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記事 6件
  • きみは一人でも生きていける:第6回(1,880字)

    2020-03-17 06:00  
    110pt
     ここまでの話しをまとめると、オペレーターを育てるための教育が一五〇年前に始まった。そして五〇年前まで(つまり一〇〇年間)は、世の中にはまだまだたくさんのオペレーターが必要だったから、それは機能していた。
     しかしコンピューターの登場によって、オペレーターは世の中から必要なくなった。だから、それに併せて教育も変わらなければいけなかった。それなのに、以降の五〇年間も変わらずに継続し続けた。
     おかげで、教育がモラハラになってしまった。それが、子供たちが心を病んだり、不登校が増えたり、自殺が増えたりしたことの原因だ。
     なぜ心を病む子供が増えたかといえば、人間というのは「意味がないことをさせられると心が壊れる」ようにできているからである。五〇年前まで、オペレーターを育てる教育は意味があったから、心が壊れる子供はほとんどいなかった。しかし、五〇年前からそれは、徐々に意味がなくなっていった。それに

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  • きみは一人でも生きていける:第5回(1,601字)

    2020-03-10 06:00  
    110pt
     その状況が、約五〇年前まで(つまり一〇〇年間)続いた。だから、学校もその時代までは役に立った。一九六〇年代までは、学校も行く意味があった。
     しかし七〇年代に入って、状況が少しずつ変わり始める。変わった理由は、たった一つ――コンピューターができ、広まったことだ。それによって、今まで人間がしていた「オペレーター」の仕事が、徐々にコンピューターに奪われていったのだ。
     例えば、JRに「みどりの窓口」というものがある。新幹線や特急の指定券を買うところだ。
     このみどりの窓口は、今は全てコンピューターで管理されているが、昔は人が管理していた。ある売り場で特急の指定券が売れたら、担当の係員が他の全ての売り場に「この席が売れたから他の売り場では売らないでください」と連絡した。そうやって、券の重複を防いだ。
     そのため、全ての売り場に連絡係が必要だった。ただ、どれだけたくさんの連絡係がいて、またどれだ

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  • きみは一人でも生きていける:第4回(1,865字)

    2020-03-03 06:00  
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     十九世紀の後半から、蒸気機関を初めとするさまざまな「機械」が生まれた。しかし、これらの機械には一つの特徴があった。それは、「人間が動かさなければならない」ということだ。
     例えば、蒸気機関車には少なくとも二人の人員が必要だった。一人は、運転手。もう一人は、蒸気機関に石炭をくべる機関士である。
     機関士は、長時間は続けられない重労働だった。そのため、たいてい交代要員が必要だった。それに、車掌なども含めると実際の機関車にはもう少し人員が必要だったが、とにかく「動かす人」がいないと動かないのだ。
     これは、蒸気機関車だけではない。蒸気船や自動織機や、炭鉱で使われる石炭のくみ上げ機なども同様だった。どの機械もみな、人間が動かす必要があった。人間の操作が必要だった。人間がオペレート(操縦)する必要があったのだ。
     こうした「機械を操縦する人」を「オペレーター」という。そして十九世紀の後半以降、機械

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  • きみは一人でも生きていける:第3回(1,610字)

    2020-02-25 06:00  
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    「モラハラ」とは何か?
     それは「モラル・ハラスメント」の略である。モラル・ハラスメントというと、多くの人が「モラルが破綻している人のことでしょ?」という。つまり、暴言を吐いたり、暴力を振るったりする人が、モラハラだと思っている。
     しかし、それは大きな勘違いだ。暴言を吐いたり、暴力を振るったりするのは、「モラル・ハザード」である。
     モラハラは、その逆である。モラルでこちらを縛り付けてくるのが、モラハラだ。だから、「ちゃんとしなさい」「しっかりしなさい」「静かにしていなさい」などというのがモラハラである。「普通はこうするでしょ」「常識はこうするでしょ」「人間ならこうするでしょ」と、モラルを押しつけてくるのがモラハラである。
     モラハラとは、文字通り「モラル」で「ハラスメント(嫌がらせ)」をすることである。だからモラハラをする人は、きみの周囲にもたくさんいるはずだ。まず、親や先生が、モラハ

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  • きみは一人でも生きていける:第2回(1,617字)

    2020-02-18 06:00  
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     きみには今、正体不明の苦しさがないだろうか? そして、ゾンビ映画に心引かれることはないだろうか? ゾンビ映画を見ると、逃げ惑う登場人物になんともいえない共感を抱くことはないだろうか?
     もしそうなら、きみはしっかりとした人間だ。一人でも生きていける。きみがゾンビ映画に心引かれるのは、ちゃんとした理由がある。それを今から説明する。
     きみがゾンビ映画(ゾンビゲームでも、ゾンビマンガでもいい)に心引かれるのは、正体不明の不安を抱えているからだ。「この世界に居場所がない」と、意識的にも無意識的にも感じているからだ。逃げ場がないと感じている。そして、周囲の人に「自分とは相容れない」という違和感を抱いている。
     だから、現実世界が好きになれない。おかげで、似たような境遇のゾンビ映画の登場人物たちに、少なくない共感を抱くのだ。
     ゾンビ映画の登場人物も、強い不安を抱いている。周囲がゾンビばっかりなの

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  • きみは一人でも生きていける:第1回(1,908字)

    2020-02-11 06:00  
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     結論から先にいうと、きみは一人でも生きていける。「人は一人では生きていけない」という言葉は、きみを操ろうと目論んだ大人たちがきみにかけようとした催眠術だ。騙されてはいけない。きみは一人でも立派に生きていける。その理由を、今から順を追って説明しよう。
     まず、きみは親がいなくても生きていける。きみの親は、自分がいないときみが困るだろうと考え、それをさりげなく匂わせたり、あるいはあからさまにアピールしたりしているだろう。
     しかしながら、それは欺瞞だ。たとえ表面上はそう見えても、本質的に子供は親がいなくても生きている。その構造を説明しよう。
    まず、親がいなくなっても孤児院が引き取ってくれる。あるいは、誰かの養子になることもできる。今の社会は、親のいない子供を見捨てなどしない。それは、法律でそうなっている。
     ただ、これはあくまでも法律の話だ。大したことではない。それよりも重要なのは、親は、親

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