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ブルックリン物語 #61 “Don’t get around much anymore” 出歩くのはもうやめて

父が死んだ。 さすがにきつかった。5月の頭、Senri Trioのブルーノートツアーの初日(博多)の前に4日間ほど実家に戻る。朝夕に関わらず、父と調子のいい時に会話をし、それを心ゆくまで楽しんだ。この時はまだ拡声器の声が聞き取れた。  「皇室は雅子様によって塗り替わる気がする。とくにヨーロッパへの影響力はぐんと増すのではないか」 「『Boys & Girls』のヒットおめでとう。でもやりすぎは禁物だぞ。この企画は5年に1回で充分だ」 「素晴らしい人生だったと思うよ」 時事ネタや音楽の話を含め、互いに話すことがいっぱいありすぎて、父が喉に充てる拡声装置の電池が追いつかないほどだった。 時を若干遡る。 9月に関西学院でライブをした時に「体がきついので行けない」という最初の返事を覆して「是非やっぱり観たいんだ」と来てくれた。楽屋でSONYや電通や日テレにカドカワなど、華々しい関係者の方達との会話が父はこのとき楽しかったらしく、上機嫌だった。そんな父を見ると素直に嬉しい反面、心の中で嫌なざわざわする気持ちが芽生えた。  転移をしてる。 その報告を実家の近所に住んで父の面倒を見てくれる妹から聞いていた。父の年齢(昭和7年生まれ)だと、そのまま付き合って人生を全うするのが一番自然だろうと言う病院の診断に心は狼狽えていた。時と止まれ、本心はそんなところだった。 時間は矢のように流れ、年があっという間に開け、1月のソロのホールツアーで日本に帰った時の楽屋に父の姿はなかった。それでも仕事以外の時は実家に帰り、父との時間を満喫した。父の年齢を考えると、もしかしたらこのままこういう時間が割と長く続いてくれたりするのかもしれないな、などと楽観的だとはわかってはいてもそう心を落ち着かせる。  

ブルックリン物語 #61 “Don’t get around much anymore” 出歩くのはもうやめて

ブルックリン物語 #60 スウィングしないと意味がない ”It Don’t Mean a Thing “(If It Ain’t Got That Swing)

人間の首、肩、背中、腰、膝、肘、手首、手の甲、指、は全てが繋がっている楽器である。 だからどこか一つに変調があると必ず別の何処かに影響が出る。ピアニストは手が商売道具だが、指や手だけではなく全身が音を奏でるマレット(枹)のようなものだ。マレットは膝も腰も背中も首ももちろん肘も肩も全てが共に振り子のように力を分け合って共鳴する。 弾き終わった直後の炎症は、氷水で冷やす。しばらくたって筋肉疲労の腫れが引くと今度はホカロンで温める。この「冷やしてから温める」タイミングがコツなのだ。これに成功すると毎日だってピアノは弾ける。ストレッチ、マッサージをしたり歩いたり姿勢を正したりするのも大切だ。マレットの強さはしなやかさをどれだけ保つかということでもあるからだ。 スウィングしないと意味がない。It Don’t Mean a Thing .(If It Ain’t Got That Swing) 去年のカウントダウンの直前、年を越すとすぐに始まるツアー用に日本に送る小包を抱え郵便局へ行った。その帰り道にぎっくり腰になった。 そんなこと万が一起こったら大変なことになるのでそうならないように細心の注意を払い、少し歩いて少し休んでを繰り返しながら用心深く郵便局の窓口まで行ったのにそれは起こった。もうすぐ僕の順番だと思ったその時、気の荒い若者が後ろから僕を追い越そうと背中を押した。で、僕も思わずそれをかわそうとして体をほんの少しひねったのだ。ひねりつつ腰の位置も少しだけ低くして自分の荷物を移動させようと押したのだ。その時の思いがけない不自然な動きが腰に変調をきたした。たまたまの外力という奴だ。  

ブルックリン物語 #60 スウィングしないと意味がない ”It Don’t Mean a Thing “(If It Ain’t Got That Swing)

ブルックリン物語 #59 我が心のジョージア”Georgia on my Mind”

2017年クリスマス、最初にミネアポリスのセントポール国際空港で演奏してから駆け足で一年が過ぎ、次の冬がやって来て再び同じ場所で弾くチャンスをもらったので、早速行って来た。  ミネアポリスの大地は雪に包まれ寒そうだった。表情豊かな自然に育まれた雪景色が飛行機の窓の向こう側に流れていく。通路側からほんの少し首を伸ばして一年前に思いを馳せる。空港で行き交う忙しい人たちに向けての演奏なんて果たして聴いてもらえるのだろうか? そんな不安な気持ちを抱え窓からミネアポリスの景色を眺めたのを憶えている。時の流れは早いものだなと物思いに耽ける間もなく、飛行機は急降下しあっという間にランディング。 若干の揺れをも諸共せず、必死でブレーキをかけながら滑走路に機体を留まらせようと踏ん張る飛行機。そうこうするうち子犬が飼い主に宥められるように徐々に静かになってスーッと深い息を吸って吐く。急速な降下が嘘のようにそのあとはしばらく動かない。機内はずっと無言のままでどことなくその空気は気まずい。やがて窓にゆっくり横切る景色が地上への帰還をそっと僕たちに教えてくれる。着陸時にシャッフルされたわが心はゲートへと静かにゆっくり誘導される。  ミネアポリス。 初めてこの街を訪れたのは2017年の秋だった。中西部をライブで回った時でシカゴのライブ会場、オハイオ、コロンバスの小児病棟での演奏を経て、最後ミネアポリスに到着した。その旅で四海(Sihai)というこの街に住む中国出身の映像監督が、チームとともにドキュメンタリー「A Conversation with Senri Oe(大江千里との会話)」を撮影したのだ。ミネアポリスでは500人ほど入る劇場での演奏(日系のイベント)ともう一つ、アメリカ1大きいと言われているモール(Moll of America)のアメリカ1小さな(僕はその時そういう風に表現した)雑貨屋さんでの演奏だった。アジアの「KAWAII」を集めた店のオーナーはダニー、韓国系アメリカ人の男、四海や彼女のプロデユーサー、フレンチの友人だ。彼が僕に興味を持って場所を提供してくれたのだ。 https://www.youtube.com/watch?v=COtYMRg28W8 飛行機の窓から見るアメリカ大陸は無謀に大きく、ここのどこかの街で誰かと知り合ったり一つの仕事に結びつけたりしていくのは砂漠で水を探すごとく大変なことのように思える。しかしこの大きな合衆国の中の小さな場所で知り合う「たった一人」でいい。その「一人」と深くなっていくと必ずそこに切れ目を入れることができる。漠然とした景色に、ふと自分が混じっていることに気がつく。そこから始まる。音楽があると言葉を超えて先へ行ける。 その時に仲良くなったダニーが、ホリデイシーズンにミネアポリス空港でやっている演奏会の主催者に僕を推薦してくれた。そのシリーズを牛耳る妙齢の女性は、僕にチャンスをくれた。その1回目が2917年の冬、クリスマス前のこと。僕と並びの人たちは地元で活躍するプロのジャズミュージシャンの面々。無我夢中で与えられた2時間を汗びっしょり で終えた。思ったよりもたくさん人が耳を傾け立ち止まり拍手をくれた。僕だと知っている人の前で演奏することに日本では慣れてしまっていたので、アメリカの、しかも空港という場所でのこの経験は僕の中に風穴を開けた。その夜は流石にヘトヘトだったが心は不思議と爽快だった。https://ch.nicovideo.jp/senrigarden/blomaga/ar1389488 そして、嬉しいことに再び次の冬に、2回目、空港での演奏会への発注をいただけた。 ミネアポリス、セントポール国際空港。 去年と同じように一般入口の右に位置する関係者専用口へ行って事情を話しSecurityをパスする。ぴもパパ同様のやり方でSecurityをくぐる。次に地図にある別階の総合受付で就労ビザを提示しフォームに記入、空港内での仕事の許可を貰う。1回目の時はこの場所までアシストの人が迎えに来てくれたが今回は自分で現場へ行けということだ。確かに初めての時とは違う別の緊張感が増してはいるが、同時に心のどこかに自分が一度音を奏でた場所へ戻って来られた安心感がある。発着が交差しレストランが乱立するエリアに演奏した場所があったのをおぼろげに覚えていたので、「確かここら辺にスタンウエイのピアノがあったよなあ」とウロウロしていたら、「Senri Oe Piano Concert 」の立て看板が! やっぱり動物の勘は外れていない。並んで記念撮影をしていると、空港関係者が横を通り過ぎ「同じ顔」が実写と本物で並んでいるので「ギョッ」とされる。どうも、こんにちは! 「今回、現場を任されたフィリップです。君がSenriだよね? 本番まであと1時間あるからどこかでランチを食べてる、それとも?」 「あ、そこのベンチでのんびりしてますから気を遣わないで、大丈夫」 去年弾いたスタンウエイは少し離れた総合案内の後ろにある。早く定位置に移動させないとと内心気がかりなのだがKayさんが、 「何か召し上がられます? リハから本番、そして2時間ぶっ通しだから、今お腹に入れといたほうがいいのでは?」とsuggestion 。 「いや、いいです。Kayさんだけ食べてください」 と言ったものの隣でサクサクいい音を立てて食べるKayさんを見ていてお腹がぐうと鳴る。 「やっぱり欲しいんでしょう? どうぞ召し上がってください」 「いい犬ね。私も実家に同じ犬種がいるのよ」 中国系の女性が話しかけてくる。 「ちょっと撫でても構わない?」 もちろん! ぴはどこか誇らしげに首を反らせて彼女の手のひらにされるがままにしている。 そうこうしている間にフィリップとそのアシスタントの男の子たちが「エンヤトット」ピアノを動かし始める。あっという間に去年と同じ位置にスタンバイ。クリスマスを祝う盛大なツリーが今年はないのがちょっと寂しいが形は整った。Kayさんはデスクを借りてきてCDを並べ即売のdisplayを始める。ぴは「またここか。前にも来たよね」と余裕の表情でふて寝を決め込む。 一度でも弾いたことのあるピアノだと指が覚えているので音出しやリハは問題なく終了し、程なくスルスルっと本番が始まった。1時から3時まで、ランチ終わりの時間帯。ピアノの音が聞こえるとすぐに立ち止まる人がいる。1曲終わると「僕の名前はSenri、N Yからやってきたジャズピアニストです。気に入ったら座って聴いていってね。時間がない人はこれだけ頭にメモして。peaceneverdie.com 。 そこに居る僕12年前アメリカに来て今も一緒に頑張ってる「ぴ」が元気でいるようにと付けた名前だよ。Peaceが元気でいるように。peaceneverdie.com」 「いやだ、パパ。照れるじゃあーりませんか」 http://www.peaceneverdie.com/index.html 演奏やmcを聴いて立ち止まる人。立ち止まるけれど再び歩き出す人。曲は最初のセット、ノリノリのHoliday モード一色でいった。すると「あ、去年も来たよね、彼。そしてあの犬」レストランのメートルが手を振る。こちらも弾きながら振り返す。そんなやりとりに笑みが溢れ思わず携帯で撮影する人。近くまでやってきて鍵盤を覗き込む人。振り返るとレストランの席でハンバーガーを頬張りながら体を揺らす人もいる。 いいぞ。いいぞ。 働いている最中にも音楽が聞こえる時がある。アナウンス、笑い声、オーダーをとる声……辺りに舞うその音の全部が心の隙間に入り込むと「音楽」になる。そんな音に混じって僕の指も鍵盤の上を舞う。 ミネアポリス。 帰ってきた。 去年も行き交う人、すれ違う一瞬触れた人が「届けてくれてありがとう」と返してくれた。 そう、そのシンプルな気持ちに触れると、ああ、帰って来た。と心の奥で思える。 どうせ無料だろ? とかふん! とか、やり過ごす人が以外にいない。「おっ」と音で反応し顔がほころび笑顔になる。それを見ると僕も音に「ありがとう」を込めて飛ばす。ちょっとの間聴き入ると「あ、行かなきゃ」我に帰る人がいる。そういう時にと目があうと「ごめんね、でも楽しかった。ありがとう」と会釈をくれる。僕も「大丈夫だよ、きっとまた会おうね」って心を投げ返す。  

ブルックリン物語 #59 我が心のジョージア”Georgia on my Mind”
ブルックリンでジャズを耕す

47歳でポップミューシャンのキャリアを捨て、ニューヨークのニュースクールへジャズ留学する。20歳のクラスメイトに「ジャズができていない」と言われ、猛練習をすれば肩を壊し。自信喪失の日々の中、ジャズの種を蒔き、水をやり、仲間を得て、ようやく芽が出てきた。マンハッタンからブルックリンに越してきて5年。相棒・ぴ(ダックスフント)と住む部屋には広いウッドデッキがある。まだまだ、ジャズを耕す日々は続く。「プルックリン物語」「大江屋レシビ」「アミーゴ千里のお悩み相談」など、ブルックリンから海を越えてデリバリー!

著者イメージ

大江千里

1960年生まれ。関西学院大学在学中にデビュー。「格好悪いふられ方」「夏の決心」など45枚のシングルと18枚のアルバムを発表。映画、ドラマ、「トップランナー」司会の他、執筆活動も。2008年、NYのニュースクールにジャズピアノ専攻で入学。2012年『Boys Mature Slow』、2013年『Spooky Hotel』がビルボード日本ジャズチャート1位に。2015年、『Collective Scribble』、単行本『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』を発表。東京ジャズ、ブルーノート、富ジャズ他、ニューオリンズ、アムステルダムなど、精力的に活動中。

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