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2026年1月の記事 4件

谷津嘉章「昭和の新日本のプロレスは早漏、全日本は遅漏だったよ」

レスリングオリンピック代表からプロレスに転向、新日本プロレス、ジャパンプロレス、全日本プロレス、SWS、SPWF、PRIDE出場……流浪のプロレス人生を送ってきた谷津嘉章がすべてを語るインタビュー連載の第2回! 今回は維新軍、ジャパンプロレス時代を振り返ります!(2016年に掲載されたものです)前回はこちら 谷津嘉章「昭和・新日本の練習はガチばっかだけど、誘われなかった」 ――アメリカ遠征中だった谷津さんは、帰国して維新軍に加入するように新日本プロレスから命じられたんですね。 谷津 俺は日本に帰りたいとは思わなかったんですけどね。それはアメリカの生活が楽しかったから。日本に帰る前に会社からホノルルに寄るように言われたんですよ。「長州が待ってるから」ってことで。それでホノルルで長州に会ったら「おまえはよ、俺のところに入るんだよ」って。要は俺のことを維新軍に誘いに来たっていう表向きなんですよね。 ――谷津さんは維新軍団入りを知らされてなかったんですね。 谷津 うん。マスコミ的には「長州と谷津がホノルルで共闘!」って書くんでしょうけど。会社としては長州にパートーナーがほしかったんでしょうね。(アニマル)浜口さんはいたんだけど。 ――当時の長州さんは維新軍団として上り調子でしたし、谷津さんとしてもやる気が出てきたんじゃないですか? 谷津 うーん、「入団したときは主流派だったのになあ……」って感じでしたよね(笑)。 ――イマイチですか(笑)。 谷津 俺は会社と契約してるから命令に従わないといけないんだけど。会社としては長州力と同じレスリング出身だし、いいアイデアだと思ったんでしょう。新日本に入った当初も旅館では長州さんと同じ部屋だったんですよ。そこは会社からの配慮。レスリング同士で話が合うだろう、と。 ――実際に長州さんと話は合ったんですか? 谷津 話が合うというか、レスリングという共通点はありますからね。ただ、それまで長州力なんて知らなかったんですよ。吉田光雄という名前は知っていたけど。 ――それくらいプロレスのことはよく知らなかったんですね。 谷津 それに同部屋といってもね、シリーズ中、彼は部屋に寝に来るだけなんです。 ――えっ、どういうことですか? 谷津 長州力はね、とにかくパチンコが好きだったんですよ。シリーズ中に「おい、谷津。金を持ってないか? 負けが込んでるんだよ」って金を借りにきたり。 ――パチンコに夢中で部屋にいない。 谷津 俺はやりませんでしたよ。入ったばっかで遊んでらんないという理由もありましたけど、人生そのものが博打というかさ(笑)。みんなはパチンコ以外の博打も好きでね。坂口征二や倍賞鉄夫たちと麻雀や花札、ポーカーもやってたね。日本のプロレス界は博打好きな相撲取りが作ったんですから、みんな当然博打好きになるんですよ。 ――安田忠夫さんもその流れですね(笑)。 谷津 博打が原因でケンカも始まりましたからね。「金返せコノヤロー!!(怒)」って。誰とは言わないけど、相撲取り出身同士のケンカ。金の貸し借りでトラブルになったんじゃなくて、先輩がインチキしたんですよ。それがバレちゃった。 ――まるでカイジの帝愛地下編だ(笑)。 谷津 そうなったら上下関係なんかないから後輩が怒った怒った。面白いよね(笑)。 ――話は維新軍に戻りますが、維新軍には専用の巡業バスが用意されてたんですよね。 谷津 あった。それまでは外国人と日本人のバスが2台でしょ。だけど、維新軍になってからバスは3台になったの。俺たちは小さいなマイクロバスだけど、重苦しいアントニオ猪木が乗ってるバスと、わけのわからない外国人たちが乗ってるバスと違って楽しいんですよ(笑)。 ――維新軍のバスは自由なんですね。 谷津 俺はずっと寝てますから。キラー・カンたちはひたすら博打をやってるしさあ。 ――どこでも博打やってますね(笑)。猪木さんが乗ってるバスではバカはできないもんですか? 谷津 そりゃあできないですよ。俺はあとで全日本に移りますけど、馬場さんのほうが楽。馬場さんは運転席の後ろの次くらいに座るんですけど、猪木さは真ん中よりちょっと前に出るんですよ。 ――それは全方位にプレッシャーかかりますね(笑)。 谷津 イヤなもんですよ。それに猪木さんの隣に外国人の男が乗ってるんだけど、それは猪木さんが雇った英会話の先生。バスの中で英語の勉強してるんですからね(笑)。 ――猪木さん、勉強熱心ですねぇ。 谷津 あと猪木さんはいろいろと事業をやってたでしょ。プロレス以外の人間と打ち合わせしてたりね。でも、猪木さんはいつもバスに乗ってるわけじゃないんだよ。打ち合わせかなんかで東京に帰って飛行機で巡業に戻ってきたりしてて。猪木さんがいないときのバスの雰囲気はまだいいんですよ。坂口征二が録画して持ち込んだ火曜サスペンス劇場やモノマネ番組を見たりね。「ま〜た見るのかよ」って内心呆れていたけど(笑)。 ――そんな本隊からすると、維新軍バスは天国なんですね。 谷津 自由にできるから。上下関係はいちおうあるけど、猪木さんみたいな重苦しい人間はいませんから。だってオーナーと一緒だといろいろと気を遣うでしょ。 ――馬場さんもオーナーですよね? 谷津 猪木さんはプライドが高くてとっつきにくいけど、馬場さんは人間味があるから。試合前に馬場さんは「おい、まんじゅうでも食えよ」って。「試合前にまんじゅうかよ」って話だけど(笑)。 ――試合前にまんじゅうを食ってたら猪木さんなら殴りそう(笑)。 谷津 馬場さんはね、どっかのデパ地下で甘いものを買ってこさせんですよ。で、自分が食べきれなくなったやつを翌日に寄越すんです。まんじゅうも固くなっちゃってね(笑)。 ――うーん、馬場さんも面倒(笑)。 谷津 全日本の中には、馬場さんがバスに乗っててイヤだなって思ってた連中がいたかもしれないけど、俺は気にならないですよ。会場に着いたら馬場さんは売店の前で葉巻を吸いながらお客さんにサインしてるし、控室はまあノビノビできるんです。新日本の場合、猪木さんが控室にいると、みんな外に出ますからね。非常階段で着替えたりしてましたよ。 ――そんなにイヤなんですか!(笑)。維新軍は宿泊先も本隊や外国人とは別なんですか? 谷津 3つに分かれますよね。外国人選手は旅館の便所が合わないからビジネスホテル。小さい町だとそんなにホテルはないですし、ラブホテルいうわけにはいかないから、必然的に我々は旅館になっちゃうんですよ。で、旅館は部屋が畳だから博打が始まるんですよ。 ――また博打!!(笑)。会場入りも別々なんですよね。 谷津 そうだね。俺らは自分の試合が終わると帰っちゃうんですよ。そうしないとお客さんの帰り道で混んじゃうでしょ。本当は親方(猪木)の試合が終わるまで待たないといけないんだけどね。 ――どこまでも自由だったんですねぇ。 谷津 維新軍はブレイクしてたから会社はなんでも言うことを聞いたんですよ。ドル箱ですから長州さんもいろいろと会社に要求してたと思いますよ。 ――ギャラもよかったんですよね? 谷津 給料は1試合いくらって決まってましたしね。 ――谷津さんは1試合いくらだったんですか? 谷津 うーん、10万くらいだったかなあ。150試合やったら年間1500万。あとグッズの売り上げ、サイン会、パチンコの営業周りは別でもらえるんで3000万ぐらいあったかもしれないですね。トップはもっと稼いでいたでしょ。でも、面白いもんで、そんだけ稼いでも手元に残らないんですよね。 ――バーっと使っちゃうんですね(笑)。 谷津 使っちゃう、とくに独身はね。プロレスラーってほとんどアンポンタンが多いでしょ。 ――ハハハハハ。 谷津 でも、結婚してる奴は堅実なんですよ。それはプロスポーツ選手にも言えることなんですけど、早く結婚したほうがいいんですよ。プロレスラーは身体が大きいけど、子供なんですよ。社会人であって社会人じゃない特殊な職業だから。マネジメントできる女性がいないと全部使っちゃうんですよ。 ――猪木さんはプロレス以外の事業に稼いだ金を突っ込みましたね。とくに夢のバイオテクノロジー事業アントンハイセルに。 谷津 アントンハイセルに酷い目に遭ったなあ(苦笑)。 ・アントンハイセルの社債 ・馬場と猪木が佐川清と面談 ・第1回IWGP決勝戦の猪木舌出し失神事件 ・維新軍の新日離脱 ・昭和のプロレスの闇、営業 ・新日本は早漏、全日本は遅漏 ・ジャンボ鶴田は柔軟運動だけ ・SWS移籍の裏側 ・カブキを信用してしまった馬場さん……続きは会員ページへ  

谷津嘉章「昭和の新日本のプロレスは早漏、全日本は遅漏だったよ」

水野竜也、有終の美を飾る……引退インタビュー

引退試合となったDEEP稲田将戦を一本勝ち。有終の美を飾った水野竜也インタビュー。20年にも及ぶ格闘技人生を振り返ってもらいました!(聞き手/ジャン斉藤)【1記事から購入できるバックナンバー】・スパーですら負けなし? “柔術ギャング”の首領ヒクソン・グレイシーの震える話 ・ケビン・ランデルマンが生き抜いた時代 ・ブラジリアン柔術はなぜ「やるスポーツ」で勝ち組になったのか■橋本欽也 ・RIZIN2025海外戦略総括!2026大展望!!■チャーリー柏木慎吾18000字 ――今回の取材場所は新大久保ですけど、お住まいはこのへんなんですか? 水野 いや、家は金町です。GEN(スポーツアカデミー)の練習を……。 ――ああ、重量級といえばGENですよね。引退されたあとも練習を? 水野 まあヒマなんで、顔出しがてら練習を見に来ただけですね(笑)。 ――ジッとしていられないわけですね(笑)。先日のDEEPの引退試合は見事な一本勝ちでした! 水野 ありがとうございます。勝ててよかったですね。本当に「終わり良ければすべて良し」で。 ――格闘技をやり切った感はあったんですね。 水野 そうですね。自分の中で「もうそろそろかな……」って感じてて。最後はエキシビションマッチなんかで終わるのは自分らしくないなと。勝っても負けても引退試合をやりたい。 負けたら引退のマイクもやりづらいので、勝ててよかったです(笑)。 ――水野さんは20年以上も戦ってきましたね。これってなかなかできることじゃないです。 水野 トータルでそうなりますね。そこは身体が丈夫だったこともあると思います。だって、この職業はやりたくてもできないじゃないですか。自分の中でも、ここで勝ったから格闘技を続けられたと思える試合があるんですよ。 ――それはどの試合なんですか? 水野 DREAMのメルヴィン・マヌーフ戦です。あそこで負けたら格闘技をやめようと思ってたんです。もう通用しないだろうなって。あのときは武者修行でアメリカに練習に行かせてもらって、過去最高に集中して練習できてたので。 ――それはDREAMのプロジェクトでアメリカで練習されたんですよね。 水野 そうです。ここまでやってマヌーフに負けたら格闘技のセンスがないし、続ける意味がないよねって。そんな覚悟を決めて挑んだら勝てました。あのときはスポンサーもたくさんいるわけじゃなくて、生活もきつくて。「格闘技をやる意味はあるのかなぁ……」という考えもちょっとあって。でも、マヌーフに勝ったことでみんなに認められた部分もありましたし、格闘家として応援してくれる人も少しずつ集まってきて、やっと生活できるようになったところもあります。 ――スタートは田村潔司さんのU-FILE CAMPだったじゃないですか。どういう経緯だったんですか? 水野 自分がALSOKという警備会社に勤めたときに、直々の先輩がU-FILEに通っていたんですよ。格闘技の話をしたら「田村さんのジムに通ってる」というので、じゃあ自分も行ってみようと。 ――水野さんのバックボーンは柔道ですけど、ALSOKは柔道関係で入ったんですか? 水野 いや、一般で入りました。自分の中で柔道はお腹いっぱいで。でも、そこそこ自分の名前があったので、柔道部の人から練習に誘われて。実業団じゃなくて普通の会社員なんだけど、実業団の試合にも出てました。べつにそれでお金が出たわけじゃないんですけど(笑)。 ――面白いですね(笑)。ALSOKの勤務地はどちらなんですか? 水野 立川です。そこから登戸のU-FILEに通いだしたら楽しくなっちゃって。登戸の近くに引っ越したんですよね。 ――ハマってしまったんですね。 水野 もともと格闘家への憧れはすごいあったんですよ。柔道を始めたのも理由も、家でプロレスごっこばっかやっていたら、柔道をやってみたらと。 ――プロレスも好きだったんですね。 水野 始まりはプロレスです。UWFが出てきたときに「あれ?こっちのほうが真剣勝負っぽいな。こっちが本物かもしれない!」と思って。 ――当時はMMAの練習がいまほど確立されてなかったんですけど、U-FILEではどういう練習をされてたんですか? 水野 普通にMMAの練習をやってた気がしますね。クラスに出て、シャドーやミット、スパーをやってました。まあ普通の格闘技ジムですよね。 ――UWFっぽさはない? 水野 じゃないですね。その頃は長南(亮)さんもいたし、ガチガチのMMAだったと思います。 ――U-FILEの面白さはプロレスクラスもあったところですよね。 水野 ああ、ありましたね。プロレスはめっちゃ好きでしたけど、見るのは好きなだけで。やるんだったら真剣勝負のほうに行っちゃいましたね。 ――当時のU-FILEは多士済々で。上山龍紀、長南亮、中村大介、大久保一樹……。 水野 不思議な空間でしたよね。プロレスとMMAがごちゃまぜになってて。田村さん自身がプロレスも格闘技もどっちもやれる人だから。 ――U-FILEってアマチュアの自主興行を頻繁にやってましたよね。 水野 ああ、ありましたね。何回か出てました。自分はMMAがやりたかったんで、早めの段階ですぐ自分でパンクラスゲート(アマチュア)に応募してどんどん試合をしてました。 ――プロデビュー戦がパンクラスだったのはそういう理由なんですね。 水野 そうです。パンクラスゲートとパンクラスは繋がってて、勝っていくと本戦に出れる。自分はそれが一番手っ取り早いと思ったんですよ。 ――それってジムを通さなくて自分で応募したんですか? 水野 自分から応募してましたね。 ――U-FILEからパンクラスに出てる人って記憶になかったんですけど……そこは自由だったんですね。 水野 他にいなかったんじゃないですかね。中村さんは内弟子だから、許可が必要かもしれないですけど、自分は一般会員だったんですよ。その違いはあると思います。 ――ああ、なるほど。 水野 田村さんはそのへん厳しいという話は聞くんですけど、自分一般会員だったこともあって、田村さんから「ああしろ、こうしろ」と指示されることはなかったんです。 ――田村さんとパンクラスにはラインがなかったし、U-FILEの選手が出るならDEEPでしたもんね。 水野 一番最初に出たのも修斗のフレッシュマントーナメントで。そのときもとりあえず応募したんですよ。どういうものかもわからないから、セコンドが必要なことも知らなくて。嫁のお父さんとお母さんが応援に来てくれたんですけど、セコンドがいないと試合が出れないことがわかって。嫁のお父さんに急遽セコンドをやってもらって(笑)。 ――ハハハハハ!お義父さんがセコンドだと負けられないですね(笑)。 水野 あのときはヘッドギアもどうつけていいかわからないし、バンテージも巻いてなかったですね(笑)。 ――そこでパンクラスの本戦に出ることになるんですけど、田村さんはいつぐらいに水野さんの存在を知ったんですかね?  水野 いつなんですかねぇ。パンクラスのデビュー戦の桜木(裕司)さんとやるときには話はした気がするんですけど…… ――U-FILEの選手は木下雄一さんがマネジメント的な役割をされてましたよね。 水野 そうですね。自分は最初、関係なかったですけど、途中から木下さんが面倒を見てくれる感じになりました。木下さんにはめちゃくちゃお世話になってます。 ――パンクラスでも早々に外国人とやってましたもんね。 水野 早めからやらせてもらいましたね。3戦目の相手がチアゴ・シウバだったんですよ。木下さんに「水野先生なら大丈夫でしょう」って言われて「やります」と受けたんですけど。試合映像を見て「……これ、いけるのかな、本当に」って(苦笑)。 ――チアゴ・シウバは、水野さんとの試合を最後にUFCに行っちゃうレベルで……。 水野 その次はアスエリオ・シウバですからね。PRIDEやUFCでガンガン戦ってるヤツだから「キャリアが全然違うじゃん!」と思ったんですけど。(笑)。 ・DREAMミルコ戦はやりたくなかったが… ・期限なしのDREAM武者修行プロジェクト ・ファイトマネーだけじゃ食えない ・意外な第2の人生…続きは会員ページへ  

水野竜也、有終の美を飾る……引退インタビュー

初代タイガーマスク以来の衝撃? 上谷沙弥MVP! プロレス大賞2025を語ろう■小佐野景浩

プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回はプロレス大賞2025を語ります! <1記事から¥100から購入できる連載記事! クリックすると試し読みできます!> 猪木さんと会えなかった新間寿さんの無念 ありがとう、西村修さん、グラン浜田さん、永島勝司さん追悼・小林邦昭さん 孤高のプロレスラー、小川良成引退 最高のプロレスラーだった曙さん 令和の女子プロ! 小佐野景浩の東京女子プロレス講座 中嶋勝彦を見よう/「プロレスの仕組み」論 追悼“テキサスブロンコ”テリー・ファンク 清宮海斗の「顔面蹴り」と「平和ボケ」 私が愛した“若獅子”アントニオ猪木この旦那にしてこの妻あり!! 天龍源一郎を支えたまき代さん 頑固一徹! 追悼・ターザン後藤さん 『至高の三冠王者 三沢光晴』を書いた理由 プロレスと結婚した風間ルミさん 武田有弘☓小佐野景浩 「これまでのノアと、これからのノア」 『ゴング』と東スポの元記者が語るプロレスマスコミ黄金時代/小佐野景浩☓寿浦恵一 【14000字対談】小橋建太☓小佐野景浩「あの頃の全日本プロレスを語ろう」 柴田惣一☓小佐野景浩 プロレスマスコミ大御所対談「スクープ合戦はガチンコの闘いだった」全日本プロレスの「うっかり八兵衛」が明かす全日本秘話あの日の全日本プロレス、SWSを語ろう■北原光騎×小佐野景浩嗚呼、阿修羅・原……修羅ごときそのレスラー人生!! 冬木弘道は「俺はやっぱり死ぬんだな」とニヤリと笑った… ――小佐野さんも選考委員を務めた2025年の東京スポーツ新聞社制定のプロレス大賞ですが、上谷沙弥選手が女性レスラー初のMVPを受賞したことが大きなニュースになりました。女性初の総理大臣が誕生した時代の流れもあり、ジェンダーレスの風潮の中で、すんなり決まったという印象を受けるんですが、実際の選考会の現場はどうだったんですか? 小佐野 いや、すんなりは決まってないですよ。結局、各賞を発表したときも票数しか表に出てこないから、1回目の投票ですんなりと上谷に決まったように見えちゃう。でも、投票前に現場では議論を交わしてるんだよね。 ――そこの選考過程が目に見えれば、エンターテインメントとしても面白いですね。 小佐野 そこはどうしても誌面に限りがあるからね。現場ではそれぞれの委員の意見も聞きながら進めていく。たとえば今回のMVPの投票結果だけでいえば、竹下幸之介(KONOSUKE TAKESHITA)が0票になったけど、それは各選考委員の意見を聞いたうえでそういう結果になったということだよね。 ――女性レスラーのMVP受賞の議論は白熱したんですか? 小佐野 そこまで激しく意見がぶつかり合ったわけではないよね。もっと紛糾しちゃうかな……と思ったけど。 ――そこはけっこう意外ですねぇ。 小佐野 やっぱり今年の顔を選ぶうえで、上谷の大活躍はみんな意識するからね。ただ、女性を選んだらプロレス大賞のシステム自体が根底から変わる可能性が非常にあるんだよね。だって、女子レスラーがMVPに選ばれるなら、私は「女子プロレス大賞はいらない派」なんですよ。女子プロレス大賞という特別枠があるほうが差別じゃんって思う。それに女子プロレス大賞をこのまま残すなら、男子プロレス大賞も作らないといけないでしょ。 ――いまは女優のことも「俳優」って呼んだり、性差をなくしていく時代ですね。 小佐野 上谷のMVP受賞以前からそういう葛藤があったわけ。今年はいままでのシステムでやって、結果的に上谷がMVPに選ばれた。来年からどうなるかは現時点ではわからない。もしかしたら賞の定義自体を考え直さなきゃいけないし、議論する必要があるかもしれないね。たとえば競技は違うけど、陸上で9秒台で走って世界新記録を出した女子選手がいました。その場合は男子を凌駕してるけど、女子の新記録として残るわけで。他のスポーツだって男子と女子に分かれている。 ――プロレス大賞はそこのラインが曖昧だったわけですね。 小佐野 それぐらい女子レスラーがMVPを取るってことを誰も想定してなかったってことだよね。もともとは女子のプロレス大賞はなくて1995年に創設された。途中で「該当者なし」が続いたくらいだから、女子のMVPは現実的ではなかった。でも、いまはヘタしたら女子のほうが世間から注目されちゃっている現実があるよね。 ――メディア展開や地上波露出は女子のほうが多かったりするし、そこが上谷選手の追い風になったところはありますよね。 小佐野 「話題性だけでMVPは違う」という意見も当然出るだろうけど、かつての真壁刀義はスイーツで一躍テレビで有名になったりしたけど、ちゃんとレスラーとして活動も加味するからね。 ――そこのバランスが上谷選手は非常によかったわけですよね。 小佐野 たしかにバラエティとかいろんな番組に出るプロレスラーは多いけど、「こんな人がいるんだ」って認知されただけで終わっちゃう。彼女の場合、ちゃんと視聴者をプロレス会場に引っ張ってきたんだよね。上谷がブレイクした『鬼レンチャン』なんか見ても、あれはやっぱり応援したくなるよ。プロレスを知らない人が見ても「この子の試合を見てみようかな」ってなったはず。あと『ラヴィット!』にレギュラー出演していれば、知名度は高くなるよね。『ラヴィット!』のスタジオで試合をやったこともすごいんだけど、「女子プロレス23年ぶりの地上波生中継」という打ち出しはどうなんだろう。大会を生中継してるわけではないから。TBSがそういう宣伝するのは全然OKだけど、解釈としては地上波生中継だとは思ってない。 ――そこはちゃんと線があるわけですね。 小佐野 それに23年前に生中継されたのはどの試合?って話だし。具体的なものは出てこないでしょ。 ――23年前ってことは2002年ですけど、全然覚えてないですね。生中継ってあったかなあ……。 小佐野 全然思い当たらないんだよね。あとTBSでは51年ぶりの生中継ってやつも間違ってる。あれはおそらくTBSが国際プロレスを打ち切った年で計算してるんだろうけど、国際の生中継はもっと前にやめてるから。そのときの国際は日曜日の午後に放送してて生中継はやってないのよ。どこの媒体もTBSの宣伝通りに報じてるけど、そこはちゃんと調べてよって思っちゃったね。 ――小佐野さんとしては上谷MVPは悩んだんですか? 小佐野 そりゃあ悩みますよ。「どの選考委員が誰に入れたか」ってことは公に言ってはいけないことになってるんですけど。選ばれる側の上谷も覚悟が必要だし、選ぶほうの我々も覚悟が必要ですよね。女性レスラー初のMVPはプレッシャーになるわけだし、それを背負わせた我々にも責任はあるわけだから。 ――これが10年前20年前だったらもっと物議を醸したと思うんですけど、ジェンダーの理解が進んでるから、「認めん!」みたいな声は見かけないですね。 小佐野 ここで頑なに「女子は違うだろ!」っていう風潮もないし、ダントツで印象に残った男子レスラーがいなかったことも上谷MVPの後押しになったよね。 ――ボクは竹下幸之介がMVP投票でゼロ票だったことが衝撃で。上谷選手と競ると思っていたので……。 ・竹下幸之介の「外様感」 ・新日ファンは竹下幸之介の過去を知らない ・棚橋弘至とウルフアロンは世間に届いているのか ・新日本のMVPはEVIL ・ノックアウトブラザーズの魅力 ・「令和のタッグ屋」論 ・昭和のプロレス大賞……続きはこのあとへ  

初代タイガーマスク以来の衝撃? 上谷沙弥MVP! プロレス大賞2025を語ろう■小佐野景浩
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