• このエントリーをはてなブックマークに追加

今なら、継続入会で月額会員費が1ヶ月分無料!

記事 35件
  • あしたの編集者:その35「バッターボックスに立ち続ける方法:後編」(1953字)

    2017-02-23 06:00  
    110pt
    バッターボックスに立ち続けるために必要な能力の第三は、「演出力」である。何を「演出」するかというと、「ヒットを打ちそうだ」という気配である。あるいは、ヒットを打てなかったとしても「あいつが打てなかったらしょうがない」と思わせる雰囲気である。
    例えば、野球のイチローを観察していると、バッターボックスに立ち続けるために必要な「演出力」とは何か、ということがよく分かる。どういうことかというと、凡退した後の態度が、他のバッターと全く違うのだ。
    他のほとんどのバッターは、凡退すると悔しそうな態度を見せる。それに対してイチローは、凡退するとかえって堂々とした態度を取る。凡退したときにこそ、胸を張ってベンチに戻るのである。
    それを見た周囲の人々はどう思うか?
    悔しそうな態度を見せると、それはすなわち「打つチャンスがあったのではないか?」と疑わせるところがある。悔しがるということは、「本当は打てた球なのに

    記事を読む»

  • あしたの編集者:その34「バッターボックスに立ち続ける方法:前編」(1,706字)

    2017-02-16 06:00  
    110pt
    編集者にとって、成功以上に重要なのが失敗である。なぜなら、人は失敗の中でこそ成長するからだ。そして、失敗は成長の種でもある。失敗なくして成功はない。だから、成功するためにも失敗はする必要がある――いやし続ける必要があるのだ。
    では、失敗をするにはどうすればいいか?
    失敗というのは、実はするのが難しくもある。なぜかというと、失敗をすると周囲からの評価が厳しくなり、なかなか次のチャンスをもらえないからだ。野球でいうと、凡退し続けているとやがてレギュラーから外され、バッターボックスに立たせてもらえない。そうなると、もはや成功(つまりヒット)も覚束なくなる。
    だから、人が失敗し続けるためには、たとえ失敗しても「バッターボックスに立ち続ける能力」が必要となるのだ。
    では、人はどうすればバッターボックスに立ち続けられるのか?
    それには、以下の三つの能力が求められる。
    一、政治力
    二、代替力
    三、演出力

    記事を読む»

  • あしたの編集者:その33「編集者に必要な未熟さ」(1,501字)

    2017-02-09 06:00  
    110pt
    驚くべきことに、人間の「成功」というものを論理的に突き詰めていくと、そこには「未熟さ」が欠かせない、ということが分かってくる。無鉄砲さや軽薄さ、腰の軽さや考えのなさが必要となってくるのだ。
    なぜかというと、人間の「成功」というものは、ほとんどが失敗に依拠しているからである。失敗なくして成功はあり得ない。成功は失敗の中からこそ生まれる。
    そして失敗というものは、無鉄砲さや軽薄さ、腰の軽さや考えのなさがないと、なかなか体験できないのだ。そこに至れないのである。神話のイカロスのようにはなれないのだ。
    編集者においても、それは同じである。編集者が良い仕事をするとき、そこでは必ず未熟さによる失敗が礎となっている。成功は、それを基礎として初めて成立する。
    そのため、ここで重要になってくるのは「そうした未熟さをどうやって担保するか?」ということだ。
    人間というものは、どうしても成長の過程で未熟さが失われ

    記事を読む»

  • あしたの編集者:その32「イカロス神話の裏の意味」(1,931字)

    2017-02-02 06:00  
    110pt
    イカロスは、ギリシア神話に登場する人物の一人だ。彼は、職人(科学者ともいえる)の父・ダイダロスとともに、迷宮に幽閉されていた。そこで父が、科学の力で羽根を作り、それを使って飛ぶことで、脱出に成功した。
    ただその際、息子は父から「羽根を固定している蝋が溶けてしまうから太陽には近づきすぎるな」と警告される。しかしそれにもかかわらず、イカロスは自らの力を過信し、太陽に近づきすぎる。そのためあえなく墜落し、死んでしまうのだ。
    この話を聞いて、福島の原子力発電所のことを思い浮かべない日本人は、おそらくいないだろう。一見便利な、めざましい科学の発展が、やがて過信を招き、大きなわざわいにつながるというのは、ギリシア時代以来、人間が何度もくり返してきたことだ。
    しかしそれゆえ、それは人間にとっての宿命――あるいは本質と言い換えることもできる。失敗をくり返すことは、実は単に愚かさの証明ということだけではなく

    記事を読む»

  • あしたの編集者:その31「知識におけるパンドラの箱」(1,851字)

    2017-01-26 06:00  
    110pt
    人間には、恐怖心に対して「敏感」という性質がある。恐怖心に対する免疫が低い。
    一方で、恐怖心に対する好奇心もある。恐怖心に対して好奇心を持つことは、その恐怖心の緩和にもつながるので、これは一つの循環活動になっている。すなわち、恐怖心を怖れ、同時に興味を抱くからこそ、その恐怖の解明に成功し、恐怖心を和らげることができたのである。
    この循環活動によって、人間にはさまざまな知識が集積するようになっていった。どんどんいろんなことを知るようになっていったのだ。別の言い方をすれば「文明が進歩」していった。
    これは、ある意味人間の宿命ともいえる。恐怖心に興味を持ち、それを解明することで恐怖心を和らげる循環活動を、一つの生きるエンジンとしているのだ。そのことによって、人間に際限なく知識が集積していくことは、ある意味避けられない事態だった。
    しかしそんな中で、今度は新たな恐怖心が生まれるようになった。それは

    記事を読む»

  • あしたの編集者:その30「人が恐怖を好きな理由」(2,146字)

    2017-01-19 06:00  
    110pt
    「好奇心」とは何か?
    それは、文字通り「奇」なるものを「好」むということである。もっといえば、「恐怖する対象を好きになる」ということである。人は本能的に「闇を怖がる」が、同時に「闇を好み」もするのだ。
    なぜか?
    一つには、恐怖の正体を突き止めることで、恐怖心を克服できるということがあるだろう。
    例えば、今では雷を怖がる大人というのはほとんどいない。なぜかといえば、その正体が分かるからだ。それを理解できるからである。
    なぜ理解できるかといえば、それは雷を徹底的に研究した先人がいたからだ。雷に対する恐怖をものともせず、雷に近づくことによってその正体を突き止め、結果的に人類に対して雷をもうそれ以上怖くさせなくすることに成功したのだ。
    「闇」を怖がることにも象徴的なように、人は分からないものに対して恐怖心を抱く。その逆に、分かったものに対しては恐怖心を抱かない。昼日中を怖がる人はいない。
    だから、

    記事を読む»

  • あしたの編集者:その29「暗闇に恐怖を覚えることの最も重要な意味」(1,709字)

    2017-01-12 06:00  
    110pt
    目をつむることによって、人の意識や感覚は鋭敏になる。あるいは、脳の自動プログラムがシャットダウンされるので、思考するスピードが速くなる。
    目をつむることの恩恵は、もしかしたらそういう感覚を得られることかもしれない。つまり、脳の働きというものを如実に感じられるようになることだ。
    なぜそれが恩恵かといえば、脳という器官は普段は意識しない(できない)ために働き具合が不明確なので、そのブラックボックスをいくらかでも明らかにできるからである。それによって、思考することの可能性や限界にも思いを至らせられるようになる。簡単にいうと、脳のポテンシャルを知られるようになるのだ。
    脳のポテンシャルを知られるようになると、自然とその使い方が上手くなる。使い方の効率が上がってくる。
    ぼくの経験でいえば、目をつむることで脳のポテンシャルが上がるのを如実に感じることができたのだが、それによって、自分はこれまで脳をそれ

    記事を読む»

  • あしたの編集者:その28「目と脳の関係」(1,814字)

    2016-12-29 06:00  
    110pt
    すぐれた編集者になるには、「本質を見極められる力」が必要だ。そのための感性を磨く必要がある。
    しかし現代人は、感性が鈍ってしまった。なぜなら、恐怖を味わう機会が少なくなったからだ。
    恐怖心こそ、人間のセンサーである。いうならば感性そのものだ。これを磨くには、適度に恐怖心を味わっておく必要がある。しかし現代人は、恐怖から遠ざかったしまった。
    なぜかといえば、世の中から「暗闇」が消えたからだ。夜でも照明を至るところでつけているので、暗闇による恐怖が失われてしまった。
    実は、暗闇こそは恐怖の中で最もプリミティブな存在なのである。恐怖の王様なのだ。人間は、暗闇を怖いと思うように制度設計されている。だから、恐怖心を味わうには暗闇に接するのが一番だ。
    では、暗闇が失われた現代で暗闇に接するにはどうすればいか?
    その答えは、バカバカしく聞こえるかもしれないが「目をつむる」ことだ。目をつむると、何より物理

    記事を読む»

  • あしたの編集者:その27「恐怖心の育み方」(1,924字)

    2016-12-22 06:00  
    110pt
    恐怖心は、人間が生きていく上で欠かすことのできないセンサーである。
    ところが、人間は恐怖心が働いている状態――つまりセンサーが稼働している状態があまりにも苦痛なため、やがてそのセンサーが働かなくてもいいような生き方を模索するようになった。
    すると、その取り組みはある程度功を奏したので、人間はあまり恐怖心を抱かなくても生きていけるようになった。しかし、それによって肝心のセンサーが機能しなくなってしまったため、生きていく上でさまざまな支障(危機を認識できなかったり、勘が鈍ったり)が出るようになった。あるいは、クリエイションのレベルが下がってしまったのである。
    おかげで、編集者として生きていくためには、もう一度恐怖心を呼び覚まし、鋭敏な感覚を取り戻さなければならなくなった。そうしなければ、クリエイションのレベルが上がらず、いい本が作れないからだ。
    では、恐怖心を呼び覚まし、鋭敏な感覚を呼び覚ます

    記事を読む»

  • あしたの編集者:その26「なぜ現代から恐怖心が失われてしまったか」(1,762字)

    2016-12-15 06:00  
    110pt
    恐怖心とは何か?それは、「人が生き抜くために欠かすことのできないセンサー」である。恐怖心は、なにしろ生きるのに欠かせない機能だから、人間の感情の中で一番鋭敏にできているし、体のメカニズムもそれを元に設計されている。恐怖心を上手く持つことができないと、心身にさまざまな不調を来す。特に、気力やモチベーションの低下が著しくなる。そうなると、今度はさまざまな能力の低下につながる。恐怖心が持てないと努力も怠るようになるから、そもそも能力が育めない。また、あらゆる気力も減じるので、生きることもままならなくなる。だから、恐怖心は、必ず持つようにしなければならないのだが、しかしこれには一つの大きなハードルがある。それは、恐怖心は文字通りセンサーだから、それを感じることに体が反応を起こしてしまうのである。それも「拒否反応」だ。人間は、そもそも恐怖心が持続することに耐えられない仕組みになっている。人は、恐怖心

    記事を読む»