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記事 23件
  • 教養論その31「もう一人の自分を持つ方法(前編)」(2,014字)

    2016-03-31 06:00  
    108pt
    自分の中のネガティブな感情(怒りや憎しみ)を適度に解放するためには、自分を外側から見つめるもう一人の自分を作る必要がある。そのもう一人の自分に自分を冷静に見つめさせることで、もとの自分は、あえて感情に「とらわれる」ことができるようになるのだ。激高したり、逆上したりできるのである。
    では、そのもう一人の自分はどのように持てばいいのか?
    まず、最もシンプルで即効性のある方法としては、自分の映像を撮るということである。そして、それを何度も見ることだ。
    誰でも経験があると思うのだが、自分の声を録音したテープを初めて聴いたとき、それが自分の声に聞こえなくて驚いたことがある。あるいは、自分の動く姿を初めて映像で見たとき、それが自分だとは思えなくて驚いたことがある。その姿は、いつも鏡で見ていたのとは別人にしか見えないのだ。
    しかし、その裏には多くの人が知らない事実が隠されている。それは、そういう映像を何

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  • [Q&A]好きな映画音楽は?(1,479字)

    2016-03-30 06:00  
    108pt
    [質問]
    僕は関東出身でほぼ関東圏内しか普段いきません。しかし、大概の人はテリトリーは小さいと思います。漫画「幽々白書」で「テリトリー」という能力の範囲が出てきますが、テリトリーは大きいほどいいです。人はみな赤ん坊からスタートしてるのになんでこんなにバカにされなきゃいけないのか納得いかず、24歳の時に腹を括って日本を飛び出しました。カンボジア。インド。オーストラリア。ペルー。ジャマイカ。ニューヨーク。ロンドン。ケニアと行きました。世界地図上を線で結ぶと日本を包み込む形に真上から俯瞰できるようになり2~3ヶ月でメンタル的に「のび太」が「ジャイアン」になれることも可能だど実感できました。なので日本人も北海道~沖縄が全てじゃなくて、世界全て使うくらい「点」を「面」で捉えれば、もっと生き方が柔軟になったり可能性が広がるんじゃないかと思うんですが。ハックルさんはその変どう思いますか?
    [回答]
    その

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  • 世界的なプロダクトを生み出す日本の美的感覚:その12(2,189字)

    2016-03-29 06:00  
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    戦後マンガの誕生
    終戦後、日本を覆った二つの状況があった。
    一つは、物資の不足。
    戦後の政治的、経済的な混乱により、日本では戦中以上に物が不足するようになってしまった。終戦直後は食料までもが不足し、都会に暮らしている人々は郊外まで買い出しに行くのを余儀なくされるほどだった。
    おかげで、人々の生活は困窮した。こうした状況はおおよそ五年くらい続いた。
    もう一つは、娯楽の不足。
    戦時中、日本では戦場で戦っている兵隊さんに失礼、あるいは不謹慎ということで、ほとんどの娯楽が禁止されていた。そのため、人々は五年に及ぶ禁欲生活を余儀なくされた。
    そのことの反動と、戦争が終わったことの開放感から、人々は砂漠の民が水を求めるように、娯楽というものを渇望したのだ。
    特に、遊びたい盛りの子供たちが娯楽を欲した。そのため、それに呼応した子供向け娯楽ビジネスが勃興していった。
    まず、紙芝居が流行した。紙芝居は、最も

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  • 今『ハウス・オブ・カード』を見る理由(1,918字)

    2016-03-28 06:00  
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    最近、再び『ハウス・オブ・カード』を見ている。先日、シーズン4が公開されたばかりだ。ぼくは、これを見るためにわざわざNetflixに入会した。それほどのキラーコンテンツなのだ。
    けっして大袈裟な表現ではなく、『ハウス・オブ・カード』は10年代を代表する映像作品だ。それは、面白さもさることながら、内容が現代の本質、あるいはこの社会の行く末を暗示しているからだ。それを読み解くためのヒントがちりばめられている。
    かつて『二十四の瞳』を初めて見たとき、そこには1940年代を読み解くためのヒントがちりばめられていることを知った。『秋刀魚の味』を見たときも、そこに1960年代を読み解くためのヒントがちりばめられていた。『バック・トゥ・ザ・フューチャー』も同様で、1980年代を読み解くためのヒントがちりばめられている。
    そういうふうに、すぐれた映像作品にはその年代を読み解くためのヒントが(おそらくは無意

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  • 人間、最後に頼れるのは実力と努力(1,882字)

    2016-03-25 06:00  
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    最近スキャンダルが多い。それは週刊文春が現代の人々に「スキャンダル」の価値を再認識させたからだろう。数々のスキャンダルで話題を起こし、今の世の中にこれだけスキャンダルが求められているというのを証明してみせたのだ。
    面白いのは、「なぜ週刊文春だけこんなにもスキャンダルを暴けるのか」ということだが、それに対し週刊文春の編集長がこんなふうに答えていた。
    「週刊文春だけがスキャンダルを追っているからではないか」
    確かに、20年くらい前はFRIDAYを筆頭に複数の写真週刊誌がスキャンダルを追いかけ合うという時代があった。その前は新聞がそういうことをしていた時代もあった。
    しかし今は、どこもスキャンダルを追わなくなってしまった。それは、そういうスキャンダルには記事的な価値が薄いというふうに見なされていたことと、利権が複雑に絡み合う中で、テレビを筆頭にスキャンダルを扱いにくくなってしまったということがあ

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  • 教養論その30「怒りにブレーキをかけない方法」(1,508字)

    2016-03-24 06:00  
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    教養を正しく養うためには、正しく怒る必要がある。そうしないと、教養の負の側面に目を向けることができなくなるからだ。では、正しく怒るためにはどうすればいいか?それは、怒りにブレーキをかけないことである。それを上手く解放してあげることだ。では、どうすれば怒りを上手く解放できるのか?今回は、そのことについて考えてみたい。ぼくは、怒りというと一つ思い出す人物がいる。それは、元プロ野球の監督だった星野仙一さんだ。星野さんは、中日の監督だったとき、「闘将」というニックネームがついていた。理由は、いつも怒りをぶちまけていたからである。彼は怒りを露わにする人間だった。しかしながら、彼はそのことによる咎めというものをほとんど受けなかった。彼の怒りはいつもたいていポジティブに受け取られていた。それは一つの長所だったのだ。それであるとき、インタビューがそのことについて尋ねていた。「そんなに怒っていて、よく失敗を

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  • [Q&A]生き方をアドバイスされたらどのように答えるか?(1,584字)

    2016-03-23 06:00  
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    [質問]僕は職業や生き方についていろいろ悩んで調べてきました。僕自身ずっと低収入で泥水を飲むような生活をしてきてるし、そういう人を見てきました。ホームレスのような生活もしたし、ネットカフェ難民にもなりました。安いシェアハウスで共同生活もしています。この社会は、新卒有利のように一度レールから外れると格差の末端まで落ちる可能性を秘めています。やはり年齢が上がるにつれて雇われ口は狭くなります。誰もが、ホリエモンのようにガッツのある起業家にはなれません。人には向き不向きあります。僕は大概の人が目指すであろう方向が好きじゃなかったし、能力的にしんどかったのでレールから外れました。しかし、社会はそんなに楽じゃないです。もし、僕に子供がいたり、若人に相談されたら「公務員になれとか名のある大学に出て名のある企業に入れだの看護士とか食いっぱぐれのない資格をとれ」だの僕が嫌いな大人の価値観を言ってしまうかもし

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  • 世界的なプロダクトを生み出す日本の美的感覚:その11(1,699字)

    2016-03-22 06:00  
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    第二次大戦が日本に与えた影響は大きかった。というより、終戦(敗戦ではなく戦争が終わったこと)が日本に与えた影響には本当に大きなものがあった。この一事によって、日本という国の雰囲気はガラリと変わったのだ。
    どう変わったかというと、一瞬にして奇妙な明るさに包まれたのである。
    ここで「奇妙」としたのは、それが手放しの明るさではなかったからだ。そこには、敗戦によるショックや、これからどうなるか分からないという不安もあった。しかし、そうしたネガティブ要素をはるかにしのぐ大きさで、「戦争が終わった」ことの開放感に人々は歓喜した。
    人々が喜びに包まれたのは、もちろんそれ以前の戦争が本当につらかったからだ。おかげで、終戦直前の日本は厭戦気分ではち切れそうになっていた。
    しかし、当時の日本は今と比べるとはるかに同調圧力が強く、そうした厭戦気分をほとんどの人が表明できなかった。それどころか、ほとんどの人が厭戦

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  • クリエイターに必要な「勘違い」(1,899字)

    2016-03-21 06:00  
    2
    最近、「クリエイターとは何だろう?」ということを再び考えている。
    「クリエイター」とは、何かを作れる人のことだ。
    では、どうしたら何かを作れるのか?
    例えば、小説はどうしたら書けるか?
    そこで思うのは、小説を書くにはある種の「勘違い」が必要だということ。
    だから、クリエイターには勘違いした人が多い。というか、そういう人しかクリエイターにはなれない。
    では、クリエイターになるために必要な勘違いとは何か?
    今回は、そのことについて書いてみたい。
    クリエイターに必要な「勘違い」とは、「私はこの世界を理解した」という思い込みのことである。
    例えば、「ニートが異世界に転生した小説」を書こうとした場合、作家には「私はニートを完璧に理解している」あるいは「私ほど異世界に詳しい人間はいない」といった勘違いが必要だ。これがないと書けない。
    ところで、これがなぜ「勘違い」なのか? 本当に理解して書くのはいけな

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  • 皆様にご報告:岩崎夏海の経歴詐称につきまして(1,777字)

    2016-03-18 06:00  
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