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記事 28件
  • 好きなことを見つける方法:その28(1,763字)

    2021-12-20 06:00  
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    好きなことを見つけるには、「感情を出すこと」と、「自分の得についてもっと考えること」が重要である。
    そして、そういう生き方の格好のモデルがマフィアだ。マフィアは、感情が豊かだし、しかもその出し方が上手い。また利己的な考えも、ある種の美学として備えている。
    だから、マフィアを参考に生き方のスタイルを構築していけば、好きなことが見つかりやすくなるのではないだろうか。
    では、マフィアを参考に生き方のスタイルを構築するには、どうすればいいのか?
    それは、感情的になることや利己的になることの「リスクを軽減する術」を身につけるということである。この、「人生におけるリスク軽減術」こそ、マフィア的生き方の真骨頂だ。
    では、人生におけるリスク軽減術とは、具体的にどのようなものか?
    それは、大きく3つある。1つは、ファッションである。ファッショナブルになることだ。
    ファッショナブルな人というのは、それだけで多

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  • 好きなことを見つける方法:その27(2,160字)

    2021-12-13 06:00  
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    そもそも、この「好きなことを見つける方法」という連載を始めたのは、世の中に「好きなことが何か分からない」という人が多かったからだ。特に、日本の若者にそういう人が多い。だからそれは、日本の文化に紐付いたものだと考えることができよう。
    ではなぜ、日本の若者は好きなことが見つけられないのか?
    それは、そういう環境の中で生きているからだ。あるいは、そういう教育を受けてきたからだ。親や学校から、好きなものが見つからないよう指導されてきた。
    では、どのような指導を受けたのか?
    そうした指導には、大きく二つの方法があった。
    一つは、恐怖心を植えつける方法。
    子供に、感情を出すことを怖がらせた。そうして、感情を出させないようにした。感情を出せないと、好きなことも見つからない。だから、好きなことが見つからなくなったのだ。
    大人たちは、特に学校で、子供たちに感情を出させないようにした。今、学校で感情的になると

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  • 好きなことを見つける方法:その26(2,087字)

    2021-12-06 06:00  
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    『ゴッドファーザー』という映画を見て、ぼくは感情の取り戻し方が分かった。この映画に出てくるビトー・コルレオーネの生き方は、ぼく自身の生き方のモデルになった。以降は、この生き方を真似ることで、ぼくは自分自身の得を追求できるようになり、感情的に生きられるようになった。
    では、ビトー・コルレオーネの生き方とはどのようなものか?
    その根底には、美への揺るぎない信仰がある。「美」というのは、この世における絶対的な美だ。「善性」と言い換えてもいい。
    ビトーはキリスト教なので、「真善美」の価値を信じている。そういう疑いのない信仰心こそが、人に感情を取り戻させ、自分の得をまっすぐに追求できるようにさせるのだ。
    ビトーは、子供のときに父親を殺された。シチリア島のコルレオーネという村に住んでいたのだが、父が非道を行うマフィアのボスに反抗したところ、その報復として殺されてしまったのだ。
    つまり父は、自分の真善美

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  • 好きなことを見つける方法:その25(1,807字)

    2021-11-29 06:00  
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    1991年3月、ぼくは大学を卒業しようとしていた。ちょうどそのとき、つくば市の実家に帰省していたのだが、家の近くの西武デパートの最上階にある映画館に、『ゴッドファーザー PART III』がかかっていた。
    この作品は、盛んにテレビCMを打っていたので、そこで知った。そうして、自然と興味を惹かれたので、見てみることにしたのだった。
    なぜ興味を惹かれたかといえば、CMで見た映像の、そのセピア調の色彩が魅力的だったからだ。また、音楽の醸し出すムードも良かった。いずれも、その雰囲気が良かった。それで、ほとんど内容も知らないまま見ることにしたのである。
    実は、恥ずかしながらこのときまで、ぼくは『ゴッドファーザー』の1も2も見たことがなかった。見るのはこの3が初めてだった。
    ところが、そんなふうに過去作を知らなかったにもかかわらず、見て、圧倒された。前段は分からずとも、その雰囲気、ムードに圧倒された。

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  • 好きなことを見つける方法:その24(1,707字)

    2021-11-22 06:00  
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    感情がない人は「冷笑的」だ。メタ的な立場を装って、物事を俯瞰で見る。それも、まるっきり俯瞰というわけではなく、斜めから見る。そして腐す。
    なぜそうするかといえば、斜めのポジョンを取ることで、自分の立場を有利にできるからだ。相手よりいくらか上位に立てる。
    冷笑的な人間は、相手より優位に立ちたい気持ちを常に抱いている。そして、斜めからものを見ることによって、相手より優位に立つ。このとき、物事を斜めから見ることの副作用として、冷笑的になり、感情を失う。
    そのため、感情を取り戻すには、この逆をする必要がある。つまり、相手より優位に立ちたい気持ちを捨て、物事を斜めから見るのをやめる。その逆に、ぐっと肉薄して、いやいっそその内側に入り込んで、そこから主観的な眼差しで見る。つまりは、「当事者」になるということだ。「自分ごと」にするのである。
    では、人はどうすれば物事を「自分ごと」にできるか? その前に、

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  • 好きなことを見つける方法:その23(1,491字)

    2021-11-15 06:00  
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    子供のレジリエンスを奪う親は、どういう人間か? それは、中途半端なインテリである。これが一番たちが悪い。そして今、そういう親が多い。
    中途半端インテリは、大人と子供の性質が異なることが理解できない。だから、親の考えを子供に当てはめようとする。中でも特徴的なのが、感情についてだ。
    中途半端なインテリは、「感情的になったら負け」と思っている。だから、子供の感情も無理やり抑え込もうとする。
    こういう親は驚くほど多い。おそらく、世間の70%の親はそう考えているのではないだろうか? つまり、70%の親が、子供の感情を抑えつけているのだ。
    ぼくの場合は、親の言うことだからといっても、自分が納得しなければ聞かなかった。また、子供の頃は極度に感情的だったため、いくら抑えろと言われても無理だった。おかげで、ずっと感情的に生きてきた。
    そのため、周囲はいつも呆れていたが、ぼくの感情は守られた。また、周囲もいつ

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  • 好きなことを見つける方法:その22(1,935字)

    2021-10-25 06:00  
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    「レジリエンス」という言葉があって、ピンチになったときにそこから這い上がる能力のことを指す。近年はこの能力が注目されている。なぜかというと、「できる人」というのはだいたい共通してレジリエンスが強いからだ。ピンチから這い上がる力が強い。
    そして、ピンチから這い上がる人はおしなべて能力が高い。なぜかというと、人はピンチから学ぶからである。ピンチこそが人を成長させる。だから、ピンチを避けたり、ピンチから逃げたりする人は能力が低いままだ。ピンチに直面しても逃げず、その衝撃をもろに食らって、死の瀬戸際まで追い詰められながらも、そこからさらに這い上がった人間だけが、能力を高められる。
    もちろん、ピンチで潰れてしまっては元も子もない。だから、レジリエンスが必然的に注目されるのだが、ではレジリエンスの強さは何に起因するのか?
    それは感情だ。感情の総量だ。特に、怒りと好奇心とがレジリエンスを育む。
    そして、

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  • 好きなことを見つける方法:その21(1,769字)

    2021-10-18 06:00  
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    ここまで書いてきて分かったのは、「好きなことを見つける」というのは、結局「自分と正面から向き合う」ということである。そう考えると、好きなことが見つからない人は、自分と正面から向き合っていない、ということになるだろう。
    なぜ正面から向き合わないのか?
    理由は簡単で、正面から向き合うと劣等感に苛まれるため、避けているのだ。自分が嫌いなのである。だから、それを直視したくないのだ。
    しかしながら、ここではっきりさせておきたいのは、「自分が嫌い」という人は、それは全て「洗脳の結果である」ということだ。つまり、騙されているだけである。
    人は誰でも、自分が好きだ。これは本能なので、議論の余地がない。たまたま自分が嫌いに生まれてきた……などという人は100パーセントあり得ない。
    だから、「自分が嫌い」ということはいかなる場合も、自分をとらえる上での前提にならない。だから、もし今現在自分が嫌いで正面から向き

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  • 好きなことを見つける方法:その20(1,693字)

    2021-10-11 06:00  
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    多くの人は、「人間は結局、他人のことを理解できない」と思っている。それはそれで正しいところもある。そもそも、人の心は姿や形がなく、言葉でも表現できないので、記録したり、定義したりすることが不可能だ。
    その上、厄介なのは人間の器官や感覚には錯覚がつきまとうということである。そのため、自分自身でさえ、自分の心をしっかりととらえることができない。そんなふうだから、他人の心が分かるはずもない。それで、多くの人は「人というものは基本的に理解不可能」ととらえているのだ。
    しかしながら、もう一方では厄介なことに、人間には「理解不可能なことを嫌がる」という性質がある。なぜ嫌かといえば、単純に「怖い」からだ。理解不可能なものに対して、多くの人は「自分の命が脅かされる」というくらいの強い警戒心を抱く。
    例えば、「蛇が怖い」という人は多い。ぼくも怖い。どんなに小さく、噛まれても死なないと分かっている蛇でも、見る

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  • 好きなことを見つける方法:その19(1,665字)

    2021-10-04 06:00  
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    感覚的な人間か、論理的な人間か――人間には大きくこの二つの傾向がある。ただし、どちらか一つに偏っているというわけではなく、誰でも両方の性質を持っている。そのバランスが、人によって違うのだ。
    そして、人は美しいところで育つと感覚的になり、醜いところで育つと論理的になる。感覚的な人間というのは、論理というものを信じず、むしろ自分の直感を信じる。その直感は、だいたい「視覚」に依拠している。つまり、美しいか否か、である。美しいものは直感的に信じ、醜いものは直感的に否定する。
    では、「美しいところ」とはどういうところか?
    それは、基本的には「美しい空」があるところである。また、美しい空と地球とが作る関係性――つまる「美しいスカイライン」があるところだ。これがあるところで育つと、美的感性が育まれ、感覚的な人間になる。
    ちなみに、日本で一番美しいところは盆地である。特に、西側に高い山脈があると、美しさが

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