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2025年10月の記事 5件

小久保哲郎氏:最高裁判決で違法とされた生活保護の引き下げは国の責任で一刻も早い正常化を

マル激!メールマガジン 2025年10月29日号 (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ ) ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― マル激トーク・オン・ディマンド (第1281回) 最高裁判決で違法とされた生活保護の引き下げは国の責任で一刻も早い正常化を ゲスト:小久保哲郎氏(弁護士、いのちのとりで裁判全国アクション事務局長) ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  生活保護基準の引き下げが最高裁で違法と判断されたにもかかわらず、政府が判決内容を誠実に履行しないために、今も各地の裁判所で訴訟が続いている。  全国で提訴されていた生活保護基準引き下げを問う裁判で、最高裁は今年6月、基準引き下げにいたった厚生労働大臣の判断には裁量権の範囲の逸脱、または濫用があり、生活保護法に違反しているとして、生活保護基準引き下げ処分を取り消す判決を出した。  この裁判は、2013年に行われた生活保護基準の改定で、これまでにない平均6.5%、最大で10%の削減という大幅な削減が行われ、多くの受給者が窮乏したことを受けて、全国で1,000人を超える原告が引き下げは違法として国を訴えていた。そのうち名古屋と大阪の訴訟が最高裁に上告され、今年6月、最高裁は生活保護基準引き下げ処分を取り消す判決を下していた。  しかし、最高裁判決が出たにもかかわらず、違法状態は続いており、その後も同様の裁判が各地で続いている。名古屋地裁・金沢支部、名古屋高裁(三重訴訟)では原告側が勝訴しているほか、仙台高裁(青森訴訟)と東京高裁(金沢訴訟)でも今後判決が下される予定だ。  2013年の生活保護基準引き下げは、第2次安倍政権発足直後に行われた。しかし、この時の引き下げは、厚生労働省が政権に忖度して恣意的に引き下げたものだった。その前年から生活保護バッシングが起こり、当時野党だった自民党は政権公約の1つに生活保護の給付水準の10%削減を挙げていた。  これまで生活保護基準の変更は社会保障審議会生活保護基準部会の検証を踏まえて行われてきたが、このときは厚労省が独断で削減に踏み切った。生活に必要な食費、光熱費として支給される生活扶助費は、これまで消費水準をもとに決められており、物価を考慮したことはなかったが、このときは「デフレ調整」という名目で、リーマンショック前後の3年間の物価下落から算出された。 しかも、計算には総務省が出している一般的な消費者物価指数ではなく、厚労省が独自に計算した指数を用いており、テレビやパソコンの下落率を過大に評価するなど低所得世帯の消費実態とは合わない計算方法を用いたため、総務省の消費者物価指数の2倍以上の下落率となっていた。  全国訴訟の事務局長で、日弁連で貧困問題対策に取り組む小久保哲郎弁護士は、当事者が声をあげられないことを見越して、もっとも弱い立場の人を標的にしていると憤る。引き下げを違法と断じられながら、官僚組織が原告側に謝罪もせずに司法を軽視した行動をとっていることは問題だと小久保氏は語る。  確かに、憲法が保障する「健康で文化的な最低限度の生活を営む」ための最低保障ラインを決めるのは難しい。現在、厚労省は最高裁判決後の対応をどうするか専門委員会を開き検討をしているが、当初、訴訟に加わった原告たちへの対応はきわめて不誠実だったという。一方で、来年度以降の生活保護基準自体の検討も始まっており、一刻も早く事態を収拾して違法状態を解消する必要がある。  生活保護基準は、さまざまな社会保障制度と連動する。数字合わせのような恣意的な基準変更では制度の信頼自体も問われる。小久保氏は、当事者にスティグマを与えるような生活保護という用語ではなく、海外の制度などにあるように生活保障という考え方に変えるべきだと主張する。  生活困窮の当事者に寄り添い続けてきた小久保氏と、社会学者の宮台真司とジャーナリストの迫田朋子が議論した。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 今週の論点 ・なぜ生活保護は引き下げられたのか ・生活保護の減額を違法と断じた最高裁判決の後も各地で続く訴訟 ・受給者の実態 ・「生活保護」から「生活保障」へ +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ■ なぜ生活保護は引き下げられたのか 迫田: 10月21日(火)の午後3時を過ぎたところですが、先ほどの国会で高市早苗総理大臣が誕生しました。今晩に内閣が発足する予定ですが、片山さつきさんが財務大臣内定という報道もありました。先週のマル激は経済政策の話で、格差が広がらないようにという議論がありましたが、今日は社会保障について考えてみたいと思います。 宮台: まず国会には何の関心もありません。今のところ国会の議論を聞く限り、どの政党が与党になろうがなるまいが同じ穴のムジナで、基本的には財政がどんどんショートしていく中で、何を削り何に重点化すれば良いのかという枠組みの中でしか物を話さない人たちです。 迫田: 自民党と維新の連立政権ということにもなっていて、そういう意味では社会保障をウォッチしていかなければならないと思っています。今日は全国で提訴されていた生活保護基準引き下げを問う裁判について取り上げます。今年6月、厚生労働大臣が行ったことが法律違反であるという判断が出ましたが、その後の動きがぎくしゃくしていて、まだ全国で同じ裁判が続いているという変な事態になっています。 一体どうなっているのか、この先同じようなことが起こらないかどうか、司法・官僚・政権など、どこをウォッチすべきなのかといったことで、この問題を取り上げます。ゲストは、弁護士で全国訴訟の事務局長をされている小久保哲郎さんです。まずは新しい政権が誕生することについて何か感想はありますか。 小久保: これから協議をしていく対象なのでまだ決めつけるわけにはいきませんが、高市さんは安倍派と言われていて、今回の基準引き下げは第2次安倍政権が復帰した際に掲げた「生活保護費10%引き下げ」を強行したものです。かなり無理なことをやって最高裁で違法判決が確定したのに、ここに来て後継者とされる高市政権が誕生したということについては不安がありますが、しっかりと向き合って話をしたいと思っています。 迫田: 全国で行われていた、生活保護基準引き下げのおかしさを問う裁判で、今年6月には最高裁が違法と判断しました。最高裁の判決は、これは生活保護法に違反していて、また厚労省の裁量権の逸脱、濫用であるということで減額処分を取り消すように命じています。この裁判の結果をどのように受け止めていますか。 小久保: 生活保護の基準は本来、生活保護法に基づいて厚生労働大臣が設定すべきものですが、当時は自民党の公約に従う形でかなり無理なことが行われました。それを正せるのは司法しかなく、司法がその役割を果たしてくれるかどうかが問われていた裁判でした。裁判所がきちんと違法判断をしたという意味では司法がその役割を果たしたと言えますし、非常に嬉しかったです。 迫田: 安倍政権は民主党政権から政権を取り戻す際に多くの公約を掲げましたが、その中の1つに「生活保護基準の10%引き下げ」というものがありました。10%引き下げに合わせるような削減措置が行われた結果が今回の裁判で違法とされたものです。 2013年から2015年の間、全体で670億円が削減され、そのうち580億円分は「デフレ調整」とされていますが、そのデフレ調整のやり方が非常に恣意的で、厚労省は基準部会の検証を踏まえずに独自に物価下落を考慮して削減しました。90億円分については「ゆがみ調整」とされ、一応生活保護基準部会の基準を踏まえてはいるものの、なぜそのような金額になったのかが分かりません。その結果、平均6.5%、最大10%の削減となりました。 小久保: 生活保護基準は昭和58年から水準均衡方式で消費水準に基づいて決められてきました。物価を考慮したことは後にも先にも一切ないのですが、この時に初めて物価を考慮しました。その間デフレで物の値段が下がっていたので、同じ保護費でたくさんの物が買えただろうという理屈でデフレ調整を行ったのですが、その計算の仕方が非常に恣意的でした。 迫田: 最高裁では、厚労省の官僚がうまく数字を合わせるというような作業をしたという判定になったということですね。 小久保: 厚労省の数理職採用の西尾さんという課長補佐が計算したのですが、厚労省の新人を勧誘する雑誌や出身高校の同窓会報などで、「計算してあるべき姿に近づけていくことにやりがいがあった」というようなことを書いていて、数字合わせをしたということを自ら吐露している状況です。 

門間一夫氏:サナエノミクスは失われた30年から日本を救えるのか

マル激!メールマガジン 2025年10月22日号 (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ ) ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― マル激トーク・オン・ディマンド (第1280回) サナエノミクスは失われた30年から日本を救えるのか ゲスト:門間一夫氏(みずほリサーチ&テクノロジーズ エグゼクティブエコノミスト) ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  サナエノミクスはアベノミクス2なのだろうか。  来週21日に予定される総理大臣指名選挙では、自民党の高市早苗総裁が選出される見込みが大きくなった。公明党の連立離脱で一時は首相就任が危ぶまれた高市氏だったが、日本維新の会が自民党との連立に乗り出してきたため、高市氏の首相選出がほぼ確実となった。  高市政権の経済政策はどのようなものになるのか。高市氏は自民党総裁選を通じて当面の物価高対策として、ガソリンや軽油の暫定税率廃止、自治体向けの交付金の拡充、給付付き税額控除の導入に向けた制度設計を進めることなどを挙げている。ガソリン減税などは野党の多くも同じような主張をしていることから、早晩実現する見込みだ。  しかし、緊急措置としての物価高対策が一巡したときに問題になるのが、高市政権の経済政策がこれまでの自民党のそれと同じようなものになるのか、あるいは日本経済が長期低迷から抜け出すための新機軸を打ち出すことができるのかどうかだ。  長年日本銀行に在籍し、現在はエコノミストとして積極的に発信を続ける門間一夫氏は、高市氏が掲げる物価高対策には目先で生活苦を抱える人の痛みを和らげる一定の効果はあると評価する一方で、中・長期的な政策についてはまだ未知数のところが多いと指摘する。高市氏の中長期の経済政策の中には、「危機管理投資」や「成長投資」、「新技術立国を目指す」などのメニューが並び、高市氏自身もAIや 半導体、核融合といった分野への大胆な投資を強調しているが、実際の中身はまだ明確になっていないからだ。  そもそも「失われた30年」とは何だったのか。1995年頃に世界有数の経済大国にまで登りつめた日本は、その後の30年、経済成長がほぼ横ばいで実質賃金も上がらないまま低迷した。1995年以降日本の生産年齢人口が減少に転じている以上、日本は一人一人の生産性を上げない限り、成長率はさらに低くなっていくことが避けられないが、1人あたりのGDPもこの30年ほぼ横ばいのまま来てしまった。  門間氏は物価高により名目GDPや税収や株価は上がっているので、景気が回復したかのような言説が一部で流布されているが、日本経済の実際の状態は失われた30年の時よりもさらに悪くなっていると指摘した上で、すでに失われた40年が始まっていると考えるべきだし、このままでは50年、60年経っても日本経済の低迷は避けられないとの悲観的な見通しを示す。その上で、門間氏はそれを避けるために2つの重要なポイントをあげる。  それは格差の解消と、そもそもGDPを増やすことを目的とすべきかを再考することの2点だ。  安倍政権下で採用されたアベノミクスの下では金融緩和、財政出動、構造改革という3本の矢が掲げられたが、門間氏によると、大々的に喧伝された異次元緩和よりも、3本目の矢の一環で行われた資本市場改革の方が実は効果があったと指摘する。経営者がより株主の方を見るようになり、株価を上げる合理的な経営が大企業の多くに根付いた結果、大企業は拡大する見込みのない国内市場から海外へシフトし、国内産業の空洞化が進んだ。また、国内でも非正規雇用の増加や中小企業の切り捨てが進み、格差が広がった。 格差の拡大や中小企業の多くが直面する苦境は、アベノミクスが機能した結果でもあると、門間氏は言う。  高市政権もアベノミクスの考えを踏襲しているとすれば、安倍政権下と同様に株価は上がり大企業は空前の好況を享受する一方で、格差はさらに広がり、ワーキングプアと呼ばれる貧困層が膨らみ続ける可能性がある。そして、それが実は自民党の政治基盤を弱体化させ、参政党などの新興政党に多くの票が流れる原因となっている。  日本が格差を放置したままでは、財政をめぐる社会の分断も続き、それが政権がとるべき政策の選択肢を縛ることになる。ところが給付付き税額控除とセットで行うことで富裕層の負担を増やす消費税増税や、明らかに富裕層に有利な金融所得税の増税などは政治的にはリスクが大きいとみられ、政治家は誰もが尻込みしている。  門間氏は、そもそも成長率を上げることを国の目標にすべきなのかについても、いったん立ち止まって考えてみる必要があると言う。無理にGDPを増やそうとするとさまざまな痛みを伴うが、その痛みを甘受してまで成長率を上げることを優先すべきなのか。経済成長も大事だが、国民が豊かさを感じられ、楽しく生きられる社会を作ることも、同じくらい重要なのではないか。そのためには格差是正など、やるべきことがあるのではないか。昨今の政治にはそういった議論が不足していると指摘する。   今われわれが問われているのは、日本をどのような国にしたいのかというビジョンではないか。アメリカのような格差を容認するのか、それとも格差を是正するのか。教育に力を入れ技術立国を目指すのか。あるいは資源の無いことを逆手にとって再生エネルギー大国を目指すのか等々。今の日本にはそのような国の方向性を示す大きなビジョンに対する国民的な合意が何よりも必要だと門間氏は言う。なぜならば、いずれの施策にも財源が必要で、その負担を国民に求める以上、国民がその目的を共有できている必要があるからだ。  高市氏の経済政策はどのようなものか。その経済政策で日本は失われた30年から脱することができるのか。今日本が目指すべき方向とは何なのかなどについて、みずほリサーチ&テクノロジーズ エグゼクティブエコノミストの門間一夫氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 今週の論点 ・自民党の高市新総裁が掲げる経済政策の中身 ・経済成長率を上げることだけを国の目標とすべきなのか ・人々の痛みを和らげるための「責任ある積極財政」が必要だ ・「どのような国にしたいのか」という分かりやすい旗を立てること +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ■ 自民党の高市新総裁が掲げる経済政策の中身 神保: 今日のゲストはみずほリサーチ&テクノロジーズエグゼクティブでエコノミストをされている門間一夫さんです。門間さんは元々日本銀行に35年間勤務され、主に金融政策や国際部門を歴任されてきました。門間さんが書かれている『門間一夫の経済深読み』というコラムは日頃から勉強の材料として読ませていただいています。  今日、門間さんに出演をお願いすることになった経緯には、自民党の総裁に高市早苗議員が選ばれたことがあります。最初は石破さんと同じように少数与党でありながらも総理になるだろうと見られていたので、まだこの言い方はしていないようですが「サナエノミクス」は日本を「失われた30年」から日本を引き出すことができるのか検証していこうと思っていたところ、公明党が連立を離脱しました。 報道は数合わせの話ばかりになってしまい、このままでは政策が検証されないまま政権が発足しそうですし、いざ発足すると次はご祝儀期間のようなものがあってそこでも政策はきちんと精査されないだとうと思い、これはやらなきゃいけないと。 企画段階ではもし高市さんが総裁にならなかったらどうするかという話もスタッフの間ではあったのですが、幸か不幸か維新の会がくっついたことで高市総裁の総理就任がほとんど決定しました。高市さんは本も出されていて、それなりに自分の経済政策もまとめられているので、それも含めて門間さんの評価をお伺いしたいと思います。 政策の細かい話については後ほど1つずつ検証していきますが、そもそも政治が少数与党という形になり連立の枠組みが変わったり、急ごしらえで維新との連立が持ち上がったりするという状況など、一連の政局についてはどうご覧になっていましたか? 門間: 多党化の時代になり、日本がこれまであまり経験してこなかったことが起きていますよね。ヨーロッパのように連立の組み替えでやっている国であれば手順もあるのでしょうが、日本は未経験ゾーンに入っています。ただそれが経済に与える影響はほとんどないと思いますし、はっきり言って全く関係ありません。 マーケットは何でも材料にしたがる性格があり、日本売りなどということを言う人もいますが、たまたまアメリカも調子が悪いので円安が進まず円高になっていたりして、それは高市さんがどうこうという話ではなく、アメリカで問題が起きたからそうなっている、その程度の話だと思います。 

砂川浩慶氏:権力に抗えないNHKの肥大化が意味すること

マル激!メールマガジン 2025年10月15日号 (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ ) ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― マル激トーク・オン・ディマンド (第1279回) 権力に抗えないNHKの肥大化が意味すること ゲスト:砂川浩慶氏(立教大学社会学部教授) ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  政治に弱いNHKの一人勝ちを許していて、本当に大丈夫なのだろうか。  この10月からNHKによる「NHK ONE」という新しいネットサービスが始まった。これはテレビのNHKで放送されている内容がそのままネットでも配信されるもので、10月1日に施行された改正放送法によって、ネット配信がNHKの「必須業務」に指定され、NHKがネット配信を通じてNHKを視聴する人からも受信料を徴収することが可能になったことを受けたものだ。NHK ONEでは放送の同時配信に加え、過去の番組をオンディマンドで視聴できる「見逃し配信」や記事の配信などのサービスも提供される。  受信料収入の伸び悩みに苦しんできたNHKは、かねてよりネット配信を通じた課金が悲願だった。今回ようやくその悲願を達成したことになるが、問題は受信料収入という巨大な安定財源を持つNHKという団体が、政治や行政に極端に弱い立場にあることだ。そのNHKが特に報道の分野で放送のみならずネット市場でも他社を席巻するようなことになれば、日本の報道市場は政府や政権与党に忖度した情報で溢れかえることになりかねない。  NHKの番組は2020年4月からインターネットで同時配信されているが、今回の法改正では放送を補完する「任意業務」にすぎなかったNHKのインターネット配信が、放送と同じ「必須業務」に格上げされ、ネット配信のみの視聴者からも受信料の徴収が可能になった。 当面、既に受信料を払っている世帯は追加負担なくインターネット上のコンテンツを利用できるとしているほか、スマホやパソコンを持っているだけでは受信料は発生しないという方針のようだが、元々NHKの野望は斜陽産業化している放送事業への依存から脱皮し、ネットでも課金できるようになることだったため、そう遠くない将来、課金の範囲が広がる可能性は否定できない。  メディア法制度に詳しい立教大学社会学部教授の砂川浩慶氏は、今回のインターネット業務の必須業務化は政治と行政とNHKの妥協の産物でしかなく、NHK ONEがNHKにとって基幹ビジネスに育っていく可能性は非常に低いだろうと言う。本来NHKは放送との単なる同時配信だけではなくインターネット上で独自のサービスを提供し別料金を徴収することを目指していたが、菅政権を始めとする政治権力がこれを寄ってたかって潰してしまったと砂川氏はいう。 その結果、NHK ONEが始まっても何か劇的にサービスが充実したわけでもない。また、NHK ONEにより受信料を新たに払うことになる人はほとんどいないだろうと砂川氏は語る。  とはいえ今回の法改正で、NHKのインターネット事業がNHKの必須業務として認められたことは確かだ。NHKのネット事業の拡大に対して日本新聞協会や民放連は、民業圧迫になる懸念を示しているが、年間6,000億円という圧倒的な受信料収入を持つNHKがフルにネットに参入してくれば、市場を席巻する可能性は排除できない。  では、なぜNHKが市場を席巻し他の事業者を駆逐することが問題なのか。それは、受信料という事実上の税金によって運営されているNHKが相手では、他の民間事業者との間に公正な競争が生まれないという問題もあるが、それにもまして問題なのは、そのような特権的な地位にあるがゆえにNHKは政府に対して極端に弱い立場にあることだ。  NHKは予算に国会の承認を必要とする上、組織のトップである経営委員会の委員の任命にも衆参両議院の同意が必要だ。これまでもNHKには政治介入を許したり、元総務省OBが天下っている日本郵政からのいいがかりのような抗議にも全面降伏した前歴がある。そのNHKがどんどん肥大化し、他の事業者を駆逐するようになれば、それは日本の言論、とりわけ政府や権力をチェックする言論が大きく後退することになる。  今、アメリカではトランプ政権が大手放送局や公共放送局に対する介入の度合いを強めている。そして、そのほぼすべてで放送局側が政権に全面降伏している。それは特にアメリカでは放送局が他のメディアビジネスの傘下に入り、親会社が政権や政権の影響下にあるFCC(連邦通信委員会)からの認可を必要とするようになっているからだ。また政府からの助成金に依存している公共放送の場合は、トランプ政権が助成金を引き上げた途端に経営が立ち行かなくなっている。  言論という事業は過度な商業主義に走ることで政府の認可を必要としたり、公共放送のように政府の補助金に依存していては、いざ政府が言論に対して牙を剥いてきた時、それと対峙することができず、結果的に自由な言論を守ることができないのだ。  アメリカで起きていることは単なる対岸の火事と思うことなかれ。現時点で次期総理になる可能性が一番高い高市早苗自民党総裁は、総務大臣当時、政権の放送局への介入は当然の権利であるとの見解を明らかにしている。アメリカで起きていることは大抵10年くらい後で日本でも起きていることを考えると、権力の言論への介入は決して他人事として見過ごしていい問題ではない。  NHKのネット業務をめぐる放送法改正により何がどう変わるのか。NHKが政治的に脆弱な現行の体制のまま肥大化することにどのような問題があるのかなどについて、立教大学社会学部教授の砂川浩慶氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 今週の論点 ・放送法改正により何がどう変わったのか ・新インターネットサービス「NHK ONE」の実態 ・なぜNHKは政治に対して脆弱なのか ・アメリカの事例から考える放送局と政治の関係 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ■ 放送法改正により何がどう変わったのか 神保: 今日のメインテーマはNHKのインターネット同時配信です。同時配信そのものは少し前からやっていましたが、今回は放送法まで改正し、「必須業務」になりました。しかし実際には色々な問題を含んだままの見切り発車のようなところがあるので、そこについて話をしたいと思っています。  NHKの同時配信は便利かもしれませんが、ある意味で受信料制度の根幹に関わる問題にもなりかねません。NHKは公共放送だからという理由で受信料を取れているのですが、ネット配信でもその立場は維持できるのでしょうか。10月1日からNHK ONEという新しいサービスが生煮えのまま始まりました。この詳細も含めて議論をしていきたいと思います。  昨日、公明党が連立離脱を表明するまでは、高市さんが総理になることが既定路線でした。高市さんは総務大臣時代、安倍さんの威を借りていたようなところもありますが、内容次第では放送を止めることもできるという放送法第4条と電波法第76条の解釈を国会で明確に述べている人ですね。  路線的に高市さんと親和性があるのかどうかは別として、アメリカではトランプ政権が放送局に対して介入を行っていて、その結果ほとんどの放送局がまったく抵抗できず軍門に下りました。これには大きく2つの要因があります。 1つはビジネス上の理由で、例えば放送局が合併を進めようとすると連邦通信委員会(FCC)の承認が必要になります。それを止められてしまうと困るということで、CBSはキャスターを飛ばしたり社長が辞めたりしています。 もう1つはアメリカにおける公共放送の仕組みにあります。アメリカの放送局は日本のように受信料制度ではなく、政府から多額の補助金を受けて運営されています。主に公共ラジオNPRと公共放送PBSの2つなのですが、トランプ政権からすればリベラルすぎるということで補助金が止められてしまいました。その結果、公共放送の放送主体であるCPB(Corporation for Public Broadcasting)が事実上の解散を決めてしまい、アメリカからは公共放送が失われつつあります。 公共放送は政治に対する脆弱性を持っています。また、民間は民間で儲けなければならないので合併など事業計画上の理由から政権の圧力に弱いという状況を露呈してしいる状態です。それも含め、高市政権に備えるという意味も持って番組を企画しました。本日のゲストは立教大学社会学部教授の砂川浩慶さんです。  高市さんは総務大臣として名を馳せていて、特に放送に関する発言が注目されていました。しかし高市さんがついに自民党の総裁になった時は、あまりその話が出てきませんでしたね。それは経済問題などに注目が集まっていたからなのか、あるいはまだ封印しているということなのでしょうか。 

河野有理氏:自民党は統治能力を失ってしまったのか

マル激!メールマガジン 2025年10月8日号 (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ ) ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― マル激トーク・オン・ディマンド (第1278回) 自民党は統治能力を失ってしまったのか ゲスト:河野有理氏(法政大学法学部教授) ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  石破首相の退陣表明を受けた自民党総裁選の投開票が10月4日に行われ、決選投票で高市早苗氏が小泉進次郎氏を抑えて第29代自民党総裁に選ばれた。現時点では高市氏が内閣総理大臣に選ばれる可能性が最も高い。  選挙戦では日本記者クラブでの討論会や党本部での共同記者会見などが行われ、それなりにメディアは取り上げたものの、その中身はいたって空疎なものだった。2024年10月の衆院選、2025年7月の参院選で両院とも自公で過半数割れの少数与党に転落した自民党は、あえて党員投票を含む「フルスペック」の総裁選を仕掛けて注目を集めようとしたが、肝心の中身がほとんどなかった。  特に自民党が石破政権の下での2度の国政選挙に大敗し、衆参ともに過半数割れとなった直接の原因ともいうべき裏金問題や統一教会との癒着問題、そして自民党政権の下で続いてきた失われた30年からどう抜け出すのか、そしてトランプ政権の下で明らかに変容しているアメリカとの関係をどうするのかといった、日本にとって根本的な問題に対しては、5人のどの候補からも踏み込んだ発言はなかった。  自民党は統治能力を失ってしまったのか。  日本政治思想史が専門の河野有理・法政大学法学部教授は、今回の総裁選で論点に迫力が出ないのは、1年前に比べて自民党の地位が劇的に低下したからだという。2025年7月の参院選で自公が非改選を含めて過半数を失ったことで、今後20~30年、日本の政党政治はもう安倍政権のような一党多弱の時代には戻らないということがはっきりした。どこかの野党に支持してもらわないと自民党総裁は日本の首相にもなれず、政策も実現できない。一政党の内輪の選挙という感じが強く出てしまったと河野氏は語る。  自民党は少数与党だが、とはいえ野党の足並みが揃わない中、自民党の高市新総裁が次の首相に選ばれる公算は大きい。今回も自民党総裁選が実質的に日本の総理大臣を選ぶ選挙だったことに変わりはないのだが、選挙戦での議論はあまりにもスカスカだった。  河野氏は、かつて55年体制下には今よりむしろ色々な中間団体がいて、癒着といえば癒着なのかもしれないが、利権をめぐる癒着競争があったと指摘する。その活力が失われ、イデオロギー的な動機を持つ宗教団体などが悪目立ちしているというのが自民党の衰退の1つの原因だと言う。  一方、河野氏は、このような基本的な問いに自民党が答えられなくなっている中、代わりとなる競争的なリーダーが現れるというのが本来の民主主義の姿のはずだと語る。そして河野氏は、そうしたリーダーが出てこない原因は、30年前の政治改革の失敗にあると見る。政権交代可能な2大政党制を目指した政治改革はうまくいかず、多党制になり、自民党のオルタナティブを生み出すという構想は崩れてしまった。  自民党政治とは何だったのか、なぜそれが終わりを迎えているのか、日本の政治はどこに向かうのかなどについて、法政大学法学部教授の河野有理氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 今週の論点 ・総裁選で本来問われるべきだった論点 ・自民党政治とは何だったのか、なぜそれが限界を迎えているのか ・「失われた30年」への処方箋が見えない ・派閥以前に存在する自民党の2つの潮流 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ■ 総裁選で本来問われるべきだった論点 神保: 今日は2025年10月3日(金)ですが、4日(土)には自民党の総裁選があります。番組は金曜夜に収録して土曜夜8時にアップされるので、その時には自民党の新総裁が決まっていることになります。新総裁がそのまま新しい内閣総理大臣になるとは限りませんが、野党が足並みを揃えられていない以上、自民党総裁が総理になる可能性が高い。首班指名選挙は決選投票になれば過半数ではなく、一番票を取った人が勝ちます。 通常テレビ的には、結果がわからない状態で収録することはNGなのですが、あえてそれをしたいと思いました。というのは、総裁選の結果以上に重要な論点があるはずなのに、勝ち負けが決まった瞬間にその論点は関係なくなってしまうからです。自民党は一体どうなっているのか、もうオワコンなのではないのか、そんな話をあえて前日の収録でやりたいと思います。 宮台: 自由民主党にどのような問題があるのかという問題設定もありですが、もっと根は深いんです。日本の政治風土で育っている有権者たちにどのような問題があるのかということを考える必要があります。  ユヴァル・ノア・ハラリの新著に『NEXUS 情報の人類史』があります。NEXUSというのはコネクションのような意味ですが、民主制を支える条件は、民主制の生態の中にいる人々が情報や前提を共有できるような「情報のネットワーク」だと書かれています。ぜひ皆さんにも読んでいただきたいのですが、この本では説明できない問題もたくさんあります。  従来、情報のコネクションを可能にする要因は、地政学的な問題、つまり人々がどれだけ近くに住んでいるのかということと、情報テクノロジーがどれだけ発達しているかということの掛け合わせで議論されてきました。中世以降、大規模な統治においてマクロで民主制が採用された例は存在しませんが、ローマが共和制から帝国に移った段階やロシア帝国では、それぞれの都市レベルでは厳密な民主制が行われていたことが資料から分かっています。  しかし、大規模な民主制が機能していなくてもスモールユニットでは民主制が機能しているという事実は、今の日本にはほとんどありません。  ユヴァル・ノア・ハラリは地政学的な前提とテクノロジカルな前提、そして制度的な前提を組み合わせて分類して考えているのですが、僕がよく言う民主制の民主制以前的な前提については議論していません。どういう歴史の蓄積や人々の経験的前提が政治参加を動機づけるのか、あるいは感情を晴らす政治保守ではないようなメンタリティはないのかといったことです。ここまでダメな状態が放置されているのはなぜなのかという日本の問題は彼の図式では説明できません。 神保: ハラリはもう少し日本を勉強してほしいですよね。日本は、ツールは全部あるのになぜかその通りにならない国です。日本にはメディアは一応あり、報道の自由もある。しかし一番厄介なのは、権力による介入はないのに、ほとんど全部が自主規制によって動いているという点です。ハラリは多分そんなことは想定していませんよね。  ゲストは法政大学法学部教授の河野有理さんです。河野さんには昨年9月21日、前回の自民党総裁選の時にご出演いただきました。その際には石破さんが勝利し、自民党もヤバいし日本全体もヤバくなってきているという話をしました。その後の1年で石破政権が発足し国政選挙が2回実施され、いずれも自公政権が過半数を割るという事態に至り、今回の総裁選がありました。その選挙の責任を問われる形で石破降ろしの動きが起きました。  こうした総裁選が行われている中で、私たちはそれをどう見ればいいのかということを政治メディアはあまり取り上げてくれません。政治メディアは基本的には総裁選を囃すだけなので白けるか、一部の人は競馬予想のような感覚で楽しんでいます。  まずは総論的な部分について伺いたいと思います。今回は1年ぶりのご出演ということですが、河野さんは今回の総裁選をどのように見ていますか。 河野: 本当に悲しい総裁選という感じで、やはり1年前の総裁選とは状況が全く違っています。特に7月の参院選で非改選を含めて過半数を失ったということは非常に大きいと思います。参議院で過半数を失うと回復するまでに30年ほどかかるので、今後は安倍政権時代のような一党多弱の構図には戻らないということがはっきりしたと思います。 

前田和馬氏:見えてきたトランプ関税の真の狙いとその影響

マル激!メールマガジン 2025年10月1日号 (発行者:ビデオニュース・ドットコム https://www.videonews.com/ ) ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― マル激トーク・オン・ディマンド (第1277回) 見えてきたトランプ関税の真の狙いとその影響 ゲスト:前田和馬氏(第一生命経済研究所主任エコノミスト) ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――  結局、トランプ関税とは何だったのか。  トランプ政権は4月、約60の国・地域に対し、10%~50%にのぼる高率の「相互関税」を一方的に課すことを発表し、その後、各国との交渉に入った。アメリカ側は税率を下げて欲しければ、交換条件としてアメリカ製品を買うなりアメリカに投資するなりして、何らかの形でアメリカに利益をもたらす措置を取るよう求めてきたのだ。  そしてここに来て中国やインド、ブラジルなど一部の国を除き一連の交渉が概ね妥結したため、トランプ関税の全貌がほぼ出揃った形となった。  そもそもトランプ関税の発端は無名のエコノミストが書いた1本の論文だった。ハドソン・ベイ・キャピタルのシニアストラテジストだったスティーブン・ミラン氏が、トランプ大統領が大統領選挙に勝利した直後の2024年11月に発表した「ミラン・ペーパー」と呼ばれるものだ。その論文の内容をトランプ大統領がひどく気に入り、トランプ政権の経済政策の理論的基盤に据えることとなった。  ミラン氏の主張は、ドルが世界の基軸通貨であるがゆえに、アメリカはドル高を甘受せざるを得ず、それがアメリカの製造業を衰退させてきたというもの。そのため、アメリカ経済を再興するためにはドル高を是正する必要があり、それを実現するための有効な交渉カードとして、アメリカは関税を利用すべきだとミラン氏は主張していた。 同時にミラン氏は、アメリカが関税と並んでその圧倒的な軍事力も交渉カードに使うことも提唱する。アメリカにとって有利な条件をのまない国に対しては、安全を保障しないというカードを切ればいいというのだ。関税と軍事力という2つのツールを使って、世界の貿易体制をアメリカにとってより有利なものに変えていこうというのが、ミラン・ペーパーの趣旨だった。  ところが、それまでまったく無名だったミラン氏は、第2次トランプ政権でCEA(大統領経済諮問委員会)委員長の重責を与えられたばかりか、9月16日にはFRB(連邦準備制度理事会)理事に就任している。これを見てもミラン氏の考えがトランプ政権の経済政策に多大な影響を与えていることは間違いないだろう。つまり、トランプ政権にとって関税はそれ自体が目的ではなく、あくまで交渉を有利に進めるための武器として利用している可能性が大きいということだ。  さて、問題は日本だ。日本は石破茂首相の数少ない側近の1人だった赤沢亮正経済財政・再生相がアメリカとの粘り強い交渉の結果、8月1日から導入が予定されていた25%の関税を15%に引き下げることに成功したとされる。それはそれで評価に値しようが、しかし、トランプ政権の真の目的が関税そのものではなかったことを忘れてはならない。  日本は関税を15%に下げることと引き換えに、2029年1月19日までにアメリカに80兆円の投資をすることに同意している。2029年1月19日というのは、トランプ大統領の任期が終わる日だ。これは金額が巨額な上、投資先は事実上アメリカが一方的に決められるようになっている。日本がその案件を拒否するのは自由だが、その場合、アメリカはふたたび関税を25%に戻すことができるような建て付けになっているため、事実上日本側に拒否権はないも同然だ。 アメリカが一方的に決めた事業に日本はほぼ無条件で80兆円もの巨額の出資や融資を行うことになってしまった。  第一生命経済研究所主任エコノミストでアメリカウォッチャーでもある前田和馬氏は、世界一金融が発達しているアメリカで、良質な投資案件が80兆円分も残っているとは考えにくいという。利益が出る事業なら、とっくに民間が投資していると考えられるからだ。  しかも、日本はその80兆円を捻出するために、為替相場の急激な変動に対応するための特別会計である外国為替資金特別会計(外為特会)を使う予定だそうだ。実際に80兆円を投資するのは民間の金融機関や企業になるとしても、この投資には政府が何らかの保証を付ける必要がある。そこで政府系金融機関のJBIC(国際協力銀行)や NEXI(日本貿易保険)などが融資保証を行うとともに、JBICが財投債を発行し、これを外為特会で引き受けることで80兆円を捻出する計画のようだ。  トランプ大統領はアメリカメディアのインタビューで「関税を少し下げてやっただけで、5,500億ドルを引き出せた」と満足げに語っているが、早い話が外為特会160兆円の半分を、トランプ政権が自由に使えるお金としてくれてやったようなものだった可能性が大きいのではないか。  言うまでもないが、万が一事業が失敗し融資や出資の一部が焦げ付いた場合、裏書きをしているJBICはたちまち破綻の危機に瀕することになり、政府はその損失を公的資金、つまり税金で埋めなければならなくなる。  日本にとっては何もいいことのない条件で合意しているようにしか見えないが、前田氏は、そもそもアメリカが一方的に関税をかけてきて、何をすれば下げてくれるのかという不平等な立場での交渉を強いられていたことを考えると、今回の合意は日本にとっては悪くはなかったのではないかと言う。  トランプ関税の影響はどこまで見えてきたのか、日本はどのように対応すべきか、世界経済の形はどこまで変わるのかなどについて、第一生命経済研究所主任エコノミストの前田和馬氏と、ジャーナリストの神保哲生、社会学者の宮台真司が議論した。 +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ 今週の論点 ・自民党総裁選に見る日本の対米政策の行方 ・トランプ関税の理論的支柱、「ミラン論文」の枠組みとは ・対米投資80兆円が日米経済に与える影響 ・トランプ関税で米国製造業は復活するのか +++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ ■ 自民党総裁選に見る日本の対米政策の行方 神保: 今日はトランプ関税の影響がそろそろはっきりしてきているのではないかという予想の下、議論していきたいと思います。トランプ関税によって世界がどのような状態にあるのか、あるいはアメリカはどうなっているのか、そして日本への影響を見ていきたいと思います。  さて、日本では自民党総裁選があります。今は少数与党なので、野党が統一候補を出せない場合という条件付きではありますが、日本の総理大臣を選ぶ選挙ですね。しかしその割にはあまりにも中身がなくて驚きなんです。何か特定の大臣ではなく総理大臣なのに、失われた30年をどうするのか、アベノミクスをやめて日本の経済政策をどうするのかというような大きな話がない。それからトランプが出てきて、相互関税もそうですが、日米関係や安全保障に関しても本当は根本的に変わらなきゃいけない時に、「日米関係は日本外交の基軸です」という話しかない。 宮台: 70年以上続いてきた日本の「アメリカを怒らせちゃいけない」という姿勢は、日本の国際的な影響力やリスペクトをますます低下させる道ですよね。 神保: さて、ゲストは第一生命経済研究所主任エコノミストの前田和馬さんです。総裁選については何かありますか。 前田: 私は米国担当なので、対米方針や関税の話は気になっていました。基本的な対策としては、関税によって苦しんでいる企業への資金繰り支援や設備投資支援を行うということです。関税については、各候補の違いはあまり見えてこないと思っています。 神保: セクターごとの対米輸出依存度の違いはありますが、もう少し大きな話があるのではないのでしょうか。今は例えば経済産業省の局長同士の議論ではなく、日本の内閣総理大臣を決めようとしている時です。トランプ関税の導入によって世界が激変している時に、とりあえず関税で影響を受けるところにお金を出すというだけで良いのでしょうか? 

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ジャーナリストの神保哲生と社会学者の宮台真司が、毎週の主要なニュースの論点を渦中のゲストや専門家らと共に、徹底的に掘り下げるインターネットニュースの決定版『マル激トーク・オン・ディマンド』。番組開始から10年を迎えるマル激が、メールマガジンでもお楽しみいただけるようになりました。

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神保哲生/宮台真司

神保 哲生(じんぼう・てつお) ビデオジャーナリスト/ビデオニュース・ドットコム代表。1961年東京生まれ。コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程修了。AP通信記者を経て 93年に独立。99年11月、日本初のニュース専門インターネット放送局『ビデオニュース・ドットコム』を設立。 宮台 真司(みやだい・しんじ) 首都大学東京教授/社会学者。1959年仙台生まれ。東京大学大学院博士課程修了。東京都立大学助教授、首都大学東京准教授を経て現職。専門は社会システム論。

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