• このエントリーをはてなブックマークに追加

今なら、継続入会で月額会員費が1ヶ月分無料!

記事 25件
  • 【15万字・詰め合わせセット】朝日昇、アンドレ、宮戸優光×中井祐樹、レッスルマニア、ジャッジ対談…

    2018-04-30 23:59  
    540pt
    非会員でも購入できる大好評インタビュー詰め合わせセット! part51は大好評インタビュー11本、コラム8本、15万字オーバーで540円!!(税込み)

    ◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉
    part51 
    ◎隠蔽された修斗の黒歴史!! 朝日昇インタビュー「修斗を伝承した人間はみんな外に出ていったんですよ」

    ◎キャッチはどこへ消えたのか? 宮戸優光×中井祐樹「プロ・レスリング」の文化と競技論

    ◎大ショック!! ベラトールヘビー級GP、日本から見られなくなる…

    ◎プロレスはやっぱり奥が深い! 安田忠夫が語る「哀しきジャブボーイとイジメ」

    ◎ベルトに届かず…されど「世界に届いた中邑真輔」のレッスルマニアを語ろう■斎藤文彦INTERVIEWS

    ◎「神になれなかった男」の狂気――ミスター高橋『流血の魔術 最強の演技』■Dropkick読書会

    ◎格闘家の皆さん、契約書はちゃんと読みましょう!!■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク

    ◎【昭和者悶絶】ザック・セイバーJr.の関節技は面白くないのか■事情通Zの「プロレス 点と線」

    ◎ほんとうに恐ろしかったレッスルマニア

    ◎判定基準が10倍よくわかるジャッジ対談■福田正人RIZIN審判部長×大沢ケンジ

    ◎中邑真輔、棚橋弘至、柴田勝頼……新・闘魂三銃士■小佐野景浩の「プロレス歴史発見」

    ◎ポールダンサーは踊るよ……妖しい興行に旦那が出た話■二階堂綾乃

    ◎オマスキファイトのMMA Unleashed

    ・米国で話題沸騰、アンドレ・ザ・ジャイアントのドキュメンタリー番組 「1日でもいいから普通の大きさになりたい」

    ・アスカ連勝ストップ、中邑ヒールターンをアメリカはどう報じたか【レッスルマニア34レビュー】

    ・【衝撃レポート】ジョシュ・バーネットはいかにして、薬物検査失格の疑いを晴らしたのか

    ・「本当に試合に興味があるなら、訳の分からないことは言うはずがないんだ」:ジョー・ローガン、ジミー・スミスのMMA解説論

    ・ロード・トゥ・レッスルマニア:ロンダ・ラウジーWWEでの全仕事(後編)■MMA Unleashed

    ■アメプロインディ通信「フリーバーズ」

    ・CMパンク、おまえはそんなところで何をやってるんだ?

    ・サスケ熱唱! 鈴木みのるの男気も炸裂!『裏レッスルマニア』で何が起こったか?


    ◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉◉

    安田忠夫ロングインタビュー第4弾! 今回は、ジャブボーイや試合の流れなど「プロレスの仕組み」について言いたい放題でお送りします! イラストレーター・アカツキ@buchosenさんによる昭和プロレスあるある4コマ漫画「味のプロレス」出張版付きでお届けします!(聞き手/ジャン斉藤)【安田忠夫バックナンバー】・NO.3 嵐の総合格闘技編「IWGP王者になりたくないから、はじめは断ったんだよ」
    ・NO.2【90年代・新日本プロレス編】「リングでやっちゃえば警察は介入できないじゃん」

    ・NO.1相撲と暴力、博打、八百長問題を激白! 安田忠夫「貴乃花は、馬鹿乃花だよ!」



    ――安田さんが新日本プロレスを解雇されたあとの流れがよくわからないんですね。

    安田 そんなの、俺だってわからないよ!(笑)。

    ――ハハハハハハ! ウィキペディアによると、ファーストオンステージの中村祥之さん預かりになったと書かれてるんですね。

    安田 ……なんでだっけ?

    ――サイモン猪木氏から中村さんに契約を譲渡された……ってことなんですけど、解雇されてるのに契約を譲渡っていうのも変な話ですよね。

    安田 そのへんは中村さんに聞いたほうがいいかも。俺は知らんもん。

    ――とにかくゼロワンには出るようになったんですね。

    安田 あの頃は高岩(竜一)くんとずっと遊んでた。高岩くんが知り合ったプロレスファンのタニマチから毎日1万円2万円もらって。

    ――毎日1万円2万円(笑)。

    安田 それで朝は必ず大井競馬。半年間そんな生活だったよ。

    ――どうして毎日そんなお金をもらえるんですか?

    安田 知らないよ、そんなの。タダでくれるんだから余計なことを言わないほうがいいんだよ。1日2万円くらいじゃ博打ですぐになくなっちゃうんだけどね。ガハハハハハ!

    ――なんて言い草ですか!(笑)。

    安田 あ、思い出した! ゼロワンに上がることになったのは『ハッスル』からだよ。中村さんは『ハッスル』に関わってたでしょ。そこから話をもらったんだよ。ギャラは安かったけど、それでもゼロワンの中では高いほうで。若い奴がワンマッチ5000円1万円だってときに7万円くらいもらってたかなあ。

    ――『ハッスル』だとそれ以上もらってたんですよね?

    安田 『ハッスル』は大きいところでやるときは100万円。

    ――ワンマッチ100万円! そりゃあ潰れるわ(笑)。

    安田 後楽園ホールとかは15万円。『ハッスル』が一番いいときだったからね。そのかわり小川(直也)にジャブをして……っていうことだけど。まあいいよね、プロレスで負けても、べつに。

    ――100万円は現ナマですか?

    安田 うん。試合が終わったら、すぐもらってそのまま博打よ。

    ――『ハッスル』は未払いの被害者が多いですけど、取りっぱぐれたことはないんですね。

    安田 『ハッスル』はないよ。そういえば『ハッスル』のベルト(ハッスル・ハードコア・ヒーロー)を持ったままだから、たぶん。ベルトを持ったまま団体がなくなっちゃった(笑)。

    ――『ハッスル』でもプロレスの中身には変わりはありませんでした?

    安田 変わらないね、そこに芸能が入ってくるだけで。おちゃらけの部分を台本どおりにやるだけだから、楽っちゃあ楽だよね。

    ――従来のプロレスはある程度のストーリーラインがあって、マイクなんかは……。

    安田 アドリブ。だから楽だったよ、『ハッスル』は。

    ――安田さんが『ハッスル』に出た頃に橋本(真也)さんが亡くなったんですよね。

    安田 ああ、そうだよ。ちょうど橋本さんが亡くなった頃だね。最初にそのニュースを聞いたときは「ウソだべえ」と思ったよ。あの頃は橋本さんがどうなってるのかはよくわかんなかったんだよね。『ハッスル』やゼロワンのみんなも橋本さんのことは何も言わないし、まあ俺もそこまで突っ込んでは聞かなかったんだけど。

    ――橋本さんはゼロワン勢とも決別してましたし、『ハッスル』とも微妙な関係で。

    安田 俺も橋本さんは連絡は取ってなかったし、昔みたいに家にも行かなくなっていたしね。橋本さんは、かずみさんと離婚してたでしょ。

    ――橋本さんと最後に会ったのはいつですか?

    安田 忘れたなあ。俺が電話をしても出てくれなかったんだよね。あとから聞くには「ヤスはどうせまた金がないんやろ」とか言ってたみたいだけど(笑)。

    ――金の無心なんじゃないかと(笑)。

    安田 あのときは橋本さんも金がなくて、あの橋本真也がカードを止められてたみたいだから。

    ――冬木(弘道)さんの奥さんと付き合ってることも知らなかったんですか?

    安田 風の噂で耳にはしてたけど、その人の顔すらわからないし。

    ――お葬式には行かれたんですか?

    安田 行った行った。親戚同士の仲が悪かったでしょ。ちょっと居づらいところはあったんだけどね。

    ――亡くなる前に離婚されたり、団体が割れたりしてるから、遺族間でも対立があったみたいですね。

    安田 だから凄く居づらいんだよ。冬木の方はよく知らないけど、橋本さんの田舎にはよく遊びに行ってて知ってるからさ。橋本さんがいたから、その方々との会話も成り立ってるんだけど、かずみちゃんですら葬式のときは端に行かされちゃって。どっちの味方になってもアレだしさ。

    ――橋本さんは安田さんにとってどういう人でした?

    安田 とにかく楽しかったよ、一緒にいて。 歳は向こうのほうが下だったけど、親分みたいな感じだから。あの人は博打をやらないし、趣味が合わないけど一緒にいると楽しいんだよね。橋本さんは俺がやらないことが大好きじゃん、アウトドアや女とか。俺は女遊びは一切しなかったから。

    ――かずみさんにも話を聞きましたけど、橋本さんのオンナ話は常軌を逸してますね。

    安田 たくさんあるよ。俺もかずみちゃんにボロクソに怒られたことがあったね。大地が通ってた保育園の先生とデキちゃったときは(笑)。

    ――酷すぎる!

    安田 「安田さんも知ってたんでしょ?」って聞かれてね。「もう別れたからいいんじゃないの?」って言ったら凄い怒られて。

    ――そりゃ怒られますよ(笑)。

    安田 俺と一緒にいると、かずみちゃんは信用するわけよ。たまに橋本さんがどこにいるのか電話がかかってきてね。「かずみちゃん、ちょっと気がついてるかもよ〜」なんて橋本さんに教えてね。

    ――しかし、とんでもない夫婦ですね(笑)。

    安田 橋本さんもマヌケなことをやるんだよね。クラブのネーチャンとラブホテルに行ったら、その部屋のカードキーを家に持ち帰ってきて見つかったり(笑)。

    ――ハハハハハハハハ! マヌケすぎますよ(笑)。

    安田 橋本さんがそこで怒る理由もわかる。「バッグの中をなんで勝手に見るんや?」ってこと。

    ――まあ、言わんとしてることはわかりますけど、でも……。

    安田 あの人、カバンを開けっぱなしにしてるから「勝手に見るな!!」っていうほうが難しいんだけど。ケンカして2〜3日もすれば、また元に戻るから放っておけばいいんだけどね。

    ――2〜3日すれば仲直りするっていうのも凄い。かずみさんもタフですよ。

    安田 相性が良かったんじゃないの。だからあの2人が別れたって聞いてビックリしたもん。離婚したことは橋本さんが死んだあとに知ったんだけど。

    ――あ、亡くなったあとなんですね。

    安田 俺はそこらへんの話は興味ないから、永田裕志と違って(笑)。

    ――まるで永田さんが裏話大好きみたいな扱い!(笑)。

    安田 このあいだ石澤(常光)くんのトークイベントに出たんだけど、石澤くんが言ってたよ。永田くんから「俺に関わらないでくれ」って言われてるらしいじゃない。新日本以外の選手と関わると会社がうるさいみたい。

    ――石澤さんはギリギリのネタを振ってくるから面倒なんじゃないですか。

    安田 イッシーも寂しいんじゃない? あれは彼の個性であり、愛情表現だけどね。そこに腹立てたってしょうがないじゃん。

    ――石澤さんは掴みどころがない感じはしますよね。

    安田 人はいいよ。俺は新日本に入ったとき石澤くんと一緒の部屋だったけど。

    ――話を戻しますが、安田さんはIWAジャパンにも上がろうとしたけど、取りやめになりましたよね。

    安田 あれはなんでだろう。忘れた。何かでバカらしくなってやめたのかな。なんだったか忘れちゃった。

    ――バトラーツにも出てますよね。NKホールでモハメド・ヨネ戦。

    安田 あれは新日本にいたときでしょ。上井(文彦)が話を持ってきて。

    ――当時新日本でマッチメイカー的な立場だった上井さん。

    安田 「1分の試合でいいから」てことで。だから1分で終わってるよ。

    ――実際に秒殺なんですよ。

    安田 だってそういう話だったから。

    ――あの試合は安田さんが真剣勝負をしかけたというふうにネットでは書かれてるんですよ。「バトラーツのレフェリーだった島田裕二の懇願で参戦したが嫌々だったそうで、真剣勝負に出て秒殺した」と。

    安田 そんな酷いことを俺がやるわけないでしょ!(笑)。「1分でいい」という話だから、そういう試合になったの。

    ――いままでの話を聞いていると、安田さんって試合の勝ち負けをそこまで気にしていない感じですよね。

    安田 だって仕事だもん。あと始まりがジャブボーイだしね。プロレスってジャブボーイがいないと成り立たない商売じゃないですか。そのへんを勘違いしている人間がいるよくね。ベビーフェイスでずっとやってるとわかんない奴がいる。

    ――そういうレスラーがいるからこそベビーフェイスが輝くという。

    安田 バンナに勝つまではさ、俺は新日本に初参戦する外国人と試合をやらされてたんだよ。身体もデカイし、どんな技を食らっても壊れないから。俺に技をきれいにかけられるなら誰にでもかけられるって話じゃない。

    ――そういう役割が与えられてたんですね。

    安田 その当時は仕事だとは思ってないよ。「イヤだなあ」って気持ちもあったよ。でもしょうがないじゃない、自分がしょっぱいんだから。ガハハハハハ! 

    ――イヤだったら実力で抜け出すしかない。そこは勝負の世界なんですね。

    安田 それはしょうがないけど、勉強にもなるしね。そういうところから入らないで上でずっとやってると、いつか壁にぶつかるし。たとえば中邑(真輔)だって、その頃は俺はもういなかったけど、だいぶ酷い扱いを受けたみたいだしね。最初にガンと上のほうで扱われると、そいつの技を受けないとかさ。――ああ、中邑選手は新人の頃からトップで売り出されてましたから、嫉妬の対象になって。【15万字・詰め合わせセット】朝日昇、アンドレ、宮戸優光×中井祐樹、レッスルマニア、ジャッジ対談……はまだまだ続く! 
  • 「本当に試合に興味があるなら、訳の分からないことは言うはずがないんだ」:ジョー・ローガン、ジミー・スミスのMMA解説論

    2018-04-27 10:27  
    65pt

    Omasuki Fightの北米MMA抄訳コラム「MMA Unleashed」――今回のテーマは……ジョー・ローガン、ジミー・スミスのMMA解説論!
    <MMA Unleashedオススメコラム>■米国で話題沸騰、アンドレ・ザ・ジャイアントのドキュメンタリー番組 「1日でもいいから普通の大きさになりたい」■【衝撃レポート】ジョシュ・バーネットはいかにして、薬物検査失格の疑いを晴らしたのか■ミルコ・クロコップ、USADA無視のベラトール強行参戦は是か非か■米国人記者が語るイッテンヨン東京ドーム■地球上最強男スティペ・ミオシッチは、それでも時給14ドルで消防署で働く

    今年1月から、UFCとベラトールの英語版中継の解説者に人事異動があり、ベラトール創設期から一貫して解説を担当していたベテランのジミー・スミスがUFCに移籍、ベラトールは新たに元レフリーのビッグ・ジョン・マッカーシーを解説に起用することとなった。そのスミスが、同じくベテランUFC解説者ジョー・ローガンの人気ポッドキャスト、『The Fight Companion』に出演、UFC創世記にやはり解説を務めていたエディ・ブラボーも参加して、“MMA解説のお仕事” について大いに語り合っている。今回はその内容を筆者なりに編集・要約してご紹介してみたい。
    ●解説の仕事を始めたきっかけ
    ローガンはもともとスタンドアップ・コメディアンにして、エディ・ブラボーとジャン・ジャック・マチャドから黒帯を授与されている柔術家。スミスも柔術黒帯で、MMAファイターとしても戦績5勝1敗という経験を持っている。ブラボーはもちろん、ブラジリアン柔術師範、道場10thプラネット主宰者だ。
    ローガン(以下R):もともとこの仕事を始めたのは、デイナ・ホワイトから招待券をもらって、喜び勇んでエディと一緒にUFCを見に行ったことがきっかけだったよね。最初のラスベガス大会が行われた頃だった。私が格闘技ファンであることを聞きつけたデイナが招待してくれたんだ。で、バックステージでデイナたちとおしゃべりをしていたら、「キミはPRIDEは見ているか」「この前の修斗でのマッハ・サクライの試合は見たか」なんて聞いてくるから、こちらも調子に乗って話が盛り上がった訳だ。
    スミス(以下S):私も修斗はすごく好きだったなあ。
    R:で、あれやこれやと熱弁していたら、デイナが「キミは解説をやりたいんじゃないのか」と言いだした。私は「いやあ、仕事としてやることじゃないですよ」なんて答えた。だから最初の18大会は、私はノーギャラで解説を引き受けていたんだ。
    ブラボー(以下B):そしてジョーが解説をしている間、私はずっと1人きりで試合を見ていたよ。ひとりぼっちになるために来たんじゃないんだけどなあ、と思ってた。
    R:古典といってもいいような試合をたくさん見たよ。1994年と2017年のボクシングにはそんなに差はないけど、同じ期間にMMAは本当に大飛躍を遂げたからね。
    B:90年代のMMAは本当に別物だよね。当時はインターネットもなくて、MMAは専門のビデオショップで入手するしかなかった。テレビ放送を録画したビデオがレンタルされていたんだ。修斗のビデオには日本語のコマーシャルが入っていたよ。
    S:当時、ロサンゼルスのリトルトーキョーにあったビデオショップにビデオを探しに行ったんだ。日本人らしき店員は英語がしゃべれなかった。どうしようかなと思って一言、「ルミナ・サトー」と口走ってみた。すると店員は、ああ、佐藤ルミナですねと言って奥に案内してくれた。そしたら、壁一杯に修斗やパンクラス、PRIDEのテレビ録画ビデオがぎっしりと積まれていたんだよ! その店には1日おきに通い詰めて、毎回3本くらい、ビデオを借りたものだ。この続きと、朝日昇、アンドレ特番、宮戸優光×中井祐樹、レッスルマニア、安田忠夫、RIZINジャッジ対談などの記事がまとめて読める「15万字・19本の記事詰め合わせセット」はコチラ 
     
    http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1508124
    この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!

     
  • ほんとうに恐ろしかったレッスルマニア

    2018-04-26 19:22  
    65pt

    格闘技ライターの橋本宗洋氏をゲストに配信されたDropkickニコ生配信。その一部を再構成してお送りいたします! 今月のテーマはWWEレッスルマニアです!(聞き手/ジャン斉藤)
    橋本 大谷翔平のメジャー二刀流に中邑真輔のレッスルマニアと、朝からアメリカで日本人アスリートが大活躍ですよ。
    ――プロレス界の「“ショー”タイム」な大谷といえば、“Show”大谷泰顕さんなんですけどね。
    橋本 ククククク。俺もいまだに「大谷翔平」という名前を聞くと「ヒャッ!?」って反射的に言っちゃうよね。アメリカの大谷翔平って「ショー・オオタニ」みたいな響きがあるでしょ?(笑)。
    ――大谷翔平になんだか申し訳ないですよ。いや、“Show”大谷さんには何も悪くないんですけど(笑)。
    橋本 全然関係ない話なんだけど、大谷さんは俺のことを「橋本氏ぃ」って呼ぶんだよ。
    ――あー、俺も「斉藤氏ぃ」って呼ばれるんですけど、『まんが道』のトキワ荘の住人じゃないんだから!(笑)。そんな話はどうでもよくて今回のテーマは中邑氏ですよ。中邑氏ぃ!!
    橋本 ヒャッ!?
    ――今日の『レッスルマニア』で中邑真輔のWWE王座獲得を信じて疑わなかったじゃないですか。
    橋本 ホントにねぇ。歴史の証人になろうと、ニューオリンズ現地に行った日本人も多かったわけだよね。
    ――ボクも王座獲得を見越して、孫弟子の手によってアントニオ猪木が“日本人幻のWWF王者”だった事実が掘り起こされた……という原稿を準備してたんですよ。
    橋本 そんな予定稿があったのね(笑)。
    ――プロレス界の中心から離れて山奥にこもっているボクですらそんな原稿を用意してるぐらいだから、全マスコミが王座奪取の前提で取材してたと思うんですね。
    橋本 俺たちが日本に住んでる日本人……ということを差し引いても、そういう流れはあったはずだよね。ロイヤルランブル優勝からの『レッスルマニア』で王座挑戦という期待感もあったし、アメリカでの中邑真輔の人気ぶりも凄いわけでしょ。
    ――中邑目線じゃなくても、ここでAJスタイルズが防衛した先に何が見えるのか……ってことですよね。それなのにこの結果ですから。
    橋本 結果が読めないプロレスだよね。ホントにWWEは怖いよ。
    ――メインのブロック・レスナーvsローマン・レインズも前評判を覆してレスナーが勝っちゃいましたし、こんなビッグイベントをある意味で“繋ぎの大会”にしちゃうんですもん! ビンス・マクマホン氏ぃ!!
    橋本 『レッスルマニア』って1年間の集大成という見方があると思うんだよ。ドラマがここでいったん片付くというか、ひとつの結末を迎えて、翌日の『ロウ』から新しいドラマが始まる。今回の『レッスルマニア』は「いやあ、よかったよかった」じゃなくて「次はどうなるんだ?」という終わり方になった。数年前の『レッスルマニア』でレスナーvsレインズをやったとき、試合途中に乱入したセス・ロリンズがマネー・イン・ザ・バンクを行使してチャンピオンになったときもビックリしたけど(笑)。
    ――「ビッグイベントはハーピーエンドに決まってる」という刷り込みもあると思うんですよ。ハチャメチャだった昭和・新日本や暗黒・新日本とは違って、ゼロゼロ年代前半から日本のプロレスってその場の雰囲気を崩してまで「To be continued……」にすることはあんまりないですよね。
    橋本 調子がよくなってきた新日本がたまにやるけど、WWEほどではないよね。
    ――バッドエンドではなかったですけど、今年のイッテンヨンで上り調子の内藤哲也がオカダ・カズチカに敗れた試合は、流れを崩してきたところありますよね。
    橋本 あれも「いかに内藤でもドーム初メインで勝てるものではない」って捉えれば、崩してないとも言えるし。まあ試合結果だけじゃなく、いまの日本のプロレスは締めのマイクまで含めて、なんだかんだその場を満足させて、お客さんを笑顔にさせて帰すよね。じつはWWEも中継の結末とは別に、人気選手が“残業”して会場のユニバースの溜飲を下げたりすることがあるし。
    ――完結型ですね。
    橋本 たとえば昭和の新日本プロレスは、そのときは消化不良でも来週夜8時になれば、テレビで続きが見れた。まさに連続ドラマというか。でも、いまはまずその場の空気を完結させないと。この続きと、朝日昇、アンドレ特番、宮戸優光×中井祐樹、レッスルマニア、安田忠夫、RIZINジャッジ対談などの記事がまとめて読める「15万字・19本の記事詰め合わせセット」はコチラ 
     
    http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1508124
    この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!
     
  • 【マッコール戦直前】タオルに缶バッチ……堀口恭司グッズで応援しよう!!

    2018-04-26 18:37  
    イアン・マッコール戦を直前に控える堀口恭司選手のグッズがDropkickメルマガからでも購入できます!※発送は、レターバックにて複数同梱発送でも可堀口恭司 x RIZIN オフィシャル マフラータオル
    (サイズ:H:約20cm × W:約110cm)価格 : ¥2,500(税込+送料込) 

    堀口恭司 缶バッジ&ステッカーセット
    (缶バッジ3種、ステッカー3種)価格 : ¥1,500 円(税込+送料込) 【ご注文、お問い合わせ先】
    下記内容をコピーの上、メールアドレス(dropkick.present@gmail.com)へご連絡をお願いいたします。
    ・件名:【堀口恭司グッズ】
    ・購入商品:
    ・個数:
    ・氏名(漢字): 
    ・氏名(カタカナ):
    ・郵便番号:
    ・住所:
    ・連絡先: 


  • ポールダンサーは踊るよ……妖しい興行に旦那が出た話■二階堂綾乃

    2018-04-22 17:38  
    65pt
    2018年にもなって「いまの新日本プロレスには猪木イズムが足りない!」などと口走ってしまうオールドファンに向けて二階堂彩乃(@nikaidoayano)先生が“いまのプロレス”の魅力をお伝えする共存共栄コーナー。今回は二階堂さんの旦那さんがMMAの試合に出た話です!【関連企画】・【#MeToo】身体を鍛えてから一度も変質者に遭ってない・中邑真輔がWWEで成功するのは、あったりまえじゃん!・「Y2J」コールができなくても楽しかったクリス・ジェリコ――このインタビューがアップする頃にはとっくに終わってますが、明日はレッスルマニアです。
    二階堂 明日朝8時からですよね? リアルタイムで見られないから後で見ます。
    ――ネタバレなしで見るんですか?
    二階堂  はい。ツイッターとかを見ないようにして……。
    ――アヤノさんってネタバレ回避タイプなんですか?
    二階堂 全然大丈夫ですね。ただ今回はネタバレしないで見たほうが面白いんじゃないかなーって。
    ――なんてたって中邑真輔がWWEのチャンピオンになるかもしれない。
    二階堂 そうなんですよー。歴史的瞬間を目撃するために、私の周りのプロレスの友達はアメリカまで行ってるんですよ。
    ――へえー。
    二階堂 ジャンさんは行くつもりはなかったんですか?
    ――ボクはいつなんどき自宅観戦派なんですよ。会場だと細かい攻防が見えづらいときがあるし、テレビだと実況・解説付きでわかりやすいし、現場取材してもわからないことが多すぎる……という言い訳をして会場には出かけるつもりはありません(笑)。
    二階堂 ハハハハハハ! 私も特等席は自宅だと思ってます。テレビで見ながらツイッターをチェックしたり、 誰かとやり取りしたりできますし。
    ――いまはどうだか知らないですが、PRIDEなんかのビッグイベントだと、プレスルームのテレビ画面を見て記事を書いてるマスコミは多かったんですよ。
    二階堂 えっ、会場に行ってるのに?
    ――大会場だと余計にわかりづらいところがあるんでしょうね。試合後のコメント取れる以外は会場に行く理由はないのかなって。
    二階堂 RIZINなんかだと私も会場に行っても、家に帰ってから録画したものを見直したりしますね。
    ――現場で会場の熱を体感したい気持ちも充分わかります。
    二階堂 お祭りを味わう感じですよね。明日のレッスルマニアも現地には行けないですが、そんな感じです!
    ――今日はその中邑真輔よりも愛してる旦那さん(小森真誉)の試合があったということで。
    二階堂 ウフフフフフ。プロでは5試合目なんですが、試合があったのは4月1日。新日本プロレスのビッグマッチと同じ日だったんです。
    ――新日本の両国大会ですね。
    二階堂 私は新日本プロレスのサイトでイラストの仕事をしてるから「両国に来ないで八王子のよくわからない格闘技の大会に行ってるぞ」と思われたらどうしようって(笑)。
    ――旦那の応援ですから仕方ないです。
    二階堂 今回は「DEEP八王子超人祭り!」に出たんですけど……一言で言えば、妖しい世界でした。荒削りというか、UFCやRIZINのような洗練されてない感じが新鮮で。いまの時代の格闘技じゃないみたいでした。
    この続きと、朝日昇、アンドレ特番、宮戸優光×中井祐樹、レッスルマニア、安田忠夫、RIZINジャッジ対談などの記事がまとめて読める「15万字・19本の記事詰め合わせセット」はコチラ 
     
    http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1508124
    この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!
     
  • 大ショック!! ベラトールヘビー級GP、日本から見られなくなる…

    2018-04-22 16:39  
    65pt
    この記事はAbemaTVのベラトール放送未定……の騒動を語ったDropkickニコ生配信を編集したものになります(語り:ジャン斉藤)
    いやあ、大変なことが起きてしまいました。直近に予定されているベラトールの4月28日大会がAbemaTV番組表に記載されていませんでしたが、ショックなことに今後の中継は未定という情報が関係者筋から入ってきました。これは大悲報ですねぇ。
    これにより現在開催中のベラトールヘビー級GPは、4月28日のヒョードルvsフランク・ミア、5月12日のライアン・ベイダーvsキング・モーの1回戦、そしてこのカードはGPではないですが、5月25日のミルコ・クロコップvsロイ・ネルソンが日本からは見られなくなってしまいました。うーむ、せめてあと1ヵ月、なんとかならなかったんですかね(笑)。
    つい先日DAZNのUFC中継もナンバーシリーズは放送しなくなったことがひっそりと発表され――もちろんWOWOW時代からPPVを買わずにナンバーシリーズを見られたことはありがたいことだったんですが――ベラトールの件と合わせてダブルショックな事態ではあります。この続きと、朝日昇、アンドレ特番、宮戸優光×中井祐樹、レッスルマニア、安田忠夫、RIZINジャッジ対談などの記事がまとめて読める「15万字・19本の記事詰め合わせセット」はコチラ 
     
    http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1508124
    この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!
     
  • ベルトに届かず…されど「世界に届いた中邑真輔」のレッスルマニアを語ろう■斎藤文彦INTERVIEWS

    2018-04-20 08:00  
    85pt
    80年代からコラムやインタビューなどを通して、アメリカのプロレスの風景を伝えてきてくれたフミ・サイトーことコラムニスト斎藤文彦氏の連載「斎藤文彦INTERVIEWS」。マット界が誇るスーパースターや名勝負、事件の背景を探ることで、プロレスの見方を深めていきます! 今回のテーマは中邑真輔衝撃結末のレッスルマニアです!Dropkick「斎藤文彦INTERVIEWS」バックナンバー
    ■ステファニー・マクマホン、幻想と現実の境界線がない生活■ロンダ旋風、中邑&ASUKAダブル優勝!! ロイヤルランブル1万字総括■アメリカンドリーム、ゴールダスト、コーディ……ローデス親子それぞれの物語■ジェリコvsケニー実現で考える「アメリカから見たプロレスの国ニッポン」■旭日双光章受賞!! 白覆面の魔王ザ・デストロイヤー■みんなが愛した美人マネージャー、エリザベス!■職業は世界チャンピオン! リック・フレアー!!■怪死、自殺、大事故……呪われた鉄の爪エリック一家の悲劇■ミスターTからメイウェザーまで! WWEをメジャー化させたセレブリティマッチ
    ■馬場、猪木から中邑真輔まで!「WWEと日本人プロレスラー」■WWEの最高傑作ジ・アンダーテイカー、リングを去る■『1984年のUWF』はサイテーの本!
    ■プロレス史上最大の裏切り「モントリオール事件」


    ■オペラ座の怪人スティング、「プロレスの歴史」に舞い戻る

    ■なぜ、どうして――? クリス・ベンワーの栄光と最期

    ■超獣ブルーザー・ブロディ

    ■「プロレスの神様」カール・ゴッチの生涯……
    ■『週刊プロレス』と第1次UWF〜ジャーナリズム精神の誕生〜




    ■伝説のプロレス番組『ギブUPまで待てない!!』 
    ■SWSの興亡と全日本再生、キャピトル東急『オリガミ』の集い
    ■「現場監督」長州力と取材拒否■ジェイク“ザ・スネーク”ロバーツ…ヘビに人生を飲み込まれなかった男■追悼ジミー・スヌーカ……スーパーフライの栄光と殺人疑惑■ドナルド・トランプを“怪物”にしたのはビンス・マクマホンなのか
    フミ 今回のレッスルマニアは残念ながらボクは現地取材に行ってないんですよ。レッスルマニア・ウィーク中に行なわれたNXTテイクオーバーやホール・オブ・フェイムなどはWWEネットワークですべてチェックしてるんですけどね。

    ――今回のレッスルマニアは例年以上に日本からメディアやファンが現地を訪れてるように見えたんですけど、この結果にみんな腰を抜かしたんじゃないかなって。

    フミ それはどうしてですか?

    ――正史としては“史上初”ではないんですが、中邑真輔が日本人初のWWEヘビー級王座を獲ると思っていたのに、まさかの王座奪取ならずだったので。

    フミ たしかに「中邑真輔がWWEのチャンピオンになる」ということが確定事項のようになってる雰囲気はありましたね。なぜそうやって信じこんでしまったかといえば、ロイヤルランブルで優勝したレスラーはレッスルマニアでチャンピオンになるケースが多いんです。だからこそ今回はWWEが外してきたという説もあるんですね。

    ――中邑真輔が負けた瞬間「さすがWWEだな……」って唸りました。いや、もし自分が現地観戦していたら空いた口が塞がらなかったかもしれませんが。

    フミ 中邑真輔がAJスタイルズのスタイルズ・クラッシュでワンツースリーを取られたときは「えっ!?」という驚きがありましたね。みんなもがあっけにとられていたでしょう。同じ日本人レスラーのASUKAもシャーロット・フレアーのベルトに挑戦して敗れましたが、こちらはどちらかといえば世界王座奪取は難しいんじゃないかと考えていたんです。

    ――ASUKAが頂点に立つのはまだ時間がかかるんじゃないかと。

    フミ 中邑真輔の場合は今回のレッスルマニアでチャンピオンになり、そのあとの物語を想定する声が挙がっていたんです。レッスルマニア以降はチャンピオンとチャレンジャーが入れ替わってのリターンマッチ・シリーズ。チャンピオンの中邑真輔に挑戦者のAJスタイルズが挑む抗争がサマースラムくらいまで続くんじゃないかと。

    ――ところが中邑真輔は敗れ、試合後にAJスタイルズの前に跪いてベルトを渡すふりをして金的攻撃を見舞ってまさかのヒール転向。日本からの視点でいえば「日本人初のWWE王座奪取」がポイントで、今回のレッスルマニアを一つのクライマックスとして捉えていたので、この展開はさすがに驚いたんだと思います。

    フミ でも、それでは映画でいえば「THE END」のシーンになってしまいますよね。WWEはどこまでいっても連続ドラマを見せていくし、ただのハッピーエンドでは終わらないことが多いんですね。レッスルマニア翌日の『ロウ』、その翌々日の『スマックダウン』は、海外のドラマでいえば新シーズンの第1話に相当するんです。実際にニューカマーが続々と登場してきました。中邑真輔のいる『スマックダウン』にも新展開が起こっていて、『スマックダウン』のGMだったダニエル・ブライアンが復帰をはたして、その後釜には前日の『ロウ』で引退宣言したばかりのペイジが就任しました。新たなGMとなったペイジが初めて手掛けたメインイベントがAJスタイルズ vsダニエル・ブライアンのシングルマッチ。いきなりのビッグカードの試合途中にヒールに転向したばかりの中邑真輔が乱入してきます。面白いのはキンシャサを最初にぶつけた相手はダニエル・ブライアンのほう。返す刀でAJスタイルズにもキンシャサをぶち込んだんです。

    ――中邑真輔はダニエル・ブライアンも標的にするというわけですね。

    フミ これでAJスタイルズ、中邑真輔、ダニエル・ブライアンのトリプル・スレット・マッチまで想像できるんですが、まだ中邑真輔のヒール転向を受け止めきれない日本のファンも多いと思うんですね。

    ――ちょっと展開が早すぎますね(笑)。

    フミ これは各方面で論じられたり、報じられてることではあるんですが、WWEに昇格してからこの1年間、中邑真輔はまだWWEの長編ドラマの登場人物にはなっていなかったんじゃないかと。あくまで国際的なスターとしてWWEにやってきたゲスト的な扱いで。
    ――まだゲストだったと。

    フミ WWEでは破格の扱いでした。あのジョン・シーナからシングルマッチでフォール勝ちをする。ジョン・シーナからワンツースリーを取れる人ってなかなかいないですよ。ランディ・オートンとシングルでやったときは、オートンの必殺技RKOをしっかりと防御して、キンシャサでまたもワンツースリーを取りました。ジンダー・マハールのベルトにも挑戦したときはシン・ブラザーズの乱入もあって負けるんですが、トップレスラーとしての扱いだったんです。そしてロイヤルランブル優勝という流れがあったからこそ、 今回のレッスルマニアでは王座獲得は確定だろうとみんな信じていたわけですね。

    ――いやあ、そう思っちゃいますよねぇ。

    フミ ロイヤルランブルで優勝した中邑真輔は、ブロック・レスナーのユニバーサル王座、AJスタイルズのWWEヘビー級王座、どちらかの指名権を得ました。マイクを向けられた中邑真輔はAJスタイルズを指名しました。するとAJスタイルズは「これはドリームマッチだ!」と中邑真輔の挑戦を喜びます。
    ――AJスタイルズの新日本ラストマッチ、2016年1月4日東京ドーム以来の再戦。感慨深いものはあるでしょうね。

    フミ 新日本時代からの2人の物語を知っている日本のファンにとっては魅力的なカードです。でも、アメリカのプロレスファン、つまりWWEユニバースにしてみれば、中邑真輔とAJスタイルズの2人のそれまでの関係は知らないんですよ。それにアメリカでは滅多にやらないベビーフェイスvsベビーフェイスという構図。アメリカンプロレスのセオリーに当てはめるならば、いずれどちらかがヒールにならないと成り立たない。ところがベビー同士のままレッスルマニアを迎えてしまったんですね。

    ――日本からすれば、ロイヤルランブル優勝、日本人史上初王座獲得、AJスタイルズとの関係……という物語がスムーズに進んでいたことで、ベビー対決の違和感を感じなかったかもしれないですね。

    フミ “日本の続き”ということでWWEの中のお話として見られなかった。これはWWEが日本を無視してるというわけじゃないんですが、WWEは日本のマーケット、日本のオーディエンス、日本のファンだけを視界に入れてストーリーを作ってるわけではないんです。日本はあくまで世界のマーケットの中の一つに過ぎず、大きな流れはあくまでもアメリカを中心として考えてるんですね。それはつまり今回のヒール転向により、中邑真輔はいよいよそのWWEの大河ドラマの登場人物に加わったと言えますね。

    ――お客様から登場人物に切り替わった。この続きと、朝日昇、アンドレ特番、宮戸優光×中井祐樹、レッスルマニア、安田忠夫、RIZINジャッジ対談などの記事がまとめて読める「15万字・19本の記事詰め合わせセット」はコチラ 
     
    http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1508124
    この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!


     
  • 米国で話題沸騰、アンドレ・ザ・ジャイアントのドキュメンタリー番組 「1日でもいいから普通の大きさになりたい」

    2018-04-20 08:00  
    70pt
    Omasuki Fightの北米MMA抄訳コラム「MMA Unleashed」――今回のテーマは……
    米国で話題沸騰、アンドレ・ザ・ジャイアントのドキュメンタリー番組
    「1日でもいいから普通の大きさになって、普通の車に乗って、映画を見に行きたい」

    <MMA Unleashedオススメコラム>■【衝撃レポート】ジョシュ・バーネットはいかにして、薬物検査失格の疑いを晴らしたのか■ミルコ・クロコップ、USADA無視のベラトール強行参戦は是か非か■「まだUFCなんか気にしているの?」米メディアに渦巻くUFC悲観論まとめ■米国人記者が語るイッテンヨン東京ドーム■地球上最強男スティペ・ミオシッチは、それでも時給14ドルで消防署で働く米国のプロレスニュースサイトで最近の大きな話題に、米ケーブル局HBOで85分間のドキュメンタリー作品『アンドレ・ザ・ジャイアント』が放映されたことがある(4月10日放送)。スポーツ・ドキュメンタリーで秀作の多いHBOでも、なかなかWWEの協力や映像提供を得ることができず、これまで制作したくてもできなかったという、念願の一作だ。Andre The Giant Official Trailer (2018) | HBO
    https://www.youtube.com/watch?v=f_jTeuajas0
    アンドレが亡くなってもう25年もたつので、中にはアンドレのことをよく知らない、あるいは名前くらいは聞いたことがあっても、実際に戦う姿は見たことがない、という読者も少なくないかもしれない。米国では「世界第8の不思議」と呼ばれ、日本では古舘伊知郎アナウンサーが「大巨人」「人間山脈」「1人民族大移動」「ガリバーシンドローム」「太平洋をひとまたぎ」などとさまざまに称したこの選手は、要するに桁違いの大男であった。ブロック・レスナーやビッグ・ショーと比べても完全に一回りも二回りも大きく、ジャイアント馬場と並んでも身長はともかく身体のボリュームは圧倒的だった。アンドレの入場花道にファンが群がってもみくちゃにしても、アンドレの胸から上は常に天空に抜きん出ているといった具合だったのだ。これだけデカければ弱いわけがないと考えざるを得ない説得力で、世界中のマットで活躍した。
    例え話や思い出話ではなく、データとしてアンドレの身長と体重はどうだったのかと問われると、実はたったこれだけのことが諸説紛々で話がまとまらない。今回のドキュメンタリー番組でも、このあたりの検証から番組をスタートしている。アンドレは12歳の頃にはすでに大巨人サッカー選手だったという伝説がある。しかしこの番組で親族が語ったところでは、15歳頃までは普通サイズの子どもだったところ、16~17歳頃にかけて、母親が取り乱すほどの急成長を遂げたのだという。19歳の頃フランスで、ジャン・フェレーとしてプロレスデビューした際の写真から、その姿は目分量で身長6フィート10インチ(約208センチ)程度に見える。その2年後には、アンドレは「身長208 cm、体重308パウンド(140 kg)」だとコールされている。この続きと、朝日昇、アンドレ特番、宮戸優光×中井祐樹、レッスルマニア、安田忠夫、RIZINジャッジ対談などの記事がまとめて読める「15万字・19本の記事詰め合わせセット」はコチラ 
     
    http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1508124
    この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!
     
  • 【500記事オーバー】1記事から購入できるDropkickバックナンバー

    2018-04-18 11:39  
    【500記事オーバー】1記事から購入できるDropkickバックナンバー一覧【3月更新記事ランキング】
    1位 いったい何が起きていたのか? トライハードジム「K-1契約問題」記者会見全文
    2位 【復帰戦完勝】中井りん「フライ級なら私が世界最強です! イノシシだって倒せます!!」
    3位 谷津嘉章、興行という灰色の世界を語る――「プロレスとヤクザ」
    4位 【嵐の総合格闘技編】安田忠夫「IWGP王者になりたくないから、はじめは断ったんだよ」
    5位 【#MeToo】マイケル・エルガンはすべてを失ってしまったのか
    6位 【伊調馨問題・告発者B氏】「安達さんがUインターにレスリングを教えてくれたんだよ」7位 ステファニー・マクマホン、幻想と現実の境界線がない生活■斎藤文彦INTERVIEWS
    8位 「ムエタイぼんやり層」必読!! 那須川天心と梅野源治はここが凄い!/山口元気×鈴木秀明
    9位 【バチバチ
  • 【隠蔽された修斗の黒歴史】朝日昇「修斗を伝承した人間はみんな外に出ていったんですよ」

    2018-04-18 08:00  
    120pt

    総合格闘技のパイオニア修斗の隠された歴史を克明に語る“奇人”朝日昇ロングインタビュー。創始者・佐山聡の離脱から体制を揺るがした運営告発問題まで、タブーとなっている修斗灰色の過去を25000字で振り返ってもらった(聞き手/ジャン斉藤)<関連企画>
    「佐山先生に言われたんです。俺の影になってくれと」…中村頼永インタビュー<シューティング黎明編>運命のバリジャパ、安生道場破り、幻の長州戦真相――中村頼永インタビュー<ヒクソン来襲編>修斗初代王者/仮面シューター・スーパーライダー 渡部優一「東映の許可? 取ってますよ(笑)」
    【男が男に惚れる天龍劇場】北原光騎インタビュー「俺にとって天龍さんは“神様”だよ」

    初代シューターにしてパンクラシスト!山田学の無謀な大冒険「中井さん、なぜそこまで強さを追求するんですか?」■中井祐樹☓大沢ケンジ
    ――いまから8年前の2010年のことです。朝日さんは修斗の運営体制を告発されて大きな騒動になりましたが、最近あらためて当時のことを振り返っていると聞きつけまして飛んで来ました!
    朝日 振り返ってなんかないですよ(笑)。
    ――あら、そうなんですか。
    朝日 いまの若い子はボクがあのとき中指を立てられたとか知らないでしょうし(https://www.youtube.com/watch?v=L9sEIh4HbVM)、どうでもいいです。その動画もネットに上がってますが(笑)、いまだにいろいろと尋ねられることもあるので、そうした際には実際に何があったのかという事実を説明することはあります。修斗というものをすべて否定してるわけでもありませんが、歴史は歪曲することなく、何事も事実は事実としてキチンと伝えなくてはなりませんよね。そうすることにより、いま頑張っている人たちをより良い方向に導けますからね。そのうえで誰かのアンテナに引っかかるかな……と思っていたらジャンさんでしたね(笑)。けど、こんな話、いまさら知りたいですか?
    ――凄く興味があります! ボクはシューティング時代から修斗は大好きだったんですけど、いつからか「あれ? 修斗ってこんな感じだっけ……?」ってクエスチョンマークが出てきて。
    朝日 へえ、そこは逆に詳しく聞きたいですね。
    ――朝日さんが「修斗四天王」と呼ばれていた時期の前後ぐらいから何かが変わったなっていう。リング上でやっていることに変わりないんですけど。
    朝日 なるほど〜。言葉で表現するのは難しいかもしれないですが、そういう見方は、なんとな〜〜くわかります。正直携わっていたボクでさえ、そうした感じを抱いてはいたので。なんと言ったらいいんだろうなあ。
    ――「2010年の修斗問題」も何が起きているのかはちゃんとはわからなかったのが正直なところで。
    朝日 やっぱりわかりづらいですよね。あの件については、あるインタビューで事の顛末を話したところ、「オマエはなんであんなことを話すんだ! 何がやりたいんだ!」と、当時修斗協会の浦田(昇)会長からは強く叱責もされましたが、浦田会長にさえ真実が伝えられていなかったのですから、仕方ありません。
    ――あ、浦田会長にさえ。
    朝日 とにもかくにもムチャクチャなことが裏では繰り広げられていて、もうどうにもならなかったんです。だから、もうボクが悪人なら悪人でかまわないし、時間の無駄なので、ボクは修斗から完全に離れたんです。適切な表現方法を選択することが難しいですが、一部の人たちの言葉や行動が、なんの裏付けや調べもなく一方的に正しいと判断されたり、イメージするならば全体としておかしな新興宗教体のような様相を呈していたかもしれませんね。あるお題目に対して人が盲目になり、キチンと調べたり、考えたりすることを停止していたことは事実として存在しますし。誤解を恐れずに言いますと。
    ――おかしな新興宗教体ですか……。
    朝日  世間の人たちは興味がないかもしれないですが、興味のある方々には歴史の事実を知っていただかねば、より良い判断は難しいですから、知りたい方々には、ボクはただ単に事実の説明をしました。野球やサッカーは多くの人間に見られる競技ですから、何か事件が起きれば報道されます。しかし、修斗の場合はさほど興味を持たれません。規模がまったく違いますから。2010年の問題の際にも、事態を憂いだある友人が一般雑誌の編集長に掛け合ったりもしてくれたのですが、向こう側からするとネタとして弱いようで記事にはなりませんでした。なので事実は報道されていません。格闘技のある雑誌には理解不明な書かれ方をされましたが、彼らを相手にしても時間の無駄ですから放っておきました(笑)。
    ボクの話は一切聞くこともなく、一方の人間の話のみを聞き、それをただ鵜呑みにし、記事を書く。なぜあのような人たちがマスコミを名乗るのが不思議ですし、よくあんな記事が書けるなあと呆れましたが。2ちゃんねると変わりません、あの紙の束は(笑)。
    ――個人的に「2010年の問題」は創始者の佐山聡さんが修斗を離れたことと繋がってるというようにも見えたんですね。佐山さんが修斗を離れたというか、追放されたというか。
    朝日 うーん、追放……そういう捉え方をされてしまうんですかねぇ(複雑な表情で)。
    ――例えば修斗30周年という節目の興行に創始者の佐山さんが来場しなかったとか、あきらかに不自然だったじゃないですか。
    朝日 あれが「修斗伝承」です(笑)。疑問を抱いてはいけません! 信じるのです!(笑)。ボクも行きませんでしたが、なぜならまず理由の一つとしては、あの場に佐山聡がいないのならば何も始まらないからです。
    ――なので今回は突っ込んだ話を聞きたいんですけど、まず90年代の修斗……シューティングと呼ばれていた時代から振り返りたいんですが、朝日さんはファイターとしてだけはなく、裏方としても関わっていらしたんですよね。
    朝日 関わっていたというより、佐山さんの許可のもとで、かなりの部分でボクが主導する形で動いていたと思います。証拠として、あの当時の名刺をいろいろとお持ちしました。ご覧になっていただけたらわかるように、ボクはずっと同じ場所にいるのに、組織の名称がドンドン変わっていったんです。
    ――時系列ではどういう流れなんですか?
    朝日 一番古いのは三軒茶屋のスーパータイガージムですね。その次が木口道場、日本プロシューティング。ワールド修斗がもうできないということになり、イーフォース。木口道場時代スーパータイガージム大宮時代ワールド修斗時代イーフォース時代朝日 三軒茶屋のジムには19歳で入ったんですが、入って1年目の途中ぐらいに「横浜の木口道場でもシューティングをやるから、誰か行く奴はいるか?」という話を聞いたんです。ボクは横浜に住んでいますし、大学までの通り道でしたから、田代(義治、港太郎)、伊藤裕二、草柳和宏の4人で移りました。しかし、他の連中は全然練習に来ないので(笑)、年柄年中、木口先生とマンツーマンでボッコボコにされまくりました。
    ――世界最強の木口宣昭先生と(笑)。
    朝日 例えば木口トレーニングを1時間45分マンツーマンでやったあとに、15分スパーリングでボッコボコとか。とにかくボッコボコにされました(笑)。
    ――さすが木口先生です!
    朝日 あの当時から修斗は例えば大会が終わるたびに皆で集まって会議を開いていました。佐山さんが議長のような立場で、出席していたのは桜田(直樹)さんや川口健次、坂本(一弘)、ボクなど初期のシューターですが、その頃先頭でいつもみんなを引っ張っていただいていたのが石川義将さんという先輩なんです。石川さんは唯一佐山さんに物が言える人でした。皆、石川さんを頼りにしていたと思います。
    ――石川さんは初代シューターのリーダーだったんですね。
    朝日 はい。しかし、その石川さんは実家の仕事の関係で大阪に帰ることとなり、ひとまず修斗からいなくなる形となってしまったんです。そのあと石川さんがやられていた役割をボクが担うようになっていったんです。ボクは小さい頃から学級委員長を毎年やらされていたりして、そうしたことには慣れていましたし、根本的には”大きな運動会”をイメージしていました。
    ――そこから運営に携わって。
    朝日 いまの時代の興行はまた違い、難しいですよね、より大きなビジネスになっていますから。あのときはそのような流れでボクが運営に携わるようになっていったんです。それで全日本アマチュア選手権の先駆けとなる大会を木口道場で開催したりもしました。参加者はたしか9人ぐらいで、そこにまだアマチュア選手の中井祐樹や久平が出ていたと思います。その次は木口先生の関係で町田市の体育館を使いやすかったので、木口先生にお願いして町田で第1回の全日本大会を開催したんです。そこではウェルター級で(佐藤)ルミナが準優勝をしました。もちろん佐山さんの許可は取ったうえでの話ですが。
    ――それは給料をもらって運営に携わってたんですか?
    朝日 いや、すべてボランティアです。その頃ボクは山田学と一緒に住んでいました。アイツはパンクラスで、ボクは修斗なんですけどね。その大きなキッチンのフロアで大会のポスターやパンフレットを作っていました。
    ――ほかに仕事をしながら運営に関わってたんですね。
    朝日 当然アルバイトをやっていました。だって試合をしても食べていけないわけですから。ファイトマネーはほぼない時代です。ほとんどゼロのときが多かったです。基本的には、知り合いにチケットをたくさん売った人間がより多くのお金を得られるような形でしたから、競技上の成績やチャンピオン云々などの肩書きもほぼ関係ありませんでした。のちに佐山さんにファイトマネーを要求した選手もいたようですが、彼らの行為は否定はしません。しかし、ボクは佐山さんがいかに大変なことをやっていたのか理解していたので、要求しませんでしたし、これからもしません。佐山さんはタイガーマスクをやっていれば何億円も稼げたのに、総合格闘技のカケラも何もなかった時代にこういう機会を作ってくれたわけです。実家を担保に入れた話も聞いたことがありますし、そこまでやってもらっているのに、お金のことは言えません。だから、ボクはお金を要求したことは一切なかったです。 
    ――しかし、よく生活できましたねぇ。
    朝日 ムチャクチャ、ヤバかったです。お金がなくて、冷蔵庫に残っていたあきらかに少し腐った感のある鶏肉を食べたこともありました。それで学んだことが「腐った鶏肉を焼いても菌は殺菌されず、それを食べたらお腹がかなり痛くなる。」ということでした(笑)。
    ――ハハハハハハ!
    朝日 あの頃デザイン関係のアルバイトもしていて「試合前は休ませてもらえる」という雇用条件のもと働いていたはずなのですが、試合前日にデザイン室自体が閉鎖合併となり、アルバイトのボクは解雇となったこともあります(笑)。完全にそちらに転向しようと考えたくらい楽しい仕事で一生懸命やっていたんですけどね。そして、試合に勝って「今日はギャラをもらえるのかな……」と待っていても、今日も何もなし。「ああ、明日からどうやって生きていこう……」ということは恒例行事でした(笑)。
    ――試合だけじゃなくて生活にも勝たないといけないわけですねぇ。
    朝日 桜田さんからの年賀状には「今年は靴を買おうな」と書かれていたり。欲しかったですね、靴(笑)。まあ、そういう生活は慣れていきましたけど、いま頑張れば必ず将来に何かあると考えて、とにかく必死でした。売れるまでは貧乏生活の芸人さんと変わらないんじゃないですか。ボクの最も好きな歌の一つである、ビートたけしさんの『浅草キッド』そのまんまです(笑)。
    ――いつかは売れる日が来ると信じていたと。
    朝日 アマチュアの全日本大会を考案し開催したのも、このピラミッド構造の建立が競技の発展には必要不可欠と考えたからです。あたりまえなんですけどね。まず全日本大会から始めたことも、アドバルーンの意味合いを持つ一つのプランニングでした。第1回の全日本のときは、節約節約でどうにか掻き集めて2〜3万円のアガリは出しました。それは仕事料として申し訳ないけどいただきました。
    ――でも、労力にはとても見合わないんですよね。
    朝日 全然足りないです。赤字です(笑)。しかし、手伝ってくれた人たちにお金を支払い、主催者のボクはかき集めて3000円ゲットということはほかにもありましたし、「まあ、いいか」と(笑)。いずれにせよ、修斗が良くなり、みんなが喜ぶことができる競技になればという、ただその思いだけでした。他には何にもないですよ。ある選手からは「朝日さんはどうやって生活しているの?試合をすればするほど貧乏になるのに」など言われましたが、「知らん!」とか答えていましたね(笑)。
    ――あの当時の格闘家の「明日のなき暴走感」は痺れますねぇ。
    朝日 ボクは格闘技はそんなに好きではないのですが(笑)、自分自身の一つの証明の手段だっただけなんですよね、個人的には。あとは、小さい頃から成績も学校でもトップクラスで両親からも相当期待してもらっていたのにも関わらず、勉強にまったく意義を見出せず勉強なんかしないから、結果的にそこらへんの適当な大学に入り、しかも大学卒業後、こんな海のモノとも山のモノともわからない競技に携わるなど期待を裏切り、本当に迷惑を掛けてしまった両親に「あんたんちのガキは世界一だと証明するから待ってろ。それまでは家に帰らんから」という思いも強くありました。それが感謝と償いだろうと。だから、ボクは格闘技に懸けて毎日を生きたんです。意地でも世界一になると。何が世界一かわからない時代に(笑)。
    ――いまでこそ世界一とは何かがハッキリわかりますけど、当時は……。
    朝日 そして、もう一つは、佐山さんが作ったこの競技をとにかく認めてもらおうと考えていたんです。だから、100連勝することに決めていたんです。決定事項でした(笑)。
    ――100連勝!(笑)。
    朝日 ボクシングのフリオ・セサール・チャベスとも試合するつもりで勝手にいましたが(笑)、そうしたことが連なれば、いやがおうでもいずれ誰かがボクを見ますよね。そうしたら、やがて「なんだ?こいつは? なんだ?この競技は?」となるとも考えていました。だから、そのための準備として、とにかく誰よりも練習して自分の力を付けることに没頭ししたんです。修斗で勝つことはあたりまえと思っていましたし、一つ一つの勝ちなんかに興味はありませんでした。「世界は広い。必ずオレが張り倒さなくてはならない奴らがいるんだ」と脳みそでイメージしていたんです。幸せ者です(笑)。
    ――100連勝を目標に掲げなきゃいけないほど、当時の修斗はホントにお客さんが入ってなかったんですよね。
    朝日 お客さんなんて入るわけないじゃないですか。それは佐山さんが悪いのではなくて、そういう時代ですから、方法論なんてありませんよ。誰もメジャーに行っていない時代に、日本のエースなのに飛び込んだ野茂英雄の状況と若干似ているかもしれません。いまはMMAというジャンルがそれなりに理解をされていますが、あの当時、誰が修斗なんてモノを理解していましたか? できますか?という話ですよね。
    ――そうすると興行面ではスポンサーに頼るしかなかったわけですね。
    朝日 それは修斗というより佐山聡個人のスポンサーですよね。いまはこういう立場になったから佐山さんがやっていたことの大変さがよりわかりますし、佐山さんには感謝しかないです。佐山さんがウソをついたことといえば、誌面では「痩せる、痩せる」と言っているクセに、実際は運動をロクにしないで甘いものをバクバク食べていたことぐらいですよ(笑)。
    ――ハハハハハハハ! 
    朝日 でも、やっぱりみんなも修斗の今後に不安はありました。山田学のパンクラス移籍はボクが交渉していたというのはご存知ですよね?
    ――はい。
    朝日 ボクは1人でも格闘技という職業で食べて行くことができるのならば、どこでも行けばいいと考えていました。まあ、じつは、ボクもあのときパンクラスに行こうと考えたんです。しかし、ボクは70キロを超えたらまったく動けなくなることがわかり諦めたんです(笑)。
    ――中・軽量級で食えるようになるのは、まだまだ後のことですね。
    朝日 それで正確な日付は忘れましたが、松崎しげるに似たヒクソン・グレイシーさんが来る少し前の年ですかね。当時の主力選手で集まり「みんなで最後は大会を開いて、もう修斗をやめよう」という話になったんです。これ以上やっても何も生まれないんじゃないかと。もうとにかくどうにもならず、ファイトマネーも出ない。修斗がイヤになったというより、生きる上で限界だと(苦笑)。
    ――まあ、そうなりますねぇ。
    朝日 ボク個人でいうと、デザインをするところでアルバイトをしていたんですけど、もともとそちらの方面を志望していたこともありますが、仕事の方が本当に楽しくなってもいましたし、お金も得ることもできました。そんな時分でしたが、みんなで話し合い「後楽園を借りて一発ドカンとやって終わりにしよう!」というような話になったんです。例えば青葉台のアンナミラーズに集まり話し合いをしたりしましたが、そのときに取ったノートはまだあるかもしれません、タンスの奥の奥に。計画では、外部から平(直行)さんや大道塾の選手も呼んで試合をやり、それで全部終わりにしようなど話をしましたね。そんなタイミングで佐山さんから「いい話があるんだよ〜!」と言われたんです。
    ――スポンサー関連で動きがあったとか。
    朝日 まあ、そういう話はたまに佐山さんがしてくれたんですが、なかなかうまくいかないことが多かったんですよね。佐山さんは相当苦労されたと思いますが。そのときはたしか不動産屋の方でしたが、恵比寿で主力だった選手が招集され、焼肉をご馳走になりました。その不動産屋さんが正式な形はスポンサーか親会社か忘れましたが、大会をやることになり「これは何か変わるのかな?」と。川やん(川口健次)がプロレスラーと試合をしたときがあったじゃないですか。
    ――伝説となっている新格闘プロレスとの対抗戦ですね。
    朝日 それです。試合後、川やんに聞いたら、ギャラが凄くいいんですよ。「そんなにもらえるんだったら俺も出る!」です(笑)。
    ――ハハハハハハ! 
    朝日 その次の流れとして龍車グループが修斗の親会社になったんです。
    ――不動産や温泉、パチンコなどの事業をやっていた龍車グループ。かなり太いスポンサーだったんですか?
    朝日 ボクがそれまで携わった中では最も大きな動きだったように思いました。失礼に聞こえたら申し訳なく思いますが、Jリーグやプロ野球のそうしたものと比べたら規模はまったく違うとは思いますが、そちらが親会社になって修斗の大会も開いてくれるとのことでした。
    ――大宮にあった龍車グループの温浴施設の隣に、修斗のジムができたのも龍車グループの力なんですね。
    朝日 そういうことですね。それで最初に九平が大宮に行き、何ヵ月か遅れて中井も行き、ボクは週末に行くようになりました。そのときに「修斗のフロントとして働く人間はいないか?」という話になったんです。もう凄く悩んだんです。大宮で仕事をするとなると、一緒に住んでいた山田と離れなきゃいけない。山田と一緒に住んでいたのは、山田の糖尿病の問題があったからなんです。
    ――突然の発作は山田さんの命に関わるから、誰か一緒に住んでないといけなかったんですよね。
    朝日 しかし、山田には本当に申し訳なかったのですが、誰かがやらないと修斗がマズイということで、ボクがフロントとして大宮に行くことになったんです。そのときは選手をやめて行きました。覚悟を決めて、修斗を軌道に乗せることだけにボクを懸けようと考えて。あれは95年4月からです。中井のバーリトゥードジャパンがあった同じ月ですね。
    ――修斗のフロントとは具体的にどういう仕事だったんですか?
    朝日 いや、もう全部です。だって誰もいないんですから、ボクやりました。いままでは佐山さんが1人で全部やっていたんです。だから親会社が「誰かやれないか?」という話だったんですね。しかし、これからはボクが唯一の実働部隊としてやらなくてはいけない。名称的には、いまでいうところの修斗協会会長、サステインプロデューサー、大宮ジム代表、あと佐山さんから「選手いないから、試合もやってよ!」と要請も受けて、選手としてやってましたね。
    ――代表兼エースって昔のプロレス団体みたいですね。
    朝日 過去のアーカイブデータもほぼないような状況でしたから、いろいろな文献から叩き出してアーカイブデータを作り出したり、アナウンスの台本も考えたり。他にもいろいろやりましたが、当時レフェリーの小方(康至)からは「審判部を作りたいんです」と言われたんです。だから「それは必要だ。オレが佐山さんの許可を得るから作れ」「いい人材がいるんですけど、昔はジムの会員で強くもなんともないから、先輩方からイジメられる可能性もあるんです」「おまえが推薦する人間なら、入れろ。あとはオレが守ってやるから、何かあったら、オレに言ってこい」なんて話をしたのですが、その人物が後年修斗コミッションとして幅を効かせることとなる鈴木利治でした。
    ――そうやって審判部ができたんですね。
    朝日 あの頃はK-1の総合格闘技部門のお手伝いもさせていただいていたのですが、この話はK-1の大会終了後に品川のプリンスホテルの部屋でしたことはいまでも覚えています。そのほか、この先どういうプランニングをしていけば修斗は盛り上がるのかをいろいろと考えて実行していました。一昨年ヨリさん(中村頼永)から「会って、話をしようよ」と言われ、約17〜18年振りに会ったんです。
    ――ジークンドーの中村頼永さんですね。「佐山先生に言われたんです。俺の影になってくれと」…中村頼永インタビュー<シューティング黎明編>運命のバリジャパ、安生道場破り、幻の長州戦真相――中村頼永インタビュー<ヒクソン来襲編>
    朝日 ヨリさんとは桜田さん、川口、ボクの4人で会ったんですが、その際に「いまの修斗のシステムを作ったのは昇じゃん」とヨリさんに言われましたが、いまに連なる修斗の近代化システムを作ったのはボクですね。“奇人”なんですが、はい(笑)。当時は「こんなん続けたら、ヤバイで……」という仕事量で、最初の半年は休みが2日間。1日はパスポートを取りに横浜に戻った日で、もう1日は「先生、海に行っていいですか?」と海に行きました。とにかくよく動きました(笑)。
    ――興行の手応えはあったんですか?
    朝日 中井が出場したバーリトゥードジャパンの翌月の後楽園大会がボクの初めてのプロモートとなる大会でした。レムコ・パドゥールのところの選手が出たんです。中井のバーリトゥードジャパンでの頑張りにより、修斗もいままでより脚光を浴びました。それで1週間前にプレイガイドからチケットがバックされたんですよね。前売りで何枚くらい売れたと思います?
    ――そういう質問をするってことらはヤバイんでしょうね(笑)。
    朝日 確か77枚か78枚でした。
    ――全然売れなかった。
    朝日  この数字は忘れません(笑)。会社の人は「当日でいつも200〜300枚売れるよ」と言っていましたけど、「そういう問題じゃないでしょ!」と(笑)。
    ――バーリトゥードジャパンの直後にその売れ行きは、興行として伸びしろがないってことですよねぇ。
    朝日 それで決めたんです、「ブッ壊すしかない!」と(笑)。やっぱり当時の修斗は辛気臭かったですよね、ワクワクする華やかさがなく。だったら修斗はプロとしてハッピーな空間というイメージを持ってもらうようにすべきだと考え、大宮スケートセンターで八角形のリングで、外国人選手を呼びまくったんです。本社の人からは「3000人の会場は無理だよ。どうすんの?」と言われましたが、「お願いします。入れてください」と頼み、たくさんの協力をしてもらいました。無理矢理でもお客さんが入れれば、修斗のイメージを変えることができる可能性がありますよね。
    ――ちょっと前の新日本プロレスでいうと「流行ってる感」というやつですね。
    朝日 だから、あらゆる方面にダイレクトメールを送りまくったりもしましたし、とにかく会場に来てもらおうという作業もしました。外国人ファイターもたくさん出場する、エンセン井上という大きな選手もいる、お客さんもたくさんも入っていて何かにぎやかだ。会場にちょっと行ってみようかな……という雰囲気を作ろうと考えたんです。そうしたら、当時『格闘技通信』の編集長だった谷川(貞治)さんから「修斗はやり過ぎだ」と書かれたんですよね(笑)。
    ――いまとなっては谷川貞治にだけは言われたくないですが(笑)。
    朝日 例えば、バカボンの息子にそっくりなレムコの入場テーマを『元祖天才バカボン』にして、ボクの入場テーマに篠原涼子の『恋しさとせつなさと心強さと』もそのとき初めて使用しました。悪ふざけと思われたんでしょうね。プロとして「絶対イケるから」という確信もあり実行したのですが、理解されなかったんでしょうね。しかし、そう書かれたことで「勝ったな」とも思ったんです。なぜなら、それまでは見向きもされなかった修斗をようやく見たんですから。
    ――修斗が興行として視界に入ってきたと。
    朝日 そして「よし、次だ!」ということで、次の駒沢大会ではケンドー・ナガサキさんやジアン・ジャック・マチャドを呼んで。
    ――そういう流れでのナガサキさんだったんですか!
    朝日 アレもボクが責任者の大会でした。あのときの駒沢大会はエンセンがキモかスティーブ・ジェナムのいずれかと試合をする予定だったと思います。しかし、それが最終的にはなくなったため、プロモーターの役割のボクがメインイベントに出ることになったんです。あの辺りから修斗は空気が変わっていったとは思うんですよね。策略どおりでしたが、わけのわからない世界になり始めたというか(笑)。
    ――佐山さんも新日本プロレスでライガー相手にエキシビジョンマッチをやったりしてましたけど、プロレスに対してはどういう距離感だったんですか?
    朝日 それは佐山さんの仕事だから、特になんとも思ってなかったですね。4代目タイガーマスクは大宮ではボクが一番仲が良かった人間の1人で、よく練習後は2人でデニーズに行き、アイツはコーンスープをオーダーして「粒が入ってない!」といつも怒っていたのを覚えています。また、4代目のプロレスデビュー戦のセコンドはボクとエンセンですよ(笑)。セコンドをやりながら、「○○○(4代目の本名)、すげぇ〜っ!」ってエンセンと喜んでました(笑)
    ――でも、修斗ってアンチプロレスのカラーは強かったですよね。
    朝日 それは一部の人たちが変な喧伝をしていたんですよ。あとはそれに尾ひれや、はひれが付いたりと。ボクが良くないと思っていたのは、競技を本当にやってないのに、あたかも競技としてやっているかのように見せるプロレスですね。あとは、プロレスはまったく違う職種ですし、総合格闘技については何も知らないのにも関わらず、こちらの分野について中途半端にモノを言う方々に対しては納得できなかったですね。純然たるプロレスには何の文句もありませんし、失礼ですよね、そんなことを言ったのならば。仕事柄よくラジオを聴いてるんですけども、先日高田延彦さんが出てきて「格闘王」と呼ばれていましたが、こうしたことにはなんらかの違和感を感じることは否めません。高田さんは大変な試合をやられた方ですし、そうしたことに対しては何も言うことはできません。しかし、「格闘王」という称号には、大変失礼かもしれませんが、違和感を感じざるを得ません。
    ――要するに真剣勝負風に見せるプロレスや、やったこともないのにアレコレ言われるのはNGってことですね。
    朝日 例えば、他のスポーツのように競技的勝負論が存在しないのにも関わらず、子供たちに対して、まるで野球やサッカーなどの試合同様の競技的勝負論があるかのように伝えることは良くないことだと思います。
    ――いよいよ今回の本題のひとつですが、1996年に佐山さんが修斗から離れますよね。
    朝日 まだまだ修斗の赤字は大きかったようで、親会社から補填せねばならないお金も大変になってきたと。よって「佐山さんはお金の計算にタッチする立場からは外れるから」というようなことを会社からは説明されたんです。そうした話を聞いていました。要するに、経理の部門が佐山さんから変わるというイメージだったんです。お金の管理を専門の方にやってもらうと。それは佐山さんを切るという話ではなくて。
    ――朝日さんはそういう認識なんですね。この続きと、朝日昇、アンドレ特番、宮戸優光×中井祐樹、レッスルマニア、安田忠夫、RIZINジャッジ対談などの記事がまとめて読める「15万字・19本の記事詰め合わせセット」はコチラ 
     
    http://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar1508124
    この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!