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2026年9月の記事 17件

【記事14本16万字】青木真也、超RIZIN5、芹澤健市、プロレス詐欺、後楽園ホール改修……

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【記事14本16万字】青木真也、超RIZIN5、芹澤健市、プロレス詐欺、後楽園ホール改修……

マーティー浅見はなぜスリーカウントを叩かなかったのか/NOAH消化不良決着炎上

プロレス格闘技業界のあらゆる情報に精通する「週刊プロレス事情通Z」のコーナー。今回のテーマはマーティー浅見はなぜスリーカウントを叩かなかったのか/NOAH消化不良決着炎上です!(聞き手/非常ベル野郎) 【1記事から購入できるバックナンバー】・レフェリー田山正雄インタビュー「みんな大好き破壊王・橋本真也伝説!」 ・ブシロードショックを吹き飛ばす上村優也vs大岩陵平のG1クライマックス ・吉田豪が語る「スマッシング・マシーンとPRIDE、紙プロの狂った時代」<後編18000字> ・「昭和の団体」ドラゴンゲートの歴史を振り返る!■事情通Z ――Zさん、非常ベルが鳴ってます!新日本プロレスとNOAHがまーたやらかしましたよ!! だからいまのプロレスはダメなんだよなあ。大バッシングで草ァ! Z 9月27日のそれぞれの興行での出来事がSNSで話題になってるね。 ――ひとつめの非常ベルは、新日本プロレスですよお!失神したゲイブ・キッドがドリラ・モロニーのフォールを返せなかったのにレフェリーがスリーカウント叩けず。調べたらレフェリーのマーティー浅見はインディ出身じゃないですか。インディに任せるなんて草!!  Z ……さっきから「草、草!」うるせえなあ、この「全力草野郎」め! 語尾に草をつければマウントを取れると思いやがって。だいたい昭和のレフェリーだって「草!」なレフェリングは腐るほどあっただろ。今回のゲイブの件は批判されても仕方ないが、ある意味でマーティーさんのファインプレーともいえるんだよ。 ――全然ファインプレーじゃなくて草wwww!説明してくださいよ! Z 今回はゲイブ・キッドの王座防衛というストーリーだった。・マーティー浅見はなぜスリーカウントを叩かなかったのか・最終戦、AEW……絡み合う理由・NOAH消化不良決着の炎上・リーグ戦は諸刃の剣・ゲイブと遠藤哲哉は繋がっている?……続きはこのあとへ この続きと青木真也、超RIZIN5、芹澤健市、プロレス詐欺、後楽園ホール改修……などの「記事14本16万字」が900円(税込み)が読める詰め合わせセットはコチラ https://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2237728 この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!1記事200円から購入できます!  

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“ケンドー・ナガサキ”桜田一男「メガネスーパーはSWSに100億円使った」

この記事は2014年に掲載されたものです!「喧嘩をやらせたら日本で一番強い」と言われたプロレスラー、桜田一男。大相撲からプロレスに転身。ナメられたらオシマイのアメリカマットでトップの地位を確立し、「ケンドー・ナガサキ」などのリングネームで暴れまわった。そして“金権プロレス”と批判されたメガネスーパーのプロレス団体「SWS」設立に深く関与。同団体崩壊後も当時メガネスーパーの社長だった田中八郎氏との密接な関係は続いたという。そんな桜田一男の怒涛のプロレス人生を14000字のロングインタビューで追った!(聞き手/ジャン斉藤)――ここのサイトの読者は「喧嘩が強い」プロレスラーのお話が大好きなんです。   桜田 フフフフフ。弱いよ、俺は。負けたから。 ――大日本プロレス時代に出られたバーリトゥードのことですね。47歳という年齢でよく出られましたよね。 桜田 あれは(グレート)小鹿が決めた企画だから。40代はキツイよ、やっぱり。いちばん元気な30代じゃないと。掴まえたら極められたんだろうけど、パンチの練習もしてなかったし。 ――あの企画の流れでブラジルにも行かれてたりしてましたよね。 桜田 1ヵ月くらい行ってたね。向こうで山川(竜司)が試合したんだけど。ブラジルは凄いよ、治安が悪くて、よくオリンピックをやるなって。「すぐそこで誰かが撃たれた」という話も聞いて。 ――あのときは平(直行)さんら総合格闘家も一緒でしたね。 桜田 あー、誰か来てたな。おぼえてないけど。危なくてひとりで便所に行けないとか騒いでたよ。俺は海外が慣れてるからなんとも思わなかったけど。 ――さすがですね(笑)。ヒクソン(・グレイシー)に会われたことはおぼえてますか? 桜田 会った。山川が出た大会はヒクソンがプロモーターだった。スポンサーがいなくなってお金がないから最後の何日かホテルを変えてくれって言われたな。練習場にも行ったけど、向こうのガキは小さい頃からやってるんだもんね。あれは強くなるよね。 ――桜田さんはマルコ・ファスの道場でスパーリングされたんですよね? 桜田 やったよ。グラウンドは負けなかった。強い奴がいたな。新日本で来てた奴。 ――武藤(敬司)さんと伝説の格闘技戦をやったペドロ・オタービオですね。話はさかのぼって、桜田さんは相撲からプロレスに転身されたわけですが、のちに全日本プロレスで一緒になる天龍(源一郎)さんやロッキー羽田さんとも角界で面識はあったんですよね。 桜田 知ってたよ。まさかあとでプロレスで一緒になると思わなかったけど。あの頃は相撲をやる人間がいっぱいいたんだよ。 ――相撲は花形スポーツでしたよね。いまは、なり手が少なくなってますけど。 桜田 ウチの立浪部屋だけで60人くらいいたから。やめてく人も多かったけど。1日でやめたりね。 ――いまは指導法が問題になってたりしますが、当時はとんでもなく厳しかったんですよね。  桜田 しごき、凄かったよ。いまだと大問題になってみんなやめちゃう。俺も何度も「つらい」と思ったけど、実家が北海道だし、帰るに帰れないから。そんな中でもイジメられる奴と、そうでない奴に分かれるんですよ。 ――桜田さん、イジメられなさそうですね。 桜田 うん。俺はイジメられない。どこに行ってもイジメられる奴っているじゃないですか。会社や学校だったり。 ――桜田さんが相撲をやめたのは、部屋内のイジメを止めたことがきっかけなんですよね。 桜田 そうそう。若い衆が入ったばっかの新弟子をイジメたから、俺が怒ってぶん殴ったんだよ。そのやりとりを見てた女将さんが親方に報告して。親方が俺にブツブツ文句を言うから「もうやめる」って。あっちは縦社会だから、説明したってダメだから。でも、何度も止められましたよ。いいところまで行ってたからね。 ――相撲に未練はなかったですか? 桜田 永源遙っていたじゃん。あの人は立浪部屋にいたから、遊びに行くと「いつ相撲をやめるんだ。プロレスをやろう」とか煽られてね。それでやめることになっちゃった。少しは相撲に未練はあったんだけど。 ――プロレスが魅力的に見えたところもあるんですか? 桜田 プロレスは自由に見えたよね。アメリカとかあちこちに行けるし。相撲は親方になってもずっと部屋にいなきゃならない。そういう自由はないじゃないですか。 ――それで永源さんの繋がりで日本プロレスに入られて。 桜田 練習はキツかったよね。やったことないことをやるから、やっぱし。でも、やってくうちにおぼえていったよ。その頃は山本(小鉄)さんと大坪(飛車角)さんというコーチがいて、練習には厳しいけど、普段は優しかった。当時一緒に練習していたのは藤波辰爾、キラー・カン、佐藤(昭雄)、シンガポールから(ドナルド・)タケシという奴が来てた。キラー・カンはいっつも泣かされていたよ。イジメられる役なんだよ、アイツは。藤波は練習も真面目だからイジメられない。キラー・カンは真面目じゃなかったから。それで永源さんなんかにいっつも怒られて、すぐ女のところに逃げちゃってた。あだ名が「オバケ」だったよ。身体がオバケみたいに大きかったから。 ――日本人離れした身体ですもんね(笑)。 桜田 あのときは永源さんや藤波、キラー・カンとか5人くらいで八百屋の2階のアパートに住んでいたんだよ。場所は三軒茶屋。部屋は3つあって、永源さんがひとつの部屋でベッドで寝てて、あとの部屋に俺たちが布団を敷いて寝てた。 ――永源さんは先輩だから別格なんですね。 桜田 永源さんが「タクシー!」と言ったら、みんなでタクシーを拾いに行ったよ。あの当時タクシーはなかなか拾えなかったから、誰が拾うか勝負だったよね。 ――桜田さんは上田(馬之助)さんの付き人だったんですよね。 桜田 そう。上田さんはちょうどアメリカから帰ってきたばっかだった。キラー・カンは吉村(道明)さん、佐藤は馬場さん、藤波は猪木さん。俺が上田さんだったけど、何も用事がないんだもん。付き人として凄く楽。ほかはみんな大荷物だけど、上田さんは荷物も小さいしさ。優しい人だったよ。仕事はちゃんとやるけど。 ――上田さんは仕事もできたうえに、ガチンコも強かったんですよね。 桜田 何回もやったことあるけど、メチャクチャ強いよ。猪木さんも強いです。猪木さんと上田さんは用事がないかぎり道場で来て練習してたから。馬場さんは来なかったけど。 ――そこはイメージどおりですね(笑)。当時“柔道日本一”という触れ込みで日プロに入団された坂口(征二)さんはどうでした? 桜田 坂口さんはあんまり強くない。でも、引っ張る力は凄かったね。あの身体でロープ登りしちゃんだからビックリしたよ。同じ柔道でいえばアントン・ヘーシンクも引きつける力は凄かった。 ――柔道五輪無差別級の金メダリストですね。 桜田 俺がプロレスを教えたけど、ヘーシンクにガッと引きつけられたら動けないんだから。でも、プロレスセンスがなかったね。 ――話を戻すと、上田さんはそんなに口うるさくない先輩だったんですね。 桜田 うるさいのは大木金太郎。あとユセフ・トルコもうるさい。 ――トルコさんはたしかにうるさそう(笑)。 桜田 試合が終わったらタクシーで旅館まで帰るじゃない。タクシーを呼ぶのは若い衆の仕事なんだけど、トルコは「タクシー!タクシー!!」って騒いでうるさいんだよ。早く来なかったら怒って大変だし。性格的にあんまり好きじゃなかった。悪いことばっかやってたし。悪いよ。凄く悪いよ。 ――三度も繰り返すほど悪いですか(笑)。 桜田 トルコは猪木さんや上田さんとくっついてた。 ――幻に終わった日プロクーデター計画のメンバーですね。 桜田 上田さんが全部バラしちゃったけど。 ――どうして上田さんは猪木さんを裏切ったんですか? 桜田 それは知らないけど。「猪木と一緒にクーデターをやるはずだった」ってことを芳の里さん(当時の日本プロレス社長)にバラして。その内幕を原稿用紙10枚くらいに書いてきたんだよ。上田さん、字が凄くうまいから。 ――「こういう計画を猪木が企んでいる」と。 桜田 選手全員集められて、上田さんがその原稿を読み上げて。みんなビックリしたよ。芳の里さんたちがゴルフをやってるあいだに、猪木さんと上田さんが会社を乗っ取ろうとしてたんだよ。 ――事務所に乗り込んで手続きなんかをしてしまおう、と。日プロのエースだった馬場さんは知ってたんですか? 桜田 馬場さんも知らない。だからみんな反発したよ。やっぱり乗っ取られるのは嫌じゃん。自分たちのやりやすいようにやられちゃうかもしれないから、みんな反発した。猪木が事務所に来たら叩きのめせってことで、5〜6人で待ってたんだよ。でも、来なかった。 ――猪木さんは先輩ですけど、やりづらくなかったですか? 桜田 やるとなったら仕方なかった。 ・坂口征二の日プロ離脱の修羅場 ・アメプロ黄金時代 ・ナイフとバットを持った観客 ・ブルーザー・ブロディ刺殺事件 ・武藤とはウマがあったが、ポーゴはダメ ・SWSのエースは武藤敬司の予定だった ・SWSの天龍源一郎は落合博満と同じ給料 ・剛竜馬SWS入団拒否会議 ・田中八郎に最後に会ったのは……続きはこのあとへ この続きと青木真也、超RIZIN5、芹澤健市、プロレス詐欺、後楽園ホール改修……などの「記事14本16万字」が900円(税込み)が読める詰め合わせセットはコチラ https://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2237728 この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!1記事200円から購入できます!  

“ケンドー・ナガサキ”桜田一男「メガネスーパーはSWSに100億円使った」

「UWFに憧れてゴッチさんのもとへ向かったけど……」新日本の練習生がリッキー・フジに変身した理由

リッキー・フジのロックンロールなロングインタビュー!! UWFに憧れた新日本プロレスの練習生がカナダに渡り、デビューするまでの軌跡を13000字で追います! この記事は2018年に掲載したものです(聞き手/ジャン斉藤)【1記事から購入できるバックナンバー】・谷津嘉章がを語る「プロレスとヤクザ」…興行という灰色の世界 ・学生プロレスがプロレスを変えた?〜棚橋弘至が「ハメ浩」だった時代〜■レイザーラモンHG&RG ・嗚呼、阿修羅・原……修羅ごときそのレスラー人生!!■小佐野景浩のプロレス歴史発見 ・『極悪女王』、『アイアンクロー』……プロレス映像作品の世界■今成夢人 ――リッキーさんは今年でプロレスデビュー30周年なんですよね(取材したのは2018年)。 リッキー 88年の6月にカナダでデビューしてますからね。1冊の本を書けるくらいの体験をしてますよ(笑)。  ――インタビューではもったいない感じなんですかね(笑)。最初は新日本プロレスの練習生だったんですよね。 リッキー 高校卒業後に入門しまして。高校のときは野球部だったんですよ。これは余談になりますけど、来年から中日ドラゴンズで監督をやる与田剛。彼は同級生になんですよね。 ――へえ、与田さんと一緒に野球を。 リッキー アイツの球は速くて重いからキャッチボールをやりたくなくて。球を受けると手が痛いから(苦笑)。与田はとにかく野球がうまくて「こういう奴がプロに行くんだろうなあ〜」と思っていたら本当にプロになりましたからね。 ――与田監督って肩幅がデカくないですか? リッキー ああ、大きいですよね。当時のあだ名は「えもん掛け」でしたからね(笑)。 ――ハハハハハハハハ! リッキー 俺は途中で野球部をやめちゃったんですよ。高校や大学って学年がひとつ違うと扱いが変わるじゃないですか。「なんで1年ぐらい早く生まれただけなのに、こんな偉そうな態度なんだ?」と思っちゃって。プロレスはもともと好きで見てたんですけど、プロレスって身体の大きい人がやるものだっていう感じで。  ――当時は180センチでも小さい……という時代でしたね。 リッキー そんなときに蔵前国技館でタイガーマスクのデビュー戦を見まして、近くに寄ってみたら俺と背の高さがそんなに変わらないんですね。そこで「もしかしたら俺もプロレスラーになれるんじゃないか?」と思ったんですよ。その日からプロレスラーになるために、毎日スクワット1000回、プッシュアップ500回をやるようになって。  ――新日本プロレスにはすんなり入門できたんですか? リッキー いや、履歴書を送っても梨のつぶてで。仕方ないので高校卒業したあとは新日本道場近くにアパートを借りて、バイトしながらチャンスを伺ってたんですよ。 ――完全にストーカーですね(笑)。 リッキー ハハハハハハハ。道場が近くだったので、あるとき道場へ見学に行ってみたんですよ。そうしたら山本小鉄さんが1人で練習されてまして。 ――1人でトレーニング! さすが小鉄さん。 リッキー 小鉄さんに「プロレスラーになりたいんです!」っておもいきって声をかけてみたら、「じゃあ見てやる」ってことでスクワットや反射神経のテストをやっていただいて。「近くに住んでいるんだったら道場を貸してやるから身体を大きくしなさい」と。通いでトレーニングの許可をしてくださったんですよ。それからバイトが終わったら新日本の道場で練習するようになったんですね。 ――それは新日本のレスラーに混じって練習するんですか? リッキー そのときは個人練習の時間ですね。ほかにも何人か練習されてたんですけど、第1次UWFに移る前の高田(延彦)さんがキックの練習をしてることが多くて。高田さんも俺のことを「コイツはいったい誰なんだろう?」と思ったんでしょうね(笑)。 ――練習生でもないわけですからね。 リッキー 事情を説明したら高田さんは丁寧にアドバイスをしてくれて。メシを腹いっぱい食ったあとにデザートとしてバナナ3本、チーズ3つ、それを牛乳とプロテインに混ぜて飲めと。高田さんの言われたとおりやったら1ヵ月で体重が10キロ近く増えましたね。 ――リッキーさんと同じように通いで練習されていた方はいました? リッキー いや、いなかったですね。あとになってからウルティモ・ドラゴン選手が通いの立場で練習していたとは聞きましたけど。いま思えば、よく受け入れてくれたなって思いますね。俺が逆の立場だったら「なんだコイツは?」って思っちゃいますから(笑)。  ――そこから新日本の練習生になったんですね。 リッキー しばらくしてから入寮の許可が出まして。アパートに帰ったら大家さんから「新日本プロレスから電話がありました」と。折り返したら「寮に入っていいぞ」ということで。84年8月のことでしたけど、その年の3月に船木誠勝さん、AKIRAさん、4月に闘魂三銃士(橋本真也、武藤敬司、蝶野正洋)。豊作の年だったんですよ。  ――それだけ新人が入門してるのに、途中から入寮できるって珍しいですね。 リッキー それはUWFの選手離脱に加えて、長州さんたちジャパンプロレス勢もゴソッと抜けたからなんでしょうね。人数合わせというか、雑用が必要だったというか(笑)。 ――大量離脱で枠が空いたと。入門が同じ年でも皆さん先輩になるんですよね。 リッキー そうですね。武藤さんや蝶野さんは年上で、橋本さんは同い歳だったんですけど、船木さんは中学卒業したばかりで15歳じゃないですか。こんなこと言うとアレですけど、15歳の少年に普通に呼び捨てにされちゃうんですよ(笑)。 ――船木さんは躊躇しないで呼び捨てしそう(笑)。  リッキー だから俺には同期の人間がいないんですね。ちゃんこ番とかはみんなで順番にやるんですけど、何かあると一番下の俺に降りかかってくることは多かったですし。朝の合同練習が始まる前に道場を掃除をしたり。 ――やっぱり雑用は大変ですよね。 リッキー 当時の寮長は小杉(俊二)さんという方だったんですけど、ちゃんこの味付けにも厳しくて。あと巡業だと配車という仕事が大変でしたね。外国人レスラーの試合が終わると、タクシーを呼んでホテルに帰らせる。そのタイミングがけっこう難しいんですよ。早くタクシーを呼んじゃうとメーターが上がっちゃいますし……配車で失敗しないようにビクビクしてましたねぇ。 ――あと練習生は道場から外出禁止なんですよね。 リッキー 外出はできなかったですね。ずっと道場の中で生活してるから「いま日本はどうなってるんだろう……?」という感じで(笑)。落ち着けるのは寝るときぐらい……いや、寝てても油断ができなかったです。朝起きると、ライガーさんのイタズラで足がベッドにロープでくくりつけられていたり(笑)。 ――ハハハハハハ! ライガーさんのイタズラは最高に酷かったって聞きますけど。 リッキー これは後々の話になるんですけど、俺はカナダでもライガーさんと一緒だったんですよ。安達(ミスター・ヒト)さんの家に馳(浩)さん、ライガーさんと一緒に住んでいて。あるとき家でちゃんこを作ってみんなの帰りを待ってたら、ライガーさんから電話があって「試合で足を骨折してしまった」と。松葉杖を突いて帰ってきたライガーさんはかなり落ち込んでいて。その頃は先輩・後輩の壁がなくなってて、食べ終わった皿なんかは自分で洗うみたいな感じだったんですよね。でも、ライガーさんはケガしてて落ち込んでるから「ボクが洗いますよ」っていろいろフォローしてたんですけど。皿を洗い終わったらライガーさんは急に松葉杖を外して元気に飛び回って。要は俺に皿を洗ってほしかったらしくて騙したんですよね(笑)。 ――それだけのために手が込みすぎですよ!(笑)。 リッキー もう普通のイタズラだと飽きちゃったということなんでしょうね(笑)。 ――橋本さんもイタズラは凄かったんじゃないですか? リッキー 橋本さんもいろいろと凄かったですよね。あるとき蝶野さんが呆れてたんですよ。「ブッチャー(橋本のあだ名)がまたやってるよ……」って。どうやら道場近くの多摩川の土手で、真っ黒なサングラスをかけてモデルガンが持って立ってたみたいで(笑)。 ――ハハハハハハ! 前座の頃から凄い存在感ですね。 リッキー 選手がゴッソリ抜けて中堅がいないという状態でしたからね。あのときは荒川(真)さんがみんなの面倒を見てたんですけど。 ――荒川さんはいい意味でデタラメな方ですよね。 リッキー ハッハッハッハッ! それこそザ・プロレスラーという感じでしたよね。 良い部分も悪い部分も含めて豪快な方で。どこまで言っていいいのかわからないんですが……あのときは選手が大量離脱した時期だったので「次は誰が抜けるのか?」って会社は戦々恐々としてたんですね。坂口さんや藤波さんが道場に寝泊まりして誰も逃げださないようにしていたり。そんなある日、全員集合のミーティングがあったんですが、荒川さんと橋本さんと武藤さんがいなかったんですよ……。 ――ああ、例の事件ですか? リッキー ああ、ご存知ですか?(笑)。  ――もちろん知ってます!(笑)。 リッキー じゃあ言ってもいいんですかね(笑)。坂口さんが「荒川が若手を連れてどこかに行っててしまったけど、みんな一致団結して頑張ろう!」と。荒川さんたちが他の団体に引き抜かれたという前提でしゃべってるんですけど、しばらくしたら荒川さんが「おはようございまーす!!」と帰ってきて。会議があることを忘れてみんなでソープランドに行ってたんですよね(笑)。 ――ハハハハハハ! あの伝説の現場にいましたか!  ・過酷すぎる新日本道場 ・強さを求めてゴッチさんのもとへ ・アメプロの目覚め ・ハート一家「ダンジェン」 ・カナダで「タイガーマスクになってくれ」 ・カナダの橋本真也伝説 ・大剛鉄之助とミスターヒト……続きはこのあとへ この続きと青木真也、超RIZIN5、芹澤健市、プロレス詐欺、後楽園ホール改修……などの「記事14本16万字」が900円(税込み)が読める詰め合わせセットはコチラ https://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2237728 この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!1記事200円から購入できます!  

「UWFに憧れてゴッチさんのもとへ向かったけど……」新日本の練習生がリッキー・フジに変身した理由

喋りまくる青木真也vs喋らない朝倉未来!! ダウトvs平本の判定■笹原圭一の「超RIZIN5」24000字

大会後恒例!RIZIN広報の笹原圭一さんが超RIZIN5を24000字で総括します!(聞き手/ジャン斉藤) 【1記事から購入できるバックナンバー】・笹原圭一の「嘘をつかず、真摯に、誠実にRIZINに向き合う」 18000字! ・【28000字】超RIZIN5マッチメイクの裏側!広島大会振り返り!! ACAと対抗戦!?■笹原圭一 ・大感動!! 扇久保vs神龍の“鶴屋プロレス”とは何か■笹原圭一 ・武尊、井上尚弥、平良達郎の「聖なる試合」と、RIZIN神戸■笹原圭一   ――笹原さん! あんなに盛り上がった超RIZIN5に泥が塗られたってみんな怒ってますよ! 笹原 泥なんか塗られました? まったく心当たりないです。  ――笹原さんも参加したオープニングの武将コスプレですよ! 今回は滑ったんじゃないかなと。 笹原 えっ、朝倉未来が青木真也をKOした瞬間より盛り上がったじゃないですか! ――それは幻を見ています(笑)。前回のコスプレはフンドシだったじゃないですか。そこから服を着たからインパクトがなかったんじゃないかなと。最近は横島加奈さんもどんどん脱いでますし、やっぱり減らさないと面白くないわけですよ! 笹原 今回の武将コスプレの経緯を語ると、今回は超RIZINですけど当初は「大阪ではメガイベントが初めてなので、あまり余計なことはせずに正調RIZINのオープニングで行くべきでは?」っていう話をしてたんですよ。でも、大会10日前ぐらいに佐藤大輔さんが「なんかやったほうがよくない?」とか余計なこと言い始めて(笑)。急に不安になってきたんですよ。 ――さすがに10日前だとイリー・プロハースカを呼ぶとか無理ですもんね(笑)。 笹原 いろいろ頭を悩ませた結果、大阪だから社長には豊臣秀吉になってもらおうと。 ――それで開会宣言が豊臣秀吉コスプレになったと。 笹原 で、社長に「大阪といえば大阪城で、大阪城を築城したのは秀吉ですから」みたいな説明をしていたんですけど、「いや俺は信長をやりたい。秀吉は嫌だ」とか言い始めて(笑)。 ――ハハハハハ!まあでもたしかに地獄のプロモーター榊原さんのイメージは「魔王・信長」ですよね。 笹原 なので「今年のNHKの大河は『豊臣兄弟』ですし、鳴かぬなら鳴かせて見せようホトトギスとかは、まさに社長のイメージにピッタリですよ。信長は大晦日のバンテリンドームに取っておきましょう!」とか適当なことを言って、必死に説得したんですよ(笑)。 ――皆さん、大晦日は地獄の織田信長が待ってます! 笹原 あとは佐伯さんがひょうたんを持っていたじゃないですか。衣装屋さんが小道具をいろいろ持ってきてくれたんですよね。その中にひょうたんがあって、社長から「これをササが持ったら面白いんじゃないか」と言われて持ってみたらむっちゃ重たかったんですよ。だから佐伯さんに「このひょうたんは馬印といって、足軽の中でも上の人間しか持てないんですよ!」と言いくるめてパスしました! ――あのひょうたんのせいで佐伯さんの顔が見えませんでした(笑)。 笹原 だからあのオープニングの中に、私の黒田官兵衛のような知略が張り巡らされていたんですよ! ――そんなRIZINの官兵衛・笹原さんに聞きたいんですけど、ダウトベックvs平本蓮の判定を笹原さんはどう見たんですか? 笹原 試合直後の率直な印象は、ダウトベックの判定勝ちかなと。 ――ほほう。笹原さんはどこで試合を見てたんですか? 笹原 モニターで見てましたね。でも、1ラウンドはどっちだ、2ラウンドはどうだ……みたいな感じでは見てなくて。そういう意味ではトータルマストみたいな感覚で見てました。 ――じゃあ、平本蓮の判定勝ちが告げられたときは驚きました? 笹原 ですね、驚きました。なので大会終了後にJMOCの福田(正人)さんと当然この話をして、いろいろ説明を受けて試合を思い返してみたら、平本選手の判定勝ちには腑に落ちました。「なるほど。たしかにこの展開なら平本選手の勝ちでも全然不思議ではないな」と。 ――競った試合だから、どっちの勝ちもありえるとはボクも思うんですけど。平本蓮勝利に納得しない人が、笹原さんや柏木さんのアカウントに突撃してますよね。2人とも帰京する新幹線の中でヒマなのか、正面から向き合って返信してますけど。 笹原 いい機会だから判定の説明をしているんですけど、なかには「笹原と柏木、鎮火に必死だなw」とか言ってる人もいたじゃないですか。 ――そういう書き込みちらほら見ました。 笹原 違います。まったく違います! ボクと柏木さんは火を鎮めるどころか、薪をくべてるんですよ(笑)。 ――もっともっと燃えてほしいと(笑)。 笹原 そのやり取りを通して判定基準が伝わってくれればいいかなと。 ――SNSで思うのは質問する態度って大事だなって。前向きな議論をしたいわけではなく、判定基準をもっと知りたいわけではなく、ただただ文句を言いたい。判定に納得がいかないというより、平本蓮が勝ったことに納得いかない人がたくさんいる。こういうことを「いや、そんなことはない!RIZINの判定が問題なんだ!」と怒る人もいるけど、書き方でその感情が伝わっちゃうんですよね。 笹原 そこはすごくわかります。いままで判定やルールのことなんて1mmも考えたことない人が、「もうこの10何年間ずっと疑問でした!」みたいな感じで絡んでくるんですよ。「嘘つけ!」って感じじゃないですか。 ――笹原さん、判定の理解を深めたいと言いつつ、めっちゃ煽ってますよ(笑)。 笹原 いやいや、煽ってないですよ!  ――本当に知りたいのか、文句が言いたいだけなのか。そこは“まだら”だったりするわけですが、そこの区別がつきづらいのがSNSですよね。 笹原 明らかに、からかいに来てる人もいるし、最初から納得するつもりがない人もいますね。 ――日本で一番MMAに詳しい柏木さんに絡んでる人もいるじゃないですか。あれ、こめおがシェイドゥラエフにケンカを売るようなもんですよ! 笹原 「味噌汁で顔洗って出直してこい!」の前に「まずオマエは手を洗え」と(笑)。 ――こういうと「議論することも否定するのか!?」みたいに絡まれるんですけど、RIZINは判定の議論は大歓迎だし、JMOCほど啓蒙運動をしている組織は世界にもないんですよね。日本の格闘技ファンは誇っていいと思うんですけども、世界で一番判定に対してのリテラシーが高いのは日本ですよ。 笹原 そこはホントにそう思います。 ――今回の件も「海外では八百長だと言われている!」というけど、海外では啓蒙活動はほぼされてないから感情でしか見てない人が多いんですよ。ギャンブルの対象でしかない層も多いし。 笹原 今回は超RIZINというビッグイベントだったことで、普段は見ない層も入ってきて騒いでるところもありますね。だから前提が違った議論になるから、ますます広がっているんじゃないですかね。 ――そういう意味では今回の試合は判定の格好の教材になると思うんですよ。なので「忖度」という思考停止ワードで片付けようとしないでほしいなと。 笹原 だったら、RIZINの0勝5敗で終わったベラトールとの対抗戦を忖度してほしかったですよ!(笑)。 ――ハハハハハハ!  笹原 あのときベラトールCEOのスコット・コーカーから「この判定で大丈夫なの?  あの試合とあの試合はRIZINの勝ちでもおかしくないのでは?」ぐらいの感じで言われてたんですよ。 ――「ホームタウンデシジョンがあるだろ」と疑心暗鬼だったスコットが逆にRIZINを心配したと(笑)。 笹原 まぁこの際だからはっきり言いますけど、JMOCは判定に関しては大木金太郎か、ボボ・ブラジルかというくらい頭が硬いんですよ!彼らの辞書に忖度なんてありませんよ!〇〇◯〇〇と一緒にすんな! ――ハハハハハ!大木金太郎とボボ・ブラジルは各自調査、〇〇◯〇〇の伏字は想像してもらうとして、JMOCの清廉さは本当に特筆に値しますよね。 笹原 そうなんですよ。 ――混乱を招いた要因のひとつに、3ラウンド終了時に実況解説が「平本蓮、判定負け」確定みたいな言い方をしてしまった。あの展開だと平本蓮に入ってもおかしくないから「ミスリードになりかねない」と思ったら、案の定……。 笹原 実況解説がダウトベック勝利の雰囲気を見せたことが、判定への疑念のひとつかもしれないですね。川尻達也は大阪城で打首です!(笑)。 ――ハハハハハハ! 解説で「自分の判定の視点はこうだ」と示すのは、視聴者に対して大切な作業ですよね。 笹原 そういう意味では、「まだ平本蓮の判定勝ちの可能性はありますよ」ってひと言あるだけでも違ったかもしれない。そこは実況解説だけではなく、制作側も判定への理解度を高めることも求められるでしょうし。もっと言えば、そこまで気を回していなかった我々主催者の責任だと思います。 ――あと試合直後に平本蓮が泣いていたことで「戦った本人が負けたと思ってるんだから判定がおかしい」と。 笹原 平本選手本人は「1ラウンドで倒せなかったから悔しくて」と説明してましたけど、まぁそれは平本選手流の煙の巻き方でしょう。実際本人も「判定で負けた」と思ったんじゃないですかね。 ――まあ、戦っている選手本人は意外とわかんないですもんね。 笹原 わかんないし、「泣いてるから負けだ」というのもムチャクチャかなと。 ――1986年の日本シリーズ、読売ジャイアンツvs西武ライオンズの第6戦。あとアウトひとつで西武の日本一が決まる直前、ファーストを守る清原和博が泣いてましたよ(笑)。 笹原 ハハハハハハ! あのときの清原は、ドラフトで裏切られた巨人に勝てると感極まって泣いたんですけど(笑)。 ――ピッチャーの工藤公康は「一塁側に打たれたら清原は捕れない」と考えて投球をした……という話はどうでもいいです(笑)。 笹原 「いろんな涙があるよ」ってことですね。 ――思ったのは、これが10年前だったら、もっと「この判定は忖度で八百長だ!」って大騒ぎになってるんじゃないかなと。今回も炎上はしてるんですけど、判定の見方が深まってるから「平本蓮勝利の根拠」を出せてるファンも多いのかなと。 笹原 そこはボクらもファンのことを信頼しているところはあります。不満を持つ人がいる一方で「平本蓮の勝ちもあるよね」という意見も出てきてたんで、そこはさすがRIZINファンだなと思いますね。 ――それは「ダウトベックの勝ち」という見方が間違ってるわけではないですよね? 笹原 もちろんです。今回3人のジャッジのうち2人が平本蓮につけたが、1人はダウトベックにつけた。平本蓮、ダウトベック、どっちの勝ちでも根拠はあったわけですよね。 ――だから「この判定はインチキだ」という意見が雑なのかなと。 笹原 一足飛びに陰謀論的な話になっちゃってますよね。過去の判定や、RIZINの歴史も調べれば、普通の人は「何か裏があるわけじゃないよね」って思うんですけど。今回はビッグイベントだから、コアファン以外も見てることでどんどん騒ぎが大きくなって。 ――まあ格闘技の判定って何か裏があると思われがちだし、あとは平本蓮がヒールというところも大きいのかなと。 笹原 やっぱり超RIZIN5は圧倒的に熱があったイベントなので、そこに「平本蓮」が加わる掛け算になって、騒ぎがさらに広まったということですよね。 ――そういう意味では平本蓮は、持ってるんですよね。2年ぶりの復帰戦であれだけの試合をやったあとに、こういうお土産までつけてくれる(笑)。 笹原 そうなんですよ。だってそもそも2年間試合をしていないのに、存在感が全然目減りしていない。おまけに試合後もこれだけの熱を作り出せている、って凄いことですよ。 ――今回の件を受けて、ジャッジシステムの修正は考えてますか? 笹原 いや、とくに考えてはないですね。判定が難しかっただけで、システム的に欠陥があるとは思わないです。このままやり続けていけば、もっと練度が上がるというか、アップデートしていけると思います。挙げるとすれば、10-8の取り方ですね。 ――1ラウンドのダウトベックに10-8をつけるかどうか。1人だけ10-8でした。 笹原 あの内容で10-8をつけるかどうかは議論が分かれるところですけど、あそこの感度をどこまで揃えられるかは重要だと思いますね。 ――あと指摘されがちなのは「平本蓮に忖度してブレイクが早い」と。そこは2~3年前から柏木さんがブレイクの定義を説明しているし、RIZIN独自のブレイクではないわけですよね? 笹原 そうなんです。じつは決めたものに則ってブレイクしてるんですよ。「フィニッシュに向かわないときにはブレイクがかかる」という方針は、ABC(Association of Boxing Commissions)というアメリカのボクシングやMMAを管轄している組織が決めているんですよ。 ――UFCのルール統括をしているアスレチックコミッションも、このABCの方針に準拠して競技運営してるんですよね。 笹原 アメリカのアスレチック・コミッションは全州にあって、州によって方針は異なっているんです。それにビビッドに反応する州もあれば、「いやいや、すぐには無理だから」ってなかなか導入されない州があったりする。つまりアメリカすべての州で採用されるには時間がかかるんですよ。でも、日本だと、RIZINが認証すれば、JMOCがABCの方針をダイレクトに取り入れることができるんですよ。今回も来日していたレフェリーのジェイソン ・ハーゾグは「何か新しいことをやろうと思ったら、RIZINが認めればすぐに実行できるから。日本は本当に羨ましい」と言ってました。 ――ABCが決めたことがアメリカでは行き届いてないけど、日本では即採用されると。 笹原 そうなんです。コンサバな州は新しい一歩が簡単に踏み出せないってことです。 ・「10-8」の感度を揃えたい ・榊原CEOの「ディフェンシブなテイクダウン」発言・ダウトベックをリリースするわけがない ・青木真也に対して負い目があった ・喋りまくる青木真也、喋らない朝倉未来・「作品」「表現」に取り憑かれた青木真也 ・オマエはサザンか、長渕か ・北岡悟と朝倉未来の素晴らしき関係 ・シェイドゥラエフは来年もRIZINに上がる? ・武尊引退セレモニーに○○を呼ぼうとしたが ・ケラモフと柏木さんに友情はない……24000字の続きはこのあとへ この続きと青木真也、超RIZIN5、芹澤健市、プロレス詐欺、後楽園ホール改修……などの「記事14本16万字」が900円(税込み)が読める詰め合わせセットはコチラ https://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2237728 この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!1記事200円から購入できます!  

喋りまくる青木真也vs喋らない朝倉未来!! ダウトvs平本の判定■笹原圭一の「超RIZIN5」24000字

プロレス架空興行詐欺の実態■元・マル暴刑事 関根“シュレック”秀樹の犯罪講座

元・マル暴刑事 関根“シュレック”秀樹の犯罪講座! 今回は「某レスラーの未払い騒動は、プロレス架空興行詐欺と繋がっていた!」です(聞き手/ジャン斉藤)【1記事から購入できるバックナンバー】・【元・静岡県警のマル暴刑事】 関根“シュレック”秀樹 薬物犯罪捜査を語る【12,000字】 ――世の中が乱れたときこそシュレックさんの出番! ということで、プロレス界の詐欺事件の解説をよろしくお願いします! 関根 これは「非常ベル」が鳴ってますからね(笑)。 ――ハハハハハ! これぞ真の「非常ベル」ですね(笑)。簡単に説明すると、ある女性が「興行をやる」ということでプロレスファンからお金を引っ張ったことが、詐欺だったとして逮捕されました。その女性とシュレックさんは接点があるんですよね。 関根 じつはそうなんです……。その女性は鳥取の人間で、プロレス界では有名なファンというか。元・新日本のレスラーの追っかけだったんですよね。 ――「プロレスラーの追っかけ」だったのに、プロレスで詐欺を働いたと。シュレックさんとはどういう接点があったんですか? 関根 一昨年の秋ですかね。浜松オートレース場でプロレスのイベントがあったんですよね。 ――その手のイベントは、全国各地の公営ギャンブル場でよくやってますね。 関根 浜松のレスラーということで自分も呼ばれたんですけど、その中にその女がいたんですよ。 ――えっ、どういうことですか? 関根 そこに出場した某レスラーと一緒にいたんです。その興行は別の人間が受けた案件なんですけど、なぜか途中からそいつらが仕切り出しちゃって。そのあとですかね、浜松のショッピングモールの客寄せでプロレスイベントをやれないかみたいな話が出てきて。あまり予算が出ない企画だったんですけど、偶然それを耳にしたその女が「私がやる!」と食いついて。ショッピングモールのほうも仕切ることになったんですよね。 ――そもそも鳥取の人間がなぜ浜松のイベントに絡んでるんですか?  関根 その某レスラーと関係があるのかもしれないですね。で、そのショッピングモールの予算はそんなにないのに、デルフィンさんや越中詩郎さんとかレジェンドを呼んでるんですよ。あと阿部(史典)さんとか。 ――阿部ちゃんもいるとか、豪華なメンバーじゃないですか! 関根 そうなんですよ。なんとなく予算は知っているから「大丈夫かな?」という不安はあったんです。もしくは「レジェンドってそんなに安いの?」って思ったぐらいで。おまけに東京や大阪から来るから交通費もかかるじゃないですか。自分も浜松で自主興行をやってて、興行事情はわかってるから「どうすんだろうな……」と。そのイベント自体は無事に終わって、ギャラの振り込みは翌月末締めが普通なんですけども、振り込まれないので某レスラーに連絡したら、「モールからお金が入らない」と。それから1ヵ月ぐらい経ってからまた確認したら「まだ入ってない」と。さすがにおかしいと思って、自分の地元は浜松なんで、間に入った方に確認したら「とっくに入金されてますよ」と。 ――シュレックさんの「刑事魂」で捜査したわけですね。 関根 それでその某レスラーにどういうことか話を聞いたら「モールは入金したみたいだけど、間に入った社長が悪い奴で、そいつが自分たちに振り込んでくれないから払えない」というんですよ。ただね、その社長というのが、自分と家族ぐるみで仲良くしてて、いつも一緒にご飯を食べに行ったりする方なんです(笑)。 ――「悪い奴」はシュレックさんの知り合い(笑)。 関根 見た目は「悪い頃の清原和博」なんですけど、めっちゃいい人です(笑)。その人はすごい人望もあるし、めちゃめちゃ顔も広い。周りの仲間も「そんなことを言われるのはおかしい」と怒り出して。その某レスラーは浜松で自主興行をやる予定だったんですけど、その社長を怒らせちゃったからナシになったんですよね。「浜松はもう協力できない」と。 ――あたりまえですよね。 関根 そうしたらその某レスラーはXに「浜松で興行をやる予定だったんですけど、反社が入ったんでやめます」と。 ――うわー! 関根 これはもう浜松に宣戦布告されたなと。オレがお世話になってる方を反社扱いしたからには、徹底的にやるしかないなと思って。いろいろ調べたら、モールのイベントに出た選手全員のギャラが支払われてないですよ。 ――さすが元刑事。そこらへんの捜査は抜かりないわけですね。 関根 で、某レスラーに「いついつまでに払えないんだったら、今回あったことをXに明かします」と連絡したんです。そのレスラーの説明どおり反社が入っているんだったらそいつへの牽制を込めてという、このときまだそのレスラーの言い分を信じている体で。そうしたら「ちょっと待ってくれ。明日中に振り込む」と慌てて言ってきたんですけど、翌日の15時まで待っても振り込まれなかった。なので、そのレスラーの名前は伏せたうえで、ことのあらましをXに書いたら、某レスラーからすぐに連絡が来て「今日中に振り込むと言ったのに、どういうことだ?」とブチ切れているんですよ。「いや、もう15時過ぎてますよ」「今日1日待つのはあたりまえだろう!」みたいなキレ方をしたから、「世間一般的には銀行営業時間の15時までですよ」と。 ――常識ですよね。 関根 そしたらすぐに振り込まれて、「Xのポストを消してくれ」と言われたんです。ただ、他のレスラーの振り込みはまだだったんで「他の選手のぶんも払われるまでXは消せません」と。そうしたらギャラは全員分、数日以内に払われたんです。ただ、デルフィンさんの交通費はまだでした。大阪からだから往復2万円以上かかるんですよ。それはいまだに払われてないから、自分もXは消してないんですよね。 ――いまの話を聞いて思ったのは、シュレックさんの浜松人脈がなかったら、未払いは放置されていた可能性は高いってことですよね。 関根 そうですね。じつはそこがプロレス界の問題でもあるんですけど。ファンの方たちがよく言うのは「なぜ契約書を巻かないのか」と。でも、フリーのレスラーは大手は別として、いちいち契約書は巻けないんです。Dropkickも取材するときに契約書は巻かないですよね? ――そんな手間はかけられないですね(笑)。出版業界の状況も変わって、ある程度の取り引きになれば巻くんですけど、単発では難しいかなあ。 関根 契約書がなくても興行主がちゃんとギャラを払うのは、未払いが噂になって、次から選手が集まらないからです。信用問題にかかわってくるわけですからね。自分は自主興行をやったら、興行の収益が手元に入ってくる前に先に振り込んじゃいます。 ――しかし、シュレックさんが動かなかったらどうなってたんですかね? 関根 阿部さんからすれば、その某レスラーは先輩だから言いづらいんですよね。あの越中さんやデルフィンさんですら、俺が連絡を取ったとき「泣き寝入りするしかないな……」みたいなことを言ってたんで。 ――阿部ちゃんが取り立てられづらいのは、わかるんですけど。デルフィンさんや越中さんクラスの大御所が言えないというのは、どういうことなんですか?  関根 やっぱりそこがフリーの弱みというか。自分も警察官のときがそうだったんですけど、昇任や給料のことで文句を言うと仕事やポストを外されるんです。 ――面倒くさい奴だとして。 関根 フリーのレスラーも「アイツはお金にうるさい」ってことで、呼ばれづらくなるような気がするんじゃないですかね。 ――越中さんもWJで未払いがあったし、取り立ての難しさを知ってるから「もういいよ」と。 関根 労力もかかるし、あと裏に何がいるかわかんないじゃないですか、怖い奴が後ろにいてもおかしくない。でも、自分は元・刑事だから、そこらへんは強いですね。 ――臆することないと(笑)。気になるのは、某プロレスラーとその女性、そこまでお金が出ないイベントで、ビッグネームを使ってどうするつもりだったのか。最初からギャラを払わないつもりだったんですか? ・某レスラーのたかりぶり ・なぜ被害者レスラーは告発しなかったのか ・架空興行詐欺の被害額は4桁? ・某レスラーは訴えられない? ・巌流島の未払い ・地方プロモーターがキレイになっている理由 ・一番黒いのは……続きはこのあとへ この続きと青木真也、超RIZIN5、芹澤健市、プロレス詐欺、後楽園ホール改修……などの「記事14本16万字」が900円(税込み)が読める詰め合わせセットはコチラ https://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2237728 この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!1記事200円から購入できます!  

プロレス架空興行詐欺の実態■元・マル暴刑事 関根“シュレック”秀樹の犯罪講座

石川奈青の謎欠場/後楽園ホール改修・続報/メディカル大英断/「仙女魂」に二匹目のどじょう■プロレス事情通Z

プロレス格闘技業界のあらゆる情報に精通する「週刊プロレス事情通Z」のコーナー。今回のテーマは石川奈青の謎欠場/後楽園ホール改修・続報/メディカル大英断/「仙女魂」に二匹目のどじょうです!(聞き手/非常ベル野郎) 【1記事から購入できるバックナンバー】・プロレスマスコミにも佐藤二朗はいる!?■事情通Z ・谷津嘉章が語るSWSの全貌「田中八郎はプロレスを真剣勝負だと思い込んでいた」 ・【90年代プロレスメディア史】活字プロレスは1996年に死んでいる■高崎計三 ・学生プロレスがプロレスを変えた?〜棚橋弘至が「ハメ浩」だった時代〜■レイザーラモンHG&RG ――Zさん、プロレス界に非常ベルが鳴っています! マリーゴールドの石川(奈青)選手が謎の欠場です。やっぱり謎といえばガングリオンですかね……。 Z 「ガングリオン=謎」は昭和のプロレスファン脳すぎるだろ! 長州力の全日本プロレス離脱のきっかけとなった病名がガングリオンだけど、石川選手の欠場はたしかに謎。マリゴからは「石川奈青選手は本人から連絡があり、体調不良のため当面の大会を欠場したいという申し出がありました」とアナウンスがあった。欠場のリリースとしては変なんだよ。 ――欠場発表が非常ベル! Z この件があった前からファンのあいだで言われていたのは「石川選手の待遇が悪いんじゃないか」と。言葉を選ばずにいえば…… ・石川奈青の謎欠場 ・NOAHファンイベント炎上 ・後楽園ホール改修、続報 ・イッテンヨンの目玉はやっぱり… ・「仙女魂」に二匹目のどじょうはない? ・田上明の告発 ・AMAKUSA、Chi Chiの欠場は大英断……続きはこのあとへ この続きと青木真也、超RIZIN5、芹澤健市、プロレス詐欺、後楽園ホール改修……などの「記事14本16万字」が900円(税込み)が読める詰め合わせセットはコチラ https://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2237728 この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!1記事200円から購入できます!  

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【あの頃の全日本プロレス】小橋建太☓小佐野景浩「みんな、あのときのプロレスを後悔してない」

2020年1月に掲載された記事になります!プロレスラーの壮絶な生き様を語るコラムが大好評! 元『週刊ゴング』編集長小佐野景浩の「プロレス歴史発見」――。今回は特別編! 小橋建太さんとのスペシャル対談です!!――小橋さんと小佐野さんが初めて会ったときのことはおぼえてますか? 小橋 おぼえてますよ。 小佐野 私も鮮明におぼえてますね。初めて小橋さんに会ったのは1987年6月20日。 ――日付までおぼえてるんですか(笑)。 小佐野 なぜかというと、その日に小橋さんが入門したから。小橋さんが初めてしゃべったプロレスマスコミが私になるのかな。 小橋 そうなりますね。入門した日に当時六本木にあった全日本プロレス事務所に行ったんですよ。そうしたら、もの凄い数のマスコミが集まっていたからビックリしちゃって。「なんで新人の入門者が来るのにこんなにマスコミがいるんだろう?」と。そうこうしてるうちに小佐野さんと日刊スポーツの記者の方に「ちょっとこっちへ……」と別の場所に連れて行かれたんですよ。 小佐野 他のマスコミに気付かれる前にこっそり個室に連れて行ったんですよね(笑)。 小橋 そこでいきなりインタビューが始まってたんですけど、どうも話が合わないんですよね。小佐野さんは「おかしいなあ……」という顔をしてて。なんのことはない、ボクと田上明を間違えたんですよ(笑)。 小佐野 フフフフフフ。上半身裸にして写真も撮ったりしてたのにね(笑)。 小橋 あの大勢のマスコミは玉麒麟(田上明の四股名)が入門するということで事務所で待ち構えていんですよね? 小佐野 いや、というわけじゃなかったんですよ。あのときは全日本のシリーズオフで、何も話題がないからマスコミは事務所に集まって記事のネタを探してて。玉麒麟が入門してくることを知ってる記者は限られていたんだけど、こっちは相撲の知識がまるでないでしょ。身体の大きい小橋さんが入ってきたから「これが玉麒麟か!もう髷を切ってるんだ」と勘違いしちゃってね(笑)。 小橋 丸坊主なんですけどね(笑)。 小佐野 日刊スポーツの記者と顔を見合わせて「他のマスコミに気付かれる前に別の場所で取材するしかない」と。いざインタビューしてみるとプロフィールが全然違うわけですよ。 ――別人ですもんね(笑)。 小佐野 インタビューを始めた以上はやめるわけにはいかないし、とりあえず写真も撮っておくかと(笑)。  小橋 それから1週間ぐらいしたあとに、砧の全日本道場に小佐野さんがやってきたので「あのときの写真をください」とお願いしたら「なくなったからまた撮るね」とアッサリ言われて(笑)。 小佐野 「記事にはできないんだよ」とも言ったのかな。その頃は玉麒麟クラスだとすぐに記事にはなるけど、一介の新人だとデビューする前にやめちゃうかもしれないから記事にはできなかったんですよ。 小橋 でも、北ちゃん(北原光騎)と菊地(毅)さんの記事は載ったでしょ? 何かで読みましたよ。  小佐野 菊池くんはアマレスの全日本チャンピオンだったし、北原くんはスーパータイガージムのインストラクターだったから載せられたのかもしれないね。 小橋 ボクは何もバックボーンがないから最初は書類審査で落とされましたからね。不合格通知が来たから、電話で広報の方に「なんでダメなんですか?」と聞いたら「キミには実績がない。会社は辞めたの?だったら別の会社を探しなさい」とガチャンと切られて(笑)。 小佐野 その頃の身長・体重は? 小橋 身長は186センチで体重は100キロです。北ちゃんや菊地さんのプロフィールを知っていたので「なんで彼らより身体の大きいボクが入れないんだろう?」と。 小佐野 それだったら全然問題なく入門できるはずだよね。不運だったのは前の年に相撲出身のジョン・テンタと高木功(嵐)が入って、そしてこの87年にはアマレスの菊地くん、シューティングの北原くんが入って。そのあとに田上明が入ることが決まっていたから、全日本からすればもう新人はいらないということになってたんですよね。 小橋 ボクが入門したときに何の実績もない新弟子がひとりいたんですよね。スカしましたけどね。 小佐野 逃げちゃったわけね。なにせ全日本は新弟子が育たない。小川良成がデビューして以降、小橋さんたちの代まで3年ぐらいあいだが空いていたし。 ――そんな環境の中、小佐野さんは小橋さんがデビューできると思ってました? 小佐野 できると思ってましたよ。まず田上明と間違えたということは、それだけ身体ができあがっていたということですからね。 普通の新弟子はあそこまで身体ができてない。 小橋 入門したときは100キロぐらいあったんですけど、2週間で10キロぐらい減ちゃったんですけどね。トレーニングもキツイですけど、先輩・後輩の関係もキツかったです。 小佐野 いろいろと雑用をやるわけだもんね。いまだったらパワハラだなんだって騒がれるようなことも当時は関係ないし。 小橋 みんなそれでやめちゃうんですよ。大学のレスリング部のキャプテンとかも入ってきましたけど、みんなスカしましたから。 小佐野 全日本は本当に新人がデビューしなかった。新日本の場合はテストで一斉採用するから同期と切磋琢磨して頑張れるところがあるでしょ。全日本の場合はパラパラっと入門させるから、最後に入った人間が雑用なんかで大変な目にあっちゃうんですよね。小橋さんのあとにデビューしたのは折原昌夫? 小橋 そうですね。新人はたくさん入ってきたんですけどね。 小佐野 当時の『週刊プロレス』ってレスラーの格に関係なく若い選手をピックアップしていて、『週刊ゴング』はそれが許されない本だったんだけど。私としては小橋さんの人気が出てから扱うのがイヤだったわけ。この選手は『ゴング』と共に育った……というイメージが欲しかったから、小橋さん、菊池くん、北原くんは新人の頃から押さえておきたかったんですよね。 小橋 それでもやっぱり田上明でしょ?(笑)。 小佐野 ハハハハハ。デビュー1年目の小橋さんが自分の誕生日にアジアタッグに挑戦することが決まったときに、『ゴング』でスタジオ撮影したじゃないですか。 小橋 ああ、そんな取材ありましたっけ。 小佐野 当時の編集長の舟木(昭太郎)さんに怒られたんですよ。「新人をこんな扱いをするんじゃない」と。あの頃の小橋さんはシングルで1勝もしてなかった時期だから。 小橋 してないですね。ずっと勝てなかったですね。 小佐野 それはどちらかというと、上のほうの選手と当てられていたこともあったからなんだけどね。 小橋 外国人選手ともやってましたし。あの頃の全日本は変革期というか、「新人は海外修行に行かせない」という方針に変わって。ボクが馬場さんに「海外に行かせてください」と何度もお願いしても頑として「ダメだ」と。 小佐野 馬場さんは「海外に学ぶものはもうない」という考えになってたからね。当時の全日本の変わりようにビックリしたのは、小橋さんがデビューした直後の試合でベテランの大熊元司さんにブレーンバスターをやってたこと。だって昔の新人はドロップキックにボディスラム、腕を取ることくらいしか許されてなかったら。当時でもアーダコーダうるさい先輩はいたと思うけど。 小橋 いろいろと言われることもありましたよ。 小佐野 ミサイルキックなんかやったら「若手がコーナーポストに上がるんじゃない!」とかね。 小橋 ヒザにサポーターをつけただけで言われましたから。「そんなものをつけてるんじゃねえよ。顔じゃねえよ」と。だからケガをしてるヒザだけサポーターをつけるという不格好なことをやってましたね(笑)。 小佐野 当時はサポーターをつけないのがあたりまえだみたいな雰囲気だったよね。馬場さんはちゃんとできるのなら、大技を使っていいよというスタンスだったはずだけど。 小橋 他の先輩にはけっこう言われましたね。言われても、使ってしまえば、こっちのもんみたいな感じでしたけど(笑)。 小佐野 あとは先輩が使わない技、使えない技をやればいいと。 小橋 馬場さんは「使っていい」と言ってましたからね。 馬場さんは「アメリカから学ぶものはもうない。俺が教える」と。海外修行に行かせられないぶん、そうやって「どんどん使え」と言ってくださったんじゃないですかね。だって海外だと好き勝手できるじゃないですか。 小佐野 海外に出ちゃえば、誰にも文句を言われないもんね。小橋さんは馬場さんに好かれて付き人になったわけじゃないけど、周りからそうは思われなかったところはありましたよね。要は「小橋健太だけ特別扱いされてるんじゃないか」と。 小橋 いやいや、ボクはデビューするまで馬場さんに口を利いてもらえなかったですけどね、付き人なのに。 人間無視されることがどれだけつらいことか……。 ・馬場さんはデビューした日に初めて口を利いてもらえた ・馬場さんとのプロレスラーらしい食事 ・三沢光晴との激闘はPRIDEやK-1への対抗心 ・みんなあのときのプロレスを後悔してないと思う ・ハンセン、ベイダーの恐ろしさ ・ウィリアムスはガンガン攻めても壊れない ・元子さんにはそんなにかわいがられてない(笑)……あの頃の全日本を語る14000字はこのあとへ この続きと青木真也、超RIZIN5、芹澤健市、プロレス詐欺、後楽園ホール改修……などの「記事14本16万字」が900円(税込み)が読める詰め合わせセットはコチラ https://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2237728 この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!1記事200円から購入できます!  

【あの頃の全日本プロレス】小橋建太☓小佐野景浩「みんな、あのときのプロレスを後悔してない」

芹澤健市 「桜庭和志vs秋山成勲のヌルヌル事件はオレが……」

選手やレフェリーとして活躍した芹澤健市インタビュー第2弾。テーマは桜庭和志vs秋山成勲和ヌルヌル事件の現場!(聞き手/ジャン斉藤)【前回はこちら】・芹澤健市が語る“狂気とロマン”の格闘技集団・和術慧舟會 ――前回の記事は評判でした! 芹澤 あんなので反響があったんですか(笑)。 ――やっぱり和術慧舟會の話って、みんな語りたがらないというか、タブー化してるところがあったので。 芹澤 ……久保社長が怖いのかな(笑)。 ――ハハハハハハ! 芹澤 主力選手だった奴らはあんまり語りたくないかもしれないですね。いまもどこで見られてるかわかんないから。 ――振り返ってもプラスはないですよね。「面白い!」って言ってもらえるかもしれないですけど。 芹澤 俺はなんだかんだで、社長がいなきゃここまで来てないので、いまでも会いたいです。いまの俺は日本の格闘技界と接点がないし、何でも答えます ――そんな感じで今日もよろしくお願いします(笑)。芹澤さんは伝説の2003年『猪木祭り』にレフェリーとして参加したんですよね。 芹澤 そうですがオレのプロレフェリーデビューはスマックガールで大舞台がそれですね ――伝説の女子格団体スマックガール! 芹澤 そこは久保社長が繋いでくれて、そのときのオレはたしか現役選手だっと記憶ですがプロになる前の空手やレスリングの審判もやったりしてたんで「オマエできるだろう」みたいな。 ――当時のレフェリーのギャラは? 芹澤 いや、ちょっと覚えてないんですけど、たぶん1~3万円とかかな? ――昔はゼロの場合もあったんですか? 芹澤 アマ大会やプロの会場設営なんかは、ほぼギャラは弁当のみだったような(笑)。 ――たしかに久保社長が運営していたGCMの興行って、和術慧舟會の選手や関係者がケージを組み立てたり、イスを並べたり。無償で協力してましたよね。 芹澤 そこは昔の高校の部活のノリみたいな感じですよね。オレはとくに驚かなかったんですけど、結局みんな社会人や学生だったりで、時間を割いて手伝う。最初のうちは久保社長が怖いとか、守山(竜介)さんに頼まれたから断れねえや、みたいな。それが2~3回続くと普通だったら「ちょっと金は欲しいよな」ってなるじゃないですか。でも、慧舟會ってやっぱ子供の集団というか。格闘技に携われるんだったら「まあ、いいか」みたいな感じだったんですよ。スマックに関していうと審判長みたいな存在は和田(良覚)さんかな? 他に梅木(よしのり)さん、あと誰がいたかなあ。四王塾の人もいたと思います。 ――レフェリーとして活躍した塩崎啓二さんが主宰していた四王塾。 芹澤 そうです。その塩崎さんが『猪木祭り』の審判長。裏方の長が篠(泰樹)さんだったと思います。 ――スマックを仕切っていた篠さんが主催の川又誠矢さんと繋がっていたことで。 芹澤 オレ、篠さんといまだに親交がありやり取りしてるんですけど。「ジャンさんのインタビューを受けて『猪木祭り』の話に触れたんですよ」と送ったら、まったく応えてくれなかったです(笑)。 ――ハハハハハハ! ボクは篠さんに『猪木祭り』についてインタビューしたことがあるんですよ。あの大会の2年後くらいに。 芹澤 マジっすか? ・2003年『猪木祭り』の現場 ・旧K-1の未払いは ・桜庭和志vs秋山成勲ではヌルヌル事件 ・なぜボディチェックが不完全だったか ・ビデオ検証会 ・秋山成勲vs金泰泳騒動 ・桜庭vsスミルノヴァスの影響……続きはこのあとへ この続きと青木真也、超RIZIN5、芹澤健市、プロレス詐欺、後楽園ホール改修……などの「記事14本16万字」が900円(税込み)が読める詰め合わせセットはコチラ https://ch.nicovideo.jp/dropkick/blomaga/ar2237728 この記事の続きだけをお読みになりたい方は下をクリック!1記事200円から購入できます!  

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「サブミッションアーツレスリング」とは何か? 総帥・麻生秀孝インタビュー

関節技講座ビデオシリーズ、リングスやW☆INGに出場した選手たちの所属名……90年代プロ格者ならば一度はその名前を聞いたことがあるであろう「サブミッションアーツレスリング」。総帥が麻生秀孝氏だ。関節技の帝王は旧ソ連サンボから昭和・新日本まで、幅広いネットワークを持つ格闘技界のゴッドファーザーでもあったのだ(2014年12月に掲載した記事です)【1記事から購入できるバックナンバー】・WJを旗揚げ前から終わっていた!? X-1は3000万円の赤字!■谷津嘉章 ・吉田豪が語る「スマッシング・マシーンとPRIDE、紙プロの狂った時代」<後編18000字> ・高田延彦はUインターに来るはずではなかった……新生UWF解散の真実■冨宅飛駈15000字 ・【最終回】安田忠夫「5億円は博打に使った。天国も地獄も見たってことだね」 ――サブミッションアーツレスリングの道場に初めて来ましたが、1階は道場、この2階は麻生先生の会社事務所になるんですね。2階はご自宅だと勘違いしてました。 麻生 自宅は別にあるんだけど、ここも俺の持ちビルなんだよね。昔、ある関係者が「意外と小さい道場なんですね」なんて言ってたけど、何を言ってるんだって感じだよ(笑)。いまもそうかもしれないけど、ほとんどの格闘技道場は場所を借りてる場合が多いじゃない。 ――麻生先生はご自分で建てられたんですね。 麻生 ここを作ったのは45〜46歳だから1990年頃か。坪単価137万くらいだったかな。 ――麻生先生は昔からやり手だったんですねぇ。 麻生 そのうちマンション管理の事業もやるようになって、いまでは20世帯くらいあるのかな。 ――格闘家、実業家でそしてプロレス方面にも顔が広いわけですよね。 麻生 プロレス関係で言ったらね、俺はプロレスラーに憧れがとくにはないし。それはプロレスを悪く言ってるんじゃなくてね。だけど、いろんな意味でプロレス界とは関わりがあって。スーパータイガージム時代の佐山(聡)くんのパンツも俺が作ったこともあったし。ジャパン女子のユニホームも俺が作ったこともあるんだよ。どこかにプロレス関係の写真があるはずなんだけど……野末陳平さんとの写真とかさ。 ――WWF常任理事だった野末さん。 麻生 (机の中から写真を探し出してきて)これは藤原喜明さん。大蔵にあったUWF道場で撮った写真かな。 ――うわっ!カッコいいですねぇ!!只者ではない雰囲気が伝わってくる麻生氏と藤原組長のツーショット。 関節技をかけられたわけでもないのに身体が痛くなってくる…… 麻生 藤原さんは俺の1歳上で同期生みたいなもんだよね。藤原さんは関節が好きでよく研究してたよ。俺が編み出したヒザ靭帯固めなんかを教えたんだけど。 ――麻生先生が格闘技を始めたのはどういうきっかけなんですか? 麻生 格闘技を始めたのは遅いのよ。高校1年生のときね、友達がみんな柔道部に入るから俺もやってみたんだけど。初めて柔道をやるにも関わらず、3年生の黒帯のキャプテンより強かったわけよ。「こんなもんじゃ話にならない」って柔道部には入らなかったんだけど。 ――もともと強かったんですね。 麻生 俺は広島県の呉市出身でね。『海猿』っていう映画があったでしょ。あの映画の中で隊員がトレーニングをする200階段がウチの家に行くときにあるんだよ。毎日あそこを5往復くらいしてたの。だから体力には自信があってね。高校生が出るような地元の相撲大会で小学生なのに5人抜きしたり。 ――高校生に勝つ小学生ですか(笑)。広島の呉というと映画『仁義なき戦い』でも有名ですよね。 麻生 もう凄かったですよ。東京では「やんちゃ」という言い方をするけど、正直言って我々の呉市の「やんちゃ」とはレベルが違いますからね(笑)。 ――仁義なき街を生き抜いたわけですね(笑)。 麻生 俺は大学に進んで柔道をやることが決まってたんだけど、ケンカがあると呼ばれるんだよ。コッチは3人しかいないの相手が30人来るとか来ないとかさ(笑)。 ・替え玉で柔道全国大会出場 ・ビクトル古賀との出会い ・旧ソ連のコネクション ・新日本のレスラーは足関節を知らなかった ・FMWで大仁田厚戦? ・極真からレスリングまで「強い奴はだいたい友達」 ・佐山聡くんはなんでもできる天才……続きはこのあとへ  

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