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  • ブルックリン物語 #28 Smile「スマイル」

    2016-10-27 20:00  
    220pt
    コンコンコン。昨日と同じノックの仕方で不意にギョッとする。もしや又昼の2時まで寝てしまったのか。下着のままドアを開け「10分以内に出るんですみません」とだけ告げる。僕の部屋はいつもの東南アジアの男の子が掃除係だ。歯を磨き短パンにフード付きのトレーナーを着て部屋を飛び出す。
    「ごめんなさい。掃除をよろしくお願いします」
    「いてらっしゃいませえ!」
    少しアクセントのある日本語だから逆に心が伝わる。東京での定宿のスタッフは、みな温かい。昨夜は日本に帰ってくる前から続いている案件で、追加アレンジを徹夜でやっているうちに朝の9時になってしまった。これをその前の夜もやっている。ちょっと仮眠のつもりが気づかないまま昼の2時まで寝続けるなんて、完全に時差ボケのスパイラルに突入してしまっている。ホテルを出た僕は東京の秋の空気を吸い込みながら銭湯に向かう。体がどうも湯船を欲している。
    ブルックリンの我が家では、ツアー直前にリハとレコーデイングでヒッチャカメッチャカの慌ただしさだった。ローレンやジムとはそれぞれに「じゃあ、札幌で!」「博多で!」と約束をし、彼らが帰ると僕はPCのスクリーンのlogic(編曲用の音楽ソフト)を開けてアレンジに没頭した。そんな時、大家のジョーからテキストメッセージが入る。
    「Hi, Senri ! 我々のビルに問題があって工事をしなきゃいけないようで、ガス会社がガスを数日ストップさせるんだ。復旧は数日後。また新しい情報が入ったら知らせるよ」「Okay. わかった」
    しかしそれから6日間、ガスは通じず、僕は人生で初めて2度冷水のシャワーというものを浴びることになる。心臓をバンバン拳で叩きながら、「シャワーだどーーーーー」と叫びながら髪や体を部位ごとに洗う。はあはあ息が漏れるほど心臓がドキドキしているハードワークだった。これはきつかった。でも少しだけ体はスッキリきれいになった(はず)。そうこうしているうち大家から、
    「Senri, 嬉しいお知らせだよ。ガス会社が○曜日に工事をして、ようや繋がりそうな感じだよ」
    ところがそのテキストが来た時、すでに僕はJFKに向かっている最中だった。日本ツアーのリハは終えてみると、ローレンの調子は最高でご機嫌だし、ジムの調子も僕の調子もすこぶる良い。一層ツアーが待ちきれなくなってきた。一方アレンジのほうもエンジニアが我が家のスタジオに来て、僕が日本へ帰っている間それぞれが分業をできるようにシステムを作り、その時点での完成形を共有できた。ぴをしんちゃんや美樹ちゃん(彼女は秋田で共演するので、僕の後を追うように日本だが)に預け、パッキングをしているうちに朝になりほぼ徹夜でJFK空港へという流れ。東京は一ヶ月前よりもかなり冷え込んで来ているが、たまたま外へ出たら今日はポカポカ陽気で短パンでも全然問題のない気温だった。今回は銭湯へ行こうと心に決めていた。シャワーのくだりがあるので(笑)、前回人から仕入れていたオススメの銭湯へ向かい敷居を跨ぐ。小さな町のなんてことない普通の銭湯といった風情の場所だが心は踊る。
    450円の入銭料金と400円のタオルセットを自動販売機で購入し、玄関を上がり靴箱の鍵を番台に預ける。待ちきれず男湯の暖簾をくぐり、服を素早く脱ぐとそのままガラガラと引き戸を開けて裸天国の世界へ。
    週末のせいか混んでいる。湯気の先は若者から年寄りまで芋の子を洗うような状態。僕は簡単にかけ湯ならぬかけシャワーをして一気に湯の中に入る。腰や背中にジェットが当たって入浴しながらもマッサージできるという優れ銭湯。腰へ背中へ肩甲骨へ、尻へ膝裏へふくらはぎへ。マッサージ効果の強弱も違い、人間の手で揉まれているくらいの水流があるかと思えばこそばゆいくらい弱いものもある。僕は天井を向いて目をトロンとさせながらここ数日のめまぐるしさを振り返る。