地方がどうなるのかわからないもんね。
    ――聞くところによると、今年の新日本プロレスは例年以上に後楽園ホールを多めに抑えているみたいですね。 
    小佐野 地方だと県や市の施設だったりすると、情勢によっては貸してくれないことも出てくるだろうし。
    ――今回の緊急事態宣言は2月7日までですけど、その直後のNOAHや3月のスターダムの日本武道館の先行きも……。
    小佐野 3月にはZERO1の両国国技館もあるし。国技館は相撲協会の持ち物だから大相撲の開催状況にもよるだろうし。
    ――相撲ができないのにプロレスにはやるわけにはいかないってことも。
    小佐野 いまはまた外国人の入国がダメになってるわけでしょ。それこそ外国人をたくさん呼んでいる新日本なんかはまた困っちゃうだろうし。いつルールが変わるかわからないから使い方も難しくなってるよね。
    ――ビッグマッチに起用するはずが入国できずに……ってケースですね。
    小佐野 KENTAなんかはまたアメリカに戻ってるけど、またしばらく来れないんじゃないかなあ。
    ――新日本プロレス正月の東京ドーム2連戦は、大会直前に入場制限がかかってしまって。当日券の販売ができなくなってしまいました。
    小佐野 12月29日の段階で前売りをストップすることになってしまった。こういうビッグマッチは当日になってフラッと見に行ったり、前日が面白かったから翌日も行こう……となるんだけどね。ひじょうにタイミングが悪かったんだけど、会場はスッカスカという感じではなく。 4日のほうがお客さんは入っていたんだけど、5日も入場制限のわりには……という。
    ――今年も連日開催してよかったですよね。これで1日だけだったら収益が……。
    小佐野 ホントにそう。2日開催されるということで試合数も例年と比べて減らしていたんだけど、 大会時間は長かった。試合数を減らしたぶん1試合1試合のボリュームは凄かったんだよね。
    ――試合数のわりに、お腹いっぱいですよね(笑)。最近は歳のせいかロングタイムの試合を続けて見るのが重くて……。
    小佐野  2時間から2時間半を過ぎちゃうと、見てるほうも疲れちゃうよね。 1月4日のセミだったオカダ・カズチカvsオスプレイが35分近い激闘だったから、メインの内藤哲也vs飯伏幸太のときにお客さんは疲れていたし、メインのハードルが高くなったと思うよ。
    ――メインの内藤哲也vs飯伏幸太も30分超えの死闘になって。
    小佐野 翌日1月5日も後ろ4試合は全部シングルマッチでしょ。見る側も腰を入れないと集中力が切れちゃうし、やるほうだって大変だけど。 新日本プロレスとしては4試合シングルを並べても充分に楽しませる自信があったということだよね。マッチメイクする側とすればリスキーですよ。
    ――マッチメーカーの掲げる高いハードルを越えられる選手たちが新日本に揃っているってことですね。
    小佐野  選手たちもずいぶんプレッシャーはかかっていたとは思うんだけど。初日で印象に残ってるのはセミだね。
    ――オカダvsオスプレイ。
    小佐野 メインの内藤vs飯伏も面白かったけど。オカダとオスプレイはいままでタッグを組んでいたけど別れて激突する。今回が彼らにとっては序章になった。オカダは久しぶりにレインメーカーでフィニッシュしているし、ここのところずっとマネークリップだったでしょ。 ここからオカダvsオスプレイの物語が始まるんだと期待させる試合になった。 そういう意味ではメインの内藤は2冠王者としてプレッシャーだったろうね。1年前の東京ドームでベルトを統一して、さあこれからっていうときにコロナが始まって。やっと再開できたと思ったらEVILにベルトを取られて、また取り返して。メイン前にオカダvsオスプレイの試合を見ていたら、イヤになってもおかしくないよ(笑)。
    ――メイン前にこんな凄い試合をやりやがって!と(笑)。
    小佐野 古い話になっちゃうけど、 NOAHで力皇が小橋(建太)に勝ってGHC のチャンピオンになったときって、外敵として天龍源一郎、高山善廣、鈴木みのるがメイン前に暴れていたから、力皇は「俺はいったいどうすればいいんだ!?」って(笑)。
    ――メインまで盛り上がり過ぎてしまう(笑)。
    小佐野 「お客さんが満足しちゃうんですよ。その場に最後に出て行ったって……」という話を後年になって聞いたよ。
    ――メインまでに盛り上がりすぎる現在の新日本プロレスで、メインを張ることがどれだけ凄いことかって話ですね。
    小佐野 そういう意味では2日連続メインを張った飯伏は凄いと思いますよ。初日も大変だったけど、2日目も長い試合をして。
    ――2日目はジェイ・ホワイト相手に50分近くやりましたもんね(笑)。
    小佐野 飯伏がもの凄い頑張ったと思う。 内藤とジェイ・ホワイト相手だと試合も全然違ってくるから。とくにジェイ・ホワイトは大技をやるタイプの選手じゃないから。ジェイ・ホワイトがまたうまいんだよね。あれはうまい(しみじみと)。本当にいいヒールだなぁと思って。敗戦後のコメントでは心が折れていたから心配なんだけど(笑)。
    ――「ニュージーランドを出て、もう3年半、両親にも会ってない」「明日だってどうなるか分からない。契約上は出場することになっているが」「8年間頑張ってきたがもう無理だ」とか……WWE移籍も噂されているので、あのコメントは謎掛けになってますよね。
    小佐野 そこには彼の本音も入ってるんだと思うんだけどね。
    ―― 新日本プロレスって完全なキャラクタープロレスじゃないのが面白いですね。
    小佐野 やっぱりにじみ出てくるものがあるから。変な話、ファンはそこが見たいわけでしょ。「作られた世界なのか……」と思わせつつも、ポロって飛び出してくる本音。今回のドーム2連戦で今年の“種蒔き”は充分にできたんじゃない。コロナによって情勢も変わってくるから、どうなるかはわからないけど……。
    ――いまの新日本プロレスは、どこからか飛び道具を持ってきて埋め合わせができるプロレスでもなくなっちゃってますしね。
    小佐野 急に呼ばれたゲストができるプロレスではなくなっちゃってるからね。新日本プロレスというひとつの世界観の中でやってくものだから、新日本の流れに入ってこれる人じゃないと。
    ――NOAHはどうでした?

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  • 杉浦貴……いいときも、悪いときも、ノアで戦い続けた男■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    2020-12-20 15:26  
    130pt

    プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回のテーマは杉浦貴です!




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    G1、チャンカン、N-1……秋の3大リーグ戦・総括


    追悼ロード・ウォリアーズ
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    新生NOAHは何が変わったのか?
    獣神サンダー・ライガーと山田恵一プロレス者の青春「竹内宏介とザ・マニアックス」ケンドー・カシンの数奇で偏屈なマスクマン人生日本のプロレスを変えた「浅井嘉浩」という男革命戦士・長州力、笑顔でリングを降りる――追悼・青木篤志さん望月成晃×小佐野景浩〜空手家がプロレスラーになるまで〜三銃士、四天王、UWF、邪道…平成のプロレスを変えた5つの勝負ジャイアント馬場没20年追善興行と飯塚高史引退試合北尾はなぜ大成しなかったのか■柴田惣一☓小佐野景浩 マスコミ大御所第2弾柴田惣一☓小佐野景浩 プロレスマスコミ大御所対談「スクープ合戦はガチンコの闘いだった」多発するプロレスラーのケガを考える愛すべき元横綱・輪島が戦った全日本プロレスの2年間全日本プロレスの「うっかり八兵衛」が明かす全日本秘話プロレスラーが憧れたプロレスラー、マサ斎藤さんあの日の全日本プロレス、SWSを語ろう■北原光騎×小佐野景浩最後まで全日本プロレスを愛した馬場元子さん
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    「俺のほうがUWFより強い!」 誇り高き仮面貴族ミル・マスカラスプロレス史上最も過酷な闘い! G1クライマックス『週刊ゴング』の創刊と休刊まで……闘いのゴングはこうして鳴った!80年代タイガー、90年代ライガー! ジュニアヘビー級の歴史!!“リングの現実”に殉じたNOAHの栄枯必衰昭和のプロレスを支えた影の実力者! さらば永源遥――!!史上最も愛されたヒール! 黒い呪術師アブドーラ・ザ・ブッチャー

    輪島、北尾、曙……プロレスラーになった横綱たち!!
    全日本プロレスのすべてを知る男、渕正信
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    ――本題に入る前に……小佐野さんも選考委員を務めるプロレス大賞が今年も発表されました。
    小佐野 今年は新型コロナの問題もあってオンラインで開催されたんですよ。
    ――ああ、そうですよね。ZOOMかなんかで。
    小佐野 そう。そういう事情もあって各部門の投票先は事前にメールで送ることになっていて。第1次投票の時点で過半数を超えていたら、その選手に決まっちゃうんですよね。
    ――従来はディスカッションを経て第1次投票。投票1位が過半数を超えてなかったら議論の末、第2次投票が行われるというシステムで。
    小佐野 だから難しかった。いままではMVPを決めたら、次はベストバウト……という流れで投票するけど、今回はまとめて事前にメールするから。今回のMVPは内藤哲也だったでしょ。MVPに潮崎豪を推していた人は、他の個人賞には潮崎の名前を絶対に入れてない。
    ――ああ、なるほど。MVPでダメなら三賞に、という思惑が働かない。
    小佐野 内藤がMVPになってしまったら潮崎推しだった人はやっぱりどこかの賞に潮崎を入れたくなる。じゃあ敢闘で、殊勲で……というやり方が今年はできなかったから。あと時間もそんなにかけられなかったし、いろんな規制の中でやるしかなかった。今年はスポーツ関係のこういった選考会が中止になってるけど、プロレス大賞はもう40何年もやってる伝統的なものだから途切れさせたくないという東スポの意向もあった。なので「不本意ながらオンラインの開催でお願いします」という話だった。今年は17人の選考委員だったので1票の重みも大きかったし、ちゃんとディスカッションできるようにコロナの収束を願うしかないよね。
    ――ZOOMだと議論は難しいですよね。
    小佐野 慣れてない人もいるからね。会話に入り込んでいいものなのかとタイミングが難しいし、司会進行の方が「◯◯さんはどうですか?」と振ってくれたけど。それに接戦になっていれば議論になるんだけど、今回の審査員は少なめの17人だったので、第1次投票で9票入ったら決定。そこに文句をつけようがないというか。
    ――過半数に達しやすいという。
    小佐野 選考結果自体をいえば、ファンは「MVPはまた新日本か……」となっちゃうんだろうけど、どうしても大きい大会をやって注目を浴びている団体からの選出は多くなるよね。それだけ影響力を与えているってことだから。今年はコロナの問題で大会が開けたり開けなかったりしていたから、団体によっては苦しい面もあったんだけど。
    ――予定は大幅に狂いましたよねぇ。
    小佐野 たとえば今年選出がゼロだった全日本プロレスは後楽園ホールが最大規模の会場で、大田区体育館規模でさえやってない。諏訪魔の三冠戦も後楽園だったし、どれだけの人間がこの試合を見ていたのかってことが問われるから。今年のノアは大きな会場でやったり話題性があったし、来年2月には10年ぶりに日本武道館でやる。やっぱり一般人でも見るような大会をやっていかないとプロレス界は発展していかないからね。
    ――団体の力が問われるわけですね。
    小佐野 やっぱり選手だけの力だけではなくなってきてると思う。たとえば観客数十人の前で凄い試合をやっても、やっぱり評価の対象になりづらい。
    ――そこは格闘技も同じですね。評価はするけど象徴にはしずらいという。
    小佐野 それに「凄い試合」ってたくさんあるから、その中からなぜ選ばれるのか。そこでわかりやすかったのはノアの潮崎vs藤田がベストバウトの候補に挙がったのは、今年ならではの試合だったからでしょう。
    ――30分以上の睨み合いは無観客だからできたことですよね。
    小佐野 今年の潮崎はボロボロになりながらよくやっていたと思うよ。テーピングもあんなに巻いてね。拳王と60分フルタイムをやって、藤田和之や中嶋勝彦とも長い試合をやって、それで杉浦貴とは50分超えの凄い試合をやったでしょ。 場外戦はほとんどやってないからね。潮崎が1年を通して頑張ったけど、MVPを獲れなかった現実がある。それは潮崎だけの問題でもないよね。何年か前に全日本の宮原(健斗)が MVPを獲ると宣言して結局ダメだったけど、それはやっぱり本人だけの責任ではない。昔の大仁田厚みたいに電流爆破で突き抜けちゃったのであれば別だよ。あのときの大仁田は世間を巻き込んじゃったから。
    ――それぐらい高い壁であるということですね。
    小佐野 結果的に今回のプロレス大賞はブシロード系とサイバーファイト系が占めちゃったんだけど。さすが新日本は面白いよ。今回は内藤じゃなくて高橋ヒロムが MVPを獲ってもおかしくなかったし。

    この続きと、斎藤裕、北尾vsテンタ、斎藤裕、所英男、西良典、スダリオ剛…などの12月更新記事が600円(税込み)でまとめて読める「15万字・記事21本の詰め合わせセット」はコチラhttps://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1980138この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック! 1記事100円から購入できます!