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記事 26件
  • ヒットの法則。あるいはなぜヒットするのか?(2,373字)

    2016-10-31 06:00  
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    1
    なぜヒットするのか?
    ヒットにはいくつかの法則がある。
    今日はそれを見ていきたい。
    ヒットの法則の一つに、「大衆に見つかる」ということがある。その面白さは、けっして新しいわけではなく、それまでにもあった。しかし、一部のコアファンが知るのみで、大衆は知らなかった。それが大衆に見つかることにより、大ヒットにつながる。
    その典型的な例が『君の名は。』だろう。新海誠監督は、知っている人は誰もが知っている(というと当たり前だが)映画監督だった。その才能は、知っている人なら誰もが一目置いていた。
    しかし、大衆性がなかった。だから、これまで大ヒットにつながらなかった。
    それが、今回は見事に大衆性を獲得し、それによって大ヒットにつながったのである。
    このパターンの変化球に「ハロウィン」がある。
    日本で昨今流行しているハロウィンは、つまるところ、いやつまらなくても、本質的に「コスプレ」である。そしてコスプレ

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  • 台獣物語40(2,628字)

    2016-10-29 06:00  
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    40
     ぼくは、獣道に住んでいたことがあった。
     ――といっても、それを覚えているわけではない。生まれてすぐのとき、台獣の初めての襲来があって、避難を余儀なくされた。それからは、もちろんずっと獣道の外で暮らしている。最初は避難所での生活だったが、やがて本格的に引っ越した。
     だから、獣道に住んでいたといっても、「慣れ親しんだ生まれ故郷」というわけではない。ぼくが知っているのは、父や母から聞かされた思い出話を通じてだけだ。
     その意味で、ぼくも日田朋美や黒田耀蔵と同様、避難民だった。ただぼくは、彼らとはまた少し別の事情を抱えていた。それは、ぼくがトモだったことによる。
     実は、台獣に蹂躙され今は獣道となった地域の一部に、ぼくたちトモの一族が代々住んでいた土地があった。そしてそのすぐ近くに、エミ子の母の一族――つまりヲキが代々住んでいた土地もあったのだ。
     つまり、獣道はヲキやトモにとっても故

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  • 格差について(2,287字)

    2016-10-28 06:00  
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    今、格差が広がっている。興味深いのは、それが静かに広がっていることだ。ステルスなことである。
    今の東京では、普通に生きていれば、貧困と出くわすことはない。あるいは興味をもって観察しなければ、それに気づくことはない。
    だから、格差の拡大についてそれほど意識していない人は多いと思う。それを問題視するどころか、知らない人が多い。
    そういうときに、格差はますます拡大する。この傾向は、今後も進むだろう。
    格差は、目をこらすと、実は東京にもごろごろと転がっている。例えば、コンビニというものがあるが、今は、どこへ行っても従業員の大半は外国人だ。そこには、実にいろんな国の人がいる。
    外国人がコンビニで働く理由は、よく分かる。彼らは、そこで日本語を学べる。あるいは、日本の文化や商習慣を身につけられる。そういう無形のインセンティブが、時給とは別についてくる。
    当たり前の話だが、彼らはもともと母国語をしゃべれる

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  • あしたの編集者:その19「嘘の構造」(1,914字)

    2016-10-27 06:00  
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    2
    「嘘」というのは面白い。
    何が面白いかというと、そこには「分かる」と「分からない」が混在しているからだ。言い換えると、「真実」と「虚偽」が混在している。その境界線が不確かなため、見定めるのに面白さを感じるのである。
    これは、人が夕陽を見ていて飽きないのと似ている。夕陽を嫌いな人はこの世に一人もいないが、その大きな理由の一つに、そこに昼と夜が混在していることが挙げられる。そのため、人はその境界線をどこか見定めることに、面白さを感じるのである。これは、意識的に行っている人もいるが、たいていは無意識に行っている。
    広い意味でいえば、この「境界線を見定める」という行為の面白さも、「分からない」の面白さに依拠している。それは「似ている」という現象とも似ている。「似ている」も、「同じ」と「違う」が混在しているため、その境界線を見定めるのが面白い。メタ的にいえば、この「境界線を見定める」という行為も、両

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  • [Q&A]堂々と生きるにはどうすればいいか?(1,821字)

    2016-10-26 06:00  
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    [質問]
    特に悪いことをしてないのにも関わらず挙動不審になるところがあります。何回か職務質問とかされたこともあります。オドオドしない。胸を張って堂々と生きるにはどうしたらいいですか? 強面な連中や肩をいからしてる人間や警察官などに対しても冷静に対応するには?
    [回答]
    これもいつもいいますが、人間は内側からは変われません。しかし外側からなら変われます。自分から変わることはできませんが、環境に影響されてすぐに変わることができます。
    自信を持つには、まずは身嗜みをしっかり整えることだと思います。それも、身嗜みそのものに自信を持てるくらい、徹底的に整える。ハンカチにもちゃんとアイロンをかけ、帽子は常に新しいものをかぶる。靴だってぴかぴかに磨き上げます。そうすることによって、不思議なくらい気持ちが晴れ晴れとしてきて、道を堂々と歩けるようになるのです。
    [質問]
    人は誰でも習慣というものを持っていま

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  • 世界的なプロダクトを生み出す日本の美的感覚:その41(2,057字)

    2016-10-25 06:00  
    108pt
    ここからは日本のゲームの歴史を振り返ってみたい。
    念のため、ここでいう「ゲーム」とはテレビゲームのことである。
    ゲームは、いうまでもなく日本の発明ではない。アメリカで生まれた。
    テレビゲームは(アメリカでは「ビデオゲーム」といわれたりするが)、コンピューターゲームともいわれる。その通り、これはコンピューターと不可分ではいられない。ゲームが生まれたのは、コンピューターが生まれたからでもあるのだ。
    ゲームは、コンピューターが誕生した直後からあった。
    1960年代後半から70年代にかけて、アメリカの大学には高価なコンピューターが導入された。当時は、一台が何百万、あるいは何千万円もしたため、個人で買うのは不可能だった。また、企業が買うのもまだまだ難しく、それらはたいてい大学を中心とする研究機関に導入された。
    そこで、アメリカの若き研究者――特に大学生たちは、そのコンピューターを使って研究にいそしん

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  • コンテンツの善し悪しを判断する能力(2,145字)

    2016-10-24 06:00  
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    先日、「文化通信」という出版業界紙のインタビューを受けた。
    そこで、こんなことを話した。
    「ぼくの仕事は、今もそうだが、以前から『コンテンツの善し悪しを判断すること』が肝になっている。そして、それがなんとか果たせているから、おかげさまで仕事にありつけているのではないか」
    それで気づいたのは、ぼくにとって最大の長所ともいえるのが、「コンテンツの善し悪しを判断する能力」だということだ。
    ところで、なぜ「コンテンツの善し悪しを判断すること」が得意になったかといえば、それは育つ中で培ってきたある行動様式に理由があると思う。
    そこで今日は、そのことについて書いてみたい。
    ぼくが物心ついた頃、家には数百冊の絵本があった。おかげで、それらを何度もくり返し読みながら育った。
    そうしながら、やがて絵本にも「面白いもの」と「つまらないもの」があるということに気がついた。そして、面白い絵本はくり返し読んだが、つ

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  • 台獣物語39(2,144字)

    2016-10-22 06:00  
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    「よし、そうと決まれば支度が必要だ」
     智代は、自分に言い聞かせるようにそう言った。
    「そうだ、お弁当を作らなくちゃ!」
     それから、慌てたように部屋を出て行った。
     それで、智代の部屋にはぼくとエミ子が残った。ぼくは、大変なことになったと思いながら、エミ子に何かを言おうとした。しかしその前に、エミ子がぼくの方を振り返った。彼女は、彼女にしては珍しく、ぼくの顔を真っ直ぐに見つめた。
     それで、ぼくは何も言えなくなってしまった。なぜなら、彼女のその目が、こう問いかけていたからだ。
    「圭輔くんは、どうするの?」
     おかげでぼくは、(困ったことになった)と思った。
     ぼくは、確かにトモである。ヲキをサポートするという、大切な役割が課せられている。
     それに、冒険だって嫌いじゃない。エミ子と知り合ってからの四ヶ月は、驚きと発見の連続だった。
     エミ子と会うまで、ぼくは比較的地味な暮らしをして

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  • 六ヶ所村とは何か?(2,063字)

    2016-10-21 06:00  
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    先日、事務所のスタッフと話していて、どういう流れかは忘れてしまったが、六ヶ所村の話になった。ぼくが、「ああ、六カ所村みたいな感じ?」と言ったのだ。
    すると、彼女にこう尋ね返された。
    「六ヶ所村ってなんですか?」
    それでぼくは、「えっ?」となった。とても驚いた。
    そして、自分が驚いたことによってさらに気づかされた。それは、ぼくはこの世に六カ所村を知らない日本人がいるとは想定していなかった――ということだ。六ヶ所村は誰もが知っていると思っていた。
    そこで、FacebookとTwitterで呼びかけてみた。六ヶ所村を知らない人がどれだけいるのか?
    「六ヶ所村を知っていますか?」
    すると、Twitterでは4割の人が知らないと答えた。Facebookではもっと少なかったが、これはぼくの友人に限られた結果なので、かなりバイアスがかかっているだろう。ぼくより若い人――例えば10歳以上若くなると、とたん

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  • あしたの編集者:その18「なぜ嘘は面白いのか」(1,936字)

    2016-10-20 08:00  
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    2
    前回は、嘘こそが面白さの最小単位――実は「元素」なのだということを述べた。
    では、「嘘」とは一体何なのか?
    また、嘘の面白さはどこにあるのか?
    今回は、そのことについて見ていきたい。
    まず、「嘘」とは何か?
    実は、この概念はとらえどころが簡単なようで難しい。というのも、嘘には有名なパラドックスがあるからだ。
    「クレタ人の嘘」という概念がある。クレタ人は嘘つきである。そのクレタ人が、「クレタ人は嘘つきだ」と言った。このクレタ人が言っていることは、果たして嘘か本当か?
    もし本当だったら、クレタ人は本当に嘘つきということになる。しかしそうなると、「クレタ人は嘘つきだ」というのは真偽の偽になり、つまりは嘘ということになる。そうなると、どちらか分からなくなってしまう。
    同様に、もし嘘だったら、クレタ人は嘘つきではないということになる。しかし嘘つきではない人が「クレタ人は嘘つきだ」と言っているのなら、

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