• このエントリーをはてなブックマークに追加

 今、DOMMUNEの前室にいて、海猫沢めろん先生と、宇川くんと中原さんのクロストークを聴きながら出番を待っているんだけど、なんだかんだ言って中原さんは絶対僕より長生きすると思う笑。

 

 一般的に糖尿がこじれて失明したり、合併症起こした人は(猪木さんが代表例だが)なかなか死なない笑。中原昌也がすげえのは、普通、重病と合併症で車椅子生活。という状況の人が一目に出ると、見る人が、心ならずも、「うわ」みたいな感じの痛々しさがあるもんだが、今日の中原さんは、僕が92年に法政で行われたジョン(ゾーン)のコブラに、まだルーキーで現れたその日(出演はなかった。日本の現代音楽家やインプロヴァイザーがいっぱい出ていたので、遊びに来たのだった)から幾星霜、「ガチで今日が一番カッコいいんじゃねえの?」という状態で、なんつうか、イケオジ的な俳優みたいだった。ジャンレノ+ゲンズブールみたいな。あれは、臨死重病者のオーラではない笑。

 

 いつだってハイでハッピーな宇川くんが、いつもの3倍付ぐらいでハイのハッピーになって、もう嬉しそうで嬉しそうで話が止まらないのを見て、僕は危なく泣きそうになってしまった。2人に何があったか、21世紀史さえ知っている者は少なくなった。誰が何を知っているのだろうか?フジロックのこととかか?笑

 

 徹夜、ファスティングのまま人間ドックに行って、内視鏡で(腫瘍の生検用カットのハサミの技術が上がったんで、若干太くなっていた。去年なんて稲庭うどんぐらいだったよ)鼻の穴から十二指腸まで腹の中をもみくちゃにされ、採血を6本、脳と胸部のCTその他で、もうぐったりだ。

 

 今年は下部(腸)内視鏡を止めたんで(「毎年やるもんじゃないんですよ」と言われたんで。しかし、こんなカッコ内で扱うのもなんだが、こないだ同い年で友達のモーリー·ロバートソンが死んだ。食道ガンでだ。頭の良い、育ちの良い、気のいいやつだったが、終生、自分は音楽を愛している、という虚偽を、自己洗脳の形でキープし続けた。それが祟ったとは口が裂けても言えないが。そして、同年輩の=バブル躁病質の有名人が次々亡くなっている。もう本来なら僕らは死ぬ年なのだ)、半分の時間で済んだのだが、それでも終わったらフラフラになって、ドックに行くと貰える食券(<献血にゆくと貰える牛乳>が目的ぐらい好きだった奴も多いだろう。僕はドックの後に貰う食券で喰う飯がすごい好きだ。子供の頃「食券」を売っていたからだろう)で「にいむら」というトンカツのチェーンでランチの盛り合わせカツ定食みたいなのを居眠りしながらガンガン喰って、居眠りしながら部屋に戻り、動画の編集をしている間に寝落ちてしまい、今起きた。

 

 僕のファーストキス(ほっぺたにチュ。とか、そういうんじゃなくて、完全にセックスの前戯並みのやつ)は中学3年生の時で、もちろん実名は伏せるが塚本さんという人だった。もう孫がいるだろう。

 

 まあこの歳になってファーストキスの話をするなんて気持ちが悪いのを大きく超えて、気が触れていると査定されても仕方がないので、やめるが、この日は僕の記念日になっている。

 

 ファーストキスをした日、だからではない。僕はフッドで働く(つまり、水商売)の女性から犯されかけるまで愛されたので、顔中舐めまくられたり、頬を掴まれて鼻を擦り付けられたり、そのまま唇に唇を押し当てられて育ったので、実際のところ、塚本さんとのファーストキスは「同い年の交際相手」と「誰もいない港で」と、かなりロマンティークだとはいえ、僕は既に、フッドで働く水商売の女性達に精神的&肉体的な擬似的去勢を受けたせいかどうなのか、ロマンティークに対して、当時の僕はかなり不感症で、いわゆる「付き合ったかどうかすらはっきりしないんですけどお」というやつなのだが、塚本さんのお父さんは、缶詰工場の工員で、まあまあぶっちゃけ塚本さんは貧困サイドにいた。

 
ビュロ菊だより

「ポップ・アナリーゼ」の公開授業(動画)、エッセイ(グルメと映画)、日記「菊地成孔の一週間」など、さまざまなコンテンツがアップロードされる「ビュロ菊だより」は、不定期更新です。

著者イメージ

菊地成孔

音楽家/文筆家/音楽講師 ジャズメンとして活動/思想の軸足をジャズミュージックに置きながらも、ジャンル横断的な音楽/著述活動を旺盛に展開し、ラジオ/テレビ番組でのナヴィゲーター、選曲家、批評家、ファッションブランドとのコラボレーター、映画/テレビの音楽監督、プロデューサー、パーティーオーガナイザー等々としても評価が高い。

http://www.kikuchinaruyoshi.net/
メール配信:あり更新頻度:不定期※メール配信はチャンネルの月額会員限定です

月別アーカイブ