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記事 21件
  • 「新日本プロレスでは何かが起こる」……リアルとファンタジーの虚実皮膜

    2021-02-12 19:39  
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    この記事は「新日本プロレスでは何かが起こる」……リアルとファンタジーの虚実皮膜を語ったDropkickニコ生配信を編集したものです(語り:ジャン斉藤)【1記事から購入できるバックナンバー】アポロ菅原 SWS鈴木みのる戦シュートマッチ全真相1万字インタビュー
    プロレスラー、SNS、リアリティショー……この3つを背負うのは重すぎる■菊地成孔
    【格闘技ブームをつくった男】石井和義館長に訊く「国立競技場の借り方」
    『ゴング』と東スポの元記者が語るプロレスマスコミ黄金時代/小佐野景浩☓寿浦恵一
    ここ最近の新日本プロレスを見ていると、リアリティとファンタジーの境目をなぞるさまは、さすがアントニオ猪木が立ち上げた団体だなって頷くことしきりなんですね。ここ最近というか、じつはここ10年近くずっと感じているんですけど。
    オールドファンは「俺の知っている新日本プロレスは変わってしまった」とか嘆きがちじゃないですか。そりゃあ時代が変わっているのに、ずっと同じままだったら飽きられるだろうし、実際に何度も壊れかけた歴史は新日本にあるんですけど。
    新日本は昭和の時代から、90年代のドームプロレスまでは「何が起こるかわからない」という緊張感にみなぎり、ハプニング性がひとつの売りでした。試合や仕掛けにはアドリブ性が高くて、事前に何も知らされてなかった当時の副社長の坂口征二さんが「人間不信」の張り紙を置いて失踪することもあったり。大まかに言えば、ある意味で予定調和的世界観だったジャイアント馬場さんのプロレスに対するカウンターでもあったわけです。
    ところは90年代のドームプロレス以降は、スタイル的にはアメプロ方面に寄ったことで「新日本プロレスの魅力がなくなった」という酷評をマニア界隈から浴びるわけですが、ただまあG-1クライマックスで誰が優勝するのかを出場選手たちが誰も知らされてなかったり、緊張感が保たれてる環境はあったはずなんですね。

    この続きと、佐藤大輔と煽りV、パンクラス詐欺、浜崎朱加、宮田充、菊地成孔…などの2月更新記事が600円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事17本の詰め合わせセット」はコチラ
     
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  • K-1からKNOCK OUTへ…「K」の職人・宮田充は何を考えているのか

    2021-02-12 19:39  
    140pt
    昨年6月に新生K-1を退職した元K-1プロデューサーの宮田充氏。その後の動向が注目されていたが、昨年9月にREBELSとKNOCK OUTのプロデューサーに就任! KからKへ……キックボクシングという畑を耕し続ける 「K」の職人に13000字インタビュー!(聞き手/ジャン斉藤)【1記事から購入できるバックナンバー】・【前代未聞“超”異種格闘技戦】シバター戦はやってよかったのか? HIROYA1万字インタビュー
    ・皇治ロングインタビュー「どんな結果になっても皇治ワールドになるんですよ」
    ・和田京平&木原文人の「全日本プロレスを知り尽くした男たち」対談!!
    ・内柴正人が出るなら出ません……矢野卓見、QUINTET出場辞退騒動を語る
    ――新型コロナでどの興行も大変ですよね。
    宮田 ホントそうなんですよ。何かいいアイデアがないかな、どっかマネできるようなことはないかなと……他のエンターテインメントやイベントを探ったりしてるんですけど。ボクらは切符を売って超満員にしてお客さんに「面白かった!」って喜んでもらって成立していたんですけど。
    ――UFCがスポーツの中でもコロナを乗り越えているのは、無人島を借りれたりする資本の力ですもんね。
    宮田 あのスケールはマネできないですね。人数制限がある中で「イベントを開催しない」っていう選択肢もありますけど、おかげさまで今年のイベントは良い日程が取れているし、やっぱりジムさんや選手の立場からすれば試合なしは厳しいですよ。ムエタイでもトップ選手が引退するケースが出てきているみたいで。彼らは「職業ムエタイ」だから、試合がなければ無収入になってしまう。
    ――仕事としての格闘技。
    宮田 彼らは、ほぼ毎月試合できていたじゃないですか。ラジャダムナンやルンピニー以外でも郊外でビッグマッチがあったり。でもそこは日本のトップも若手も変わりなく、試合ができなかったらファイトマネーが得られないわけですからね。とにかくいまの状況はイベントに救いがないですね。無観客にしろ人数制限にしろ、たとえばチケットを半分しか販売することができないからファイトマネーを半分にしますって、できないですし。選手がやることは一緒ですからね。
    ――減額はなかなか納得できないですね。
    宮田 ボクらもツイキャスの有料配信をやってますけど、そうそう簡単には……。 一番怖いのは、格闘技を観なくなっちゃうことですよね。「あ、べつに観なくてもいいや」みたいな。
    ――生活習慣が変わってしまってますからね。
    宮田 会場でライブ観戦を楽しむ文化が失なわれてしまう恐怖ですよね。やっぱりお客さんがたくさん観に来てくれるから、選手も運営も張り合いがあるわけで。ちょっと違うけど、暮れのアメ横なんかもそうですよね。 
    ――売り子のダミ声が飛び交う中を練り歩くのが楽しいわけですからね(笑)。
    宮田 昔アメ横でバイトしてたことがありますけど、あの雰囲気だと、なんでも売れちゃいますから(笑)。
    ――アメ横も格闘技も熱狂空間をいかにして作り上げるのか、という。
    宮田 このインタビューが掲載される頃にはどうなってるかわからないですけど、2月28日のREBELSファイナルの後楽園ホール大会がRISEさんとMEGAさんと被ってるじゃないですか。 こっちはずいぶん前から決まっていて、あとからMEGA2021が東京ドームをやるらしいぞと。でも、アメリカ時間に合わせて昼開催だって聞いてたんです。
    ――メイウェザーを筆頭に北米向けのカードでPPVを売ろうって戦略みたいですね。
    宮田 REBELSは17時開場の18時開始だから、MEGAさんと被るのは、まあいいかと思ったんですけど。今度はRISEさんが横浜アリーナでやるという情報が入ってきて。 MEGAさんはMMA 中心になるんでしょうけど、RISEさんは同じ立ち技イベントなので、やっぱり影響ありますよね。前後の土日に空き日があれば日程変更したいなと思って動きましたけどダメでした。同日開催については、よくファンの方から「横の繋がりでなんとかならないのか」って言われますけど、横の繋がりがあっても、なかなか……。
    ――他の土日が空いてるとも限らないですし、他の興行に遠慮して回避することはできないという。
    宮田 繋がりがあるところは連絡を取り合ってるんですけど、それでも被りがちで。それに年間でスケジュールを組んでますから、他と被ってるからズラすというわけにもいかないんですよ。
    ――ひとつズラすと年間日程も狂ってしまう。MEGA2021は延期するという話ですけど(後日延期を正式発表)、規模が大きいところほど外国人の招聘問題で延期せざるをえないというか。
    宮田 1月のK-1さんもそうでしたね。
    ――宮田さんが昨年6月まで在籍されていた K-1は『K’FESTA』が2年連続コロナで大変な目に……。
    宮田 あぁ……去年も大変でしたね。あのときは一般のニュースで報じられたこともあって騒ぎになって……なんか、よく覚えてないんですよ。大変だったことは覚えているんですけど(苦笑)。
    ――ハハハハハハ。コロナの最中、宮田さんがこうやってリスタートするのも凄い話ですね。
    宮田 去年の6月にK-1を辞めて……本当はこの業界から足を洗おうと思ってたんですよね。
    ――あ、そうだったんですか!
    宮田 いま52歳なんですけど、なんか他の仕事やれないかなって。何も先のことを考えずに辞めちゃったので。
    ――何かボンヤリながらも次が決まってたわけじゃないんですね。
    宮田 ズバリ言って、「バイトか!?」って感じの辞め方でしたよ(笑)。
    ――宮田さんは学生時代、全日本プロレスのスタッフ出身で。ある意味で王道イズムのある新生K-1のプロデューサーでもあった宮田さんが、12月の記者会見では、新日本イズムあふれるUインターの1億円トーナメントをオマージュするかのような煽りを仕掛けて。
    Uインターの1億円トーナメントのことは各自調べよう! (C)Def Fellow宮田 たしかに全日本では末端のスタッフとして働いていましたけど、自分自身、馬場さんのイデオロギーってそんなに意識したことないんですよ。そういう記事を高崎(計三)さんが書いてたんでしたっけ。いわゆる「新生K-1は全日本プロレスである」と。
    ――犯人は高崎さんですね(笑)。
    宮田 2013年から始まった新生K-1は代々木第二体育館から始まって、そのうち大会場でビッグマッチがやるようになって、アマチュアもやって……というオーソドックスなやり方で。他団体に対してのスタンスは……馬場・全日本だったかもしれないですけど。
    ――90年代の全日本プロレスは基本的に鎖国主義で。
    宮田  ボクはK-1時代、他団体や他イベントを意識したことがまったくなかったんですよ。REBELSというイベントがあって、KNOCK OUTが始まったってことはもちろん知ってましたけど。山口(元気)代表から、REBELSとKNOCK OUTのプロデューサーのお話をもらってから、選手のことを勉強し始めて。
    ――そのREBELSを封印してKNOCK OUT一本でやっていくかたちになりましたね。
    宮田 それはボクのほうから提案させていただきました。REBELSとKNOCK OUTにはそれぞれ2つのルールがあって。ヒジ打ち有効のREDルールと、ヒジ打ち禁止のBLACKルール。 BLACKはクリンチからのブレークが早めで、RISEさんやK-1さんに近いスタイルですね。で、同じグループに4つのカテゴリーがある、4人のチャンピオンを認定して進んでいく方向は厳しいと思ったんですね。
    ――ああ、なるほど。見る方からすると混乱しかねないですし。
    宮田 あとはズバリ、REBELSという言葉には「反逆者たち」という意味があるんですけど、KNOCK OUTという言葉のほうがわかりやすいかなって。
    ――キックボクシングのイメージがつきやすいですね。
    宮田 KNOCK OUTはブシロードさんから始まって、撤退後に山口代表が引き受けて、という流れがありましたけど、ここからもう一度積み直してもいいんじゃないかと。
    ――それでREBELSというイベントは封印して3月から一本化すると。
    宮田 よく「廃止」って言われますが、あくまでも前向きな形での「封印」です。封印というのは解くためにあるものだとボクは思っているんですけど、REBELSはファイナル大会をちゃんとやる。Uインターって最終大会ありましたよね?
    ――ありましたね。
    宮田 リングスもありましたよね。でも、格闘技って「これが最終回だ」っていうイベントってあまりないですよね。
    ――結果的に「あれが最後だった」というケースがほとんどですね。
    宮田 ボクが長年関わっていた全日本キックは、2009年6月21日の後楽園大会が最後でした。その頃には全日本キックの中でKrushというイベントもやっていたんですけど、あの日のメインは、石川直生が前田尚紀を挑戦者に迎えてスーパーフェザー級のタイトルマッチで、チャンピオンのドロー防衛。最後に坂本龍一の「カクトウギのテーマ」を流して大会は終わったんです。
    ―― ドローといえば「カクトウギのテーマ」ですけど、いまのファンはさっぱりわからないです(笑)。
    宮田 ハハハハハハハ。その翌22日の午前中に全日本キックの代表が逮捕されてしまったという。それで全日本キックは消滅。「ああ、昨日の大会が最終回だったんだ……」となっちゃいました。
    ――全日本キックは「カクトウギのテーマ」で幕を閉じた。
    宮田 そうなんですよ(笑)。クイズにできますよ。「全日本キック最終大会で最後に流れた曲はなに?」って。
    ――正解率1パーセントですよ!(笑)。
    宮田 今回は前向きにREBELSの最終大会をやろうと思ってます。メインイベントの後に『REBELSファイナル記念セレモニー』も行います。あっ、1億円トーナメント的なプロモーションの話ですけど、一応、会見前にはそれぞれの選手の窓口の方に連絡はさせていただきました。
    ――「こういう出場オファーを出させてもらいます」と。
    宮田 実際に出てもらえるかどうかはともかくとして、コミュニケーションを取らせてもらいたいなっていう気持ちがありました。まあ、ご挨拶ですよね。RISEの伊藤さんやTEAM TEPPENの那須川(弘幸)さんともお話をさせていただきましたし。そうやってやり取りさせてもらうことで何か生まれてくることもあるのかなっていう。
    ――あの会見を取っ掛かりにしてるわけですね。
    宮田 ボクの中でタブーはなくなりましたね。 いままでタブーがあったわけじゃないんですけど(笑)。
    ――はい(笑)。タブーというかK-1にはK-1のやり方があってということですね。
    宮田 そうですね。タブーがなくなったというか、タガがハズレたって感じかな。ターザン山本さんが『週刊プロレス』を辞められたときも、そう見えていたし。
    ――突然ターザン! あのオッサンの場合は年がら年中タガが外れてるような気がしますけど(笑)。
    宮田 そういえばターザンカフェが突然なくなりましたよね。
    ――ターザンカフェも強制終了だったので最終回はなかったですね(笑)。
    宮田 ハハハハハハハ。自分も含めて、なんかみんなターザンカフェの存在を忘れてましたよね。読む習慣がなくなっていました。山本さんが全日本キックやKrushの会場によく来てもらってた頃は、 弟子の歌枕(力)さんの誤字や誤記が炸裂していて面白かったんですけど。
    ――「カクトウギのテーマ」より説明が面倒くさい話ですね(笑)。
    宮田 あの頃のターザンカフェは2ちゃんねるとも連動していて盛り上がっていて。
    ――いまでも5ちゃんねるにはターザン山本のスレッドはありますからね。 たぶんターザンウオッチャー以外は追いつけない世界になってるはずですけど(笑)。
    宮田 まだあるんですか!? やっぱりターザン山本さんを見つめ続けることが人生な人たちが、まだたくさんいるってことですね……。まあタガが外れたといっても、イベントの要職に就かせていただいているので、毎日けっこうバタバタしながらやらせてもらっています。まずは2月28日にREBELSファイナルがあって、その次の3月13日のKNOCK OUTの大会まで、どれくらい景色を変えられるかというところがポイントですね。
    ――統合の件もそうですけど、宮田さんはわかりやすく見せていこうという意識が強いですね。
    宮田 わかりやすい方が、気軽に観てもらえるかなあって。そういえば最近は、記者会見が少なくなりましたね。 リリースで済ますこともできるんでしょうけど。 いまは会見やらないところのほうが多いですよね。
    ――新型コロナ抜きにして考えても選手を集めるのがめんどくさいし、あとはご存知だと思いますけど、そんなにマスコミは集まらないですからね。
    宮田 たしかに取り上げてくれるメディアは少なくなってきてますかね。バウトレビューの井原(芳徳)さんも、やつれてしまって……。
    ―― 井原さんは10年前から、あんな感じですよ(笑)。
    宮田 熊久保(英幸)さんも無残なことになってて。
    ―― なんの話ですか。
    宮田 熊久保さんとは同い歳なんですよ。たしか彼は53歳になってたかな。
    ――えっ、ウソですよね? 熊久保さんって60代だと思ってました。
    宮田 失敬なっ!
    ――どちらかといえば、宮田さんのほうが失敬のような……。52歳という年齢でまたイチからイベントを磨くって精神的にも肉体的にもハードですよね。
    宮田 どう思います?
    ――RIZINが始まったとき、笹原(圭一)さんはPRIDEのときのように若さでは突っ走れないとは言っていて。まあそれでもRIZINはけっこう爆走してますけど(笑)。
    宮田  笹原さんは40代でしたっけ?
    ――熊久保さんと同じ53歳です(笑)。
    宮田  失敬ですけど、全然同い歳に見えないですね(笑)。

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  • 【鶴屋浩・次男】MMAスーパーサラブレッド鶴屋怜「流行りだから、やるわけじゃない」

    2021-02-08 18:30  
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    パラエストラ千葉ネットワーク総帥・鶴屋浩氏の次男、高校3年生の鶴屋怜がMMAデビュー! 名門・日体大柏高のレスリング部出身で、幼少の頃からブラジリアン柔術、ボクシングもたしなみ、ごくごくあたりまえのように総合格闘技のトレーニングを積んできたサラブレッドだ。【1記事から購入できるバックナンバー】・扇久保博正、浅倉カンナを生み出したパラエストラ千葉に迫る■鶴屋浩 代表インタビュー
    ・浅倉カンナ“初代女王”インタビュー「MMAとの出会いが人生を救ってくれました……」
    ・天心vs武尊の大きなポイントは「契約体重」です/鈴木秀明

    ・【BIG COMEBACK!!】堀口恭司「海くんもATT来ちゃえば? と思いますけどね」


    ――とんでもない逸材が2月21日のDEEPでMMAデビューするということ大きな反響なんですが、ご本人にも届いてますでしょうか?
    怜 そうですね。思った以上にいろいろな人から応援してもらっているので、これは頑張んないといけないなと(ニッコリ)。
    ――DEEPでのデビュー決定を報じたツイッターの反響も凄かったんですよ。
    怜 最初はそんなに反響があるとは思ってなかったですけど、いい意味でみんなに知ってもらって、これで名前が広がったらいいなと。
    ――反響がプレッシャーになったりしませんか?
    怜 全然プレッシャーはないです。
    ――それはMMAデビュー前ですけども、小さい頃からレスリングをはじめ格闘技漬けだったことで自信があるわけですよね。
    怜 はい(キッパリ)。こんなこと言っていいのかわからないですけど……自分的には相当、自信あります。
    ――気持ちいい!!(笑)。自信があるわけですね。
    怜 そうですね(笑)。
    ――もう経歴からして凄いですけど、レスリングは4歳の頃に始められたとか。【鶴屋怜・経歴】
    レスリング:小学4年、6年全国優勝、高校2年ジュニア五輪2位、世界大会出場、高校3年全国2位、高校1.2.3年団体戦全国優勝
    柔術:小学4年アブダビコンバット世界優勝、柔術全国6回優勝
    MMA:アマMMA6戦6勝

    怜  レスリングは歳とか4歳とかそのへんですね。
    ――そこは自分の意志というよりは、お父さんの影響ですよね。
    怜 最初はお父さんに連れられて……初めのほうは覚えてないです。小さい頃はよくレスリングの試合に出させられてて。でも「試合をしたくない」「練習をしたくない」って逃げたりしてて(笑)。そういうことは覚えてますね。
    ――ハハハハハハハ。自分の意志ではじめてなかったとはいえ、格闘家一家の意識はあったんですか?
    怜 そのときはないですね。イヤイヤながら連れてこられてやらされて、という感じで。
    ――自分の意思で格闘技をやっていきたいと思ったのはいつ頃なんですか?
    怜 総合格闘技をちゃんとやっていきたいと思ったのは中学生2年生ぐらいで。その頃からMMAをやりたいと思ってました。
    ――中学2年生というと、いまから5~6年前。RIZINは始まってないですよね。
    怜 まだ始まってなかったですね。
    ――その頃にあまり注目されてない総合格闘技をやりたいって、やはりこういう環境だからこそですよね。
    怜 自分は正直言ってそんなに頭もよくないし、もう格闘技でやっていくしかないなって(苦笑)。
    ――なるほど(笑)。子供の頃からはレスリングをずっとやってきて優秀な成績を収めていたじゃないですか。そのレスリングでオリンピックを目指そうとは思わなかったですか?
    怜 小さい頃はレスリングしかやってなかったから、とりあえず「目標はオリンピック」と言ってたんですけど。何か気づいたときには総合格闘技やりたいな、みたいな。中学生のときにはMMA のプロの人たちともレスリングをやっていたんです。そのレスリングの練習が終わったら MMAの練習をやるということもあってですね。
    ――それはこのパラエストラ柏で。
    怜 はい。扇久保(博正)さんとかトップの方々と練習しているうちに……将来はMMAファイターになろうと。
    ――レスリングだけじゃなくてボクシングもやってたんですよね。
    怜 やってました。自分はずっとレスリングをやっていたんですけど、レスリングが本当に嫌いで(苦笑)。
    ――ハハハハハハハ。 レスリングの成績はよかったんですよね。
    怜 幼稚園から小学校の頃は全国大会に出ても、ずっと2位だったんですよ。決勝戦でも勝てそうだったのに負けたりとか。 小学4年生のときお父さんに「もしここで優勝したらレスリングをやめさせてくれ」って頼んで。
    ――どんなお願いなんですか! 
    怜 「優勝してレスリングをやめてボクシングをやるから」と。そうしたら初めて全国優勝しちゃったんです。それでレスリングをやめてボクシングを始めて。
    ――もったいないですよ!
    怜 4年くらいボクシングをやってたんですけど、 後半のほうはレスリングに戻ってもいいかな……という感じになっちゃってて。
    ――やっぱりレスリングのほうが向いてるんじゃないかと。
    怜 そうでしたねぇ。ボクシングでも全国ベスト8ぐらいはいったんですけど、レスリングと比べて余裕がなかったというか……。
    ―― 天才少年が飽きちゃって他のものに目移りしちゃうって感じですかね。
    怜 そうなんですかね?(笑)。
    ――レスリングやボクシングだけじゃなくてブラジリアン柔術もやられていたんですよね。
    怜 はい。柔術はやらされていたというよりは、土日のレスリングの練習前に柔術があるというスケジュールで。気がついたらレスリングの前に柔術をやっていたという感じですね。
    ――それは小学生の頃ですか?
    怜 幼稚園の頃からですね。ホントにガチでやっていたというよりは柔術は趣味でやっていたという感じですかね。
    ――根っからの格闘家って感じですねぇ。小学生の頃の練習スケジュールってどんな感じだったんですか? 
    怜 学校から帰ってきたらパラエストラ松戸や柏のどっちかで練習して。土日は午前中に柔術があって、午後はレスリングですね。
    ――同級生は小学生らしい遊びをしてるわけじゃないですか。
    怜 そうですけど、格闘技が日常だったので、あんまり気にならなかったですね。
    ――こういう環境で練習をされることで、総合格闘技はどういうものなのかは理解されていたわけですね。
    怜  小学生の頃は詳しくはわからなかったですけど、 中学生の頃になると、だんだんわかってきて。
    ――その頃のスターは誰だったんですか?
    怜 中学生のときはスターと言うよりは……コナー・マクレガーが好きだったんですけど。凄くカッコいいなと思ってて。
    ――それってフェザー級絶頂期でしたけど、コナー・マクレガー好きの中学生って超珍しいと思いますよ(笑)。 PRIDEはご存知ないんですよね?
    怜 そうですね。見てないですね。
    ――生まれたのは2002年ですもんね。初めて生観戦した総合格闘技の大会は何ですか?
    怜 初めての大会はどれですかねぇ。おそらく初めて会場に行ったのは松根良太さんの試合で。
    ――修斗世界フェザー級(現バンタム級)のチャンピオンだった。
    怜 東京ドームシティホールでやった試合ですね。そこに見に行ったということは覚えてるんですけど。 
    ――高校のレスリングでもいい成績を収めていたので、大学でレスリングという話はあったと思うんですけど。
    怜 本当だったら高校も進まないでMMAをやろうと思ってたんですけど。
    ――えっ、まるで令和の船木誠勝!
    怜 中学生の頃から「夢はUFC チャンピオン」だったので。でも、お父さんがさすがに高校は行かないとダメだろうということで。高校でレスリングを3年間しっかりやってから、MMAをやればいいんじゃないかと。 実際、3年間高校でレスリングをやってよかったですね。
    ――高校でレスリングをやりながらMMAの練習はされていたんですか?
    怜 やってたんですが、高校のレスリングの練習が厳しいんですよ。
    ――インターハイ常連校で団体戦で何度も全国優勝されている日体大柏に通われていたんですよね。
    怜 はい。朝練が朝の6時20分からスタートして、それで午後練もあったりして 1日のスケジュールがめちゃくちゃ厳しかったので。あと日体大までバスで行って大学生とも練習してました。 
    ――日体大のレスリング部といえば日本最強ですよね……。
    怜 そういう環境だったので、なかなかMMAの練習ができないところもあったんですけど、それでも週2にはやってましたね。
    ――それでも週2はやる!(笑)。 めちゃくちゃ疲れてますよね?
    怜  たしかに身体はめちゃくちゃ疲れてます。レスリングはそんなに好きでやってるわけじゃないですけど……MMAのほうは好きでやってるので。MMAは楽しいからやっちゃう!みたいな。
    ――本当にレスリングは好きではないんですね(笑)。
    怜  レスリングは好きではないんですけど、自分にはもうレスリングしかなかったので。
    ――つまり自分の武器ですね。 好き嫌いで、やる・やらないを決めるものではない。
    怜 はい、そうですね。MMAは好きなんですけどね(笑)。練習で疲れてるんですけど、自分が好きでやってることだし。 
    ――ご自分では自分の実力をどう見てるんですか?
    怜 正直言って総合の選手と向かいあったら、誰でもレスリングで倒せる自信はあるんですけど。

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  • カーフキックの世界的猛威! マクレガーよ、おまえもか!?■水垣偉弥

    2021-02-08 18:30  
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    北米MMAを知り尽くした男・水垣偉弥が語るポイエーvsマクレガー!(この記事はニコ生配信されたインタビューを構成したものです)
    【1記事から購入できるバックナンバー】・井上直樹はもっと手がつけられなくなります■水垣偉弥

    ・世界を知る男・水垣偉弥が見た朝倉未来vs斎藤裕


    ・水垣偉弥が見たRIZIN24…ジャッジの難しさ
    ・矢地地祐介の関節蹴りがサトシ・ソウザ爆発のトリガーとなった


    ――水垣さん!今回は水垣さんがUFCファイトパスで解説をされたマクレガーvsポイエーについて聞かせてください。
    水垣 よろしくお願います!
    ――そのUFCファイトパスの実況・解説ですが……なぜか最初は水垣さんひとりで実況・解説をやられてましたよね(笑)。
    水垣 ハハハハハハハ。ちょっといろいろあって……。オンラインで収録してるんですけど、アナウンサーのオンラインが落ちてしまって。
    ――ああ、なるほど。そういうトラブルがあったんですね。
    水垣 今年のUFCファイトパスの日本語解説版1発目だったんですけど。「今年もよろしくお願いします!」の挨拶をボクが言うという(笑)。
    ――何かのドッキリじゃなかったですね(笑)。
    水垣 ある意味でドッキリですよ(笑)。「これを読んでください」っていうアナウンサーの台本が送られてきて、「日本語版 UFC ファイトパスをごらんの皆様……」って緊張感溢れるアナウンサー気分を味わえて。
    ――実況アナウンサーの方は、いつ戻ってこれるかはわからなかったわけですよね?
    水垣 はい、そうですね。だから「早く帰ってきて……」と思いながら喋ってました(笑)。
    ――新年一発目からご苦労さまでした! そのUFCではマクレガーがカーフキックで敗れるという衝撃的な結末でした。水垣さんはどんな試合展開を予想されていたんですか? 
    水垣 ボクはですね、全然マクレガーが勝つだろうなっていう予想で。
    ――これは貧乏神予想(笑)。
    水垣 全然エンジェルじゃないんですね(笑)。ポイエーは前回の敗戦もあるので慎重に立ち上がるけど、彼はパンチはもらうタイプなので。
    ――実際にマクレガーのパンチをけっこうもらってましたね。
    水垣 ポイエーが前に出たところをカウンターで合わされて、3ラウンドくらいにボイエーがやられるのかな……っていう戦前の予想でしたね。
    ――実際に序盤のボクシングではこのままマクレガーがパンチで倒すんじゃないか、という感じでしたね。
    水垣 はい、そうですね。マクレガーのパンチがバカバカ当たってましたし、だいたい予想どおりなのかなと思ったんですけど。ただ、マクレガーのスタイルが変わってたんですよね。 前までは独特の構えだったじゃないですか。足幅が広くて前手が下がってて。今回は普通の……とはいっても格闘技に普通はないんですけども。表現が難しいですけど、より一般的な構えになったのかなって。入場してケージインしてシャドーをしたときから、違和感があって「これは見せシャドーなのかな」と思ったんです。
    ――いままでのマクレガーとは違ったんですね。
    水垣 試合開始しても「なんか違うな……」っていう。いまのところ構えを変えた意図はわからないんですけども。ただ印象としては構えだけ見ると、いままでのマクレガーから、ちょっと普通のファイター寄りになったのかなっていう。それでもやっぱ独特の打ち方とかはいろいろあって、パンチは当たってはいたんですけど。
    ――この試合だけでは判断しづらいということですね。
    水垣 はい。まだボクの中でも落とし込めてないところではあります。
    ――最初はマクレガー優勢でしたが、どのへんから試合がわからなくなりました?
    水垣 ポイエーのカーフキックをカットするような仕草を見せてましたし、何回か足は流れてましたけど、あんなにガラッと展開が変わると思ってなかったです。ボクの中では「いきなり」です。足が効いていたとしても、「そこまで一気に変わるの?」みたいな感じでしたね。
    ――カーフが効いていたのはわかるけど。
    水垣 ちょっとまだボク自身もカーフに対した過小評価だったというか……「あ、こんななっちゃうんだ」みたいなところがあって。
    ――新型コロナじゃないですけど、重症化する人と無症状で終わっちゃう人がいるようなもんなんですかね。
    水垣  KOされるちょっと前、マクレガーの足は流れてましたけど、反応はしてたし。試合を見直すと、何回か足は流れてるんですけど、そこまでなのかなあ、と。たしかに嫌がってるなって感じだったんですけど、まだ平気だろうっていうのがボクの中ではありましたね。
    ――大晦日に堀口(恭司)選手のカーフキックが話題になって、「いやいや、対策はできてますよ」と言う人もいましたけど。今回のポイエーのカーフを見ても、対策はちょっとやそっとでは難しいようにも見えてきました。
    水垣 SNSでカーフが大盛りあがりだったじゃないですか。「昔からある技術だよ」っていう声もありましたけど、ここまで一気に効かせたりり、有効的に使ってる選手って少なかったと思うんです。その中でですね、やっぱり同じチーム(アメリカン・トップチーム)から大舞台で2人が同じようなことをやるっていうのは、カーフを教えてる人が何かコツを持っていて、しっかり選手に伝えられているのかなって。
    ――カーフはもともと有効でしたけど、さらにブラッシュアップされているというか。
    水垣 ATTでカーフを教えてるコーチは誰のかよく知らないですけど、その人間がスゲエなって(笑)。他のチームも研究しても使えるようになるのかもしれませんけど、チームとして一歩先に行ったような感じですかね。
    ――そもそも並のファイターであれば、カーフを効かせる前にマクレガーのパンチで沈んでしまう可能性もある。
    水垣 ポイエーは殴られても、顔にそこまで出さなかったですね。2ラウンドに一気に攻めたのは、自分の判断なのかわからないですけど、あのフィニッシュですからね。畳み掛ける力は元から持ってる凄さなんですけど。
    ――カーフはハメ技、裏技みたくなっちゃったじゃないですか。仮に水垣さんがマクレガーのセコンドだったとして再戦をやるとなったらどうしますか?
    水垣 今回もカットの動きを見せてたので、そのカットの仕方をちょっと研究して対策することプラス、これはまだ全然想像でボクの頭の中でまだまとまってはいないんですが、今後のMMAはスイッチやステップがこれからもっと重要になってくるのかなって感じがしますね。
    ――たとえばサウスポーvsオーソなら前足は蹴りづらくなりますね。
    水垣 カーフを打ってくるような選手であれば、スイッチして前足をうまく変える。そうすると相手もスイッチしてきたりとか……MMAはそうやって進化していくものだと思うんですけど、ATTが一歩、先に行ってるのかなと。
    ――マクレガーの敗戦で技術解析が一気に進みそうですね。
    水垣 こないだ解説の資料を作るためにUFCの映像を見てて、11月にUFCフライ級王者のデイブソン・フィゲイレードに挑戦したアレックス・ペレスっていたじゃないですか。彼はその前の試合で、ATTのフォルミーガをカーフでKOしてるんですよね。そこからATTに火がついちゃったのかなって考えちゃったんです。
    ――超未確認情報ですけど、たしか堀口選手はATTの練習中にフォルミーガにカーフを蹴られたようですね。時期とか不明なのでボンヤリしてるんですけど(笑)。
    水垣 ボクも何も裏は取れてないんですけど、一人で発見してニヤニヤしてたという(笑)。去年の6月にフォルミーガがアレックス・ペレスでカーフでKO負けしたところから、物語が始まったんじゃないかって勝手に思ってるんですけど。だもしそういう流れだったら面白いなっていう。このセンセーショナルを起こしたきかっけがフォルミーガだったら、往年の修斗ファンにはたまらないですね。
    ――では、「フォルミーガキック」って名づけましょう(笑)。 カーフキックはこれでまた注目を浴びるので、対策は進むかもしれませんね。水垣  ちゃんと対策をしていかないとマズイかなーって思ってますね。カーフキックを蹴ってきた相手のスネを破壊するようなカットの仕方が生まれたらヤバいですよね。ちょっと中2病的なところはありますけども(笑)。

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  • プロレスの青春! 新日本プロレス学校の最後を見届けた男■渡辺宏志

    2021-02-05 18:30  
    130pt
    クラシックなファイトスタイルで己の道を突き進むHEAT-UP所属のプロレスラー、渡辺宏志インタビュー。新日本プロレス学校出身レスラーが明かす山本小鉄の思い出とは?【1記事から100円から購入できるバックナンバー】

    俺と剛竜馬とパイオニア戦志12000字■松崎和彦インタビュー【グンマーの謎】北関東プロレス界隈の首領・島田宏インタビュー
    高杉正彦インタビュー〜剛竜馬とウルトラセブンに愛をこめて〜上田勝次 FMWを支えたキックボクサー「アイツが死んで以来、ヒジは使ってないよ…」 

    ――渡辺さんが新日本プロレス学校に通われてたのはいつ頃なんですか?
    渡辺 通い出したのは90年5月から、閉鎖される91年の9月末日までですから1年と4ヵ月ほどですね。
    ――プロレス学校の最後を見届けたわけですね。
    渡辺  まあ、そうなりますね。校長だった山本小鉄さんの健康状態がよろしくなかったのが閉鎖の理由でした。山本さんがいなくなると、管理する人がいなくなるということで。
    ―― 9月に閉鎖って学校としては中途半端な時期ですよね。通達はいつぐらいにあったんですか?
    渡辺 8月の末くらいには、もう。
    ――最後のほうは会員さんはどれくらいいたんですか?
    渡辺 ボクが知るかぎりは20人ぐらいいたと思います。
    ――一緒に通われていたのは、どなたになるんですか?
    渡辺 先輩にあたるんですが、中島半蔵さんがインストラクターというかたちでいらっしゃいましたね。あとは金原弘光さん、池田大輔さん、臼田勝美さん、SWSに入団した中原敏之さんですね。サスケさんとは時期が被ってはなかったんです。
    ――サスケさんはデビュー後も新日本の道場に遊びに来られてたんですよね?
    渡辺  一度だけお会いしたことはありますね。ユニバーサルプロレスでデビューされて「MASAみちのく」のリングネームで話題になった頃ですね。新日本プロレス学校を足がかりに、いろんな団体にアプローチをして、入団をはたした先輩方はけっこういました。
    ――渡辺さんも新日本プロレスのテストは受けられたんですよね?
    渡辺 はい。90年の暮れにテストを受けて、メニューはすべてクリアしたんですけど、身長のほうが……。
    ――当時は180センチ以上が必須の時代だったりしましたねぇ。どのようなペースで学校には通っていたんですか?
    渡辺 当時のボクは16時まで働いてまして。仕事先が横浜駅の西口だったものですから、仕事が終わったらすぐに東横線に飛び乗って、自由が丘で乗り換えて。道場に着くのがだいたい17時ちょっと過ぎで。練習は20時までなんですが、毎週月曜日に山本小鉄さんが指導にいらしてくれて。 お忙しい方でしたので来られないときもあったんですが、ボクたちの指導をしてくださりました。
    ――他のレスラーと道場で遭遇する機会もあったんですよね?
    渡辺 シリーズオフになると皆さん自分の都合のいい時間帯に道場にいらっしゃって練習するので、主力の選手の方はけっこうをお見かけしました。選手の方がウエイトトレーニングをやるときに「ちょっと補助してくれる?」と声をかけられることもたまにありました。とくに闘魂三銃士(武藤敬司、橋本真也、蝶野正洋)のお三方はすごくフランクに接してくださいましたね。 
    ――一緒に通われていて新日本のテストに合格した方はいたんですか?
    渡辺 ボクが受けた90年の暮れのテストで何人か合格したんですけど……すぐに新日本をやめられてしまいまして。 
    ――池田さんもケガでやめられちゃいましたけど、藤原組でデビューしましたね。
    渡辺 池田さんは故郷の熊本に帰られたと聞いて、これからどうするんだろうと思っていたら、やめられて3年後に藤原組でデビューしまして。
    ――やっぱり新弟子は過酷という……。
    渡辺 よく言えば規律が厳しい世界ですね、悪くいえば……まあ、これはやめておきましょう(笑)。
    ――ハハハハハハ。当時の道場の主といえば、橋本さんで。
    渡辺 橋本さんにはちょっと思い出がありまして。練習終了の時間になって ボクらが道場から退出するじゃないですか。入れ違いで橋本さんが道場に来られて練習を始めたんです。で、一緒に帰った人が「道場にウエイトのストラップを忘れた」と言うんですけど、道場に橋本さんがいるということで戻るのをためらってるんですよね。だったらボクが取りに行くということで道場に戻ってドアを開けようとしたら道場に鍵がかかってまして。中から「誰だ!?」って凄い剣幕で橋本さんの怒鳴り声が響いてきたんです。ボクが「プロレス学校の生徒なんですけど、忘れ物を取りに来ました」と伝えたら、一転して橋本さんは穏やかな声で「忘れ物?どうぞどうぞ」と入れてもらって。ストラップを見つけたら「そのストラップ、さっき使っちゃったんだよね」って笑いながら言ってくれて。
    ――優しく対応してくれたんですね。
    渡辺 あと道場って日曜日はお昼から18時ぐらいまで開放されてたんです。ある日、日曜日の昼から練習をしていたら、そこに居合わせた橋本さんにおつかいを頼まれたんです。「タバコを買ってきてくれないですか」と。橋本さんからは5000円札を預かったんですけど、道場に帰って品物とお釣りを渡そうとするじゃないですか。橋本さんはお釣りを受け取ろうとしないんですよね。
    ――大物レスラー仕草じゃないですけど(笑)。
    渡辺  「橋本さん、それは困ります」って返そうとしたんですけど、橋本さんは「忙しいところ用事を頼んじゃったからさ、お茶でも飲んで帰ってよ」って橋本さんは問答無用で道場から出て行ってしまって(笑)。
    ――破壊王らしいですね(笑)。
    渡辺 あと覚えてるのは、関西のテレビ番組の収録が道場であったんです。 そのとき吉本興業の清水圭さんがいらして、金本浩二さんと一緒にボクも番組に出演したことがありました。番組のマスコットキャラクターでコンちゃんというウサギの着ぐるみが出てたんですけど。その収録の際に着ぐるみを着ていたのは金本さんの妹さんだったんです。
    ――えっ、どういうことですか? 
    渡辺 番組からは「絶対に金本選手本人には言わないでくれ」って釘を刺されまして。妹さんが「大阪から上京したお兄さんがどんな風に生活しているのかをそれとなく見たい」という希望がありまして。それで収録のときに着ぐるみの中に入ってるということだったんですね。
    ――その企画は、金本さんの東京の生活の様子を探るものだったんですか?
    渡辺 というわけではなかったですね。そういう番組に妹さんが関わったという感じで。企画自体はコンちゃんとあっち向いてホイの勝負をするというもので。金本さんとボクともう1人のプロレス学校の生徒があっち向いてホイをやると。そのコーナーが終わったあとのおまけの撮影で「コンちゃん、ちょっと金本選手に攻撃してみて」という指示があって。 見よう見まねで空手チョップをやったりするんですよ。逆に金本選手が着ぐるみの頭をポンと叩いたりとか。そうしたらコンちゃんが鳴きマネをしながら逃げようとしたら、金本選手が「なんか女の子っぽいですね」みたいなことを言って、スタッフは皆慌ててましたけどね(笑)。 
    ――それで最後に種明かしをすると。
    渡辺 いや、それもなかったですね。
    ――ないんですか(笑)。
    渡辺 少なくともボクがいる場では種明かしはなかったですね。もしかしたら番組で種明かしされたのかもしれないんですけど、関西ローカルの放送だったのでボクらでは見ることはできなかったんですよね。
    ……という話でしたけど、じつはこの番組は『探偵ナイトスクープ』だったことが判明。企画自体も金本選手の妹さんがお兄さんの様子を伺いに東京までやってくるというもので、着ぐるみはウサギではなくコアラ! 番組収録から数ヵ月に開催された新日本プロレスの大阪大会で金本選手には種明かしがされたようです。時間をかけたドッキリだったので渡辺選手には説明が行き届いてなかったのかもしれません……。
    ――山本小鉄さんの教えで印象に残ってるものはありますか?
    渡辺 やっぱり受け身、ロープワーク、スパーリングですね。 山本さんの指導はそこが中心だったんですけど。山本さんが来られる前、有志でスパーリングをしていたら、途中で山本さんが道場に入ってこられて嬉しそうにボクたちを見てるんですよね。その日、山本さんは終始上機嫌だったことを覚えてます。やっぱり山本さんはスパーリングが好きですからね。
    ――弟子たちが自主的にスパーしてるのが嬉しかったんでしょうね。

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  • 平本蓮のアメリカ修行先5つの候補はこれだ!!■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク

    2021-02-05 18:30  
    150pt
    多くのMMAファイターをマネジメントするシュウ・ヒラタ氏が北米MMAシーンを縦横無尽に語りまくるコーナー。今回のテーマは平本蓮のアメリカ修行先5つの候補はこれだ!!です!!(この記事はニコ生配信されたものを編集したものです)【1記事100円から購入できる過去記事】・クレベル・コイケのことが大好きになれる記事■Dropkick柔術部・橋本欽也


    ・【大晦日その後】憂流迦vs朝倉未来? 井上直樹vsセルジオ・ペティス!?
    ・朝倉海vs堀口恭司……ジャパニーズMMAと献身
    ・【必読】笹原圭一広報「RIZINの判定基準について説明いたします」
    ――シュウさんがマネジメントしている平本選手を取り巻く状況はどういう感じなんでしょう?
    シュウ 順序正しく説明しますと、まず平本くんが海外に練習に行くという話が注目されていますが、アメリカに3ヵ月以上行くんだったらビザが必要になるんですね。それにコロナ禍で渡航が限られてくる中、実際問題アメリカに行くのは少し先になると思われるので、そのあいだ、ちゃんと日本で基礎づくりをやらないといけないと考えているところです。その一方で、じゃあアメリカで練習するのはどのチームがいいのか。ボクは5つ候補を挙げて、いい点、そうでない点、彼に説明して考えている最中なんですよね。
    ――絶賛選考中なんですね。
    シュウ まあ、こっちで「ここがいい」と決めても、そのチームと交渉して条件を詰めないといけないので、合意に達さない場合もあるんですけど。
    ――受け入れ先としても何か条件があるということですか?
    シュウ 場所によってはありますよ。簡単に言ってしまえば、たとえばファイターズハウスが満員だから新しい人は入れられないとか。
    ――ああ、そういう物理的な理由も含めて。
    シュウ まあ、堀口恭司選手が朝倉海選手に勝っちゃったことによって、皆さん「アメリカに行かなくちゃダメだ!」という雰囲気になってますけど、そんなに簡単にアメリカに行けるわけじゃないし、行ったとしても強くなれるわけじゃないんですよ。お金もかかりますしね。なので、いまから言うことは、ボクが平本選手に説明したことと同じ内容です。これを聞いたら、皆さん「なるほど」と納得していただけるのではないかと。まず、一番はじめに気にしなくちゃいけないのは、コーチとの相性です。
    ――ああ、毎日練習するわけですし、参謀になるわけですから相性は大事ですね。
    シュウ コーチがどれだけモチベーションを持って選手を見てくれるか。コーチだって人間だから、やっぱり平本くんとなんとなく共通するものがあるコーチのほうがいいと、ボクは思うんですよ。そうすると、たとえばキックボクシングをやったことがあるコーチ、またはK-1に出ていたコーチなんかだったら特別な関係性が生まれてくると思うんですよね。もともとアデサニヤ(UFCミドル級王者)のところに行かせようと思っていたのは、あそこのコーチはK-1に出たことあるからなんです。K-1ヨーロッパ大会ですけどね。
    ――つまり、アデサニヤが目当てではなく、アデサニヤのコーチに教わることがいいんじゃないか、と。
    シュウ だって、スパーリングパートナーとしてアデサニヤはデカすぎますよ(笑)。もちろん一緒にいて学べることはたくさんありますけどね。練習に対する姿勢とか生活態度とか、やっぱり世界チャンピオンから学べることはたくさんありますから。それにあそこのチームにはフェザーのチャンピオンのヴォルカノフスキーやこの前チャンドラーに負けちゃいましたけどフッカーもいますから、階級的にも合う選手もたくさんいますし。でも、まずはやっぱりコーチだと思うんです。ストライカーを現代MMAファイターに変えていくのがうまいコーチ。これもやっぱり条件だと思うんですよ。ポイントは、平本くんをどういうファイターに育てるか、その完成形をイメージできるコーチで、それに導けるコーチですよね。
    ――コーチがどういうビジョンを持って選手を育てるかが重要ということですね。
    シュウ 絶対的に平本くんが目指さなくちゃいけないのは「倒されないストライカー」ですよ。倒されたら負けと思うぐらいの気持ちでやらないといけないですから。そうするとレスリングとMMAスクランブルをしっかり強化できる環境がいい。これプラス、練習相手のタイプ、スタイル、バリエーション、たとえばフィジカルおばけ、突進型タイプ、レスリング系とか、階級が近くてバラエティに富んだ選手がいっぱいいると練習が充実しますよね。
    ――選手が充実していると、いろんな練習ができそうです。
    シュウ そして、やっぱりお金がかかりますから、比較的住居にかかるお金が安いところに行ったほうがいいですよね。田舎で、練習以外に何もすることがないようなところに行けば、さらに集中できるとボクは思ってます。
    ――アメリカ行きってそこがポイントだったりしますね。
    シュウ で、皆さん意外に気づいてないと思うんですけど、「メガジム、メガジム」と言っても、ATTやAKAの選手だってほかのジムに出稽古に行ったりするんですよ。つまり、大切なのがそのメガジムの周りにどれだけMMAのジムがあるか。そのネットワークの協力体制がどれだけできているか。これが意外と重要なのは、対戦相手によってそのネットワーク内から練習相手やコーチを派遣してもらえる可能性が増えますから。
    ――はー、そこまで考えなきゃいけないんですね。ちなみに、アメリカ修行というのはだいたいどれくらいの予算を見込めばいいんですか?
    シュウ たとえば、ちゃんとビザを取るとなると、一番いいのはとれば5年ぐらい有効で、アメリカで自由に仕事ができるO-1ビザを取るなんですけど、申請料や弁護士費用を考えると60万円ぐらいかかります。
    ――そ、そんなに!
    シュウ なので、一番いいのはお試しでまず3ヵ月ぐらい行ってみることなんです。だってコーチと相性がいいかどうかわからないし、生活環境も自分に合うかわからないじゃないですか。それにコーチが平本選手を気に入ってくれるか!?というのもありますから。
    ――たしか堀口選手も最初はお試しでATTに行ってから……という話でしたね。
    シュウ 整理すると、コーチ重視、練習相手重視、環境重視、それにかかる費用をいろいろ考えなければいけない。それを考慮して、ボクが候補として挙げるまず一つ目は、コロラド州にあるエレベーション・ファイトチームです。ジャスティン・ゲイジー、コーリー・サンドヘイゲン、ニール・マグニー、ドリュー・ドーバー、ヘビーでもアリスター・オーフレイムとか、カーティス・ブレイズとかがいるところですけども。
    ――錚々たるメンツですね!
    シュウ そこはグラップリングコーチが2人、ブラジリアン柔術コーチが1人、レスリングコーチが1人、打撃コーチが3人いるんです。で、なぜボクがここを推すかというと、キーパーソンはトレバー・ウィッドマンというコーチなんです。
    ――それはどういう方なんですか?
    シュウ トレバー・ウィッドマンはUFCの技術解説をしている方なんですけど、元ボクサーで、いまは格闘技用具のメーカーとかも経営していて。本当に気に入った選手しか見てくれないコーチなんです。たとえば、彼が見ているのはゲイジー、カマル・ウスマン、ローズ・ナマユナス、スティーペ・ミオシッチ、マグニー、昔のGSP、ここらへん全部彼が見ているんですよ。「MMAの試合でもジャブが試合を導き、ジャブが判定をもぎ取る」という名言をUFCの生中継で語って、とても話題になったコーチです。――あ、思い出しました!シュウ これ、余談ですけど、インヴィクタFCの現場で、小さいミットを持ってくるのをトレバーが忘れちゃって、ローズ(・ナマユナス)とアップするときになって困ってたんで、魅津希ちゃんが貸してあげたんですよ。「覚えてる?」と本人に聞いても全く覚えてないんですが(笑)。彼女が18歳のときです。あのときローズは、まだプロ3戦目で、魅津希ちゃんより下の位置での試合だったんですよね。月日の流れを感じます。
    ――話を聞くかぎり名伯楽なんですね。
    シュウ だから、ボクは彼を口説けるんだったらコロラドかな、と。ただ、口説けるかはわからない(笑)。
    ――そうやってコーチのことまで調べて考えているんですね。
    シュウ そうしないと、選手って求めるものが全員違いますもん。ボクが井上直樹選手をセラ・ロンゴ・ファイトチームに選んだのは、やっぱりMMAレスリングやスクランブルを強化しないといけないと思ったからですし。それに、アルジャメインやメラブ・ドバシビリがいるところなんて、最高じゃないですか。
    ――いや、おそれいります! では2つ目の候補をお願いします。
    シュウ 2つ目の候補は、日本のファンもよく知っていデューク・ルーファスがいる、ウェスコンシン州のルーファス・スポーツです。有名なペティス兄弟やポール・フェルダーもここの所属ですね。
    ――ここを選んだ意図というのは?
    シュウ これね、デューク・ルーファスはK-1 USAに出てますし、お兄さんのリック・ルーファスはK-1東京ドームでフランシスコ・フィリオと戦っているということで、ガチガチのストライカーをMMAに適応させるジムなんです。レベルはそれぞれですが、UFCファイターが12~13人ぐらい、ベラトールファイターも12~13人ぐらいで、ATTみたいに50~60人もいるわけじゃなく、中規模のファミリータイプのジムなので選手も入りやすいんですよ。
    ――その規模でファミリータイプなんですか! しかし、話を聞いているとボクが行きたくなりました(笑)。

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  • プロレス格闘技界運命の1991年■斎藤文彦INTERVIEWS

    2021-02-02 18:00  
    140pt

    80年代からコラムやインタビューなどを通して、アメリカのプロレスの風景を伝えてきてくれたフミ・サイトーことコラムニスト斎藤文彦氏の連載「斎藤文彦INTERVIEWS」。マット界が誇るスーパースターや名勝負、事件の背景を探ることで、プロレスの見方を深めていきます! 今回のテーマはプロレス格闘技界運命の1991年です!

    Dropkick「斎藤文彦INTERVIEWS」バックナンバー
    ■ビンスの黒衣、猪木の親友パット・パターソン

    ■晩年のロード・ウォリアーズ
    ■ロード・ウォリアーズの衝撃

    ■日本発世界…コロナ禍の近未来ビジネスモデル

    ■追悼! 佐山タイガー最大の難敵・初代ブラックタイガー

    ■WWEが体現する「ウイズ・コロナ」 の時代のプロレス■全女消滅後の女子プロレス新世界

    ■木村花さんはドウェイン・ジョンソンのようなスーパースターになるはずだった■無観客レッスルマニアが生み出した“異常な2試合”

    ■女子プロレスの景色を変えた女帝・ブル中野■マッハ文朱が女子プロレスというジャンルを変えた■棚橋弘至vsクリス・ジェリコから見る新日本・AEW提携の可能性

    ■エンド・オブ・デケイド――プロレス界の2010年代■新日本プロレスの“ケニー・オメガ入国妨害事件”という陰謀論■WWEvsAEW「水曜日テレビ戦争」の見方■WWEペイジの伝記的映画『ファイティング・ファミリー』■AEWチャンピオンベルト盗難事件■「ミスター・プロレス」ハーリー・レイスの偉大さを知ろう■ウルティモ・ドラゴンの偉大なる功績を再検証する■ネット社会に出現したニュータイプAEW、その可能性■都市伝説的試合映像ブレット・ハートvsトム・マギー、ついに発掘される ■レッスルマニアウィーク現地取材レポート■平成という「アントニオ猪木が去った時代」■アメリカの新団体AEWは脅威になりえるか■それでもケニー・オメガは新日本プロレスに残るか■【追悼・爆弾小僧】すべてはダイナマイト・キッドから始まった
    ■プロレス史上最大の裏切り「モントリオール事件」



    ■なぜ、どうして――? クリス・ベンワーの栄光と最期


    ■“怪物脳”に覚醒したケニー・オメガ■怪物デイブ・メルツァーと『レスリング・オブザーバー』■新日本プロレスのMSG侵攻は「WWE一強独裁」に何をもたらすのか■怪物ブロック・レスナーを通して見えてくる「プロレスの作り方」■追悼・マサ斎藤さん……献杯はカクテル「SAITO」で■皇帝戦士ビッグバン・ベイダーよ、永遠に■ジャイアント馬場夫人と親友サンマルチノ、2人の死――■ベルトに届かず…されど「世界に届いた中邑真輔」のレッスルマニアを語ろう ■ステファニー・マクマホン、幻想と現実の境界線がない生活■ロンダ旋風、中邑&ASUKAダブル優勝!! ロイヤルランブル1万字総括■アメリカンドリーム、ゴールダスト、コーディ……ローデス親子それぞれの物語■ジェリコvsケニー実現で考える「アメリカから見たプロレスの国ニッポン」■旭日双光章受賞!! 白覆面の魔王ザ・デストロイヤー■みんなが愛した美人マネージャー、エリザベス!■職業は世界チャンピオン! リック・フレアー!!■怪死、自殺、大事故……呪われた鉄の爪エリック一家の悲劇■ミスターTからメイウェザーまで! WWEをメジャー化させたセレブリティマッチ
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    ■超獣ブルーザー・ブロディ

    ■「プロレスの神様」カール・ゴッチの生涯……
    ■『週刊プロレス』と第1次UWF〜ジャーナリズム精神の誕生〜




    ■伝説のプロレス番組『ギブUPまで待てない!!』 
    ■SWSの興亡と全日本再生、キャピトル東急『オリガミ』の集い
    ■「現場監督」長州力と取材拒否■ジェイク“ザ・スネーク”ロバーツ…ヘビに人生を飲み込まれなかった男■追悼ジミー・スヌーカ……スーパーフライの栄光と殺人疑惑■ドナルド・トランプを“怪物”にしたのはビンス・マクマホンなのか
    フミ 今回は1991年のプロレス界のお話をしたいと思います。1991年というと、いまからちょうど30年前のことになりますが、自分が20代30代の頃はそんな大昔のことなんて……って思いましたけど、歳を取ったオジサンになると、まるで昨日のことのようにおぼえているんですね。
    ――1991年はいろんな出来事があった年ですね。
    フミ 1991年の歴史をおさらいしておくと、それからのプロレスのことが凄くよくわかるんです。まず1991年の1月に大事件が起きます。大ブームを巻き起こした新生UWFが活動期間3年足らずで活動停止。一致団結して新たに動き出すはずだった選手たちがバラバラになったのは1991年の1月でした。新生UWFには前田日明、髙田延彦、山崎一夫、藤原喜明らがいて、一番下の後輩として船木誠勝と鈴木みのるがいた。いま一生懸命プロレスの歴史を戻って勉強している人たちにとっては「そんな豪華なメンバーが揃っている団体があったんですか?」という驚きがあると思うんです。
    ――ひとつの団体にみんなが収まっているのがおかしいくらいのメンツですね。
    フミ それぞれにその後の時代のキーパーソンになっていく人たちが新生UWFには集まっていたんです。その“第3次”UWFは前田日明の自宅で行なわれた会議で基本的構想がまとまらず、前田さんが突如解散宣言をしてしまった。前年90年12月1日長野の松本大会が結果的にUWFの最終興行になってしまいましたが、あのときは選手全員がリングに上がってバンザイ三唱をして記念撮影までしたのに、翌91年1月には謎の解散宣言をしてしまう。本当にショッキングな事件だったんですよ。
    ――新生UWFは選手と経営陣の対立から活動停止をして、いわゆる「第3次UWF」に向けて発進する……と思われた矢先の解散劇でしたね。
    フミ そんなに大所帯でもなかったUWFが三派に分かれることも驚きでした。
    ――前田日明、髙田延彦、山崎一夫、宮戸優光、中野龍夫、安生洋二、船木誠勝、鈴木みのる、田村潔司、冨宅祐輔、垣原賢人の11人。ほかに新弟子も数人いましたが……。
    フミ まず動いたのは髙田延彦、山崎一夫、宮戸優光、安生洋二、中野龍雄、田村潔司、垣原賢人のUWFインターナショナルです。藤原組長はすぐにプロフェッショナルレスリング藤原組と名称を改称しまが、 まずUWF藤原組として船木と鈴木みのる、冨宅の4人で出発。たったひとりになってしまった前田さんはリングスを旗揚げしますが、いま振り返ると、こういう3派になるだろうなっていうメンバーに分かれるんです。藤原組に合流した船木や鈴木みのるは翌々年には、また独立してパンクラスを立ち上げることになります。一方UWFでは目指していたものは同じはずなのに、たったひとりになってしまった前田さんは3派の中ではやや遅れて5月にリングスを旗揚げしますが、そこにクリス・ドールマン、ディックフライを中心としたオランダ軍団が協力しました。
    ――ロシアからも未知の強豪とも言えるアスリートたちが参加しましたね。
    フミ ヴォルク・ハンをリーダーとしたロシア軍団。プロレスというジャンルがアメリカから来たものであるならば、リングスにはアメリカ人がほとんどいなかったし、MMAという言葉がなかった時代にそういう戦いをやろうとしていた。「総合格闘技」という言葉さえ定着していない時代。前田さんは最初は「フリーファイト」なんて呼んでましたね。ボクらの中のイメージとしては、前田さんは片足をプロレスにかけていて、もう片足は総合格闘技にかけてリングスを始めたんです。前田さんは数々の名コピーを生んでいくわけですよ。「ボクたちのやりたいことは残念ながらプロレスでありません」とか。 
    ――前田さんは「リングスは格闘技である」というイメージづくりがうまかったですね。
    フミ 前田さんはひとりぼっちだったことが魅力的でした。つまりそれまでのプロレスを引きずるしがらみがないから、オランダ人vsロシア人の格闘家同士を戦わせることができる。K-1発足前の正道会館から参戦した佐竹雅昭と角田信朗の2人がプロ格闘家として空手着を脱いでデビューしたのもリングスでした。当時は佐竹さんがスーパースターになると思っていたのに、結果的にタレントとして有名になったのは角田さんのほうだったという予想できなかった流れもありました。
    ――リングスの世界はプロレスでありながら、それまでのプロレスの文脈にはない戦いでしたね。
    フミ 言葉が通じない人たちをリングに上げて統一ルールで戦わせる。いまはジョージアと呼びますが、当時のグルジアからも選手がやってきたり、リトアニア、ウクライナなどボクたちがあまりよく知らない旧共産圏の国々からどんどん選手が集めてゴージャスな世界を作ったんです。 ボクら世代のプロレスファンからすれば、前田日明はヒーロー。あれこそが『空手バカ一代』的な世界観というか。そして U インターのほうは、前田さんがいた場合はナンバー2だった髙田延彦がナンバーワンとなって、Uインターにおいて髙田延彦の全盛期が始まります。Uインターは古典的なプロレスを目指したというか、 プロデューサー的立場だった宮戸優光が自分の子供の頃に憧れたアントニオ猪木の世界感に近いものを作っていきます。ビル・ロビンソンやダニー・ホッジさんを立会人として呼んだり、ルー・テーズさんが所有するベルトをもらって「プロレスリング世界ヘビー級選手権」というタイトルを作ったり。
    ――Uインターはプロレス回帰路線ですね。それでいて髙田延彦vs北尾光司というプロレスから逸脱した戦いがあったり。
    フミ 藤原組はカール・ゴッチさんを最高顧問として迎え入れて、ゴッチさんのカラーを色濃くしていきます。ゴッチさんと関係の深いマレンコ道場から選手を呼んだり、日本の道場にはケン・シャムロックが長期滞在した。リングスとUインター、藤原組は同じUWFから派生した団体ながら、きっちり色分けできる世界になっていたんです。U系の分裂がなければパンクラスも生まれていないし、その後の世界の総合格闘技の流れも変わっていたかもしれない。
    ――業界関係者の立場からすると、UWFは分裂すると思いました?
    フミ  当初は新生UWFのフロントと衝突した前田さんを中心として UWFの新団体を作るという流れでした。つまり法人が改められるということですよね。ところが前田さんの自宅で行なわれた選手全員参加のミーティングで突然解散となってしまった。その会議の場で何が起きたのかを探る研究本はたくさん出てますよね。
    ―― UWF最大のミステリーですよね。ただ、前田さんって最近の YouTube を見ればわかるように都市伝説や陰謀論が大好きじゃないですか。あの解散劇はじつは仕組まれたものだったという振り返る証言は、そういうものの見方だからなのかって妙に腑に落ちるんですが……当時はマスコミにどういう感じで情報が入ってきたのかなと。
    フミ 「解散したらしい」という情報は入ってきました。でも、緘口令が敷かれていたわけじゃないんでしょうが、誰も真相はわからなかったんです。いまでも「これが真相だ」という話は出てくるんですけど、当時高田延彦さんは素の状態でハッとするコメントを残してるんです。「解散の理由はなんですか?っていろんなマスコミから必ず聞かれるんだけど、聞いた人にとっては、『えっ、そんなこと?』と聞こえてしまうくらいのものなのかもしれない。第三者からすれば些細なことかもしれないけど、当人たちにとっては譲れないところが譲れなくなったからそうなったんです」と。
    ――実際そうなんでしょうね。何か決定的な理由があったわけじゃなくて。
    フミ 高田さんは正直な人だなあと思いました。たしかに選手同士が衝突したんでしょうけど、そのやり取りを文字に起こしたときに「これじゃ解散は仕方ない」と納得するような激しいやり取りがあったわけじゃなくて「そんな話なの?」ということだった。当時の髙田さんは「その経緯をきれいにお伝えする自信はない」とも言ってました。
    ――決定的な事情が見えずらいからこそ、いろいろと語られがちになるという。
    フミ それぞれがそれぞれのポジションでのコメントしかできないですからね。会議を仕切った前田さんは反対者が1人でもいたら可決できない多数決をやったそうなんです。そうしたら反対者が出てしまった。そこで前田さんが「だったら解散」という大ナタを振るったということですね。

    この続きと、佐藤大輔と煽りV、パンクラス詐欺、浜崎朱加、宮田充、菊地成孔…などの2月更新記事が600円(税込み)でまとめて読める「13万字・記事17本の詰め合わせセット」はコチラ
     
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  • よみがえった伝説の実況アナウンサー“ボイス・オブ・WCW”!!

    2021-02-02 18:00  
    130pt

    アメリカのインディプロレスの“現在”を伝える連載! アメリカインディープロレス専門通販「フリーバーズ」(https://store.shopping.yahoo.co.jp/freebirds)を営む中山貴博氏が知られざるエピソードを紹介していきます! 今回のテーマは「よみがえった伝説の実況アナウンサー“ボイス・オブ・WCW”!!」……です!
    <1記事から買えるバックナンバー>
    ・誰もが憧れる、無気力の天才オレンジ・キャシディ
    ・ブロディ・リーは8歳の息子のベルト姿を見届け、天国に旅立った
    ・“ベストバウトマシーン”ケニー・オメガ、真の全米デビューを飾る
    ・「プロレスをやめたら、俺には何も残らない」……デスマッチファイターが引退を選んだ理由とは
    「もしWWEで働くんだったら離婚よ!」
    39年ものあいだ連れ添った最愛の妻からこう言われては、さすがに返す言葉もなかった。
    現在、AEWで実況コメンテーターを務めるベテランアナウンサーのトニー・シヴァーニは、AEWと契約する前、WWEと新参団体AEWのどちらを選ぶかで心が揺らいでいた。
    あのとき奥さんの一言がなかったら、もしかすると今頃はWWEのテレビ番組で、シヴァーニの声を耳にしていたかもしれない。
    1957年生まれで、現在63歳のトニー・シヴァーニは、80年代からプロレスアナウンサーとして活躍。NWAクロケットプロやWCWのテレビ番組にはシヴァーニの声が欠かせなかった。90年代の月曜テレビ戦争では、WCW「マンデー・ナイトロ」の実況やインタビュアーとして(WCWの声)”と呼ばれ、ライバルWWEとの熾烈な視聴率競争の最前線に立っていた。
    しかし、2001年3月26日に、WCWがWWEにより買い取られると、シヴァーニはWWEへは行かず、プロレスの表舞台から姿を消す。シヴァーニが43歳のときだった。
    WCW消滅後、2003年にTNA(現IMPACT!)に一度だけ出演したのみで、その後、2017年にMLW(メジャー・リーグ・レスリング)に実況コメンテーターとして出るまでは、プロレスからは遠ざかる。
    余談になるが、シヴァーニの名前(Schiavone)がスキアヴォーネと日本語表記されることが、ネット上ではあるが、スキアヴォーネはイタリア語読みである。イタリアの女子テニスプレイヤーで、フランチェスカ・スキアボーネという同姓の選手がいるので、そのようになったのだろう。
    プロレスから離れたシヴァーニは、ジョージアのマイナー野球リーグやカレッジスポーツなどを放送するラジオ局でスポーツキャスターを務めるなどして、新たな道を歩み、妻と5人の子供たちと生活していく。しかし、2015年も終わりを迎えようとしていたある日のことだった。長年勤めていたアトランタのラジオ局から解雇通告を受ける。シヴァーニは58歳になっていた。

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  • 【1記事から購入できる!!】1月記事バックナンバー

    2021-02-01 00:00  
    1記事から購入できる1月記事バックナンバー
    1位 【BIG COMEBACK!!】堀口恭司「海くんもATT来ちゃえば? と思いますけどね」
    2位 萩原京平13000字ロングインタビュー「次はドミネーター、狙いは朝倉兄貴ですよ」
    3位 【前代未聞“超”異種格闘技戦】シバター戦はやってよかったのか? HIROYAインタビュー
    4位 ブロディ・リーは8歳の息子のベルト姿を見届け、天国に旅立った
    5位  RIZINは平均視聴率10%を超えてはならない!
    6位 朝倉海vs堀口恭司……ジャパニーズMMAと献身
     7位 いいキ◯タマを持っていたRIZIN大晦日15000字大総括/RIZIN広報・笹原圭一
    8位  SWS解散とザ・マミー変身/アポロ菅原インタビュー
    9位 新日本プロレス入門、野上彰だった頃/AKIRAインタビュー
    10位 沢村忠から天心vs武尊まで…キックボクシングの始まりと、その光と影■
  • 世界的な詐欺事件? パンクラス商標騒動を追う■シュウ・ヒラタのMMAマシンガントーク

    2021-02-01 00:00  
    130pt

    多くのMMAファイターをマネジメントするシュウ・ヒラタ氏が北米MMAシーンを縦横無尽に語りまくるコーナー。今回のテーマは世界的な詐欺事件? パンクラス商標騒動を追うです!!(この記事はニコ生配信されたものを編集したものです)【1記事90円から購入できる過去記事】・【大晦日その後】憂流迦vs朝倉未来? 井上直樹vsセルジオ・ペティス!?

    ・大晦日後は……憂流迦、井上直樹、平本蓮がラスベガスへGO!

    ・北米のプロスポーツで殺人、レイプやDVの経歴を持ってる選手を売り出すことは難しい

    ・【1万字インタビュー】シュウ・ヒラタが「RIZIN大好きさん」とのバトルの内幕を激白!

     
    ――パンクラスの商標事件についておうかがいしたいと思います! というか、パンクラスは大変なことになっているらしいですね……。
    シュウ これ、日本ではまったく話題になってないんですかね?
    ――ちょっとザワザワしているぐらいでしょうか。
    シュウ じゃあ、流れを簡単に説明しますと、アメリカで『パンクラス ・ハイブリット・レスリング』というイベントをやると言い出したエリックさんという方がいるんですが、まず、彼はドキュメンタリー映画を作っているということで、それの中でパンクラスのロゴを使わせてもらいたい、と。その許可を得るために、日本のある方……仮に「X」さんとしましょうか。その「X」さんにコンタクトを取って「使っていいいよ」と了承を得て使っていたんですね。そこまではまだよかったんですけど、そのあとなぜか話が、アメリカで「パンクラスという大会をやります」という話になりまして。
    ――話が大きくなった(笑)。
    シュウ 日本でもご存知のガイ・メッツァーさんがそのトップに就任するということで、FacebookやTwitterなどいろんなSNSで「アメリカで『パンクラス・ハイブリット・レスリング』をやります!」と告知したんです。じつはボク、パンクラスのチャンピオンであるアンディ・メインとか、あそこらへんのコーチとも仲がいいんですけど、彼らからも「パンクラスがアメリカに来るらしいぞ」と聞きまして。でも、それを聞いてボクは「おかしいなあ」と。なぜなら、アメリカで開催するのに、あんなにPR好きな酒井(正和・パンクラス代表)さんが自ら発表しないわけないじゃないですか。
    ――まあ、大々的に記者会見を開いてもおかしくはない話題ですよね。
    シュウ でしょ? だから「絶対におかしい」と思っていたら、アメリカでパンクラスのロゴや商標、なんかそういうのが5種類あるらしいんですけど、そのエリックという人が持っている『ブロウン・ファルコン(Blown Falcon Productions LLC)』とかいうプロダクション会社が商標登録の申請をし始めたんです。
    ――アメリカで商標登録を、ですか?
    シュウ でも、もちろんパンクラスのロゴは酒井さんの会社である株式会社スマッシュが持っていますので却下されるわけです。で、これはちょっと複雑な話なんですけど、5つのロゴのうち1つは2019年かなんかに一回権利が切れちゃってたみたいで、その更新手続きをしていないあいだに、うまいことエリック側の申請が入り込んじゃったみたいなんですよね。ただ、アメリカの商標の法律というのは、それをやられても過去20数年間使っている実績があったら勝てるんです。
    ――そういう事故的なことを防ぐために。
    シュウ そういうわけで、5つのうち4つが完全に却下されましたと。アメリカでは却下されても6カ月の猶予があって、そのあいだに控訴、つまり不服申し立てができるんですが、なんとエリックの会社はここで控訴するんですね。
    ――凄い執念ですね(笑)。
    シュウ で、その控訴の際に出してきた契約書がじつはありまして。
    ――正当性を主張するための契約書が。
    シュウ 「オレは日本の権利を持っている『X』と、ちゃんと契約書を交わしているんだ」ということだったんですけど、アメリカって面白いもんで、こういう書類も全部閲覧できるので確認したところ、「これ、グーグル翻訳で書いた?」というぐらいめちゃめちゃヒドい英語で。しかも1ページなんです。「これ、覚書にもならないよ」という(笑)。
    ――1ページって、いったいどんな契約書ですか!(笑)。
    シュウ いや、笑っちゃいますよねえ。その主張も、今年の1月15日に正式に全面却下されました。
    ――ああ、よかったですねパンクラス。
    シュウ ただ、彼はしぶといというか、あるアメリカのポッドキャストに登場して「酒井さんは嘘つきだ」と発言しているんですよ。「アイツはビデオライブラリも持ってないし、UFCファイトパスも切られて、パンクラスの権利なんかほとんど持ってない」とか言い出して……。まあ、全部ウソだと思いますよ(苦笑)。でも、このポッドキャストでいろんな人の名前を出しはじめちゃって、なんと、皆さん大好きなアントニオ猪木さんの名前まで飛び出しちゃったんです。
    ――ええええ! というか、どういう経緯で猪木さんの名前が?
    シュウ 彼いわく「アントニオ猪木さんとオレは仲がいい」と。「アントニオ猪木の娘の寛子さんがやっている会社が、オレのPR会社だ」と言うんですね。
    ――ほ、本当ですか??? 本当なら凄いつながりですよ!
    シュウ 真実はわからないですよ(苦笑)。でも、彼の主張はそうです。で、挙句の果てに酒井さんに対して「こっちが握っている事実をアイツに見せつけるために、猪木さんが行って会って話してくれた」とまで言ってて。
    ――そんなことで猪木さんは会いに行かないと思うんですけど……(猪木さんの関係者に確認を取ったところ、エリック側からそういった話は持ちかけられたことはたしかだが、猪木さんが酒井さんに会った事実はない模様です)。鍵を握る日本人関係者 「X」の動きとは……

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